柱島泊地備忘録   作:まちた

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閑話 【艦娘side】

「――提督の負担を減らすために、この鎮守府における業務の一部を艦娘に割り振ろうと思います」

 

 柱島鎮守府講堂。

 まだ二度しか使われたことのない場所。

 一度目は提督の着任挨拶、二度目は作戦発令の時だった。今後も作戦発令時にしか使われないと思しき講堂には現在、私を含む数名の艦娘が集まっている。

 艦種代表――率先して動いてくれている、動いてくれそうな艦娘――を集め、会議をしている最中である。

 

 私の簡潔な提案に反対意見は無く、会議は好調な滑り出しを見せた。

 

「良いと思います。私たちで出来ることであれば尽力しましょう」

「えぇ。鎧袖一触よ」

 

「……べ、別に誰かを撃沈して欲しいわけでは無いので」

 

「あら、そうなの? 提督の身辺警護は必須かと思ったのだけれど」

 

 空母代表として一航戦の二人、赤城と加賀。空母は空母で代表を決めて来たらしいのだが、軽空母の龍驤や鳳翔が来ていないのは意外だった。この鎮守府に来ている艦娘の中では頼れる古強者なのだが……。

 赤城と加賀は戦力的に頼れる二人であるのは間違いない。もしかすると、前鎮守府の繋がりを考慮してくれたのかもしれない。

 同型艦が多く存在する私たち艦娘は、根っこである性質はほぼ変わらないものの、鎮守府ごとによって微妙に異なる性格をしているのだ。戦闘のみに特化しておりコミュニケーションが取れない艦娘だって存在しているし、その逆も然り。

 一見してスタンダードな性格に見える一航戦だが、その心根は未だ深く傷ついているに違いない。こういう場でしっかりと再起し、元々よりもさらに活躍が出来るようになってもらいたい。

 

「提督の大規模作戦における手腕には感服しました。あの方のもとでなら、きっと素晴らしい戦果を――」

 

「待って、赤城さん。提督は確かに素晴らしいお方でしょう。しかしまだ信用に足る人間であるかどうかを見極める必要があります。前提督のようなことにならないにしろ、艦娘を酷使していることに変わりはありません」

 

 加賀の言葉に反応を示したのは、軽巡洋艦代表として来ていた五十鈴。

 

「一見すれば酷使に思えるわね。でも、別に私は酷使されただなんて思ってないわ。得意分野で存分に活躍できるように采配されているって思うのだけど?」

 

 五十鈴の言には重みがあった。先の作戦で潜水艦隊をほぼ一人で撃滅せしめた彼女は、軽巡艦娘の中でも対潜において右に並ぶ者無しと言えるほど。

 そんな彼女が得意分野で活躍できると提督の作戦を肯定するのも頷ける話であった。

 

 しかし、加賀はそうでは無いらしく、どこか引っかかりが残っているのだと言わんばかりの表情で口をもごつかせた。

 五十鈴は追撃するように言葉を紡ぐ。

 

「提督の何が気に入らないの? あの人になら、思ってることを伝えても大丈夫なように思えるけど」

 

「気に入らないというわけでは――」

 

「信用に足るかどうか~って言ってんじゃない。酷使されたくないのは分からないでもないけど、仕事を放りだしたいの? それとも別の理由?」

 

「任務は遂行します。艦娘である以上、私は平和を成すためにいるのだから。私が言いたいのはそうじゃなくて――」

 

「面倒な空母ねぇ……。なら、何? 信用が無いまま任務をこなすのは嫌だって我儘でも言いたいの?」

 

「ち、違っ……!」

 

 ぴりりとした空気が場を包みかけた時、赤城の柔らかな笑い声がそれを制す。

 

「何笑って――」

 

「いえ、五十鈴さんを笑ったわけではありません。ただ、加賀さんがこんなに感情的になるのも、久しぶりだなぁって」

 

 五十鈴がきょとんとして加賀を見る。加賀は顔を伏せて短い袴の裾を指で弄っていた。

 

「加賀さんは、もっともっと提督とお話をしてみたいんですよ。ね?」

 

「べっ! べ、つに……任務以外で、話すことなど……」

 

「でも、龍驤さんから『司令官が食べたいものを聞いてた』って言われた時、一番最初に提督と同じものがまた食べたいって言ったのは加賀さ――」

 

「赤城さん! や、やめてっ!」

 

「ふふっ、わかりました。やめておきますね?」

 

「……うぅっ」

 

 場の空気が一気に和み、五十鈴も口元を緩めて「あ、そ。まぁ信用も必要かもしれないわね? 主に加賀が提督と話す機会を設けるために」とからかうように言う。

 加賀は完全に押し黙ってしまい、周りはクスクスとした笑い声で満たされた。

 

 この場にいないというのに、ただあのお方の存在が浮かぶだけで緊張が解れていくのが不思議だった。

 

 しかし、業務の割り振りは平等でなければならない。加賀の想いを優先したい気持ちも無いわけではないが、提督と個人的な話がしてみたいのはどの艦娘とて同じだろう。一部を優遇して火種になってしまっては元も子もなくなる。我々は提督の仕事を減らすことを目的にしなければならないのだ。

 私だって提督と個人的な話をしてみたいのだから、同じ鎮守府から異動してきた仲間である加賀だからと言ってそこを譲るわけには――って、ち、違う違う……私は何を考えているの……。

 

 そんな中、駆逐艦代表としてこの場に来ている夕立が声を上げた。

 

「あっ! じゃあじゃあ、毎日交代で提督さんのお傍でお手伝いする人を決めたらいいっぽい! 秘書? っぽい!」

 

 秘書――どこの鎮守府にも存在する業務。通称、秘書艦、と呼ばれるもの。

 なるほど、と私は夕立を見て目で頷いた。夕立もふふん、と胸を張って私を見る。

 

「秘書艦を決めるというのは重要ですね。では、その順番決めを……」

 

 と、ここまで言った私は言葉を途切れさせた。

 頭に浮かぶのは、呉から戻った後の提督の業務風景。

 

 何故かこの鎮守府ではパソコンなどを使わず、提督が全て手書きで書類を作成していた。その理由は定かでは無いものの、提督が自ら手で書いているのだから重大な理由があることは間違いない。

 その業務を補佐するとなれば、機密性を保持することはもちろん、艦娘同士の連携はより一層重要度を増す。提督の仕事を補佐するだけと言えば聞こえは軽いが、艦娘全体に責任が伴う重い仕事となるだろう。

 

「……一人のみに絞って毎日交代、となれば、提督の業務速度に追いつけるかどうかも分かりませんね」

 

 私の呟きに、特務艦の代表としてきていたあきつ丸が唸った。

 工作艦である明石を含む、海上ではなく鎮守府での業務を主とする艦娘の代表ということらしい。

 

「で、ありますなぁ。そもそも、少佐殿はこの先々でずっと通用するローテーションを数時間で組み上げ、殆どの艦娘が非番である今日でさえも過日の報告書を睨んでいるでありましょうから。二人、いや、三人いても少佐殿の片腕たり得るか……」

 

 和やかな雰囲気から一転、今度はうーん、というそれぞれの唸りが場を埋める。

 戦艦代表として顔を出している長門と、過日の任務で救出されて新たに柱島鎮守府の所属となった陸奥も同じように眉を歪めて唸り声をあげる。

 

「数名を選出したとして、その数名に対して仕事を振りなおす提督も手間になりそうではあるな。あのお方ならば造作もなくこなすのだろうが、我々のレベルに合わせてとなれば、なぁ……」

 

 長門の声に、陸奥が周囲をちらちらと窺いつつ「ねぇ、その、提督って、そんな凄い人なの……?」と小声で問う。

 長門はそれに頷きながら「陸奥、神風、松風、龍田の四名を救出した作戦はたった一晩で組まれたのだぞ。艦娘から意見を貰えるような状況でも無かった故に、全て提督たった一人で考案したのだ。その上、種明かしをされたのは作戦中ときたものだ。凄いという次元では無い」としみじみと言う。

 

「今朝見た時は、そんな風には見えなかったけど……」

 

 どうやら、この講堂に集まる前に挨拶を済ませてきた様子の陸奥。

 長門は陸奥に対して首を横に振って言う。

 

「今朝方に入渠をやっと終えた陸奥を気遣ってくれたのだろう」

 

「そう、なのかしら……。でも、呉から艦娘が四人も異動になるんだから、手続きだって手伝わなきゃ――」

 

 陸奥が言葉の先を口にする前に、私がそれを説明せねばと言葉を紡いだ。

 

「既に手続きは完了しています。と言いましても、報告修正という形ですので手間はかからなかったと言いますか……提督が元帥閣下に繋いでおりますので……」

 

「報告の修正?」

 

「え、えぇ、まぁ……」

 

 あなた方は、全員が轟沈の扱いになっていたのですよ、などとは口にできず。私は言葉を濁して目を伏せた。

 しかし、長門は私に代わるようにあっさりとそれを口にする。

 

「陸奥たちは轟沈報告されていたのだ。山元大佐の肩を持つつもりなど毛頭無いが、数日も戻らず、通信も繋がらないとなれば轟沈とされても仕方がないのは分からんでもない。それが目的であったか否かを差し引いても、だ。しかし、気になる点が無いわけでもない」

 

「――通信で救援を求めたのかどうか、でしょ」

 

 陸奥が頭に装着しているカチューシャのような艤装を指先でつついて示す。

 語られたのは、最悪の偶然、としか形容できないものだった。

 

「山元大佐もきっと予想していなかったと思うわ。私だって、あんな領海内で結界が発生しているなんて思わなかったし……結界の中でも通信は出来るはずだからって呉に連絡を入れようとした矢先に接敵が続いてね。弾薬を使い切るわけにもいかないから、神風たちを守って逃がすことに専念してるうちに、通信部を破壊されて完全に孤立よ。何とか神風たちを逃がすことは出来たけれど、あの子達と結界から抜ける前に新手に追われて、私が残って引き受けたってわけ。でも、最後の最後まで戦ったわ? 女の意地、ってやつでね。一体どれだけ戦ったのか全然分からな――」

 

「都合四日だ」

 

 講堂が、しん、と静まり返る。

 長門は腕組みの恰好を解き、感情が交錯しているような目の色で虚空を見つめた。

 

「お前が出撃して四日後には、轟沈報告がなされていた。私が出向から帰投した日には、もう、お前はいないものとされていた」

 

 全員が陸奥と長門を見る。

 長門は隣に座る陸奥に顔だけを向けて、右手で陸奥の手を強く握りしめて言う。

 

「四日間、耐え抜いたのだ。過去の私と同じように」

 

 彼女が口にしているのは、きっと艦娘の今ではなく、艦であった頃のことだろうとみなが理解していた。

 深く深く間をおいて口にされた言葉の重みに、会議の目的とずれていようが邪魔をする者はおらず。

 

「長門……」

 

「陸奥、もう離れんぞ。決して」

 

「……えぇ、ずっと一緒よ」

 

 数分の間、沈黙が続いた。

 それを破ったのは――講堂へ入ってきた金剛の声。

 

「ヘェイ! ここでミーティングをしていると聞いたのデース!」

 

 一斉に顔を向けると、金剛は「オゥ!」と一瞬たじろぐ。

 

「テートクに言われて様子を見に来たネー」

 

「提督に?」

 

 私が問えば、金剛は頷いて陸奥をチラッと見た。

 

「困った事があったら、私も協力するから遠慮せずに言うように、って言ってたヨ! んっふふ、流石テートク、レディーの扱いをよくわかってるネ」

 

 視線だけではあったが、私は陸奥が挨拶に伺った時にミーティングのことに触れたのだろうと察して金剛に「その提督の業務を分担し、負担を減らそうというミーティングですので、逆に提督から仕事を分けていただけるか聞くべきでしたね」と返す。

 すると、金剛は両手を組んで頬に添えながらとんでもないことを言うのだった。

 

「テートクは、やるべき仕事は全部終わらせたから、今度はお前たちとゆっくり話したい……って……ん~! もう、あんなスマイルで言われたら、メロメロになっちゃうネ!」

 

「「「えっ」」」

 

 見事に全員の声が重なり合った。

 

 仕事は全部終わらせた、とは――やる事はまだ多く残っているはずだ。建造や開発……は、ルーティンワークとして毎日やるべきことだから……い、いや、既にレシピとやらを記載した書類を明石と夕張に渡しているから、工廠で行われているか……。

 演習、そう、演習は我々艦娘が主体だから――って、今日は非番……。

 では諸々の手続き……も、昨日の時点で提督が元帥閣下を通しているから終わっている。近海警備の出撃に関しても変更があったものの、昨晩の内に提督が全て終わらせている……。

 

 ぐるぐると考えを巡らせていると――講堂の外からきゃっきゃとはしゃぐ声。駆逐艦のものだ。

 

 私は立ち上がって転びそうになりながら窓辺に行き、外を見る。

 

 

「提督! 早く早く! おっそーい!」

 

「ははは、島風は速……ほんっとに速いなお前!?」

 

 私や代表として来ているみなの目に映ったのは、笑い声をあげる駆逐艦たちとかけっこに興じる提督の姿だった。

 呉から戻った際に貰った雑貨の中にあったボールなどで遊ぶ軽巡や、そんな姿を眺めながらぼんやりと本を片手に日向ぼっこしている重巡なども見える。

 

「え、こ、これは、一体どういう――」

 

 ぎぎぎ、と音が聞こえそうなほどぎこちなく首を回して金剛を見れば、返ってきたのは微笑みだった。

 

「テートクが言ってたデショ? テートクの仕事は、私たちを支える事だって。今、まさに仕事をしている所ネ」

 

 

 もう一度、窓の外を見る。

 

 両肩で息をしながらも、艦娘と戯れている提督の姿に――嗚呼、どうあがこうと敵うことは無いな、と思考を放棄してしまうのだった。

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