柱島泊地備忘録   作:まちた

36 / 106
閑話【提督side】

「んぶぁっ……! 仕事ッ!」

 

 起床してからの第一声が情けない叫び声と仕事という単語で始まった一日。

 

「――……そうだ、もう仕事辞めたんだった」

 

 と安堵の息を吐き出し、うつぶせの状態からごろりと転がり壁掛けの時計を見ると、時刻はまだ日も顔を見せない早朝の五時前を指していた。一瞬だけ丸一日寝てしまって夕方かと考え窓を見るが、夕方には見えず。

 もうひと眠りするか、と地面に落ちている軍帽に手を伸ばし、アイマスクの代わりにと顔に乗せようとした瞬間、はっとする。

 

「えっ、なんだこの帽子」

 

 どこからどう見ても提督の帽子です。本当にありがとうございました。

 じんわりと、ゆっくりと動き始めた思考が昨日の記憶を浮かばせる。鼻っ柱に残る違和感に、鼻腔を血栓が塞ぐような感覚。指を入れて見れば、かりりとした感触と共に落ちてくる細かな血の塊。

 寝起きに鼻をほじるという世紀の間抜けっぷりには目を瞑っていただきたいところである。

 

「あ、あー……」

 

 言葉にならない声を上げつつ、昨日の出来事が徐々に鮮明になっていくのを感じた。

 

「お、ぉー……んー……」

 

 簡単にまとめよう。

 仕事を辞めて帰宅し、艦これを起動して久しぶりに楽しむぞという矢先に寝落ちしたかと思えば、次に目覚めた時には車に乗っていて、知らないおっさんに顔面を殴られ、提督になった。

 大淀と名乗る女に連れられてやって来た鎮守府で、夕立だの龍驤だの、大勢の艦娘と邂逅を果たした。その間に元帥と名乗る会ったことも無い爺さんに頼まれ、艦娘を癒すため、人類の存亡をかけたエクストリーム難易度の接待業――ならぬ、提督業が始まったのだった……。

 

「だった……じゃねえッ! くっそ、仕事を辞めたと思ったらさらなるブラックに再就職なんて笑えねえ――ぞ……」

 

 起き上がった瞬間、びきりと腰が痛んだ。否、腰どころか全身が嫌な痛みに襲われた。

 

 筋肉痛である。船に揺られ慣れていない俺が昨日だけで半日くらいは乗っていたのだから仕方がないとは言え、我ながら貧弱過ぎやしないだろうか。悲しい。

 

「どうしてこんな目に……」

 

 そんな俺の呟き。誰も答えてはくれない。

 室内に響く時計の規則正しい音だけが耳に届く。

 

「風呂も飯も済ませてねぇ……はぁ」

 

 おっさんになると独り言が増えるのである。テレビのニュースなんかに挨拶したりするのは初期症状なのでおっさんになりたくない人は気を付けていただきたい。いや違うそうじゃねえ。

 まずは風呂に入りたい。次に飯、そして仕事だ。悲しいがここは孤島、柱島泊地にある鎮守府。逃げ場などどこにも存在しないのである。さらには大淀などの艦娘のみならず妖精という唯一の味方になってくれそうな存在さえ俺の仕事を監視している現実。もう逃げたい。でも逃げない。艦娘がいるから。

 俺は自分の欲望には素直なのである。

 

「よ、っこら……いてて」

 

 ソファから起き上がり、首をぐりんと回してから右肩、左肩と軽く揉み、帽子を被ると執務室を出る。

 勝手知ったる我が鎮守府、という顔で部屋を出たのは良いものの、風呂の場所は分からない。しかし――すん、と腕や腋を嗅げばほんのりとするおっさん臭。この状態で朝食を食べに行くわけにもいかない。間宮や伊良湖に「やだ、なにこの臭い……」などと言われては二度と立ち上がれなくなってしまう。精神的に再起不能になったら提督業云々以前の問題だ。

 さりとて風呂の場所が分からないならおっさん臭を洗い流すことも出来ない。起き抜けから詰んだ。どうしよう。

 

「あら、提督……おはようございます」

 

「っ……伊良湖か。おはよう」

 

 どうして俺はこうも運が悪いのか――俺の物語、完! ダメだよまだ始まったばっかりだよ。

 執務室から出て廊下を適当に進んでいた俺は伊良湖と遭遇した。何やってるんだまだ五時だぞ……。

 

「朝食でしたら、もう少しだけお待ちくださいね。今、間宮さんと仕込みをしていますから」

 

「ふむ。そうか……」

 

 本当にすみませんでした。こんな早朝からお仕事お疲れ様です。

 俺は伊良湖に加齢臭が届かないようにと距離を保ったまま、こうなりゃ聞いちゃえと「ならば先に風呂でも入ってくるとしよう。浴場はどこだ?」と自然に問う。

 すると、伊良湖は首を傾げて「提督のお部屋では?」と返してくる。そもそも俺の部屋ってどこだよと再び問いを返したくなったが、それを堪えて良い言い訳を考えるのだと思考をフル回転。

 

「湯船に浸かりたくてな。部屋にはシャワーしかないだろう?」

 

 もし湯船もあったら詰みなのだが、それは杞憂だった様子で、伊良湖は手をぱんと合わせて「ああ!」と頷いてくれた。

 

「昨日は出ずっぱりでしたものね……本来は入渠ドックですが、広さもありますからそちらをご利用なさいますか? 今の時間ならまだ誰もいないでしょうし」

 

「入渠ドック……ふむ。では使わせてもらおうか」

 

 どうやら聞くに入渠ドックは風呂の役割も担っている様子。そう言えばアニメでも赤城やら加賀が長い時間入渠していたなと思い出す。

 アニメでは長時間の修復作業中、暇を持て余してしまうために艦娘がタオルで遊んでいたような描写があった気がする。

 

 とはいえ、俺の入浴時間なんて精々三十分かそこらである。未改装の駆逐艦くらい。

 

「あっ、でしたら」

 

 えっ。一緒に入ってくれる――

 

「洗濯物を預かります」

 

「そうか」

 

 ――訳ないですよね。知ってました。分かってましたよ。別に期待してないですけど? は?

 いやいやいや。艦娘は好きだよ。嫌いな艦娘なんていないし伊良湖だって好きな艦娘の一人さ。期待してないって言うのは入りたかったとか入りたくなかったとかゲスな考えなどではなく、もしかしたら伊良湖も朝風呂派なのかな? と気になったから出てきただけであって決して邪な気持ちが一瞬でも浮かんだとかそういうのではない。

 

 違うからな。本当だぞ。

 

 静々とした足取りで俺を入渠ドックまで先導してくれる伊良湖について行きつつ、こらえ切れなかった溜息を吐き出して手持無沙汰に額を指でかいてしまう。

 

「……まだお疲れのご様子ですが」

 

「えっ? あ、いや、そのようなことは無いぞ」

 

 い、いかん、邪な気持ちがバレてしま――だからそんな事考えてねえって言ってんだろ!!

 俺は誰に向かって怒っているんだ。そうだね、自分にだね。

 

「早朝からみなの食事を用意している伊良湖や間宮がいるというのに、風呂というのも中々気が引けてな」

 

 本当は今すぐにでも仕事に取り掛かりたいんです! でもエチケットですから! という雰囲気をたっぷりに言う。提督としての腕より言い訳のスキルだけが上がっているような気がする。

 

「何をおっしゃいますか! 提督はずっと私たちの為に動いてくださっていたのですから、気にせず疲れを取ってください! あがる頃には朝食も準備出来ていますでしょうし、どうぞごゆっくり」

 

「伊良湖……」

 

 天使か? 天使だね。

 

「……お前は良い嫁になるなぁ」

 

「えっ!? あっ、うっ……そ、んな、嫁だなんて、私……」

 

 うん? と顔を向けると、ばっ! と伊良湖の綺麗な髪が風を切る音が聞こえる勢いで顔を逸らされた。

 そりゃあ俺のようなおっさんに良い嫁になるとか言われたらセクハラかもしれないが、別に俺の嫁とは言っていないじゃないか……何もそこまで嫌がらなくても……。

 

 しょんぼりとしたまま歩を進めること数分、地獄のような沈黙も終わりを告げる。

 入渠ドックという名であるからには仰々しい機械類がひしめくような場所なのかと想像していたが、一見してそこはこぢんまりとした銭湯のような場所だった。

 男湯、女湯、と分かれていないのは使用者が艦娘しかいないからであろうが、入渠ドックに近づくだけでほんのりと香ってくる良い匂いが背徳感を撫でる。いかん、これ以上気持ち悪がられないためにも平常心を保たねば……。

 

「仕事中にすまなかったな。また食堂で」

 

「はい……あっ、あの、提督っ」

 

「なんだ?」

 

 軍帽を脱ぎ、上着を脱いだところで動きを止め、入渠ドック入口に立ち尽くす伊良湖を見る。

 

「お好きなもの、とか……ありますか……? 朝食にします、ので……」

 

 えっ……なに急に……。

 さっきのセクハラか……? 最後の晩餐を俺に問う程に怒ったのか……? マジでごめんて。

 俺だってなぁ! 仕事いっぱい頑張ってるんだぞ! 遠征に出て資材を確保しろって言ったのに艦娘を連れて帰ってくるような意味不明なことをしても怒らずに――いや八つ当たりはしたな……。

 呉の提督! あいつが引き起こした不祥事を同職だからと頭を下げて――いや、これも八つ当たりしたしな……だめだ全然頑張ってねぇや。すみませんでした。最後の晩餐ならぬ最後の朝食を選びます。

 

 でも特に好物という好物も思いつかない。何せ手作り料理は好きだと言えるものの、食べる機会に恵まれることなく仕事三昧だったのだ。それに加えて、仕事中に手軽に済ませられるような軽食ばかりだったのでぱっと言われて思いつく好物と言えばカロリーなメイトくらいである。

 伊良湖がせっかく最後の食事を選ばせてくれるというのに市販のものが好きなどと言ってしまえば俺の死は惨たらしいものになるに違いない。それは嫌だ。

 

「好物、と言われると……思い浮かばんな。普段、ゆっくりと食事を楽しむことなど無かったからな。すまない」

 

 正直に言うと、伊良湖はしばし俺の目を見て固まった。

 そして、

 

「では、最中、など……」

 

「ほう、朝から甘いものか」

 

「お嫌いでしたら――」

 

 伊良湖と言えば最中だったな、なんて思い出して口元が緩む。

 艦隊これくしょんにおける給糧艦、間宮と伊良湖は海域攻略のみならずイベントにおいても重要な役割を果たす艦娘だった。アニメでも甘味処で働き艦娘たちの疲労を回復したり、戦意を高揚させたりと大活躍の二人だ。偏った知識ながらも、間宮はあんみつ、伊良湖はアイス入り最中というイメージが強く残っている。

 

「間宮の料理も然ることながら、伊良湖の最中は艦娘たちの戦意高揚にも繋がる貴重なものだろう。それを私などが食べてもよいのか?」

 

 純粋な疑問である。

 艦娘たちの戦意高揚とは、いわゆる『キラキラ状態』といって戦闘においては命中や回避に良い影響を及ぼすものとされていたはずだ。遠征ならば成功の上をいく大成功となり、得られる資材も増えるという素晴らしい効果を持つ。

 そんな伊良湖の最中を普通の人間である俺が食べても大丈夫なのか? というのは、自然な疑問と言えるだろう。食べた瞬間に身体中がきらめきだしたら困ってしまう。

 

「食べてください!」

 

「えぁっ」

 

「やっ……あ、の、食べていただける、なら、嬉しい、です……」

 

 大声で食べろって……怖いよ……食べます……。

 艦娘に求められたら断れない。提督あるあるには逆らえない。(無い)

 

「ふむ……では朝食は伊良湖のデザートもいただこう。ふふっ、かなり贅沢ではあるが」

 

 胸中ではぐだぐだと考えているものの、伊良湖の最中を食べられるとか最後の朝食どころかご褒美である。でも実際はセクハラ発言を怒られる口実だろうと思うので、思わず緩んだ口元をきゅっと引き締める。

 

「ん、んんっ……失礼した。では、後ほど」

 

 昨日は呉で怒られて、今日は柱島で怒られる。難易度エキスパートは伊達ではないのだ。

 でもへこたれない。提督だもの。まもる。

 

 ……ポエムを読んでいる場合でも無いな。

 

 俺は入口の伊良湖に片手を振って入渠ドックへ歩を進め、入浴するのだった。

 

 

* * *

 

 

 入浴中? 別に何も無かったよ。

 起き抜けの艦娘が朝風呂に来て「きゃあ! 何やってるんですか提督!」などというラッキースケベも起きなかったし、妖精たちが労いに背を流してくれたりも無かった。切ない。

 備え付けのシャンプーを使って洗髪し、これまた備え付けのボディーソープで身体を清め、ごく普通に湯船に浸かって疲れを癒した。朝から湯が張ってあるのは不思議だったが、入渠ドックやらは明石の管轄だ。いつでもすぐに入渠出来るようにしてあるのだろう。

 

 それに、昨夜はそのまま寝落ちてしまったが故に話せてはいないものの、陸奥や龍田も新たに仲間となったのだ。神風たちと共に入渠していたのだから、そのまま……うん?

 

 湯船に浸かったままの俺は考える。そう言えば新しくやってきた神風たちは入渠したのだろうか、と。

 

「残り湯……?」

 

 い、いやいや、まさかそんな。流石に無いだろう。

 長く入渠していたかもしれない可能性のある陸奥の姿も無いのだし、夜中の内にあがって、長門の部屋にでも行って寝てるだろう。その間に湯を張り替えた可能性の方が高い。きっとそうだ。

 

 俺は両手に湯をすくって持ち上げ、拝んでから頭からかぶっておく。この行為に特に意味は無い。

 

「……はぁ、あほらしい。さっさと出るか」

 

 長湯も身体に悪いしな。

 

 さっと上がってドックを出れば、俺が適当に棚に突っ込んでおいた軍服は無く、かわりに綺麗に折りたたまれた新品の軍服と手袋、そして下着がちょんと置かれていた。

 きっと伊良湖が用意してくれたのだろう。流石給糧艦、家事全般はお手の物といったところか。

 

「後でお礼を言って――」

 

 って待て! 下着まで新品じゃねえか!?

 身体を拭くのも忘れて下着を手に取り、どうやって用意したのか考えるものの、その答えが出るわけもなく。

 

「――ま、いいか」

 

 無駄なことを考えるくらいなら思考放棄する、社畜の悪い癖が出るのだった。

 ともに置かれていたタオルで身体を拭き、綺麗な軍服を身に纏った瞬間、得も言われぬ万能感に包まれる。風呂は心の洗濯とはよく言ったものだ。

 

 髪を手櫛で整え、乾くまではそのままでいいかと軍帽を小脇に食堂へ向かう。

 

 

 

 そうして、食堂に到着すれば、俺の他には誰もおらず。伊良湖と間宮が世間話をしながら料理をしている姿だけがあった。

 俺が食堂へ来た瞬間、しゃんと背筋を伸ばされたものだから「構わん、楽にしてくれ」と一言。カウンターに寄って温かいお茶を頼むとすぐに出てくるあたり、やはり出来る艦娘だなと感心する。

 

 お茶を受け取って手近な席に腰を落ち着け、ふと問う。

 

「昨晩は食事をし損ねたが、他の者はきちんと食べたか?」

 

 包丁とまな板が奏でる心地よい音とともに答えたのは間宮だった。

 

「はい。提督の分もまだ残っているのですけれど、流石にお出しするわけにはまいりませんので……今、新しいものを――」

 

 昨日の残り物あるの? じゃあそれでいいじゃん。と、特に考えなく俺は言う。

 

「そうか、昨日の分があるのならばそれを朝食にしよう。折角作ってくれたのだからな」

 

「いえいえ! 残ったものは私か伊良湖ちゃんが食べますから――」

 

 えぇ……食べれないのか……。

 

「そ、そうか……楽しみにしていたのだが……やはり寝る前に来るべきだったな……」

 

「あっ、う、うぅぅ……も、もぉ! そのような顔をなさらないでください! 出しますから! でも、出来立てを食べていただきたかったんですよ……? 次からはきちんと、来てくださいね……?」

 

 また怒られる俺である。なんかずっと怒られてばっかりだな。悲しみの向こう側へ行ってしまいそうである。

 間宮はやれやれ、といった顔で調理場にある業務用冷蔵庫からいくつかの小鉢やらを取り出すと、てきぱきとした手際で温めなおして出してくれた。

 

「おぉ……!」

 

 と声に出たのは驚きだった。味噌汁に、漬物に、おひたし、そして焼き魚。昨日と全く同じメニューじゃねえか! でも顔には出さない。威厳スイッチは壊れて押されっぱなしなのだ。

 同じメニューでもこれは手作りなのだ。贅沢も贅沢。ありがたくいただくことにする。

 

「やはり手作りは日を置いても素晴らしい」

 

 やけくその誉め言葉でご機嫌伺いも忘れない。実際に口にした焼き魚も、温めなおされただけだとは思えない美味しさだった。脂ものっていて、かつ、胃もたれするようなしつこさもなく、身体に優しい味だった。

 

「まともに朝食をとったのは何年振りか……」

 

 美味しい食事をとっている間というものは、人間、案外おざなりな言動になってしまう。それは食事が美味でありそれ以外のことをよくよく考えられなくなるという意味だが、俺の場合はそれが顕著だった。

 間宮が俺に話しかけてくれ、続いて伊良湖がそっと最中を差し出して声を紡いでくれていたが、うんうん、そうだね、わかるわかる、あーね、的な上の空の返答ばかりをして、意識の殆どは食事に注がれた。

 

 ――学習しない男とは海原鎮、この俺の事だ。

 

 かつて……というか、つい数時間か数十時間前に同じようなことを食堂でして痛い目を見たというのに、どうしてこうも学ばないのかと後悔する暇も無く、

 

「提督……そ、の……あのっ」

 

「うむ?」

 

 お茶碗にこんもりと盛られた白米があっという間になくなったため、おかわりを貰おうと顔を二人に向けた時、俺の目に飛び込んできたのは、二人が泣いている姿だった。

 

「私……私っ! 提督のためなら、無茶など顧みません! あなたが望むのならば、なんだって――!」

 

 間宮が流れる涙も拭わず、キラキラとした瞳で俺を見て叫ぶ。

 

「ま、待て間宮、すまない、俺は一体何を言ってしまっ――」

 

 いかん、これはいかん。

 学習しない男である俺だが、一度経験した事への回避行動くらいはとれる。簡単な式だ。

 

 艦娘が泣く。人類が滅亡する。責任は俺にある。以上、証明終了。

 

 いやダメだよ! 証明しちゃダメだ! 朝風呂かまして呑気に朝飯食いつつ艦娘を泣かせました? こんな事が井之上さんにバレてみろ。唯一の味方を失うばかりか人類が滅亡し、俺は未来永劫愚か者の代表として語り継がれてしまう。

 愚か者代表は間違ってない? そうですね、すみません。

 

 お、おおお落ち着け。馬鹿なことを考えている場合じゃない、とにかく他の艦娘が来る前に間宮と伊良湖を泣き止ませねば……!

 

「本当にすまな――」

 

「いいのです……お話してくださって、ありがとうございます……。でも、間宮さんの言う通り、私達は提督の手となり足となり、全力でお支えします。ですから、どうか……っ」

 

「伊良湖……すまない、話を聞いていなかっ……!?」

 

 横にいた伊良湖にも素直に謝ろうとした矢先、ふわりと伊良湖が俺に抱き着いてきた。

 完全に思考停止してしまい、目を見開いて『朝日が入ってこないけど、食堂って西日酷いのかなぁ』なんて現実逃避を始めてしまう俺。情けなくてすみません。でも仕方がない、話を聞いていなかった故、間宮と伊良湖が何の話をしているのか分からないし、どうしてこうなったのかもわからん。

 間宮までもが小走りで俺のもとにやってきて、伊良湖とは反対側からか細い腕で俺を包む。

 

 一つ言える事は、だ。

 

 柔らかい。提督になって良かっ――違う! 馬鹿! 違う! そうじゃないだろ!

 

「二人とも……離れなさい」

 

 出来る限り冷静に、静かに言う。

 

「「いやですっ!!」」

 

 えぇ……ハモって言われても困る……。

 

「食事が出来ないだろう。いいから、離れなさい」

 

 至極当然なことを言っているのは俺のはずなのだが、二人は唖然として、否、絶望したような表情で俺を見た。

 俺を包む四つの腕から震えが伝わる。

 

 仕事が出来ないくせに朝風呂の上に呑気に飯、それに対しての絶望なのであろうことは容易に想像できるが、頑張るから、めっちゃ頑張るからそんな顔で見ないで。

 

 俺は二人を安心させるよう、穏便に、そして柔和に笑みを浮かべて、昨夜の大淀に対してしたように言い訳……じゃなかった、仕事はきっちりやるからと伝える。何時から、どの仕事を、どのようにするのかを伝えられたら、流石の二人も多少は見直してくれるはず。

 

「仕事はきちんとするつもりだ。あ、あー……間宮も伊良湖も、私の手となり足となり支えてくれると言うが、それは私の仕事だ。だが、ありがとう。各自が迷わないよう、既に任務の通達もしてあるし、遠征も組んである。近海警備も問題無いはずだ。あとは……そ、そうだ! 非番の艦娘も多かろうからな、一人一人の話を聞いたりして回るつもりだ。幸いにも市民からの援助物資もあることだ、駆逐艦たちの遊び道具だってあるだろう。みなと束の間の休息、というやつだ。まぁ……全員を相手するとなれば相当な時間を割かれるが、必要なことだからな」

 

 ……あれ、なんで俺は仕事じゃなくサボる言い訳してるんだ? 違うじゃん?

 

「……提督が、お決めになられた事に、異を唱えるわけには、まいりません」

 

 下を向いた間宮が震える声で言う。

 

「ならば我々艦娘が、それに足るよう粉骨砕身するのみ、です」

 

「ま、間宮……?」

 

 艦娘と一緒に遊ぶのに粉骨砕身しなきゃいけないの……?

 俺はただの元社畜だから、無茶出来ないよ……?

 

「提督に救われたこの身、この魂――提督の勝利に捧げましょう」

 

 間宮の言葉に続くようにして、伊良湖が可愛らしさの欠片も無い声で言った。

 俺の勝利ってなんだ。もうお前たちがいるだけで勝利だよ。そんな怖い事言うくらいなら俺の仕事手伝って。マジで。

 

 思わず茶碗を持ち上げかけた格好のまま止まっていた俺は、それを置き、震える手で湯飲みを掴んで、一口。

 

 話を丸っとまとめると、あれだな? 要するに仕事をもっと頑張れってことだな? 休むなと。休む暇があるならもっと働きなさいと。わかってますとも。

 どれほどの過酷な状況に置かれようとも、突然顔面を殴られようとも、拳銃を向けられようとも、不眠不休であろうとも、前の職場に比べたらマシだ。だって艦娘がいるのだから。

 

 はい! まもるは大丈夫です! と俺の心の榛名もそう言っている。

 

「……ありがとう。お前たちのような艦娘がいるからこそ、私は何度でも立ち上がれるのだ」

 

 

 とりあえず褒めておく。褒めておけば丸く収まる気がした。

 だからもう仕事について追い詰めてくるのは勘弁してください……。(手のひらドリル)

 

 おかわりする気も失せてしまった俺は、二人の腕を出来るだけゆっくりと解いて立ち上がると、朝食を残したまま執務室へ逃げ――あ、いや、仕事をしに戻った。

 

 逃げてないぞ。本当に仕事をしに戻ったんだぞ。




更新がとても遅くなってしまいまして申し訳ありません……。

バタついておりますが、また折を見て更新します……!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。