柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十一話 帰還【提督side】

 先に断っておくと、俺はラッキースケベなんて求めちゃいなかった。

 

『じとー』

『じっとー……』

『まもるのへんたい』

『へんたいてーとくだ』

 

 本当だよ。だからそんな目で見るな。

 

『むっつりすけべめ! むつまるだけに!』

『それではむつまるがすけべみたいじゃないですか!』

『た、たしかに……!』

 

 妖精に取り囲まれ、呉鎮守府にある中庭に備え付けられていたベンチに腰を下ろし、ぐったりとしている俺。

 

 入渠している艦娘にあとどれくらいで修復作業が終わるのかを聞こうと思ったところでバチが当たったのである。

 同時多発的に発生し続ける仕事が悪い。俺は悪くない。

 

 違うね。全面的に俺のせいだね。

 

 バチとは言え、身体的に痛めつけられるわけでは無かったのが幸いしてか、まだ俺は生きている。

 その代わり、あの「空はあんなに青いのに……」と根暗で定番の――失礼なのは承知している――扶桑までもが笑顔で「何しに来たんですか? 覗きです? 一緒に入渠でもするつもりです?」と今にも主砲でドックごと噴き飛ばしそうな雰囲気を醸していた。

 

 どうして五体満足でいられるのか分からないくらいに怖かった。

 

 あと……デッッッ――何でもない。

 

『すけべだなんて……ひどい……』

『あー! むつまるを泣かせましたね! ひどいやまもる!』

『のぞきだけにあきたらず!』

 

「それは濡れ衣だろうが!?」

 

 好き勝手言っていた妖精達に罪を増やされる始末。

 滅茶苦茶である。

 

 艦娘ってどう入渠しているのだろう? という俺の――いいや、全国にいる提督の疑問を解消すべく、健全に、ごくごく健全に聞いてみようと、そう思っていただけなのだ。本当だ。信じてくれ。俺は決して覗きをしようなんて考えてなかった!

 

 そりゃブラウザゲームの艦これで艦娘達の様々なボイスを聞いていた俺だ。同人誌や漫画、アニメでも入渠が風呂という形で表現されていたと記憶にある。しかしてこれは現実――本当にお風呂みたいに入っているんですか!? という純粋な疑問が生じたとしておかしなことがあろうか? いや、無い。多分。

 もしかすると、仰々しい機械に囲まれてハリウッド映画だかみたいにコンピュータグラフィックスかと見紛う精密な治療である可能性だってあったわけだ。それはそれで男心をくすぐるというものではないか!

 男とは常に欲望に忠実である。気になったら見てみたいのだ!

 

 おかしいなこれじゃ俺がマジで覗いたみたいじゃないか。違うぞ?

 

 ……などと冗談めかしているが、覗こうなんて考えていなかったのは事実である。

 

 艦これプレイヤーだったとは言え、この世界では提督でも素人である俺の考案した数で押してしまえと言わんばかりの作戦を遂行した彼女たちは、作戦こそ成功させたが、負傷して帰還した。

 これは他の誰でもない俺の責任である。山元や清水、井之上さんは言及しなかったが、人類を救わんと戦っている艦娘を俺の不手際で負傷させたなど、本当に首を飛ばされてもおかしくなかった。

 

 健気に、誠実に、ましてや俺にまで真摯に向き合った彼女たちに邪な心が抱けようものか!

 ……なんだよ本当にそんな気持ち無かったから睨むなよお前ら!

 

 心を見透かすような視線を突き刺してくる妖精達にしっしと追い払うように手を振った俺だったが、妖精達は遊んでもらえるとでも思ったのか指や手の甲にひっついてきゃっきゃと声を上げた。

 

「遊んでるんじゃねえんだよォ……散れよォッ……!」

 

『たすけてあげたのにぃ?』

 

「――作戦中に補佐をしてくれたことには感謝してるとも。それは、ありがとう。でも今は休憩したいんだよ……」

 

『おしゃべりできるようにしてあげたのにぃ?』

 

「お喋りって……あれか……それも助かったけども……! でもだな、突然、口に飴を突っ込むような危ない真似――!」

 

『むつまるたち、いーっぱいがんばったのにぃ?』

 

「うっ……」

 

『そっかそっか……まもるは他の子たちの方が大事で、むつまるたちはどうでもいいんだねぇ……ふぅん……』

 

「そんな事は一言も――」

 

『いいんだよ、きにしないで。わたしたちは、へいきだから……ぐすっ』

『むつまる……なかないでー……』

『うぅ、ぐすぐす』

 

「……」

 

 やめろ。マジで、お前らやめてくれ。

 俺は休みたいだけなんだ。艦娘が入渠してる間、ほんの数時間でいい。

 

『……チラッ』

 

「噓泣きじゃねえかよ! 心配させんな!」

 

『やだぁ! 心配してくれてたの? てれるなぁ! やっぱりまもるは、まもるだねえ! で、何して遊ぶ?』

 

「くっそぉおお……ッ!」

 

 ――かくして、俺は、休憩という選択肢を失い、妖精達の遊び相手、もとい暇つぶしに付き合わされるのだった。

 

 こっちにきて、花が咲いてる!

 向こうに猫がいたよ!

 今日は波がしずかだねえ!

 

 妖精達は日常に溢れている景色の全てが輝いて見えているかのようで、楽しそうに俺を連れまわした。

 

 妖精達に連れまわされている最中、何か大切なことを忘れている気がして落ち着かなかったが、妖精はお構いなしに俺の指を引っ張って進んで行く。

 呉鎮守府の中庭から様々な場所を移動する道すがら、誰とも出会わなかったのは――俺以外、仕事しているからだろう。すみませんほんと。

 

「扶桑達が戻るまでだからな」

 

『わかってるってー!』

 

 それから、俺達は海岸沿いへと辿り着いた。

 むつまるや他の妖精は波止場の先までふわふわと飛んでいくと、岸壁側の方にあるロープを結ぶための突起であろう場所の上にぽすりと着地。あれは、なんという名前だったか……テレビで見たことがあるんだが……。

 

『これはね、ビットっていうの!』

 

「心を読むな」

 

『声に出てたよ』

 

「……」

 

 どうやら俺は口が軽いらしい。気を付けます。

 

 むつまるを先頭にして、岸壁へ腰を下ろしていく妖精達に倣い、最後に俺も傍に座り込んだ。

 

 足を投げ出し、ゆらめく海面に視線を落として潮の香りを感じながら、これも一種の休憩にはなろうか、と息を吐く。

 

 何十時間働いたんだ……頑張ったな……。

 

 殆ど皆に頼って怒ってたか焦ってたか死にそうになってただけだけどな……。

 

 つかの間の休息。さざ波の音に耳を傾け、再び襲ってきた睡魔に目を閉じたその時だった。

 

「ここにいたんだ」

 

 うん? と少しばかり驚いて顔を上げた瞬間、丁度吹いた潮風に軍帽が頭から落ちた。

 

「あっ」

 

 と、俺が声を上げたのと、声の主――川内が離れた位置から一足飛びに岸壁から海へと飛び込み、海上をスケートが如く滑り軍帽をキャッチしたのはほぼ同時だった。

 

「よっ……! ふぅー、セーフ。はい、提督」

 

「おぉ、すまないな川内」

 

「へへ、どういたしまして」

 

 一見して艤装は出ていないようだが、艦娘が海上に立っているのを至近距離で見るのは初めてで、感動で声が出なかった。軽やかな身のこなしはまさに忍者といったところ。

 前に夕立と初めて出会った時も艦娘が海を進む様を見たが、、近くとは言え船の上からしか見られなかったものだから、手の届く距離で観察できるとは……と不躾にも見入ってしまう。

 ほんの短い時間の間に、俺の頭の中に、あぁ、こういう風に彼女たちは海を駆け抜け、戦ってくれていたのだな、とか。それ以外にも、先の作戦中、大勢の艦娘がこうして海を行き、未だ見たことのない恐ろしい深海棲艦という存在と戦う勇ましい姿が思い浮かんだ。

 

「ふむ……」

 

「どうかしたの?」

 

「その靴……も、艤装か。どのようにして浮いているのか、とな」

 

「あー……どうしてだろ。私もよくわからないんだよね。感覚で立ってる、って言えばいいのかな……」

 

「ふぅむ、感覚か」

 

 救出されたあの女性、深海棲艦研究者なんて人もいるくらいだから解明されていそうなものだが、不思議パワーで浮いているだけなのか。それはそれでなおさら凄い事なのだが。

 はい、と川内から手渡された軍帽を、今度は落ちないようにと目深に被ってから、上司の俺が座り込んでいてはいかんかと立ち上がって臀部をぱんぱんと手で払う。

 

「感覚で立っている上に、得体の知れないものと戦っているのだから、怖いだろうな」

 

 意識せずして口をついた言葉だった。しかしながら、理屈のある言葉でもある。

 

「怖いって、それはまあ、誰だって戦うことは怖いんじゃないかな」

 

「それもそうだ」

 

 川内の返しに笑みを返し、戻るか、としゃがんで手を差し出すと、川内はぼうっと俺の顔を見つめる。

 

「――……川内、どうした」

 

「ねぇ、また、仕事?」

 

「しごっ……う、うむ。それについてなのだが……松岡や周りを頼らせてもらおうという話になって、だな……私の仕事はどうにも、杜撰過ぎる。出撃させたお前達が傷ついて帰ってくるくらいにはな」

 

「それは、私達は艦娘だから――」

 

 艦娘だから傷ついて当然、とでも言いたいのか。

 間違ってはいない。が、それこそが提督の慢心に――艦これプレイヤーの慢心に繋がるのだ。

 

 傷ついて当たり前。小破は無傷、中破は平常、大破でやっと溜息を吐いて帰還を選ぶ。みながみな、そうではないだろうが、少なくとも一時期の俺は攻略に躍起になってこのような状態に陥った事がある。

 そして、大破で進軍をしてしまった。

 

 あれは――運が良かっただけだった。

 

 敵深海棲艦の雷撃、航空機からの爆撃、砲撃戦の全てがミスに終わり、中破や大破の続出していた俺の艦隊は、鬼神もかくやと奮戦して戦略的勝利。

 今になって思えば、杜撰、という言葉ですら物足りなく感じられるほどの酷い指揮だった。

 

 そう、あのクリック一つが、あの時の俺の提督としての指揮そのもの。

 

 ではそれが現実となったならばどうすべきか? 簡単だ。艦娘を優先すればいい。

 

 どれだけの物的被害が出ようが、艦娘を無事に鎮守府へ帰還させることを最優先に考え、遭遇した敵に勝てないのであれば逃げ、安全な選択をし続ければいいのだ。

 

 それをさせないのが……現実だったわけだが。

 

「事実、そうなのかもしれん。現実もそうだ。しかしそれは私の仕事において、選択が他にあったということでもある」

 

 手を伸ばした格好のままに「わかるか?」と問えば、川内はおずおずと俺の手を掴み、

 

「……わかんない」

 

 と言った。

 

「戦うという選択があるのなら、逃げる、という選択があるはずだ。一方で、どうしても逃げられない状況があるやもしれん――ならば発想を転換させるべきだったと思ったのだ」

 

「逃げるだなんて、初めて聞いたよそんなの。提督なら、逃げないって思ってた」

 

「っくく、そうか? 私はいつも逃げてばかりだが」

 

「嘘」

 

「嘘なものか。私はいつだって、逃げてきた。傍目に見れば仕事にとりかかっているようで、本質を見ることを恐れて逃げ回っていたのだ」

 

 もう全部バレてっからな! という気楽さからか、俺は包み隠すこともなく、川内の手を握り引き上げながら笑った。

 艤装が無いからか、川内はあまりに軽く、ひょい、と持ち上がってしまう。

 

 決して俺が力持ちであるというわけではない。

 お前ちゃんと食ってんのか川内! 井之上さんに飯食えって言われるぞ!

 

「提督は戦ってたじゃん。私もあきつ丸も、知ってるよ」

 

「ほう? 私が戦っていたとは初耳だ」

 

「大佐とも、中佐とも、戦ってくれたじゃん」

 

 違うよそれ。八つ当たりしただけだよ。しかもそのあと謝ってたんだよ俺が。

 

「違うぞ川内」

 

「違わない」

 

「いいや、違うとも。言っただろう。発想を転換させるべきだと」

 

「どういう……?」

 

「敵ではなく――味方にすれば、戦い続ける意味など無い」

 

 おかげで大佐と中佐に仕事を丸投げ出来たしな。実績ありだぞ。すごいだろ!

 ふふ、と微笑んで見せた俺に、川内は目を見開いていた。

 ごめんて。そんな顔するな川内。頼むから。悪かったって。

 

 完全に私の落ち度だと俺の心の不知火が半泣きである。

 

「提督は……何をしようと、してるの……?」

 

「私がしようとしてること? 別に変わらんとも。仕事だ」

 

「仕事、って――」

 

「お前達を支え、ともに生きることが私の仕事で、私の人生だ。今までも、これからも」

 

 まあ大体が大淀に仕事を貰い、他の艦娘に監視されつつサボらないようにきちんと艦隊運営することになると思うけどな!

 鎮守府の運営って大変なんだぜ! 書類の量だけで言わば前のブラック企業なんざ目じゃねえや! ひゅう!

 

 ……なーんていう俺の情けない言葉は、威厳スイッチを入れていても隠し切れなかったのだろう。

 川内は俺の言葉に返事もしないまま、話題を変えた。

 もしかすると俺が可哀そうになったのかもしれない。

 

 艦娘は優しいね。

 

「っ……そ、そうだ提督。後の仕事についてだけど、山元大佐と清水中佐に伝えておくことはある? あきつ丸でも私でも」

 

 かつ、仕事の心配をさせない気配りまで完璧である。夜戦忍者は夜戦だけでは無かったか。強い。

 

「私よりも仕事は出来るだろうからな、あの二人に伝えるほどのことも……あぁ、いや、一つだけ頼めるか」

 

「なになに?」

 

「無理をせずゆっくりするんだぞ、と」

 

「……やっぱり、提督はまだ一人で――」

 

「うん? どうした川内?」

 

 何か呟いた気がしたのだが、俺の問いに川内の「なんでもない!」という少し怒っているかのような声が耳を打つ。

 

「す、すまん、何か気に障ったのなら謝る」

 

「なんでもないってば! ……ねえ、提督。周りに頼るって言ってたけど……その中に、艦娘は、私は、いる?」

 

 これは――この問いに間違った返しをしようものなら――怒られる――!

 

「……あぁ。当然だ」

 

 ごめぇええええええん! だって俺は書類仕事以外出来ないからぁああああ!

 頼らせてくださぁあいいい!

 

 ここでむせび泣いてしまいたかった。川内どころか、全員に頼らねばどの書類から片付けるべきかも分からない可能性があるくらいには無能の社畜なんです。無能どころかもう、無の王です。

 

「そ、っか……へへ、そっか……仕方が無いなあ提督は!」

 

 うーん天使。夜戦天使。いや怖いな夜戦天使は。

 

 俺の情けなさは限界突破して、庇護の本能でも擽ってしまったのかもしれない。

 艦娘と仕事が出来るなら、それでもいいかと思えてしまう俺も末期である。

 しかしこのままでは威厳スイッチとまで名付けた、俺の威厳が……!

 

 まあ無いも同然なのだが、それはさておき。

 

「……行くか」

 

「ん!」

 

 俺は波止場のビットに座ったままの妖精達に「戻るぞ」と一声かけてから、呉鎮守府へと歩を進めた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 数時間後、入渠を終えた扶桑達や、第一艦隊、支援艦隊が勢揃いした状態で、再び波止場へと戻って来た。

 

 艦隊はみな既に海に立っており、艤装から錨をおろした状態で待機していた。

 

 港には俺達以外にも、松岡達憲兵隊や、山元大佐、清水中佐、那珂や漣、朧、潮や曙までいる。

 よく見れば、呉鎮守府にはこんなにも多くの艦娘がいたのかと驚く人数が一言も喋らず、直立不動で整列している。柱島にもいる、潜水艦ゴーヤ、イムヤ、ハチと同じ艦娘を目にすると少し混乱しかけるが、俺の目には不思議と同じ姿をしていても別人に思えた。

 

「これ以降の任務は、お任せください、閣下!」

 

 山元の心臓を打つような太く大きな声が港に響く。

 続けて、清水の遠くまで届きそうな芯のある声。

 

「閣下にお救いいただいたこの命、護国のために!」

 

 ……堅い。堅いよ。

 だがこれこそが仕事人のあるべき姿だぞと言わんばかりの空気である。

 

 俺は二人よりも上の肩書を持っているが、二人の方が大先輩なわけで。

 そんな二人がそのような雰囲気を出すのならば、それに倣わないわけにはいかず。

 

 せめて部下である艦娘の前でくらいしっかりせねば! と背筋を伸ばし、見様見真似で不格好であろうが、しっかりと敬礼をしてみせた。手袋も忘れずに。大きな声で、お礼も忘れず。

 

 癇癪や大騒ぎの痕たる赤い染みばかりの俺。対して山元達のまっさらな白い軍服。

 

 くぅ……これが提督レベル(?)の違いか……。

 

「この度の任務に際する助力、感謝する! 呉の向こうに私はいる。決して一人ではない! お前達もだ!」

 

 目が落ちてしまうのではないかと心配になるくらい泣いていた潮や、仲間を想い必死に助けてと声を紡ぎ出した那珂、話すらも出来なかったが、目に光を持つそのほかの艦娘達に向けて言うと、はい、と返事が心地よく鼓膜を揺らした。

 

「では、失礼する」

 

 いつのまにやら迎えに来ていた鳳翔の乗った小型の船に歩む俺。

 大淀の差し金――じゃなかった……大淀から迎えに行ってと頼まれたのであろう。仕事の出来る艦娘である。

 

「――任務、お疲れ様でした、提督」

 

 扶桑達が続々と抜錨と声を上げて海を行くなかで、船に乗り込んだ俺にかけられる鳳翔の声。

 

「うむ。鳳翔もわざわざすまないな」

 

「いえ、このくらい……本来ならば大淀さんが迎えにくるべきだとは思うのですが……」

 

「何故だ……?」

 

 誰でもいいよ迎えに来てくれるなら。

 

「いえ……その、制裁ですから……?」

 

「えっ」

 

 待てよ!!!!!!

 

 ちょっと待てよ!!!!!!!!

 

 滅茶苦茶だったかもしれないし大佐どころか中佐まで勢いでぶん殴ってしまったが、それは漣や朧をたったの二隻で危険な海域と分かっていながら遠征させたからであって! 最終的には井之上さんまで引っ張り出してしまったが土下座したんだぞ!! 罪は!! 認めたよ!!

 

 その上で実は無能の社畜でした! ごめんね! えへへっ!

 

 って白状したんだ! 過程はどうあれ仕事はこなした! 結果は出したろうが!?

 誰だチクったのは! あきつ丸か!? 川内か!? クッソォオオオ!

 

 ……うーん、ダメだ制裁される理由しかねえ。

 

「お、大淀が、そう、そうだな……」

 

「提督、どうかしました?」

 

「い、いや……」

 

 ごうん、ごうん、と船のエンジン音が港から遠ざかる。

 俺達の姿が見えなくなるまで、山元達は敬礼を崩さなかった。

 

 普段ならばすげえすげえと興奮や感動で目を離せなかっただろうが、俺はそれどころではない。

 

 制裁!? 制裁なんで!? と、俺はもう、今度こそぶん殴られるのだと恐怖に震えていた。

 

 震える手で、何か、別の話で何とか誤魔化せないか……! 悪あがきを試みる。

 

 そうだね、これが無能と呼ばれる所以だね。

 

「……菅谷中佐より、手紙を預かっている」

 

「ッ――!?」

 

「鳳翔にとって大切な人だったのだろう?」

 

 前の提督なんだから、大切に決まっている。

 その証拠とも言わんばかりに、鳳翔の表情が物語っていた。

 

「手紙なんて、な、どこで……!?」

 

「呉鎮守府を一時的に預かっていた清水という中佐は、菅谷中佐と知り合いだったようだ。後輩である、と。鳳翔の大切な人の後輩であるのならば、私の後輩と言っても過言では無い」

 

 だから仕事手伝ったんです! ですから許してください! オネシャス! オネシャス!

 しかし命乞いが表情に出れば「取り繕う事も出来ないんですか。泳いで帰ってください」と言われてしまうかもしれん。

 

 軍帽のつばを指でぐいぐいと下げて顔を隠し続ける俺。

 

「……中身は見ていない。だが、鳳翔――」

 

 手紙を受け取り、手紙と俺とを幾度も交互に見ているのが、つばの下から見えた。

 

「――私の意志が弱いことなど、承知している。男ならばしっかりしろと自分で言いたくなるくらいだ。だが、だからこそ……制裁などと、言わんでくれ」

 

「てい、とく……」

 

 船が海を進む。周囲に広がる大艦隊。声は無い。

 

「みなの為ならば、私の命など惜しくはない。私は命よりも何よりもお前達が大事だ。誓って、この言葉に嘘は無い」

 

 でも艦娘に命を散らされるのは違うじゃん!

 それもアリかナシかで言えばアリだけどさ!

 

「……言いたいことは、それだけだ」

 

 あとは、死刑宣告を待つ囚人が如き心持ちで、鳳翔の言葉を待った。

 

 鳳翔は船上で手紙の封を切り、数枚の紙きれをそっと取り出して、じっと読む。

 数分か、数十分か。

 

 周囲から完全に人工物が消え去り、景色は海色一色となった。

 

 昼も過ぎ、俺は柱島から出て二度目の夕日を見た。一日目で既に貫徹を決め込んだというのに、今度は二日とは新記録更新である。寝たい。

 

「あの人も、変わらないですね……変わるわけも、無い、ですね……」

 

「鳳翔……?」

 

 手紙を読み終えた様子の鳳翔は、大事そうにそれを懐へしまい、俺を正面から見据える。

 自動操舵装置の音なのか、船室から聞こえる、ぴこ、ぴこ、という音が心音のように俺と鳳翔を包んだ。

 

「中佐は……菅谷さんは、私と、小料理屋を開いてみたいと、言っていたんです」

 

 なんの話だ突然。小料理屋? 居酒屋鳳翔、みたいなことか?

 

 ほう、と相槌を打つ。頭の中では漫画や同人誌で幾度も見た、こぢんまりとした居酒屋を営む鳳翔が浮かんでいた。

 アリかナシかで言うまでもなく、アリである。

 

 疲れた夜には居酒屋に寄り「お疲れ様です提督。はい、今日のおすすめですよ」と料理を差し出されたい。その代わりに俺は全財産を差し出す。

 

「……変でしょうか、艦娘が、こんなこと」

 

「何故だ?」

 

「えっ……? 何故って、それは……私達は、どうあがいても兵器で、人間などでは――」

 

「そうだな。お前達は、そう言うかもしれんが……」

 

 人間じゃなかったらいけないのか? うーん、よくわからない。

 

「艦娘で何が悪い。それを言うならば、同じ人間とて区別される。無数の区別や分別の中に生きているのだから、違いがあって当然だ」

 

「同じでいたいというのも、当然ではないですか……!」

 

 食って掛かるような鳳翔の言葉に、俺はきょとんとしてしまって、軍帽を指で押し上げて鳳翔を見つめてしまう。

 

「同じでいたいのならば、いくらでも方法はある。同じものを身に着け、同じものを食べ、同じものを見て、同じものを感じ――同じ道を行く。違うからこそ、同じ道を行きたいと思えるのだ」

 

 同じものばかり食っても飽きるから、味を変えたりするのだ!

 そういえば今日の鎮守府の飯は何だろうか、と考え始めたあたりで、俺があまりに不真面目だったためか、鳳翔はその場で泣き崩れた。

 

「お、おあああ!? 鳳翔! どうした!? な、泣くな! 泣かないでくれ!」

 

 やめろ今俺たちは大艦隊に包囲されているんだぞ!? みんなのお艦こと鳳翔を二度も号泣させたとあれば一斉砲撃で跡形もなく消し飛ばされる! 泣くな鳳翔! 泣くなァーッ!

 

「すまなかった……鳳翔、お前の考えもあるだろうに、私は自分のことばかり、本当に、すまなかった……! 泣かないでくれ……!」

 

「ひっ、うっ、うぅっ……! こん、なに、想わ、れ……あ、あぁっ……!」

 

 なに!? なんて!? 言うことなら聞くから泣かないでくれってば鳳翔!

 

 鳳翔はしばらく、海の上で、船の上で、泣き続けた。

 俺も泣きそうだった。

 

 

 

 ――落ち着いたのは、それからまた、十数分と経ったあとのこと。

 

「すみません、提督。でも、悪いのは……あなたなんですよ」

 

「う、うむ……」

 

 泣いた後にはすぐにお説教。俺は無能を通り越して無になりかけていた。

 

「大淀さんというものがありながら、あなたは見境が無いかのように……」

 

「そ、それはっ」

 

 違う! わけがない。その通りである。しかし言い訳くらいはしておく。

 

「……お前達だからこそだ」

 

「……」

 

 柱島の皆以外にはしっかりしてましたから!

 ちょっと潮にぶたれましたけど! 泣きませんでしたから!

 

「私の心を照らし、私の運命を変え、私の人生を知らず知らずのうちに支えてくれた力強いお前達でなければ、ダメなのだ。……長門が私に、お前のことなど知らんと言っていたな。長門どころか、大淀も、私の事など知らんだろう。だがそれでいい……今はもう、私を知っているだろう」

 

 ただの社畜ってバレちゃってるからね。

 

 でもこれからは頑張ります! とゴマすりも忘れず。

 

 艦娘のためなら命なんて惜しくない、とは嘘などでは無いのだ。二徹できたのも艦娘の皆様のおかげです。本当にありがとうございます! まもる、まだ働けます!

 

 ……ちょっと嘘言いました! 晩御飯を食べたら少しだけ寝たいです!

 

「明日からも、私はお前達のために生きる」

 

 明日からも、と強調して言う俺。今日はね、頑張ったからね。仕事は翌日にね。

 明日やろうは馬鹿野郎、の馬鹿野郎はまさに俺のことである。

 

「鳳翔さえよければ……ほんの少しだけでいい。私を見てはくれないだろうか」

 

 大淀の制裁を止められるのは、お艦だけなのだ……頼むぅっ……!

 

「……不束者、ですが」

 

 鳳翔が不束者とか言ったら、俺はもう存在しないレベルなんだが……。

 未熟なわけが無いだろ! 完熟だ! うん? ちょっと意味が違うな……。

 

「不束者ではないとも。鳳翔――お前は、お前自身が思うよりも、素晴らしい人だ」

 

「はい――……!」

 

 鳳翔が、笑った……!

 俺は、制裁を免れた……!?

 

「帰ったら、大淀さんにも、きちんと報告しなければ、ですね……。形だけではなく、心から、提督のお言葉を賜りました、と……ふふ」

 

 あっれおかしいな!? 上げて落とすのやめてよ鳳翔さんよォッ!?

 

『まもる』

 

 あっ! むつまる! 助けて!

 

 と、船に同乗していた様子の妖精むつまる様に助けを求めるように視線を向ける俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もどったらほうこくしょ書くんだよ。あとね、あきつ丸さんと川内さんにちゃんとお仕事おねがいするんだよ』

 

 くっそお前も俺に仕事を求めるのかよ! くそ! クソォォオオオオオオッ!

 

『……ばーか』

 

 しかも悪口まで言われた!

 

 俺は静かに空を見上げた。涙が零れないように。

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