柱島泊地備忘録   作:まちた

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三十七話 威儀 【艦娘side・川内】

 まだ頬が熱を帯びている気がする。

 呉鎮守府に到着してからは任務に集中しなければと何度も胸中で意識を立て直そうとするも、私の中で燻るような火は消えてくれなかった。

 

 あんなことするんじゃなかった……ちょっと揶揄ってみようなんて気持ちで提督の腕に縋るなんて大胆な事……。

 

 しかし彼は私を拒否するでもなく、ましてや引き寄せるように腕を動かしてくれた。

 提督の事だからもしかすると私の子どもじみた悪戯に気づいていたのかもしれないし、仕返しに揶揄われたのかもしれない。嫌な気はしなかった、けれど。

 

 ダメダメ、任務よ、私。

 

 去り行く提督の後ろ姿を見て、ふう、と短く息を吐き出した後、憲兵隊の松岡隊長に声を掛ける。

 私の意識は松岡隊長に向けられているようで、その実、提督が歩き去っていた先にほんの少し引っ張られていた。

 

「提督は全部知った上でここに来てるんだろうけど、松岡隊長はどこまで知ってるわけ?」

 

「……川内と言ったか。海原少佐の部下は不躾だな」

 

 嫌味では無く純粋に気になったような様子で言った松岡隊長に対して、何故提督以外に頭を下げ丁寧に接しなければならないのかと不可思議に思ってきょとんとしてしまった私。

 私の横にいたあきつ丸が下顎に手を添えてうむむと唸る。

 

「それにつきましては自分らに礼儀を期待するだけ無駄かと。自分も川内殿も少佐殿をお守りすることを前提に行動しておりますゆえ。まぁ……少佐殿は守る必要も無いのでありましょうが」

 

「この俺程度に気遣う必要も無いと?」

 

「いえいえ! 何を仰いますか! ――松岡隊長以外にも気遣う必要が無いと言っているのでありますよ。無駄話で時間を引き延ばすのも魅力的でありますがぁ……なにぶん、我々も任務を遂行せねばなりませんので、どうかご理解を」

 

 あきつ丸の口振りに、なるほど、そういう方向で行くわけねと納得しつつ私は胸を反らし頭の後ろで手を組んで見せる。良くある手口、という言い方は褒められないかもしれないが、良い警官と悪い警官というやつだ。この場合は、どちらも『悪い警官』もとい、『悪い艦娘』になってしまいそうだが。それも仕方がない。

 私達はたった二人であれど提督から直々に任命された部隊なのだ。どのような手段を使っても任務を完遂しなければならない――提督が話してくれた、()()()()()()のように。

 

 そんな私達《艦娘保全部隊、暁》に必要な要素は五つ。

 観察、分析、記憶、思考、そして――武力。

 

 鎮守府の運営の中にありながらも独立部隊として行動を許された特異な存在たる私やあきつ丸は、日夜、艦娘の為に演習や遠征といった通常任務と並行して働いている。

 随分と動く時間が多いと一度ぼやいた事があったが、真夜中にもかかわらず明かりが灯ったままの提督室を外から見た瞬間、不平不満は吹き飛んでしまった。私達の為に寝る間も惜しんで働いているのだと分かってからは全力をもって事にあたるようになった。

 

 そうして、あきつ丸と共にとある艦娘の思い出の品を探しに鎮守府を留守にしていた数時間の間に集まった情報を頭の中で整理する。

 

 私は考えた。

 提督が柱島に来てから何故唐突に柱島鎮守府の運営より先に呉鎮守府を叩いたのか。その理由を求めるのは自然な流れだった。あきつ丸が私の所へ顔を出し、随伴艦に選んでくれた時の事も、もしかしなくとも提督は織り込み済みで、途方もない計画の一端としているのだろう。私やあきつ丸は、その突起にやっと一本だけ指を掛けられている。私達の思考力を超えているであろう大淀でさえ、きっと片手がやっと届いている程度……提督がいるのは、そのもっともっと上だ。

 

「よく躾けられた艦娘で安心だ。では、俺も遠慮なく言わせてもらおうか。ここに、お前たちの味方など――」

 

 私は松岡隊長の言葉を遮り、

 

「いない。でしょ? んな事分かってるっての。それより提督に選ばれたことを喜んだ方がいいんじゃない? 松岡・た・い・ちょ・う」

 

 ふふん、と鼻で笑って見せる。すると、あきつ丸も同調してくつくつと喉を鳴らした。

 

「選ばれたとは、そのままの意味か」

 

「えぇ、お考えの通りで受け取っていただければ。改めて互いの内情を把握する良い機会でもあります。自分の認識が正しければ元帥閣下は海軍内での全ての動きを把握しきれておりません。これは不敬などでは無く、事実としてであります」

 

 陸海軍は連携して日本という国を守っているように見えて、実際のところ連携はボロボロである。

 陸軍は陸軍で深海棲艦の襲撃によって被災してしまった国民の復興支援に携わっており、憲兵隊は海軍への人的支援でもある――とされているが、それは表向きの理由だ。

 

 深海棲艦への唯一の対抗手段である私達艦娘の殆どは海軍所属であるため、国からの支援は手厚い。陸軍所属の数少ない艦娘であるあきつ丸や、ある潜水艦を交渉材料にその支援の一部を陸軍へ持ってきているのが実情である。

 艦娘の管理には何かと物がいる。人と同じように食事や睡眠、入浴を行わせればそれだけ支出が発生するため、陸軍はあきつ丸を放り出したのだが……陸軍から出向という形をとっているために支援金などの一部は未だ陸軍に流れている。それは元帥も承知しているらしい。

 

 海軍元帥は現実を理解しているだろうが、表面的なものだけではなく、もっと深く――戦場の最前線で起きていることを詳しくは知らないだろう。多くの艦娘が傷つきながらも戦っているというひとかけらを知っているだけに過ぎず、深淵に潜む悪意には気づいていない。

 

「……続けろ」

 

 あきつ丸は松岡隊長から私へ一瞬だけ顔を向けた後、目だけで頷き話を続けた。

 

「艦娘反対派の動きから察するに、我々をただの兵器として扱い虐げているだけと考えるのは早計であったと言わざるを得なかったであります。まず一つ、自分と川内殿は我が同胞たる柱島鎮守府のある軽空母が大切にしていたという物品を奪――返却していただきました。松岡隊長が存じ上げているか分かりかねますが……佐伯湾はご存じで?」

 

「佐伯? それは、まぁ、知っているが……」

 

「では、佐伯湾泊地としていくらかの艦娘を抱えた機関が存在することも、ご存じでありますね?」

 

「それくらい把握している。何が言いたい」

 

「……では、松岡隊長は陸軍憲兵の一隊長として佐伯湾泊地、ないし西日本での海軍の動きは理解しておられる、と」

 

「当然だ。呉鎮守府がひた隠ししていた悪事に憲兵が絡んでいた事に関して気づかなかった無能さは認めよう。だが背後から刺されるような……それも軍内部、局所的に憲兵隊が噛んでいたなど関知しようも無かった。山元は呉のみならず広島を大きく囲っていたのだぞ」

 

「いいえ、『佐伯湾泊地も』であります」

 

「は……?」

 

 ぽかんと口を半開きにしてあきつ丸と私を見る松岡隊長。

 あきつ丸に代わり、私は観察し、記憶し、分析した現実を突きつける。

 

「――……ある軽空母が大事にしてたのは佐伯湾泊地にある小規模鎮守府の提督から贈られたもので、彼女は元々そこの所属。異動の命令を出したのは――」

 

 軽空母――鳳翔。

 彼女は深海棲艦が出現したと同時期に現れた初期型であることに加え、戦闘において多くの知識を持つ特殊な艦娘である。空母としての技量はさることながら、彼女と共に出撃した妖精は瞬く間に精鋭に鍛え上げられたという。

 しかしながら、妖精を見ることさえ減り、彼女の活躍の場は少なくなった。

 

 喜ばしいことだ。艦娘が活躍しなくなるというのは平和に近づいたということなのだから。

 

 ()()()()()

 

 妖精を見る機会が減ったということは、提督としての素質を持つ者が減ったということでもあり、艦娘すらも妖精を見ることが減ったというのに深海棲艦が健在し戦争が終わっていないのは敗北が確実に近づいているということ。

 

 戦争を続ける戦力がありながらも、ほんの一部から出た私利私欲が全てを狂わせているのである。

 

 艦娘を兵器として扱い、あまつさえストレス発散に使う者がいる。

 中には簡単に死なない事を理由に検査と称して艦娘に拷問じみた実験を行う者も、慰み者にする者も。

 

「その佐伯湾にいる提督では無いのか」

 

 松岡隊長は苛立ちを抑えるように目頭を指で押し込みながら言うも、自分の発言に気づいてはっとしながら声を洩らした。

 

「あ、いや……ありえんな……佐伯湾泊地は深海棲艦の襲撃があったと……それも対応の遅れにより提督が犠牲に……」

 

「そ。じゃあ、命令を出す人は空いた椅子に座った人ってことになるよねぇ」

 

 私の声に、すぐさま松岡隊長の声が重なる。

 

「ならばすぐにでも対応が――」

 

 松岡の言葉をあきつ丸が「そこであります」と遮り、

 

「あそこは他方へ指示できる機関が密集している要塞とも呼べる立地でありますよ? 岩川、鹿屋、島を回れば佐世保でも一時的に指示系統を維持する事は可能であったかと自分と川内殿は考えております。しかし、そのどれもが襲撃に対応しきれなかった……おかしくはありませんか? 新たに提督が据えられた佐伯湾は、何事も無かったかのように運営が再開されているのが現実であります」

 

「う、む……」

 

 問いかけるように言葉を紡ぐあきつ丸に引き込まれるように表情を強張らせていく松岡隊長。やはり対人は私よりもあきつ丸の方が得意か。

 あえて口を挟むことをやめ、私は事の成り行きを見守ることに徹した。きっとあきつ丸ならば私よりもはるかに分かりやすく説明するであろう。

 それに今回、私が必要とされる場面はもう少し先になる。

 

「松岡隊長。貴官が伺ったという状況をお教えいただけますかな」

 

「い、いや、それは出来ん。勘弁してくれ。これでも憲兵隊を預かる身なんだ。畑は違えど海軍元帥の手を噛む真似はしたくない」

 

「これ以上の傷は互いの為にならない、と」

 

「そう受け取りたいなら、それでも構わん。海原少佐も含め決して海軍と反目しあいたいわけでは無い。軍規を守る事こそ自他を守る事に直結するのだ。故に俺は――」

 

「部下を守りたいが故に、自らの傷はこれ以上増やせないと、そう言いたいのでありましょう?」

 

「っ……」

 

 松岡隊長が言葉に詰まり、下を向く。

 これではただあきつ丸が隊長をいじめに来たようにしか見えないじゃないか、と白々しくため息を吐き出してあきつ丸を見れば、彼女は私をちらりと見て「わかっているであります」と零した。

 

「松岡隊長、自分らは憲兵隊自体をどうこうしようと考えているわけではありません。事実を事実として理解し、軍規に則りあるべき姿に戻っていただきたいだけなのであります。その過程にこそ少佐殿の成す目的があるわけでありまして」

 

「――そちらの目的をお聞かせ願おう。判断はそれから……これが最大限の譲歩だ」

 

 あきつ丸はその言葉に満足気に頷いた。

 

「結構。少佐殿が成したい目的は三つ、『不当に扱われている艦娘の保護』、『未だ残っている不正の摘発』――『深海棲艦を見逃して鎮守府を襲わせた者の特定』であります」

 

「なっ……――!?」

 

 

* * *

 

 

 あきつ丸の言葉に驚愕し、聞いた瞬間に周囲を見た松岡隊長は、私達を憲兵隊の詰め所となっているらしい仮設の小屋へ案内した。

 中に足を踏み入れると、そこには無機質な書類やら泊まり込みするためのせんべい布団などが雑多に置いてあるだけで、整理されている様子は無かった。山元大佐の摘発から数日経った今も対応に追われているのが見て分かる。

 

 座布団も無く、板張りの床の上に三人で座ってから漸く会話の続きとなるのだった。

 

「し、深海棲艦を見逃した者がいるだと!? そんなもの、軍法会議どころの騒ぎでは無い……国家への反逆だぞ!」

 

「国家? 人類の間違いでしょ?」

 

 私の声に松岡隊長は「そういう事ではなくだな!」とがなり立てた。

 あきつ丸が両手を振って落ち着かせるように声を落とす。

 

「ご安心を。自分の見立てでは少なくとも憲兵隊や陸の者だけ、ではありません。少佐殿が動いているということは海軍にありと言っているに他ならず、山元大佐に抱きこまれていたよりも大規模に憲兵に手が入っているという事でありますよ」

 

「で、では……! いや、待て……続けてくれ……」

 

 きっと頭がパンクしそうになっているのであろう松岡隊長は目を何度も泳がせながら、額に浮かぶ汗を拭いもせずに胡坐をかいている足をもぞもぞと動かした。

 

「少佐殿はとある軽空母と話すまでに数日を空けておりました。その間、自分らは所属艦娘達を独自に調べ、件の品を返還してもらい、襲撃のあった記録にも目を通したのであります」

 

「何故、それを俺に」

 

「話した理由でありますか? うーん、一つは分かりやすく憲兵に行きつくため、もう一つは少佐殿の作戦である、としか。少佐殿のお考えでは諸々あるのでしょうが、自分らは自分らの仕事をするために来ているわけでありますから」

 

「仕事、だと……? 艦娘の仕事は深海棲艦を――」

 

「それらを成す艦隊は鎮守府に待機しております。自分らは艦娘自体を保全するための部隊でありますよ」

 

「それは……俺に聞かせて不利になるなどとは考えていない顔だな。陸にも海にも反対派が跋扈していると知っていて、外部の俺に馬鹿正直に話すなど」

 

「不利? おかしな事を仰いますな、松岡隊長」

 

 あきつ丸は正座のまま無防備に両腕を広げて見せる。

 ただの人間で、提督でも無い松岡隊長が――どうして私達に優位を示そうというのか、と言わんばかりに。

 

「松岡隊長が持てる全てで攻撃を加えようが、自分らが傷つく事はありません。万が一でも自分や川内殿を屈服させようなどと考えているならば、とてもとても……。そのお腰に携えたモノで自分を撃ってみるのも一興かもしれませんな?」

 

「……っ」

 

「誤解なさらず。我々は艦娘と少佐殿を守るための部隊であります」

 

 脅迫に聞こえようが、攻撃の意思こそ無い私達は抵抗の素振りも見せなかった。

 提督と関わり、ほんの少しでも考えに触れたこの人ならばとある種の『信頼』をしているのだと伝えたかった。

 

 聞きたい事があればなんだって答えるよ、と私が言えば、あきつ丸も頷いて松岡隊長を見る。

 

 松岡隊長はと言えば、それが真実か否かを見極めかねているようだった。

 

「お前の……あきつ丸の話は知っている。陸から追い出された役立たずだのと好き勝手言われていることも、お前に代わり陸軍に残っている『まるゆ』が支援物資の運搬に運用されていることも。情けないが、憲兵隊から出た不祥事のみならず、俺があずかり知らないところで不正が行われているのであろうことも……し、しかしだ。それがどうして俺に話す理由になる? 憲兵隊に残る不正の調査には既に乗り出している。山元大佐が噛んでいた件が皮切りになってな。だが陸は陸、海は海で場をあてられている。お前達がしようと言うのは――」

 

「えぇ。憲兵隊にも手を入れることになりましょうな」

 

「っ……それは越権行為と言わざるを得ないぞ!」

 

 自分の膝をばしんと叩いて大声を上げた松岡隊長に対して、あきつ丸は軍帽をするりと脱いで髪を片耳にかけたあとに腕組みをして言った。

 

「それについては、少佐殿が元々大将閣下であったことが所以であるとしか……大将閣下であれば陸の将校殿とも話すことが多かったでありましょうから、昔の感覚で動いているのやもしれません」

 

「そんな単純な……!? ば、馬鹿なことを言うな! 俺とて海原少佐が山元大佐に慈悲をかけ死罪を免れさせた奇跡を知っている。元帥閣下もそれを了承した故に反対派の動向を詳しく探るための道具として甘んじろと言いながらも海軍に籍を残したままにしたと。海原少佐も聞いているのだろうが、元帥閣下は止めなかったのか!」

 

 もっともな言い分にあきつ丸は首を横に振って苦笑してみせた。

 

「元帥閣下は止めるでしょうな。聞いていれば」

 

「そうだろう! ならば何故――」

 

「聞いていないからであります。少佐殿は、自らの意志で動いておられるのです」

 

「は……?」

 

 苛立たし気に額をこつこつ叩いていた松岡隊長の右手が、脱力してぽすんと足に落ちる。

 

「それは、なんっ……ま、待て。じゃあ、あれか? 海原少佐は越権行為であることを理解しながら、元帥閣下に止められるが故に通達も報告もせず、個人で、不正を正すために動き、お前たち艦娘を救わんと動いている、と……? 憲兵の不正をも正そうと? 戦争をしながら?」

 

「はい。提督の仕事は我々艦娘を癒し、支えることであると自分で仰っておりましたから。しかし同時に、松岡隊長にも仰っておられたでしょう? 『場所は違えど私もお前も軍人だ、微力ながら必ずや成果を出すから、手伝わせてくれ』と。言葉通り、少佐殿は山元大佐の一件で松岡隊長を見て、選んだのであります。隊長を同じ軍人として見ているからこそ。でなければ、正門でわざわざ足を止めなかったでありましょう。隊長の名を呼ぶことも無く、海軍の仕事だから黙っていろと、清水中佐のもとへ行っていたでしょう」

 

「……」

 

 松岡隊長は目を伏せて黙り込んでしまう。私もあきつ丸もそれっきり言葉を発さず、数分、沈黙が場を支配した。

 

 そして――

 

 

「……海軍の元帥閣下より伺っているのは『反対派の鎮静化、並びに戦線の再起』という話だ。大部分は秘匿されたままだが、陸軍の調査によれば南方からこちらへ流れてきている深海棲艦が多くなっているらしい。トラックやパラオといった泊地に駐屯している一部憲兵の調査で分かっているのは、泊地で討ち漏らし北上してしまった深海棲艦の対処を宿毛に依頼しているらしいということだ。支援を送れど戦線はギリギリで、泊地もいつ陥落するか……」

 

 

 ――線が繋がりはじめる。

 

「ほぉ、宿毛湾泊地の受け持ちで……佐世保は動いておられないのですか? 戦力で見れば佐世保が適任かと思われるのですが」

 

 あきつ丸の言葉に松岡隊長は同調して頷いた。

 

「俺も同じ見解だが、しかし名乗り出たのは宿毛湾泊地……航路を見ても四国から直接南下出来る宿毛が対応した方が良いのも事実」

 

 四国の高知県西部にある泊地たる宿毛は外洋に繋がっているため、大規模演習の際の休息場所としても利用されることの多い立地となっている。迎撃にも最適で、九州を回って来ねばならない佐世保や、小さな島々に被害を生みかねない鹿屋や岩川よりも身軽に動けるのは間違い無いだろう。

 宿毛が名乗り出たのならば、鹿屋や岩川は気兼ねなく沖縄やフィリピンに並ぶ島々の防衛にあたることが出来る。

 

 たった一つの事実を知る事で、一歩も二歩も先に進める。

 もっと早くに知っていれば……提督の口から聞いていれば、問題はすぐにでも解決できたのではないかと考えてしまうも、大淀が言っていたように意味があるはずだと心を落ち着ける。

 複雑に見えるものも、一つ一つ分解すれば、単純なものの集まりなのだから。

 

 私の頭の中に浮かんでいる事が伝播したかのように、あきつ丸の口から言葉が紡がれた。

 

「するとおかしな点が一つありますなぁ」

 

「何がおかしい。陸の者とは言え海での兵法は多少心得ているつもりだ。かつての軍艦でなく今のお前たちならば、呉や、それこそ柱島からの援護だって――」

 

「えぇ、えぇ。そうでしょうな。理屈だけで考えたならば呉や柱島の戦力を割いて宿毛に集結させ、臨機応変に迎撃が可能でありましょう。しかし……海軍は瀬戸内の手前まで深海棲艦に攻め入ることを許してしまっているのであります」

 

「なに? そんな報告は――」

 

「当然でありましょう。瀬戸内まで攻め込まれ、鹿屋や岩川ならばいざ知らず、宿毛湾の網の目すら掻い潜った多数の潜水艦隊が柱島鎮守府の『たった一艦隊』が撃沈せしめたなど周知されたらば……睨めっこばかりで戦争なんてそっちのけでありました、と知られることになるのですからなあ。元帥閣下が秘匿しておられる一部は、これかと」

 

「なん、たる……」

 

 松岡隊長の脳内でも話が繋がっているのか、そこからはまるで人が変わったかのように早口でまくし立てた。

 

「鹿屋や岩川は何をしていた!? 深海棲艦が本土に踏み込む直前だったのだろう!? パラオもトラックも討ち漏らしてしまう程の量であったのだろうが、前線たる泊地から来るのだと報告が上がれば大騒ぎしたっておかしくないはずだ!」

 

「知らないから騒がなかったのでありましょう。いや、騒げなかった、という方が正しいですかな。瀬戸内にやってきた潜水艦隊の規模からするに長期の航行を目的としていたようだと艦隊からの報告がありまして、少佐殿はそれを見越していたかのように対潜艦隊を組み一気に撃滅しました。柱島鎮守府の伊号潜水艦隊のように静粛性の高い潜水艦隊ならば見逃してしまった、という理由も頷けますが……」

 

「そ、そうか、それで見逃してしまって――!」

 

「潜水艦隊の他に、軽巡洋艦を擁する偵察と思しき艦隊とも接敵しております。後者に至っては既に柱島の警備範囲内におり、下手をすれば広島や岡山から上陸されていたでありましょうな。四国に上陸しなかったのも幸運と言わざるを得ません。ああ、ご安心を、そちらも撃滅済みでありますので」

 

「……」

 

 松岡隊長は絶句していた。

 その頭の中では、恐ろしい絵図が描かれているに違いない。

 海原鎮という男が一瞬でも遅れて着任していたならば、日本は終わっていたかもしれないという惨憺たる、起こり得た未来が。

 

「戦争に負けるかもしれない、人類は滅びるかもしれない。多くの不安がありましょうが、少佐殿にとって些事でありまして……」

 

 あきつ丸の言葉に、提督なら確かに歯牙にもかけないだろうな、と苦笑しかける私。

 

「おかしな点は、潜水艦隊と偵察艦隊を何故見落としたのか、もしくは見逃したのかという事でありますよ。我々が調査したところによれば、これまでにもいくらかの討ち漏らしが発生しておりますが、全て本土上陸前に撃沈されています。そのための泊地、そのための各所拠点でありますから当然でありますが、どうして今回、このタイミングで柱島鎮守府が出撃せねばならない所まで来ていたのかであります」

 

 ぽつりと、松岡隊長から出たとは思えないか細い声が落ちた。

 

「深海棲艦の襲撃で、失われた提督……もしかして宿毛が……い、いや、だがそれでは宿毛の泊地が何度も深海棲艦を見逃している事になる……」

 

 あきつ丸から得られた情報によって出来上がった絵図の虫食いのような穴にはまり込むピースを探すように目を彷徨わせる松岡隊長。

 提督の目は、間違っていなかった。彼の目に宿る疑惑の色の中に――怒りの色が見えるから。

 

「何者かが、宿毛の泊地と偽り報告を受け取っていた……? パラオもトラックも狭い島……あそこに駐屯している憲兵とて防衛に携わっているはずだが……ま、て……待て……海原少佐は、俺に、なんと言った……?」

 

 ゆらり、と動いた目に答えたのは、私。

 

「手伝わせてくれって言ったんだよ、提督は。同じ軍人なんだからってさ」

 

「憲兵が、事実を偽り……パラオやトラックだけでなく、岩川は鹿屋、宿毛までも……遠方泊地とあらば密となっているであろう連携を逆手に取れば……。失われた提督は、それに気づいた口封じに……しかし何故、深海棲艦は上陸しなかったんだ……」

 

「――四国には、補給用の資源海域がありましたなぁ」

 

 あきつ丸から最後のピースが示される。

 

 その時、松岡隊長の目にある疑惑の色が、完全なる怒りの色に染まった。

 私もあきつ丸も良く知る、平和を目指し、不義を許さぬ怒りの目だ。

 

「っく、くく……そうか……海原は……いいや、()()()()は俺に問うたのだな……」

 

 それから、松岡隊長はすっと立ち上がり、落ち着いた動きで小屋の隅に備えてあった湯飲みを三つ取り出してお茶をいれはじめる。あきつ丸は不思議そうに見ていたが、私には理由が分かった。

 ああしていなければ今にも暴れ出してしまいそうなのだ、彼は。

 

 部下を守るため、仲間を守るためだと自身を欺き続けて何もかもから目を背けていた、かつての私のように。

 

「一服入れて、それから、動くとしよう。っは、今更になって自分を殴り殺してしまいたい衝動に駆られているなど、ちゃんちゃらおかしいな……俺が入隊した頃の理由を、思い出せた。海原閣下には二度と頭が上がらんな……お前たちにも」

 

 お茶をいれた後、私とあきつ丸の前にそっと湯飲みを置いた松岡隊長は、そのままの勢いで頭を下げかけた。

 私はそれを制し、湯飲みをもらい受け、息を吹きかけて冷ましながら言った。

 

「私達は提督の部下だから。そういう事は提督にどうぞ。ま、提督は『なんのことだ?』とか言ってとぼけると思うけど」

 

 提督の不思議がる顔が思い浮かんでしまって笑みがこぼれる。

 あきつ丸も同じような顔が浮かんだ様子で「恰好をつけるのも、男の矜持という奴でありましょう」と笑った。

 

 松岡隊長は私達に頷いてから、するると静かに茶を啜り、噛みしめるように言った。

 

「やはり海原閣下の事は好きになれん――あのお方は、恰好が良すぎる」

 

 今度は私達が、深く頷くのだった。

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