柱島泊地備忘録   作:まちた

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五十九話 休息【提督side】

「……はぁ」

 

 こんにちは。まもるです。

 

「その、お前達も、休んでいいんだぞ……? 作戦も終わったし、残りの者達の入渠が終われば柱島に帰るだけなんだ。それに明石、私は別にどこか悪いわけじゃ――」

 

「いーえ、ダメです! 艦娘を診る事が本業ですが、医療の知識だってあります! 提督が一番に! 休まれるべきです!」

 

「おっ……おぉ……そ、そうか……しかし私は本当に大丈夫だから……」

 

 明石に怒鳴られながら改めまして……こんにちは、まもるです……。

 いよいよ艦娘達から鎮守府の掃除すらまともに出来ない無能であると烙印を押されたまもるです。海軍所属の、大将()です。

 知ってるか? 大将は、掃除すら出来ない奴でもなれるんだぜ。

 

 休もう、とは言ったよ。間違いなくな、自分で言ったさ。

 

 不眠不休で艦娘達の任務を見守って、清水や山元が俺の代わりに元帥に謝ったりして、もう何がどうしてこうなったのか分からない! と大混乱に陥りながらも出来る限りの事はしてやろうじゃないかと必死に頑張ったさ。

 

 これだけ頑張った俺の努力とやらは、少し前に完全に打ち砕かれることになったが。

 

 明石が涙を流して掃除をするなと言うだけなら、ぐっと堪えられたかもしれない。

 しかし俺の作戦に従って帰って来た艦娘の全員が泣きそうになりながら、いいや一部泣きながら、やめてくれと言ってきたらどうだろうか?

 

 そりゃあ、もう、大人しくする以外の選択肢は無い。

 

 人生で一番ショックを受けたかもしれない。上司に殴られるよりつらい。

 

 しかしだ……――

 

「お前達は持ち場に戻るなり、もっと過ごしやすい場所で休んでいいんだ。大佐には私から話を通しておくから、今は仕事を気にせずに休んでく――」

 

「ダメっ! 提督、しつこいよ! 島風達が離れたら、また仕事をして休まないつもりでしょ!?」

 

「何を言うか! や、休むとも!?」

 

 可愛い島風にも怒鳴られた……なんでや……。

 

 執務室では山元達が仕事をしている。では休む場所はどこになるか、と言えば、必然的にそこ以外となるわけで。

 中庭でぼけーっと過ごすわけにもいかず、ならば食堂で飯でも食おうか、などという元気も湧かず。

 

 自分の職場ではあるが持ち場ではない呉鎮守府の食堂にずかずか上がり込んで飯を要求するほど肝が据わってはいないのだ。

 社畜時代から社食は行ったことないしな……自分の鎮守府で食べるわそれなら……。

 

 というわけで、俺は現在、艦娘達に支えられて鎮守府にある医務室にやって来たのだった。

 

 松岡率いる憲兵たちは何があったのか両手に怪我をしている者が多く、その治療も兼ねてということでやって来たのはいいのだが、それにしても、これはよろしくない。

 

「提督、何か必要なものはありますか? 食事か……食欲が無いのであれば、何か飲み物でも――?」

 

「い、いや、問題無い。食事は、いい」

 

「やはり食欲が……!? す、すぐに横になってください! そんなベッドに座っていなくてもいいですから!」

 

「今は眠くなどないから、大丈夫なんだが……」

 

「眠気を誤魔化してきたから感覚が鈍くなっているだけですよそれッ! いいから、横になってください!」

 

 俺の目の前にいる明石が正面から肩を押さえて寝かせようとするのだが、俺は抵抗して手を振り払う。

 抵抗するよそりゃさぁ! いくらなんでも無能だからって寝てろは酷いだろ!

 

 可愛いからってなんでも許されると思うなよ! 俺にだって矜持がある!

 

「横になるわけにはいかん。曲がりなりにも提督で、飾りと言えど大将なのだ。お前達に見合う男ではないかもしれんが、だからと言ってはいそうですかと休むわけには――!」

 

「っ……なんで、提督はそうやって……!」

 

 はぁん!? まぁたそうやって涙を目にためて……許されると思うな! いつも明瞭快活な明石が両目に涙をため込もうが俺は言うぞ! オラッ! 言うぞッ!

 

「あ、明石、泣かないでくれ、すまない。私が不甲斐ないばかりに、本当にすまない。頼む、涙を拭いてくれ……!」

 

 うーんだめだやっぱ艦娘には勝てねえわ。

 好きなんだもん。しょうがないよね。

 世にいる提督は艦娘に勝てない。それは世の理であり真理なのだ。俺が弱いわけじゃない。

 

 はい。俺が弱いだけです。(前言撤回)

 

 しかしこれではいかんと危機感を覚えるのも事実である。

 俺がすまないと謝れば情けなさからか明石どころか一航戦と五航戦の四人も表情を暗くするし、俺の尻拭いのせいで松岡にまで迷惑が掛かっている。

 

 松岡には当たり散らしてばかりだったが、陸軍と海軍、職場の違う部署、という感覚で接していたからこそどちらの責任であるか云々といった感情で押し流すことが出来た。

 では、冷静になった今はどうだ。

 

「……松岡も、すまない」

 

「閣下、おやめください……! ……部下に慈悲をかけようとした、自分の落ち度です」

 

 部下に慈悲をかけようとした――というのは、松岡の部下であるといった新見という奴を指しているのだろう。

 部下の失敗は上司の責任。その上司の上司である俺がどうにかしろと保身ばかりを考えていたが故に、諸々の処理を置いて掃除なんていうしょうもない事に時間をかけていたら、結局、俺に理不尽に八つ当たりされた。

 

 それが果たして本当に松岡の落ち度か? 違うね。完全に俺のせいだね。

 

「当然の話だ。自らの部下の事なのだから、慈悲などという言葉すら必要のないこと……守ろうとしたのだろう」

 

 上司が部下に責任転嫁せず、ただ守ろうと動いた。これが俺の上司だったらどれだけ社畜時代が報われたことか……。松岡、お前は素晴らしい上司だよ……。

 まぁ、それがただの掃除であるというのが大問題なのだが。

 

「……」

 

 松岡の沈黙に、俺は言葉を紡ぐ。

 

「全く、馬鹿馬鹿しい話だ……本当ならば松岡にさせるべき仕事でも無いと重々承知していたのに、お前に押し付けて私は……何をしているのだろうな……」

 

「閣下……」

 

 今この世界中のどこを探したとて、大の大人が雁首揃えて掃除一つでしょんぼりしている場所はここしか存在しないだろう。ここまで来たら笑い話である。

 

「くそっ……」

 

 俺の呟く声に松岡や憲兵たちの視線。

 艦娘達も俺の顔を心配そうに見つめてきたが、すまない、と片手を振って軍帽をぱさりと脱ぎ、ベッドの脇へ置いた。

 

「お前達は真面目だな。真面目過ぎる。……しかし、一人で仕事をしていた時より、心が楽だと、思ってしまった。このような場面で言うなど、ふざけているかもしれんが」

 

「そんな事はありませんが……閣下、何故それを、今……」

 

 何故と問われたら、先に言った通りとしか言い様がない。

 上司の仕事も、その上司の上司の仕事も押し付けられて終電を逃して徒歩で帰宅するような毎日を送っていた俺が、今は一人じゃないのだから、心が楽なのだ。

 

 職種の違いからあまりに無能である今の俺は、立場こそあろうが艦娘の頑張りや松岡たちの機転、井之上さんという有能上司が居なければ何もできない。

 追い出されたっておかしくないのに、彼や、彼女らは俺を上司として扱い、無茶をするなと気遣ってくれる。

 

 

 あぁあああああほんっとうにすみませんでしたぁあああああッ!

 

 社畜まもる、改め、大将()まもる、心を入れ替え誠心誠意お仕事頑張りますので! 文句言わないので! 書類だろうが会議だろうが笑顔でこなしてみせますんで! お願いだからしょんぼりしないでくれよぉおおおおッ!

 

「……独りよがりは、もうやめることにしよう。私にできる事が限られていることなど、最初から百も承知だったのだ。情けないかもしれん。上席として私が言うべきことでも、無いのかもしれん……だが……」

 

 いっぱい頼らせてくださぁああああいッ! 反省します! いっぱいします!

 

 でも後悔はしません。自分に正直なので。

 艦娘とお仕事出来るだけでちゃんと満足しますんで。ね?

 

 クズって呼んでくれよな!

 

 はぁー! ……もう泣こう。

 

「……お前達を、頼らせて、くれないか」

 

 目頭を指で押さえていた俺だったが、あまりの情けなさに本当に涙が出てしまった。滂沱の涙では無かったが、確かに一筋、ぽつりと軍服のズボンへと染みを作った。

 

 掃除すら出来ないやつですけどぉ……書類処理は得意なんでぇ……!

 許してくださぁいぃー! と心の阿武隈が大号泣。

 

「提督……!」

 

 明石が工廠で抱きしめた時のように、正面から優しく包み込む。

 

 これが今のような場面でなければどれだけロマンチックで、どれだけ心が躍ったことか……くそ……くそぉぉ……。

 

 やぁらかぁい……!

 

「なら、私も、言わせてください……提督……。あなたのような人に拾ってもらえて、本当に、よかった――……!」

 

 明石が何か言っていたが、普通の人では考えられない奇抜なピンク色のふわふわな髪の毛から漂う、得も言われぬ香りにより聞こえなかった。

 前世から女性と殆ど関わってこなかった俺なのだ。許せよ、世の提督達。

 

 だが、両手をだらりと下ろしたまま抱きしめられているのもまた情けない。

 

 理性という理性を総動員した俺は、威厳スイッチオンのまま片手を持ち上げて、ぽん、と明石の頭をひと撫でした。

 

「優しい娘達だ、お前達は」

 

 本音がちょっぴりこんにちはしてしまったが、誰からも咎められなかったから聞こえていなかったのだろう。良かったです。

 多分、聞こえていたら「提督? やっぱり修理しときますね?」とレンチとかでぶん殴られておやすみなさいと言われていたかもしれない。……それは無いか。

 

 ともあれ、俺の無能はこうして医務室にいた全員に知れ渡り、同時に協力を仰ぐことが出来たので良しとしておこうじゃないか! な!

 

 ……な!?

 

 

* * *

 

 

 医務室で休む休まない論争が無能の俺を皆で支えようという明後日の方向を突き進んだ結果に着地して一段落した頃、コツコツ、と控えめなノックの音が部屋に響いた。

 

 こういう時くらい率先して俺が返事をしようと声を上げると、来訪はどうやら山元達のようだった。

 

「山元大佐であります」

「同じく清水中佐であります」

 

「お前達か。入れ」

 

「「失礼致します」」

 

 声を揃えて入室してきた二人に、どうかしたかと声をかけようとした俺だったが、その後ろに金髪が揺れていることに気づいて視線を移す。

 どうやら、山元達は第一艦隊が発見して救出したという女性を連れてきた様子だった。一応、形式上でも身の安全を確認させておこうという事だろうか? と身体を傾け、正面に座ったままの明石越しに姿を見ようとすると、その女性を視認した瞬間、ぴゅん、と一筋の光が。それは俺に向かって一直線に飛び――ムゴォッ!?

 

「んぐっ……!?」

 

『サボるなまもるー!』

 

「んぐぐ……む、むつまる……お前、今までどこに……!」

 

 確か艦娘寮では一緒に居た筈だったが、どこでどうやって別れたのだったか。

 姿を消していたむつまるは俺に飛んできたかと思えば、口に金平糖をダイレクトイン。

 勢いあまって突っ込まれた金平糖を呑み込んだが、咳き込んでしまってはまた周りに心配をかけてしまう、となんとか耐えて口にひっついたむつまるをひっぺがす。

 

『あの、入ってもいいかしら……?』

 

 金髪の女性――名は、ソフィアと言ったか?

 

『し、失礼。どうぞ、お入りください』

 

 なんだ。日本語喋れるのかよ。

 と、思った矢先、俺にひっぺがされて指先でつままれた状態でぷらーんとしていたむつまるがぎゃいぎゃいと喚いた。

 

『むつまるのおかげなんだから! おれい言って! ほめて!』

 

 何がお前のおかげなんだよ。いきなり金平糖突っ込んできやがって。

 俺の事を暗殺でもする気だったのか? 可愛い手法で殺そうとするな。

 

「提督、英語まで出来たの……!? っていうか、すごい、流暢ですね……」

 

 明石の声に、うん? とむつまるから視線を移す。

 周りを見れば、皆が目を見開いた同じ顔で見ていて、俺はまた、むつまるを見る。

 

 あっ、これ、え?

 

『ほ! め! て! おしゃべりできないとこまるでしょ!?』

 

 むつまる、お前……!

 

 妖精にまで世話をしてもらうなんてもう俺、立つ瀬がねえよぉ……。

 い、いかん泣くなまもる。心を入れ替えると誓ったばかりではないか!

 

 しかし未来から来たどこぞのロボットのようにそんな便利なものがあるのであれば、作戦中に教えてほしかったものである。こっちゃあ必死におーけーおーけーで押し通したんだぞ。おかげで清水にまで迷惑かけたんだからな!

 

 二度目は無いぞ! ……い、いや、三度くらいまでなら……うーん、しかし妖精と艦娘は俺の愛する存在で、まあ、四度、いや、五回くらいまでなら……。

 

 って違う!

 

『妖精にキスされるくらいに愛されている提督がどんな人かと思ったら、案外、細いのね?』

 

 すげぇ、映画の吹き替えみたいだ……口と声が合ってねぇ……。

 違和感に戸惑いながら、むつまるを明石に手渡し、ベッドに置いていた軍帽を被って立ち上がる俺。

 

 これは、うーん、言い回しとか気を付けるべきか……?

 

 日本的な言い回しが自動翻訳金平糖(むつまる製非売品)に対応してるかも不明なのだから、安牌を選ぶべきだろう。

 

『上司である井之上元帥からは、きちんと食事をとれと言われてばかりですよ。しかし妖精や艦娘に愛される体形を維持しなければならないと努力しているのです。世にいる女性たちには、負けてしまうかもしれませんが』

 

 くぅぅ……なんだこの恥ずかしい言い回し……!

 しかし金平糖の効果であろうか、するすると出てきてしまう……。

 

 視界の隅に映るむつまるは面白がっているようにころころと笑い声をあげながら明石の手のひらの上で転げまわっているし、お前、くそ、面白がるんじゃねえ!

 

 ボロついた白衣の金髪、という現実味の薄い恰好でやってきたソフィアは、海外女優かな? というくらいに美しい女性だった。ただし艦娘には負ける。まもる調べである。

 

『まぁ……! お堅い話でもされるのかと思ったら、ジョークなんて言ってくださるのね……』

 

 ちらり、とソフィアが山元達を見た。

 二人は視線を受けて気まずそうに大きな体を縮こまらせて俺に頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません閣下……事態が事態なもので、形式ばってしまって……」

 

 清水、謝らないでいいんだ……大体は俺が悪い……。

 

「気にするな。お前はお前の仕事をしたのだ。よくやった」

 

「閣下……」

 

 スムーズに日本語も喋れる……妖精ってすごい……。

 それはさておき。

 

 救出されたソフィアを見れば、顔色は悪くないものの少し疲れているように見えた。

 俺は明石にそこを空けるようにとジェスチャーをしてみせ、半身をひるがえした。

 

『こちらへどうぞ。初対面でベッドへお誘いするのは、大胆過ぎたでしょうか?』

 

『あっ……い、いえ、いいえ、そんな事はないわ! あ、ありがとう……』

 

 軍帽のつばに指をかけて目深に被りながら視線を落として言う俺に、ソフィアは疲れからかぎくしゃくとした動きでベッドへ移動し、腰を下ろした。

 俺は明石のあけてくれた椅子へ腰を下ろし、そこでまた軍帽を取って頭を下げる。

 

『――この度は、日本海軍の捜索の甘さから発見が遅れてしまい、申し訳ありませんでした』

 

 南方海域は深海棲艦に奪われた海域――のはずが、何故か人がいた。

 それは間違いなく、俺の言葉の通りであることは疑いようもない。

 

 俺が言えた立場では無いが、肩書もあるのだから、これくらいは言っても大丈夫だろうと言葉を紡げば、ソフィアは本当に映画みたいに大袈裟な驚き方をした。

 口を開けて息を吸い込み、両手で口元を押さえて『いや、そんな……!』と。

 

『……私が助かったのも、神のお導きよ』

 

『であるならば、私もその神へ感謝と、謝罪を』

 

『あ、あなた、本当に日本の人……? 日系じゃないわよね?』

 

『は、はい……? 私は日本人ですが……海原鎮、と……聞いておりませんでしたか?』

 

『いえ……こんなに、話せるなんて思わなくて……』

 

 ソフィアが何に驚いているのか分からないが、清水が言うように形式的な事ばかりで落ち着けなかったのだろうと察して、俺は清水へ声をかけた。

 

「清水。何か飲み物を頼めるか」

 

「っは!」

 

 そうだ、とソフィアへ視線だけを向けて問う。

 

『何か、お好みのお菓子などは?』

 

『えっ、あ、あぁっ……えーと……あなたの、くれた、キャンディー、とか……?』

 

『私が……?』

 

 俺が戸惑いを見せかけた時、キャンディーと言えば持ってるな、と思い出して、軍服の上着のポケットへ手を突っ込む。

 取り出されるのは、伊良湖が包んでくれた金平糖。

 

 ひっついてしまわないようにと紙に包んでくれる伊良湖の気遣いよ……まあ色々とあって少しくしゃついているが、ごめんねソフィアさん。

 

『キャンディーとは、こちらのことでしょうか?』

 

『そ、そう! それ! そ、それでいいわ!』

 

『ふむ……では、こちらを。お好みの飲み物などは?』

 

『こ、コーヒーを……』

 

『承知しました』

 

 再び清水へ視線を向けると、既に清水は動き出しており、医務室の隅にあった流し台を漁り用意を始めていた。

 やっぱお前も元々は有能なんだなぁ……清水……。

 

『あの、海原提督――ミスター・山元にも言ったのだけれど、アメリカ海軍と連絡を繋ぐことは可能かしら?』

 

『アメリカ海軍に、ですか』

 

『えぇ。私の安否を知らせるには手順を踏まなければいけないというのは嫌という程分かったわ。でも私が生きていることを誰も知らないなんて……って思ったの。両親に知らせるのが後になるのも、私が深海棲艦研究者だからなのも、理解してるつもり。ならそれと戦ってる海軍になら、どうかしら』

 

『深海棲艦、研究者なのですか……!』

 

 えぇ、そんな人いんのかよ!?

 と俺が驚愕していると、俺の近くにまで寄ってきていた山元が思い切り溜息を吐き出しながら首を振った。

 

「閣下……そのような演技、おやめください……分かってますから……」

 

 演技じゃねえけど!? いやなんだお前突然、失礼な奴だな!?

 

『……んんっ。部下が失礼を。それで、何故深海棲艦の研究者がソロモン諸島などに取り残されてしまったのですか?』

 

『それをまた話さなきゃいけないの!?』

 

『お゛ぅ……!? いえ、その……すみません……』

 

 欧米風島風みたいな驚き方をしてしまった。欧米風てなんだ。

 

 だがどうやら相当酷い目にあったのは事実らしく、宥めつつ大まかに聞けば、深海棲艦の研究をするためにアメリカからニュージーランドへと移動する際に、深海棲艦に襲われてしまい、そのまま乗っていた船は沈没してしまったそうな。

 

 恐ろしい事故に遭遇したものの、運よく生き延びて無人島に流された彼女は、島に時折やってくる深海棲艦に殺されないように振る舞い、知識を振り絞って生き抜いたのだとか。

 

 映画かな?

 

『……事情は、分かりました。アメリカへ戻るのであれば、その手続きを急ぐように自分からも一声かけておきましょう。海軍にいるお知り合いにも連絡が取れるように手続きを――』

 

『アイオワと話せるのね!?』

 

『……今、なんと?』

 

『アイオワよ! アイオワ! 艦娘の子でね、私と昔から知り合いで、向こうの研究所に居た頃からずっと仲良くしてくれてたの! あの子と話せるのなら、両親と連絡が出来ないのも少しの間我慢するわ!』

 

 あい、おわ……?

 

 俺の心臓が早鐘を打つ。理由は、明確に一つだけだった。

 

 彼女が連絡を取りたがっているのならば、すぐにでも話をさせてあげるべきだ、と。

 

『我々の全力を挙げて、あなたのご友人へとお繋ぎします』

 

 震えそうになる声をおさえつけて言うと、俺は山元へ視線も投げず、顔も向けず、ソフィアさんを見つめたままに続けた。

 

「山元。井之上元帥へ繋げ。アメリカ海軍の所有する艦娘、戦艦アイオワに用がある、とな」

 

「は、はいっ、今すぐに! しかし閣下……アメリカ海軍との共同戦線を締結させたのは少将でありまして……閣下が動かれるのは得策とは……」

 

「なに……?」

 

 動かさなかった顔を、ぎぎ、と向ける俺。

 

「ひぇ……! で、すから……基本的には少将を通してか、元帥直々での連絡でアメリカ海軍に繋がねば、問題が起こりかねないかと……」

 

 え? あ、そうか、そうね。当然ね。

 大丈夫、まもるはちゃんと意識はっきりしてるから。別に問題ないから。

 

「だから井之上元帥へ繋げと言っているのだ。難しい話か? 無人島から生還した友人が、艦娘に会いたいと言っているのだ――どこにおかしい話がある」

 

「……――っ!? そういう事でしたか……! まったく、閣下もお人が悪い! 脅さないでいただきたい!」

 

 突如、山元が表情を崩してがはは、と笑った。

 なんだよ。いきなり笑うなよ。怖いよ。

 

「では、井之上元帥に取り次いだ後に閣下に……いえ、ソフィアさんに繋げばよろしいでしょうか?」

 

「当然のことを聞くな。早く繋いでやれ。友人が心配しているかもしれんだろう」

 

「っくく、了解しました」

 

 よ、よし、これでいい。これで――

 

「先に一度だけ、閣下にお渡ししても?」

 

 ――ダメだバレてたわ。アイオワと話してみたかったの思いっきり見透かされてたわ。ごめんなさい。心入れ替えたけど心が変わったわけではないんです。

 仕事はちゃんとするんで。大丈夫なんで。お願いします。

 生の声を聴きたいんです、あのアイオワの「Did you call me?」が聞きたいんです! オネシャス! オネシャス!

 

「……無論だ」

 

 と答え、ソフィアに言う。

 

『何度も、形式と申し上げるのは心苦しいのですが……一度だけ、私に話をさせてください。どうか、あなたのご友人と話をする許可を、いただけませんか』

 

『……ふふ。そんな顔でお願いしなくても、そのつもりよ。……難しいお仕事だって、彼女もずっと言ってたもの。あなたのお仕事なのも、わかってるつもり。私を救ってくれた人の要求を突っぱねるなんて、それこそ彼女に怒られてしまうわ』

 

『……ご理解いただき、ありがとうございます』

 

 

* * *

 

 

 連絡は、案外あっさりとついた。

 井之上さんはソフィアの要求を予想していたのか、東京へ戻る道すがらも各所へ連絡を続けていたらしい。

 

 それ以上に難しい話というのは頭がこんがらがってしまい全てを理解は出来なかったが、身柄の保護を海軍が引き受けただの、安全の保障は大将の名義で行っているだのと言っていた。

 

 要するに何かあれば俺が責任を取る、という事だが、そんなこたぁ問題じゃない!

 

 松岡達にはしばらく休んでていいということと、新見という男も休ませてやれ、と伝えて、明石を含む作戦を遂行した艦隊の娘達には食事でもしておいでと食堂をすすめ、執務室へ移動してきた俺達。

 

 何故か松岡に泣きながら礼を言われたりしたが、そんなこともどうだっていい!

 

 山元がスマホ――うちの鎮守府には無いのに……――を俺に差し出し、頷く。

 

 俺も重々しく頷き返し、応接用のソファに座っているソフィアをちらりと見て、内心で土下座をかましながら、恰好ではウインクを飛ばしながらスマホを受け取った。

 

 ウインクをしたのは俺の意思ではない。大体はむつまるが悪い。

 

『……もしもし』

 

 受け取ったスマホを耳に当てて言うと――

 

『ハーイ! ミーが戦艦、アイオワよ。私を呼んだのは、あなた?』

 

 ――んんんぅうううう可愛いんだけどなんかちがぁああああうッ!

 

 くっそぉおあああああなんだこの、これ、この、モヤっとしたぁあああ!

 

 表情を必死に保ち『えぇ、そうです』と返答する。

 清水達にも見えているだろうにお構いなしに執務室の提督の机の上を転げまわりながら爆笑する妖精達。お前らこれ分かってて金平糖を食わせたのかァッ……!

 

 だが、確かに俺の鼓膜を揺らす力強い声は、艦これで聞いたままの、戦艦アイオワのものだった。

 

『急に連絡をして申し訳ない。私は日本海軍に所属している提督、海原という者だ』

 

『オゥ! ユーが日本のアドミラルなのね? ふぅん、いい声じゃない! それに、とても流暢な英語ね?』

 

 ……可愛いんだけど。なんだろうか、この、そこはかとない、金剛風味。

 きっと金平糖の効果が切れたらまともに聞こえるのだろうが……もやもやする……。

 

『お褒めにあずかり光栄だ。さて、単刀直入に言うのだが……聞いているかもしれないが、君の友人と名乗る女性が、ソロモン海域で保護された』

 

『それ、って……!』

 

『ソフィア・クルーズという女性だ。聞き覚えは?』

 

『あ、ある……あるわ! 私の友人、いえ、私の大事な人よ……! ほ、本当に、保護って、彼女は大丈夫なの!? 怪我は!? 病気なんてしてない!?』

 

『安心して欲しい。彼女はコーヒーを飲んで私と談笑するくらいには元気だ。少し、やつれているが……彼女の願いで、君と連絡を取って欲しいと言われてね。話してもらう事は可能か?』

 

 モヤっとしてしまったが、嬉しいのは変わりない。まもる、満足です。

 さぁ、こっから仕事か、と名残惜しい気持ちに浸りつつ。

 

『もちろんよ! 代わってもらえる!?』

 

『あぁ。……ミズ・ソフィア。どうぞ』

 

 スマホをソフィアに手渡したあと、俺はさっさと執務室を出て仕事に戻ろうとした。すると、何故か山元も清水もついてくるでは無いか。

 

「どうしたお前達?」

 

「閣下に倣ったまでです。せっかくの再会なのですから」

「えぇ、そうですね」

 

「お、おん……? まぁ、そうか……? それはそうと、仕事だ。仕事。私は入渠している艦娘の様子を見に行くのだが、あとの事は頼めるか?」

 

 艦娘の入渠って長いからなぁ……帰る準備が出来ているのなら、艦娘には動かしっぱなしで申し訳無いがさっさと柱島に帰りたいところだ。

 向こうに戻り、いつもの書類仕事を終わらせ、ゆっくりと眠りたいんだ……。

 

 贅沢言うなら、眠る前に間宮と伊良湖のご飯を食べたいです……。

 

「っは。あきつ丸殿と連携し、必ずや」

 

「……そうだな。あきつ丸や川内……お前達がいるのだから、安心だな」

 

 尻拭いしてやるから! と豪語しておいて尻拭いをされる阿呆はどこのどいつなのか、全く……。

 

 まもるだよ! 大変申し訳ありません!

 

 でも無駄に足掻いたりしない! まもるは学んだのだ!

 

 出来る出来ないが分からないなら、出来る者に仕事を任せる。それでいいじゃない。そうやって社会の歯車は回っているのだから、間違ってないんだ。

 申し訳なさを押し殺した俺は、あきつ丸と川内には逆らうなよ? 特に大淀とか。と言い含めてから、執務室に背を向けて歩き始める。

 

「「失礼致します!」」

 

「うむ。また、のちほどな」

 

 ちょっとだけ仕事を忘れ、正直になってベッドに座り休んだ(?)ことで、俺の足取りは先刻よりも軽かった。

 

 

 

 

 

 

「ここの鎮守府も、入渠はやっぱ風呂なのかなぁ……」

 

 

 

 別にしょうもない事を考えながら歩いてたから、しっかりした足取りだったわけではない。

 

 ラッキースケベとか期待してねえから!! やめろ!!


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