柱島泊地備忘録   作:まちた

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四十話 事情【艦娘side・大淀】

 提督が鎮守府を発って数時間。

 誰もいない執務室で私は少しでも提督の仕事を減らさねばと提督の認可が必要なもの以外の書類を処理していた。

 

 ここに配属となる前、一時的に大本営預かりとなっていた頃にやっていた業務と変わらないはずなのに、今生で見たパソコンやスマートフォンといった機器の無い状態で同じ処理をしようと思うと二度手間、三度手間となるのに辟易する。

 

 機密性の保持とは言え申請書類のみならず演習や開発の記録といった日々必ず提出されるものも手書きなものだから、ファイリングするとたった数日でも相当な量となっていた。

 日付を間違わないように慎重に確認を重ねつつ、ファイリングしたものをキャビネットへ収める。そしてまた机に戻っていくつかの書類に目を通し、別のファイルを用意してキャビネットへ、そんな往復だけで数時間だ。

 

 ちらりと提督の机を見れば、まるで本屋で平積みされている書籍の如き決裁書類。

 私の手元にある書類と、キャビネットに収めた記録を合わせても到底同じ量にはならない。倍、いやそれ以上――見ているだけでぞっとしてしまう。提督はあれをどうやって一日で処理しているのか。近くで見ていても理解出来ない。

 変わらない速度で黙々とペンを走らせているだけにしか見えないのに、提督はコーヒーを片手にさらりとアレを消してしまう。人間から見た私達艦娘が化け物であるとするならば、私達艦娘から見た提督はもっと化け物じゃないか。

 

「……はぁ。早く終わらせねばなりませんね」

 

 考え事をするよりも手を動かさなきゃ、と姿勢を正し、机に向き直る。

 

 パソコンの一台でもあればこの業務は半分以上圧縮される事だろう。演習に際しての弾薬使用許可や、毎日の遠征にも四国を通る際に艦娘は検査を受ける。行きと帰りに検査を受け、艤装に異常は無いか、持ち帰る資材に違法性は無いか確認され、問題無ければそのまま帰還できる。検査場となっている港から発行される検査書を報告書と一緒に提出するわけだが、ネットを介せばクリック一つで終わるのだ。

 

 提督は日々提出される膨大な報告書を真面目な顔で眺めているわけだが、時折ふと笑う事がある。

 

 報告書にでもあったのか「今日は良い天気だった、か」と呟くのだ。

 平和である事を心から喜ぶように。

 

 そうして、提督は決まって私にこう言う。

 

『遠征組も演習組もそろそろ戻る頃だろう? 休憩してこい』

 

 私は提督にこう返す。

 

『まだ仕事が残っておりますから、もう少しだけ』

 

 すると、提督は間を置かずに言う。

 

『私がしておくから、皆を見てきてやってくれ』

 

 私はその言葉を断れず、その日の秘書艦を連れて昼食に出る。そんな毎日。

 今日は鳳翔の件もあったり提督が呉へ行ったりと変わった事が多いので対応に手をもんでいる所だが、こんな事で狼狽えて業務を滞らせるなど言語道断。常任秘書として完璧にこなさねばと気合を入れる。

 艦娘の事ばかりを考えてくれる提督のためにも。

 

 その時、私の中に響く声。通信だ。

 

《ザッ――ザザッ――こちらあきつ丸。大淀殿、報告であります》

 

「こちら大淀。どうされました?」

 

《少佐殿が呉港に到着しました。鳳翔殿というオマケ付きで》

 

「鳳翔さんが一緒に? それは、どうして……」

 

《詳しくは、自分も分かりかねます。見るからに鳳翔殿が護衛を買って出た、といったところでありましょうが……少佐殿はそれを断れずここまで、という感じでありましょうかね》

 

「……なるほど、了解しました。鳳翔さんはもう発ちましたか?」

 

《えぇ、もう暫くすればそちらに戻られるでありましょう。して、大淀殿、そちらの状況は》

 

「予想より処理が多く、まだ……」

 

 言いながら、手元の書類を見て溜息を吐く。

 

《あー……鳳翔殿は少佐殿をお送りするのに船を使っておりましたから、そちらに戻るのに暫くは大丈夫でしょう。赤城殿と加賀殿は頼みますよ》

 

「動きは見せておりませんし、鎮守府から飛び出したりしてませんから問題無いとは思うんですが……出来るだけ早く様子を見に行けるようにしますね」

 

《それが良いでありましょうな。では、また変わりがあれば報告をば――ザザッ》

 

「了解」

 

 通信が切れたのを確認して、私はペンを机に置いて突っ伏す。

 

「うぅ……鳳翔さん、何を考えているんですか……」

 

 出来る限り早く事態を収拾させ、提督の視察――三策の一つ――の成功に手をかけねばと思う程に、業務量に対して絶望を抱いてしまう。

 こうしている間にも、提督は作戦を遂行なさっているに違いない。

 あの方の事だ、自らが動くことで最大効率を発揮できると理解しており、私達と自分とを別に考えていらっしゃるだろう。海に出て戦うことこそが艦娘の本分、なれど私も、きっとこの鎮守府にいる幾人もの艦娘も提督の力になりたいと思っているはずだ。思っていてくれる……はず。

 初日に提督が講堂で挨拶をした時、場の空気によって猛った者もいるだろうが、その側面を見れば人間など信じるに値せずといった評価がほんの少し変わっているはず。

 

 真面目に、誠実に、そして限界まで執務にあたっていた提督を知っている。

 演習に向かう者も、遠征に向かう者も、その日開発を任され明石と共に工廠に篭った者も、全員に伝わっているはずだ。そう、思いたい。

 

 ぐるぐると思考する私の中に浮かぶ鳳翔の涙。

 それだけがどうしても気掛かりだった。

 

 ただ悲しかったから泣いていたのか、それとも、提督の心遣いに泣いたのか。

 真意は分からない。でも、違和感を拭えない私がここにいる。

 

 ――こんこん、と扉がノックされ、はっと顔を上げる。

 

「どうぞ」

 

 ぴんと背筋を伸ばして座りなおし、机の上に散らばった書類を整えながら言えば、扉が遠慮がちに開かれた。

 そこにいたのは、駆逐艦の島風だった。

 

「失礼しまぁす……」

 

「あら、島風さん?」

 

「あれ、提督は――」

 

 珍しい来訪に目をパチパチさせていると、島風は室内を見回して提督がいないと知るや否や、出て行こうとする。

 

「提督がいないなら、いいや」

 

「あっ、島風さん! 伝言があるなら、私から伝えておきますよ」

 

「……んーん、大丈夫……です」

 

 目を合わせるでもなく下を向いて言う島風に、私でよければ力になりますと言えば、彼女は値踏みするような視線を初めて持ち上げた。

 

「力になるって……別に、私……てーとくと遊びたかっただけで……」

 

「提督と遊び……あぁ、いつものあの、かけっこですか」

 

 島風は、提督が着任して二日目の朝には既に彼に心を開いている様子だった。講堂の窓から見た島風の眩しい笑顔に提督の疲れ顔は一部の艦娘からは伝説扱いされていたりする。

 あの島風は無敵と思われる提督を唯一疲労させるパワーの持ち主だとか、提督以外には捕まえられない駆逐艦、だとか。

 

 と言うのも、演習や遠征のルーティンが未だ回ってきていない島風は基本的にどこにいるか分からないのである。

 鎮守府内にいるのは確実なのだろうが、自室にも中庭にも、倉庫区画にも工廠区画にも見つからないなんていうのはざらにあるらしいのだ。

 

 艦種で分けられた艦娘寮で個室をあてがわれているのも見つけられない要因の一つかもしれない。

 島風型駆逐艦の一番艦で、島風型の艦娘は他に存在していない。

 

 彼女にはいわゆる――姉妹艦が存在していない。

 

 それが無意識のうちに壁を生み出し、他の艦娘との距離となっているのかもしれない、と私は考えた。

 しかしながら、距離があるからといって無理に詰める必要も無く、一定の距離を保った状態で艦隊運営が出来れば問題無いとも考えてしまう。孤立させるつもりは無いが、望まない集団の中に放り込む必要も無いのだから。

 

「帰る」

 

 そう残して去ろうとする島風の背中を見つめていた私だったが、何故だかふと、声を掛けてしまう。

 

「島風さん――!」

 

「……なに」

 

「あっ……え、っとぉ……あ、あはは、べ、別に何でもなかったです……」

 

 島風を気にするより、先ずは目の前にある仕事に専念しなければ、と私は島風に苦笑を返し、手を振る。

 その時、頭の中に提督の顔が浮かんだ。いつもの調子で、頭の中の提督は私にこう言う。

 

『皆を見てきてやってくれ』

 

 どういう意味だろうか。全員に異常は無いか確認し、報告をすればいいのだろうか。

 違う。そんなわけが無い。

 

「……じゃ」

 

 島風が扉の向こうへ消えていく。扉が閉まってしまう。

 私は反射的に立ち上がり、小走りで扉まで行くと、取っ手を掴んで、また呼び止めてしまう。

 

「島風さん! あ、あの!」

 

「っ!? な、なに……?」

 

 勢いあまって扉を開き、島風の眼前に立ちふさがるような恰好になってしまった私だったが、この時はどうしてもこうせずにはいられなかった。

 何か話さなきゃ、どうして止めちゃったんだ、私は一体何を――。

 

 混乱寸前の脳内から直接飛び出た言葉は、島風を足止めするに充分なものだった。

 

「わ、私、一人っ子、と言いますか、同型艦がいなくて、ですね! それで、あのっ、あー……! お、お茶でも飲んで、休憩を挟もうと思ってまし、て……」

 

「……」

 

「あはは! すみません急に、ど、どうしたんでしょう、私……疲れてるんでしょうか、あはは……」

 

「大淀さんも、一人なの?」

 

「えっ? あ、は、はい、そう、ですね……」

 

 悩み、混乱している時というのは、それらを言葉にしてしまうと容易く整理出来てしまう。

 提督がよく皆を見てきてやってくれと言っていた意味を、真意を理解した時、艦娘となり心というものを持ってしまった私の本心も理解してしまう。

 

 同じ鎮守府から配属となった夕立を見た時、私は何を感じた?

 柱島にやってきて加賀や赤城といった同型艦がいない者同士で、何を感じた?

 

 ――孤独では無いのだという、ぬるま湯のような安心感だ。

 

 私は本心を理解し、言葉として再認識するとどうにも単純でくだらないと思って、笑ってしまう。

 

「あははっ、本当、どうしようもないですね私は」

 

 島風は不思議そうに私を見上げていたが、ふるふると首を横に振って言った。

 

「どうしようもない艦娘なんていない、って、提督が言ってた」

 

「え……?」

 

 彼女から出た声。

 

「あっ、あのね、島風、一人だから、仲間なんていないって、言われてたから……どうしようも無い子だって、言われてたから、だから……それでね、あの、えっと」

 

 彼女なりに言葉を組み立てようと必死なのか、スカートの裾を弄ったり、髪の毛を弄ったり、そわそわとした様子で私をちらちらと見る。

 その姿が何とも健気で、私はまた笑ってしまった。

 

「……っふふ」

 

「なっ! なんで笑うの……」

 

「いえ、すみません。島風さんって、誰も捕まえられない人で、掴めないなぁって思ってたんですが……素直で良い子なんだな、と」

 

「……むぅ」

 

「け、決して馬鹿にしているだとか、揶揄っているわけじゃないんですよ? ふふっ……提督は視察に出ていらっしゃるので不在ですが、お茶でもいかがですか? 休憩しようと思ってましたので。中でお話でもしませんか?」

 

「いいの?」

 

「えぇ、もちろんです。一人っ子同士、ね?」

 

 ふふん、と冗談めかして言うと、島風は瞳を太陽を照り返す海面のように輝かせて頷いた。

 

 

* * *

 

 

「連装砲ちゃんも連れてきてあげたら良かったなぁ」

 

「連装砲ちゃん、とは……いつも抱えていらっしゃる、あの?」

 

「うん。ここに来る前まであんまり整備してあげられなかったから、しばらくは明石さんに預けることになってるの。ちゃんと直してあげるって」

 

「そうでしたか……だから、提督を……」

 

「……うん」

 

 執務室の応接用ソファに並んで座る私と島風は、温かなお茶を啜りつつ互いの身の上を話していた。

 聞くに、彼女は前鎮守府にて最前線で戦っていたらしい。

 正確には戦っていたというより、大破撤退する艦隊の護衛を担っていたのだとか。

 

 大破撤退の護衛となれば戦果などあるわけも無く、無事に艦隊を連れ戻したことが記録されても褒められないで逆に叱責を受けてきたらしい。

 

 艦隊が大破するまで怨敵を追い詰めたのに、お前はみすみす敵を見逃し、その上で尻尾を巻いて逃げてきたのか、と。

 

 私から言わせれば、大破した艦隊を単独で連れ戻しただけでも相当な功績である。

 確かに敵を追撃して撃滅する事だって選択にあったかもしれないが、彼女は一瞬で仲間を守る事を選んで確実にそれを遂行した。褒められはしても責められる謂われは無いはず。

 

 だが彼女は言葉を真に受け、自分はどうしようも無い艦娘なのだと責めた。

 そんなことが続けば、心は閉ざされてしまう、自明の理である。

 

 そうして異動となった彼女は、異動先であるこの柱島でも一人なのだと思い込みフラフラと他の艦娘を眺めていたらしいのだ。

 それを偶然見つけた提督が声を掛け、彼女と話をしたらしい。

 

「提督はね、一人じゃないぞって。お前には皆がついてるって言ってくれたの。でも、どうやって話しかければいいか、分かんないし……」

 

「……難しいですね」

 

「大淀さんでも難しいの……?」

 

 島風がこちらを見て意外そうに言うものだから、私は大真面目に頷いて言う。

 

「とても難しい事です。先ほども、島風さんを呼び止めるのにどうしたらいいか迷いました」

 

「でも、お茶でも飲もう、って……」

 

 そう、それだけでいい。

 どんな作戦よりも困難で、あくびをするよりも簡単な、不思議な一言。

 

 提督が容易く口にした、一緒に飯を食おう、という言葉と同じもの。

 

「とっても勇気が必要でしたよ。島風さんにどう思われるだろう、島風さんに嫌がられたらどうしようって」

 

「そんな事思わないよ! 島風、嬉しかったもん!」

 

「っふふ。それは光栄です。では今度から、島風さんを見つけたら捕まえなきゃいけませんね?」

 

「おぅっ……!? え、えへへ……島風は速いから、捕まらないもーん!」

 

 島風は足をぱたぱたと揺らしながら笑った。

 

「……あの提督が疲労するレベルですから、冗談ではなさそうですね」

 

 私は苦笑して、残りのお茶をくっと飲み干してから湯飲みを置く。

 

「さて、仕事の続きをしなければ……」

 

「あっ……そう、だよね。じゃあ島風、出て行くね」

 

 分かりやすくしゅんとした島風に、私は笑いかけて仕事が終わればまた、と言おうとする。

 その前に別の考えが先行して口から出た。

 

「そうだ、島風さんにも仕事を手伝って貰いたいんですが、よろしいですか?」

 

「ぁ……! うん! 島風に出来ることなら!」

 

 赤城と加賀、両名の監視……いや、一航戦が感情任せに鎮守府を出て行ったり、暴れたりしないのは予想出来る。ならば必要なことはなんだ……?

 一航戦の二人は鳳翔の涙の理由を私に問うた。それは鳳翔が提督に何かをされたのではないかと疑っているということ。同時に、鳳翔は一航戦にとって所属が違えど、大切な存在である事。

 

 それだけで一航戦があそこまで怒りをあらわにするだろうか? 否、考えにくい。

 

 導き出される予測は――鳳翔と一航戦に、私の知らない繋がりがある、という事。

 

「赤城さんと加賀さんを執務室に連れてきて欲しいんです。少しお話がありまして……その間に、もう一杯お茶をいれておきますから」

 

「了解! 島風、出撃しまーす!」

 

「あっ、廊下は走っちゃダメですよ! 危ないですからー!」

 

「はーい!」

 

 走っちゃダメと言ったのに目の前で走り去っていく島風を見て、溜息とも苦笑いとも取れない吐息が漏れる。

 ともあれ、島風が一航戦の二人を連れて来るまでに少しでも仕事を進めようと気を取り直して机に向か――

 

「連れてきたよ!」

 

「はっや嘘でしょ」

 

 っは……!? なんて言葉遣いをしてるの私! ダメダメ……連合艦隊旗艦だった誇りと規律を思い出して大淀!

 出て行ってほんの数分もしないうちに戻ってきて扉をあけ放った島風に驚きを隠せないまま、私は目を白黒させて島風に手を掴まれてやって来た一航戦に座るよう促す。

 

「あ、あの、大淀さん、一体何が、突然風が吹いて、気づいたらここに、なんで、どうやって……」

「ああああ赤城さんおおおちおち落ち着くのよ、ががが鎧袖一触よ」

 

「ふふーん! 島風は速いんだから! ね、大淀さん!」

 

「……そうですね」

 

 深く考えちゃダメなのだろうと本能が追及を止める。が、聞かないわけにもいかず。

 どうやら島風が執務室を出てすぐの廊下で一航戦の二人が歩いているのを見つけ、事情も説明せず引っ掴んで連れてきたらしい。赤城と加賀は演習の見学にでも行こうとしていたところだったとか。

 

 島風をこのまま執務室に待機させるのも申し訳なかったので、私は「まだお茶をいれられてないので……明石の所で連装砲ちゃんの様子を見てきてあげてください。そのついでに、開発の進捗をきいてきてくださると助かります」と言う。

 彼女は心地よい返事とともに、また風のように走り去っていくのだった。

 

「んんっ……急な呼び出しですみません、赤城さん、加賀さん」

 

 切り替えに咳払いを一つして机の上に重なる書類を手に取りつつ話し始めると、二人は自然とソファに腰を下ろした。

 勘の良い二人は私が言わんとすることを察してか、私と島風が使った湯飲みが置かれたままのテーブルを見つめながら沈黙する。

 

「今朝の話とは別……とは言い切れませんが、少し伺いたい事がありまして」

 

「鳳翔さんの事ね」

 

 加賀が平坦な声で言う。対して頷きで返した私は、書類と二人とを交互に見ながら言葉を紡いだ。

 

「どうして鳳翔さんが――と私に問いましたが、守秘義務で答えられず、なのにお二人に伺うなど納得できないでしょうが――」

 

「艦娘に納得など必要ありませんもの。問われたことに答えればいい……前の所も、そうだったでしょう」

 

 赤城は目を伏せて自嘲気味な声音で言った。

 ここはそうでは無いと言いたかったが、今の二人にある私や提督への不信を考えれば逆効果であろうと、心を鬼にして問うた。

 

「艦隊運営に支障が出ては困りますので、率直に問います。お二人と鳳翔さんはどのような関係ですか? 私達が所属していた鎮守府の鳳翔さんではありませんが」

 

 赤城と加賀は顔を見合わせていたが、あっさりと答える。

 

「私達の教導艦でした」

 

 加賀の声に途切れなく続く赤城の声。

 

「艦娘として生を受け、海上を漂っていた私や加賀さんを保護してくださったんです。そのまま教導艦として大淀さんと同じ鎮守府へ配属されるまでの間、お世話になっていました」

 

 うん? と疑問が浮かび、私は立ち上がってキャビネットへ歩み寄る。

 そこから取り出されるのは、私がこの鎮守府に来る前に渡された資料。くしゃくしゃになってしまったのを改めてファイリングしたものだ。

 ぱらぱらとめくって柱島鎮守府に所属している艦娘の目録から赤城と加賀を見つけ出し、内容をざっと見てみるも、そのような事は記されていなかった。

 

 目録にあるのは公式の記録だ。という事は――

 

「空母赤城、加賀……私と同じ()()に所属……その前の記録は無し……大本営付、では無いですよね」

 

 大本営預かりの記録があれば、私が知っているはずだ。

 

「鳳翔さんの前所属は……あ、れ……?」

 

 私の目の前の記録に間違いがなければ、記録には――鹿屋基地、と記されている。

 鳳翔が異動となった原因、深海棲艦の急襲による提督の死亡と、それによる戦意の喪失――。

 

「そう、よね……何故、騒ぎにならなかったのでしょうか……おかしい、本来なら急襲原因を探るはず……」

 

「大淀さん? 聞きたい事はそれだけかしら。もう何もないのなら、演習の見学に行かせていただきたいのだけれど」

 

 明らかにこの場から逃げ出したそうな加賀の声に私は人差し指を立てて「ちょっと待ってください」と強めに言ってしまう。

 私の勢いに一航戦の二人が身を強張らせたのが横目に見えた。

 

 その間にも、私の思考は回転し、目は記録を追う。

 乱暴に頁をめくりながら、急襲の原因に触れようとしている記録は無いのかと探すも、見当たらず。

 これでは無いなら別の記録か、とキャビネットから違うファイルを取り出して探しつつ、赤城と加賀どちらに言うともなく声を投げた。

 

「鳳翔さんにお世話になっていたのは鹿屋基地ですか?」

 

「……そう、です」

 

 赤城の困惑するような声に思考が加速していく。

 

「では、鹿屋基地の提督を見たことがあるのですね? どのような方だったのか分かりますか?」

 

「いえ、直接見たことは――」

 

「保護されていたのに提督を見たことが無いのですか? 変な話ですね。保護とあれば大本営に艦娘登録をして、所属を鹿屋基地へ置いたという記録が残っているはずなのですが。その提督の名前はご存じですか?」

 

 言葉を遮って言う私に二人は閉口する。

 言い返せないからだ、というのは言わずとも分かった。

 

 どうして気づかなかったのか――否、気づけなくて当然だった。

 私は言葉として組み立てれば簡単な違和感に気づかなかったのだ。島風に声を掛けた時のように、当たり前だったからこそ踏み出して考えなかったのだ。

 

「――赤城さんと加賀さんが正式登録されたのは、私と同じ()()()()()()()()()()()である……違いますか?」

 

「「……」」

 

 沈黙こそ、答え。

 

「見たことも無い提督に従い活動を続けていたのですか?」

 

 責めているつもりは無いが、言葉だけ切り取ればそう思われても仕方のない物言いをしてしまう私。

 赤城と加賀は逆に責められることなど想定していなかったかのように狼狽を見せた。

 

 唐突な事で、自分達が隠していた事が露呈してしまったのは、それこそ想定外だったのだろう。

 

 当たり前だったから。自然で、当然であったから。

 

 私と共に過ごしていた事。鳳翔とも過ごしていた事。その間に横たわる記録の無い記憶こそ、二人だけが触れていた、秘匿された真実。

 

「ここで大本営に申告してしまわれると考えなかったのですか? いいえ、それよりも未登録での活動期間を大本営に直接指摘された場合どうするおつもりだったんです?」

 

「お、大淀さ――」

 

「鳳翔さんも未登録である事を認識していた可能性がありますので、後ほど聴取する必要があります。その際には赤城さんと加賀さんにも同席してもらいますからそのつもりで。認識していた場合は鳳翔さんと提督の間でどのような――」

 

「――鳳翔さんは悪くありませんッ!」

 

 下を向いたまま、加賀が大声を上げた。

 赤城は加賀の手を握って唇をかみしめている。恐らく、無意識だろう。

 

「処罰があるならば私が受けます! 未登録期間中、鹿屋基地の提督からの命令はありませんでした! 全て私の独断で行動していたんです! だから、鳳翔さんは悪くありませんッ!」

 

 加賀はそう言い切った後、ぶは、と肺に残った空気と緊張を吐き出して、両肩で息をした。

 

 これは、私が悪いな、とファイルをぱたりと閉じ、ふうと吐息を洩らす。

 

「……すみません、勘違いさせるような言い方をしてしまいました。私は二人に何があったのか聞きたかっただけです。鳳翔さんが一航戦のお二人を保護した後、どうして未登録のままだったのか。舞鶴に来た際に登録となったのならば、保護された時期も申告され記録が残っているはずなのですが、残念ながら私の手元にある資料には残っていません。お二人を知らねばならないのです、私は」

 

「それに……」

「大淀さん……?」

 

「ここは柱島鎮守府――海原提督の預かる泊地です。その所属である私達が仲違いして責め合う理由がどこにありますか。知らねばならないのは、仲間を――お二人を守らなければならないからです」

 

「「っ……!」」

 

 私は言葉を選びながら、アウトプットすることによって自分の思考を整理するように言う。

 

「鳳翔さんが目を赤くしていた理由は、私の口から話すことはできません。守秘義務ですので。ですが、鳳翔さんと関係の深いお二人ならば、鳳翔さんが世間話をしている時にでもポロっと言ってしまう可能性もあるでしょう。食堂か、はたまた談話室か、それはきっと私の関知しない場所でしょうし、万が一お二人が何かを知り得たとしても、お二人の口から私に洩れなければ、守秘義務違反にはなりません。私は知らないのですから」

 

 キャビネットにファイルを収め、眼鏡を指で押し上げてから机に戻って椅子に座ると、私はペンを手に取って書類を処理することで気持ちを落ち着かせる。

 思考から紡がれる会話と、書類の処理、二つを同時にこなすことで強制的に感情を抑えるという、戦場にも似た感覚。

 

「過去は変えられない、故に我々は未来を変える」

 

 ぽつりと言った私に、赤城が「それは、提督の……」と顔を上げた。

 

「赤城さんも加賀さんも、過去に引きずられて未来を塗りつぶしてしまうおつもりですか。それで鳳翔さんに胸を張れるのですか」

 

 純粋な問いは加賀の顔をも上げさせた。

 

「互いを信じられず、どうして提督の艦娘と胸を張れましょう。違いますか」

 

「大淀、さん……でも、私達は、ずっと嘘をついて――!」

 

 加賀の懺悔の言葉に私は首を横に振った。

 

「嘘ではありません。私は同じ所属であったのにお二人の事を深く知らなかった……それだけです」

 

 提督ならば、こう言うかな、なんて思いつつ、恰好をつけすぎただろうかと少し恥ずかしくなって私はまた眼鏡を押し上げた。

 

「鳳翔さんが戻ったら、聞かせてくれますね。鹿屋基地で何があったのか」

 

「……大淀さんが、提督に選ばれた理由が今、分かりました」

 

 赤城の声に首を傾げてしまった私だったが、加賀は赤城に頷いて、私を見る。

 

「ごめんなさい、大淀さん。私はあなたの信用に傷をつけるような――」

 

「加賀さん、私は気にしていないと……」

 

「いいえ、ダメよ。これは一航戦として、恥ずべき事だわ」

 

 ぴしゃりと言い切った加賀は立ち上がる。同じく赤城も立ち上がり、二人は同時に頭を下げた。

 

「なっ、や、やめてくださいお二人とも! 本当に、私は気にしてなんかないですから!」

 

「あなたが何と言おうと、これは一航戦としてせねばならない事です」

 

 赤城に続き、加賀の言葉。

 

「それから……改めて、同所属の艦娘として、言わせて」

 

 

 加賀の声に、私の心臓が跳ね上がった。

 

 

「――鳳翔さんを……救って欲しいの」




不定期更新ながらたくさんの方に読んでもらえて嬉しい限りです。
誤字報告や評価、感想全てに目を通しております……感謝が止まりません……。

返信遅れっぱなしで手を出せておりませんが、お許しを……でも見てます、とても励みになっています……。

この時世、大変なこともあると思いますが、皆様ご無理されぬようご自愛ください。

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