柱島泊地備忘録   作:まちた

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三章 柱島泊地備忘録
六十三話 幾世①【艦娘side・大井】


 海軍の人間など信用に値しない。

 

 これ以外に必要あろうか?

 球磨型軽巡洋艦四番艦、あるいは、軽巡、または、()()()

 

 私の名を呼ぶ者など殆どと言ってよいほどおらず、かつて見てきた日本という国は目覚ましい発展を遂げた事と引き換えに、心を失っているようだった。

 

 私が目覚めたのは、ある鎮守府の工廠で、私より先に海軍へと採用された姉とも呼ぶべき、同じく球磨型軽巡洋艦三番艦の北上さんと同時期だった。

 目覚めた理由は分からなかった。

 

 ただ、私の意識が人の身体があると理解した時、本能的に気づいたのだった。

 私が守った人々が危機に瀕しているのだと。

 

『おい、そこの。目が覚めたのならモタモタするなッ! とっとと出ろッ!』

 

『えっ、あ……――』

 

 目覚めたばかりの私に掛けられた第一声。

 

 幾度も幾度も私の中で聞いた怒声。しかしてその性質は全く異なるもの。

 

 建造ドックに備えられた鋼鉄のカプセルのような機械の中で横になっていた私は、自分の手をまじまじと見る時間さえなく、ぎこちない動きで身体を起こし、カプセルから出た。

 

『……ったく、何で俺がこんなバケモンの面倒を――早く起きろ! そっちのも!』

 

 声の主は私の横にあるカプセルへ向かって怒鳴り声を上げたのち、起きるのも確認せずに背を向けてドックを出て行く。

 

 怒鳴られた当の本人である艦娘は、体の動かし方がまだ分からないといった風に目だけを動かして辺りを見回していたのだが、扉を向こう側から蹴るような、ばん、という音に驚いて反射的に体が跳ねたのをきっかけに、のっそりとカプセルから身体を起こした。

 

『あ……あー……あーあー、あー……?』

 

 怒声によって思わず声が漏れた私とは違って、彼女は自分で喉を触りながら、はじめは掠れ声で、そして次第にどう音を出すのかを理解したように何度も発声した後、顔を私に向けて問うた。

 

『大井っち?』

 

『……――っち? えと、はい、大井、ですが……』

 

『あぁー! やっぱりぃ! ほら、アタシだよ、分かる?』

 

 人としての顔を見た事は初めてなのに、彼女は私の名を呼んだ。この世界の誰よりも早く、私を私として認識し、目を見た。

 右も左も分からず、目覚めた理由さえ本能だけで勘づいているに過ぎない私はきっと、彼女と共に何かを成すのだと思ったとて、不自然では無いと今でも確信している。

 

『きたかみ、さん……?』

 

『そぉー! 良かったぁ……いきなり目が覚めたと思ったら怒られてるし、何がなんだかって感じだねぇ』

 

『そ、そうですよ北上さん! 何で軍艦である私達が人の身体になって、目が覚めるんですか! わた、私、確かに、魚雷を受けて、身体が……っ』

 

 はっとして視線を下げ、腹部を見る。

 もちろん、そこに傷など無く、服を捲ったところで傷一つない素肌があるのみ。

 

『あ、あら? 傷が、無い……敷波さんが私を連れて行ってくれようとしたけど、耐えられなく、て……それで……あれ……?』

 

 記憶の混濁。それは欠落を伴い、私の視界をぼやけさせた。

 

『生きて、る……まだ、生きてたんだ……私……』

 

 無意識に流れる一筋の光が頬を伝う。

 そんな私に近づいて、ぎこちない動きで背をぽんと撫でてくれる北上さんだったが、先刻、私達に向かって怒鳴った男が戻って来て、乱暴に扉を開け放って、三度がなり声を響かせた。

 

『何をぼうっとしている、早く出ろと言っただろうが! 任務だ!』

 

 私は初めて、私達に向かってがみがみとうるさい男が軍服を着ていることに気づいた。

 嫌な予感、というより、どうか私の勘違いであってくれという切実な願いだった。

 

 ――しかしながら、私の願いというのは容易く崩れる事となる。

 

 ああ、もう、だめだ。これ以上は思い出したくも無い。

 

 とにかく、私は海軍の軍艦でありながら――艦娘でありながら――海軍が、大嫌いであるということだ。

 

 

* * *

 

 

「……本日の秘書艦補佐、大井です」

 

 今日は私が提督の秘書艦補佐の日。

 この鎮守府に着任してから暫く経ったが、一向に任務という任務を与えられないものだから飼い殺しにされるものだとばかり思っていたが――数日前に実施された北上さんとの哨戒任務以降、柱島鎮守府は以前にもまして精力的に活動していた。

 

 日々の遠征、哨戒に加えて、呉鎮守府との合同演習も予定されているらしいと知った時は、多少はまともな指揮官のもとに着任できたのだと安堵していたのだが――

 

「よろしく頼む」

 

「あ、あの……?」

 

「なんだ」

 

「私は、こちらで作業をすればよろしいので……?」

 

 短い挨拶を交わす時だけ顔を上げたかと思えば、すぐさま書類に視線を落としてカリカリとペンの音をたてはじめる提督。

 ……せめて指示くらいは出しなさいよ、と胸中で愚痴りながら問えば、提督は冷たい目で「座っていてくれ、すぐに終わる」とだけ。

 

 これもまた一つの指示か、と言われた通り秘書艦補佐のために用意されたのであろうデスクについた時、提督と同様執務に集中していた大淀の顔がやっと窺えた。

 

 連合艦隊旗艦、大淀型軽巡洋艦一番艦――どこの鎮守府でも、彼女の手にかかれば事務作業から雑務などと言ったものは瞬時に消し去られる。

 設立されて、放置され、また再始動した全国でも稀有な鎮守府であるこの柱島の執務室とて彼女の手にかかれば何ら問題は無いのだろう、と思っていた。

 

 しかし、私の目に映ったのは――

 

「提督、申し訳ありません、も、もうすぐ、終わります……!」

 

「無理はするな。十分に助かっている」

 

「……はい」

 

 無茶な運用、ずさんな管理で目が死んでいたりといった事はおいておくにしろ、私が過去に見てきた幾人かの大淀は、どちらかと言えば提督の補佐というより、お目付け役といった印象が強かった。

 各鎮守府は日本国防衛のために艦政本部とは別枠として日々の開発、研究を任されているが、大淀はそういった開発や研究、それに関するデータの収集を目的とした演習や哨戒の管理を一任されている事が多かった。

 

 横須賀や呉、佐世保、舞鶴といった比較的大きな鎮守府であれば提督以外の手もあるため開発や研究を行う余力がある。しかしその他の拠点は違う。特に柱島なんていう防衛を目的とした泊地など研究どころか、開発さえままならないなどざらである。

 それをせっつく――というのもおかしいか――のが大淀の役目、要はそういった印象であるということ。

 

 だが目の前にいる大淀はどうだ。

 

 過日、食堂で提督が実施した作戦概要を事後報告ながらにも説明してくれた彼女の頭脳は、あの時点で証明されていた。あれだけの大規模な作戦だったのだ、参加していた艦娘も少なくはなかった。私や北上さんだってそうだ。

 それらを統率し、冷静に作戦を遂行していた彼女が、提督から次々と手渡される書類に追われ、目を回している。

 

 唖然とする私に指示はなく、ただ十数分、沈黙の時間が続いた。

 

 それからようやく、切りのいいところだったのか、提督がペンを置いた。少し遅れて、大淀も。

 

「すまない、待たせたな」

 

「いえ、別に」

 

「……そうか」

 

 横目に提督を見ながら言う私。それで? 私は何をすれば? 言葉なく雰囲気を醸すことで伝えようとする私。

 

 海軍の人間などと口を利くのも億劫だというのに補佐艦などと……早く終わればいいのに。

 そんなことを考えている私の心でも見透かしたかのように、提督は言った。

 

「……やはり北上と一緒でなければ、任務はしたくないか」

 

 えぇ、そうですが、問題でも? 私はそう言ってやろうと――いいや、嘘だ。

 一手目に核心を真正面から貫いた言葉に、私は動揺してしまった。

 

 顔には出ていなかったと思うが、それでも、ごくりと喉が鳴ってしまっていたと思う。

 

「何故そのようなことを? あぁ、私の記録でも見たんですか?」

 

「うむ。お前は……――」

 

 提督が引き出しから数枚の紙きれを取り出し、目を通しつつ言葉を紡ぐ。

 その記録に私はどう記載されているのか。考えるまでも無い。

 

 前の鎮守府で、私と北上さんはとにかく酷使された。

 前線への出撃は当然のこと、雷撃処分されて既にどの艦のものだったのかも判別できない鉄くずを拾わされ、微量の資源を抱えて帰れば、息つく間もなく遠征へ行かされる日々。

 

 そんな日々を、二人で耐え抜いてきた。

 

 提督はそれを――

 

「北上と一緒にいた方が良いな。丁度良い任務がある」

 

 ――見抜いている。

 

 反射的に大淀を見た私。もしかすると、キッと睨んだようにも見えたかもしれない。

 しかしながら大淀は一切の不安も心配もしていない目をして、私を見つめ返していた。

 

「任務ですね。了解しました。それで、どちらに出撃すればよろしいんです?」

 

 わざとらしく溜息を吐いて言った。そうすれば、提督はかつての軍人達と同じ態度を取ると思ったのだ。

 殴るか、蹴るか、いずれにせよ憤慨し私を罵倒するだろうと。

 

「出撃では無いんだが……大井。お前の出撃回数の多さや、それらから必ず帰還を果たした実力を考慮し、駆逐艦の教導の任に就いてもらいたいと考えている。ここに来てからというもの、私が右往左往していたせいでお前達の事についての細かい把握が出来ていなくてな、昨日からやっと手を付けたところなのだ」

 

「ぇ……は……――?」

 

 今、提督は私に、なんと――?

 

 実力を考慮? 駆逐艦の教導? 一体、何を言っているの――?

 

 提督が右往左往していたなど、そんな事は聞かずとも分かる。どこであろうが鎮守府に着任したては忙しいものだ。

 だが彼の忙しいという言葉は、着任に際しての手続きや鎮守府の把握ではなく、大規模作戦を立て続けに二つもこなした事であって……細かい把握が無ければ、作戦に従事する多くの艦娘を指揮する事なんて出来るはずも、なくて……。

 

 彼の言っている事は矛盾している。

 

 戸惑う私に対して、大淀が補足するように声を上げた。

 

「柱島鎮守府に在籍している多くの駆逐艦の戦闘能力――練度にバラつきがあるとの事で、提督が是非に、と。大井さんの他に、北上さんや、鹿島さん、香取さんを教導として抜擢するそうです」

 

「うむ」

 

 提督は椅子に座ったまま次々と書類を取り出し、ぱさり、ぱさり、といくつかの山に分けた。

 

「艦娘に練度という分かりやすい数値があって安心したところなのだが、それを引き上げるのに私では厳しかろう。同じ艦娘である大井や北上が演習や座学を教えてくれるのならばそちらの方が確実であると判断した。何か質問はあるか?」

 

「……特には――じゃなくて! な、何で私がそんな事を――!」

 

 思わず声を荒げたが、別にやりたくないわけではなかった。

 艦娘の本分は戦闘。しかし、教導の重要さも理解している。

 

 それに、傷つかずに出来る仕事があるなど、考えてもみなかった。

 

 私を見てくれる北上さんを守る事、それに繋がる戦闘以外の任務は受けたくも無い。

 

 そう口を開く前に、じりり、とけたたましい黒電話のベルが執務室の空気を揺らした。

 

「すまん。――こちら柱島鎮守府執務室」

 

 電話に出て、相手方の声が聞こえた瞬間、提督の表情がいくらか和らぐ。

 

「おぉ、山元か。どうした」

 

『――』

 

「ふむ……ふむ……」

 

『――』

 

「はっはっは! そうかそうか、お前も形無しだな!」

 

 楽しそうに笑い、そして、

 

「なに、女子に振り回されるのが我々男の仕事だ。せいぜい尻を叩かれて仕事をすることだな、っくっく」

 

『――ちょっとクソ提督! あんた憲兵さん達に差し入れを用意するって話だったじゃない! なに油売ってんの!? 誰と電話を――』

 

『――』

 

『はぁ!? それならそうと早く言いなさいよ! ちょ、ちょっと貸しなさい!』

 

 離れた位置からでも聞こえてくる、電話口の向こうの声。明らかに艦娘の声だ。

 提督は尚更に面白そうに笑い、優しい声音で言う。

 

『あっあの! 呉鎮守府所属、駆逐艦の曙です! 先日は提督がお世話に――』

 

「曙か。あれからどうだ? 何か困った事はないか?」

 

『問題ありません! あのクソ――んんっ、提督も、前みたいに私達と話をしてくれて……』

 

「……そうか。それは何よりだ。お前達のクソ提督を、どうかしっかりと見てやってくれ。私もこれから、何度も助けてもらわねばならんものだからな」

 

『はい――! 突然、お電話を代わって、申し訳ありませんでした、海原大将』

 

「気にするな。私も曙の元気な声が聞けて安心した。では、山元に」

 

『はいっ』

 

「――どうだ艦娘との仕事は。楽しかろう」

 

『――』

 

「お前のように有能な男であれば、問題も無いだろうが……そうだ、例の件はくれぐれも頼むぞ。私とて忙しいのだ」

 

『――っは!』

 

 最後の返事は、はっきりと聞こえた。確かに男の声で、話を聞くに呉の提督、山元大佐であるのは明白。

 ああ、この人は本当に、たったの数日で大将へと戻ったのだと確信に至る。

 

 受話器を置くと、失礼した、と一言置いて、提督は私に改めて話した。

 

「――話の腰が折れたな。ここに、練度別に分けた駆逐艦の詳細を記した資料がある。大井一人に任せようというわけではないが、お前は北上と一緒の方が仕事が捗ろう。今後、北上と大井、鹿島と香取の二組に分けて座学と練習航海を行ってもらいたく思う。練度を引き上げ、一定に達した駆逐艦を近海警備に順次投入し、さらなる練度向上を図りたい」

 

 異例の降格を受けた男――再び、大将の座に返り咲いた軍神――作戦終了した夜に大淀が龍驤と話していた内容が頭を過るほどに、一分の隙も無い、そして無理のない任務。

 

「わ、かり、ました……――」

 

 言い返す事も出来ず圧倒されてしまった私は、提督から資料を受け取り、承諾するしかなかったのだった。

 

 

* * *

 

 

「それで任務を受けてきたんだ? 珍しいねえ」

 

「私はまだ納得してませんけどね! なんで私と北上さんが、駆逐艦なんかの教導を……」

 

 提督の補佐をするはずが、いつの間にか用意されていた鎮守府の使われていない一室を利用して駆逐艦達へ座学を行うことになっていた。

 私は北上さんを寮まで迎えに行って事情を説明し、現在は資料にあった駆逐艦数隻――睦月型駆逐艦の、睦月、卯月、望月の三名を空き部屋、改め、教室に呼び待機している。

 

 駆逐寮は型で分けられており、睦月型駆逐艦は二名から三名で一室を使う、という風にこれまた個別に分けられているという気の配りよう。前の鎮守府であれば倉庫のような部屋に何十名と詰め込まれていたものだが、とぼんやり考えてしまう。

 

 呼び出した三名は、睦月を除いた二名があんまりにだらしなかったので早速一言怒鳴ってやった。

 

 卯月は私の話を聞かず延々と睦月に悪戯をしているし、望月に至っては私が来たのにもかかわらず布団から出ようともしなかったからだ。

 

『提督からの命令で駆逐艦に座学が行われることになったわ。準備するものはないけど、そのだらしのない恰好を正してさっさと中央の一階にある空き部屋に来なさい。場所は――』

 

『えぇ……何それぇ……面倒くさぁい……』

 

『なっ……!』

 

『うーちゃんは勉強なんて嫌いっぴょん! もっと楽しいことしたいっぴょん!』

 

『――っ! さっさと準備なさい駆逐艦ども! わかった!?』

 

『『ひぇっ』』

 

 ……こんな調子で教導なんて出来るのだろうか、と頭を抱えたくなる。

 北上さんだって駆逐艦などとかかわるのも――

 

「教導かぁ、ここの提督は面白いことを考えるねぇ。へへ、楽しそうじゃん、教導」

 

「えぇ!? き、北上さん、でも、前は、駆逐艦、うざいって……」

 

 私の言葉に、北上さんは教卓代わりに使おうと部屋の隅から持ってきた机の上に腰かけ、そうだよぉ、と間延びした声で返事する。

 

「駆逐艦はうざいよ。うるさいし、遊びたがりの癖にすぐに疲れて寝るし、出撃したら――」

 

 ここまで言われて、続く言葉が出る前に、私はしまった、と後悔する。

 どうして分からなかったのか。北上さんとずっと一緒にいたのに、と。

 

「――大体、帰ってこないしさぁ」

 

「ご、ごめんなさい、北上さん、私そんなつもりじゃっ……!」

 

「えー? あぁ、いいのいいの、別に、そういうのじゃないから」

 

「でも……」

 

 これも提督の策略のうちであったのかもしれない。私が手玉に取られたと気づいたのは、駆逐艦達の教導を始めてから、随分と経った後の話だったからだ。

 

「いつもアタシを守ってくれる大井っちから教えてもらえるんだから、安心だよねぇ。アタシも教えられること、しっかり教えてあげなきゃなぁ」

 

「北上、さん……――はい! 北上さんに恥じぬよう、きっちりみっちり教え込みます! それこそ! 敵の戦艦を一隻で撃破出来るくらいの艦娘にします!」

 

「あはは、それは難しいんじゃないかなぁ。でも、大井っちならできそうだねぇ。信頼してるよぉ」

 

「し、ししし信頼……! 必ずや――北上さんのご期待に応えてみせます――!」

 

 教室の扉が、おずおずと開かれる音に、私は背筋を伸ばして制服スカートを払い、襟を正す。

 

「失礼しまぁす……睦月です……」

「来たよー」

「来たぴょん!」

 

「遅いッ! さっさと着席なさいッ!」

 

「「「ひぇっ!?」」」

 

「これから座学を行うわ! 今日はノートをとらなくてもいいけど、次回からは課題も用意するからそのつもりで! ほら、さっさと座る!」

 

「よろしくねぇ、駆逐艦たちぃ」

 

 腕を組んで大声を上げる私に、ひらひらと気楽な様子で手を振る北上さん。

 

 人類史から見てまだ生まれて一秒と経っていない程度の私達の基本について、兵学校で見たような机を三つ並べて――実際には、片付けの際に港へ運ばれたものを海の上から目にしただけだ――そこに着席する三名へ問う。

 

「まずは基本よ。そこの。私の質問に答えなさい」

 

 私の声に肩を跳ねさせて「にゃしぃっ!?」と妙な声を上げたのは睦月と呼ばれる駆逐艦。太陽が水平線の向こう側に沈むその最後に放つ一番明るく濃い空のような髪を揺らし、背筋を伸ばす。

 

 答えよう、という気概が見て取れる。まあまあ、ここまでは良いだろう。

 

 一度受けたならばきっちりとやり遂げねば私だけではなく北上さんの評価まで下がってしまいかねないため、私は面倒だとか、どうして私が、だとか様々に浮かぶ気持ちを抑えこんで問うた。

 

「駆逐艦の役割は何か答えなさい」

 

「え、えと……えと……! 哨戒! です!」

 

「……」

 

 私は腕を組んだ状態でじっと睦月を見つめるだけ。

 数秒の沈黙のあと、横から北上さんが柔らかな声を紡いだ。

 

「んー、哨戒だけぇ? 駆逐艦って、もっと色々やってた気がするけどなぁ」

 

「あっ……そ、そうだ……えーと……」

 

 まだ口は挟まず。睦月から言葉が出るまでは、と堪えた。

 この時点で本来なら怒鳴り飛ばしてやりたいところだが、せっかく北上さんが与えたチャンスなのだから――無駄にするんじゃないわよ睦月……!

 

「遠征、と……あと、護衛もです! 戦闘にも参加します! 私達は小さいですが、速いですから、偵察とか……潜水艦に対しても戦闘能力があります!」

 

「よろしい。勘違いしている子はいないだろうけれど、再確認しておくわ。軽巡、重巡、戦艦、潜水艦、空母、それぞれに役割があるけれど、その中でも多岐にわたって任務に従事することになるのが駆逐艦のあなたたちよ。とうに忘れたけれど、どっかの鎮守府でふんぞり返ってた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()指揮官とそのお友達は駆逐艦には火力が無いと言って居室とも呼べないゴミ部屋に艦娘を詰め込んでいたわね」

 

 思い出しかけて語気の荒くなる私だったが、咳払いで意識を切り替えて組んでいた腕をほどき、腰に当てて話を続ける。

 

「んんっ……私達が艦娘であろうが軍艦であろうが重要なのは、役割を理解し、その役割を果たせるだけの練度を保つ事、ここまではいいわね」

 

「はいっ」

「んー」

「ぷっぷくぷぅ……」

 

「卯月ぃ……?」

 

「わ、わかってるぴょん!」

 

「っち……背筋を伸ばしなさい」

 

「うぅっ……うーちゃん遊びたいぴょん……」

 

「座学が終わってからになさい。これも任務よ」

 

 任務よ、という言葉に卯月はしばし虚空に視線をさまよわせていたが、それはどうやら任務という言葉と現在の状況が頭の中で噛み合っていなかったから、らしい。

 続く卯月の言葉に、彼女の置かれていた環境を嫌でも想像してしまい、私は顔をしかめてしまったのだった。

 

「任務って……突撃するんじゃないっぴょん……?」

 

「……」

 

 無視して話を進めるべきか、はたまた形だけでも慰めてやるべきか、私には分からなかった。

 北上さんとしか話してこなかったし、北上さんの事しか考えてこなかったし、それ以外は必要のない、意味のないものばかりだと痛感しているから。

 

 卯月もまた、私が北上さんを守り、北上さんに守られる事で繋いできた時間という概念を、突撃し、生きて帰ってくるという極限の往復で繋いできたのだろう。

 一片の比喩も無く、文字通りに、決死で。

 

 この鎮守府は本当に、掃き溜めなのだと認めざるを得ない。

 

「任務は、提督からくだされる命令のことで、突撃することが……あなたの任務の一つだったのかもしれないわね。でも、ここでは練度を引き上げるために学ぶことが任務よ。分かったのなら真面目に取り組みなさい」

 

 淡々とした事実だけを口にすることでお茶を濁した。

 同じ艦娘とて、私が彼女にかけられる言葉なんていうものは無い。

 

 北上さんなら、名前を呼んで、もう大丈夫、私が守ってあげるよぉ、と今にも溶けていきそうな力の抜けた笑顔で言うのだろう。

 だから今は、いっぱい勉強しようねぇ、なんて柔らかな言葉を使うかもしれない。

 

 ――私には出来ない芸当だ。

 

「大井っちと私から学べるんだよ? こりゃあ卯月達が駆逐艦で頭一つ抜ける実力になるのも時間の問題だねぇ……突撃なんてしなくたって強くなれるんだからさぁ」

 

 北上さん……あなたは、やはり女神ですか……?

 

 い、いけないいけない。気に食わない男から科せられた任務とは言え、これは北上さんとの共同任務なんだから――きょ、共同!? 

 これは実質私と北上さんの共同作業……ともすれば、朝は教え、夜は教えられ……

 

「ね、大井っち?」

 

「あっはい! 私は上でも下でもどちらでも!」

 

「何の話?」

 

「えっあっ! な、何でもないですぅ。あはは……んんっ、卯月! 真面目に聞いておきなさいよね! わかった!?」

 

「理不尽に怒られた気がするっぴょん!?」

 

「うるさいわね! 座って聞いてなさい!」

 

「もう座ってるっぴょん……」

 

「あはは、大井っちどうしたのさぁ」

 

 乱れていくペースに危機感を覚え、これではいけない、と鼻で深呼吸を一つ。

 すると、そのタイミングで――教室の扉が開かれた。

 

「失礼する。急にすまないな。一応、様子を――続けてくれ」

 

「提督――……! お、お疲れ様ですっ!」

「あっ、司令官! 司令官にぃ、敬礼! ぴょん!」

「んあー、どうしたの司令官?」

 

 駆逐艦それぞれの挨拶。慌てて頭を下げる睦月に、敬礼とは言い難いふざけた挨拶の卯月に、そもそも敬礼さえせず背をもたれた首をだらんと後方に向けて逆さまに提督を見る望月。

 

 こ、これでは座学をしていないと思われてしまう――!

 

「起立――気を付けェッ!!」

 

 私の怒号に駆逐艦は悲鳴も上げられず立ち上がり、直立不動の恰好となる。

 続けて私は丹田から練り上げられた圧力をともなうような声を教室を発破せん勢いで口から吐き出した。

 

「回れぇ――右ッ!」

 

 睦月達が一糸乱れず私の方から、提督の方へ振り返る。

 

「海原大将に、敬礼ッ!」

 

「「「っ……!」」」

 

 身に刻まれた動きは、軍艦であろうが艦娘であろうが、身体を勝手に動かすもの。

 駆逐艦の全員、先刻の腑抜けた敬礼などではなく、指先にまで神経を使うような最敬礼だ。

 

 ふぅ……何とか、誤魔化せたでしょう……!

 これでも艦娘になる前は練習艦だったんだから、どれだけヘタレていようが、扱いにくい奴が相手でも動かせるだけの気迫を持ってんのよ!

 

 どうだ、見たことか、と提督をちらりと見た時、その目が私を見ているのに気づくのと同じく――笑っているように見えた。

 

「……力を抜け。邪魔をするつもりは無かったんだ。本当に。大井、授業を続けてくれ」

 

「くぅ……っ」

 

 誰にも聞こえていなかったであろうが、私から悔しさから喉を絞るような声が出てしまった。

 

 資料を見た、と口にしていたじゃないか、と思い出した頃にはもう遅い。

 提督は私の過去を知っている。それは前の鎮守府での待遇が如何に酷いものであったかを知識として資料から読み取ったという意味では無く――軍艦であった過去から現在に至るまで、全てを見通している、という事だ。

 

 故に――乗艦訓練が行われる練習艦であった私を、駆逐艦、いわば新米の練度上げに抜擢したのだ――。

 

 してやられた、という思いと、何か一泡吹かせてやろうという対抗心が拮抗したとき、気づくのだった。

 

 

 

 

 

 この鎮守府は、まだ、私に過去を振り返る時間を与えてはくれない。

 

 あの提督は私に、まだ、前に進めと言っているようだ、と。




大変申し訳ありません。

操作のミスから途中の文章がごっそりと抜けていたようです……。

妖精のいたずらに違いありません……。
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