柱島泊地備忘録   作:まちた

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三十二話 事後処理【提督side】

 元帥との電話を終えて小一時間程。

 俺は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている山元大佐を連れて呉鎮守府を回っていた。もちろん、艦娘に謝らせるために、である。

 大淀たちは執務室に残し、憲兵を待つように言っておいた。

 

「う、海原少佐……自分はまだ、艦娘にあわせる顔が――」

 

「いいからついて来い。今のお前に必要な事だ。異論は認めん」

 

 おっさんが顔面崩壊するくらいまで泣くなんてあり得るか! はい。全面的に俺のせいですね、わかります。すみません。

 怒りに任せてぶん殴ってしまったが故、言い訳のひとつも浮かばないので、やはり俺は艦娘に頼る方向で動くのであった。

 山元大佐の日頃の行いで慰めてくれない可能性も否めなかったが、俺ではどうにもできない。

 

 しかし、艦娘だぞ? 海を駆け、煌めく海面が如く眩しい笑みを振りまき、時には勇ましく深海棲艦と戦う艦娘に慰められて元気の出ない提督などこの世に存在するだろうか? いや、いない。断言できる。

 俺も仕事でやらかしてしまった時や怒鳴り散らされた時は、帰宅してすぐに艦これを起動し、艦娘をクリックしまくったものだ……。いつしか聞かなくなってしまったとは言え、あの声々は今でも鮮明に思い出せる。

 

『飛行甲板はデリケートだから、あまり触らないで頂けますか』

 

『何で触るの? ありえないから』

 

 艦娘たちは仕事で疲れた俺をこれでもかというほど優しく癒してくれた。

 これがあったからこそ頑張れたのである。

 

『用があるなら目を見て言いなさいな!』

 

『提督? この手はなんですか? 何かの演習ですか? 撃ってもいいですか?』

 

 ……うーん、そうでも無かったかもしれない。

 い、いやいやいや! 可愛いボイスが実装されている艦娘だっていた! 偶然、そう、偶然、俺の母港に設定していた艦娘がちょっと、いや結構、かなりきつめのボイスだったというだけだ!

 実際に提督ラブ勢と呼ばれている中でも代表的な金剛を例に挙げれば『紅茶が飲みたいネー』と、あれおかしいな紅茶飲みたがってるだけだ……。

 

 とにかく! 山元大佐には艦娘への愛が足りないのである!

 愛が足りないが故に適当に艦娘に接するし、運営も杜撰になるのだ。提督業は艦娘があって成立するものであるのだから、蔑ろにするなど論外も論外。

 鎮守府を運営する上で必要な資材を手に入れてくるのも艦娘であり、出撃して戦うのも艦娘。開発を手伝ってくれるのも艦娘だし、改修も然り。提督である俺や山元大佐は艦娘を支える立場にあり、あれをしろこれをしろと適当な指示を飛ばすだけが仕事では無い。

 艦娘を蔑ろにするから資材が足りなくなって街の人々から奪わなければいけなくなるのだ。

 

「お前は艦娘をきちんと見たことがあるか? 彼女たちの容姿だけにとどまらず、性格や、言動をしっかりと把握しているか?」

 

「……」

 

 山元大佐はこれでもかという程に巨大な体躯を縮こまらせて「いえ……」と呟くように言うだけで、後は黙り込んで俯いていた。

 

「この鎮守府に所属している艦娘で、まず……そうだな、お前が一番強く当たってしまった艦娘は誰か、思い出せるか」

 

「全員に、当たっておりました、ので……」

 

「その中でも、一番強くだ。まずはそこから始める」

 

「っ……」

 

 確かに謝るのは気まずいし辛いかもしれない。が、仕事上の失敗であると割り切って俺も一緒に頭を下げるつもりだ。黙ったまま逃げられては困るので、再び「誰だ」と問う。

 すると、山元大佐は「……では」と進路を変え、来た道を逸れて歩き出した。それについていくこと数分、到着したのは、木造住宅が一軒ある寂しい場所だった。建物の玄関を見れば、そこには軽巡寮という看板がかけられている。

 

「那珂、という艦娘を、ご存じでしょうか」

 

「……ふむ。川内型軽巡洋艦、三番艦か」

 

「明るい艦娘で、いつも私に仕事をくれ、と言うのですが……近海へ適当に出撃させて、戦果があがることも無いと分かっていながら、帰ってきて報告を受け、深海棲艦の一匹も仕留められんのかと、当たり……。彼女はそれでもしつこいくらいに、仕事を求めました。いつしかそれが鬱陶しいと思うようになり、段々とエスカレートしてしまい……お、思い出すだけでも、情けない限りで、あります……」

 

「そう考えるのならば、やる事は分かっているだろう」

 

「……はい」

 

 那珂ちゃんのファンを敵に回したらお前、深海棲艦の餌なんかじゃすまんぞ!?

 あ、俺は別に那珂ちゃんのファンじゃないです。(大嘘)

 

 山元大佐が軽巡寮の扉に手をかけ、がらがら、とスライドさせる。

 するとすぐにパタパタと足音が聞こえ――

 

「おっかえりなさ――……提督!? お顔、どうしたの!?」

 

 うん? と、固まってしまう俺。

 艦娘に八つ当たりしていたというから、俺はてっきり山元大佐の顔を見た瞬間に唾でも吐くかと――いやそれは言い過ぎか……。だが、それくらいのことはしてもおかしくないと覚悟していた。拍子抜けだった。いや、むしろ――

 

「あ、あなた、提督に何を――!」

 

「やめろ那珂! そのお方は、わ、私の、部下だ……」

 

「えっ……提督の、部下……? で、でも、じゃあ何で、その人の手に血が……それに提督も……っ」

 

 山元大佐は玄関から飛び出そうとする那珂を正面から受け止めながら、その顔を数秒見つめ――再び、ぐう、と声を洩らして涙を流した。

 

「えっ、えっあっ、提督!? ご、ごめんね! 痛かった!? な、那珂ちゃんのアイドルパワー、痛かった!? う、うぅぅっ! ご、ごめんねぇぇ……!」

 

 わたわたと両手を振って山元大佐から離れると、那珂はぶつかってしまった大佐の胸板を撫で、今度は両肩を撫で、手を取ってぶんぶん振ってみたりと狼狽した。

 そこで、ああ、やっぱり大佐も提督なんじゃないかと思い、ふうん、と鼻息を洩らして俺は言う。

 

「健気な部下では無いか」

 

「は、いっ……はいぃぃっ……! すまないっ! 那珂、私は、お前たちになんってことをしたのだ……許されることでは無いのは、承知だ……しかし、どうか謝らせてくれ! 本当に、本当にすまなかった!」

 

「提督っ、そ、そんな、頭を下げないでっ! 今日もお仕事、頑張るんでしょ!?」

 

「っ……その、ことだが……私は、少し、鎮守府を離れることに、なる」

 

「え、えぇっ!? なんで!?」

 

「私のした事を償うた――」

 

「出向だ。ちょっとした研修にな。私はそれを手伝いに来た部下、というわけだ」

 

 那珂に真実を伝えるべきかどうかを判断するのは俺ではなく山元大佐本人だが、咄嗟に俺は嘘をついてしまった。どうしてかは、分からない。

 だが、那珂を見ている涙を浮かべた大佐の目は、これから先、艦娘を蔑ろにして粗雑に扱うような男の目には見えなかったのだ。だからかもしれない。

 

「山元大佐がこの鎮守府を留守にしている間は、別の者が来ることになるだろう。元帥閣下がそのように手配してくれるはずだ。山元大佐も、早く戻れるよう、努力するだろうからな」

 

 なぁ? と言えば、山元大佐は力強く頷いた。

 いつ戻れるかは分からないが、ま、井之上さんも後の処理は任せろって言ってたし大丈夫っしょ。多分。

 

「……が、頑張る。粉骨砕身する所存だ! 那珂……不甲斐ない私だが、また、この鎮守府に戻っても、いいのだろうか」

 

 山元大佐がそう言うと、那珂はきょとんとして「提督がいないと、誰が私たちの提督をするの? もう、しっかりしてよー?」と返した。

 本当に天真爛漫な、艦隊これくしょんで見た那珂そのものだな、と思わず笑ってしまう俺。

 

「……っふふ。元気な部下を持っているな。提督冥利に尽きるとは思わんか、大佐」

 

「うぐっふぅぅぅ……! 那珂っ……本当に、すま、ない、那珂ァッ……ぐぅぅぅぅっ……!」

 

「えっえぇぇっ……!? な、泣かないでよ提督ぅ……!」

 

 うーん、なんか既視感を覚えるが気のせいだろうか。気のせいだね。

 

 

 軽巡寮で数名の艦娘に謝罪を済ませた頃、さて、次に行こうと歩を進めかけた俺の耳に大勢の足音が聞こえた。山元大佐が顔面を蒼白にした所を見て、あぁ、憲兵かとすぐに気づき、執務室へと戻る。

 執務室に到着する頃には、入口に数十名にも及ぶ憲兵がずらりと並んでおり、そのうちの一人が俺と山元大佐を見るや否や、ごつ、ごつ、と重そうな足音を立ててこちらに近づいてきた。今いる憲兵を取りまとめているのであろう、濃緑色の制服を纏った目つきの鋭い男が、軍帽のつばを持ちながら「山元大佐を迎えに」と短く言う。

 

「私が、山元だ」

 

 大佐が言えば、憲兵の男は素早く大佐の腕を掴み、そのまま引き寄せ、目にも留まらぬ速さで手錠を取り出して拘束した。

 ぐ、軍人怖くね……? えっ、なんか、もっとこう、無いの……? 何時何分、拘束する、的なの、無いの……?

 山元大佐は抵抗しなかったじゃん……そんな意志もなさそうだったのに、マジかよ……。

 

 と驚愕に閉口していると、憲兵は俺を睨んで「申し遅れた。憲兵隊隊長の松岡だ」と妙なタイミングで自己紹介され、さらに唖然としてしまう。

 数秒間黙ったまま見つめてしまったが、出来る限り落ち着いて名乗り返した。

 

「……海原だ」

 

 さてどうしようかと考える前に、松岡と名乗った憲兵は山元大佐を部下へ引き渡しながら機械的に言う。

 

「山元大佐はすぐに移送し、呉鎮守府の運営権を一時我々憲兵が引き受ける」

 

 うん……?

 

「そのようなこと、元帥閣下から聞いてはいないが――」

 

「大佐が運営出来ないのだ。他の者に任せても同じ海軍ならば変わらんだろう。ならばこちらの人員を――」

 

 山元大佐は顔を伏せ、手錠のかけられた自分の手を見つめたまま動かない。

 おまっ……お前の鎮守府なんだから、少しは言い返せってぇぇ……!

 

 どうして軍人は勝手に話を進めて勝手に解決したみたいな顔すんだよぉぉおおおおクッソォォァァァアアッ!

 

 冷めたはずの怒りが違う形で再燃し、俺はまたも八つ当たりするように怒鳴った。学習しない男である。悲しい。

 

「憲兵隊の出る幕は無い。お前たちは軍規を守ることが仕事であり、艦隊運営とは無関係だ。分をわきまえろッ」

 

「っはん……何を言うかと思えば。海原と言ったか。仕事が出来ない貴様らが引き起こした不祥事だろう? それの尻拭いをしてやろうと言っているんだ。礼こそ言われても、文句を言われる筋合いは無い。不正が発覚したと聞いたから我々がこうして出張ってやっているというのに、言うに事を欠いて――」

 

 あっ、ぷっつんきたこれ。ぷっつんきたよこれ。

 キタコレ! って俺の心の漣が怒っているよ。

 

「その憲兵も噛んでいるから私が来たのだ馬鹿者が! 能書きを垂れている暇があるのならば、艦娘の様子を見て来いッ! 軍規を守るのならば傷ついているかもしれない艦娘の心配をすることが先だろう! それを差し置いて、艦隊運営の権利を口にするとは何事かッ! 軍人ならば己の利よりも先に、周りと部下を気遣えッ!」

 

「っ!? ぁ、う、だ、だから我々憲兵隊は人数をともなって……!」

 

「ぞろぞろと部屋の前で屯しているのが仕事なのか? そうか、ならば今すぐに帰れッ! 邪魔だッッ!!」

 

「ぐっぅ……!」

 

「海原少佐……っ!」

 

 山元大佐の声にはっとし、俺は目頭を指で押さえ、ふぅ、と深く息を吐く。

 落ち着け……カームダウンね……。憲兵隊は悪くない。山元大佐も艦娘に謝ったのだから、事務的に、出来る限り早く仕事を終わらせて、さっさと帰ろう。

 やる事を頭の中でまとめて、あーこれじゃ社畜してた頃と何も変わらんじゃないか……!

 

「……艦娘への聴取、それと健康状態を見て、呉鎮守府の資材の増減の修正、それから、街から徴収した物品の返却、それらが終わってから艦隊運営について、だ。いいな。必ず、軍規に従い、元帥閣下の指示をあおげ」

 

「う、海原、お前にも聴取する必要がある。どうやってこの事を知ったのか――」

 

「お前らから洩れたとは思わんのか? えぇ? 憲兵が一枚嚙んでいると言ったはずだが」

 

「ぐっ……」

 

 だから落ち着いて俺……カームダウンね……。

 

 何度も何度も深く呼吸して、もう八つ当たりしちゃだめだと胸中で唱えながら言うと、松岡は「ぅ、ぐ、りょ、了解、しました……」と口にした。

 良かった、仕事は仕事として割り切ってくれたようだ。八つ当たりしてごめんね……俺も仕事で追い込まれてんだよ……。

 資材を取ってこいって言ったのに食い扶持増やして帰ってくる艦娘を抱えてるもんで……。でもポジティブに考えれば、えーと、陸奥に龍田を連れて帰ってるんだったろうか。いいじゃない。火遊びはダメよ? なんて色っぽく言ってくれる戦艦に、可愛い上にイベント限定の駆逐艦が二人。天龍の妹でありながらお姉さんオーラむんむんの龍田が仲間に加わったのだ。プラス思考でいこう。

 

 そうだ! まだ山元大佐から運営権とやらが移ってないなら、資材を借りれるのでは!?

 はぁ、やはり俺は天才提督だったか……あっはい違いますよね分かってます、すみません。

 

「山元大佐。良いタイミングだ、というのは失礼かもしれんが、柱島鎮守府に資材が無いというのは昨日伝えているな? そこで頼みたいのだが……呉鎮守府の資材を融通してはくれんか?」

 

「そっ、それは……! 海原少佐、何故、今――!」

 

 何でってそりゃ思いついたからだよ。天才的発想だろうが。褒めてよ。

 俺だって社畜なりに頑張ってるんだから褒めてよ!

 資材ちょっとくれよ! 少しでいいから! 先っちょだけ先っちょだけ!

 

「私の確認不足でな、資材があると思い込んで無計画に開発してしまったのだ。どうかここは、大佐を頼らせてはくれないか」

 

「はっ……! 海原少佐の、お役に立てていただけるのであらば……! 少佐、何故、私にそこまでしてくれるのだ……こんな、私に……」

 

 えぇ……してもらってるの俺なんですけど……。

 

「何を言っている。助けてもらっているのは私だろう。この資材の借りはいずれ返す。そうだな……次、演習の予定を立てられるようになったら、でも良いか?」

 

 山元大佐はまたも喉を詰まらせたような声を上げ「はっ……必ず、戻ってまいります……!」と言った後、しばらく俯いていた。

 松岡もしばらく俺を見つめていたが、静かに山元大佐の腕を離した。

 

「軍規上、手錠は外してやれん。だが……資材を運ぶのだろう? ならば案内が必要だ。行ってよし。見張りとして私もついていくがな」

 

「……はい、ありがとう、ございます。行く前に、よろしいか」

 

 松岡が「なんだ」と問えば、山元大佐は俺を見て「どうか、長門たちにもう一度、会わせていただきたい」と言う。俺がよしと言う前に、執務室から大淀たちが顔を出した。

 

「大佐がお呼びだ。長門、神風、松風」

 

 俺の声に三人はおずおずとやってきて、俺の後ろへ。

 

「決して許される事ではないと分かっている。しかし、どうか――」

 

「……許すよ。大佐」

 

「なが、と……」

 

 長門は一歩前に出て、複雑な表情をしたまま、頭を下げた。

 

「――世話になった」

 

「……わ、たし、も……許し、ます」

 

「神風……!? ぼ、僕は……!」

 

「……なぁ、松風。平和を願う我々が、恨みを抱えても、仕方がないとは思わないか」

 

 口を挟むなどという無粋な真似はしない。ただ、俺は見守った。

 これは俺の問題ではなく、大佐と、その艦娘だった彼女たちの問題なのだ。

 

 長門の言葉に松風は逡巡していたが、大きく息を吸い込んでから言った。

 

「……分かった。でも、もう、ダメだよ、山元大佐」

 

 松風の最大限の譲歩だろう。司令官、提督、ではなく、名を呼んだのがその証左である。

 

「あぁ……もう、二度と間違えない」

 

 山元大佐はそう呟き、深く深く、頭を下げるのだった。

 

* * *

 

 

 それから、俺と山元大佐は大淀たちを連れて資材倉庫へと足を運んだ。

 倉庫は柱島鎮守府と違って巨大なもので、一つしかなかったものの、そこに全てが詰め込まれた状態になっていたのだった。

 

 ゲームでしか見たことの無かった資材は、現実で見るとまんまドラム缶やら、木箱に入った弾薬やらで思わず「おぉ……!」なんて声を上げてしまったのはご愛敬。しかし、倉庫の中にはリサイクルショップかな? と思えるくらい様々な雑貨も詰め込まれており、これが街の人から取ったものかと察する。自転車とかあるし。

 

「どうしてこんなものまであるのだ、山元大佐」

 

 問えば、大佐は「使えるものならば、何でもと……鉄であれば、溶かせば多少の資材にもなるので」と言った。

 え? そうなの? そんなのアリなの? と戸惑っていると、俺の後ろから大淀の声。

 

「加工する費用も、という事でしたか……。これは、街へ即時返却でよろしいでしょうか、提督」

 

 いやいや、という事でしたかって言われても。分かんないよ。大淀に任せる。

 

「うむ。しかし資材を運ぶとなればお前たちだけでは難しいな……」

 

 うーむ、と唸っていた俺だが、ふと思いつく。

 街の人頼ればいいじゃん。天才か?

 

 いいえ、人はこれを他力本願と言います。本当に申し訳ございません。

 

「……街に返却するついでに、運べるよう船を借りる。すぐに出発するぞ」

 

「えっ、あ、はっ……! い、今ですか?」

 

「……? 当然だろう。街の人も困っているだろうからな。動ける時に動く。大淀は街に到着次第、船を手配してくれ。私は街の人にこれを返却してくる。松岡、荷を積める車両は借りられるか?」

 

 どこまでも人を頼っていきます。それが社畜の技なんだヨォッ……!

 

「う、海原少佐、車両を貸すのは構わんが、今から回るのか? ヒトサンヒトニー……今から回ったとして、いつ終わるのか――」

 

 時間設定は大事だな。社会人として仕事をする時には重要だ。終了時刻を決めておいて、時間内に終われるようにタイムスケジュールを組む、そしてスマートに無理なく事を進める……まぁ社畜の自分にタイムスケジュールなんてあって無いようなものだったんだけれども。

 

「いつ終わるかなど関係ない。実行することこそ大事なのだ」

 

 とりあえずやることを終わらせる。社畜の悪い癖である。やること、と大雑把に決めているから終わらない、というのは嫌というほど自覚しているのだが、どうしても離れられない思考なのだ。

 仕事でやることなど無限に湧いてくるのだから終わるわけが無いのである。でも仕事だからやらなきゃ……うっ、胃が……。

 

 俺は山元大佐の証言と資料をもとに街のもの、呉鎮守府のもの、と仕分けし、力持ちの艦娘たる大淀たちに車両へ積むように指示をする。

 すると一時間もしないうちに倉庫の大部分を片付けることができた。殆ど大淀たちが動いてくれたお陰だが、山元大佐も松岡も驚いた様子で俺を見る。

 

「海原少佐、お前は、いつもこのように任務を……?」

 

 仕事が遅いという事だろうか。本当にすみません。艦娘だけに任せてすみません。俺も動けばもう少し早く終わらせることが出来たかもしれないが、倉庫の荷物を持ち上げて運んで、なんてしてたらデスクワークでやられた腰にトドメをさしてしまう。そうしたら俺は文字通り二度と再起不能となるだろう。勘弁して。

 

「のんびりしていてすまないな。だが、仕事は終わらせるつもりだから、安心してくれ。何人か借りていくぞ」

 

 頑張りますんでほんと……許して……。

 これ以上文句を言われるのも怖かったので、あとの事は任せて逃げ、いや、仕事に戻ろう。

 

 一台に収まらず数台の車両に分けられた荷を見回し、様子見にでも来たのであろう憲兵の数名を指名して車の運転を任せた。

 

 

 

 まずは呉の街を回った。どの荷物がどこの誰から徴収したものであるのかはあきつ丸が調べてくれていたので、川内、長門が迅速に分けて返却を行った。突然、街に軍の車両がやってきたことで警戒されたが、荷物の返却であることを伝えて俺が頭を下げ「長らくお借りし、返却が遅れてしまい申し訳ない」と一人一人、一軒一軒全て回ることで文句を言われるのを避けることが出来たのだった。

 こういうミスは上の者が頭を下げるに限る。クレーム処理での鉄則だ。

 

 問題は宇品である。俺が商店街で叫び倒したお陰で、軍の車両から降りた瞬間色々な人に囲まれてしまい、手を焼いた。

 

「あ、あんた! こんなすぐ、ほんまに……!」

「ありがとうねぇ……ありがとうねぇ……!」

 

「自分は仕事をしているだけですので……まだ、回るところがあります故、失礼します」

 

 逃げたんじゃないよ。仕事があるから仕方がな――

 

「もう行くのかい? 忙しい人じゃね……」

 

 俺だって休みたいよッ! って、いかんいかん……!

 ……俺は誰に怒ってるんだ。自分にだね、そうだね。

 俺が人に囲まれている間にも長門たちは返却に奔走しており、何やらお礼に色々と貰っているようだった。くそ、俺もそっちに回ってお礼とか貰って適当にとんずらしたかっ……何でもないです。

 

 驚いたのは、宇品にある、あのお好み焼き屋も返却対象であったことだ。それに偶然も重なり――

 

「何事か思やぁ、あんた……!」

 

 ――お好み焼き屋のお婆ちゃんのお孫さんが、車両を運転していた憲兵の一人であったらしいのだ。

 憲兵は車両から転がり降りて、お婆ちゃんに駆け寄る。

 

「ば、婆ちゃん……!」

 

「翔太……げ、元気しよんね……大丈夫なんね……!」

 

「あぁ、僕は大丈夫じゃ。手紙も書けんで、ごめん……僕、今は三次(みよし)におるんじゃ」

 

「三次? なんでそんなとこ行っとんね?」

 

「憲兵隊は本土を順繰りに異動することになっとんじゃって。しばらくは呉におったけど、一昨年くらいから異動しとったんよ」

 

「ほうじゃったんね……元気にしよぉるならええんよ……」

 

 涙ぐみながら翔太と呼んだ憲兵の手を大事そうに握りしめたお婆ちゃんは、俺のもとまでやってきて、深く頭を下げた。

 

「海原さん……ありがとうねぇ……ほんまに、ありがとうねぇっ……!」

 

 やめてお婆ちゃん泣かないで……俺、テレビのドキュメンタリーとかで田舎に泊まる的なやつ見るとき、お婆ちゃんとかお爺ちゃんが泣いてるシーンは見るの苦手なんだよ、もらい泣きすっから……。

 ぐっと表情を引き締め、俺は軍帽を脱ぎ、気丈に笑っておいた。

 

「またお好み焼き、食べに来ますね」

 

「あぁ……いつでもきんさい、待っとるけぇね……!」

 

 そうして、同じように五日市を回り、結局、返却を終える頃には日が沈み始めていた。

 次は車両を呉鎮守府に……と後部座席に乗って揺られながら考えていると、車は何故か呉ではなく、宇品で止まる。

 どうしたのかと運転手に問えば、向こうを見ろという風に目で正面を示した。

 フロントガラス越しに見れば――海岸がある。丁度、俺が漁船から降りた場所でもあった。

 漁船がちょこんととまっている横には、数隻の輸送船。

 

 これは一体、という思考は何度も途切れる。車のドアをノックされ、見れば大淀の姿があった。

 

「提督。資材の輸送船の手配、完了しました。このまま鎮守府に戻れます。資材以外にも、その、提督と私たちにとお礼の品も貰ってしまいまして……一隻ほど多く借りてしまったのですが……」

 

「そうか……わかった。その分、しっかりと仕事せねばな」

 

「はいっ」

 

 貰えるものは貰っとけ精神である。柱島鎮守府には資材もなにも無いというのに食い扶持だけは多いのだ。貰っておいて損は無い。せこいとか言わないで。

 俺は忘れないように運転手の憲兵に「艦娘の様子をきちんと見てやってくれ。出来れば、報告書があるとありがたい。頼めるか?」と聞く。すると、二つ返事で了承された。話が早い人は好き。でも艦娘の方がもっと好き。

 

 車を降りれば、大淀、あきつ丸、川内、長門、そして神風と松風という不思議な一艦隊が目の前に。俺が連れてきた四人の外に、新たに仲間になった二人を前に、艦これの世界だなぁと感慨深く思う。

 

「長門とあきつ丸、川内は輸送船の護衛を頼む。大淀と神風、松風は私とともに船へ来てくれ。大淀、船を頼めるか?」

 

「はっ」

 

 俺、船の操縦出来ないからね。こんな所まで他力本願でごめんね。

 

「し、司令官っ! 私たちも船の護衛をするわ!」

 

「燃料は少ないけど、護衛するくらいなら僕たちも――!」

 

「くらい、とは何だ。護衛をするのに慢心する奴があるか」

 

 あっ、ばっ、違う! 怒ってどうする俺!

 せっかく話しかけてくれた神風たちはしょんぼりと顔を伏せ「もっ申し訳ありません……」と言う。俺はすぐに「すまない。だが大切なことなんだ」と情けなさいっぱいの言い訳。

 

「護衛するという意気は良い。だが、万全を期して護衛の任務にあたらねば、いざと言う時に守れないだろう。今は休んでいいんだ」

 

 っぽい、よな……? ちゃんと『っぽい』理由だよな……!?

 

「でも、僕たちは艦娘だから、働かない、と……」

 

 松風がもごもごと言うので、二人の頭に手を乗せてくしゃりと撫でた。理由は無い。撫でたかっただけである。

 

「艦娘だから、では無い。お前たちが守りたい、守らねばと思ったからこそ出た言葉なのだろう」

 

 俺の言葉に、何故か二人は涙ぐんでこちらを見上げてくる。

 やばい、また泣かせてしまいそうだ。しかし社畜であり艦これプレイヤーの俺、こんな事では狼狽えない。イベントで手に入れた二人の情報はたっぷり頭につまっているのだ……!

 

「数多の修羅場を潜り抜けた神風然り、松風の気持ちも分からんでもない。松風は最後の最後まで仲間を救おうとしたのだから、『守る』という行為に強い想いがあるのかもしれん。ここで正義だの道徳だの説くつもりは無いが、私は、知っているぞ」

 

「えっ……?」

 

「松風――お前は過去、睦月型駆逐艦の七番艦である文月を守ろうと曳航したのを覚えているか? まだ、艦娘では無かった頃だ。お前は限界まで仲間を守ろうとし、最後の最後まであきらめなかった。そうしてまた、この世界に戻ってきてくれただろう?」

 

 そう言えば、うちの鎮守府にも文月がいたな。まだ個人で話したことはないが、松風もいるのだし、これを機会に話しかけてもいいかもしれない。

 

「でもっ、あ、あの時、僕は彼女をっ……!」

 

「柱島鎮守府に彼女はいる。今この瞬間、出来る限り身体を休めて体調を整え、今度こそ守り抜くんだ。文月を、仲間を。今度は神風もいる。ここにいる大淀や長門、あきつ丸や川内だってそうだ。私も、みなを支えるためにいる。だからいいのだ、今は、少しでも休め。よく、耐えてくれたな」

 

 言葉を切って頭をぽんぽんと撫でた後、さぁ仕事に戻るかと気合を入れなおそうと――

 

「うっ……うあぁぁあああああ! あぁああぁぁあああ……ぐっ、えぐっ……うあぁあぁぁあん!」

「ひぅぅぅっ……ぐすっ……えぅっ……!」

 

「えっ」

 

 慰めたじゃぁぁああん!? ナンデ! 泣くのナンデッ!?

 

 い、いかん、まだ憲兵たちも帰っていないのに目の前でいたいけな駆逐艦二人を泣かせたとあれば処刑は免れんっ……!

 なりふりかまっていられるか! 不審者と見られても仕方がない!

 

 俺は二人の手を握って左右に小さく揺らす。

 

「なっ、泣くな! ほら、もう大丈夫だ! 何かあれば大淀たちがいると言っただろう? 私だっているから、何も心配は無いのだ、安心しろ、な? あ、あぁぁぁ……そうだ、何かしてほしい事はあるか? 腹が減ってるとか!? う、宇品に美味いお好み焼き屋があって――だめだ、今から帰るのだったな……ま、間宮! そう、間宮という給糧艦がいるのだが、あいつが作る食事は絶品だぞ! 帰ったら腹いっぱい食べるといい! な? だから泣かないでくれ……頼むよ……」

 

 お前ら助けろぉ! と大淀たちに顔を向けると――大淀を含む全員が何故か俺から離れて輸送船に荷物を詰め込んでおり、なんなら長門たちは既に艤装を展開して船を誘導し始めていた。クソッ! 薄情者がァッ!

 

「わ、私たちも行くか。ほら、もう泣き止め。してほしい事があれば言うんだぞ? な? な!?」

 

「司令、官……あの……ぐすっ……」

 

 松風が涙で濡れた瞳を俺に向ける。うっ、と息が詰まる俺。情けない。

 

「手を……」

 

「手? 手がどうした? け、怪我か!?」

 

「う、ううんっ、そうじゃ、なくて……手を、握っていて、いい、か……?」

 

「あ、あぁ、なんだ、怪我じゃないのか……うむ、いくらでも握っておけ」

 

 良かった……怪我なんてさせたら憲兵に頭を撃ち抜かれるところだった。

 

「わ、私もっ、いい、でしょうか……」

 

「神風もか? 構わんぞ。私の手で良ければな」

 

 そう言えば山元大佐をぶん殴って汚れたのだった、と手袋を脱ぎ、ポケットに突っ込んで素手を二人に差し出す。右手に神風、左手に松風。攻守最強では……?

 

「では、帰ろうか――鎮守府へ」

 

 帰ったら間宮のご飯を、食べるんだ……俺……。

 

 

* * *

 

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 無理でした。

 

 柱島鎮守府に帰還した俺たちは、すぐさま輸送船の荷下ろしをすることになった。それはまぁ、他力本願で艦娘たち総動員したことによって事なきを得たのだが、問題はそこからである。

 資材の仕分けやら、俺は使わないから艦娘で分けろと言っておいた雑貨の仕分けやらは全てあきつ丸と長門、川内に任せた。ここまでは良かった。

 

「では、提督」

 

 休む? ふざけているのですか? 艦隊司令部にチクりますよ? と言わんばかりの圧で大淀が言うのだ。言葉少なく、仕事をしろと。

 

 わかってらい! 仕事すりゃいいんだろ! しますよ! するする!

 

 ――という訳で、執務室に戻って、後日に回そうと思っていた艦隊運営の予定表を作成する羽目になった。

 帰ってきた俺を追撃するように、執務室には妖精が群がっており、もう、ハエみたいな、いや失礼だな……。

 

『おかえりむつまるー』

『おかえりー!』

『ただいま! つかれたー!』

『おつかれさまであります! むつまる、おやすみしてね!』

『ありがとー!』

 

『あ、てーとくもおかえり。てーとくは、みんなのおしごとをまとめてあげてください』

 

「あっはい」

 

 悲しい。

 

「提督……妖精は、なんと……?」

 

「疲れたから休むらしい。私は仕事だ」

 

「え、あっあの、提督――!」

 

 あーもう仕事増やす気だろ!? 嫌だ! やめろ!

 

「分かっている。艦娘全員を非番としたいが、呉鎮守府の山元大佐がいない今、現在の近海警備では足りんだろう。明日からの鎮守府近海の哨戒範囲を広げ、二艦隊で回す。他は非番だ。それから、明後日からの資材確保遠征の部隊もローテーションを組み、通達する。大佐のお陰で資材もかなり潤ったので明石と夕張に一日に三回、開発と建造を行ってもらう。その他にも鎮守府内で演習を行い――」

 

「てっ、提督、お待ちください! 少しでも――」

 

 余裕を持てって言いたいんだろ!? はいはい考えますよ! クソァッ!

 

「艦娘の所属数を考えれば、お前たちに負担のかからないローテーションを組むことは可能だ。今は少ないが、入渠ドックと建造ドックは、二つずつだったか?」

 

「は、い……」

 

「……ふむ。建造ドックはそのままでいいが、入渠ドックは増設できるよう、上に掛け合おう。当面の活動を明確にしておくから、心配するな」

 

「……」

 

 ど、どうだ……悪くない案だろうが……ッ!

 まぁ全部艦隊これくしょんでやってたデイリー任務から思いついただけなんですけど。すみませんほんと、無能で……。

 

「何か手伝えることはありませんか」

 

「手伝えること? あー……」

 

 こ、こいつ……俺が仕事中にサボる可能性までも潰そうとしていやがる……!

 

 なら受けて立ってやるよ! オラァンッ! そこで座って見てろやァッ!

 

「――では、お茶を入れてくれるか? あとは、そこでゆっくり座っていればいい。分からないことがあれば、聞かせてもらう」

 

「……っは」

 

 返事したのか鼻で笑ったのかは分からない。何せ俺はデスクに座って、すぐにでも終わらせねばと書類を取り出して仕事にとりかかっていたからだ。大淀怖い。

 

 

 

 仕事が終わったのは――完全に夜も更けた頃だった。

 

 頑張った。かなり、頑張った。徹夜の上に日帰り出張みたいなことまでした後、書類に埋もれながらもローテーション表を作ったし、俺の横でふよふよと飛んで遊んでいた妖精がさらりと『レシピあったら助かります』とか言うものだから、朧げな記憶をひっかきまわして思い出したレアレシピで開発表も作成した。でも普段は最低値でお願いします、無駄遣いは死を意味するので。

 

 ほぉら、全部! 手書きで! 書いてやったわ! パソコン無いしなッ!

 

 元気なのは胸中だけである。使っていたボールペンのインクが一日でこんなに減る? というレベルで減った。もう手が痛い。

 応接用ソファーに座ってじっと見張っている大淀に、俺はとうとうギブアップ宣言をした。

 

「……帰ってきて、何時間経った?」

 

「帰投はヒトロクヒトヒト……現在はフタヒトヒトマルですので、五時間ほどです」

 

「そうか……待たせてしまって、すまなかった。これが明後日からの予定となる。艦娘全員に通達を頼む」

 

「提督……あの……」

 

「うむ? なんだ」

 

 デスクのそばまでやってきて書類を受け取った大淀が俺を見る。

 俺は椅子から立ち上がって伸びをし、パキパキと身体を鳴らしながら壁掛けの時計を見た。うわ……マジで夜だ……でも昔にくらべたら大分早いな! 頑張った!

 

「まだ、執務を……?」

 

「いいや、もう休む」

 

 いいよね……? もう、ゴールしても、いいよね……?

 

「皆に声を掛けてやりたいんだが――」

 

「い、いえっ! もう、お休みください提督っ!」

 

「そうか。では、大淀の言葉に甘えさせてもらおう」

 

 ふらり、とソファーに近寄り、そのまま――どさりと倒れ込んで――

 

「倒れる寸前まで、私たちのことを……」

 

 何か大淀が言っていたが、もう何を言っているかさえ聞き取れず。

 社畜をしていた頃の感覚である。帰ってきて、食事も満足にとらず、風呂に入る気力さえ無く、全身から力が抜けていく。

 

 

 

 

「また、明日から、頑張る……から、な……――」

 

「――ありがとうございます、提督」

 

 

 俺の意識は、一瞬で落ちたのだった。




これにて、一章……と言ってもいいのか分かりませんが、一区切りです。

次の更新まで今しばらくお待ちください。
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