柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十四話 育成①【提督side】

 

 

 現在時刻午前四時。

 再び訪れた呉鎮守府での作戦を終えて柱島に戻って来た俺は、結局、あれから日付が変わるまで事後対応に追われる事となった。

 

 事後対応と言えど、どういった処理をすれば良いのか――なんてものを俺が知っているわけも無く、最後の最後までむつまる率いる妖精達に助けてもらったというのが実のところである。

 妖精、主にむつまるから指示された内容は字面こそ小難しいことばかりが並べられていたものの、簡単にまとめれば使用した資源、作戦で消費されたその量であったり、負傷した艦娘を修復するのに掛かった時間や、同じく消費資源の記入。

 

 これが各鎮守府から送られてくる大本営は、それらを加味した資源を各鎮守府へ配布する――といった具合らしい。そりゃあ戦果を挙げたがるわけである。

 戦果を挙げねば艦娘を養えず、戦果を優先するが確実に来る見返りでもない資源をあてに貯蔵されたものを消費すれば、それこそ本末転倒となってしまう。

 

 なるほどこれが提督の苦悩というものか。

 一応俺も提督なんだけども。

 掃除すら出来ない俺が大将なんだけども。

 

 それはさておき。

 

 呉鎮守府での作戦も終わり、報告書も書き上げ、ようやく俺は本来の職務である柱島鎮守府の艦娘を支えること、日々の運営である近海哨戒や遠征、演習などに勤しむことができる環境となったわけだ。

 であるからには気合を入れ、呉鎮守府でのなっさけない姿を払拭せねばならない。

 

 とにもかくにも風呂である。丸一日も風呂に入らずに動き回ったおっさんが、二日目もシャワーさえ浴びずに執務室で仕事をしていたらどうだろうか?

 そんなこと想像するまでもない。大淀には「艦隊司令部に触らないで!」どころか「来ないで!」とドストレートに拒否されるかもしれん。そのような事態を迎えたらきっと俺は死ぬ。

 

 執務室のソファに寝転がっていた俺は節々の痛む身体を起こし、ところどころに赤い染みがついたままの上着を脱いで放り投げながら、デスクの上に置かれたままの書類へと手を伸ばす。

 

 ――その時。デスクの上に妖精達が眠っているのが見えた。

 

 一瞬死んでるのかと思った……。

 

 というか妖精も寝るんだな。

 

「……」

 

 デスクの上では身体も痛かろうに、と手につけたままだった手袋を脱ぎ、ソファに投げ出した上着を取ると、ぐるぐると適当に丸めたあとに、デスクの上へ。

 一人一人、妖精を起こさないようにつまんで上着の上に乗せ、布団替わりにでもなるだろうと手袋をそっと被せた。

 

「……よし」

 

 寝かせてくれと懇願していた俺をあらゆる方向からつつき寝かせなかった妖精達への仕返しである。たっぷりと俺の手汗を吸い込んだ手袋で悪夢でも見ればいいのだ。ふはは!

 

 ……何やってんだか。風呂行くか。

 

 俺は出来るだけ音を立てないように執務室の扉を開き、部屋を出た。

 

 

* * *

 

 

 掃除すら出来ない無能として周囲に認識されてしまった今、俺が出来る事とは――社畜が社畜たるルーティンを完璧にこなす事である。

 それも数日と経たずあっという間に崩れてしまったが、まだ大丈夫! まもる、挽回できます!

 

 電灯もついていない静かな鎮守府の廊下を歩きながら、ぐっと拳を握る。

 

 今日から新たに海原鎮の柱島鎮守府生活を、ここから始めるのだ――!

 

「昨日より任務お疲れさまでした、提督。おはようございます」

 

「……うむ。おはよう、伊良湖」

 

 伊良湖ォッ! いきなり声をかけるんじゃないよォッ!

 もう少しで絶叫しかけたよぉ……。

 

 鎮守府の廊下は別にカーペットが敷いてあるわけでもなければ、普通の板張りであるというにもかかわらず足音さえさせずにこの俺に近づくとは。やはり艦娘、侮れない。可愛いだけでは無かったか。

 

 くだらない事を考えている俺をじっと伊良湖が見つめてくるものだから、すっと一歩、二歩と下がる。

 

「っと、すまないな。帰ってから執務に没頭していたから、汗臭かったろう」

 

「えっ!? あ、いえいえいえ! そのような事は……むしろ全然……――んんっ、では、提督はこれからお風呂へ?」

 

「うむ。今日も忙しくなりそうだからな。朝食はみなが来る前に早めに済ませたいのだが、可能か?」

 

「そうですか……では、先に提督のお食事を用意しておくようにしますね。間宮さんにも伝えておきます。タオルはご用意いたしましょうか?」

 

 新婚ほやほやのようなこの掛け合い……控えめに言って最高である。

 悲しいかな、余裕のあるスマートな男を演じられず、素直に「忙しくなるかもしれない……」と弱音を吐く辺りが社畜のまもるクオリティ。

 

「うむ、頼めるか。この時間から働かせてすまない」

 

「何を仰いますか。皆さんが起きる前に仕込みをしなければならないのですから、この時間に働き始めるのが当たり前なんです。ふふ」

 

 まるでそんな弱音を聞いていなかったかのように伊良湖は優しく笑みを浮かべ、

 

「では、タオルは入渠ドックへ持って行っておきますね」

 

 と言ってくれた。

 こんな素晴らしい職場、他にあるものか! ただし勤務時間は考慮しないものとする。

 

 可愛い艦娘と一緒に居られるんだから二十四時間働けますよね? と問われたら俺は働けます! と即答する。

 

 伊良湖に挨拶を済ませ、昼間は艦娘達の癒しの場となっている入渠ドックへ足を踏み入れ、さっさと服を脱いでドック、もとい風呂場へ。

 入渠ドックには既に湯が張られており、もくもくと湯気が立ち込めていた。

 湯を張ってしばらくそのままにしておいたのか、はたまた換気されていないのか、漫画みたいな湯気の量である。

 

 俺が戻ったからにはこの時間に利用するだろうと急いで準備してくれたのかもしれない。至れり尽くせりじゃないか……。

 感動もそこそこに「ふぅぅーい……」とおっさんくさい声を漏らしつつかけ湯をし、銭湯が如く並ぶ洗い場の前にどっかりと腰を下ろす。

 

 ここで社畜の技が光る。頭を洗い、身体を洗う、その間に癒しなど無い――この時間こそ一日の流れを組み立てる重要なポイントとなるのだ。ちなみに俺は身体から洗う。

 予め一日の動きを決めておくことによって、アクシデントに遭遇した場合ルーティンをずらせるよう余力を残す。極めて窮屈に感じられるこの思考こそ、仕事には肝要である。

 

 余裕を持ったスケジュールを頭の中で組んでおけば、何か問題が発生してそちらへ注力せねばならなくなった場合、本来やるべきだった事を組みなおしやすいのだ。

 トラブルも解決できて、一日の仕事もきちんと片付けられる。社会人として必須のスキルであるのは言わずもがなである。前にも言った気がするが上手くいった試しは無い。

 

 ……しかし! やるのとやらないのとでは全く別だ!

 

 今日一日の仕事がもしも終わらせられず、昨日のように夜中の一一時ギリギリまで掛かろうものなら、ただでさえ、役立たずですみませんでした、皆さんを頼らせてくださいと撃沈してしまった俺の評価は地を突き抜けて地獄へ行くだろう。

 そうなればいよいよ艦娘からそこを動くなと言われて呼吸以外許してもらえなくなってしまう。

 

 それは提督の名折れ……絶対に避けねばならない。

 俺は! 艦娘の役に立ちたいのだ!

 

 下心は無い!

 

 ……ちょっとしか無い!

 

「うむ?」

 

 手早く身体を洗ったあと、目を閉じたままシャワーを浴び、ガシガシと頭を流してからシャンプーを手に取ろうと両手を前に伸ばすも、指先がボトルに当たる気配が無く、違和感を覚える。

 ここらへんにシャンプーボトルがあったはずだが、と薄目を開けて前を見れば、

 

「んぁ……すみません……ぁい、どうぞぉ……」

 

「お、おぉ……ありがとう」

 

 横からにゅっと伸びた手が俺にボトルを手渡してきたので、受け取って、コスコスとポンプを押して多めに出し、頭を洗い始める。

 このシャンプーは柱島の艦娘達全員が使っているもの――俺は今、艦娘の香りに包まれているのだ――。

 

 仕事は頑張るから、香りくらいは楽しませてください。

 艦娘にはノータッチなんで。セクシャルハラスメントはダメ絶対なんで。

 

「……むっ!?」

 

 いや待て! 俺にシャンプーを手渡したの誰だよ!?

 

 寝起きでくだらない事ばかり考えていたために完全に反応が遅れてしまった俺は、両手を頭の上に乗せて泡だらけという間抜けな恰好のままにぐりんと首を回して横を見る。

 

 そこには、湯煙にちらちらと隠れていたが、見紛う事なき艦娘の姿が。

 

「んぇ……? あ、てーとくでしたかぁ……いやぁ、あはは、まだ眠くって……聞いてくださいよぉ、昨日、島風ちゃんのタービンを直してる時にですねぇ、強度を高められそうな仕組みを思いついてですねぇ……?」

 

「明石、こ、この時間は……私が、使っている、はずなのだが……?」

 

 目をしょぼしょぼさせている明石は、事態を把握出来て居ないのか、頭上に鳥でも飛んでいるかのような表情のまま固まっている。

 

 言うまでも無く、ここ柱島鎮守府は俺以外に男は存在しない。

 自然と鎮守府の設備はトイレを除き殆どが女性ばかりが使用しており、艤装という特殊なものを扱うこともあって、俺が使うと言えど、実態は、艦娘を通して、である。

 工廠の建造ドック然り、開発に伴う資源の管理然り、名目上は提督である俺の管理下にあるため、俺が使っているようなものだが、建造も開発も指示を出すだけ。

 

 そして、この入渠ドックも艦娘以外に使う者は居ない――午前四時過ぎの今を除いて。

 

 午前四時は俺が風呂場として借りると大淀に伝えてある。

 大淀はその時間ならば誰も使っていないし、そもそも哨戒に出ている艦娘以外は起きていないと言っていた。だからこの時間は俺が唯一安心して全てをさらけ出せる時間のはずなのだ。

 

 ああ、全裸になるって意味ね。

 

 いや決して全裸になる時間が大事というわけではなく、風呂に入るのが俺の癒しの時間であるという意味でだめだ混乱してるわこれ。

 

 呉鎮守府に続いて我が職場たる柱島鎮守府でも、同じ轍を踏むとは――油断していたッ――!

 

 目を白黒させている俺。頭が覚醒してきたのか、みるみるうちに目を見開いて漫画のように顔を赤くしていく明石。

 

「き……――」

 

「明石、待っ――!」

 

「きゃ――ムグゥッ!?」

 

 あっぶ、あぶ、あぶぶ、あぶねえ! この時間に入渠ドックで女性の叫び声が響いてみろ、ここは鎮守府だぞ分かってんのか明石お前ェッ!?

 五秒で艦娘の誰かが飛んできて、六秒後には俺が噴き飛ばされてるわッ!

 

 明石の口をおさえた俺は「大声を上げるな、いいな」と、もう犯人じゃん、みたいなセリフを吐く。

 こくこくと頷いたのを見てから、ゆっくり手を離すと――

 

「ぷはっ……すすすすみません提督! あの、この時間に提督がお使いになられるって知ってたんですけど、来る前にさっさと入渠して少しだけ仮眠を取ってから仕事をしようとして、それで、それでっ――!」

 

 ――俺の作戦で負傷して入渠させてしまった第一艦隊の面々を思い出してしまい、一瞬にして頭が冷静になり、不埒な考えが消えてしまう。

 いつもならば艦娘と鉢合わせるなんて前世か前々世から引き継いできた幸運を全てつぎ込んでしまったのではないか!? と歓喜していた事だろう。

 

 だが、呉でもここでもそんな気持ちにはなれなかった。

 

 傷ついた夕立や扶桑、山城、時雨に申し訳ない気持ちでいっぱいになったし、ここでは遅くまで開発に勤しんでいたであろう明石に睡眠時間を削るなど、なんて無茶をしているんだと一言漏らしてしまいたくなる。

 

 自分も睡眠時間を削って仕事をギリギリで片付けているため、その言葉こそ出てこなかったものの、それにしても仮眠程度で一日の仕事を片付けられるとは思えず。

 俺でさえ最低四時間くらいは寝ているのに、今から寝ても総員起こしは午前五時、もう一時間と残っていないじゃないか。

 

「……この時間まで開発を行うなど感心せんな。我々は身体が資本だ。日々の開発や建造を任せているお前が支障を来すことは、私の仕事が滞る事と同義――何より、私が心労で倒れてしまうかもしれん」

 

「あっ……そ、そのぉ……」

 

「かくいう私も夜更かしが多くてな。自分で言っていて、耳が痛いとはおかしな話だ……今回の事については不問とする。いいな?」

 

「は、ぃ……」

 

「ついでに、お前と鉢合わせてしまったことも、不問にしてもらえると助かるのだが」

 

 健気にも島風のタービンについて考えて夜を徹して作業をしていたらしい明石に、朝っぱらから説教をしてしまい自己嫌悪に陥る自分を誤魔化すよう、明石に笑いかける。すると、明石は寝起きであるためか、シャワーから出ている湯の温度が高いためか、ぽーっとした顔で「それは、あの、はい」と途切れ途切れの返事をした。

 

「ふふ、命拾いをした。乙女の柔肌を見たとあらば土下座ではすまんだろうからな」

 

 まあもう見ちゃいましたけども。

 (まもる的に)小粋なジョークをかましてからさっさと頭を流しきると、俺は立ち上がって入渠ドックを出て行く。

 

「では、また開発の時に。今日は開発と建造が終わったら、半休として午後はしっかりと身体を休めるように」

 

 部下の勤務時間管理も、まもるのお仕事です。

 

 脱衣所へ抜けていくと、ちょうどタオルを持ってきた伊良湖と遭遇してしまった。その時はきちんと隠していたので大事には至らなかったものの、無能の上に覗きまでしたとあらば、もう何も言えないのであった。

 

「きゃあっ!? あっあのっ、すみません提督、こんなに早く上がられるとは思わず、タオルを持ってくるのが遅くなり……!」

 

「気にするな。汚い身体を見せてしまってすまないな」

 

「あの……ご、ご飯、たくさん、食べてくださいね……?」

 

 遠回しにモヤシ扱い。その通りなので何も言い返せなかったのも悲しかった。

 

 朝っぱらから散々である。

 

 

* * *

 

 

 執務室に戻って来た俺。明石に遭遇してしまったので湯船には浸かれなかったが、濡れた犬みたいな匂いがするよりはマシだろう! と無理矢理に元気を出して早速仕事にとりかかろうとデスクへついた時、うん? と声を出してしまう。

 

 デスクの上で寝ていた妖精達がいない。上着も手袋も無い。

 

『こらぁっ!』

 

「いてェッ!?」

 

 後頭部からバサリとかけられる布――もとい、軍服の上着。

 階級章だのバッジだのがついているので案外痛い。

 

『おふろいくなら起こしてよ!』

『そうだそうだー!』

『おきがえ持っていけなかった……』

 

「お、お前達……いや、寝てたから起こすのも悪いかと……」

 

 むつまるを先頭にして空中にふわふわと浮いている妖精達は随分とご立腹の様子。

 ふふふ、しかしまもる慌てない。艦娘に比べたら妖精なんてチョロいもんよ――なんたって俺には武器がある! そう! 金平糖という、伊良湖に作ってもらった最強の兵器が――!

 

「まぁまぁ、落ち着け。朝飯、まだだろう? ほーら、お前達の好きな……あれ……?」

 

 ――無い。

 

 金平糖が、もう無い。

 

「……あっ」

 

 ――そうだぁあああ! 呉鎮守府で使い切ったんだ……ソフィアにあげたり口に突っ込まれたり、何だかんだで結構な量を消費してしまっていた……不覚……ッ!

 いやまだだ、まだ終わらんよ……デスクの引き出しに予備の金平糖が……!

 

 俺はむつまる達を宥めつつデスクにつき、引き出しを開ける。そこにはしっかりと予備の金平糖が――ってここにもねえ!? 何で!?

 

『わたしたちのすきな、なに?』

 

「金平糖をぉ……あげようと思ったんですけどぉ……あのぉ……な、無くてぇ……」

 

『ふーん……?』

『へーぇ……』

『そうなんだぁ……』

 

「……あとで伊良湖に貰ってくる」

 

『……許す』

 

 許された――! 流石むつまる。寛容である。

 うーん、どうして俺は妖精にすらこびへつらっているのか。

 

 まあ、それもこれも、俺が無能な社畜であるが故なのだが。

 柱島鎮守府のヒエラルキーで俺は最下層なのだ。頂点はおそらく大淀だろう。怖い。

 

「ついでに朝食を済ませてくるとしよう」

 

 溜息をついて立ち上がり、むつまるに投げられた上着の袖に腕を通すと――違和感。

 

「――いつもすまんな」

 

 すまん、と言いながらも、俺の声は笑っていた。

 

『ほんとだよ! まったく! まもるはしょうがないんだから! もどったらお仕事だからね!』

 

「うむ」

 

 新しい上着を用意してくれるくらいには、妖精達は優しい。

 人はこれを手玉に取られる、と言います。

 誰がチョロい提督だ。俺が一番よく分かってらぁ!

 

 そうして、忙しくなることを見越して早めに朝食を済ませ、再び執務室に戻る。

 既に時刻は総員起こし数分前である。いつ大淀がやってきても良いようにとデスクに座り、執務開始。

 

 着任初日からバタバタとしていたおかげでまともな柱島鎮守府の運営管理はこれが初めてとなろう。

 ブラウザゲームの艦これよろしく日々のルーティンを組んだ時も管理していたと言えばそうなのだが、今日からは本格的に毎日行わなければならないのだから、気合も入るというものだ。

 

 さて――何から手を付けるべきか――……。(無能)

 

「……そうだ。今日の演習がどうなっているか確認せねばな」

 

 夜更かしをしてしまった明石に午後は休めと言った手前、演習を行ってしまうと嫌でも修理作業が舞い込んでしまうだろう。と言うことは、演習は本日に限り無し。

 非番なのに任務だと言って引っ張り出した娘もいるのだから、一日くらいお休みしても大丈夫だろ! という甘々な精神である。

 

 お国を守るどころか俺のお守りまでしているのだ。彼女らが優先されるべきなのは言うまでもない。

 

 昨晩、というか日付が変わったとて数時間前の事だが、その時に処理をした書類に埋もれていた演習に関する書類を抜き出し、翌日へ持ち越すために適当なバインダーへ挟んで避けておく。

 次々と処理せねば大淀が……大淀が来る……と、時計を気にしつつ手を動かす俺。

 

 そんな俺の様子を見て『しかたがないなあ……』と呆れ顔ながらにキャビネットから必要書類を抜き出しては往復して持ってきてくれる妖精達。

 

 本当に仕事出来なくてごめんて。頑張るから。許してって。

 

「ふぅむ……この際だし、所属してる艦娘の資料を読み込んでおくか」

 

 こいつ何喋ってんだ? みたいな顔を向けてくる数名の妖精がいたが、あえて気づかないフリ。

 おっさんになると独り言が増えるのだ。許せ。

 

 独り言は悪い事ばかりではないんだぞ!

 

 確かに周りに人がいるにもかかわらず延々と独り言を漏らしながら仕事をしていたら邪魔になるかもしれないが、それこそ本当に一人で作業をしているときの独り言というのは作業の効率をあげたりすることだってあるのだ!

 

 ネットで見た。信ぴょう性は知らん。

 

 妖精に「艦娘の資料を頼む」と言えば、全員が様々な艦娘の資料を――多い多い多い! 一枚ずつ持ってこないでまとめて持って来い! 個別に持ってきて俺に突きつけるな!

 

 妖精によって作られる書類の壁が眼前に迫る。悪夢かな?

 

「置いてくれたらいい……見づらい……」

 

『あ、そう?』

 

 お前らそれ素でやってたのか……いじめかと思ったよ……。

 

 机に置かれる艦娘達の記録。

 大本営が作成したらしい書類には、顔写真付きで性能が記されており、大まかな経歴なども確認できた。

 実際に数値を目にすると、現実なのにゲームのような、不思議な感覚である。

 全国の鎮守府から集められた艦娘の記録には、違和感を覚えるものばかりだったが。

 

「同艦隊の艦娘の轟沈……うち、二隻のみが帰還……なんだこれは」

 

 ……悲しいが、艦これであろうが現実であろうが、人と同じく艦娘にも死と同等の概念が存在する。

 それが轟沈――提督である俺が最も忌避せねばならないもの。

 

 偶然手に取った記録は、大井と北上のものだった。

 

 記録には、大台の三桁に届きそうな出撃回数が記載されており、それと同じくらいに艦隊に轟沈が出ている。それも、北上と大井を除くものばかり。

 この記録が俺の目についた理由はほかにもある。

 

 【沖ノ鳥島海域掃討作戦】という記述が見えたからだ。

 

 艦これに出てくる海域の名前は実際の海域を元ネタにしたものが多く、記録にある沖ノ鳥島海域、というのは新米提督の最初の壁となる沖ノ島海域――いわゆる二-四と呼ばれる序盤のマップにあたる。

 強力な敵が出現し始めるマップでもあるが、大井や北上を投入するのであればその限りではない。

 

 もちろん、艦載機を搭載する空母なども出現するので難関ではないと言い切れないマップではあるのだが、素人提督の俺でさえ切り抜けたマップだ。そんな場所で轟沈など……。

 

 大井と北上と言えば艦これでおなじみの二人組。重雷装コンビである。

 甲標的という兵装を積むことによって開幕すぐに雷撃を行うことのできる艦娘の代表とも言える二人だが、無論、同じ兵装があれば開幕雷撃が可能な艦娘は他にも存在する。

 

 大井と北上が代表格である所以は、その開幕雷撃の破壊力にある。軽巡洋艦ならではの資源消費の軽さと比べ物にならない圧倒的破壊力は敵の戦艦を本格的な戦闘が開始される前に撃沈せしめるほど。

 夜戦になると攻撃はさらに強力になり、深海棲艦があっという間に吹き飛ぶ。

 

 強烈なキャラクター性である、というのも印象深いポイントであるのかもしれない。

 ハイパー北上様、クレイジーサイコレズ大井、と名誉なんだか不名誉なんだか分からないあだ名があるくらいだ。

 

 ただし大井のあだ名は口にしてはいけない。魚雷で消し飛ばされたくなければ。

 

「……妙だな」

 

 俺の知る限り、艦これでの轟沈は大破進撃しなければ起こりえない事態である。

 手元の記録の通りに何度も轟沈が発生したとあらば、それは大破進撃を繰り返していることにほかならず。

 大井や北上という艦娘が大破した仲間を見ていて進撃を選ぶだろうか?

 

 仮に命令が下ったとて、大井などは「っち、なんて指揮……魚雷ぶち込みますよ!?」と憤慨しそうなものである。これは俺の偏見もあるが……。

 提督という存在を慕う艦娘が多く存在する艦隊これくしょんにおいて、真正面から指揮について言及するという一面を見せる珍しい艦娘である彼女の経歴にしては、おかしいと思ってしまうのだった。

 

 柱島の大井と話したことは無い。

 しかし同艦隊の艦娘が轟沈したという過去を初対面から聞くほど俺も馬鹿では無い。

 

 ――考えられる理由はいくつかある。

 

 一つ目は、所属していた鎮守府の提督が大破進撃を命令し、二人が従った。

 二つ目は、大破した艦娘が自ら進軍を望んだか。

 三つ目は、現実では一撃轟沈という事態が起こりえる可能性。

 四つ目は……北上と大井が僚艦の大破を無視して進軍したか。

 

 個人的に、四つ目はありえないと思いたかった。

 駆逐艦をうざがるセリフがある北上に、そんな北上を慕う大井。

 北上が駆逐艦を毛嫌いしているとはいえ大破した仲間を見捨てるように仕向けるだろうか?

 

 否。否である。

 

 少なくとも、俺が目にしてきた艦娘は――仲間のためならば上司ですらぶん殴る強い娘達ばかりだ。

 仲間のために泣き、助けを求め、戦うことを選ぶような存在が、こんな……。

 

 大井と北上の資料を手元に置き、他の艦娘の書類へ目を通していく。

 

 よほど戦況が悪かったのか? それもある。しかしそれだけではない。

 どういう事だよ……と、百枚に及ぶ資料をどんどんと捲り、置き、目を通し、また捲り。

 

 時間にして十数分と経たず、俺は――

 

「練度か……?」

 

 ――と、もう無能丸出しの結論に至る。

 

 敵が強い? 勝てない? 練度と出撃回数で倒れるまで殴り続けろ! とは世にいる艦これ提督達の言葉である。

 これでは語弊があるが、要するに、高い練度と試行回数を重ねればいつかは勝てる、と至極当然のことを言っているのだ。これがまた、その通りであって……。

 

 艦これは試行回数が物を言う一面を併せ持っているため、一概に間違いであるとも言い切れないのだ。

 

 しかしながらこれは現実。数値が高ければそれで何とかなるゲームとは違うのだから、俺の練度の低さが原因では? という考えは無能も無能であるということ……でもこれしか考えられないんだもの!

 

 じゃなきゃ他の提督が大破進軍させまくって貴重なロリ……んんっ、可愛い駆逐艦の艦娘達を故意に轟沈させまくっているということになるじゃないか! そんな馬鹿な話あるかァッ!

 

「……ふむ」

 

 ここで、海原鎮の天才的頭脳が光る。

 名案かもしれんぞ、とにやりと笑う俺。

 

『……』

 

 おうむつまる、なんちゅう目で見てんだよ。やめろ。泣くぞ。

 

「まずは……」

 

 本日の演習が無くなったことが幸いして、朝から処理しなければならない書類は無い。

 他にあるのでは? もちろん、あるとも。呉鎮守府での作戦報告書やらなにやら、たんまりと。

 

 いいや、違うな……あった、が正しい表現だ。

 

 井之上さんから大将という肩書を貰った俺なのだ……処理能力をなめるなよ!

 

 と、昨晩からむつまる達にせっつかれて完成させた書類を取り出してデスクにセットしておく。

 処理能力が高いわけでは無く、前日の夜に次の日の書類に手をつけていただけである。

 本当にありがとうございますむつまる様。おかげで今日は楽が出来ます。

 

『サボる気ぃ……?』

 

 目ざとく俺の考えを見抜いたようなむつまるの声に、一瞬で言い訳――じゃなかった、考えを伝える。

 

「そんなつもりは無い。だが気になる事があってな。鎮守府に在籍している艦娘の練度のバラつきが酷い。戦艦や空母は多用されてきたのか、殆どが改や改二に至る練度だが……駆逐艦は殆どが改にさえならん練度だ。ありえるかこんなの?」

 

『んぅ……わかんない、けどぉ……』

 

「少なくともここは俺が知っている艦隊これくしょんの世界じゃない。大破進軍しなければ轟沈しないはずとは考えているが、それが果たして当てはまるのか、というのも定かじゃないんだ。あらゆる可能性を考慮し、一つ一つ、確実に潰して原因を探るしかない」

 

『まもる……!』

 

「会社でもそうやってきたからな!」

 

『あ、ああ……そう……』

 

 ここまで話して、ふと思う。

 

 俺はどうしてむつまるに、艦隊これくしょんの話を――?

 

『あっ、まもる、そろそろ皆起きるよ!』

 

「お、おぉ、そうか」

 

『しゃきっとして! しゃきっと!』

 

「ウィッス! 本日も、よろしくおねしゃぁっす!」

 

『うるさいよ!』

 

「……」

 

 理不尽である。

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