柱島泊地備忘録   作:まちた

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五十七話 捕獲【提督side】

 労働基準法、総則、第四章。

 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇について。

 第三十二条――使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

 一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

 

 俺が柱島から出たのが前日の昼前……いや、昼過ぎだったか……。

 

 既に夜は過ぎ、空は明るくなっている。

 室外からは呉鎮守府の艦娘達が起きたのであろうか、ガヤガヤと遠く声声が響いているが、ここ執務室では相も変わらず厳かというか、立ち上がる事すら憚られる空気が充満しており息が詰まりそうだった。

 

 労働基準法はどうした! 仕事しろお前も!

 

 それ以外にも――

 

(ね、眠い……くそっ、こんな眠気いつもなら我慢できるというのに……!)

 

 ――猛烈な睡魔が俺を襲っていた。

 

「……大将閣下は、もう、全てをご存じなのですよね」

 

 俺は海図の上に肘をついて組んだ手の上に額を乗せ、寝落ちるすんでのところで思考を回転させて眠気を追い払おうと努力した。

 だが、視線を上げようとしても、ぐらり、と下がり海図へと落ちる。

 

 妖精達は睡眠をとらないのか、未だ元気に机の上を走り回りながら海図へ落書き――もとい、何かのマークを書き込み続けている。

 時折、俺の肘や腕が邪魔なのか間を縫うようにして飛んでいるのが目に入るのだが、今や動かす気力も使いたくはない。これを使い切っては本当に寝てしまいかねん。

 

 ここの労働基準、どうなってんのォッ!

 

 井之上さんだってお年を召していように、全く疲れた気配を見せないではないか!

 

 清水や山元に至っては出会った時と表情一つ変わって……いや、むしろ少しやる気が出ているくらいだ。お前らは終盤になるにつれ強くなっていくスロースターターみたいなやつか。休めマジ。ちょっと休憩入れろ。頼むから。

 

「鹿屋を預かる私がどのような立場であったのか。楠木少将が何をなさろうとしているのか、全て、ご存じなのでしょう?」

 

 難しい言語が鼓膜を打つたびに睡魔がより強力になって俺の意識を奪い去ろうとする。

 懐かしき感覚。と言ってもこの世界で目覚めて数週間。ここに来る前、前職にいた頃から考えても数か月と経っていないのだから懐かしいというのもおかしな話だが、この睡魔に襲われながら小難しい仕事を片付ける時間はいつまで経っても慣れないのだった。

 

 かつての職場では営業と称して外に出て多少サボる事が可能だった。

 しかし今はどうだ。無理である。柱島の最強頭脳、大淀によって監視されており、その手先――いや、大淀も部下なのだから俺の手先と言えば手先なのだが――であるあきつ丸や川内という目は俺を見逃してくれることなど無いだろう。

 

 井之上さんに土下座したときよろしく、あきつ丸達に土下座して「休ませてください!」とお願いすればチャンスが無いわけではなかろうが、井之上さんに土下座したところを見られた上に自分達にまで休みたいからなどと言う理由で再びあの情けない姿を披露しようものならば、冗談を抜きにしてぶん殴られかねない。

 

 艦娘は可愛い。だから何をされたって構わない。

 どれほどの酷いことをされてもきっと俺にとってただのご褒美――んんっ、許容範囲であろう。

 

 しかしだ、あきつ丸や川内は艦娘だぞ?

 

 柱島に来たばかりの頃に見た夕立を思い出せ。あの可愛かったぽいぬを。

 

 海岸に上がってから下ろした艤装から放たれた重低音と重量感よ。駆逐艦ですらアレを軽々と持ち上げているのだ。ならば揚陸艦や軽巡など倍、いやそれ以上なのは間違いない。

 

 そんな可愛い怪力無双たる艦娘の二人に本気で殴られてみろ。

 暁の水平線に勝利を刻む前に暁に向かってぶっ飛ばされるわ。

 

「……んんむ」

 

 くそっ、だめだ。怖い事を想像しても艦娘が可愛すぎて効果が薄い! 眠い!

 

 変な声が出てしまうのを軽く咳払いで誤魔化しながら、もっと真面目な事を考えようと思考を切り替えてみる。

 

 南方海域へ出た二隻についてだ。そう、これなら俺の頭もさっぱり冴えるだろう。

 

 弱気でオドオドしている事でおなじみの潮が激怒して俺に平手を食らわせるくらいの事態に陥る原因となった清水中佐の無茶な作戦は、どうにも昇進が目当てだったような感じがしていた。

 あの時は艦娘に無茶を強いた意味不明な遠征に怒っていたために銃を抜かれようが一歩も引けず、なんて無茶をしてるんだと怒鳴り散らしたのだが、今になって考えたら銃て。しかも撃たれたしな。何で平気なんだ俺。

 

 そうだね。不眠不休で働いているから思考が正常な判断力を失っていたんだね。

 少しもサボれなかったからって大淀から逃げ出そうとしたのに、うまい事誘導されただけで普通に働かされてるからだね。全く、大淀は最高だぜ! クソァッ!

 

 本当に判断力を失っていたか、と問われたら、そうでもないのだが。

 

 俺は提督だ。今や本物の、提督だ。

 現実である実感こそあれど提督の実感は薄い。しかしてその地位は既に与えられ、艦これプレイヤーであった俺はそれに縋ることに一切の不満も不審も抱かなかった。

 

 艦娘と働ける! やっほう! 任せろよ井之上さん! 俺、やるよ!

 

 で、結果がこれです。はい。

 艦娘に素人とバレないように提督として働き、支えてやってくれと言われた結果がこれですよ。

 

 柱島に着任した初日に艦娘の気迫におされるばかりか、潜水艦達を泣かせ、大淀を泣かせ、夕立を泣かせ、あきつ丸、長門、そして呉鎮守府の面々まで泣かせてしまっている。

 山元の失態をだしに新たな艦娘を迎え入れるなんていう欲望極まる行為をした上に、今度は清水の失態に足を突っ込んでこんな大事にしてしまい、お偉いさんである井之上さんまで呼び出してしまう始末。

 

 そら土下座の一つくらいするよ。靴? 舐めさせてください。もう舐めます。べろっべろいきます。

 なんならそれくらいじゃ足りないですよね。オッケーです。残業します。不眠不休で戦いましょう!!

 

 ……と、まぁ、仕事をしているときに居眠りなど言語道断だが、寝てはならない理由がこれだけあるのだ。

 ただの社畜である俺を働かせてやると言ってくれた井之上さんの菩薩が如き心の広さに感謝こそすれど、唾を吐くわけには絶対にいかん。

 

 眠気によりまとまらない思考でこんなことを必死こいて考えているというのに――

 

「今更になって嘘は申しません。私は楠木少将の提案だという事で、鹿屋の提督というポストへ納まり、そして少将の使いを通して受けた命令として深海棲艦の撃破数を偽った報告書を提出し、包囲網から発される警報も楠木少将の遂行する任務上避けられないものであるという不審な言葉も呑み込み、見逃してまいりました」

 

 ――清水、お前は睡魔の権化か!!

 

 眠くなる! ヤメロ……ヤメロヨォッ……!

 

 ムズカシイハナシ、スルナヨォッ……!

 

「……うむ、うむ」

 

 あー、はいはい。なるほどね、みたいな相槌で何とか眠気を誤魔化すが、清水の声、山元の声、井之上さんの声が頭の中でぐるぐると回る。

 静かに話している声というのはなんともまあ、眠気を誘うものだ。

 

 だからもうやめてくれ。マジで怒るぞ。

 せめて艦娘が帰って来て仕事終わり! ってなるまでは寝ないんだからな。

 

 ほんっとうにやめろよ。こんな情けない事で、怒らせ、ないで、く……

 

「私の優柔不断によって、国民を脅威に晒した処罰は、大将閣下の受けるべき罰ではありません。大将閣下のお心遣いを無駄にするような真似をお許しください。それでも……それでは、鹿屋の先達に……菅谷先輩に、申し訳が立たんのです」

 

 ……んんんんんんぁぁぁぁあァアアァアアアアッ!

 

「ね――ッ」

 

 完全に意識が飛びかけた。一瞬寝てたかもしれない。いや寝てた。

 清水ぅうううお前はよぉおおおお!

 

「眠たい事を言うなッ!!」

 

「ひっ――!」

 

 立ち上がって大声を出してしまう俺。ドン引きの清水達。

 

「……失礼した。寝ぼけていたようだ」

 

 そして、静かに謝り座る俺。

 

 ごめんごめんごめん! あーやってしまった! 何でこう、あぁもう!

 くそぉ……だってこんなにキッツイ仕事とか思って無かったんだもぉん……せめて睡眠時間はくれよぉ……。呉だけに。呉鎮守府だけに。

 

 ……すみません。

 

 しかしおかげで眠気が少し失せた俺は井之上さんへ視線を移し、その手にある一枚の紙を見て言う。

 

 あぁ、話? 聞いてた聞いてた、それあれだよね、鹿屋基地の提督……清水の前にいた人から渡された手紙だよね? と声を上げる俺。

 

 柱島にも鹿屋基地から来た艦娘がいたはずだ。そう、鳳翔だったな。

 ということは、その手紙は鳳翔に渡せば間違いないはず。いや待て……井之上さん宛かもしれんな。一応聞いておこう。

 

 艦娘の事ならお任せよ。ふふふ、凄いか?

 

「井之上元帥。それは、あぁ、えー……手紙だったでしょうか」

 

「あ、あぁ、そうだ。菅谷中佐の遺した……」

 

「ふむ。であれば、私が受け取りましょう」

 

 受け取ってどうする! それは鳳翔宛ですか? とか聞けよ!

 

「よろしいですか?」

 

 しかし飛んで行ったはずの睡魔の欠片が言葉を濁してしまう。

 

 が、幸運にもどうやら間違ってはいなかったらしい。

 

「それはもちろんだが……。いや、海原、眠たい事など、今やワシが言えた立場でもないのじゃが、清水中佐の想いも分からんでは無い。お前の誠実さが、こいつを正したんじゃ。相応の罰を受けねば気が済まんという男の気持ちも、分かってやってはくれんか」

 

 どの話ですかそれ?

 

「え? なんの話です?」

 

「……海原、お前の気持ちも分かる。あれだけの覚悟を見せたのだからな。じゃが恥にはならん。それどころかむしろ、お前のあの行為によって、こやつは全てを正直に話して仕事を全うしようとしておる」

 

「いえ、ですから、井之上元帥、私は――」

 

「わぁかっておる。お前の作戦は見事成功し、無事に山元や清水も手元へ戻って来た。それだけで良い」

 

 山元や清水が手元に戻った、という意味は分からんでもない。

 社内の派閥的な争いの中、社長と副社長……身分こそ違うが、そういった類の争いで権力が云々といったものはどの業界にもある話だ。

 

 俺はそういった話を好まないが、事実として、権力が不必要かと問われたら、俺は否と答えるだろう。

 何をするにも立場が必要。それは社会人としての常識なのだから。

 

 だから井之上さんは仕事をさせるのに対して俺に肩書を与えたわけだ。

 仰々しく聞こえるが、まあ、お飾り程度の肩書であろう。

 

 もちろん、艦これのような知識で物言いしているわけではなく、だ。

 

 課長、部長、室長、なんていう肩書ならばその課を、部を、一室を預かる身。もっとも、さらに小難しいなんたらプランナーやらエグゼクティブなんたら、なんて肩書を以て社内の権力として扱う事もあるくらいだ。

 ……俺が勤めていたブラック企業だけの可能性は、あえて否定しない。

 

 井之上さんが俺に与えた大将という肩書は、仕事上に必要であると判断したからだろう。百名を超える艦娘を預かる身なのだから当然である。

 窓際課長、みたいに辺境の柱島で艦娘の面倒を見るだけの仕事なのだから肩書なんてあまり気にしていないが。

 

 それに井之上さんも言っているじゃないか。それだけで良い、と。

 

「それだけで良いって……それは、まあ、私の仕事は漣と朧を連れ戻す事でしたから……」

 

 あえて確認するように口にした言葉に、井之上さんは頷いた。

 

「うむ、うむ。それは成された。これ以上にワシがお前に望む事は無いとも。なあ、清水中佐」

 

「っ……はっ」

 

 ……うん。まあね。清水がいくら失態を犯したとは言え、俺よりも前に海軍に勤めてた男だ。俺はいわゆる中途入社。立場は俺が上のようでも先輩なのは清水や山元だ。複雑な立場だなあ……俺……。

 

 だが! 井之上さんは! 俺に! 希望を! 残した!

 

「では……これ以降、私の仕事は柱島の艦娘達を支えること、という……その、元々の仕事へ戻ってもよろしい、と?」

 

「……問題が無ければ、じゃが」

 

 問題!? 無いです! やったぜ! 元の仕事に戻れ……あれおかしいな、やっぱり仕事は仕事じゃねえか。

 うん? おかしい……いや、おかしく、無い、のか……?

 

 そうだよな! おかしくない! 俺は柱島に戻って艦娘を支える当初の仕事に戻るだけでいいんだ! 小難しい仕事はぜーんぶ井之上さんに投げちゃってもオッケーなのだ!

 

 ふはは! 勝ち申した!

 

「……――僭越ながら、私に出来る事ならば、いえ、どのような事でも、遂行いたします」

 

 清水の声に、内心小躍りしていた俺が固まる。

 

「であるならば、清水中佐の上席である自分が動かない理由もありません。元帥閣下と大将閣下のご命令とあらば火の玉となって降り注ぎましょう」

 

 山元の言葉に、俺の不安は確信へ変わる。

 

 これ……ハメられたんじゃね? と。

 

 小難しい仕事は全て受け持ってやるから、柱島の仕事はお前がするんだぞ、という意思に他ならない二人の言葉は、裏を返さずともあの恐ろしい仕事量を確定させられた事と同義。

 

 演習、遠征、哨戒、演習、遠征、哨戒。

 日が昇って頭を無理やり覚醒させて日程を確認し、膨大な量の決裁書類を手書きで、ハンコで処理する、アレを毎日やるんだぞと、そう、仰ってるっぽい……?

 

 だがここで嫌だと言ってみろ。艦娘と会えないどころか、今度こそ俺に残された道は――死――!

 

「……無能が動いても仕方が無い。私は大人しく持ち場へ戻らせてもらうとしよう」

 

 即決である。艦娘に会えない人生とか要らないのだ。

 

 まもる、働きます!

 

 クッソォオアアアアア!! もしや大淀はここまで読んで俺を呉鎮守府へ……俺が無能なあまり周りを振り回し事を大きくして完全に逃げられなくなるであろうことまで想定してサボタージュする計画を黙認したのか……!?

 

 連合艦隊旗艦の頭脳をなめ過ぎていたのだ、俺は……!

 

 ならば、一手でもやり返してやる……そう、俺を監視していたお前らになァッ!

 

「本作戦は大淀やあきつ丸、川内が統括している。気になる事があれば彼女らに聞け。いいな? 間違っても、逆らうな」

 

 ヒャッハー! やってやったぜぇ! と俺の心の隼鷹が大暴れである。

 でも逆らっちゃだめだぞ。演習の的にされちゃうかもしれないからな。

 

「大将閣下。柱島を経由し補給を終えた艦隊が、到着したであります」

「継続戦闘は可能だけど、流石に連戦ってなると艤装が危ないかも……どうする?」

 

 ひぇっ。

 噂をすれば影とはまさにこのこと。山元達に警告していた丁度そのとき、扉が開かれたものだから思わず息が止まってしまった。

 だが寝ぼけて絶叫するという黒歴史を刻んだ俺に既に死角は無い。資格も無いかもしれん。

 

 だが威厳スイッチ、オンである。

 

「ふむ。では迎えに行こうか。継続戦闘は無しだ。漣と朧を工廠へ連れていき回復させることを優先し……そうだ、大佐。工廠を借りるぞ。うちの艦娘の修理もしたい」

 

 しかし怒られてはかなわんので、ご機嫌取りは忘れない。社畜の業を光らせる。

 

 いやぁ! ほんと艦娘の皆様にはご迷惑をおかけしまして……へ、へへっ、自分に出来ることならなんでもしますんで! ね!

 

 まずはお疲れを癒していただくために艤装の修理とお体を休めていただきましょう! ね! へへへ!

 

 ……情けないとか言うな。

 

「っは。我が呉鎮守府は大将閣下のお預かりする一部に変わりありません。ご随意にお使いください!」

 

 山元はあの一件以来、俺の必死さが伝わったのか、艦娘に逆らってはならないと学んだ様子だった。流石体育会系。弱肉強食の掟には忠実である。

 

「結構。迷惑ばかりかけてすまんな……」

 

 俺が素直にそう言うと、山元は大袈裟に言った。

 

「な、何を迷惑など……っ! それは自分達のセリフです。これ以降、大将閣下の厳命通りに任務を遂行致します!」

 

 そうだね。それくらいへりくだらなきゃね。艦娘は可愛いからね。

 決してそういう趣味じゃないもんね俺たち。可愛いには勝てないだけだもんね。

 

「現鹿屋基地所属、清水昭義中佐であります! 今後の作戦に従事し、粉骨砕身する所存であります!」

 

 清水が発した大声に驚き、続く大佐の声に固まる俺。

 

「並びに、現呉鎮守府所属、山元勲大佐であります! 如何様にもご命令ください!」

 

 これが――体育会系――これが、弱肉強食の世界か――。

 

「柱島鎮守府所属、揚陸艦あきつ丸であります。今後のご連絡は御二方に回せばよろしいか?」

 

「「はっ!!」」 

 

「了解であります。では、そのように」

 

 お、脅すなよあきつ丸ぅ……その二人、部下だけど先輩なんだよ俺の……。

 

 せめて川内は優しく挨拶してやってくれ、と懇願の視線を向けると、川内はこちらこそ見ていなかったが空気を読んでか肩の力を抜いた挨拶をした。

 

「柱島鎮守府所属、軽巡洋艦川内型一番艦、川内。夜戦なら任せておいて」

 

 うーん、これこれ! 艦これ! やっぱ艦娘の挨拶は簡潔! かつ、可愛く!

 

「せっ、川内殿、きちんと答礼いただきたい……! あとで大将閣下にご報告する時、一緒に謝らないでありますよ……!?」

 

「うぐっ、そ、それは困るって……! あ、あー。よろしくおねがいしまーす!」

 

 ちょっと待てお前ら。何か問題起こしたのか。なあ。おい。

 

 

* * *

 

 

 南方海域から帰還した総勢十名を超える艦娘達を迎えにぞろぞろと軍服の男たちウィズ俺が移動する。

 

 移動する間のシミュレーションはばっちりだ。

 

 非番だと言っておきながら十数名を超える艦娘を動かして休日出勤させてしまったのだから、やることは一つ。

 

 ずらりと並ぶ艦娘に感動する暇など一瞬もなく、俺はすっと軍帽を脱いだ。

 

「――全員、ご苦労だった。突然の無茶な任務を無事に成功させてくれて、心から喜ばしく思う」

 

 決まった――……。

 

 社畜の高等技術、謝罪。

 ごめんなさい。すみませんでした。申し訳ありません。そんな言葉を一切使っていないのにどこが謝罪であるのかと、そう気になる諸兄もいるだろう。主に俺の後ろにいる山元やら清水やら。

 

 謝罪は言葉だけにあらず。腰を曲げて深く頭を下げる事でこそ示せるシーンもあるのだ。それが今であるのは然り。

 

 休日出勤の上、艦娘の身を危険に晒すような真似をしたのは間違いない。

 だが彼女らの能力の高さを信頼して送り出したのは本当だ。過保護ではあったが、全力で事にあたれるようにと人数も増して南方海域へ送った。彼女らの仲間を救うために。

 

 それを成功させて帰って来た彼女らに対して、第一声がすみませんなどと情けないことがあろうものか。

 

 まずは、労い、称えるのだ。君達はやはり素晴らしい存在だったと。

 

 そして、俺は朝日に目を向けず、ただ地面を見つめるだけ。

 

 この恰好で伝わるだろうと、俺はしばし沈黙した後、ようやく言葉を紡いだ。

 

「本来ならば非番であった者まで引っ張りだしてしまったのは、自分の実力不足が故だ。本当に、申し訳なかった」

 

 嘘を言わないのも重要だ。実力があれば別の方法を取れたやもしれないが、私はあなたたち艦娘を頼る以外に思いつかなかったんです、と。

 まあ艦娘を頼る以外に思いつかなかったというより、艦娘の事以外何も考えてないだけである。

 

「な、ま、待ってください提督! そんな、私、そのような――!」

 

 一番初めに上がった声に顔を上げた。あぁ、この声は。

 

「扶桑にも、無理をさせたな。だが、助かった」

 

 扶桑型戦艦一番艦、扶桑――彼女こそ、この作戦における功労者だ。

 すぐ隣にいた山城にも視線を送る。

 低速を補ってあまりある高火力を持つ二人が居てくれたからこそ、南方海域に出現したらしい深海棲艦を退けることが出来た。

 

 艦隊これくしょんならば土台無理な話のはずだった。あそこは高速編成でなければ羅針盤が逸れるのだ。

 それらを覆し、奇跡を起こした。不幸姉妹? んな馬鹿な。

 

 彼女らは低レベル司令部の提督達の希望の星だぞ。

 具体的にはル級を軽く吹き飛ばせる。俺はブラウザ越しにそれを見た。

 

 鳳翔という勝利に導いてくれた軽空母もさることながら、扶桑を手に入れた時は被弾率に辟易したものだ。しかし、ある時、敵深海棲艦、そう、戦艦ル級に砲撃戦でクリティカルヒットをさせ一撃轟沈させた時は驚愕に硬直してしまったものだ……。

 

 なんだお前のその火力。化け物か、と……。

 

「わ、私っ、そのっ」

 

「ああ、分かっている。呉鎮守府の工廠を使えるようにしておいた。すぐにでも入渠を――」

 

 お疲れでしょう。どうぞお体を癒して―― 

 

「違うんです、私、欠陥戦艦で、あのぉっ……」

 

 だから欠陥戦艦じゃねえって! 扶桑おま、お前なぁ!

 お前が損傷するのは火力の高さと速力のせいであって、構造が悪いからだの不幸だからだのじゃない! 確かに増改築を繰り返されて個性的な艦橋になっているのかもしれんが、それが致命的に欠陥となってお前が過小評価されたわけじゃないのだ!

 竣工時期、それから戦況、様々な要因がお前をそう呼んだだけであり事実とは違う! だから自信を持て!

 

「何を言うか。欠陥などでは無い。お前は素晴らしい戦艦で――」

 

「――聞いてください、提督!」

 

 はい! まもる黙ります!

 

「私……私、不幸だと、言い続けていたんです。私のような戦艦は役に立てないだろう、って」

 

「だから、お前は欠陥などでは――」

 

「違うんです!」

 

「……」

 

 ほんっとすみませんでした今度こそ黙ります。

 

「……提督が、通信でお声をかけてくださったから、戦えたんです」

 

 声、かけたっけ。

 もしかして雑談、聞こえていたのか……?

 

 あ、あぁああなんという事だ……! サボっていたわけじゃないんです……!

 

「提督の元へ、帰りたかったから、戦えたんです……私も、お仕事ができるんだって」

 

 こ、これは……そういう、事、だよな……。

 

「仕事……あぁ、そう、そうだな。仕事が、出来るんだな、扶桑は」

 

「はいっ!」

 

「……今後とも頼むぞ扶桑。それに、お前達も」

 

「「「はい!!」」」

 

 お前より、私達の方がよっぽど仕事出来るわ、と。

 一言一句その通りでぐうの音も出ねえ……。

 

 と、とりあえず、さ! ほら! 皆のお仕事はこれで終わりということで!

 

「これを以て、作戦を完了とする。皆、よく頑張ったな」

 

 入渠、お願いしまーす! 俺は雑用でも何でもしまーす!

 ……はぁ。

 

 

* * *

 

 

 そしてところ変わって、呉鎮守府、艦娘寮前。

 

 ソフィア、という救出された女性について気になったのだが、無能の社畜たる俺がその場にいたところで役に立たないどころか邪魔になりかねないので山元達へと丸投げして、漣と朧を連れて艦娘寮の前に佇んでいた。

 

 佇んでいて、それだけかって?

 

 それだけも何も。そりゃ、ねえ。

 

「こ、こここのたびはぁ! 本当に、ご、ごめんなさぁい! どんな処分でも受けますぅ! うぅぅっ!」

 

 ばっるんばるんさせながら頭を下げる潮。

 何がばっるんばるんなのかは言わない。まもるは紳士なのだ。

 

「わ、私からも謝ります! ほんとに、うちの潮がすみませんでしたっ!」

 

 クソ提督! なんて一言も言ってくれない曙が心から申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 

「ありがとうございます、海原さん、本当にありがとうございます!」

 

 泣きながら土下座でもするのかという勢いで九十度以上曲がってると確信するくらい深く頭を下げる那珂ちゃん。やめてくれファンに殺されてしまう。

 

「頭を上げてくれ。礼を言われる事などしていない」

 

 俺がそう言っても、三名の艦娘は頑なに頭を上げてくれない。

 顔を見せてよぉ……キュートフェイスをよぉ……。

 

「本件は臨時として提督を務めていた清水、ひいてはその上司である私に責任がある。君達に謝ることはあっても謝られることは無い。だからどうか頭を上げて、涙を拭いてはくれないか」

 

 俺の言う通りなのである。清水が無茶な遠征をたったの二隻に課し、通信まで切れなど、轟沈しろと言うようなものだ。

 扶桑率いる柱島の艦隊に頼み込んで事なきを得たが、もう少し遅ければと恐怖を覚えてしまう。

 

 しかし愚かな社畜の俺。喉元過ぎればなんとやら。

 

「これ以降、決してこのような事が無いように厳命しておいた。井之上元帥も承認済みだ。今後、何かあれば心置きなく、堂々と私や……あぁ、いや、そうだな……柱島の大淀という艦娘に伝えるといい。そちらの方が、気が楽だろう」

 

 潮なんて俺の頬をぶっ叩くくらいだったからな。同じ艦娘の方が話がスムーズに進むのは間違いない。

 

「……はい、ありがとう、ございますっ」

 

 うるんだ瞳で見上げてくる潮。泣き過ぎだ。

 しっかしまあ、驚くほどの美少女である。潮のみならず、曙も那珂ちゃんも、連れてきた、もとい連れ帰ってきた漣も朧も、テレビでアイドルでーす! と出演してても違和感が無いくらいの美少女である。すげえな艦娘。やっぱ正義だわ。

 

「何度言っても言い足りないくらいです! 本当にありがとうございます! 海原提督!」

 

 朧の声に、

 

「ほんっとうですよー! いやぁ、かっこよかったよね、柱島の艦娘……キタコレ! って感じ!」

 

 漣の声。

 

 ここに来るまでに何度もお礼を言われ過ぎてむず痒くなってきた俺は、薄ら笑いで適当に「もう礼はいい」と言ってから、これで仕事はオッケー! と井之上さん達がやっている綺麗な敬礼を真似する。

 

「では、私はこれで」

 

「「「っ!」」」

 

 ざざっ、と音を立てて敬礼した艦娘達。俺よりも姿勢が綺麗だった。切ない。

 ま、まぁ? 俺は? 座り仕事ばっかりで腰弱くなってるかもしれないし?

 

 ……誰に言い訳をしているんだ。さっさと帰――

 

「っと……ど、どうした」

 

『まもる!』

 

 急に目の前に飛んできた妖精。慌てたような様子に問題でも起きたのかと身構えた。すぐ後ろの潮達からも身構えるような空気を感じる。

 

『おなか減った! こんぺいとうちょうだい!』

 

「……」

 

『ねーねー! おーなーかーへーったー! いっぱい頑張ったよー! らしんばんもー、こうろもー、だから、ね? おーやーつー!』

 

 こいっつら……!

 

「……お前達も、ご苦労だったな」

 

 でも渡しちゃう。可愛いんだもの。まもる。

 

『わーい! ありがとー! えへへぇ、あっ、そうだ! 新しいてーとくにも分けてあげよーっと!』

 

 し、清水か? 山元か? 渡してもいいけど仕事の邪魔はしてやるなよマジで。頼むぞ。フリじゃねえからなマジ。

 

 ポケットから取り出した金平糖(常備しておくことにしたのは妖精には内緒である)を一粒手渡すと、一匹のみならず、わらわらと集まって俺の手に群がる。

 なんだか怖い。

 

『あめだぁ! さっすがまもるぅ!』

『まもるはわたしたちがまもる』

『なーんちゃって!』

 

 俺と同レベルのダジャレを言うな。やめろ。後ろに潮達がいるんだぞ。潮だけに。

 ……ふふ。これくらいのダジャレレベルになってから俺に戦いを挑むんだな――

 

「よ、妖精が、こんなに、人に寄り添うなんて……」

 

 曙の声に、うん? と振り返った俺。

 

「どうかしたか?」

 

「っ! な、なんでも、無い、です……」

 

 そ、そんな顔伏せなくてもいいじゃん……傷つくって……。

 いいもんいいもん! 俺には柱島にいーっぱい甘やかしてくれる艦娘がいるもん!

 

 幻覚ではない。大淀が一番甘やかしてくれる。次点で鳳翔。

 休んでいいよって言ってくれるもん。形だけ。

 

 だめだ考えるな涙が出るぞまもる。

 

「……そうか。っと、失礼、情けないところを見せたな。では、これで」

 

 二度目の挨拶をして、俺はようやく艦娘寮を発ったのだが――そういえば一番初めに飛んで行った妖精はどこに向かったのかと気になった。

 まさか本当に清水や山元の邪魔はしていないだろうかと道すがらに考えながら歩幅がどんどん広くなっていく。

 

 呉鎮守府は当然、柱島鎮守府と構造が違うため執務室の場所こそ分かるが、そこ以外の場所はどこに何があるのか不明である。

 かろうじてカンカンと作業音の聞こえる方向から工廠の場所は把握できたものの、工廠は現在、作戦終了した艦娘達であふれかえっているだろう。

 

 じゃあ、邪魔出来ないね。

 

 ならば執務室へ行ってせめてお茶汲みでもするべきか、と考える。

 

 そうだね、そっちの方が邪魔だね。

 

 ――どうしよう完全に手持無沙汰だよ。

 未だに俺の手のひらに群がる――どころか、その上でボロボロと欠片をこぼしながら金平糖を貪り食う妖精達に口を開く。

 

「お前達。今から仕事をするならば俺はどうすれば……って、おい、待て、やめろ! もうちょっと丁寧に食え! こぼし過ぎだ!」

 

『えー。ここが一番おちつく……』

 

「お、落ち着く……そうか……? まぁ、あまりこぼさないように食べてくれたら……」

 

『まもるちょろーい』

 

「……だぁ、もう! 散れ散れ! 仕事させろ!」

 

『わー!』

『きゃっきゃ!』

『まもるがおこったー! きゃぁー!』

 

 はぁ……はぁ……くそっ! 妖精に翻弄されるのはブラウザの中だけでいいんだよ!

 

 黄色い声を上げながら飛んで逃げる妖精を一匹でも捕まえてデコピンをかましてやろうと追いかける俺。遊んでるわけじゃないから。これも俺の仕事、いや使命だから! 絶対に許さん!

 

『こっちこっちー! まもるー! こーっちー!』

 

「逃がすか!」

 

『残念こっちでしたー!』

 

「なっ、そっちにも……ぐぁぁぁ……逃げ足の速い……!」

 

 ……遊んでません。本当なんです信じてください。

 幸いにも呉鎮守府は各々の仕事に専念しているのか廊下などに人影は無かったものの、早足で妖精を追いかけまわすように一直線に進む俺はどこの誰が見ても間抜けオブ間抜けだろう。

 

 ある扉の前でぴたっと止まった妖精達。

 

 ふっふっふ……馬鹿めと言ってさしあげますわ……!

 一塊で追い詰められるなど、所詮は妖精よのぉ! ここで成敗してくれるわぁ!

 

『まもる』

 

「なんだ。今更謝ろうってか? 俺を小馬鹿にしたんだ、デコピンの一発くらい――」

 

『ねえ、まもる』

 

 うん? とわきわきさせていた両手を止める。

 ぱたりと手を下ろせば、妖精達のうち一匹が前に出た。よく見れば、それはむつまるだった。

 

「なんだ。むつまるだったのか。どうした、謝るなら今のうちだぞ」

 

『まもる。今なら、引き返してもいいよ』

 

「あぁん? 駆け引きしようってか? ここで引き返したらデコピンは避けられるかもしれんが、俺たちは柱島に戻るんだぞ? 戻った時が最後、伊良湖達にお願いして金平糖の製造を打ち止めにすることも可能だ……!」

 

『きいて、まもる』

 

「よかろう。言い訳を述べてみよ!」

 

 

 

 

 

 

 

『艦娘が、死にかけたんだよ』

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

 

 妖精の言葉に、俺の思考は停止する。

 

『でも、まもるなら、できるかもしれない。艦娘を助けられるかもしれない』

 

 舌足らずだった言葉遣いがどんどんと明瞭になっていくのに恐怖は感じなかった。気持ち悪さも無かった。

 

『あの人は、ダメだった。皆を助けてあげようって言ってたけれど、あと一歩のところで、ダメだったわ。でもあなたなら未来を変えられるかもしれない――あの人が変えた未来を生きるあなたなら。私達の幻を操り、戦ったあなたなら、救えるかもしれない』

 

「急に、なんだよ……何の話を……――」

 

『振り回して、ごめんなさい。でも、救って欲しいから。出来る事なら、まもる――あなたに艦娘を救ってほしいから』

 

 ズキン、と突然の頭痛。ぐっ、と声が漏れたが、頭痛なんざ社畜時代、仕事中にいくらでもあった。妙な対抗心を燃やして頭痛を振り払うようにかぶりを振って、むつまるを見る。

 

「ぁ、え……?」

 

 むつまるじゃない……いや、むつまるのはずだ。しかしどうして大きいんだ?

 

 俺の眼前に居たのは艦娘だった。かつて、ネタにして笑った事があるくらいに馴染み深い、柱島にもいる艦娘だ。

 

「陸奥……?」

 

『提督、頼む』

『貴様が頼りだ。だから、選んだんだ』

 

 周囲に声。俺は驚いて顔を左右に振って声の主を見る。

 

「長門に、木曾……お前達、何で――!」

 

 思考が回転してくれない。何も考えられない。

 陸奥どころか、長門も木曾も柱島にいたはずでは? ならばこの目の前の艦娘達は、どこから来たというのだ?

 

 それに答える者はいない。

 

『提督……お前と戦えたことを誇りに思うよ。だから、この世界に呼んだんだ』

 

 木曾に途切れず続く長門の声。

 俺は声を発することも出来なくなった。

 

『お前はぐちぐち、ぐちぐちと仕事の愚痴ばかりだったが、私達と向き合い、希望を感じてくれていただろう。そんなお前に、私達は希望を感じていたんだ』

 

『勝てば勝つほどに、運が良かったと一人呟くあなたが、面白くてね』

 

 陸奥がくすくすと笑った時に、思い出される艦これの記憶。

 ああ、確か陸奥が快進撃をしたことがあった。それまでは中破大破が続いて撤退の毎日で、仕事でプレイ時間が限られていた俺は毎日のように攻略に挑んでは敗退し、ゲームだというのに艦娘に申し訳なくて。

 

 しかしある時、編成を変えて陸奥を加えて出撃したとき、乱数というべきか、快進撃が起こったのだ。

 あれはもう、運が良かった以外に表現できない。だからそう言ったんだという顔をしてみせる。

 

『ふふっ、その顔も久しぶりに見たわ。でも、余計なことを思い出させてしまったわね……提督。元の世界に、帰りたい?』

 

 縫われたように開かない口だったが、ぶは、と息を吐き出して、俺は……

 

「か、帰りたいって、お前、俺は死んだんだぞ!?」

 

『……私達の力でなら、生き返る事が出来ると言ったら――?』

 

「馬っ鹿お前! 断る! 断ぁる! 断固! 拒否だ! 艦娘に会えなくなる人生なんてこっちから願い下げだね! 母ちゃんと親父にはあの世で土下座でもかましてやらぁ!」

 

 ……なんて言うのだった。

 

 すると、陸奥達はぽろりと涙をこぼした。

 

『ただの夢よ? 幻で、ゲームかも。ただの艦隊これくしょんかも。なのに提督は、まもるさんは私達と一緒にいたいの?』

 

「当たり前だろうが! 俺の人生は、艦娘のもんだッ!」

 

『……そう』

 

 

 

 

 

『ありがとう。提督。私達をよろしくね』

 

 

 

 

 

 

「なっ、待て、陸奥――長門、木曾――ッ!」

 

 

 

 

* * *

 

 

「――閣下――閣下――?」

 

 ぼんやりと視界が開ける。声の主は、松岡だった。

 

「ん、ぉ……?」

 

「どうなされたのです、このような場所で。まさか、新見の様子を?」

 

「新見?」

 

 キョロキョロと辺りを見ると、どうやら俺の眠気は限界突破して立ったまま寝ていたようだ。すごくね? いやごめんて。マジ限界だったんだって。多分。

 

 しかし何か忘れているような……?

 

「はい。閣下の艦隊が捕獲した、新見という憲兵です。私の部下でもあるのですが、ラバウルやブインを行き来して任務に従事していたかと思えば、このような大事を隠していたとは……見落としていた自分の落ち度です……」

 

 拳を握りしめる松岡。その両手は真っ赤で――うわお前それどうした!?

 

「松岡、お前、怪我を――!?」

 

「あぁ、いえ、これは新見の血です。ご安心を」

 

 ご安心できませんけど!? 何で新見さんとやらの血が拳についてるんだよ!

 ただでさえ仕事出来ない無能なんだから下がってろみたいな空気が充満してんだよこの鎮守府は! それにこの肩書なんだから責任を取らされかねんだろうが!

 

 艦娘については喜んで責任を取るが男は知らん!

 

 と俺は松岡を押しのけながら目の前の扉を開こうとする。

 

「退け! もう私がやる! お前は下がっていろ松岡!」

 

「か、閣下!? お待ちください! まだ尋問中です!」

 

「尋問!? お、おまっ……」

 

 もうだめだアァアアアアアアッ! ア艦これェェエエエッ!

 

 乱暴にドアを開け放つと、そこには地下へ続く階段が。

 無我夢中で駆け下り、責任を取らされてなるものかと続く道の先へ飛び込んだ。

 

 重厚そうな鉄の扉を渾身の力で蹴り――イッタッ! 硬っ!――開けた先に見えた光景は、血まみれの顔面でぐったりとした、数名の男の姿。

 グロ耐性の低い俺、静かに言う。なお威厳スイッチは万一のために入れっぱなしです。ご安心ください。

 

 

 

 

「なんだ、これは……掃除しろ……今すぐに掃除しろ……!」

 

 

 

「あ、あぁっ、ひいぃぃッ」

「ゆゆゆ許してくれッ! 違うんだ! 俺は何もしていない! 違うんだ! 聞いてくれ! もう、やめ、やめてくれぇッ! 全部話す! 話すから!」

「ッ……ぐ、ぐぅっ……」

 

 なんだコレ……。と固まる俺に、追い付いてきた松岡が肩で息をしながら言った。

 

「っは、無論です。ですが、掃除の前に情報は聞きださねばなりません。閣下のお気持ちもご推察致しますが、なにとぞ、ご辛抱ください」

 

「辛抱だと? ふざけた事を抜かすな。こんな汚れを掃除せずしてどうする。一分一秒たりとも残してはおけん。ここは鎮守府――私の管轄だぞ」

 

「っ……おっしゃる通りですが、なにとぞ、なにとぞご辛抱を……」

 

 辛抱したらこれ解決する!? 大丈夫!? ちゃんと怪我とか治してよ!?

 こんな訳の分からんことで絶対に責任取りたくないからな!?

 

「……迅速に片付けろ。ほかに問題は」

 

 と問えば、松岡は部屋の隅に固まって憲兵に囲まれて震える男たちを目を細めて見ながら笑った。

 

 何で笑った……?

 

「閣下ご自身がそのような様相で来られたら問題も何も、もう解決してしまいました。すぐに情報をまとめ、あきつ丸殿に共有を」

 

 また難しい話……しかもお前、あきつ丸って、艦娘の名前出して俺にも責任取らせる気満々じゃねえか……。

 

「……わかった。では、私は戻る」

 

 でも逆らえねえ……怖いんだもの顔が……。

 俺は松岡へ「迅速に」と言った通り、お手本を示すように迅速に部屋を後にした。

 

 

 

 これは逃げてもいいだろ。いや逃げるべきだろ!? なぁ!?

 

 助けて艦娘ゥウウウウウウッ!


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