柱島泊地備忘録   作:まちた

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三十六話 異議【提督side】

 もう終わりだ……全て終わりだ……。

 

 俺の培ってきた社畜知識は無駄に終わり、柱島泊地の頭脳たる大淀の手のひらの上で踊らされたまま嘘に嘘を重ねてきた俺は今の地位も名誉も失うのだ……。

 地位も名誉も元々無いのだが。

 

「少佐殿? 如何されたので?」

 

 如何されたので、だと? 如何もイカもあるか!

 

 サボろうとした俺を先回りしたあきつ丸達を見つめたまま絶望した顔をしていたが、こうなったからにはどうにでもなれ精神である。

 全てを悟り――主にこの後に待っているであろう凄惨な未来を悟り――二人に対して微笑みを浮かべる。

 

「いいや、お前たちといられる事が嬉しくてな」

 

 半分は本心で、もう半分は虚勢だ。

 大淀が監視につけたであろう二人。『夜戦忍者』こと川内と『元帥の秘密兵器』であるあきつ丸が相手では逃走も不可能。だが俺も情けない姿ばかりを見せてはいられない。形だけの軍人であろうとも女の子の前では恰好をつけたいのだ。ちょっとだけな、ちょっとだけ。

 それに、艦娘が常に近くにいるというのも艦これプレイヤーだった俺からしたら幸福というのも事実。仮に川内の夜戦演習の的にされようが、あきつ丸のカ号観測機の的にされようがプレイヤーにはご褒美です。ありがとうございます。

 

「っ……ん、んんっ! 少佐殿は……まったく」

 

 あきつ丸が帽子をきゅっと深く被り、顔を伏せる。

 川内はそれを見てクスクスと笑って俺に駆け寄ってきて、右腕に縋ってきた。投げる気だと思う。

 

「褒めておけばいいってもんじゃないんだからね? 悪い気はしないけどさ! ……っとぉ」

 

 投げられるかもしれないと身構えかけたが、いやもしかしたらへし折られるかもしれない、と腕に力を込めてしまい川内を引き寄せる恰好となった。

 川内は一瞬だけあっけにとられた顔をしていたものの、数秒もしないうちに腕を離して俺に背を向け、

 

「ご、ごめんごめん、よろけちゃった……って、そ、そうだ! 提督! 仕事!」

 

 と、慈悲を見せた。

 これはどうやら『少しでも仕事をすればお前の右腕は折らないでやろう』ということらしい。多分。

 大淀が見せた優しさ、そして仕事で挽回せよと慈しみの心を見せた川内にあきつ丸。やはり艦娘は素晴らしい……。

 

 違う! あ、危ない……本来の目的を忘れる所だった……。

 

 半分、否、もう殆ど諦めてはいるが柱島に戻ってこれまで以上の激務に追われる未来は避けられないのだから、ここは意地を見せてやらねば……!

 

 柱島鎮守府に着任して数日。訳の分からない状況に翻弄されようとも俺の意志は揺らがない。

 朝から晩まで監視されながらの激務の日々に戻る前に――サボってやる――全力で――!

 

 決意を固め、軍帽をすっと脱ぎ小脇に抱えて港から一歩踏み出した。

 

 

* * *

 

 

「して……少佐殿、まずはどちらへ」

 

 道すがらに口を開いたあきつ丸に、ぼんやりと辺りを見ながら言葉を返す。

 どちらへと問われたらどこでもいいよと答えたいところだ。サボるためだけに鎮守府を出たんだから。

 しかしサボると言ってもただぼんやりと過ごすだけではダメだ。休息と言えど俺の欲するものは精神の安寧であり、身体的な疲労は殆ど無い。

 

 強いて言えばここに来る前に食堂で食べたカレーは美味かったがゆっくりは出来なかった。おやつがわりの軽食でもつまみながらのんびりとしたい。

 宇品のお婆ちゃんのとこでもいい。アオサぶっかけられなかったら。

 

「本来ならば宇品港に降りたかったのだがな。美味いお好み焼き屋があるんだ」

 

「お好み焼き屋、でありますか」

 

「うむ。以前に大淀と長門と私の三人で昼食をとってな。憲兵隊に勤めている男がいるのだが、そいつの祖母の店なのだ。とは言え距離がある……先に呉鎮守府だな」

 

 呉港にあまり人通りは無く、宇品港で見たような閑散とした風景だった。

 悲しいかな、全力でサボると決意しつつも自然と前回の仕事を思い出しつつ目を配ってしまうあたり、もう仕事にとりつかれているとしか言えない。社畜だからね。仕方がないね。

 

 世間話を交えつつ、ここからならば呉鎮守府にも近いし先にそちらへ寄っていくか、なんて考える。

 

「ふーん……提督は提督で把握済みってわけね」

 

 川内から洩れた言葉に顔を向け「美味い店は仕事にとっても重要だぞ」と言う。

 会社員時代の大半こそ社内のデスクで軽食しかとらなかった俺ではあるが、美味い店、そして美味い食事というのは本当に人に活力を与えるのを知っている。仕事に身が入らない、必死に頭を働かせても体がついていかない、そんな時にこそ人はエネルギーを欲する。それこそが食事だ。

 何年にもわたって不摂生な生活を送っていた俺であれひとたび温かな食事をとれば何時間だって働けた。人が人としてあるべく必要な行為は現代社会において軽視されがちなのは身を以て理解している。あっ、すごい涙出そうなくらい悲しくなってきた。俺の唯一の楽しみが食事か艦これってだいぶヤバイ環境だったんじゃ……。

 

 まあ、艦これがリアルになっただけで環境的に然程変わってないが、それはさておき。

 

「何度でも言うが、美味い飯は人を元気にする。それにな、美味い飯を食っていれば荒んだ心も鎮まるのだ」

 

「なにそれ」

 

 鼻で笑った川内につられたように、俺は笑い返して続けた。

 

「昔は美味い飯を食う暇さえ無くてな。お前たちは知らないか? あの、クッキーのような」

 

 毎日世話になっていた黄色い箱を思い浮かべつつジェスチャーをして見せれば、川内は小首をかしげるだけだったが、あきつ丸が、ああ、と声を上げた。

 

「携帯口糧でありましょう? クッキーとはまた少佐殿も恰好をつけなさる。乾パンでありますよ、乾パン」

 

「あー、清酒とかのことかー」

 

 乾パンに清酒? 何の話してんだ。カロリーなメイトの話だよ。軍では携帯口糧って言うのか?

 あ、いや……そうか……柱島に来た彼女らはずさんな運営をしていた鎮守府にいた者ばかり。ともすれば食事だって酷いものだったのかもしれない。

 ふと山元大佐の事を思い出し、もしかしたら艦娘だからと言って補給だけしかさせずに食事は別だったのでは、なんて嫌な考えが浮かんでしまう。

 流石の山元大佐も所属していた軽巡洋艦那珂の対応から見てそこまでの待遇では無かった様子ではあるが。

 ここにいる川内やあきつ丸がどのような境遇にいたのかなんて詳しいことを知っているわけでもない。俺より滅茶苦茶な食生活を送っていた可能性だってあるのか、と自省して言葉を選びながら口を開く。

 

「乾パンに、清酒、というのは、その……お前たちは、きちんと、あー……食事はとっていたか……?」

 

 俺の問いにあきつ丸も川内も口を揃えて、

 

「もちろんであります」

「あたりまえじゃん?」

 

 と俺を見る。良かった……お腹を減らした艦娘はいなかったんだね……。

 安堵の息を吐き出しながら、俺はへらへらと笑って言う。

 

「変な心配をしてしまってな、すまない。俺のように……携帯口糧? しか食べていなかったのかと思って――」

 

 あきつ丸がその場でぴたりと足を止め、振り返る。

 

「しょ、少佐殿? 失礼でありますが、え……? 官給もありましたでしょうに――」

 

「あるわけないだろう、そんなもの」

 

「えっ、いやいやいや、は、はは、少佐殿もご冗談を」

 

 官給ってあれだろう? 軍人に配られるものだろう?

 ただの社畜に与えられるものは雑多な事務仕事か外回りの仕事くらいだ。時代の齟齬、というのもあるのかもしれないが、あきつ丸の言葉を噛み砕けば、社食を指していることくらいは分かる。

 

 しかし社食が無料で配られる企業などそうそうあるわけもなく、俺の勤めていた会社も社食こそあったがもちろん有料。ブラック過ぎて社食を利用する優雅な時間を持っている社員も多いわけじゃなかったので、どのように運営されていたかさえ朧気にしか覚えていない。

 

「基本的には自分で用意して、持ち場で、という者が多かったぞ。入れ替わりの激しいところだったが、皆余裕など無いものだから持ち場を離れられずな。情けない話だが」

 

 自嘲気味な俺の言葉に、あきつ丸はぶんぶんと大袈裟なくらいに首を横に振った。

 

「な、ななな、情けないなど! 何をおっしゃいますか少佐殿! そうでありましたか……そこまで……」

 

 あっ、これちょっと評価下げちゃったやつだ。無能でごめん。でも仕事片づけるにはそれしかなかったんだよ。

 一度失墜した威厳などあってないようなものだが、形だけでもと俺はいらぬ虚勢をはるのだった。

 

「仕事はこなしていたぞ? 最初こそ失敗もあったが、言われたことは必ず完遂してきた。どれだけ無謀な量を押し付けられてもな」

 

「おっ、ぉぉ……提督がいたところって、そんなに激戦区だったの……?」

 

 川内の言葉に深く頷き、死屍累々だった職場を思い出して目を細める。

 仕事を片付けたと思えば何故か増えている、現代の地獄だった。ああいう企業がごまんと転がっているにもかかわらず世間は平和そのものだったのだから、この世界よりはもしかしたらマシだったのかもしれない。

 

「日が昇って仕事に取り掛かり、日が落ちて横を見れば同僚が倒れて眠っている、なんて日常茶飯事だった。私を含む全員、限界を超えて仕事をしていたから当然と言えば当然なんだが……そうせねばならん理由があったのだから、全面的に誰が悪い、とは言えんが」

 

「それはそうだろうけどさぁ……! それでも……!」

 

 何故か声を荒げた川内に驚き、そちらを見やる。

 

「逃げたら、良かったじゃん……そうしたら――!」

 

「それはダメだ」

 

「っ……」

 

 川内が言うように、職場からバックレたらどれだけ楽なことか。しかし社会人の端くれとして正規の手続きは踏まねばならない。後任となる者にも面倒をかけてしまうし、気にするなと言われても同じような被害者を増やしてしまう罪悪に比べれば多少の手順など天秤にかけるまでもない。

 確かに上司はクソみたいな奴ではあったが、働かねば金は入らないし、生きていけないのも事実。そしてその上司だってそうしなければ金が入らないからこそやっていたのだ。珈琲をぶっかけてきたりしたのは完全に私怨だったろうが、それはこの際許してやろう。もう仕事辞めたしな。

 

「そうせねばならん理由があったのだ。割を食うのは確かに気に食わんが、それが私である限り問題は無い。それにな……誰だって何かを守っているのだ」

 

「何かを、でありますか」

 

「そう、何かを、だ」

 

 なんとなしにあきつ丸の頭を、軍帽の上からぽすぽすと撫でる。

 上司はああすることでプライドを守っていたのかもしれないし、家族を守っていたのかもしれない。業績や会社そのものだった可能性も大いにある。俺だって、同僚だって同じく生活を守っていた。そこに横たわる問題は守るべき生活が侵されているという本末転倒なものだったが……うーん、ブラック。

 

「――それが一体どういうものか、などと考えるまでもないだろう。生活を守り、命を守るために仕事をするのだ。それが本末転倒なことになっているのは否めないが、それでも仕事をすることで救えるものがあるのだから、動くしかあるまい。っふふ、つらいものだ」

 

「……提督は、強いね」

 

 川内の小さな声。遠くに聞こえる波の音に紛れるような呟きだった。

 

「そんな事は無い。私が出来たのだから誰にでも出来る。だが、すべきでは無い。それだけのことだ」

 

 労働基準法を守って清く正しく心地よく働きましょう。まもるとのやくそくだ!

 こんなことは口が裂けても大淀には言えないので、八つ当たりではないが川内やあきつ丸にはこれでもかというくらいに聞かせておこう。もしかすると心変わりして味方してくれるかもしれない。

 

 無能の元社畜とバレてることは明らかとは言え、あまりあからさまなことは避けるべきかと、俺は二人に釘を刺す。問うに落ちず語るに落ちるを体現してしまっては元も子もない。すでに遅い気もしないことも無いが、そこは、な? 

 

「話し過ぎたな。今の話は胸に秘めておいてくれると嬉しいのだが」

 

「は、っは! それは、もちろんであります!」

「……うん」

 

 うーん、この有能っぷりよ。俺とは雲泥の差である。

 大淀に報告するかもしれないという疑いもあるというのにすぐに二人を信頼するあたり、俺もチョロいのかもしれない。仕方ないじゃん、可愛いんだから。

 

「さて……」

 

 話し込んでいる内に目的ではなかったが呉鎮守府の近くまでやってきた俺達は、正門へ向かって歩を進める。

 すると、そこに知らない人物が立っていた。艦娘ではない。

 

「止まれ。どこの所属だ」

 

 恰好を見るに白い軍服じゃないので提督というわけでもなさそうなその人物は、俺を上から下までじろじろと見る。

 どこかで見たような制服だとしばし考えた時、はっと気づいた。憲兵じゃん、と。

 

「柱島鎮守府の海原だ。視察に来たのだが」

 

「視察ぅ? そんな話は聞いていない」

 

 しっし、と犬でも払うかのように手を振られてしまった。

 これはどうしたものかと正門で突っ立ったままで向こう側を見てみれば、知っている姿があったもので思わず大声で呼び止める。もちろん、ちゃんと威厳スイッチはオンです。

 

「おい! 松岡!」

 

 ゴリッゴリ体育会系の山元大佐を容易くふんじばった憲兵隊の男である。

 八つ当たりで怒鳴り散らしちゃった手前、多少フレンドリーに接してさらりと謝ってしまおうなんて考えてはいない。なあなあで済まそうなんて思ってもいない。本当だぞ。

 

「なっ!? 貴様、隊長になんたる――」

 

 正門に立っていた男が俺につかつかと歩み寄ってくるも、数歩手前で松岡の「やめんか馬鹿者」という低い声に動きを止めた。

 

「隊長……! この者は鎮守府に無断で侵入しようと!」

 

 してねえよ! 止まれって言われて止まっただろうが!

 

 松岡は正門までやってくると、俺の後ろを見てぎょっとした顔をしながら、

 

「申し訳ない、来訪が多く連日対応に追われているんだ」

 

 と言った。仕方ないよ、突然来たんだもの。

 あきつ丸たちに振り返れば、二人はすっと姿勢を正して俺を見る。

 そうだね、形だけとは言え仕事はしろってことだね。はい。頑張ります。

 ……具体的に何をすればいいんだ。なんて口には出さずに、視察なんだから適当に見回って帰ればいいかと松岡に事情を説明する。

 

「いいや、こちらも突然の訪問だったのでな。山元大佐は元気か?」

 

 そういや山元大佐ってどうなったの? 完璧な切り口……社畜のコミュ力、ゼロでは無かった……!

 最近天気悪いっすねぇ、と喫煙所かそこらで話すような低レベルさではあるが。

 

「――やはりそれか」

 

「うん?」

 

 やはりって何? そんな低レベルな話すんなってことか?

 それとも、仕事の話とはいえ部署が違うんだから首を突っ込むなという事か?

 どちらにせよ俺には関係の無い話だが。(大あり)

 

 俺はこの後に堂々とサボるために仕事をしたという口実が欲しいだけなのだ。

 

 サボるために仕事をする……? いや、仕事をしてサボる……うん?

 

 自分で何をやっているのか分からなくなりつつ、あきつ丸達がいる手前大淀に最悪の報告をされないためにと松岡に話を合わせる。

 

「そ、そうだ。そのことで話を聞こうと思ったが、大体は分かった。とりあえず視察を――」

 

「大体は分かった……!? っふ、ふはは……海原少佐、お前というやつは……まあいい、提督代理に会いに来たのだろう? 案内しよう」

 

「う……うむ」

 

 やっべぇ……これ松岡にも怒られるかもしれない……適当吹かしてすみません……。

 通りすがりに俺を止めた男に「忙しいのに、すまなかったな。今日は日差しが強い。倒れないように」と声を掛けておいた。ご機嫌伺いも社畜の仕事です。

 

 一度しか通ったことのない呉鎮守府内の廊下を歩きながら、松岡が口を開いた。

 話す内容は、山元大佐のその後の話だった。

 

「山元は降格処分で何とか踏みとどまっている状態だ。海軍の元帥閣下が反対派から差し向けられるであろう口封じも通さないようにと、手元に置いているらしい。一応、形式的に軍事刑務所での収容となっているが……言うまでも無く二次の戦時体制に近い今、海も陸も睨み合いの形をとる他ないからな。前線に立っている鎮守府など海原少佐を含めても片手で足りる惨状さ」

 

 降格処分かぁ……。

 街から色々とかっぱらっていたことから考えるに破格の温情だが、差し向けられる口封じというのは何のことだろうか。もしや山元大佐は別の人物から命令されて横暴な運営をしていたとか? うーん。

 反対派というのは艦娘を虐げている奴らを指しているのも理解できるのだが、前線に立っている鎮守府が俺を含む数か所しか無いとかいうのは分からん。サボってるの? じゃあ俺もそのうちに入らないはずだけど……。

 

 だめだ分からん。俺が知っているのは艦娘のことだけなんだ。すまんな。

 

「そうか」

 

「そうか、って……海原少佐、次の手は考えていないのか?」

 

「えっ!? あ、あぁ! 次の手な! 次の手、う、うむ、もちろんだが!?」

 

「……っふ」

 

 慌てて返答したのがおかしかったのか、松岡は肩を震わせながら笑って言った。

 

「お前ならばもしかしたら、と思っていたが……なるほど、山元大佐が覚悟を決めるわけだ」

 

「覚悟を決めるなど、大袈裟な」

 

 覚悟を決めるもくそも、そんなことはどうでもいいから早く戻ってきて俺の仕事を手伝えと言いたい。

 

「大袈裟と来たか。山元大佐が言っていたことも、あながち、どころの話ではないな。だが海原少佐、一つ約束を」

 

「う、うむ? 約束?」

 

 提督室、とプレートのある扉の前までやってきた俺達に振り返った松岡は、扉をノックしようとする恰好のままでニヤリとした。

 

「あの一件で海原少佐の事は信用している、が、あまり事を進め過ぎないで欲しい。我々憲兵隊も徐々にだが動き出している。俺もその一人だ。分かるだろう?」

 

 その、分かるだろう? ってやめろ! 分かんねえから!

 何なんだ一体! 仕事しろって言ったり仕事進め過ぎるなって言ったり! 俺は社畜じゃ……社畜だったわ。

 

 だが、仕事のペースに関してケチをつけられるほどに落ちぶれたつもりは無い。それに今回はただの視察。進め過ぎることなどひとつも無い! 鎮守府散歩して後はサボるだけなんだもの。

 

「約束するまでもない。私は私が必要たる仕事をするだけだ」

 

「っくく……そうか。振り回される身にもなって欲しいものだが、まあ、いい」

 

 振り回してるのお前だが? と本気で言いかけるも、その前に松岡が扉をノックした。

 ごんごん、と重たい音の後に、向こう側からくぐもった声で「どうぞ」と返ってくる。

 松岡が扉を開いて先に入室し、俺やあきつ丸はその後ろについて入室する。

 

「柱島泊地より海原鎮少佐が視察をしたいとのこと。清水中佐にご挨拶を、と」

 

 山元大佐が座っていた椅子に腰かけていたのは、これまた筋骨隆々の体育会系の男だった。呉鎮守府は体育会しか就職できないのか? などとくだらない考えが浮かぶも、きちんと挨拶をせねばと頭を下げようとしたのだが、山元大佐の一件があったからか、俺の身体は自分でも驚くほどにスムーズな動きで応接用ソファへと歩み寄り、どかっと腰を下ろしてしまう。

 失礼無礼を通り越して、完全に頭がおかしい奴である。

 早く仕事を終わらせねばサボれないという欲望と、大淀に怒られないように仕事をしっかりこなさねばという二つの心がせめぎあった結果だった。頭の中は真っ白で、言い訳がましくも仕事をしに来たから早くしようぜ、と口が動く。

 

「柱島泊地の海原だ。よろしく頼む。早速だが呉鎮守府の視察を行いたくここに来た次第だ。構わんな?」

 

「……う、海原と言ったか。元帥閣下の片腕か知らんが、俺はその元帥閣下から仰せつかってこの呉鎮守府を任せられている上に、お前よりも――!」

 

「元帥閣下? 何故それが今出てくる。私は、この呉鎮守府を、視察したいと言っているのだが」

 

「っ……松岡! 貴様、このような者をどうして通した!」

 

 いかん、俺の奇行のせいで松岡が怒られてしまった!

 ごめん松岡……と謝罪すべくそちらへ顔を向けると、松岡はこらえきれない、という風に下を向いて笑っていた。

 俺は謝るのをやめた。俺だってとんでもないことをしてしまったという自覚があるというのに、追撃が如く馬鹿にしやがって! くそ!

 

「っく、くく……! いや失礼。海原少佐とは面識がありまして、自分の勝手な判断でありました。問題がありましたらお帰りいただきましょうか?」

 

「っちぃ。おい、海原とやら! この鎮守府で少しでも変な真似をしてみろ……元帥閣下に代わり俺が直々に手を下してやる」

 

 変な真似と言われたら既にしている気がしないことも無いが……どうやら視察はさせてくれるらしい。

 俺はさらに怒られてしまわないようにと座ったばかりのソファから立ち上がり、ずっと小脇に抱えていた軍帽を被ってお礼を言っておく。

 

「心配しなくとも仕事をしたら帰る。手間をかけるな」

 

「……ふん。松岡、お前もだ。人員の補充があり次第すぐにでも憲兵には引いてもらうから、無駄な仕事を増やしてくれるな」

 

「っは。では、海原少佐、案内を」

 

「うん? 清水中佐が案内をするのではないのか?」

 

 後任とは言えここの責任者は清水中佐なのだから、関係の無い憲兵の松岡が案内するのはおかしいじゃないか。っていうかナチュラルにここまで連れてきてもらったが何でお前がここにいるんだよ、と今更すぎるツッコミが喉に引っかかる。

 

「っ~~~! 海原ァッ! 貴様、分かっていながら俺に恥を――!」

 

 ガタン、と音を立てながら荒々しくこちらにやってこようとした清水中佐に固まる俺。すかさず間に入る松岡。なんだこの汗臭い地獄のトライアングルは。

 

「落ち着いていただきたい。海原少佐も、言葉が過ぎる」

 

 松岡が困ったように言うものだから、俺も困った顔をしてしまう。

 

「……そうか」

 

 とりあえず謝っとけ精神で「すまんな清水中佐」と言って、俺はあきつ丸達を連れて部屋を後にした。

 

 

* * *

 

 

「細部までは聞き及んでないが、元帥閣下より秘密裡に事は伺っている。陸軍大臣とも話を進めているそうだ。海原がどこまで考えているかは知らんが、早々に解決できる話では無いぞ。まったく……お陰で俺もお前と共同と見られて前線指揮だ。だが、平和のためには必要であるとは承知しているつもりだ」

 

 前に来た時とほとんど変わっていない呉鎮守府内を歩きながら、松岡の話をぼーっと聞いていた俺は、大臣だの元帥閣下だのが進めている仕事になんら興味を持てず。強いて言えば井之上さんの仕事が増えたのはもしかしなくとも俺のせいなので、そこだけは何か手伝える事はないかと道すがらに問うた。

 

「上の話は上で解決してもらいたいところだ。井之上さんから仕事を振られたら尽力するつもりだが、私にできそうなことはあるか?」

 

 無いなら呉鎮守府の艦娘たちときゃっきゃうふふと遊んで帰るけど。

 

「山元大佐の件が皮切りになったんだぞ? 十二分だろう」

 

 これ以上仕事を増やすなって事だろうか。そう言えば井之上さんも仕事が増えたわいって電話で言ってた気がすると思い出してしょんぼりしてしまう。ごめんね井之上さん。

 

「う、うむ……だが何かあれば私にも頼む。少しでも働かねばならん」

 

「海原少佐……」

 

 松岡は俺を見て何故か眉をひそめた後、小さな溜息を吐いて「お前の事は好かん……」と言った。後半はあまりに小さくて聞き取れなかったが、文句を言っていたのは間違いないだろう。

 そんな堂々と言わないで欲しい。社畜だって傷つくのだ。

 

「話を戻すが――今、呉や宇品を範囲とする憲兵隊は一時的に元帥閣下の指示のもとにある。長年目を背けてきたが、我々憲兵隊にもツケが回ってきたというやつだな」

 

 松岡が話す内容は、今まで無能は切り捨ててきたが、井之上さんの指示があって仕方がなく俺を見てやってるという、そういう……? うーん、ここまで無能認定されると悲しみを通り越してきた。

 それでも俺を見捨てずにサポートしてくれている井之上さんは仏か何かか? 艦娘を癒せという仕事を振ってきた本人ではあるものの、衣食住には困らないし、大淀や長門といった頼もしい監視役……じゃなかった、秘書艦もいてくれたりと至れり尽くせりで言う事無しじゃないか。

 

 激務であることを除けば。

 

 しかしながら違う部署の松岡さえも巻き込む事態なのはいただけない。

 無能は切り捨てられるべきとまではいかずとも、適材適所、仕事に向かない者を無理矢理にこき使う事をしないという考えに他ならない言葉を紡いだ松岡には同情を禁じ得ない。

 

「そう言ってくれるな。悲しくなるだろう」

 

「っはは、海原少佐に言われては世話無いな」

 

「何を馬鹿な。場所は違えど私もお前も軍人だ、微力ながら必ずや成果を出すから、手伝わせてくれ」

 

「手伝う、って、海原少佐……ま、まさかとは思うが、憲兵隊にも――」

 

 うん? 話がかみ合ってないっぽい? と俺の心の夕立が首を傾げたその時、今まで黙っていたあきつ丸と川内が口を開いた。

 

「そのために来たのであります、松岡隊長。でなければ自分は来ておりません」

 

 驚いて目を見開きあきつ丸を見る俺。

 

「少佐殿、後の事は自分と川内殿で」

 

 まさか、大淀……俺が仕事出来ないだろうことを分かった上で監視を付け、その上であきつ丸達に仕事を振って……。

 

「提督はここの子達の様子見、でしょ? ほら、行った行った! 私らで話つけとくからさ!」

 

 しかも川内には艦娘と遊びたいという邪な心すらも見抜かれている!?

 公認でサボれと……? いや待て海原、考えろ。これも罠かもしれない。

 そう、これはかまをかけているだけで、実は――

 

「少佐殿の散策、必ずや成功させましょう」

 

 ――完全にバレてら。その上で仕方がないからちょっとくらい遊んで来いって言われてるんだこれ。

 思いっきり艦娘の手のひらの上である。あきつ丸お前、有能過ぎないか……。

 

「では、お言葉に甘えよう」

 

 でも文字通り甘えちゃう。ごめんねダメ提督で。許してね。

 この後いっぱい仕事頑張るから、ごめんね。ほんと、ごめんね……。

 

 この後数時間のサボタージュ、などという夢が崩れた今、俺はあきつ丸達が許したほんの短い時間の解放を心ゆくまで堪能せんと軍帽を深く被りなおし、松岡に片手を振って「何かあればあきつ丸達に頼むぞ」と全てを押し付けた上で逃げ――あ、いや、散策……うーん、ダメだ言い訳出来ない。

 

 ほんっとうに、申し訳ありません……。

 俺は革靴の重たい音を鳴らしながら歩き始めた。まず目指すは那珂がいたあの軽巡寮だ。

 

 

 

 

 

「さて……ここにはどんな子がいるか……!」

 

 心躍らせて、申し訳ありません……。

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