柱島泊地備忘録   作:まちた

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五十三話 手中 【大淀side】

 本隊と思しき艦隊を第一艦隊が撃滅してからしばらく、日が変わったのち――地図に載っていないらしい件の島で保護されたソフィア・クルーズという女性を安全に日本へ護送すべく元帥閣下、ひいては海軍そのものが大きく動いた。それも、たったの数時間という短い時間でそれ以外の事も様々な形で進むこととなった。

 上を下への大騒ぎ……ではあるのが本来のはずだが、大きく動いた、いや、動いているはずなのに、呉と柱島を除いて、一切の波及が無いのが不気味であるのが印象的だった。

 まるで、これが海原鎮という男がどうして名と記録ばかりで、誰も見た者が存在していなかったのかの答え合わせであるとでもいうような感覚だ。

 

 大きく進んだものの一つ、海原提督の視察により発覚した清水中佐の無謀な資源確保行動による書面での処理、および元帥閣下による処分。

 これだけを挙げても非常に複雑かつ入り乱れた動きがあったものの、提督のお言葉を借りて言わば「本を正せば単純なことだ」というものだろう。

 

 清水中佐は楠木少将からの指示で呉鎮守府から無作為に見繕った駆逐艦を二隻南方へ放り出すことを条件に《風通し》を良くしてもらう算段だったらしい。これは本人が元帥閣下と海原提督に直接白状したのだとか。

 しかし、二隻を南方へ放り出す事の真意こそ知らされておらず、意味は分からなかったし考えたところで合点のいくような目的は分らなかったという。

 

 それもそうだ。私だって分からない。

 

 囮として使うなら――決してあってはならないが――まだしも、たったの二隻をただ捨てるためだけに南方海域へ放り出せば昇進が見える? いいや、おかしい。どんなに話をこねくりまわしたって話の辻褄さえ考えられない。

 

 例の二隻は柱島鎮守府と呉鎮守府の合同艦隊による追跡により事なきを得たが、これによって楠木少将が動きを見せる可能性があるとは元帥閣下曰く。

 海を隔てた遠い国に出張っているとは言え、楠木少将が情報をどのようにして得ているのかも分からない今、元帥閣下を悩ませているようだった。

 

『……――という所で、少佐殿の奇策縦横な働きが光ったわけであります』

 

 声高に話すあきつ丸の声に、どうやら呉鎮守府では既に提督達と別行動になったのであろうと察した私は、少しばかり肩の力が抜けた声で返事した。

 

「奇策縦横なのは分かっていますよ……まったく……」

 

『っくく、大淀殿もお疲れでありますな。しかし、まだ作戦行動は終わっていないわけでして』

 

 世間話のような気軽い声で話すあきつ丸にわざとらしく溜息をついてみせるも、通信から返ってくるのは心底愉快そうな吐息ばかり。

 

「しかしどうして、その、提督はそこまで見通しておられたのか……」

 

『大淀殿が分からぬものを自分に聞かれても困るであります。南方海域を開放することこそが目的で無いのは明々白々。少佐殿はおそらく、これから艦隊が帰還してくるこの瞬間こそが目的であろう、というのは理解しているのでありますが――』

 

 あきつ丸の言葉に見えずとも頷いてしまう私。

 

 柱島鎮守府の通信室は整えられてはいるものの、一度も使用した形跡もなく、新築と見紛うような一室で一人機械を操作しながら言葉を紡いだ。

 

「そう、ですね……扶桑さんが敵本隊との戦闘行為で損害を受けるであろう、その程度まで考えていたような口ぶりでしたから、この先の行動もきっと、意味があるはずです」

 

 私の頭に浮かぶのは、回線を統制している中で聞こえてきた提督のお言葉に、扶桑の奮闘の絶叫。

 

【扶桑が小破したか……で、那智がそう判断したと】

 

 その声だけを切り取ったのならば、この柱島鎮守府に来る前の私ならば、きっと、絶望していたに違いない。

 大した戦果も挙げられないままに損害を受けた? ふざけるな! と、罵声を浴びせられて頬を打たれるか、はたまた足蹴にされるか。

 

 しかし提督は、あのお方は違った。

 

【しかし……その、小破なのだろう?】

 

【やはり過去とは違うな】

 

 私達を慰めるでもなく、ただ事実であるからとでも言わんばかりに、そして自分の事のように自慢気に語る提督の声がリフレインする。

 

【今はどうだ? 陸奥は沈んでいない。長門は鎮守府にいるし、扶桑はこの作戦が終わったら戻って来る。未来は、違うのだ】

 

 思い出すだけで胸が締め付けられるような感覚に陥る。

 

 絶望的状況に対し、どうだ、まだ戦えるぞ、まだ熱は失っていないぞと猛った扶桑の働きもまた、通信を聞いていた私に衝撃を与えた。

 

 

 ――暁の水平線に勝利を刻むその時まで、決して立ち止まる事はない。

 

 提督はそれを示してみせたのだ。元帥閣下の前で。清水中佐や、山元大佐の前で。

 

「アロアハに寄港した際の言葉も気になるところです。何故、提督は船を借りるのに【Ship please】――発送せよ、などと現地人へ言ったのか……」

 

 提督はソフィア・クルーズという深海棲艦研究者の女性を本土に護送するのに、他国から船を借りたのだ。それも正式な軍事行動として。

 国をまたぐ軍事行動とは人々が考えるよりもよっぽどデリケートなのは言わずもがな。しかしあえて軍事行動として船を借り、ましてや発送せよ、なんて……。

 

『――それについて、大淀殿』

 

 すっ、と声を低くしたあきつ丸に、気がぴんと張り詰めるのを感じた。

 たかが数日数週間、されど数日数週間の付き合いである私達だが、どうしてか以心伝心したように私は通信を切り替える。

 秘匿通信に切り替えた時に発される特有のノイズが走ったあと、あきつ丸は小さな声で『流石でありますな』と前置いて言った。

 

『どうにも、ソロモン諸島にあるウラワ島のアロアハに未登録の造船所があったようで、少佐殿は最初からそちらを利用しようと考えている様子でありました。未登録と言えど現地人が漁に使うもので……』

 

「と、言うと……密漁などを行うための――」

 

『はい……ボロボロの造船所でありましたが、航行に問題無しと。現地には、その、深海棲艦によって集積されたと思しき資源もいくらか……』

 

「……は?」

 

 状況を整理しようと眼鏡のつるを弄っていた私の指が止まる。

 通信機器を弄っていた手が、ぱたりと力なく落ちてしまうも、私にそれをどうこうする意識は既に無かった。

 

 どういう……いや、何が起きているのか、分からない……。

 

 未登録のはずの造船所を、どうして提督がご存じなのか。

 そもそもそんなものがどうして残っているのか。

 

 どうして。何で。一体、何が――

 

『少佐殿はソフィア・クルーズという研究者を安全に本土へ送るために必要だと言って、山元、清水の両名から安全だと思われる機関へ連絡を入れ、駐屯している海軍を動かして南方へ向かわせたのであります。殲滅したとは言え、いついかなる事が起こるか分からないから、と言っておりましたが、どうにも、動きを――』

 

「――動きを邪魔されたくないかのような、行動ですね」

 

『そ、そう、そうなのでありますっ』

 

 必死に整理しようにも提督の動きが速過ぎて私の思考が追い付かない。

 清水中佐は楠木少将の手のひらの上で踊らされただけに過ぎず、また、山元大佐も反対派として楠木少将の動きにあやかって街を疲弊させながら延命行動を取った。ここまでは私が理解している範疇だ。

 ここから推測するに、楠木少将が怪しい動きをしていると断定しても、あえて国に敵対する行動を取るだろうか?

 

 深海棲艦の撃破数の差異や、轟沈数の虚偽――呉鎮守府という巨大な拠点でさえ杜撰な報告を提出するくらいなのだから、既に楠木少将の手は深くまで及んでいると推測して差し支えないだろう。それにしてもだ。理由が分からない。

 

 国を憎んでいる? 日本もろとも、世界を混乱に陥れるため?

 

 現実味がない。利益も無い。例えば、深海棲艦へ有効な打撃を与えられる方法を握っていたとして、それを独占するために混乱を起こしたのだとするならば、あるいは、世界全てに憎悪を向けていたとしたら? いや……そんなはず、無い……。

 

 楠木少将をじかに見たことなどないが、彼だって人間だ。きっと、人間だろう。

 私が守るべき人だ。艦娘が守る人類の一人だ。それが、敵に寝返るどころか、敵にも国にも背を向け、ただ何らかの憎悪に突き動かされて牙を向くなど、ありえるか……?

 

「あきつ丸さん。もしもの話ですが」

 

『なんですかな』

 

「あきつ丸さんだけが深海棲艦を確実に撃滅できる方法を知っていたとして、その方法を秘匿するならば、どうしますか」

 

『と、唐突でありますな……。うーむ……戦果を挙げれば頭が出る。かといって自陣防衛のためだけならば利益も無く、信用できる相手にその方法を売るにも、経路を絞らねば粗が出てすぐにばれてしまうでありましょうし、難しいでありますね』

 

「……」

 

 そうだ。難しい。そんな戦争屋のような商売など、成り立つはずもない。

 かつての日本、かつての世界ならばいざ知らず。

 艦娘と深海棲艦、技術の発達した現代という舞台において、戦争を握るなど。

 

 だが、私の頭の中には一つの恐ろしい絵が浮かんでいた。

 

『大淀殿? 通信、通信、繋がっているでありますか?』

 

「し……」

 

『お声が遠いであります。大淀殿? 混線でも――?』

 

「もし……」

 

『もし? もしもーし? 大淀殿?』

 

「もし、その者が――深海棲艦を独自に生み出せるとしたら――?」

 

『なッ……!!』

 

 

* * *

 

 

 通信はしばしの静寂に支配された。

 呉鎮守府の通信室にはあきつ丸だけ、柱島鎮守府には私、大淀だけ。

 遠く空間を隔てた場所にいるにもかかわらず、通信越しの私達の吐息はすぐ近くに感じられた。

 

『そんな事、あ、ありえてはなりません! 人が深海棲艦を生むなど……ま、まして! 大淀殿がそのような荒唐無稽な事をっ』

 

「ですから、もしもです」

 

『仮定であったとしてもであります!! 何を口になさっているか分かっておられるのですか!?』

 

「分かっています。ですが、そうすると、不思議と理屈が通るんです」

 

 恐怖、畏怖、そのなかに侮蔑と、言い知れぬ不快感。

 感情の入り乱れる中で、机上の空論ともつかぬ空想の話をする私。

 

「楠木――んんっ、もし、少将が深海棲艦を生み出せる、または準ずることが可能であるとすれば、その深海棲艦を滅する方法も同時に開発するでしょう。爆弾を作っておいて解除方法はありません、なんて愚かな事は誰もしないでしょうから」

 

『……』

 

「そうすれば、深海棲艦を生み出し、目的地へ向かわせ損害を出すなど容易も容易――それらを撃破する事も可能ですし《撃破させる》ことも可能なはず。しかし向かわせるのに命令は出さねばならないでしょう……それも、私達艦娘の使う通信のような方式があれば、少将の使う回線を使用させ軍事行動であると偽ることは難しい事ではありません」

 

『し、しかしっ』

 

「それに加えて、結界です」

 

『け、っかい……?』

 

 それらを口にするのを逡巡さえもせず、私は淡々と可能性の話を続ける。

 

「近距離通信ならばまだしも、各基地局との通信を断つ深海棲艦が生み出す結界は隠蔽にはもってこいではないですか? 深海棲艦の発する結界内では艦娘の通信は瞬時に見つかります。隠すにも、見つけるにも有利に作用するでしょう」

 

 話が進むうちに、あきつ丸の頭のうちでも絵が浮かび上がってきたのであろう。

 緊張があらわれたような掠れた声で『で、ありましょうが……』と返ってくる。

 

 何度も胸中で繰り返す。これは仮定であり、荒唐無稽な空想だと。

 

 しかし、過日に繰り広げられた提督の作戦や、この瞬間にも続いている深海棲艦研究者の護送、ソロモン諸島の周囲索敵が否が応でも現実という色を落として最悪な絵をより鮮明に浮かび上がらせる。

 

『では仮定として、深海棲艦を生み出す技術があったとして――戦争を終わらせず、加速させて利益を生んだとして、それで世界を支配でもするつもりでありますか? 動機が分かりません。皆目見当もつかないでありますよ! 微々たる利益と人類とを天秤にかけるなど!』

 

「それは私も同じ意見です。技術を販売しようも値を付けられるようなものでもないでしょうから。ただの兵器売買とはわけが違います」

 

『で、ありましょうよ! いくら大淀殿の言とて、荒唐無稽が過ぎれば自分も流さねばならないのは心苦しくあります。どうか冷静にお願い申し上げる』

 

「私は至って冷静です。少し、怖いですが」

 

 怖い、というのは、未来に対してでは無い。

 自分の思い浮かべた事に対する恐怖が一切無いと言えば嘘になるが、そんなもの取るに足らないほどの恐怖が私の中にあった。

 

『大淀殿が弱気な発言を――』

 

「いえ、そうではなく」

 

『そうではなく、とは?』

 

「……提督の行動には、意味がある。私はそう考え、短いながらも、今日まで秘書艦として常に提督の傍におりました。一人一人、私達艦娘の話を聞いて真に心配してくださった提督の行動にも、きっと意味があるのでしょう。心置きなく戦えるように、国を守れるように、と」

 

『それは、まぁ、そうでありましょうが……』

 

「……この作戦が開始される前、陸に不正ありと見たあきつ丸さんならば、分かるのではないでしょうか」

 

『陸に不正ありとは、あー……柱島の、執務室での、あの』

 

 あきつ丸はきっと金平糖の事を思い出していることだろう。私も同じだった。

 同時に、軽空母――鳳翔の事も。

 

「何はともあれ、調査をせねば確実な事は分かりません。どれだけ滅茶苦茶でも、指針が無ければ調査だってできません。提督が調査もせずに行動する、など……」

 

 待って、大淀。

 調査もせずに提督が行動するなど、何?

 

 行動するはずもない。そう、そうよね。あのお方の事だから、きっとそうなんだろうって思って口にしたのよね。

 

 じゃあ、何故、彼は既に行動を起こしているの――?

 

『……お、大淀、殿、その、荒唐無稽は、承知の上、その、あの』

 

 あきつ丸が言葉を詰まらせながら語りかけてくる。私は、返事さえ出来なかった。

 

『ちょう、調査、しなければ、少佐殿とて、行動しないでありましょう。でしょう? です、よね?』

 

「……」

 

『自分が、調査、し、したのは、鳳翔殿の、思い出の品というだけで、お優しい少佐殿の事でありますから、海軍の強硬かつ杜撰な調査と事件の終了につき失われてしまった《菅谷中佐》との指輪と写真を奪還し返してやれということかと。それを、鳳翔殿に、お返ししたことで、自分らの任務は完了したものと』

 

「……はい」

 

『完了したのではなく、これが、敵情調査であるとしたならば、本作戦は、前哨作戦で、ある可能性が……』

 

「呉鎮守府の不正摘発は、作戦開始の合図でも何でもなく、()()()()()の情報を確定させるための行動……」

 

 たった今、あきつ丸と私の意識が完全に同調した。

 

 

 

 

 提督にとって――海原鎮という軍人にとって、この作戦は最初から最後まで、繋がっている――?

 

 

 

 

「あきつ丸さん、今すぐ情報の整理をっ! 鳳翔さんの所属していた鎮守府で亡くなられた提督がどのように死亡処理されたのか、そして当該鎮守府に所属していた艦娘達からの証言を再度照らし合わせてくださいっ! 証言に差異が無ければ、それも一手となるはずです! その中に動機の一端がある可能性も捨てきれません!」

 

『了解であります! お、大淀殿は――!』

 

「第一艦隊と第二艦隊、補給艦隊も含めすでに柱島へと帰還を開始しています。深海棲艦研究者が柱島へ到達するのも時間の問題でしょう。ソロモン諸島やその航路には既に海軍が哨戒、索敵に回っていますが時間はそう残されていません……! 相手は海軍少将という大物です……そう簡単に尻尾を出すわけもありませんが、提督は既に哨戒という形でソロモン諸島周辺を包囲しはじめています。一縷の望みでも、尻尾を掴まえられる瞬間があれば……」

 

 ぐっと下唇を噛みしめ、戦闘に際する通信統制のみに気を取られていた自分を歯がゆく、そして恨めしく思った。

 どうして戦うことだけが戦争だと思い込んでいたのか、私は――!

 

 情報、それこそ裏から戦争という事象を操る糸。

 

 

 悔しさや情けなさから制服のスカートの裾を握りしめた時、ころりとした硬い感触に気づく。

 取り出してみれば、それは提督が置いていったであろう金平糖が一粒。

 

 ああ、確か執務室であきつ丸や川内と合流したときに持ってきてしまったのだったか、と思い出す。

 

 それと同じくして、金平糖に込められた言葉をも、思い出す。

 

 

 最近では、金平糖に【永遠の愛】などという洒落た意味も込められているらしい、と。

 

【鳳翔。何か、したいことはあるか?】

 

 提督が投げかけた言葉。

 

【みなを守り、誰一人おいていかれぬようにと、お前はずっと戦い続けただろう。たった一人となってもだ】

 

 提督はいつも、艦娘を知っているように言う。

 

【なのに……お前は、私を置いていくつもりか】

 

 いつも、私達と共にあると言う。

 それでいてどうして、私は提督に見合うよう動かないのか。

 

 どうして、誰よりも孤独と戦い、海軍さえも信じられなかったあのお方をお一人で戦わせようというのか――。

 

 私達のために戦うと言った提督を、死ぬまで面倒を見ると元帥へ言い切ったあの海原鎮という男を、誰が孤独にさせようものか――!

 

 

 

 

 無意識に両手を握りしめて立ち上がった私の耳に、あきつ丸と交代したかのように息を切らせた川内の声が飛び込んできた。

 

『あきつ丸、これ秘匿通信!? 記録通信? ねぇちょっと!』

 

『ど、どうしたでありますか! し、しぃー! お静かに……元帥閣下達も鎮守府におられるのでありますから……! 秘匿でありますよ……!』

 

『い、今! ラバウル基地に派遣されてた憲兵が確保されたって――!』

 

 確保、された……?

 私にそのような通信は入っていない。ならば、提督に直接……?

 

 それとも……元帥閣下へ向けて……?

 

『確保ぉっ!? は、早……いや、それはいかな理由での確保でありますか?』

 

『護送に向かってた天龍達と鉢合わせたみたいなんだけど、哨戒してるって言ってて……でも、提督と元帥が指示を出した人員には名前も無くて、提督が一緒に戻って来いって、今、戻って来てる途中みたい……ラバウルに所属してる憲兵みたいだけど……』

 

 天龍や龍田が私やあきつ丸を通さず直接元帥や提督へ通信をつなげたとするならば、その理由は一つ。

 

『あ、は……ははっ……はっはっはっはっは! 少佐殿、いやはや、まったく! 神算鬼謀? 神機妙算? いいや、もうこれは、くくっ、はっはっは!』

 

 大声をあげて笑うあきつ丸に、戸惑うような声の川内。

 

『あ、あぁあああきつ丸!? ちょっと大淀! どうしよう! あきつ丸が壊れたぁ!』

 

「……壊れたわけではなく、まあ、その、そうなってしまうでしょう」

 

『どういうことよ!?』

 

 私だって説明できない。説明しても川内だって信じないだろう。

 恐ろしい絵を思い浮かべ、恐怖に震えそうになりながらも覚悟を決めて立ち上がった私とて、力が抜けて、ぽすりと椅子に落ちてしまう。

 

 恐らく楠木少将は深海棲艦に深く通じた事情を持っており、鳳翔や一航戦が所属していた鎮守府を深海棲艦が襲撃した事件に関連している可能性があり、同じく、本土を度々脅かしていた包囲網すらかいくぐって来た深海棲艦の襲撃の原因でもあるかもしれないその一端を、一切の抵抗さえ許さず、一滴たりとて情報を漏らさないままに、相手を攪乱してやろうという目論見で放たれたであろうトカゲのしっぽさえも予測し、たった今確保された。

 あとは、楠木少将本人を探し出し、軍法会議にひったたせるだけだ。

 

 とでも、説明すれば信じてくれるだろうか?

 いいや、信じないだろう。私だって信じない。

 

 信じられるわけがない。

 

 

「……最初から最後まで全て、提督の手中であるとしか言えません」

 

 

 私はこらえきれぬ溜息とともに、かろうじてそう口にした。


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