柱島泊地備忘録   作:まちた

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四十一話 事情②【艦娘side・大淀】

「鳳翔さんを、救う……?」

 

 私が鸚鵡返しすると、加賀は頷いた後に顔を伏せ、手を揉みながら言った。

 

「どこから話せばいいの、かしら……鳳翔さんは艦娘として生まれてからずっと、鹿屋基地に所属していたらしいのだけれど、私や赤城さん以外にも、訓練している艦娘が大勢いて……それで……」

 

 加賀に助け舟を出すように赤城が話を繋げる。

 

「鳳翔さんは教導艦の代表だったのです。元、ですが……これは大淀さんも、ご存じですよね?」

 

「それは、まぁ」

 

 教導艦――日本に艦娘という存在が多数確認されるようになり、日本の所属となった初期型の艦娘は一番初めに《軍》を求めたという。

 その頃の日本に海軍、陸軍というものは存在しておらず、過去から現在にかけて《自衛隊》という名称になっていたらしいのだ。もちろん、そういった機関があったというのは私も知っている。記録の上で。

 

 日本政府は未知の脅威である深海棲艦に対抗すべく、唯一の反撃手段たる私達艦娘を管理、運用するために海上自衛隊、陸上自衛隊の名称を変更し《海軍》や《陸軍》を再編した。

 一時期は軍国主義になるのかと波紋を広げたが、深海棲艦の被害が増えるにつれ反対の声は薄くなり、軍と名が変わっただけの自衛機関と理解が進んでからは記録上に残る自衛隊があった頃と同じような位置に収まったと聞く。それも、また最近になって反対の声が大きくなっているのは否めないところだが……。

 

 私達が艦娘ではなく艦だった頃を思っての名称変更だったとも聞いている。それこそ言い訳で、もっと深い所に本当の意味があるのだろうが、渦中にいながらも関係の薄い私達では手の出せない場所でもある。

 他国とのやり取りの中で軍を持たない国である日本が、深海棲艦相手とは言え正式に武力を持つことになったのだから、何もできないながらも存在しているだけで私達に意味はあるらしい。

 

 直接的に深海棲艦という脅威に立ち向かう機関の代表として、海軍元帥。

 深海棲艦やその他被害において復興を担う機関の代表として、陸軍元帥。

 

 代表者をあえて分ける事で互いのことに集中して被害を抑えることに成功しているが故に世界は滅びを免れている反面、組織の複雑化によって多方面で問題が起こっているのが現状である。

 陸と海で大臣が二人存在しているのだから、避けられようもないデメリットだが、そうしなければ手が回らなかったとも受け取れる。深海棲艦はそれほどの脅威であり、ひとたび陸上に近づけば沿岸部から崩壊してしまう恐れは十二分にある。

 

 故に、海軍の責は重い。

 それを手助けしながら監視する陸軍の責も同様。

 

「鳳翔さんの他、数年前は各鎮守府に教導艦がいましたが、艦娘と同時期に出現した妖精の作り出した技術――《建造ドック》のお陰で艦娘の数は一時期多くなりましたよね。同じ容姿で存在する私達に混乱もありましたが、それぞれ違う記憶があり、違う毎日を送っている――」

 

 当たり前の事を口にする赤城を急かすように「それで?」と言う私に、加賀は少しビクついて目を泳がせた。

 

「そんな中で、前に一度、聞いた事があるだけ、と言いますか……鳳翔さんが私や加賀さんに相談を持ち掛けてきた事がありまして……あ、いや、相談と、言えるかどうかも……」

 

「平たく、便宜上、で構いませんから、その先を」

 

 苛立っている訳では無い。赤城や加賀は曲がりなりにも私と同じ所属だったのだから、助けになりたいからこその――いいや、これは嘘だ。

 私は少し、腹を立てているのかもしれないと頭の片隅で考える。

 

 同所属でありながら、この鎮守府で出会ってからも彼女達の事を知っていると思い込んでいた自分に、だが。

 私は赤城の事も、加賀の事も知らなかったんじゃないか。

 

「鳳翔さんから()()()()()()()()()()()()()()という話を聞いたんです」

 

「うん……? なんですか、それ」

 

 赤城も鳳翔に同じことを聞いたのだろう。私の疑問に即座に返答する彼女。

 

「恐らくは、解体の事……だと思います」

 

「解体って――それは私達を処分するために沈める事じゃ――」

 

 私の持つ知識とは違う赤城の言に、声が大きくなってしまう。

 無意識に詰め寄ろうとした私が一歩踏み出した時、加賀が前に出てきて私の両肩を正面から掴んだ。

 

「お、落ち着いてください大淀さん! まだ確証は無いんです! ただ聞いただけで、本当に出来るかどうかも、分からなくて……!」

 

 赤城も加賀も真面目な艦娘だ。

 私が知る限り、見てきた限り、確実な事しか言わず、確実な事しか行わない。

 そんな二人から不確定な言葉が出たのが何より私を狼狽させた。

 

 深く鼻で呼吸を繰り返し、いつの間にかじっとりとかいていた汗でズレた眼鏡を押し上げて、話を続ける。

 

「解体によって艦娘が人になれる、という認識で間違いないですか?」

 

 そう問えば、赤城と加賀は目配せした後に、多分、と小さな声で言った。

 

「仮に出来たとしても、問題は山積みのような気がしますが? 艦娘は一人じゃありません、赤城さんや、加賀さんも一人じゃない……私だってそうです。同型の艦娘が同時に解体された場合、同じ人間が二人存在してしまうじゃないですか」

 

 浮上してくる問題はこれだけじゃない。

 

「例えば私が解体されて人間になったとしましょう……ある日、別の鎮守府にいる大淀が解体された場合、先に解体された私と後から解体された私、どちらが本物の大淀になるのでしょう? 艦娘という枠組みがあるからこそ大淀は大勢存在していて不思議では無いのです。お二人は海原提督が二人存在していたのならば、どちらが本物なのかと考えたりしないのですか?」

 

 初期型と呼ばれる艦娘を知っている者は皆が同じように認知している事実がもう一つある。

 ある程度成人に近い容姿をしている艦娘ならばいざ知らず、少女の見た目をしている駆逐艦などに顕著にみられるもの――不老。

 

 私達は深海棲艦に沈められる事以外での死が存在しないのではないかという疑惑。

 

 十数年経とうとも一切見た目の変化が起こらない私達艦娘は――年を取らない。

 

 もしも解体され、人間になったとしたら、どうなるのかも分からない。

 

「大淀さんのおっしゃる事は分かります。私や加賀さんも同じことを話したことだって……。でも、あの鳳翔さんが嘘を言うでしょうか。冗談だとしても質が悪すぎると思いますし、あまりに……」

 

 想像に難くないもう一つの問題は、資材があれば建造できる艦娘そのもの。

 解体すれば人になるのだとしたら、利用価値はどれほどのものになることか。

 

 唯一の救いは、建造できる者が限られている事だけだ。

 具体的には、提督という存在でなければ建造できないとされている。

 

 妖精が建造に力を貸す例は多くなく、この柱島鎮守府においても同じだ。

 

 提督の言いつけによる日に三回行われる建造は艦娘自体が建造されるのではなく、既存の艦娘の艤装のみを作り出しているのがまさにそれだ。

 妖精と会話の出来ない私達ではどういった意図で建造が行われているのか定かでは無いものの、明石は建造された艤装を利用して所属艦娘の艤装改修するという重要な任務を担っている。

 

 もし、もしもだが、建造できる提督が他にも存在しており、艦娘自体を妖精と作り出してしまえるのならば――個人が途方もない武力を持つ事と同義となり、世界はまた変転するだろう。

 

 これは憶測に過ぎないが、あまりにも現実的である。

 

 提督が艤装しか作らないのも、恐らくはこれが理由。

 

「……危険すぎます。私達で行きつく予測を軍部がしていないはずがありません」

 

 何とか絞り出すように言う私に、赤城は力なく頷いた。

 

「私も、そう考えています。それを話してくださった鳳翔さんは、その……解体を、望んだそうです」

 

「……っ」

 

 点が繋がり線となる感覚は嫌いじゃない。だが、今回に限っては背筋が凍った。

 

「前鎮守府の提督と添い遂げるため、ですか」

 

 守秘義務を順守すべき立場であるのは理解しているが、口にせずにはいられなかった。

 私よりも関わりの深い一航戦の二人が知らないはずも無いと、問いかけずにはいられなかった。

 

「私は前鎮守府の提督の顔も、お声も知りませんが……鳳翔さんは本当に提督を愛していらっしゃいました。この戦争を乗り越え、もし解体が許されたのならば、一緒に歳を重ねたいと」

 

 加賀は複雑な、やはり言うべきでは無かった、とでも言いたげな顔をして言葉を繋ぐ。

 

「前の鎮守府は環境も悪くありませんでした。ですが、その中でも教え子であった私達に相談してくれたんです。私達が正式登録されなかったのも、前提督の計らいだったのですから」

 

「計らい?」

 

「私達一航戦は正規空母――驕るわけではありませんが、私か赤城さん、どちらかが戦場にいるだけで形勢をひっくり返すことも難しくありません。それだけの性能が正規空母にはあります。ですが……保護されたばかりの私達には、無くて……それで……」

 

 自らの力を理解している加賀は、基本どの鎮守府でも冷静沈着な性格をしていた。

 私の知っている目の前にいる加賀だって最初はそうだった。

 

 しかし、今は弱弱しく、申し訳なさそうに言い訳を重ねるように言葉を紡ぐばかり。

 

「相応の戦闘技術を得るまで教導艦であった鳳翔さんが正規空母として戦線に立てるまで育ててくれた……そうしなければならない理由があったと、そう言いたいのですね」

 

 加賀は頷く。

 赤城も同じように頷いた。

 

「他の教導艦でも良かったと思いますが、別鎮守府に行けなかった理由は何ですか?」

 

 今度は加賀に代わり赤城が説明を始める。といっても、短く、簡潔に。

 

「その頃の海軍は深海棲艦との戦闘が激化していて混乱も激しかった……海原提督が失踪する以前で、横須賀から南方周辺海域を開放する前でした。あの、多くの仲間を失った作戦が何度も実行された時代だったからです」

 

 

「捨て艦作戦、ですか……」

 

「丁度良い空母が発見された。戦闘はある程度出来るが重宝するまでも無い。ならば現戦力を削るより偶然に手に入った戦力を投入して最初に手をつけ育てていた艦娘を守る方が効率的である。多くの現場がそう判断をして行動していた頃に私達が放り出されていたら、きっと今、ここにいません」

 

 捨て艦作戦が実行されていた時、私達には絶望しか無かったが、ある意味ではその作戦で艦娘同士の結束は強かった。どうにかして自分と仲間を守らねばと躍起になって戦っていた。私も、そうだった。

 人間に不信感を抱いた艦娘も少なくない。

 

 鳳翔は赤城や加賀に、こうやって本気で愛してくれる人もいるのだと知って欲しかったのだろうか。

 希望を持っても良いのだと教えたかったのだろうか。

 知るだけで危険と分かり切ったことを話してしまう程に、赤城も加賀も、鳳翔さえも追い詰められていたのか。

 

 前提督の亡くなった今、真実は闇の中。

 

 ここまで分かりやすく消されてしまっては、なす術など無いじゃないか。

 

 鳳翔の狂言では無かった。

 赤城や加賀は鳳翔が嘘を言っているのではないと知っていても口に出来なかった。艦娘が人になれるかもしれないという情報の爆弾を抱えていたから。

 深海棲艦の襲撃では無く、別の方法で葬られた前提督が消えた理由は明らかになったが、犯人は分からないままだ。

 

 反対派が犯人だと仮定すれば、艦娘が解体されて人になるという情報を洩らされないよう前提督を消したと分かりやすく理由付けが可能だ。

 一貫して艦娘は兵器であり人では無いと言っているのだから、人になってしまっては反対派の核心が揺らいでしまう。そうしないために起こした行動だとすれば分かりやすいのだが……ならば何故、鳳翔は処分されなかったのかが引っかかってしまう。

 

 考え過ぎてだんだんと熱を帯びていく私は、眼鏡を外して目頭を指先でぐっと押さえた。

 

「謎が多すぎますね……前提督が亡くなられた時に傍にいた鳳翔さんが処分されていない理由が、どうにも……」

 

「私もそこまでは……ごめんなさい」

 

 加賀は再び頭を下げかけた時、私はすぐにそれを止めた。

 

「問題無い……と提督のように恰好良く言いきれたら安心させてあげられるのですが、私もまだまだですね。ですが私達は仲間です。出来る限りの事はしましょう。ここにいる限りは安全でしょうし、ね?」

 

「大淀さん……」

 

 赤城が私を見つめる。私はそれに微笑みかける。

 決して鳳翔を貶め傷つける意思は無いと伝わっただけでも及第点だろうか。

 

 思わぬところで爆弾を掴んでしまったが……提督にすぐさま伝えるかどうかも判断が難しい。

 伝えないという選択肢は無いものの、呉鎮守府の視察に行っている提督の近くにはあきつ丸や川内がいるため安全だとは思うが……。

 

 また考え過ぎで熱を帯びかけた私だったが、眼鏡をかけなおし、あきつ丸へ秘匿通信を試みる。

 

「一度報告を入れておくべきでしょう。少なくとも提督は私達を敵視するような事はありません」

 

「でも……っ」

 

 加賀はそこから声を失い、唇を噛んだ。

 信用しているが、信頼すべきか、そんな顔をしていた。

 

《ザッ……ザザッ……》

 

「こちら大淀。こちら大淀。あきつ丸さん、聞こえますか」

 

《ザッ……ザーッ……こちらあきつ丸。どうぞ》

 

「任務中にすみませんが、提督のお耳に入れておきたい話が……」

 

《あー……ザッ……少し、待ってもらいたいのでありますが……ザッ……》

 

 あきつ丸からの通信感度が悪く、どうにもノイズが酷い。

 トラブルでもあったのかとあきつ丸の声を待っていると、しばらくして突然――

 

《ザッ……ブツッ……ザー……》

 

「あれ……? あきつ丸さん?」

 

《ザザッ……これでいいのか? 大淀、聞こえるか? 私だ》

 

「て、てて提督!」

 

 一瞬だけ通信が切り替わるような音が入り込んだと思ったら、提督の声が私の鼓膜を揺らした。

 赤城と加賀も反射的に背筋を伸ばして私を見る。

 

《至急出撃してほしい。庶務は後回しで構わん》

 

「出撃ですか!?」

 

《そうだ。呉鎮守府に所属している駆逐艦、漣と朧の救援に向かってもらいたい。フィリピン海を南下中との事だ。このまま行けば数時間後にはパラオ泊地の付近に到達し、周辺の深海棲艦に発見されかねん》

 

 電話越しからでも伝わる、動くことも許されないほどの怒気。

 何が起こっているのか聞くことも出来ず、私は「ど、どのように……」と聞く。

 

《南方から深海棲艦の北上が何度も確認されているとの情報をこちらで得た。パラオやトラックで抑えきれなかったものが日本に向かってきているらしいが、ラバウル基地で敗走した残存勢力との見解もあるため、大本を叩く》

 

「たっ……!? どれだけの戦力を割くおつもりですか!」

 

 思わず金切り声を上げた私だったが、提督は声色を変えることなく言った。

 

《呉鎮守府に所属している艦娘にも私が指示を出すが、そう多くは無い。練度の高い戦艦を二隻、駆逐艦を二隻、重巡、軽巡を一隻ずつの合計六隻の艦隊を組みたい。編成は――》

 

 何故、どうしてと考える暇も与えられない。

 私はよたよたと机に歩み寄り、紙にペンを走らせる。

 

《第一艦隊として旗艦を戦艦扶桑、以下、戦艦山城、重巡那智、軽巡神通、駆逐夕立、島風を編成してくれ。作戦概要は呉鎮守府所属の漣、朧の救援と敵戦力の撃滅だが、足の速い島風を先に向かわせてほしい。明石に柱島鎮守府にある資材を全て使い込んででも早急に高温高圧缶とタービンの改良を行うように伝えるのだ。島風に搭載し、全速力で二隻に合流してもらいたい》

 

「ま、待ってください提督! 二つの開発を明石に……それも、すぐに出撃って、そんな……!」

 

 異を唱える? いいや、違う。

 無理だ。無謀だ。有り得ない。出来るわけが無い。

 

《第一艦隊の後方支援とし、第二艦隊も編成する。旗艦は空母赤城、以下、加賀、翔鶴、瑞鶴、駆逐時雨、綾波を編成してくれ。第二艦隊の出撃のタイミングは第一艦隊が出撃したあと、追ってこちらから指示する》

 

 無理だと思いながらも、私はメモを続けていた。

 片隅では捨て艦作戦が如き絶望を感じながら、もう片隅では妙な高揚感を覚えながら。

 

 どうしてこのタイミングで呉鎮守府に問題が発生しているのか?

 

 その問題を解決するために柱島鎮守府が動かねばならない理由があるのか?

 

 先刻得た情報をいつ伝えるべきか?

 

 今にも倒れてしまいそうなほどに思考を回転させる。

 

 私は――

 

「了解しました……至急通達します。一時間いただけますか」

 

 ――可能な限り、対応するしかない。

 

《一時間か、分かった。漣と朧との通信が繋がらないらしいので、島風が二隻を発見出来なかった際は……深海棲艦の撃滅に移行してもらいたい。島風は単独で戦闘せず、第一艦隊と合流を待つように伝えてくれ》

 

「……っは」

 

 これだから戦争は嫌いだ。

 考える時間さえ無く、ただ戦いを強いられる。

 

 しかしそれは提督とて同じ事。私だけが苦しんでいるわけじゃない。

 

 まずは明石に開発を急がせなければならないが……妖精と協力しても完成するかどうか……。

 奇しくも島風を明石の元へ向かわせていたのを思い出しながら、私は赤城と加賀にメモをさっと手渡す。

 

 編成と目的が簡単に書かれただけのメモだが、二人は目を剥いて私を見つめる。

 

 言いたい事はなんとなしに伝わるが、私もなにがなにやら、と首を横に振るしかなかった。

 

《各艦の装備は……――》

 

 赤城達に渡したメモとは別の紙に追加で書きとめ返事をすると、提督は後は頼んだという声を最後にノイズを残した。

 それに代わってあきつ丸の声が戻ってくる。

 

《いやはや、バタバタと申し訳ないであります大淀殿。申し訳ついでに報告をしたいのでありますが――》

 

「ま、待ってくださいあきつ丸さん! どうしてこんな、駆逐艦の救援なんて……呉鎮守府は提督が代わったんじゃ――!」

 

 私の混乱の一つはこれだった。どうして駆逐艦がたった二隻で遠方に向かっているのか。

 もしや艦隊で向かったが、他が轟沈してしまって命からがら逃げだせたのが二隻だったのだろうか?

 

《それについての報告でありますよ。どうにも……鹿屋基地から出向となって管理を任された清水という中佐が反対派だったようでありまして。巧妙に隠蔽工作をしていたようですが、少佐殿に暴かれてしまった、というところであります。艦娘が泣いていたからという無茶な言い分を通しておりましたが……。鹿屋基地に所属していた清水中佐は、鳳翔殿が鹿屋にいた頃に基地を任されていた者の後釜だということで――》

 

 まさか……いや、そんな……

 

《秘匿通信で自分に繋いだという事は、大淀殿も少佐殿と同じ結論に到達したという事でありましょう? やはり大淀殿は柱島の第二の頭脳でありますなぁ》

 

「違い、ます……ですが、提督の作戦指令で、い、いま、理解、しました……」

 

 私に話すまで、赤城も加賀も隠し通していた。だから生き延びて、ここにいる。

 提督も、知っていた……?

 

《大淀殿、謙遜を。しかし少佐殿はもう一歩先にいらっしゃいましたよ》

 

「もう一歩先とは」

 

《反対派の清水中佐は四国付近にある補給用資源海域を深海棲艦に明け渡すことによって九州の安全を守っていたらしく、その直近となる四国の宿毛湾泊地もまた、補給海域に侵入した深海棲艦を見逃していたのであります。そうすれば無駄な戦闘を避けることも出来る、と……事実上の白旗でありますな》

 

「それって――!」

 

《艦娘反対派とは――深海棲艦と戦うのを諦めた者の集まりだったというわけであります。卑しくも権力は手放したくないのか、艦娘反対と言いながら我々を使うのだから手に負えない。鳳翔殿の仕えていた鹿屋の提督殿は、何かと都合が悪かったのでありましょう。鳳翔殿と大事な約束をするほど、誠実な方だったのでありますから》

 

 反対派は我が身可愛さに艦娘を、国民を危険に晒した。

 その中でも邪魔だった鳳翔の提督を消した理由は、解体の秘密を知っていたから、という理由の他に、こんな、どうしようもないことで……?

 

 提督は全てを知って、それでも任務をとあきつ丸を通して私に伝えたのか。

 

 赤城と加賀、両名と目が合い、メモを返される。

 私はそれを受け取り、怒りでチカチカする視界の中、もう一度編成を見た。

 

 滾る怒りを限界ギリギリで堪え、理性で抑えこみ、艦娘を救えと私に言った提督の声音がリフレインする。

 

 まるで何千、何万とシミュレーションを行ったかのような無駄のない采配だった。

 

「……あきつ丸さんは、艦娘が解体されるとどうなるか、知っていますか」

 

 あきつ丸にとっては急な問いだったろうに、彼女は短く肯定の声を上げた。

 

「提督には、それをお伝えしましたか」

 

《いいえ。自分と川内殿からは何も。大淀殿も知っているのならば、その情報がどれだけ危険であるかは理解していらっしゃるでしょうに。何故、少佐殿に伝える必要がありましょうか》

 

「それを知っていて、鳳翔さんには何も言わなかったじゃないですか」

 

 震える声のまま言う私に、あきつ丸は少し黙った後、言葉を紡いだ。

 

《伝えましたとも。鳳翔殿は一人では無い。信念と復讐を違えぬように、と》

 

 でも提督は何も、そう言いかけた。

 

《少佐殿も、我々の前で言ったではありませんか。鳳翔殿に向かって、お前は最後まで残ったのに、私を置いていくつもりか、と》

 

 その言葉にはっとして、声が漏れた。

 

「ぁ……」

 

《一人では無い……その言葉通り、多くの艦娘がいる中で、たった二隻の艦娘を救うために、鳳翔殿へ言った言葉が嘘では無いと示すために、作戦を伝えたのでありますよ。現在、元帥閣下が呉鎮守府に向かっておられます。元帥閣下が違うと断ずるならば、少佐殿は迷いなく処刑台へ進むでありましょう》

 

「っ……そ、そんな事させません!」

 

《当然であります。少佐殿とて易々と首を差し出す男ではありませんとも。呉鎮守府の指揮権を元帥閣下と山元大佐からもぎ取って、呉港を握っております。無茶な作戦を確実にするためにと、補給艦をも用意しておいでですよ》

 

「補給艦まで……!?」

 

《補給艦――速吸、神威を編成した補給艦隊が呉鎮守府より出撃します。万が一が起ころうとも、柱島の第一、第二艦隊は継続戦闘が可能となりましょう》

 

 柱島を発って数時間。呉鎮守府で事が起こったのが到着してすぐだとしても、二時間か、三時間。

 執務室の壁に掛けられた時計に目をやる私に同調するように、一航戦の二人も時計を見た。

 

《一瞬の判断、とはよく耳にするでありますが、前回の一晩の立案を超えて数十分の作戦、ときては言葉も出ないでありますよ》

 

 乾いた笑い声をあげるあきつ丸だったが、私はもう声さえも出せなかった。

 

《それと、鳳翔殿がそろそろ戻られる頃でありましょうから、少佐殿からの伝言をお願いできますかな》

 

「わ、わかりました。何を伝えれば良いですか?」

 

 あきつ丸は、提督が全てを知っていると確信させる伝言を残した。

 

 

 

 

 

《軽空母鳳翔殿へ――熟練した妖精がいれば、艦載機へ搭乗させるように選別を、と》


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