その日は演習を中止したのもあって、ほとんどの艦娘を今度こそ本当に非番とし、近海警備に出動させた艦娘以外は自由に過ごしてよいと大淀から全員に伝えてもらった。
それに……それにだ……!
前日に書類を片付けていたおかげで、なんと――大淀に怒られずに一日を終えたのだ――!
これに味を占めた俺は、基本的に夜遅くまで執務室で作業することとなった。
しかしこれがまた捗ること捗ること。残業で社内に何泊もしていた頃を思い出す。
皆が寝静まった鎮守府、真夜中の執務室は集中するのに極めて良い環境だった。
そのうえ自分が大好きでたまらなかった艦これについての――現実だが――作業なのだから苦痛のはずもない。
あの頃は上司に呪いをかける気力さえも失い、ただ目の前にある仕事を片付けねばと死人のような顔で作業していたが――今回は艦娘が相手である。
寝かせてもらえないのはつらいが、寝ないのは平気――強いられなければまもるは強いんだ!
強いられた瞬間に雑魚になるということでもあるが、それはね。誰だってそうだろうからね。
* * *
そうして俺はぼんやりと計画を練り、数日経ったある朝、執務室へやって来た大淀にある提案をした。
「大淀――柱島に在籍している艦娘全員の練度を把握しているか?」
「ぜっ全員ですか!? ある、程度は……」
ある程度でも把握してるとか化け物かな? 俺は全く把握してなかったよ。
しかしそれなら話は早い――と、俺はブラック企業に勤めて以来久しぶりに作成した気がする提案書を大淀へ手渡す。
それはつい昨日になってやっと手をつけたものでもある。
きちんとまとめておきました! 分かりやすく練度別、艦種別に分けてグラフも作ってあります! 手書きで!
いい加減パソコンが欲しい。定規とか久しぶりに使ったぞ。
「見ての通り、練度別に分けられた表だ。他の鎮守府から集められたが故に練度にばらつきが生じているのが分かるだろう」
「こ、これ、こんな……執務の間に、これを……?」
サボってたわけじゃないよ。ちゃんと仕事はしてたよ。妖精達にも監視されてたしな。
いや……久しぶりに提案書なんて作ったから見づらかったのかもしれない。ごめんね大淀。我慢してね。
「うむ。演習を中心に練度の向上を図ろうと考えていたが、それでは大多数をしめる駆逐艦に後れが生じてしまう。かと言って駆逐艦ばかりで演習を組み、空母や戦艦、重巡や軽巡、潜水艦や補助艦の演習をおろそかにするわけにはいかん」
すらすらと口から出る理由は単純だ。世にいる数万という艦これ提督達が生み出したローテーションに手を加えているだけなのだから――!
すみませんほんともう俺の頭だけでは考えられませんので皆さんのお知恵を貸してくださいオネシャス! オネシャス!
と、今や遠い世界へ向けて胸中で土下座をしておく。
艦隊これくしょんは、艦娘を集めることにあり――それ以外にもう一つ。
無理なく資源をため込む、貯蓄ゲームであるとも言われていた。
そこをこの世界でも利用してやろうと、そういうわけである。
貯蓄ゲームと言われる所以は、資源を無駄遣いしない事にある。
提督の諸兄からは当たり前だろうと笑われるかもしれないが、現実となれば演習でも被害が発生するため、多少なりとも資源消費があるのは前の通り……。
その資源消費すらも極力おさえねばならないなら――勉強すればいいじゃない! と。こういうことである。
もちろん、根拠はある。
この世界で艦娘達は互いにコミュニケーションをとっている。という事は情報の伝達が可能であるということ。
どうすれば被弾を減らせるか、どうすれば敵に攻撃を当てられるか、そういった細やかな――
『じー……』
『ほほぉん……』
――はいすみませんアニメでもやってたからこうやったら俺の仕事が少しでも減るかなって思ったんです。
……い、いかんいかん。胸中で言い訳しようとしていると妖精達の目が厳しくなるような気がする。
と、ともかく!
「ならば、その経験を練度の低い者へ共有すべきであると考えたのだ。幸い、座学が可能であろう者は数名見繕ってある」
「て、提督、あの」
「なんだ、何か質問か?」
あんまり突っ込んだことを聞くのはやめてね。答えられないかもしれないから。
「何故、提案書など? 提督から命令をいただければよろしかったのでは……?」
秘書専用デスクの上に書類を置き、こちらを不思議そうに見つめる大淀。それをぽかんと見つめ返す俺。
「何を言っているんだ……? 勉強をするのは私ではなく、皆なのだぞ……? 命令で勉強するなど、嫌だろうに」
「い、嫌だろうにって……ふ、ふふふっ、提督ったら、もう、ふふふっ!」
なにわろてんねん!? こっちは真面目にやってんやぞ! と心の龍驤がご立腹である。
でも言わない。仕方が無いね。怖いもの。
「分かりました。では、私はこの提案に賛成します。任務として組み込んでも問題は無いでしょう。提督が作成なさった日程表から見ても、任務を詰め込める日は――」
おっと待てぇい! 大淀ォッ! そこは口を挟ませてもらうぜェッ!
「――休日は決して潰さん。お前達は近海警備とは言え海に出て脅威に立ち向かっているのだ、一日、ないし二日は必ず非番の日を作る。それで十分に対応できる数の艦娘が在籍しているのだからな」
任務を詰め込むとか! そういうことをするから! ブラック企業が根絶しないんですよ!
やめてください大淀さん! 俺がブラックなのは構わないが、艦娘がブラックとか許せないんで!
目に力をこめて大淀に「休日は潰さないでやってくれ」と再度言葉にする。
すると、大淀はまた笑った。なにわろとんねんこっちは真剣なんだぞ。
まあ、考えれば誰しもたどり着くようなことを何度も口にしていれば大淀も「一生懸命考えたんですね、うふふ」みたいな気持ちになるのだろう。それでも承認してくれるあたり天使オブ天使だからまもるは大丈夫です!
「わかりました。そのように。それで――提督がお考えの、座学が可能である艦娘とは……」
「まずは練習巡洋艦の鹿島、香取の二人だ」
「あぁ、それなら――」
「それと、大井。この三名を最初に抜擢しようと考えている」
「大井さん、ですか……?」
ふむぅ、と可愛らしく唸り声をあげて顎に手を当てる大淀。眼福です。
だが見とれているだけでは仕事は進まないし減らない。
「大淀も知っているだろう。大井はかつて海軍兵学校の最上級生の乗艦実習に使われた練習艦でもあった。であるならば、鹿島や香取同様、教えるという行為については問題無いのではないかと見ている」
これは完全に俺の私的見解なんだが、しかし一つ心配事がある。
「記録を見るに、大井は同じ鎮守府に所属していた北上と常に同じ任務に就いていたとある。ここは全国から集められた艦娘で構成されている鎮守府だからな……もし、大井が一人で任務を遂行することに難色を示すようであれば、北上を加えた四名で当たってもらうべきか、とも考えているのだが……大淀は、どう考える?」
無能ってバレてるから素直に意見を頂戴出来る。ある意味バレてて助かった。
だが連合艦隊旗艦、甘くはない。
「――提督の案で進めましょう」
にっこりと笑みを浮かべて提案書を突き返してきた……こ、これではまだ足りないのか……っ!?
くそ、どこに不備が……と返されてしまった提案書を受け取って中身を再確認。
どれだけ見ようが内容が変わるわけもなく。
ま、なるようになるっしょ! と半ばあきらめの精神で笑みを浮かべるのだった。
「では、これで座学を行ってもらうとしよう。内容はそれぞれに決めてもらうとして……今日の補佐艦は――うぇっ……!?」
大淀が作成してくれたらしい【本日の補佐艦】と描かれた壁掛けプレートを見ると、そこには――大井の名が。
や、やばい、大淀に伝えてもらおうと思ったのに……俺が伝えなきゃいけないのかこれ……。
「これを見越して、今日になって提案書を私に見せてくださったのですよね?」
「……う、うむ」
逃げるな、と。はいはい、なるほどね、オッケーオッケー……。
っしゃあお前見てろよ大淀オラ! お前がそういうスタンスならこっちにだって考えがあらぁッ!
* * *
俺の考え、もといささやかな反抗――再確認をせず、大淀へ前日に処理しておいた書類をどんどんと手渡す――!
ふぅはははぁー! どうだ大淀ォッ! お前にこれが処理できるかなぁ!
「あっ、あっ……す、すぐに処理しますので、少しお待ちを……」
「ああ、ゆっくりでいいぞ」
でも無理はしないでね。間違えてるとこあったら言ってね。
本来なら間違いが無いのを再確認して大淀に最終確認をしてもらう、という流れで作業しているところだが、今日は大井に駆逐艦へ座学してやってくださいオネシャス! とお願いせねばならなくなったので全部大淀に任せてしまう。
なっさけない上に仕事を押し付けるなど最低とは自覚しているが、今回ばかりは許せよ大淀……これ以上の大仕事があるのだ……!
言葉選びを間違えてみろ。大井の魚雷に沈みかねんのだぞッ……!
内心ソワソワしつつ、表情は変えないまま作業を続ける事しばらく。
時刻が午前九時になった時、執務室の扉が開かれた。
大井は俺の定めた始業時刻通りにやってきた。
大淀と鳳翔は本来の始業開始時刻の九時を無視して七時とかにくるものだからゆっくりできないのが困りものなのだ……まあ、それはおいておこう……。
「……本日の秘書艦補佐、大井です」
「よろしく頼む」
短く挨拶をかわし、さて、どう提案したものか、と考えを巡らせる。
練習艦としての過去を持つ艦娘である彼女だが、駆逐艦に座学をしてやってくれとお願いして、はいわかりましたと快諾してくれる未来が見えん。
そもそも他の鎮守府で艦娘が艦娘に座学を行う、という実情があるのかさえ分からない。
人はこれを準備不足と言う。
もうちょっと下調べしておけばよかったか、と後悔したところで、既に大淀に提案書まで出してしまった手前、やっぱ一旦保留で! なんてことは出来ない。
そんなことをしては大淀がせっかく出してくれたゴーサインを無駄にしてしまう。同時に、既に露呈している無能さがさらに顕著なものになる。
う、うむぅ……これは、見切り発車過ぎたか……!
「あ、あの……?」
ひぇっ、と心の比叡が驚くが、表面上の俺は無である。
「なんだ」
「私は、こちらで作業をすればよろしいので……?」
あ、あぁ、ごめん自分のことでいっぱいいっぱいになってました……。
「座っていてくれ、すぐに終わる」
考えろまもるぅ……どうお願いするのか、考えるんだァッ……!
時間稼ぎをしようと手元の書類をちらちらと見て――ダメだここ間違えてたわ。書き直そう――確認を終えたものをどんどん大淀へ手渡す。
もちろん、これも前日に処理しておいた書類なので大淀が処理する速度と俺の手渡すスピードのバランスは悪い。
しかし大淀、物凄いスピードで処理をしていく。やっぱり仕事の化け物である。
「提督、申し訳ありません、も、もうすぐ、終わります……!」
謙遜が過ぎれば慇懃であるとはよく言ったものだ。
俺がいなくても大淀一人いればこの鎮守府は安泰だよ。安心して。
何が申し訳ないのか分からないが、その処理速度は常軌を逸しているよ。
俺が一晩かかって片付けた書類を、大淀はこの場で数分とかからず片付けている。
やべえ奴である。
「無理はするな。十分に助かっている」
「……はい」
仕事をどう頼もうか必死に考えている十数分間、大井は本当に黙ったまま、一言も発さずに待機していた。
このままではいかんか、とペンを置いた時、丁度大淀もペンを置く。
まさかお前……全部処理したのかよ……凄いな、連合艦隊旗艦……。
「すまない、待たせたな」
ジャブ代わりに大井へ声をかけるも、
「いえ、別に」
「……そうか」
と冷たい返答。圧が凄いよ、圧が。
既にへこたれてしまいそうになる。
しかしここで諦めては俺の仕事が減らな――違う。
艦娘達の練度向上を図れない! それは困るのだ! 提督として!
練度が低ければそれだけ艦娘が危険に対処出来ない可能性が多くなるという事。そうなると艦娘が傷ついてしまうので俺が悲しい。
ということで、君には練度のばらつきが酷い駆逐艦に座学を行ってもらい、俺が悲しくなったりしちゃわないよう、可愛い可愛い艦娘達の楽園を――!
……いいや、違うな。
ふと、頭に過る記憶。
潮の涙に、那珂の切羽詰まった声。
傷ついてしまった扶桑や山城、夕立に時雨。
作戦中の通信から聞こえてきた、悲痛な漣や朧の声が、リフレインする。
俺はデスクに置かれたままの提案書を、ぱらりと捲った。
それから、純粋に問う。
「……やはり北上と一緒でなければ、任務はしたくないか?」
それに対して大井は、明らかに警戒したような声音を返した。
冷たい声だった。
「何故そのようなことを? あぁ、私の記録でも見たんですか?」
「うむ。お前は……――」
引き出しにしまったままの資料の中から、大井の記録を取り出す。
井之上さんの言葉が何度も何度も頭を跳ねまわった。
傷ついた艦娘を見てやってくれ。
そう、俺の仕事は、彼女達を見てやることであり――無理をさせることが仕事じゃない。
一人で無理をさせないよう、気の置けない仲間と仕事してもらおう。
「北上と一緒にいた方が良いな。丁度良い任務がある」
自然と口をついて出た言葉は、一度出てしまえば、というものなのか、大井に遮られても、すらすらと続いてくれた。
「任務ですね。了解しました。それで、どちらに出撃すればよろしいんです?」
「出撃では無いんだが……大井。お前の出撃回数の多さや、それらから必ず帰還を果たした実力を考慮し、駆逐艦の教導の任に就いてもらいたいと考えている。ここに来てからというもの、私が右往左往していたせいでお前達の事についての細かい把握が出来ていなくてな、昨日からやっと手を付けたところなのだ」
「ぇ……は……――?」
これでは説明不足だろうか、と続けて言葉を紡ぐ前に、大淀がフォローに回ってくれた。
「柱島鎮守府に在籍している多くの駆逐艦の戦闘能力――練度にバラつきがあるとの事で、提督が是非に、と。大井さんの他に、北上さんや、鹿島さん、香取さんを教導として抜擢するそうです」
単純明快、簡潔に説明してくれる大淀。
同調の声を上げ、俺は艦娘の資料を簡単に仕分けてデスクへと置く。
改以前の練度のもの、改に至る練度のもの、さらに、改二に至る練度のもの。
その中でも、出撃回数が多いのに練度の低い三名を抜き取り、まとめる。
「艦娘に練度という分かりやすい数値があって安心したところなのだが、それを引き上げるのに私では厳しかろう。同じ艦娘である大井や北上が演習や座学を教えてくれるのならばそちらの方が確実であると判断した。何か質問はあるか?」
俺が海に出たところで泳ぐくらいしか出来ないからね。なんなら運動不足で足つっちゃうかもしれないね。
「……特には――じゃなくて! な、何で私がそんな事を――!」
やっぱりダメですかぁッ!? もうこうなりゃ呉鎮守府で炸裂した土下座を大井にもお見舞いして――と、ここで電話が鳴り響く。
「すまん。――こちら柱島鎮守府執務室」
大井に片手を振ってから電話に出ると、受話口から聞きなれた野太い声。
だが妙だ。
『お疲れ様です閣下、山元であります……』
どうしてお前コソコソ喋ってんだ。筋骨隆々のお前のASMRとか誰も得しないぞ。
「おぉ、山元か。どうした」
呉鎮守府での一件から、八つ当たりをしていた艦娘に謝罪をして心を入れ替えると明言した山元から連絡とはどうしたのだろうかと耳を傾ける。
すると――
『閣下のおかげもあり、段々と艦娘達にも笑顔が戻ってまいりました。改めてお礼をと思いまして……』
「ふむ……」
『近海警備の他、任務も問題無く行えており、憲兵隊も街の治安維持に一役買ってくれております。しかし、その、問題がありまして……あれから、艦娘に、よくせっつかれまして……特に、曙という駆逐艦を覚えておられるでしょうか?』
「うむ」
『あの、曙からクソとまで罵られ……自分がしてきた事を思えば返す言葉もないとは思うんですが、世話を、その、焼いてくれながら、クソ提督、クソ提督と鎮守府で怒鳴られては、自分の立場が……』
「はっはっは! そうかそうか、お前も形無しだな!」
どうやら問題は無いらしい。曙からクソ提督とかお前、それご褒美だよ。
ほら喜べよ。喜べ山元ォッ! クッソォオオオオオ! 俺も言われたかったのによおおおおおッ!
「なに、女子に振り回されるのが我々男の仕事だ。せいぜい尻を叩かれて仕事をすることだな、っくっく」
などとオブラートに包んで笑って流しておく。
すると、電話の向こう側から、当の本人である曙の声が。
『――ちょっとクソ提督! あんた憲兵さん達に差し入れを用意するって話だったじゃない! なに油売ってんの!? 誰と電話を――』
『おぁっ!? あ、曙……! す、すまんすまん、差し入れは既に用意してあるのだが、近況報告をと、海原大将に連絡をだな……』
『はぁ!? それならそうと早く言いなさいよ! ちょ、ちょっと貸しなさい!』
くそぉ……俺は大井に仕事を頼まねばならない究極の状況にあるというのに、こいっつらイチャイチャしやがってよぉ……。
『あっあの! 呉鎮守府所属、駆逐艦の曙です! 先日は提督がお世話に――』
「曙か。あれからどうだ? 何か困った事はないか?」
『問題ありません! あのクソ――んんっ、提督も、前みたいに私達と話をしてくれて……』
「……そうか。それは何よりだ。お前達のクソ提督を、どうかしっかりと見てやってくれ。私もこれから、何度も助けてもらわねばならんものだからな」
曙が幸せなら、オッケーです!
たっぷりとあの筋肉だるまを罵ってやってくれ。
『はい――! 突然、お電話を代わって、申し訳ありませんでした、海原大将』
「気にするな。私も曙の元気な声が聞けて安心した。では、山元に」
『はいっ』
それから、遠ざかっていく曙の『海原さんに迷惑かけんじゃないわよ!』という声。
数秒して、俺は山元と艦娘の仲が多少は修復されたのだろうと、嬉しくなってしまい、口元が緩むのを感じながら言葉を発する。
「――どうだ艦娘との仕事は。楽しかろう」
『……悪くは、ありません。以前よりも、明日が来ることに期待しているような、不思議な気持ちであります。より一層軍務に励み、閣下の御力になれるよう、努力する所存であります』
「お前のように有能な男であれば、問題も無いだろうが……そうだ、例の件はくれぐれも頼むぞ。私とて忙しいのだ」
例の件――とは、演習の事である。山元にはこれで通じるだろう。
『――っは!』
うーん有能。
ついでだ、この勢いで大井にお願いしちゃえ! と、電話を切った俺は受話器を置くと殆ど同時に喋り始める。
「失礼した――話の腰が折れたな。ここに、練度別に分けた駆逐艦の詳細を記した資料がある。大井一人に任せようというわけではないが、お前は北上と一緒の方が仕事が捗ろう。今後、北上と大井、鹿島と香取の二組に分けて座学と練習航海を行ってもらいたく思う。練度を引き上げ、一定に達した駆逐艦を近海警備に順次投入し、さらなる練度向上を図りたい」
勢いで押し切れなかったら、その時こそまさに海原鎮式きりもみ回転土下座を披露するしか残された手は――
「わ、かり、ました……――」
大丈夫そうだ。よかったです。
俺があんまりに必死過ぎたのが伝わったのか、ドン引きしたような表情の大井から了承を得た。
これで俺の仕事が一つ減ったわけである。やったぜ!
* * *
仕事もそこそこに、座学がどのように行われているのか気になった俺は、素直に大淀へ「様子を見に行きたいのだが」と頼んでみた。
すると意外にもあっさりと快諾され、俺は執務室からの離脱に成功する。
もちろん、サボるための口実に見に行きたい、と言ったわけではない。
違うぞ!! 本当に違うからな!!
俺は純粋な気持ちで! 大井と北上の授業が聞きたいだけだ!
その証拠にピュアな学習意欲を汲み取ったであろう妖精は一人として俺の監視についていない。
むつまるに『行ってもいいけど邪魔しちゃだめだよ』と言われたくらいである。
子どもじゃねえんだから邪魔はしないっての……。
ところで、大井と北上は一体どこで座学をしているのだろう、と鎮守府をうろうろする事数分、偶然通りがかった部屋の前で北上の笑い声が聞こえた気がして立ち止まる。
ここが使われているのだろうか? とドアノブへ手をかけ開いてみると、学校で使われるような机が三つ並び、そこに座る睦月型の三人、睦月、卯月、望月の姿――そこは小さな教室と化していた。なんだこれ可愛い。
「失礼する。急にすまないな。一応、様子を――続けてくれ」
「提督――……! お、お疲れ様ですっ!」
「あっ、司令官! 司令官にぃ、敬礼! ぴょん!」
「んあー、どうしたの司令官?」
あらぁー! 可愛いねー! お勉強ちてたのー!?
まもるも一緒にお勉強しちゃおっかなー!
「起立――気を付けェッ!!」
ひぇっ!?
突如教室に響き渡る大井の声。
俺は反応すら出来ず、硬直した。
「回れぇ――右ッ!」
号令に睦月達は一糸乱れず動き、俺へ向く。
「海原大将に、敬礼ッ!」
「「「っ……!」」」
そして、敬礼。
「……力を抜け。邪魔をするつもりは無かったんだ。本当に。大井、授業を続けてくれ」
むつまるの言葉の意味を理解出来た気がした俺は、泣きそうになっていた。
おっさんが泣き出してはまずい、と必死に泣くのを我慢していた。
大井がこちらを睨みつけながら「くっ……」と何か言っていた気がしたが、もしかするとクソとかクズとか言っていたのかもしれない。
俺は大井を見つめて心の中で何度も謝罪した。
邪魔してすみませんでしたほんと。もう、はい。ごめんなさい。
今度から大淀に意地悪しないし、むつまるの言うことも聞きます。
大井と北上の座学も邪魔しないし、ご飯は残さず食べます。
なんで魚雷だけは勘弁してください。オネシャス! オネシャス!!