柱島泊地備忘録   作:まちた

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四十四話 化【艦娘side・明石】

 大淀から連絡が来たのは、工廠にやってきた島風の連装砲ちゃん――友達らしい――というきゅうきゅう鳴く不思議な装備を整備していた時だった。

 整備と言っても、汚れを落として、錆びていないかチェックし、錆びたところがあれば修復する程度の簡単なものだった。

 

「長い間整備されなかったの、いやだったねー?」

 

『キュッ――キュッ――!』

 

「あはは。はいはい、こっちもちゃんと綺麗にするからねー」

 

 ぱたぱたと腕のような部位を動かして喜びを表しているような連装砲ちゃんを隅々まで掃除していると、装備をしまうための木箱の上に座り込んだ島風が連装砲ちゃんの腕と同じように足をぱたぱたと動かして唇を尖らせた。

 

「島風が悪いんじゃないもん」

 

「そりゃあ、前の鎮守府で整備が行き届いてなかったのが悪いと思うよ? 島風ちゃんのとこの工廠班は何してたんだかねぇ」

 

「んー……トランプとか?」

 

「えぇ……」

 

「他にはねー、お酒を賭けて遊んでた」

 

「……ちゃんっと綺麗にしてあげるから、島風ちゃんも後で艤装出してね?」

 

「うんっ」

 

 聞くんじゃなかったかな、と後悔しつつ連装砲ちゃんの頭部と思しき場所にある砲身を、こん、と叩く。

 

「ほいっ、おっけー! 他に気になるとこある?」

 

『キュ!』

 

 きこきこ、と音を鳴らして身体を横に振ったところを見るに、満足してもらえたらしい。私は笑顔で「次は島風ちゃんの番よ」と呼びかけた。

 はーい、と小気味いい返事とともに木箱から飛び降りた島風は、私の前に立つと「むっ」と可愛らしい唸り声をあげ、私たち艦娘が艦娘たる所以である艤装を出現させた。

 

 ふわりとした光が島風を包む。それも一瞬で、瞬きすれば島風の腰から背中にかけて光が収縮していき――鈍色の艤装が姿を現した。

 少女の身体に似つかわしくない凶悪とも言える五連装の魚雷発射管に、アクセサリーと呼べるほどの大きさしかない錨。しかし、これらは大きさと反比例する強度と重量を持ち、島風が艤装を顕現させただけで工廠が揺れたとさえ錯覚させる。

 

 私も同じく艤装を顕現させ、身体を傾けてクレーンを手足のように動かす。

 

 島風に近づき、何度も「ゆっくりね」と言いながらクレーンで艤装を引っかけるように持ち上げ、そうっと工廠の床に下ろす。

 

「ゆっくりー……ゆっくりー……」

 

「おっそーいー!」

 

「あっ、ちょ、っと、島風ちゃん! 待っ――!」

 

 じれったそうに身体をもぞもぞ動かした島風の揺れがクレーン越しに私に伝わってしまい、バランスを崩しそうになってしまう。

 

「おっ、っと、っとぉぉ……! ぐぬぬぅっ」

 

 何とか両足を踏ん張り、艤装を落としてしまう最悪の事態を回避したが――がん、と音を立てて開かれた扉に驚き、完全にバランスを崩してしまった。

 

「明石! 作戦発令です! 至急、島風さんの艤装を――!」

 

「わぁっ!?」

 

「きゃぁっ!?」

 

「あうぅ!? 痛いってばぁ!」

 

 ずずん、と工廠が揺れた。今度は錯覚などでは無く、本当に。

 島風の艤装と、それに引っ掛けていたクレーンに繋がった私ごと地面に倒れ込んでしまう。

 すぐさま艤装に損傷が無いか目を配るも、目立った傷も見受けられず、転んだ格好のままほっと息を吐いた。

 転がった恰好の島風は工廠の入口で口元をおさえて驚いている大淀に向かって声を上げる。

 

「もぉ! 大淀さぁん!」

 

「ごっ、ごめんなさい、まさか丁度作業していたなんて……!」

 

「大淀……あんたねぇ……! どっちかが艤装出してなかったら大事故よ! 大事故ぉ!」

 

「うぅっ……本当にすみませ――じゃなかった! 明石、それよりも緊急任務です! 提督より指令が出ています!」

 

 提督は今日は呉に出ていたんじゃ……と首を傾げる。

 昼過ぎには食堂で提督が視察に出ると言っていたじゃないかと大淀を訝しむも、その表情から焦りが見え、島風へ「そっち持って! いくよ、せぇ……のっ!」と無理矢理体勢を立て直してから、改めてそちらを向いた。

 

「指令って何よ? 今日の分はもう昼に報告書渡したでしょ?」

 

「それとは別です! 現在、呉鎮守府から南方海域へ向けて出港した駆逐艦二隻と通信が出来ない状態にあります。視察に出た提督から救援のために出撃せよと連絡がありました。事態は急を要しますので、明石への指令だけをお伝えします!」

 

「えっ? あっ、え……りょ、了解! 何をすればいいの?」

 

 内容も聞かずに了解してしまったが、内容を聞こうとも了解するしかないのでそれはそれでいいか、などと考えながら続きを促せば、大淀は胸に抱いたバインダーからばさりと一枚のメモをはぎ取るようにして私に差し出した。

 

 走り書きしたのであろう乱雑な大淀の文字。読めないほどではないが、声に出して確認してしまう。

 

「高温高圧缶の開発に、タービンの改良……? な、何よこの無茶苦茶な指令は!?」

 

「朗報ですよ」

 

 大淀が困ったような、不安そうな、それでいてどうしようもなく希望に満ちた不思議な瞳を私に向けた。

 

「大好きな開発の許可が出ました。資材を全て使ってでも必ずや開発を、との事です。あなたの開発の成否によって出撃時刻が変動します」

 

「は、はぁぁッ!?」

 

 大声を上げた私の横で、島風がぴょんぴょんと跳ねながら大淀に言う。

 

「もっと速くなってもいいの!?」

 

「はい。提督から直々に、島風さんにも指令が出ています。島風さんは第一艦隊として作戦に参加していただき、単独で南方へと向かってもらいます」

 

「え……単独……?」

 

 途端に島風の顔色が悪くなる。

 南方――多くの深海棲艦が目撃されていると艦娘の間でも話題にあがる事のある海域にたった一隻で向かうなど、自沈と一緒じゃないか、そう考えている顔をしていた。

 だがその先に紡がれた言葉で島風の表情は一変する。

 

「――今回は速さが重要です。提督は迷いなく、島風さん……あなたを選んでおられるようでした」

 

「提督が……?」

 

「えぇ。二隻がいるであろう海域まで急行し、捜索をお願いします。明石、時間がありません、開発を」

 

 島風から私へ視線をうつした大淀。

 クレーンに引っ掛けた艤装を下ろし、私は大声で何度も無理と怒鳴った。

 

「無理! 無理無理無理! ぜぇぇぇえったいに無理だってば! 何考えてんの!」

 

「そんな事はありません。あなたは提督の目の前で、あっという間に彩雲を作って見せたではありませんか」

 

「それとこれとは違うってぇの! あれは妖精がいたからよ! それに……提督が妖精に向かって開発しろって言ったのよ……私は、それを組み立てただけ」

 

「明石……」

 

「改良くらいなら出来るかもしれないわ。丁度、これから島風ちゃんの艤装整備しようとしてたし」

 

「一時間です」

 

「え?」

 

 大淀は島風に近づくと、私に手渡したのとは別のメモを握らせて、もう一度「一時間です」と繰り返す。

 

「一時間って――」

 

「出撃までに確保した時間です。これから指定された艦娘に通達して、即時編成を行わなければなりません。これでもかなり時間を取ったつもりですが……」

 

「ま、待って! ストップ大淀! 一時間でタービンの改良と開発、二つをこなせって言ってんの!?」

 

 ぴんと来た瞬間に眩暈がした。私は片手で顔を覆い、質の悪い冗談だろうともう片方の手を振る。

 だが大淀は一切表情を変えないまま、やっぱり希望に満ちた目で私を見るのだった。

 

「一時間もあるからと余裕ぶっていてはダメですよ明石。これは緊急の任務です」

 

「どこが余裕ぶってるように見えんのよ!? だから無理だって――!」

 

 自分でも耳がきんきんするくらい声を張り上げている最中、横目に島風がくすぐったそうに身体をよじったのが見えた。私と大淀がそちらを向くと、島風は今にも泣きそうな顔で自分の中にある感情を処理しきれないと言った表情を浮かべる。

 

「すごく、怖いけど……でも、海に出られる……提督の役に立てる……」

 

「島風さん……」

「島風ちゃん……」

 

「独りぼっちで、敵艦がいっぱいいるかもしれない海域に出なきゃいけない……でも、皆、後から来てくれるんだよね……?」

 

 その心の内の大部分は、不安。

 私から見ても明らかなそれは、目ざとい大淀から見ればなおのことだろう。

 

 大淀はバインダーをすっと腰の後ろへ回し、島風に近づくと、ぴょんと立った耳のようになっている黒いリボンに触れ、頭を撫でた。

 

「独りぼっちではありません。島風さんならば仲間を助け出すと信じておられるから、提督はあなたを選んだのです。私も全力で、島風さんをサポートします」

 

「……ん」

 

 言葉で励ましても島風の表情が和らぐことは無い。

 私は大淀のように彼女の記録を見ていておおよそを知っているなんて事は無いし、この柱島に送られたという事は何らかの圧力がかけられ飛ばされたのだろうかと予想出来る程度。私も似たようなものだから、と言うと元も子もないけれど。

 

 提督を信じていないわけでは無い。さりとて、信じきっているわけでも無い。

 仕事を任せてくれた。開発だってさせてくれた。工作艦としての在り方を思い出させてくれた。

 

 しかし、危険な海域に行けと言われて喜んで出られる程に心を開いたわけじゃない。

 

 提督の役に立てる――海に出られる――でも、喜びよりも不安が勝っている。

 島風の心中ではどれだけの葛藤が繰り広げられているのだろうか。

 

 私が今出来る事は、冷たくとも正直に話すことだ。

 大淀が嫌いなわけじゃない。しかしながら、同じ艦娘だからこそ言わねばならない。

 

 代弁するとまで大それた考えでは無いが、私は口を挟んだ。

 

「後から合流するったって、駆逐艦一隻だけを南方に先行させるなんて正気の沙汰とは思えないわね」

 

 目を細めて言うと、大淀はこちらを見て同じように目を細めた。

 

「単独での戦闘はしないようにと仰っておられました。決して島風さんを無暗に危険に晒そうとしている作戦ではありません」

 

「戦闘を避けたとしても単独先行の時点で危険じゃない。救援が必要なのは分かるけど、その二隻を救援するのに駆逐一隻ってのがおかしいって言ってんの」

 

「そ、それは――……否定、出来ませんが……」

 

「否定できないのに承服したってわけ? 意見具申も無く?」

 

「意見具申をする時間さえ無いほど切迫している状況だったからです! たった二隻とは言え同じ艦娘が危険な目に遭っているのですから、救援に向かうのは当然で――!」

 

「何が当然なのよ。こんなの《捨て艦》と同じじゃない。提督が嘘を言っているなんて思っちゃいないけど……結果がもし、島風ちゃんの轟沈なんてもんになったら、私は……」

 

 言葉にしている内に心が整理出来てきたが、整理の末に形作られたのが本心なのか虚勢なのか、ぞんざいに扱われ続けた当てつけなのかは分からなかった。

 

「――私は二度と、開発なんてしない」

 

「明石……」

 

 連装砲ちゃんを磨いていた手ぬぐいを地面に投げ腰に両手を当てて言い放った私に、大淀が目を見開く。

 島風が私と大淀を交互に見ながら口をもごつかせるも、言葉は出てこないようだった。

 

「だ、第一艦隊にも通達しなきゃいけないんです! 島風さんが二隻を確保すれば、後から追いついてくる艦隊と合流して大本を叩くと……! 戦艦二隻をも編成しているのですよ!?」

 

「だから何? 戦艦を編成してるから安全なんて言いきれないじゃない。どこかの鎮守府なんて火力があればいいって戦艦のみで艦隊を組んで大失敗したって聞いたわよ?」

 

「っ……」

 

 売り言葉に買い言葉ならぬ、想いの応酬。

 沈んで欲しくない。沈みたくない。勝ちたい。負けたくない。

 考えている方向は同じはずなのに、島風を挟んだ私と大淀の舌戦は続く。

 

「お願いします明石……あなたの腕が頼りなんです……」

 

「……」

 

 この場で思うべきではないのかもしれないが、純粋に頼りにされるのは嬉しかった。

 酒保の店員としてではなく、海軍に属す艦娘の一人として私を見てくれている大淀の存在は私にとってとても大きなものだ。軽口を叩き合った初日の開発の時も、もっともっと役に立ちたいからと駄々をこねた。

 楽しくて、嬉しくて、失敗した時の事など微塵も考えず腕を振るいたいと思った。

 

 ――でも、私の失敗で仲間が危険な目に遭うかもと考えると、一歩も動けない。

 

「タービンと缶の開発って……いくら艦娘だからって、そんな特化兵装、耐えられるかも分からないわ」

 

「……はい」

 

「スピード勝負だから提督はそう言ったのかもしれないけど、いくら艦娘だって耐久には限界があるの」

 

「……充分、分かっています」

 

「もし私が開発したとして、追い付けるかどうかだって、分からないじゃない」

 

「仰る、通りです……」

 

 大淀は私から目を逸らし、俯いて腰に回したバインダーを手に取ると、メモを見つめながら言う。

 

「提督に同行しているあきつ丸さんから、詳しい話を、聞いています……既に半日経過しているそうです。呉鎮守府の二隻に追いつくには、最速以外の選択は無いと提督もご判断なさったのだろう、と」

 

「不確定要素しか無いってわけね」

 

「……」

 

 大淀が力なく頷くのと同じくして、私の服の袖が遠慮がちに引っ張られる感覚。

 見れば、島風が今にも涙が零れ落ちそうなくらい瞳を潤ませて私を見上げていた。

 

「やる」

 

「は……? し、島風ちゃん、話聞いてたでしょ? 速くは出来るかもしれない。でもね、私達にも耐久の問題があって、その他にもたくさん――」

 

「やるもん!!」

 

「お、落ち着いてよく考えて! 島風ちゃんが危なくなるのを黙って見過ごして開発なんて、私は絶対にしないからね!」

 

「いやっ! やるの! 明石さんが開発してくれないなら、このままだって出撃する! 提督が……島風を選んでくれたんだもん!」

 

「なっ……」

 

 ぐいぐいと私の袖を引っ張る島風に、大淀が右腕を伸ばして止めようとするも、作戦を実行せねばという使命感がそれを阻むのか、虚空を彷徨わせるだけ。

 

「島風さん……そのままでは、追い付けません」

 

 大淀にそう言われた島風は、う、と口を噤み、私を見上げた後に、俯いてしまった。

 

 島風が艦娘になる前の速力は知っている。艦娘となった今、より速く動けるのだろうというのも簡単に想像できる。

 戦闘能力など猫の手よりも頼りない私だって、艦娘となって出来る事は幅広くなった。

 考え、動き、開発し、修理し、改良し、見ただけで物の構造が想像できる頭だってある。

 

 大淀が言う通り、私が見た通り、島風は艦娘の中でも抜きん出た速力を誇る。しかし、大淀が追い付けないと言うのならば、そうなのだろうとしか言えない。

 彼女は連合艦隊を率いた艦娘だ。ありとあらゆる状況を集約し、予測し、何千通りと想像して指示を出す判断力がある。

 

 私では想像し得ない数の予測を経て追いつけないと言うのならば、どれだけの偶然が重なっても、それは不可能だ。

 

「……タービンの改良だけでもお願いします、明石」

 

 私を全否定しないための譲歩だと分かった。提督の無茶な指令を実行できなかったとして責を負うのはどちらになるのかなんて、考えるまでも無い。

 私はそれでも、一歩踏み出すことが出来ず――

 

《ザザ……》

 

「つ、通信? 誰から!?」

 

 唐突に頭の中に響いたノイズに思わず声を上げた私だったが、私以外にも、大淀や島風にもそれは聞こえるようだった。

 

「これは……あきつ丸さんです。追加の指令でしょうか。こちら大淀。あきつ丸さん?」

 

《ザ……ザーッ……せ、ん……しているようで……制御が……》

 

 確かにあきつ丸の声。だが、ノイズが酷く聞き取れない。

 大淀は合点がいった様子で自らの眼鏡に指を当てて調節するように眉をひそめた。

 

「こちらで制御します、お待ちを――あきつ丸さん、応答を」

 

《ザッ……あきつ丸。こちら、あきつ丸。問題無いでありますか?》

 

「はい、感度問題ありません。どうされましたか?」

 

《自分、こういった手合いは得意なつもりだったんでありますが、大淀殿のようにはまいりませんなあ……っと、そうそう。開発の進捗をと少佐殿が気にされておりましてな》

 

「あっ、そ、それについては……」

 

 工廠の私のもとへ来る前に指令を受けていたであろう大淀だが、ここに来て言いあっていただけで、多少の時間を浪費している。進捗は言うまでもない。手も付けていないのだから。

 

《……あー、承知しました。では第一艦隊と第二艦隊の編成は》

 

「それも、あの」

 

《……で、ありますか》

 

 みるみるうちに大淀の顔色が白くなっていく。

 

《こちらは補給艦隊の編成が完了しております。そちらの第一、第二の出撃準備が完了するまでは待機でありましょうか》

 

「お願いしま――いや、ぅ……」

 

《……ふむ。少々お待ちを》

 

 大淀も動揺しているのか、通信を絞らず私や島風に聞こえたままの状態で目を泳がせる。

 数秒して、またあきつ丸の声。

 

《少佐殿にはしばし待機をとお伝えしておきましたが、何やら問題のようですな。状況報告をお願いしても?》

 

「……その、速力を重視した特化兵装では、島風さんの耐久に問題があると」

 

 簡潔に伝えているようで、その言葉は濁されている。

 私が勝手な思いから開発拒否しているだけだと言えばいいのに、大淀はあえて違う問題を取り上げた。

 それに続き、大淀は問題点があるとして私の口にしていない言葉を紡ぐ。

 

「私から見ても、速力特化では兵装に問題があるのではと足踏みをしている状況です。二隻の確保が出来る出来ないにかかわらず、道中での接敵があった場合、自衛に問題が生じるかと思われます」

 

《確かに、一理ありますな》

 

「第二艦隊が直接掩護をしたとしても、速力特化の島風さんと同期しての行動は、難しい、かと……」

 

 私も、あきつ丸のように胸中で確かに、と考えてしまう。

 

《申し訳ない、またしばしお待ちを》

 

 それからまた数分。返答を待つ沈黙が工廠に満ちる。

 その間に、私は思考する。どうすれば島風の速力を落とさず、火力無くして安全を確保できるかを。

 

 私は工作艦だ――ありとあらゆる兵装の知識がある。

 

 私は工作艦だ――それを実現する能力がある。

 

 私は――意気地の無い、工作艦だ。

 

 自らの手で作り出したもので仲間を失うかもしれないと考えると、動けなくなる。

 でも、どうしてか、一縷の可能性が私の心を叩く。

 始めは弱弱しく、とん、とん、と薄い板を割らぬようにと。

 

《お待たせして申し訳ない。最悪の場合を想定して二隻の確保は……――》

 

 島風の装備可能スロットは二つ。私の目に留まる魚雷発射管。

 タービンを改良し、高圧缶まで載せようものならば魚雷発射管は飾りとなる。

 

 それこそ耐久度に直結し、島風自身が危険に晒されてしまうだろう。

 

 目の前にいる艦娘だけでも守らなきゃと理性が心を抑え込むも、それを補える方法があると本能が叫ぶ。

 

「見捨てると……言う事ですか……」

 

《そうする他ありません。確保できないならば敵戦力を撃滅するのみであります。我々の目的をお忘れで?》

 

「っ……ですが! 他に方法を探るということもできます!」

 

《一時間。大淀殿は自分でそう仰ったではありませんか》

 

「で、では、もう三十分でもお願いします!」

 

 姿が見えているわけでも無いのに頭を下げる大淀の姿に、その大淀を見つめて拳を握りしめる島風。

 二人を見て、私は――

 

「第一艦隊と第二艦隊を編成して出るのに、どれくらい掛かるの」

 

「え……? そ、それは……開発が済めばすぐにでも……」

 

《うん? 大淀殿? その声は明石殿でありますか?》

 

「――三十分で出撃準備して。それまでに私も仕上げる」

 

《ほう……これはこれは》

 

「あ、明石!? ですが火力にも耐久にも問題があると――」

 

 私は大淀と島風から離れ、工廠の壁を覆うようにして備えられた棚へと歩みながら言う。

 

「火力にも耐久にも問題はあるわ。でも、戦闘はしないってことは……火力が無くてもいいんでしょ。なら、耐久の問題だけでも解決させるわ」

 

「出来るんですね?」

 

 大淀の言葉に頷き、棚から道具箱を引っ張り出した私は島風の艤装の前に座り込んで大きく息を吸い込む。

 それから、よっし、と小さく呟いた途端――わぁ、と方々から妖精達が群がってきた。

 

 私に妖精の言葉は分からない。けれど、妖精は私の言葉が分かるはず。

 

「出来る出来ないじゃなく、やるしかないんでしょ。さ、手伝ってもらうわよ、妖精さん」

 

『――! ――!!』

 

「火力が無くても安全なようにするなんて理屈の上じゃ簡単な話よ。攻撃が当たらなければいい。当たらないくらいに、速ければいい」

 

 設計図は全て頭の中に。実現する力は目の前にある。

 艦娘の私から見ても不可思議な力を行使する妖精の手でたったの数分で作り出された彩雲という実績から考えれば、三十分という私の言葉は決して豪語では無い。

 

「聞いてたんでしょ? なら、何をするかは分かってるわよね? 組み上げたら私の所に持ってきて。全部組み込んで見せるわ」

 

 私の言葉に呼応して、妖精達は一斉に作業を開始する。

 

「明石……!」

 

《話がまとまったようで何より。では少佐殿には三十分で出撃できると改めて伝えておきましょう》

 

 あきつ丸の声は消え、通信が切れた。

 大淀は私を見て「……また、あとで」とだけ残して走り去った。

 

 別の事を言いたかったようだが、それよりも優先せねばならない事だらけの今、大淀の行動はあれが一番正しいのだろうと小さく笑う。

 

「……明石さん、あの」

 

 連装砲ちゃんを抱きあげた島風の声。

 

「島風ちゃん、約束して」

 

「うん?」

 

 座り込んだ私の傍まで寄ってきた島風を見ることも無く、手元で作業を続けつつ。

 

「誰よりも、何よりも速くしてあげる。だから――」

 

「……」

 

「――ちゃんと私のとこに修理しに顔出すこと。いいわね」

 

 それは帰還を前提にした約束だった。

 島風は嚙みしめるように返事をすると、じっと私の作業を眺めるのだった。

 

 

* * *

 

 

 作業も終わり、島風と共に港へ行くと、既に第一艦隊と第二艦隊の面々が揃っている様子だった。

 艤装を展開して水面に浮かんだ一同に向かって大きな声で作戦概要を伝えている大淀は、後ろから歩いてくる私達を見つめる皆の視線に気づいて振り返る。

 

 良く見れば、港には鳳翔の姿もあった。

 

「本作戦は時間との勝負です! 第一艦隊は先行する島風さんを追跡し、道中で深海棲艦と遭遇した場合は、第二艦隊の航路を開くために撃滅しながら進んでください! 第二艦隊は第一艦隊と時間差の出撃となります! 出撃するまではこの場から航空支援を行い――……島風さん……こちらへ」

 

「ほら、島風ちゃん。いってらっしゃい」

 

「は、はいっ」

 

 私に背を押された島風は、水際まで走っていくと、艤装を展開すると同時に水面へと飛び降りる。

 ばちゃん、と水飛沫が上がり、陽光を反射させながら虹を作り出した。

 

 その虹が出たのも一瞬で、もう陽は殆ど沈んでいる。

 

「……続けます。第二艦隊は始め、こちらで航空支援を行ってもらいます! 戦闘行動半径に到達次第、即座に帰還させ、それから出撃となります!」

 

 誰も、口を開かない。

 表情は強張り、みなの視線はちらちらと島風に向けられている。

 

 大淀の説明が終わった頃合いを見計らって、私は島風に向かって言う。

 

「島風ちゃん。工廠でも言ったけれど、戦闘は無理よ。火力兵装は無いけれど……その代わり、誰よりも速いはず」

 

「……うん」

 

 火力兵装は搭載していない――それを初めて知ったのか、第一、第二艦隊の全員が口々に大淀と私に驚愕の声を投げた。

 

「火力兵装無しで救援ですって!? 何考えてんのよ!」

 

「ず、瑞鶴、口を慎みなさい……! あなたの言いたいことは、わかるけれど……」

 

 第二艦隊、瑞鶴と翔鶴がいの一番に声を上げた。

 続いて第一艦隊の那智からがなり声。

 

「おい、大淀! 貴様、まさかこれを知った上で承服したのではなかろうな! 先行した島風は第一と第二とで後方から支援出来ると思っていたのに……ふたを開けてみればこれとは……!」

 

「……提督の、命令です」

 

「命令だったとしてもだ! やはりあの男は信用ならん! 私は今からでも降ろしてもらう。おい、島風、あんな男の言う事は聞くべきではない! こんな、駒を捨てるような真似――!」

 

「……」

 

 集めることは出来たが、全てを説明しきれてはいないというのがありありと感じられた。

 提督が鎮守府にいない今、言葉の集中砲火を受けるのは大淀ただ一人。

 

 赤城と加賀だけは黙って唇をかみしめ、下を向いている。

 

 その時――またも通信が入った。

 

《……ザッ……ザザッ……》

 

「なんだ?」

 

「あきつ丸さんからのようです」

 

 那智が顔を顰めながら大淀を見る。

 大淀は全員に通信を繋ぎつつ声を発した。

 

「こちら大淀」

 

《出撃準備は整ったか》

 

「提督……!」

 

 大淀がまずいという表情をして通信を絞ろうとするも、その前に那智の声が入り込む。

 

「おい貴様! 島風に南方へ突っ込んで行けとは何事か! 説明してみろ!」

 

《その声は、那智か。大淀から説明を受けてないのか? 呉鎮守府から発った二隻と通信が取れない状況にある。本作戦はその二隻を救援し――》

 

「それは聞いている! 問題は! 島風に火力兵装が積まれていない事だ!」

 

《……あぁ。追いつくべくそうさせたまでだ》

 

 嘘だ、と私は歯噛みする。

 提督は決して火力を落とせなんて言っていない。大淀から聞くに、速度重視とは言ったが、可能な限りの火力を積んでいくとは想定しているはずだ。せめて自衛出来るレベルに。

 連装砲ちゃんという兵装も、速力を限界まで高めた島風には同行出来ないために、今は工廠で留守番をしている。

 

 しかし提督はまるで私の施した改良や改造を知っているかのように話した。

 

《島風のスロットは二つ。タービンの改良と缶を載せようものならば火力が積めん事など考えずとも分かる。何かあれば私が責任を取るからそうしろと明石に指示したのだ》

 

「もしも何かあればどう責任を取るつもりだ!」

 

《それを決めるのはお前では無く、上の仕事だ。我々は可能な限り最善を尽くすのみ。質問は以上か?》

 

「っ……! 島風に何かあれば、覚悟しておくことだ。決して逃がさん……必ず貴様を見つけ出して、責任を取らせてやる」

 

《……戦意は十分あるようだな。結構》

 

 那智の憤怒の声を戦意と見るなんて……提督は何を考えているの……!?

 呉から戻ってきたらどうなるか考えていない口振りは、那智をさらに怒らせるも、既に提督の意識は別に向けられているようで。

 

《島風はそこにいるか?》

 

「て、てーとくっ! いるよ! 聞こえる!」

 

 島風がぴんと背筋を伸ばして空に向かって声を上げる。

 通信なのだから普通に話しても聞こえるだろうに、島風は遠い呉まで声を届けようとするように話した。

 

「あのね! 私、頑張るからっ! だから……っ!」

 

《あぁ、信じているとも》

 

「うんっ……」

 

《お前は、鎮守府でも一番速い艦娘であると私が選んだ。お前のその速さで、必ず二隻を発見するんだ。そして、協力して第一艦隊と合流しろ。……頼む》

 

 最後のか細い、頼む、という声。

 那智の顔から、否、全員の顔から怒りが薄れる。

 

 提督も分かっているのだ。無茶な作戦であると。

 ならば自らが受け持った鎮守府以外の艦娘など捨て置けばいい。

 だが、そうすれば私達と出会った時の言葉が嘘になる。

 

 真綿で自分の首を絞めてもなお、彼は信じようとしている。

 

《お前たちの力で、救うのだ》

 

 通信の後ろから、がやついた声。

 知らない男の声がいくつかと、艦娘らしき声が交じり合っているのが聞こえた。

 

《積めるだけ積み込め! 閣下の第一艦隊、第二艦隊の命綱となるのは――》

 

《こちら補給用資源の搭載、完了しましたぁ!》

 

《皆さん、準備はいいですか? 両舷、前進、微速……はい、ここで待機してください!》

 

 再び、提督の声。

 

《――抜錨せよ》

 

 島風の顔から、全ての不安が消え去った。

 いいや、あれは覚悟を決めた顔、というべきだろう。

 

「はいっ! 島風、出撃しまーす!」

 

 きぃん、という高音と、重低音が重なり合って辺りに響き始める。

 島風は港から少し沖まで行くと、そこから体勢を低くし、両足に力を溜め込むように上半身を沈めた。

 

 次の瞬間、私を含む全員が目を疑う光景が広がった。

 

「島風! 待っ――ぐ、あぁっ!?」

 

 那智の悲鳴。第一、第二艦隊どころか、港そのものに降りかかる――島風の巻き起こした波。

 

「……あ、あんなものを追跡しろだと!? ふざけるなぁっ!」

 

「那智さん、文句は後です。山城、準備はいいわね?」

「はい、扶桑姉さま」

「ふふっ……追いつくのにどれくらいかかってしまうのかしら……あぁ、不幸だわ……」

「全くです……私達の速力を考慮していらっしゃらないのでしょうね、提督は……それとも、嫌がらせかしら」

 

 扶桑と山城がくつくつと笑いながら第一艦隊の面々を見回す。

 

「島風さんから、目撃した敵艦の報告があれば良いですが……」

「大丈夫っぽい! 夕立達で第二艦隊の皆の道を開いてあげるっぽい!」

「っぽい、では困るのですけれど、あのぉ……」

「神通さんもいるし! 夕立も頑張るっぽい!」

「う、うぅ……が、頑張ります……!」

 

 派手な水飛沫をあげながらあっという間に遠ざかっていく島風を見つめる神通の手を取ってぶんぶんと振る夕立。

 

 大淀の張りのある声が港に響き渡る。

 

「追跡を開始してください!」

 

「第一艦隊、出撃いたしますっ」

 

 扶桑の号令と共に、五つの水飛沫。

 残った第二艦隊の顔と、大淀の顔が私を見た。

 

 私は――不安が残る顔のままだったかもしれないが、口元だけは変に歪んでいて。

 

「明石、本当に、あれ、三十分で……?」

 

「提督と大淀が言ったんじゃない。そりゃ作るわよ」

 

「で、でも、あれ、艦娘の中でも見たことのない速さで――!」

 

 

 

 

「提督が信じてくれたんだから、これくらいはお返ししないとさ? でも、本業は修理だから!」

 

 なんて、頬をかいてそっぽを向くのだった。




アンケートに答えて下さった皆様、ご協力ありがとうございました。
今後は統一して投稿してまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
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