柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十二話 帰還【艦娘side・大淀】

 提督が艦隊とともに柱島鎮守府へと帰還を果たしたのは、日が完全に顔を隠した頃だった。

 

 ――前日の昼前に出てから、翌日の夜という一日を超過する程度の間に起こった数々の出来事について、着任後すぐに実施されたサルベージ作戦の時よろしく、柱島に所属する殆どの艦娘が食堂に集まって食事をしながら話を聞きたそうに私へ視線を向けていた。

 

 今回、私は正式に通信統制――もとい、情報統制を任されていたため、作戦に従事した艦娘でも事の全容を知るものはほんの一握りしかいない。

 

 私、川内、あきつ丸、そして――鳳翔。呉の艦娘を除けば、たったの四名だ。

 

 第一艦隊の一部に話した事さえ、たったの一部である。

 

 数多もの視線を受ける私は、どこから話したものか……と気まずい顔をしないよう平静を装い、初日とは打って変わって白米を呑み込みにくく感じて、何度も噛みしめながら、んん、と唸る。

 

「扶桑達は第一艦隊で、支援艦隊には赤城や加賀も出てたんだろ? 提督は説明しなかったのかい? 大将の座をぶんどる為の強硬作戦だってぇのは」

 

 堂々とした出で立ちで、湯呑を片手にゆらゆらと揺らして食堂のテーブルに肘をつきながら言ったのは、飛鷹型軽空母二番艦として海軍に登録されている隼鷹だった。

 正規空母でも手練れ筆頭たる一航戦の二人を臆することなく呼び捨てにする軽空母は、彼女と、もう一人くらいのものだろう。

 

 彼女は飛鷹型二番艦と登録はされているものの、元々、艦娘になる前の本来の軍艦であった頃から言えば飛鷹型ではなく、隼鷹型として起工されていた。元隼鷹型一番艦、とでも言えばいいだろうか。

 

 軍艦として最初から存在したわけではない。彼女は貨客船である。

 

 そのため姉妹艦である飛鷹も元は貨客船であり、二人は改装を経て軽空母となったのだ。

 

 軽空母とは名ばかり、とも思える貫禄と、軽空母では考えられない二万四千総トンを優に超す数値を誇る。

 

「大将に戻るための作戦だった、とは言い切れないと思うけど? 隼鷹は短絡的に考え過ぎよ。……大将に戻らなきゃ出来ない何かがあったから、強行した、とかさ」

 

 飛鷹の言葉に「そうかぁ?」と適当とも思える返事をして湯呑を煽る隼鷹を見て、どこから話したものか、というよりも、食堂などという場所で話してもいいものかと、言葉を紡げずにいた。

 

 無論、話せる範囲はある。

 

 呉鎮守府での不正摘発後、一時預かりとして鹿屋からやってきた提督代理の清水中佐が問題無く艦隊運営出来ているかの視察をしていた際に、駆逐艦二隻、漣と朧をソロモン諸島という閉鎖されているはずの危険海域へ送り込み資源の確保をしようとしているのを発見した。

 ほんの短い時間で実施されてしまった二隻の遠征は、摘発後すぐという、提督の素早い行動によって何とか事なきを得た。

 

 その間に偶然にも山元大佐が呉鎮守府へ再移送されるとのことで、井之上元帥が直々に不正摘発後の呉鎮守府を訪問。ほぼ同タイミングで視察が実施された。

 山元大佐が戻された理由は言わずもがな、提督が海軍大佐という立場を持つ山元を庇ったためであり、艦隊運営における知識、ノウハウの流出を防ぐためであるという名目があった。

 

 こうして、呉鎮守府は小型とは言え大本営化――海原少佐、清水中佐、山元大佐、井之上元帥という四名の指揮官が集まり、その場で山元大佐へ正式に呉鎮守府の提督へ戻るという辞令が下された。

 

 時を同じくして、漣と朧を救出すべく組まれた艦隊は無事に二隻を確保。

 そのまま南方海域からの離脱を試みたが――敵深海棲艦に発見され、戦闘となる。

 

 海原提督の指示によって編成された第一艦隊、支援艦隊は敵に囲まれぬようソロモン諸島を周回しながら深海棲艦を確実に撃破せしめ、最終的にはソロモン諸島海域を開放させるに至る。

 

 遠方にある海域のため、帰還が困難である場合を想定して追加で出撃した補給艦隊の支援によって、偶然にも第一艦隊や支援艦隊が補給できたため、航空支援も問題無く、ソロモン諸島の暁に勝利を刻んだ。

 

 これにより、清水中佐の領海を横切るような資源確保遠征は、急遽()()()()()()()()()()()()()()()()()へと変貌を遂げた事となる。

 

 

 その機転、実力を評して、海原提督に掛けられた多くの嫌疑は証拠不十分として棄却され、本来の階級である大将の座に返り咲いた――。

 

 私はここまでの出来事を客観的に整理してから、ことん、と静かに茶碗を置いたあと――もぐもぐと口を動かしたまま、無線付眼鏡をはずし、顔を両手で覆ってしまう。

 

 

 ――無理がある! どう繕っても、海原提督の戦果は嘘八百と笑われてしまうくらい、荒唐無稽が過ぎる!

 

 これを話したところで誰が信じるのよ! もしも未来に海原提督の伝記が出て過日の作戦とともにこの出来事が記されていたとしたら、誇大表現だと言われてしまうわこんなもの!

 

 作戦における通信統制を任され、提督のいない間に柱島鎮守府に問題が起きぬようにと待機していた私でさえ未だに信じられない。というか、信じられるわけがない!

 

 しかも、これは()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 真実は――もっと、恐ろしい。

 

 深海棲艦の防衛網突破から、あらゆる鎮守府から提出される報告書における虚偽、反艦娘派閥の起こす問題の中核をと思われた山元大佐や清水中佐はただのトカゲの尻尾で、その先には巨大な陰謀が広がっていた……黒幕は、味方にあり、と。

 

 陰謀は想像もしたくもない事だった。

 

 今、私達が戦っている相手――深海棲艦の一部を作り出しているかもしれないという疑惑。それも突飛な話でもないという証拠さえある。

 

 それら全てを看破し、柱島から重い腰を上げて呉へ出向いた提督は、その時の上席である大佐や中佐はおろか、井之上元帥までも呼びつけ、呉鎮守府から一歩も足を踏み出さないまま、遠方の海域を開放して元帥へ真実を知らしめた。

 

 あきつ丸や川内から聞くに、提督は中佐と大佐を庇い、土下座までしたらしい。

 

 そして、まだ海軍は生きているのだと元帥を説得し、作戦を強行。

 否、強硬ではあったが、強行はされなかった。中佐も大佐も元帥も、そして一時的とは言え柱島を預かった私でさえ、その作戦は危険極まると理解していながら、出撃を了承した。

 何故か? 簡単だ。彼の作戦が成功すると思ったからだ。

 

 島風に搭載された新型のタービンは明石が兵装を製作出来ると見込んでの提督からの命令だった。

 明石は難なくそれを遂行し、島風も機関こそ損傷させたが最大限の性能を発揮させて、生還した。

 

 欠陥艦娘だと烙印の押された戦艦の扶桑は、その戦艦たる火力を遺憾なく発揮し、島風を追い回す深海棲艦を撃滅。

 那智や神通、山城や夕立の砲雷撃戦も完璧であったと言うではないか。

 

 扶桑が敵の攻撃を一身に受けた事にも起因しているが――神通と那智に至っては、無傷の帰還である。

 多くの艦載機に遭遇する事も想定されており、支援艦隊の空母達には鳳翔の選定した妖精がつけられていたこともあって制空権は一度として敵側に渡らず。

 支援艦隊が到着してからは島風を追い回そうとした敵機は殆ど一方的に撃墜させられた。

 運悪く時雨が敵機を撃墜した際に負傷した程度で、問題にもならなかったという。なにせ、小破にも満たなかったのだから。

 

 時雨はどうやら夕立と喧嘩をするくらいに悔しがっていたと扶桑から聞いているが、その程度。

 

 ここまでの作戦を成功させておいて、提督は川内にこう言ったらしい。

 私の仕事はどうにも、杜撰過ぎる、と。

 

 彼は――海原鎮という男は――この作戦を完全秘匿した状態で遂行しようとしていた、確固たる証拠――。

 

 私一人に絞られた通信統制、作戦に参加する艦娘以外には一切伝えられなかった全容、呉鎮守府の憲兵隊など、鎮守府を封鎖して一般人が鎮守府周辺にさえ近づけないようにしていたらしい。

 

 それもそのはず。渦巻く陰謀に巻き込まれた、海外の深海棲艦研究者である女性までもが救われ、本土へ上陸しようとしていた陰謀の一端たる人物さえ確保したのだから。

 

 これらが杜撰であると?

 ああ、提督。そうでしょう。自らに完璧を求めているようなあなたは、杜撰と言うかもしれません。

 

 私もこうして対外的に話をしようとなった今、杜撰とも言えるな、と思ってしまいます。

 

 しかし、これは正確には杜撰ではなく――やり過ぎというのですよ……!

 

 こういった大規模な作戦は、国家単位で、年単位で、長期的にじっくりと行われるものです! 決して個人が一日程度で済ませる任務ではありません!

 

 私がこう思う、または、準ずることを言うのも想定していらっしゃったのでしょうね。

 今なら、あなたが私にどう返すか、想像できてしまいます。

 

 ――急を要する事態だったのだ。艦娘が危険に晒され、閉鎖された海域であるというのに無人島で生存者が発見されたのだから、強行せざるを得なかった。

 

 なんて言うのでしょうね! まったく! まったくまったく!

 

 事実ですから言い返す言葉もありません! あなたが居なければ陰謀はさらに闇を大きく、深くして日本海軍はおろか世界中を混乱に陥れていたことでしょう!

 

 あぁ、もう……これを……どうやって説明すれば……!

 

「大淀? 大丈夫? 顔色が悪いわよ。まあ、一日中ずっと通信室と執務室を行ったり来たりしてたから、無理もないけど……」

 

 飛鷹の声にはっとして顔を覆っていた両手を離して、咳払い。

 

「んんっ、失礼しました。今回の作戦については、どこまで話してよいものか、分からないのです」

 

 正直に、こう言う以外にない。

 自分達の仲間であるとは言え、完全な秘匿性を求めて遂行された提督の作戦が、柱島の全艦娘は知っているなんて状態を作り出してしまったら、それこそ提督はまた自分を責めてしまうだろう。杜撰な仕事をしてしまった、と。

 

 私としては、自分の仲間であるのなら伝えてしまっても構わないのではないかと考える。

 曲がりなりにも軍属であるのだから、ぽろっと漏れるなどありえない。

 

 それこそ、提督として命令すれば私達艦娘はそれを絶対遵守せざるを得ない。

 

 秘匿せよ。それだけで良いのに、彼は……隠し事も、出来る限りはしたくないのだろう。

 

 そういう所もまた、優しさのあらわれなのだと思うと……私はどうしてか、ちょっぴり嬉しくなって……って違う違う! 何を考えているの大淀!

 

 提督は夜を徹して私達艦娘を心配してくれていたのに、なんて不埒な……っ!

 

「まあ、提督の事だから、隠しておきたいっていうよりも、触れられないなら話さないってスタンスなんだろうけどな。腹芸が得意なんだか苦手なんだか分かんねえ人だよ」

 

 隼鷹の言葉が、不思議と胸にすとんと落ちた。

 

 なるほど。彼は自分から話さないだけで、聞けば教えてくれるのかもしれない。

 陸奥を救った作戦も、開始前こそ一言も話してくれず、ただの資源確保のための遠征だと言い張っていたが、陸奥が救われた後は資源の確保手段を呉へと移し、大佐から支援してもらうことで解決するという方法をとっていた。

 

 白々しく、資源が無いことを確認せずに開発してしまったから助けてくれ、と。

 

 自分の事については一言も助けてなんて言わない癖に、私達に関わる事になると平気で自分を捨てる彼は、言葉が足りない事が多い。

 

 行動で示す――よく言えば昔気質、悪く言えば独りよがりで、意固地とも呼べる彼の生き様こそ、私達に対する正直な姿なのだろう。

 

 そして照れ隠しのように、偶然だと言い張るのだろう。

 

 ……無理がありますけどね! 偶然って! 無理ですよ提督……こんな大規模作戦を遂行して元帥まで呼びつけて偶然って……もぉぉ……。

 

「……隼鷹さんの仰られる通り、でしょう」

 

 私がそう言うと、隼鷹は「だろうな」と面白そうに笑った。

 

 貨客船であった過去からか、飛鷹と隼鷹は提督と話したことがなくとも、遠目に見ただけでその性質を見抜いていたのかもしれない。

 

 ざわめく食堂内。私と隼鷹達の話を呑み込めない艦娘は、まだまだ多くいる様子だった。

 駆逐艦なんて――

 

「邪魔だよ夕立。もっと向こう行ってよ」

 

「時雨が向こうに行けばいいっぽい。ここは夕立の席っぽい!」

 

「席なんて決められてなかったと思うけど? そうやって自分の席を決めて独り占めなんて感心しないな。提督に言いつけるよ」

 

「っはーん! 提督さんはこんな事じゃ怒らないっぽい! きっと時雨の方が怒られるっぽい!」

 

「はぁ、これだから夕立は馬鹿なんだ。ここに帰って来てから提督が僕になんて言ったか知ってるかい? 頑張ったな時雨、お前の活躍があったからみなが帰ってこられたんだ……って褒めてくれたんだよ? そんな提督が夕立に怒らず、僕に怒る? ありえないね」

 

「夕立だって褒めてもらったもん! 頭まで撫でてもらえたっぽい!」

 

「は――?」

 

「っふっふーん!」

 

 は――? 夕立さんが提督に頭を撫でていただいた――?

 

 はぁ――?

 

 ……い、いけない! 私なにを考えているの!?

 

 少し話が逸れたが、さして関わりも無く関係性は薄いと思われる二人は、作戦を経て柱島に戻ってからずっとあの調子である。

 そんな二人を周りが止める、という構図が出来上がっていたのだ。

 

「夕立ちゃん、や、やめなよぅ」

 

「睦月ちゃんは時雨の肩を持つっぽい!?」

 

「そうじゃないけどぉ……」

 

 睦月、と呼ばれた駆逐艦がしょんぼりと顔を伏せると、時雨がそっとその肩を抱くように近づき、

 

「睦月ちゃんになんて事を言うんだ夕立。謝りなよ」

 

「うっ……ご、ごめんね、睦月ちゃん……」

 

「僕にも謝りなよ」

 

「ごめんね、しぐ……って! 時雨には謝らないっぽい!」

 

「……っち」

 

 と、こんな具合。

 一見して犬猿の仲にも見えるかもしれないが、駆逐艦以外の艦娘は全員が、温かな目で二人のやり取りを邪魔せず見守っていた。

 

 ――こんなにも感情を剝き出しにして争っているのに、平和に見えることなどあろうか。

 

 違う艦隊ながらも同じ作戦に従事した二人は、確実に、近づいたのだ。

 

 本当に大喧嘩していたら、提督が止めているに違いないし、なにより、二人がぎゃあぎゃあと争っている理由も、たった一つの椅子を奪い合っているからであって――別々の椅子に座ればいいのに、二人は狭そうに、椅子に半分ずつ座っている。

 

「……狭い」

 

「時雨、もっとあっち寄ってっぽい!」

 

「夕立が寄れば? ふんっ」

 

「むぅぅっ……!」

 

 そんな様子を見れば、かの作戦が如何に無謀で、如何に無茶苦茶であったとしても、私を含む、心の傷ついた艦娘達が提督に不審を抱き問い詰めに執務室へ大挙することなどあり得ない。

 

「ガキどもがこうなっちゃ、オレらも詰めらんねえっていう考えがあった、とも受け取れるぜ?」

 

 未だ食事を続けながらに口を開いたのは、艦隊が帰還するための航路を哨戒するために急遽柱島から駆り出された天龍だ。

 深海棲艦研究者である、ソフィアという女性も目にしており、天龍と同じく、龍田もその哨戒に参加していた。

 

「ほぉんと、すごいお方ねぇ、あの提督はぁ」

 

 間延びした声で言う龍田は、天龍にそっとお茶を差し出しながらニコニコと笑うばかり。

 

 こうしてみると、いつも微笑みを浮かべている龍田の方が感情も考えも読めないように思えるのだが、その龍田をしてすごいお方と言わしめるのだから手に負えない。

 

 結局、私は隼鷹達に言った通り、説明しきれる事態ではないと降参するしかないのだった。

 

 提督の見据える未来に近づくか、はたまた、事態がさらなる展開を迎えなければ、言葉だけでは理解など到底出来ないだろう。

 陸奥達を救った作戦と同様、終わりを迎えねば皆はきっと事を吞み込めない。

 

「ほんで、司令官の横にずっとついとった川内とあきつ丸はどないしてんや。執務室で司令官の手伝いか?」

 

 空母が一塊に座っているエリアの中心に位置する席から龍驤の声。

 

「先ほどまでは執務室にいたようですが、現在はまた、呉へ。向こうの鎮守府に到着次第、一日休んでから行動を再開するとのことです」

 

「また呉ぇ? はぁ、仕事熱心なやっちゃなあ……司令官の命令かいな」

 

「まぁ、そう……ですね。今回の作戦について、少し」

 

「次の作戦も呉と柱島の合同っちゅう作戦にしたいんやろが……そしたら足の速い娘やないとしんどいやろけども、川内もあきつ丸もご苦労なこっちゃ」

 

 ふぅんと息を吐き出しながら言う龍驤だが、その本当の意味が分かっているかのような口振りに、私の鼓動が速くなる。

 そして、次の瞬間には、一際大きく心臓が跳ねた。

 

「それか、表向きには作戦終了して、司令官も晴れて大将に戻らはった、めでたしめでたし……ちゅう事にしてるだけで、まだ作戦は終わっとらん、とかな」

 

 にやりと笑った龍驤に、食堂のざわめきが波のように広がった。

 まあまあまあ、と片手を振って周りを落ち着かせた龍驤は、私を見つめたままに言う。

 

「仔細は知らんで。けど、呉の大佐の件もあるんや。大本営から正式な通達で大将に戻りました、なんて呉と柱島、あとはぁ、鹿屋やったか? その三か所の拠点以外から見たら、ああ、疑惑が晴れて大将として戻ったんやなあ、程度の認識にしかならんやろ。上役の入れ替わりなんて軍じゃなくとも転がってんねや、別におかしい話やない。それでもまあ、大将から異例の少佐への降格から、時間も経たんと大将に戻されるっちゅうんやから、《どっかの派閥には》相当な圧力になるやろな。ほんでもや、うちらは柱島の艦娘――少なくとも、鳳翔がわっざわざ妖精を選んで赤城達に連れさせたんは知っとる。その、重大さもな」

 

 やはり初期型。やはり百戦錬磨。

 

 龍驤の考えは、間違ってはいない。

 

「駆逐艦がアレだけ言い合えるくらいの仲になる理由。欠陥や何やってカスみたいに捨てられた艦娘が胸ぇ張って帰ってくる理由。だーれも、司令官に言及せん理由なんて、たった一つや……一歩間違えたら、大惨事になりかねんほどの任務を成功させた。どや、違うか大淀?」

 

「……」

 

 声は出ず、ただ、頷く。

 

「っは。まあ答え合わせはいつでもええわ。ただ一つだけ聞かせてぇや。この作戦は、この日本海軍が今まで実施した中でも、相当な難易度やろ」

 

 それについては、首を横に振る私。

 拍子抜けしたように、あら、そうなん? と小首をかしげてサンバイザーを指で弄る龍驤は、続く私の言葉に、サンバイザーを脱いで頭を抱える事となる。

 

「――世界中でも、提督しか成しえない、軍神が如き采配によって成功した作戦です。同じ作戦を、同程度の被害で遂行するならば、少なくとも国家単位での協力は必須でしょう」

 

「なっ……は、ぇ……ばっ……んな阿呆な事あるかいッ!」

 

「誇張表現ではありません。呉を預かっていた中佐が海域についての説明を行ったようですが、それも海域の現状についてであり、加えてソロモン諸島近海における過去の作戦での被害説明だけであったようですから」

 

「そしたら、司令官が全部一人で命令したっていうんか! 扶桑らと、赤城らだけじゃなく、面識もない呉の艦娘にも命令して!?」

 

「……はい」

 

「また、三艦隊運用かい……いや待てや……天龍と龍田が哨戒に出た言うてたな……」

 

 ぼそぼそと言う龍驤に、哨戒に駆り出された面々が声を上げる。

 

「そうだな、オレと龍田……球磨もだろ?」

 

「そうクマ。あとは、北上と大井も出てたクマ」

 

 えぇ!? とまたも周りがざわめくのも仕方が無い、と私は何度目か分からない溜息を吐き出す。

 

「北上と大井も、て……近海の哨戒に出てるんちゃうかったんかい!?」

 

 そう。龍驤の言う通り、本来ならば彼女達二人はローテーションに従い近海警備に出ているはずだった。

 しかし、その近海警備をも利用して、提督は四国方面へと足を延ばさせ、艦隊の安全を確保していたのだ。

 

「大淀さんに言われたから少し航路を変更しただけだよー。ま、大井っちは反対だったみたいだけどさあ」

 

 北上がそう言うと、忌々しそうな声で大井が吐き捨てる。

 

「命令なんだから従わないわけにはいかないですし。私だけなら、絶対に行きませんでした。またどんな危険があるか分からない場所に北上さんを行かせるなんて考えられませんから――!」

 

「んでも、艦隊を迎えに行くだけって言うから、一応ねー。肩慣らしの航海にもなるって大淀さんも言ってたしさー」

 

「北上さんはすぐに人を信用し過ぎです! 大淀さんの口から出たとはいえ、あの男の命令ですよ!?」

 

「提督の悪口はそこまでクマ」

 

「球磨姉さんまで――!」

 

 北上と大井、球磨型軽巡洋艦は序列が厳しいのか、はたまた本当に姉と慕っているのかは分からなかったが、球磨の一言で大井はそれ以上に口を開く事は無く、ただ、むすーっとした顔で腕を組んで黙り込む。

 

「そ、そしたら、何艦隊運用になるんや……? 非番の奴らも含めて、また、四艦隊の大規模運用か!? あのバケモンの頭ん中身、どないなって――」

 

 私もそう思う、と口にするつもりが、私の性質が故か、別の事が言葉となって口をついて出る。

 

「呉鎮守府に駐在している憲兵隊にも指示をしておりました。大きく分けるなら、救出のための第一艦隊、そして支援艦隊に、補給艦隊、帰還に際する哨戒艦隊に、憲兵隊、が正しいでしょう。それとは別動隊であった川内さんとあきつ丸さんにも指示を出しながら、呉鎮守府に所属している艦娘達の様子も見に行ってたようです」

 

「……元帥が、呉に来たて、言っとったな……川内達がおれへんから、分からんかもしれんけどや……元帥は、それを黙認したんかい……!?」

 

「それについては、私がお二人から伺っています」

 

「流石に元帥はんも待ったをかけ――」

 

「作戦に集中できるようにと、雑務を買って出た、と」

 

「……あ、あかん……ちょっち、疲れてるみたいや……ほ、鳳翔、お茶くれ……」

 

 ふらり、と立ち上がった龍驤に、帰って来てからどうしてか間宮と伊良湖に頭を下げて料理をさせてくれとお願いしていた鳳翔が、厨房から顔を出す。

 

「あら、お茶ですか? 待っててくださいね、今出しますから」

 

「作戦に直接参加してへんかったって言うても、鳳翔も鳳翔でよう料理なんてしとるな……何でそんな動けるんや……」

 

「いえ、私など、まだまだですよ。今この瞬間も、休んでくれという私や大淀さんに、お前達のためだからと言って仕事を続けている提督の足元さえも見えません」

 

「まだ仕事しとんかいあのバケモン! 話聞いただけで倒れそうになるのに、何やってんねや!?」

 

「ふふ、でも、それが終わったらちゃんと休んでくださいと言ってありますから……はい、お茶です」

 

「お、おぉ、ありがとう……。休む言うてもやなぁ、もう夜も夜やし、今何時や? フタヒト――」

 

 食堂の壁にある時計は、丁度フタヒトマルマルを指している。

 

「――飯も食わんと、ほんっま、人間やめかけてんなぁ、あの司令官……」

 

「そんな事はありませんよ。晩御飯は食べる、とおっしゃってましたから。……さ、私はこれを執務室に持って行ってきます」

 

 かちゃりとお盆に料理をのせて厨房から出てきた鳳翔に、うん? と顔を向けた私。

 作戦報告書の提出と、不在の間に問題が無かったかの確認、その他には、川内とあきつ丸と連携して呉鎮守府の補助を、ということ以外は特に聞いていないが、食事ならば私が持っていこう、と立ち上がる。

 

「それなら私が――」

 

「大丈夫ですよ。私が持っていきたいんです」

 

「鳳翔さんもお疲れでしょうから、ご無理はなさらないでください。私は提督の秘書艦ですから、それくらい――」

 

「いえいえ、大丈夫です」

 

「提督から何か新たな任務が言い渡される可能性もありますから」

 

「大丈夫です。その時は、大淀さんにお伝えしますから」

 

「……秘書艦は――」

 

「私が、提督に、持っていきます」

 

「うっ……」

 

 鳳翔は微笑んでいるが、その雰囲気から醸される圧力は立ち上がった私を一歩退かせる。

 な、なにが起きてるの……まさか、提督、鳳翔さんにしか頼めない任務を……?

 

 いやいやいや! 秘書艦である私に一言くらいあってもおかしくない……ならば任務ではなく、個人的に鳳翔が持っていきたがっているだけ……それも、ありえない……否、私は何を根拠にあり得ないと……?

 

 私のみならず艦娘を心から想う提督のことだ。鳳翔がそれに応えるべく夜食くらいならと持っていくのは別におかしな話ではない。

 それでも秘書艦の私にここまでの圧をかけておいて何も無いなどというおかしな話があるだろうか――いや無い!

 

「わっ、私も行きます!」

 

「あら、大淀さんは作戦中ずっと通信統制していてお疲れでしょうから、ここで休んでいても……」

 

「行きます!! 提督の仕事の様子も窺わねばなりませんのでッ!」

 

 私はがたりと席について、残っていた食事を全て無理矢理に口に詰め込むと、お茶で流し込んで食器を持ち、厨房の間宮達に渡す。

 

「ごちそうさまでした! では、失礼します!」

 

 抜け駆けはさせませんよ――鳳翔さん――!

 連合艦隊旗艦の意地、ここで――……あれ、私は何でムキになって……?

 

「な、なんやなんや……これ、なにが起きてんねや……なぁ……?」

 

 龍驤の声は食堂のざわめきに消える。

 続く飛鷹達の声を背に、私と鳳翔は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督に比べたら、鳳翔さんも大淀も、腹芸は苦手みてえだな、ひゃっひゃっひゃ!」

 

「二人がああなるほどの人なのかを見極めるのは、これから、ってとこかしらね」




まだまだ謎を残したままですが、一応、これにて第二部は終わりです。

次回から、様々な艦娘達との勘違いを巡る日常回を多くお送りしつつ、じっくりと謎に迫っていくお話となります。

長らくご愛読くださり、ありがとうございます。
多くの感想にもやる気をモリモリ貰えております。
まだまだ続くので、海原鎮と柱島鎮守府の艦娘達を見守っていただければ幸いです。

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