柱島泊地備忘録   作:まちた

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三十九話 閣下【元帥side】

 ――東京都新宿区。大本営。

 

 赤と茶色を基調とした落ち着いた部屋で、その雰囲気とは対照的に室内は騒然としていた。

 

「井之上元帥、前回の作戦報告書です。こちらがパラオ、こちらがトラック――両泊地の戦況は変わらず……」

 

「元帥、新しい戸籍の準備が完了しています、ご確認を――」

 

「陸軍大臣よりご連絡が来ております! 大本営発表では納得できないと言うマスコミへの対応について海軍とのすり合わせを行いたいと――」

 

「元帥。移動の準備が出来ております。山元もすぐにこちらへ到着します」

 

 方々から掛けられる声にしかめっ面をしたまま、初老の男は椅子から立ち上がって右手を振った。

 

「報告書は置いておけ、戸籍の方もだ。あぁ、報告書はコピーを準備してくれ……。陸軍にはこちらからすぐに折り返すからと言って切れ。あぁ、切る前に……憲兵隊の報告書を一度こちらにも送るように言っておいてくれないか。こちらはパラオとトラックの報告書を送るから、と。車は待たせておけ、少し用事を済ませてからすぐに出る。山元は身体検査をしてからこちらに通せ」

 

「っは」

 

「井之上元帥、戸籍はこちらに置いております」

 

「大臣にはそのように」

 

 

 室内に散っていた軍人達がそれぞれ出て行ったのを見届けたあと、机に置かれた書類を手に取った男――元帥海軍大将、井之上巌(いのうえいわお)はしかめっ面のまま目を細め、それらを流し見てすぐに机に投げた。

 

 誰もいなくなった室内に立ち尽くしたまま、額に手を当てる。

 

「……さて」

 

 彼は逡巡していた。

 横須賀鎮守府にて発見された海原鎮の処遇について、また、反対派の手によって消されてしまった()()()()()()()()について、どう話をまとめてやろうか。

 その他にも、彼はまだ海原として柱島に送った男に話していない事がある。それらを話すべきか否かについても迷っていた。

 

 あまりに荒唐無稽な話を海原は信じてくれるだろうか。

 彼の存在がどうあれ、突然戦地に送ってしまったワシの言葉に重みは存在しているだろうか。

 

 だがいずれは話さなければならない。信じる信じないを差し置いてでも、海原に動いてもらわなければならない時が必ずやってくる。

 それに、かの男は見合う働きをしている。

 

「なんと不甲斐ないことか……じゃが、出来ることをせねばなるまい」

 

 誰も聞いていない懺悔の言葉を虚空に溶かし、井之上は机に歩み寄って引き出しの一つを開けると、そこから煙草を取り出して火を灯した。

 一息吐き出せば、ゆらめく紫煙が現実を遠ざけるようで虚しくもあったが、同時に少し安心するような、後ろめたさから逃げ出しているような微妙な気持ちになるのだった。

 

 もう一口、もう二口と煙草を吸っていた井之上だったが、腹をくくって煙草を灰皿へ押し付け、椅子にどかっと腰を下ろした。そして、机の一番したにある引き出しを開く。そこには黒電話が一台だけ入れてあった。

 枯れ枝のようで、傷の多い歴戦を窺わせる無骨な手を伸ばしてダイヤルを回す。

 じーこ、じーこ、という音が引き出しの中で響いた。

 

 受話器を耳に当て、応答を待つ。

 向こう側へ繋ぐ音は数秒も無く、すぐに声が耳に届いた。

 

『元帥閣下! 何かあったのでありますか……?』

 

「――ふふ、お前は相変わらず、ワシを閣下と呼ぶんじゃなあ」

 

 井之上が連絡したのは、横須賀で発見された海原と名乗る男のもとへ送った艦娘、あきつ丸であった。

 井之上はあきつ丸を海原のもとへ送る前、彼に守ってもらえるよう、彼の傍から出来るだけ離れないようにと言いつけていた。

 

『申し訳ありません……陸の癖で、つい……』

 

「構わんとも。それに、突然の連絡すまんな……呉の一件について、形がまとまりそうだったからの、一声かけてやろうと思うて」

 

『そ、そうでありますか! それは少佐殿もお喜びになるかと……! 今こちらにいらっしゃいますが――』

 

「おぉ、かわってくれるか」

 

『っは!』

 

 電話口から聞こえてくるのは、あきつ丸の他、いくらかの人の声。

 他の艦娘だろうか? と耳を澄ませてみるも、よく聞き取れない。ただ一人や二人の声ではない事だけは確かだった。

 

 数秒の後、聞き覚えのある男の声。

 

『お電話かわりました。海原です』

 

 変わり無い元気そうな声に、井之上は安堵した。

 

「おぉ、海原。あれからあまり経っていないが、問題は無いか」

 

『艦娘ですか? それなら、はい。お……んんっ、迷惑ばかりかけているのが情けないところですが』

 

 一瞬だけ自分を俺と言いかけるもすぐに言い直した海原に、やはり彼は敬う心のある良心を持った男なのだろうと、自然と口角が上がってしまう。同時に胸中に申し訳なさや良心の呵責があったものの、彼にも知る権利はあるのだからと自分に言い聞かせて口を動かす。

 

「海原、お前の落ち度はワシの落ち度でもある。気負い過ぎるな。何かあればワシの方からも援助はすると言っておるだろうに……っと、そうじゃ、呉じゃ。呉の話がな、いち段落つきそうだったから連絡をしたのだ」

 

『えっ、あっ、あー……呉の、はい、あぁ、呉のですね、はい』

 

「お前が動いた一件だろう、よく聞け。山元大佐についてはこちらで保護してある。反対派の中核の一人な事もあって随分と色々な話を聞けたのは大きかったが、いかんせん中核であるが故に反対派の動きが派手になってきているのも事実。ここまでは、いいな?」

 

『あー……はい……』

 

「反対派については陸海軍ともに扱いに困っていてのぉ……艦娘という存在が国民に浸透しておる今、海に出て戦う姿が報道されていることも珍しくない。それに恐怖を覚えて戦争を止めろという国民がいるのもまた事実。中には艦娘の存在自体を認めているが、少女を戦わせるなど軍は何をしているのだという声もある。反対派が厄介な所以は、そういった国民をも巻き込んでいるからだ。山元はその中核の一人であったと言えば、分かろう?」

 

『え、えぇ、はいぃ……』

 

 気まずそうな海原の声。彼のことだ、きっと余計な仕事を増やしてしまって申し訳ない、と思っているのだろう。

 それは一部間違っている。仕事は増えたが、決して余計なことでは無い。

 

 日本という国、ひいては人類を守るために艦娘を運用すべき軍の腐った部分を切り取らねばならない重要な仕事だ。私利私欲をひた隠して狡猾に動く者達を密かに、そして確実に捕らえてしかるべき対応をしなければならない。

 しかし海軍の元帥という立場上、軍規違反とて切り捨て過ぎても非難の的となる。厳しく律すべき陸海軍が身を削り過ぎるのは戦力を削ぐのと同義。軍自体が国民の不安要素となってはならないのだ。

 

「これから山元大佐を連れ広島へ向かう。危険は承知だが、山元大佐の処分見送りとしてもう一度呉に据えて反対派の動きを緩和させ――」

 

『山元が戻ってくるんですか!?』

 

 海原の驚愕の声に目を閉じ、大きく息を吐く。予想通りの反応――

 

『あぁ、良かった……! それは良い報告です、井之上さん! 本当に良かった……!』

 

「なっ、よ、良かっただと!?」

 

 ――では無かった。今度は井之上が驚愕の声を上げ、ぽかんと口を開いてしまう。

 それと同じくして、こんこん、とノックの音。恐らく山元であろう、と入室を許可すべく耳から受話器を離し、入れと言う。

 失礼しますと短く言って入室したのは、やはり山元だった。

 

 井之上は目を細め、眉間に寄せたしわを一層深くした。

 

「そこで待っていろ」

 

「……っは」

 

 山元は返事をすると、直立不動となる。

 

 彼はこちらに移送されてからというもの、無駄口一つ叩かなくなった。

 井之上に対してだけでは無く、関わる全ての人物に対して深く詫びるような面持ちで過ごして、数日。

 軍法会議で死刑になろうと脅しても彼は揺らがなかった。ただ、彼は一言。

 

【どれだけの事があっても私を許してくれた彼女らに報いたい。そのために死が必要ならば、決して逃げません】

 

 こう言うのだ。諦めでは無く、それは山元なりの覚悟であったのだろう。

 井之上はそれを聞き、自分でも恐ろしい提案をした。

 お前が生餌となって反対派を誘き出す仕事でも受けるのか、と。

 

 彼は二つ返事だった。こうなっては井之上も言葉を引っ込められない。

 

 陸軍の上層部は反対派も賛成派――艦娘に人権を認めようという、人権派とも呼ばれる――も過激な故に、井之上が持ち出した山元を反対派への餌にするという案をすぐさま了承した。

 なんとも、情けない。

 

 深海棲艦という敵を前にして自陣で争いを繰り広げ続けることの、なんと無意味、無益なことか。

 それらを口に出せたら楽だろうが、深海棲艦も戦争も待ってはくれない。多方面で行動を起こさねば国も民も守る事が出来ない。このジレンマと戦うのに、井之上は必死だった。

 皮肉なことに、軍規違反を犯し艦娘を沈めかけた山元の決死の覚悟を、文字通り自分にも強いねばならない。

 

「……すまない海原、待たせたな。それで、山元を再度そちらに移送することになっているのだが、呉鎮守府には今、清水という男がいるだろう? そやつは艦娘を上手く運用し九州南部の防衛を担っている素晴らしい――」

 

『その事について、あの、ご相談が……』

 

「うん? なんだ、言ってみろ」

 

『今ですね、目の前に清水中佐がおりまして』

 

 ぐっと息が詰まり、眩暈を感じた井之上は白目をむきそうになる。

 目の前にいる? 何故だ。

 海原は柱島の鎮守府にいるはずだろう!?

 

 清水中佐は井之上が知る限り真面目な男だった。ともすれば、山元の時とは違って、良い意味で防衛を担う相手として挨拶に足を運んだのかもしれない。それか、逆に海原が挨拶に伺ったかだ。

 なんとか頭を働かせている井之上の耳に――怒号。

 

『動くな! そのまま両手を上げて待機しろ。閣下の邪魔をするな!』

 

「そ、その声、は……」

 

 記憶がかき回される。間違いない。海原の声では無いその怒号は井之上も良く知っている人物の声だった。

 陸軍大臣が直接命令を出して動かしている、直轄の憲兵隊――西日本統括部隊の憲兵隊隊長、松岡忠(まつおかただし)のものだ。

 

 震えそうになる声を抑えつつ、小さく言う。

 

「海原、今、そこには、誰がいる……?」

 

『ここですか? 私と、あきつ丸と川内、清水と松岡です』

 

「は、ぁぁ……!?」

 

 溜息と驚きが同時に出ると意識を失いそうになるのか。そんな場違いな思いを抱きつつ、胃に痛みを感じながらも言葉を紡ぐ。

 

「相談があると、言ったな……ん、んんっ……聞くだけ聞くから、言ってみろ」

 

『ここに着任している清水ですが、遠征という名目で南方海域に艦娘を送っているのです。それも、たった数隻のみを』

 

「遠征ならば、資源の確保を目的として少数艦隊で向かうのも不思議では無いが――」

 

『南方海域と言いましても、パラオやトラックといった泊地のある遠方です。遠征とは言えど資源を持ち帰るのに領海を横切るなどありえるのでしょうか』

 

「何?」

 

 海原の言はもっともだった。今は第一次、第二次とは違う。各国の排他的経済水域を跨ぐように勝手気ままに欲しいから取るなどという事は出来ない。反対派の言葉を借りれば艦娘は日本国所有の兵器であり、非常時たる現在こそ超法規的に拡張した範囲での作戦行動は認められているが、それは深海棲艦の撃滅に際してのみ。

 資源の確保はまた別であり、勝手な行動をしようものならば国際問題に発展しかねない。

 

 海原を独断で着任させている井之上も綱渡りをしているのだ。

 これ以上刃物を増やし、自分の綱を切るわけにはいかない。

 

「EEZ(排他的経済水域)を越えて、という事か」

 

『いーいーぜっと……? ちょ、っとお待ちを……』

 

 海原の声が消えたのも束の間、すぐに声が戻る。

 

『排他的経済水域! はい、はい、そうです。遠征の対象となる場所を確認したところ、トラックやパラオといった泊地のある海域は対象とはなっておりませんでしたので、そこのところ、どうなのか、と』

 

「EEZでのみ遠征を許可しているはずじゃが……それでは足りぬという程、資材が枯渇しているわけでも無い。それにしてもだ、海原。お前はどうしてそんなことをして――」

 

『清水は少数艦隊をいーいーぜっと? を越えて遠征行動させ、戦闘も行わないよう帰還させるつもりだった様子です。清水、間違いないな?』

 

『……』

 

『――閣下が聞いておられるだろう! 答えろッ!』

 

『は、はいぃっ! そうです! そうですっ……!』

 

『……こういう事になってまして……それで、相談と言いますのも、一時的に呉鎮守府の運営状況を見ていただいて、問題があれば清水に代わり私が、という事でして……山元大佐が戻るのなら、それに越したことはないのですが』

 

「なん、と……お前、海原、おま……」

 

 海原の問いに続き、松岡の怒号、そして――信頼して送ったはずの清水の絶叫。

 

 もう、言葉が出なかった。

 井之上は山元に見られているのにもかかわらず口をあんぐりと開けてしまうほかなく、目を見開いて山元を見てしまう。

 

 一体、こやつは何をしているんだ。

 

 どうして、こやつはワシの一歩も二歩も先を歩いているのだ。

 

 そんな思いが頭を埋め尽くす。そして彼に隠していたことを早く話さねば、いや話すべきだと気が逸る。

 山元が戻ってくるのに喜んでいたのは《清水と入れ替えることができる》ためかと納得すると同時に、()()()()()()()と同じ働き――否、それ以上を期待できるぞと歓喜と正義に全身が粟立つ。

 

『もし難しいという事でしたら、別の者に鎮守府の運営をさせるべきかと――』

 

「待て海原。今、ここに山元がいる……話してもらえるか」

 

『あっ、はい! それは、もう、はい!』

 

 井之上は受話器から耳を離し、山元に向かって手招きする。

 山元は相手が海原である事を理解してか、いつにもまして緊張した様子でキリキリとやってきて、両手で受話器を受け取った。

 ジェスチャーで聞こえやすいようにしろ、と井之上が示すと、頷き、少しだけ耳から離した状態で山元は話す。

 

「かわりました。山元です」

 

『山元ぉ……! んんっ……元気そうじゃないか』

 

「っは……! 海原少佐のお陰です」

 

『馬鹿を言うな、私は仕事をしていただけだ。それはそうと山元、お前、呉に戻ってくるらしいな』

 

「はい。元帥のご温情によって、今一度チャンスを、と」

 

 山元がちらりと井之上を見る。井之上は頷き返し、続けろと目で示した。

 

『早く戻ってこい。那珂が心配して泣いていたぞ。それに、潮なんて仲間を返せと怒っていてな』

 

「ぁ……」

 

 少なからず艦娘に関わっていた井之上も理解しているつもりだった。

 どれだけ兵器と呼んで遠ざけようと、そのすぐ近くで生きた者である山元の心にもほんの少しばかり良心があると。

 海原は山元の良心にこそ訴えているのだと。

 

『演習の約束も果たされていない上に、資材も借りたままだ。まぁ、資材については別に急いで返せと言わないならば、ゆっくりと分割で――』

 

「うっ、ぐ……は、早く、早くそちらに戻ります! 一刻でも早く!」

 

 山元は嗚咽を抑え込み、気を付けの恰好で大声で返事する。

 

『……当然だ。これ以上尻拭いをさせるな。私も私の仕事があるのだ。いいな?』

 

「っは!」

 

『お前が戻るまでの間、私の艦隊を動かすつもりなのだが、一時的に呉港を使わせてもらいたい。お前が戻るのならば、許可を出すのはお前になるのだろう?』

 

「それにつきましては……――」

 

 またも山元の視線を受けた井之上は、同じように頷く。

 

「っは。海原少佐でしたら、ご随意に。必要な資材などありましたら、そちらも。全ての処理は私が引き受けます」

 

『ならば良し。これより南方海域へ遠征に向かった艦娘、漣と朧を迎えに艦隊を出撃させる』

 

 海原の声は井之上の耳にも届いている。

 その声音の強さたるや、山元にどれだけの激励となろうことか。

 

 海原の最後の声は、踏ん切りのつかない井之上をも奮起させた。

 

『……裸足で走ってでも戻ってこい。必ずだ。飯の一つぐらい奢れよ――待っているからな』

 

 軍人らしからぬ軽口。

 いいや……軍人こそ口にしてしまう、希望の言葉。未来への約束。

 

 遠き国では、先住民が戦地に赴く際に《今日は死ぬには良い日だ》と言ったという逸話がある。死ぬのに良い日があるはずもなく、その言葉には必ずや生きて帰るという意味が込められているらしい。

 これが決意の言葉であるとするならば、海原の言葉もまた未来を見ている希望の言葉であったのかもしれないと井之上は深く感動した。

 山元の立場を顧慮して諫めるような口調ながらも、上官らしく部下に飯を奢れなど、洒落の利いた男だ。

 

「はッ!」

 

『泣いている暇があるなら身だしなみでも整えろ。艦娘に泣き顔で会うつもりか? ほら、井之上さんにかわれ』

 

「海原少佐……お話、ありがとうございましたっ……! おかわりします……!」

 

 山元は嗚咽を抑えていたが、流れ出る涙は止められなかったようで、目元の水滴も拭わぬまま井之上に受話器を返した。

 

「……かわったぞ。話は出来たようだな。呉鎮守府の指揮権についても、一時的に海原に持たせることを許可する。だがそちらでしっかりと事情を聞かせてもらうぞ。清水中佐に関しても、だ。中佐には待機命令を出す。かわれ」

 

『はい、ただいまかわります――清水中佐。井之上元帥だ、お前に話がある』

 

『うっ……ぅぅ……!』

 

『早く出ろッ!』

 

 数秒の沈黙から、松岡の怒号にぴくりと眉が動く。

 

『か、かわりました、清水中佐であります……! 井之上元帥、は、話を聞いてください! この海原という男が松岡を引き連れ、突然任務の妨害を――!』

 

『なっ……貴様ァッ!』

 

『ひぃっ』

 

 これでは話が進まん……と、井之上は低い声で短く話す。

 

「清水中佐、どのような作戦であれEEZの越境は認められん。そちらには陸軍大臣から命令を受けた憲兵隊がいるはずだ。それに特警も編成している最中である……海原少佐がもしも虚偽の申告をしておったのならば、軍規違反どころか反逆罪として吊し上げられるのは言うまでもなかろう。お前に不当な危害が加えられないようワシからも言っておくから、今は待て。いいな?」

 

『し、しかしっ!』

 

「いいから待て。今から広島に向かう用事もあるから直接ワシが命令もできる。これならば海原はもちろん、憲兵隊も納得できよう」

 

『っぐ……了解、しました……』

 

「……良し。では、数時間後には呉に到着すると伝えておけ。頼むぞ」

 

『はい……失礼、いたします』

 

 その会話の後、井之上は受話器を乱暴に引き出しへ半ば投げるように置くと、机の上の書類をばさばさとまとめて鞄に入れて立ち上がった。

 

「――出発だ、山元大佐。広島に着いたら、海原と話がある。お前も同席で全てを話す」

 

「全て、でありますか……?」

 

「ああ、全てだ。お前も生餌になるのだから、知らねばならん。悪いが、ワシと共に首に縄をかけてもらうぞ」

 

「っは。この命、お国に捧げましょう」

 

 井之上は引き出しを閉じて立ち上がり、新しい煙草を取り出すと火を灯さず、咥えて歩き出す。

 そのすぐ後ろに山元が控え、同じ速度で追いかける。

 

 

 

 

 

「っくく……せいぜい励め。ワシを裏切っても、海原の期待は裏切ってやるな」

 

「……っは」

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