柱島泊地備忘録   作:まちた

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五十四話 叱責【提督side】

 仕事をしましょう――などと見得を切った手前、俺にサボタージュという選択肢は残されていなかった。

 

 ドウシテ……オレ、イッパイ、働クノ……?

 

 い、いかんいかん、危うく俺が深海棲艦になってしまいかねない。

 

 俺の横で大の男が二人えぐえぐと泣濡れ、正面では力無く階級章を握りしめたまま立ち尽くす井之上さん。ぽかんと間抜け顔で突っ立つ俺。もう滅茶苦茶である。

 そんな中で仕事? 何をしろってんだよ! クソァッ!

 

「二隻の確保は完了しているのだ。何を焦る必要がある」

 

 あえて言葉にすると、清水と山元がゆっくりと顔をあげた。

 

「海原少佐……その、それはどういう……?」

 

「どういう、だと?」

 

 俺は、こちらに顔を向けて不思議そうな表情をする清水を睨む。

 

 言ってて情けないくらい当たり前の事を口にさせるな! お前が駆逐艦をたった二隻、南方海域とかいう艦これでも屈指の高難易度マップに飛ばしたのが原因だろうが! 艦これ提督達がこんなん見たらおま、お前……戦艦と空母の群れに放り込まれた挙句二十四時間ずっと那珂ちゃんのライブ見せつけられるレベルだぞ!

 

 ちなみに俺はそれでもいいです。艦娘は可愛いので。

 

 ……ともかく! 艦娘を泣かせるんじゃねえやい! お前も提督だろぉ!? オォン!?

 

 と言えたら非常に楽なのだが、これはゲームの艦隊これくしょんではなく、何度も言うが現実である。

 南方へ向かわされた漣や朧の練度がどれほどのものか知らないが、仮にカンストしていたとしてもあのマップに出現する深海棲艦にたった二隻で勝てるはずもない。

 

 深海棲艦には艦種とは別に強さを分ける指標が四つある。

 

 まず、ノーマル。文字通り普通の深海棲艦だ。

 

 次にエリート。ノーマルと呼ばれる深海棲艦よりも装甲や火力が高いものの、毎日演習や遠征などで練度を高めた艦娘であらば問題無く撃破可能なものだ。

 

 問題なのはここから……エリートを超える、フラッグシップ、フラッグシップ改と呼ばれている深海棲艦達だ。

 火力や装甲は駆逐艦であれ重巡や戦艦を容易く中破、大破させる威力を持ち、回避能力などを考慮すれば万全を期して勝負して勝てても、そこから先は疲労度の関係上、五分、下手をすればそれ以下の勝率となる。

 

 ゲームの頃ならば順番に砲撃戦をして耐え抜けばそれで戦闘終了。S勝利だろうがA勝利だろうが、戦術的勝利だろうが潜り抜ける事は可能だ。

 むしろ高難易度海域になれば必ずS勝利をもぎ取って進まねばならないということもない。ボスマスに到達して勝利さえすれば、その海域は突破扱いになるのだから。

 

 だが、現実ではそうもいかないだろう。これは単なる俺の予測だが。

 いくら高練度とて、いくら判断力が優れていたとて、一つの間違いが命取りとなる。

 

 故に提督の俺や山元達は最大限に艦娘を信頼信用し、彼女たちに――頼るしかないのだ――!

 

 ごめんね役立たず提督で。でもちゃんと頑張るからね。ごめんね。涙出てきた。

 

 しかしここで泣くわけにはいかない。威厳スイッチを入れて背筋を伸ばし、すべきことを明確にしようじゃないか!

 

「彼女らの出撃が間違いであると分かっていたのだろう?」

 

「は、はっ……!」

 

「ならば彼女らがきちんと帰還出来る今、焦る必要がどこにある」

 

「それは、そうですが……しかしっ、南方にて保護された研究者もそうですが、海原少佐の行動如何によってはさらなる被害が発生するかもしれないのですよ!?」

 

 明確にする前にちょっと待って。何それ? 被害が発生する?

 

 してねぇだろ……? してないよね……?

 

「被害だと? 何を根拠に被害が発生すると予想している。南方海域は開放され、二隻の確保も完了した。それに、()()にも遭難していたらしい女性も艦娘の素晴らしい索敵能力によって発見できた」

 

 うーん、言葉にするとこの、艦娘の有能っぷりというか、超人っぷりよ……。

 俺はただ二隻が遠くに行っちゃったから迎えに行ってあげて、くらいの感覚で出撃命令を出したのだが、艦娘が関わるとこうも抜け目無く様々な問題を解決してしまうとは。

 海域の開放は俺の過保護があってのことかもしれないが、南方海域は、ゲームにおいて高難易度マップと言えどボスを除けばフラッグシップがいくらか出現する程度だった。

 フラッグシップ級の空母はそれはまあ油断のならない敵ではあったものの、基本的に艦隊一つで突っ込まねばならないからこその危険性である、とも言える。

 

 たったの六隻が連戦で数十隻の敵と砲雷撃戦を行うとなれば高難易度マップかつ危険度の高い任務だろうが、こっちは補給艦隊に柱島から二艦隊。多くの敵に多くの艦娘をぶつけるとなれば、その勝負の行方は言わずもがな――可愛いが勝利する以外にあるわけがないのだ!

 

 もちろん、フラッグシップ級の空母が出たとしても大丈夫なようにと空母を編成するこの俺の提督レベルの高さよ。褒めろよ清水ゥ!

 

 はい。そうですね。素人編成丸出しですよね。

 遠い世界にいる艦これ提督の皆様大変申し訳ございません。

 でも俺だって必死なんです。社畜も頑張ってるんです。

 

 偶然、という言葉を強調しながら艦娘の有能っぷりをアピールすることで、清水に対して「お前はそんな可愛い子達に無茶をさせたんだぞ! めっ!」と分からせる俺。

 

「――有能さに感謝するばかりだ」

 

 はぁ、と若干の本音交じりに溜息を吐き出してしまう。

 

 なぁ、お前らもそうだろ? と清水へ顔を向けると、何故か顔面蒼白で目を泳がせて顔を伏せられてしまった。

 

 ……うんうん。ごめん。清水、お前が言いたいことも分かる。井之上元帥がいる前で他力本願な物言いするとかお前大丈夫かって事だろ?

 でも平気なんだ。なんたって井之上さんは俺をただの社畜って知ってるから。

 なんなら山元も俺の事をただの社畜って知っちゃったから。

 

 次に山元大佐の前で生意気な態度を取ろうものなら、あの丸太のような腕で吹っ飛ばされるかもしれない一方、俺を社畜の一般人と知ったからか若干優しくなったあたり、軍人さんってやっぱすげえやと思うばかりなのであった。

 

「う、海原少佐が仰られる事は、重々承知して、お、おり、ます……」

 

「うん?」

 

 山元の声に視線だけを向けると、山元も顔面蒼白になって目を泳がせた。

 えっ、ごめん何? どういう、え? 仕事しようよ。

 俺の事いじめてる場合じゃないって君たち。

 

「この度の処分は如何様にされようと受け入れる所存であ、あ、あり……井之上元帥にも多大なるご迷惑をおかけした事に関し、深く、謝罪を申し上げます……!」

 

 山元が井之上さんへ一礼、そのまま機敏な動きで回れ右をして、俺へ一礼。

 あ、あー……なるほどね。そういうことね。

 

 山元……ごめん、仕事しなきゃって頭がいっぱいで社会人としての礼儀を忘れていたよ……。

 そうだね、俺が清水の尻拭いをするみたいな恰好だったのに、結局井之上さんと山元を呼び寄せたあげく責任を丸投げしようとしたんだもんね。

 

 なんっだコレ! 艦これ! いや違う! 俺、情けなさ過ぎるだろう!?

 

「……」

 

 言葉が出ず、山元に倣って頭を下げた清水を見て、険しい顔をする井之上さんをちらりと見る。

 あぁ、流石の井之上さんもこれにはカンカン、艦これってか……。

 だめだ手が震えてきた。やっべえ久しぶりの感覚だこれ。会社で初めて上司に怒鳴り散らされて「あっ、この会社ブラックだ」って気づいた時くらい震えてる。

 

 震える両手を握りしめ、俺は背後にまだあきつ丸と川内という部下がいるにもかかわらず、恥を捨てて――

 

「ぁ、あぁ!? う、海原少佐、そ、そのよう、な……」

「少佐……!」

 

 ――足を折り、その場で綺麗な土下座を披露した。ちなみに会社でもしたことある。

 

 内心であたふたしつつ、ふざけつつ、しかしその本心では俺に仕事を与えようと言ってくれた井之上さんに感謝しているのだ。

 故に、その仕事を分からないからと艦娘達に丸投げしているのも然り、自らの至らなさによって山元や清水が率先して頭を下げるまで、汚名返上ばかりを考えている自分の弱さを許してもらうためにも、頭を下げ、額を地面にこすりつけた。

 

 井之上さん……ほんっとうに……申し訳、ございません……。

 

「井之上元帥、この度の責は私にあります」

 

「海原、お前――……」

 

 他力本願ばっかりの社畜で、すみません……。

 その上で――まだ他人を頼っていかねば仕事が出来ない俺を許してください――!

 

「この仕事のあと、処分があるならば私もそれを受けるべきであると思っております。艦娘達を任せていただいたばかりであるのに、申し開きもございません」

 

 山元ぉ、清水ぅ……俺も謝るから後でちゃんと助けてねぇ……!

 

 額を地面に擦って数十秒、いやさ、数分経った頃だろうか。

 かたん、と立ち上がる音がした。

 

 顔をあげてはいないので定かではないものの、座っていたのは井之上さんだけだったから、そうなのだろうと考えた矢先の事――。

 

「そうか……そうか……そこまでの覚悟を見せるか、海原」

 

 眼前に影が落ち、ぽんと肩に手が触れた。ごつごつとしている、男の手。

 

「……っは」

 

 こうなればもう引っ込みはつかない。殴られようが蹴られようが艦娘と一緒に仕事をさせてもらえるなら安いもんだ、と虚勢を張って声を上げる。

 

「彼女たちを任せていただけるのです。山元や清水も補佐をしてくれることでしょう。これ以上ない環境を用意していただけたのですから、責任を負うのは当然のことです」

 

「……っくく、そうか」

 

 今、笑った――?

 

 俺が思わず顔を持ち上げそうになる前に、井之上さんから岩をすり合わせたかのような低く重い大声が上がった。

 

「山元大佐、並びに清水中佐! これは大本営、海軍元帥の辞令である!! 海原鎮少佐に掛けられた嫌疑につき、証拠不十分として元帥の権限を以て棄却とし、並びに、海原鎮少佐を元階級へ復帰させるものとする! 処理の日付は本作戦の開始前としすれば、問題もなかろう! すぐに電信せよ!」

 

「な、ぇっ?」

 

 俺の声? 井之上さんにかき消されたよ。

 

「その手続きの証人となり、今後、諸君らは海軍大将、海原鎮の直属としてこの手続きを進め、大本営に繋ぎ発布せよッ!」

 

「「……――はっ!!」」

 

 びりびりと鼓膜が痺れる。

 

 やっとの事で顔をあげた俺。頭上には満足気な顔で俺を見下ろす井之上さんの顔。

 首を捻って周りを見れば、山元達は綺麗な敬礼をしており、背後では何故かあきつ丸や川内までもが敬礼していた。

 

 あっあっ、待って、あのっ、あっあっ……俺も敬礼しなきゃ……!

 

 震えて上手く動けないまま、緩慢に立ち上がって、のそのそと敬礼した俺。

 どこからかふわりと現れた妖精が数匹、転がっていた軍帽を持ち上げて、ぽすん、と俺の頭にのせたことで情けなさがマックス。

 

『まもるがちんじゅふにちゃくにんしましたー!』

『これより、かんたいのしきをとりまーす!』

 

 や、やめろお前らっ! これ以上俺の情けなさを加速させるなクソォッ!

 

「海原――お前がまずせねばならん仕事は、なんだ?」

 

 井之上さんの厳かな声に、俺は必死に頭を回転させる。

 

 まず!? えーとですね……! あー……!

 

 あっ! 保護! 艦娘が保護した人がいるって言ってましたよね!? あいつら仕事増やしてくれやが――ちっがう! 落ち着け俺!

 

「……艦隊が保護をした人物を安全に運ぶ事を最優先事項とすべきでしょう。ソロモン近海に船を借りられそうな場所を探し、そちらに連絡を取り協力を仰ぎます」

 

「くっくっく……良い目をしておるぞ、海原」

 

「……っは」

 

 今、俺、泣きそうになってない? 大丈夫? 平気?

 勢いで船借りるって言っちゃったし、また他力本願じゃねえか感がすごいけど平気?

 

 って、ソロモン近海って海外じゃん。また英語じゃん。船借りるって、英語で借りなきゃいけないの? どう言うんだよ。分からんて。

 

 船……シップ、だろ? シップ、貸してくれ、貸してください……ぷ、ぷりーず?

 

 そうだ! 英語は勢いでも伝わると言ってた! ネットで!

 何かあったらノープロブレムで解決よぉ! ふぅ!

 シッププリーズ、これで行こう! 頼み込むように言えばきっと伝わるだろ!

 

「現在の艦隊の位置は――」

 

 最寄りの島を探すべく声を上げた俺に、妖精が海図を持って飛んできてくれる。

 お前らって奴はほんとに……俺を小馬鹿にしたいのか甘やかしたいのかはっきりしろ……踊らされる身にもなれって……ありがとう……。(素直)

 

 ばさりと目の前に広げれば、妖精が矢印のついた指し棒でソロモン諸島の南を示す。目を凝らして近くに寄れそうな島がないか確認していると、妖精が『ここ近いよ!』と言ってくれた。

 

「ふむ……アロアハ……」

 

 アロアハってハワイの挨拶じゃないっけ。違うな、アレはアロハだ。

 などとくだらない事を考えつつ。

 

「現地に通信を繋げ清水。ソロモンと言えばかつては観光地だったはずだ。まだ連絡は取れるだろう」

 

「は、はっ……しかし少……大将、南方海域が開放されたのはたった今。それまでは危険区域としてほとんどの住民が内陸へ避難しており――」

 

「現地に人はいないと?」

 

「その可能性が、高いかと……」

 

 やる前から諦めんなよ! いいから連絡取れ!

 お前がそんなんだと俺もぜーんぶ諦めて柱島に帰ってみんなと遊ぶぞ!

 

「可能性は可能性だ。一度連絡を取れ」

 

「……了解」

 

 清水は通信設備の方へ動き、せわしなく操作をしながら英語で何かを呼びかけ始めた。

 

『こちら日本海軍、呉鎮守府。こちら日本海軍、呉鎮守府。本日より南方海域は全面的に開放となった。繰り返す、本日より南方海域は全面開放となった。ソロモン諸島全域に残っている者は日本海軍より一時避難を支援する。応答できる者がいれば――』

 

 英語話せるってすげえなあ、と眺めていると、またも顔を白くした清水が振り返って俺を見る。

 

「……反応があります」

 

 ほら見ろォッ! 人がいない観光地なんてあるわきゃねえだろ!

 

「そうか。船があるか聞いて、あればそれを借り受けよう。そのついでに避難も手伝えばいい。周囲に深海棲艦がいないとも限らん。山元は動ける人員を見繕って南方へ派遣し、航路の安全を確保させろ。私の艦隊と協力してだ。いいな?」

 

 他人に任せて指示を飛ばすには長けた俺である。すみません。

 

「い、今すぐに!」

 

 色めき立って英語でまくし立てる清水。声を掛けられて慌てて動き出す山元。

 忘れずに「きちんとシッププリーズと言うのだぞ」と言う俺。

 

 清水は振り返って逡巡するそぶりを見せたが、井之上さんも山元も控えているのだからと安心してか、深く頷いた。

 

『……そちらに、あなた方の使わないものがあれば一緒に発送してください。これからそちらに来る日本海軍の者にそれらと船を貸していただきたい。同じく、あなた方も安全な地域へと護送し――』

 

 もうここまで来たら怒られる事が確定してんだからお前らも頼りまくってやるぜ!

 

 ……ほんっとすみません。ただの社畜で。

 

 

* * *

 

 

 ――という事で。そこからまた数時間後。どうしてか大騒ぎになってしまった現在、俺は通信室にあきつ丸を残し、それ以外の全員と執務室へと移動してきたところ。

 

「清水中佐、大本営への電信は完了した。すぐに海軍全員に通達が行くはずだが、手続きはどうだ」

 

「っは、自分の署名は完了しております。大佐、ご確認を」

 

「……よし。問題無い。元帥、こちらに署名をお願いいたします」

 

「――うむ。どんどん進めてくれ。海原の作戦を邪魔せぬように」

 

「「っは!!」」

 

 

 普通の会社なら既に残業という範疇を大きく超える勤務時間である。

 

 それはさておき。

 

 責任を取るというのならそれらしい肩書でも持ってろという井之上さんの采配から俺を大将にすべく、山元と清水は大本営に向かって連絡を取ったりとバタバタとしており、井之上さんは御付きの運転手という女性を補佐に書類の処理をしていた。

 

 俺? 俺は応接用のソファが埋まってしまっていたので提督の椅子に座ってぼーっと……いやいや、何か見落としは無いかと海図と睨めっこの最中である。

 

 見落としって言っても、もう、出来る限りの事はした気がするんだけどな……。

 

 たったの二隻、危険な海域から戻ってこさせるのにここまでの大騒ぎになるとは、やはり軍というものは特殊な仕事なのだなあと他人事のように考えてしまう。

 その二隻さえも作戦に加えていらん仕事をさせる俺の無能っぷりに一種の感動すら覚えてしまい、吐き散らかしそうである。

 これはきっと、柱島に戻ったら大淀から制裁を食らわされるに違いない。長時間の説教か、もしくは艦娘パワーの込められたグーパンチで顔面が吹き飛ぶかの二択だ。

 

 だが……それもこれも、他力本願ばかりの俺が悪いのだ……。

 

 ほら、よく言うではないか。悪者が一人いれば、周囲は一丸となって収まると。俺が悪者になればみなが丸く収まるのだ。一丸だけに。

 

 って、やかましいわッ! クッソォオォォオオオアアアアア!

 

「……すまんな川内。補佐などさせて」

 

 綺麗な姿勢で俺の横に立って事の成り行きを見守る川内に声をかけると、彼女は慌てたように胸の前で両手を振りながら言った。

 

「なっ、何言ってるのさ提督! 艦娘の仕事のうちなんだから! 当たり前じゃん!」

 

「……そうか」

 

 夜戦忍者が優しい……帰ったらいっぱい夜戦させてあげよ……。

 

『わたしたちも、いっぱい頑張ってるんですが』

『まもるのおてつだい、してるんですが』

 

 ふわふわと妖精たちが俺の目の前を飛び交う。

 そうだね……帰ったらいっぱい金平糖あげよ……。

 

 ふぅ、と鼻で溜息をつき、海図の上にペンを立ててコツコツと鳴らす。

 

「提督、気になる事があるの?」

 

「うん? あ、いや」

 

 待て鎮。ここで気になる事が無いと正直に言ってみろ。ただ手持無沙汰でサボってるのがバレたら川内忍者に「アイヤーッ!」と爆発四散させられかねん。

 ここは、気になるが、そこまで深刻なことではない。なーに、優秀なお前たちがすぐに解決してくれるだろう? と信頼した笑顔で、落ち着いて言うのだ。

 

 あとは皆の帰りを待つだけなんだから……。

 

「……なぁに、すぐに解決する」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて海図へペンを立てると、川内が小さく「ひっ」と声を上げて一歩後退る。

 やめろ。おっさんの笑顔が気持ち悪いからってそんなドン引きするな。俺だって傷つくんだぞてめぇ。やっぱ夜戦させてやらん。神通に怒られてしまえ。

 

「私は私の出来る事をやった。あとは帰還を待つだけだ。そうだろう?」

 

 それ以外に何かあります? という顔で川内を見ると、一歩引いた格好のまま、川内はコクコクと首を縦に振る。

 いや、そんな引かなくていいじゃん……イケメンとはいかずともフツメンのおっさんをそこまでいじめなくたっていいじゃんか……。

 

 そんな時、ぴくりと川内が動いた。

 

「……提督。天龍から通信が」

 

「何か問題か?」

 

「えと、提督か元帥に繋げって……」

 

 やべぇ……これ問題起きたパターンだ……。

 

 井之上さんを見やれば、ガリガリと書類にペンを走らせており、邪魔出来る空気ではない。自然と導かれるのは、俺のみ。

 

「私が対応する。繋げられるか」

 

「……っと、待ってね」

 

 川内はむむ、と唸りながらデスクの上にある電話から受話器を上げたのち、はい、と俺に手渡した。

 え、何それ、そのむむって何。可愛い。

 

 違う仕事しろ俺。

 

「――私だ」

 

 お前だったのか――という声は返って来ず、天龍の明瞭な声が俺を呼んだ。

 

『おう提督! わりいな忙しいだろうに!』

 

「なに、気にするな。それでどうした?」

 

 おおよそ上司に向けての言葉遣いではない天龍の口調が受話器から漏れていたのか、ぎょっとして俺を見る川内。思わず顔をこちらに向けてくる山元達。

 俺は艦これの提督だったが故に違和感など覚えることもなく、自然と会話を続ける。

 

『ソロモンから抜けてから海軍の護衛艦がいくらかいたんだけどよ、提督が寄越してくれたんだよな?』

 

「あぁ、そうだが」

 

 つい数時間前に山元達に指示して動かした人員の事だろう、と肯定する。

 だが天龍は何か納得がいかないような声でうんうんと唸る。

 

「どうした。気になる事でもあるか」

 

『いやぁ……ちょっと気になったっていうかよ、護衛艦以外にも、民間船舶まで駆り出したのか?』

 

「……少し待て」

 

『お、おう?』

 

 艦娘を守るのに普通の船じゃダメだろ。そんなこと社畜の俺にも分かるぞ。

 受話器を耳に当てたまま山元へ届くよう大きめの声を上げる。

 

「山元! お前、民間船舶を出したのか?」

 

「な、何をおっしゃいますか閣下! 自分が指示したのは護衛艦です! それも自分が連絡をつけた者ばかりですので、名簿の代わりも――!」

 

「名簿があるのか。見せてみろ」

 

 言わずもがな、山元も有能である。

 持ってこられた名簿――もとい、連絡網のような資料を見ながら、天龍へ声をかける。

 

「搭乗している者の名前は分かるか? その船の名前でも構わん」

 

 名簿には丁寧に名前と所属している部署のようなもの以外に、乗艦先も記されていた。こんなにきっちりとした仕事が出来るなら初めから艦娘をいじめたりして仕事をさぼらないでもらいたいものである。

 

『おいあんた、名前教えてくれるか? 提督に確認してっからよ』

 

『じ、自分達は、そ、その、ソロモン諸島が開放されたという報を受けて海軍として動いており、そちらからの指示ではなく、海軍の――』

 

『んなこたぁどうでもいいんだよ。名前だよ、な、ま、え! あんたらも海軍なら分かるだろ? 作戦中なんだからサクっと頼むぜ、おい』

 

『ひ、ひぃっ! そ、そのように、刀を向けないでいただきたい!』

 

『ちょっと、天龍ちゃん、だめよぉ……? 人に向けちゃぁ……』

 

『龍田! んでもよぉ……まどろっこしいのは嫌いで――』

 

「……」

 

『自分達の所属を明かせないわけではないが、今ここで無駄に時間を使うわけにも、い、いかんのです! 本土へ向けて移動する任務の最中であり……か、海軍としての任務を妨害するのであれば……』

 

『だぁから、妨害じゃねえって! あんたらの作戦区域と俺たちの作戦区域が被ってるなら、それこそおかしいじゃねえか! 提督からそんな指示貰ってねえしよ。名前を教えてくれりゃあすぐにでも通すって。ってか海軍なのに何でそんな服装――』

 

 あぁもう面倒くさい! さっさと教えてよぉ! 泣くぞ!? いいのか!?

 

「――天龍。話しているところ申し訳ないが」

 

『うぐっ……! て、提督、わりぃ、その……!』

 

「代われ。私が聞く」

 

『……あ、あぁ』

 

 最初から俺が聞けば解決である。天龍に無駄な心労をかけてしまった。

 ごめんね天龍。また旗艦にしてあげるからね。主に遠征で。

 

「――柱島鎮守府所属の海原だ。君達は本作戦における行動海域にいると聞くが、山元大佐からの指示を受けて動いている者か?」

 

 それっぽく小難しい言葉を並べて問えば、受話器の向こう側からはざあざあと波の音だけが届く。

 数秒待ってみるも、声は返って来ない。

 

「……もう一度聞くが、名前を伺ってもよろしいか? こちらには作戦に参加している者の名がすぐに分かるよう名簿を用意してある。君らの仕事を邪魔しようというわけではないため、面倒だろうがお答えいただきたい」

 

 丁寧に聞くも、沈黙。

 痺れを切らせて川内に投げちゃおうかな、と考え始めたその時、か細い声が鼓膜を揺らした。

 

『り、りく、陸軍、しょぞ、くの……新見、信夫で、あります……』

 

 どうした突然。船酔いか?

 

「陸軍? 新見信夫殿か。確認するので、しばしお待ちを」

 

 にいみ、にいみ、と頭の中でつぶやきながら名簿を見るも、そのような名前は一切無い。

 なーんだ。別の作戦中の人か。そもそも海軍でもないじゃねえかよ。陸軍て。

 

 天龍も有能なんだろうが、有能が故にちょっとしたことでも気になるのだろう。

 ゲームのような艦娘固有の個性ではなく、柱島の天龍でしか見られない表現し難い個性を感じた俺から自然と笑みが零れた。

 

 世界水準の天龍は可愛さもでかでかとしたものではなく、急所を刺すような素晴らしい艦娘なのだ――。

 

「新見信夫殿、陸軍所属と言ったか? こちらの名簿では君の名前は確認出来なかった。仕事の邪魔をして申し訳ない」

 

 改めて名を呼んで謝罪した後、天龍に代わってもらい行ってもらっていいぞと伝えようとしていたところ、視界に入る井之上さんのぽかんとした顔。

 その他、鎮守府の巡回をしていたらしい松岡もいつのまにやら戻ってきており、扉の前で俺を見て口を開けていた。

 

 え? また、いらんことしちゃった、っぽい……?

 

 俺の心の夕立が首をかしげて冷や汗を流す。

 

 はい、ここでまもるの方程式(新登場)を当てはめましょう。

 困った時は?

 

 そうだね。他力本願だね。ここには皆がいるからね。安心して任せられるね。

 

「本土へ向けて移動する最中と言ったか」

 

 視線は皆に向けたまま言うと、受話器からは短く返事が。

 

「では、そのまま私の艦隊とともに本土へ向かうといい。航路には艦娘の他に護衛艦も配置してあるから、安全かつ迅速に移動できるだろう」

 

『っ……』

 

「天龍に代わってもらえるだろうか」

 

『ぐ、ぅ……は、はい……』

 

『お、おう提督、その、どうしたんだよ、いきなり静かになっちまって……船に乗ってる他の奴らも、皆静かに……』

 

 新見以外にもいたのかよ!? もぉおおおお! 確認漏れだよそれ!

 ま、まぁいい。本土に向かう途中なんだから、一緒に片付けてしまえば手間が増えたとて怒られる程度で済むだろう……。

 

「こちらの話だ。気にしないでいい。天龍達にはその船を加えて帰還してもらいたいのだが、問題はあるか?」

 

『いや、無い、けどよ……いいのか?』

 

「何がだ」

 

『いや、陸軍を連れて帰っても……』

 

「構わん」

 

 だってここには松岡隊長いるし。何かあったら松岡がどうにかする。

 

「こちらには憲兵隊の隊長である松岡という男が待機している」

 

 な! 助けてくれよ同じ軍人のよしみでさ! な!?

 という視線を松岡に投げたのだが、松岡はその場で携帯を取り出してどこかへ電話し、電話口へ怒鳴り声をあげながら部屋を出てしまった。

 

 無能どころか人望も失いそうな俺である。悲しい。

 

 おそらく松岡は部下だか上司だかに連絡を付けて俺の尻拭いをしてくれているのだろう。ほんっとすんません。今の一瞬で俺が問題を起こしたかもしれんと対応に走るその機敏さを見習いたく思います。松岡にも後で金平糖あげよう……。

 

『な、ま、マジかよ……! ったく、作戦のうちならちゃんと言ってくれよなあ、提督! 頼むぜ! 気づかずに通してたら危なかったじゃねえか……』

 

 その上で天龍にも怒られる始末である。泣こう。もう泣いてもいいだろう。

 

「すまんな天龍。だが、お前を信頼しての事だ。龍田ともども、頼りにしている」

 

 ゴマすりも忘れず抜け目のない俺。松岡とは雲泥の差である。

 下っ端根性をこれ以上見せて失望させるのも忍びないので、俺は天龍に「迅速に帰還せよ」とお願いだけして受話器を置いた。

 

「……ふぅ。川内、面倒をかけたな」

 

「いやいやいや! 私、何もしてないし……何も……」

 

「何もしてないだと? お前達は謙遜が多い……傍にいてくれるだけで十二分に助かっているとも。ありがとう、川内。後はやっておくから、お前は少し休憩してこい」

 

「えっ!? で、でもぉ……!」

 

 ちょっとでも休ませないと、艦娘を酷使するブラック提督と思われちゃうだろ!

 上司のいる手前、休憩に出にくいという気持ちも分からんでも無いが、怒られるのは俺が引き受ける! 行くのだ川内! 俺に構わず行けーッ!

 

「構わんとも。 ……よろしいか?」

 

 誰ともなしに言えば、井之上さん達全員が頷いてくれる。

 

「――とのことだ。行ってこい川内」

 

「……う、うん。な、何かあったらすぐに呼んでよ? 絶対よ!?」

 

「もちろんだとも」

 

 何度も振り返りながら執務室を出ていく川内を見送る。うーん可愛い。

 

 

 

「……閣下の部下は幸せ者ですな」

「大佐の仰る通りです。まったく……」

「くっく、お前達は海原のようにのんびりできる立場か? 手を動かせ、手を。こうしている間にも、彼奴は頭目に手をかけとる。くっくっく」

「「……っは」」

 

 

 

 皆に嫌味を言われる俺。

 そろそろ、泣いてもいいでち? と俺の心のゴーヤが半泣きである。

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