柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十七話 鎮【提督side】

 目元を赤くした北上が部屋を出た後のこと。

 

「――……提督!」

 

「おわぁっ!? ど、どうした大淀、突然大声など出して……」

 

「どうしたもこうしたもありません! 何を考えていらっしゃるのですか、もぉぉ……っ!」

 

 大井達の様子を見に行った際、お前、艦娘の知識あるのか? と言わんばかりの質問をされ、その内容が「あ! ここやったことあるぅ!」というなんちゃらゼミよろしく聞いたことのあったものだったため、俺は自信満々に答えた。

 座学の邪魔どころか参加までして提督らしくかっこよく答えた――つもりだった。

 

 睦月達にすごいと褒められたものだから、艦隊これくしょんのアニメで吹雪が答えてたんだよ――もちろんそのままは言わなかったが――と馬鹿正直に言ったところ、大井に睨まれ、北上にまでバレてしまったのか俺ではどうにも答えられない質問を投げかけられてしまった。

 

 資源の限り艦娘を突っ込めば敵に勝てますか? と。

 

 勝てるだろうな。理論的には。そう答えた。

 しかして俺は艦これプレイヤーかつ社畜。

 資源はギリギリまで使わないし計画も無く敵に突っ込ませたりなどしない!

 

 前科? 漣と朧の時はどうなんだって? ちょっと……分からないですね……。

 

 冗談めかすべきではないと理解しているし、北上や大井の記録を偶然見ていた俺は質問がどういった意味で発されたのか分かっていたために、そこは真面目に答えた。

 

 学ぶのに意味が無いなら学ばせないでくれという北上に、そんな事は無いんだよと。

 

 浅学菲才の俺から学ぶことは確かに無いかもしれない。

 だがしかし、俺の中には遠い世界にいる数万、数十万に及ぶ提督達が積み上げてきた血と汗の結晶たる知識だけはある。役に立つかも分からないが、知っているのと知らないのとでは違うかもしれない。

 故に後世に繋ぐべきであると伝えた。

 

 ゲームは現実ではない。その逆も然り。

 しかし艦これの素晴らしいところはそこであるが故に、知識を役立てて欲しかった。

 

 彼女らの兵装、酸素魚雷について俺が答えた時、反応を見るに間違えていなかった様子だった――ということは、ゲームに登場する装備もまた、存在しうる可能性があるということの証左。

 もちろん、現実に存在した兵装をモデルにしているのだから可能性どころか、存在するだろう。

 

 現実からゲームへ、そして再び現実へ。知識は流転出来る。

 

 俺が出来ることは多くない。北上の想いを受け止められたとしても、答えられることは限られている。

 お前達を虐げた鎮守府に及ぶ力は持ち合わせていないが、井之上元帥という頂点に繋ぐ事は出来るのだと証明すべく、執務室へ連れてきた。

 

 思うように俺を使えばいい。それは彼女らを信頼しての言葉だ。

 

 北上が俺に海軍を潰せと言うだろうか? 深海棲艦とともに人類を滅ぼせ、とでも?

 

 いいや、無い。世に絶対はないと言うが、唯一あるとするならば艦娘の誠実さだけは、絶対であると俺は言いきれる。

 

「考えるも何も、北上が意見があるというから……他の者がいる手前、堂々と文句を言わせるわけにもいくまい。北上にも立場というものがあるのだ」

 

「そういう事じゃありませんっ!」

 

「えぇっ!?」

 

 北上は過去をのみこみ、ただ一つ我儘を言わせてくれ、と軽巡洋艦球磨と同室にしてくれなどと言うでは無いか。

 あんな健気な……ほんっと、どうして海軍はあんな素直で良い子を虐げているんですかァッ!?

 

「好きにしろという点です! もしもあの時、北上さんが提督に危害を加えたりした場合、私一人ではどうなるか……」

 

「危害? 前に講堂でも長門が似たような事を言っていたが、私は何もされていないぞ。ああいうのはな、ポーズを取らねばならないのだ」

 

「は、はぁ……!?」

 

 大淀が顔を赤くしたり白くしたりしながら秘書用のデスクをバンバンと叩いて言うのを落ち着かせつつ、上着のボタンの上をいくつか外し、ぎし、とソファにもたれる。

 

 意見であろうが文句であろうが、どういった感情を以てその結論にたどり着いたのかを明確に示すためには、ポーズが必要となる。無機質な言葉を並べ立てたところで説得力など発生しないのだ。

 それが個人的であろうがそうでなかろうが、命を賭して戦う彼女らの言葉であるのなら、なおの事。

 

「私もそうであったように、北上も上司に楯突かねば改善されないと考えたのだろう。それほどに前の環境がのっぴきならないものであったという証拠ではないか」

 

 お前も記録を見ているのだろう? と大淀に訊けば、下を向いてしまうも、はい、と返事する声。

 

「私はまだ記録をつぶさに見たわけではないから何とも言えんが、井之上さんからも聞いている。お前達は様々な鎮守府で傷ついてしまった……とな。北上と大井の記録を見れば、いくら私が阿呆とて分からんわけが無い。そうやって傷ついた艦娘を支えて欲しいと、元帥としてではなく、井之上さん個人としてお願いされたのだ」

 

「……」

 

「もちろん、私が正式に柱島鎮守府の提督という立場になった時、改めて海軍元帥としてもお願いされたが――私はそれを仕事として受けた」

 

「仕事として……提督、鳳翔さんにも仕事と仰っていましたが……私は未だに、分かりかねているのです。その意味を、お教えいただけますか」

 

 大淀とこんなに明け透けに話すのは初めてだな、と思いながら、親指と人差し指で目元をおさえて唸ったあとに、一つ前置いて言った。

 

「これは私個人が誠実であると思う表現なのだ。信頼も信用も、個人間で生まれにくい。もしも大淀が海軍の艦娘では無く普通の女性であったとして、私も軍人ではなく、ただの男であったとして……初対面の私が、お前の悩み事を解決してみせると言ったら、どこまで信用する?」

 

「そっ! れ、はぁ……」

 

 勢いよく信用できるとでも言おうとしたのだろう。大淀の声は威勢こそあったが、すぐさま板張りの床に落ちて消えていった。

 

「信用など出来るわけが無い。私が同じ立場であったら信用せん。個人の信用、信頼とは時間の経過と誠実さによって徐々に積み重なっていくものだが、仕事は別だ。立場によって最初から一定の信頼があり、仕事さえしっかりとこなしていれば、どれだけ人間性が畜生であったとしても問題の解決には足る」

 

 自分で言ってて首を絞める理論なのは否めない。悲しい。

 実績を積み重ねれば信頼はより厚くなるのだ! と締めくくりたいところだが、実績もなにも全部艦娘のおかげで俺は何もしていないのだから発言権など無に等しいのだ……。

 

 北上にも言った、立場を振りかざしてでも、とはまさにこの状況である……。

 

 ごめんねスーパー北上……さらりとバレてしまう程度の無能な社畜で……。

 

「だから私は、北上に意見書を書けばよいと言った。私の立場と責任を以て上に届ければ、それはある種の信用になるだろう。私がお前達にとってどれだけの無能であろうとも――」

 

「提督」

 

「――なんだ」

 

「お言葉ですが……」

 

 大淀がペンを額に当てた格好のまま固まる。そこから数秒の沈黙。

 

「……提督は、今、柱島にいる艦娘に信用されている、とお考えですか?」

 

「は……?」

 

 え? 俺の口から言わすのそれ? なにこれ? 艦これ?

 

 新手のいじめ……?

 

 い、いかん、大淀の鬼畜っぷりにラップのような思考に陥ってしまった。

 威厳スイッチ全壊……じゃねえ。全開の真面目モードでお前達の職場環境を良くするぞ! という空気たっぷりに話していたというのに、唐突に……。

 

 そんなの聞かなくても知ってるよ! 無能社畜の情けなさが限界突破して憐れんで目をかけてもらってるだけだってことくらい理解してらァッ!

 

 それでも……それでもぉ……提督でぇぇ、いたいんですぅぅ! んはあああっあーあー! あぁああーん!

 

 心の鎮、大号泣。表情は無。

 

「……まだ、信用という言葉すら見えていない、と思っている」

 

 まだ、と若干の希望を残しておくあたり、自分のへっぴり腰が窺えて鬱である。

 

「ま、待ってください提督。あのですね、提督は、呉での作戦の他、南方海域という海軍が一時的とは言え閉鎖していた海域を開放したのですよ? その上で、呉に所属している駆逐艦をも救出したんです。それで、信用されていない、と?」

 

 ぐっ、ぐぬぅ! それも全部お前達が頑張っただけじゃんかよぉ!

 くそぉ……大淀のサディストっぷりをなめていた……。

 

「全て、お前達の……働きの結果で……」

 

 そうです……まもるは呉でおっさん達と世間話してただけです……。

 なんならそのおっさん達のうち二人をぶん殴ってます……すみません……。

 

 反省してます……艦娘いじめてたから後悔はしてないけどな!

 

 でも艦娘からいじめられるなんて話は聞いてなかったぜ! どうなってやがる井之上さぁん!

 

「なっ……提督、あなたは……――!」

 

 大淀ががたんと立ち上がった時、手のひらを向けて「わかっている!」と続けざまに放たれそうになった言葉を止める。

 

「呉でも、明石達に正直に話をした。私は出来ない事の方が多い……だから、頼らせてくれと。分かっているとも……お前達を支えねばならない私が、どうして頼らせてくれなどと言えるのか、自分で言っておいて情けない限りだ……」

 

「提督……」

 

「仕事さえ、満足にこなせない……それでも、お前達に誠実に向き合おうとするならば、私には仕事という選択しかないのだ……」

 

 講堂での出来事。たった数日前の記憶が遠く蘇る。

 

「立場を盾に啖呵を切るしか出来ない私だが――」

 

 大淀に対して弱音を吐露するのは二度目だろうか。

 一度目は、柱島に来る前、船の上だった。

 

 妖精むつまるに慰められ、大淀にも憐れまれ、ああもう……あのブラック企業での激務を耐え抜いた精神はどこに行ったんだ俺……。

 

「血へどを吐くような環境を耐え、共に働いていたはずの同期が全員消えても、過去の私は働き続けた……」

 

 だが、許してくれ大淀……お前くらいしか、吐露出来んのだ俺は……!

 

「新人が来てもろくすっぽ教えられないまま現場へ飛ばされ、気づけば消耗品のように消えていく。私のもとへ来た新人も、翌日にはいなくなる……私は北上の言葉に、似たようなものを感じたのだ。無論、その重さは比ではないだろう。お前達の辛さは、想像も出来ない。お前達を苦しめるような上司はクソッたれだ! 私はお前達を傷つけたクソッたれどもの上司となった! どこに信用できる要素がある! 仕事も満足にできず、泣いているお前達に出来ることも限られている! 私個人で出来ることなど皆無だ……だから、上司としてならばと、思っただけなんだ……」

 

「……」

 

「上司としての信用ならば、ほんの一握りくらいはあると……信じたい」

 

 黙り込んだ大淀に「……聞かなかったことにしてくれ」と呟き、かぶりをふって軍帽を目深に被り、ボタンを全て留めなおす。

 

 長い溜息のあと、俺は身体を前に倒して肘を膝につき、両手を組んで鼻先へ。

 

「どれだけ苦しかろうが、仕事はやり遂げる。井之上さんとの約束であり、仕事の契約だ。お前達を支える事が私の仕事だが――ここから先、多くの苦労をかけることになろう。決してお前達の権利が侵されず、目的を壊されないように努力する。だから、そこだけは信用してほしい」

 

「……」

 

「すまなかったな。だが、どれだけの仕事が課されたとて、この身が朽ち果てようとも、絶対にお前達だけは守り抜く」

 

「……やめて、ください」

 

「断る」

 

「やめてくださいッ!」

 

「断ると言っているだろうがッ! 周りにどれだけ下らない奴だと笑われようが、これが私の生き甲斐なのだ! 人生そのものだ! 例え愛する艦娘に否定されようとも、危害を加えられようとも、私が私である限り、絶対にこの仕事にだけはしがみつき続ける! 他がどうなろうが知ったことかッ!」

 

 あーあーあー……違う、やめろ俺……違うだろうが……大淀に八つ当たりしてどうする……!

 

 これ以上ここに居ては自己嫌悪でぶっ倒れてしまうかもしれん。

 しかしここで逃げ出しては本当にクソ提督になってしまう。

 俺は立ち上がり、自分が提督であるための椅子へ歩み寄り、どっかりと腰を下ろした。

 

 大淀は――口元をおさえ、立ち上がり――

 

「ごめんなさいっ……」

 

 と、小走りに部屋を出て行ってしまう。

 なにやってんだ俺は……本当に……。

 

 その時、じりりん、と黒電話が鳴った。

 出る気にもなれなかったが、気を紛らわすためだと自分に言い訳しながら受話器を上げた。

 

「……こちら柱島鎮守府執務室」

 

『お疲れ様であります、あきつ丸であります! 閣下、山元大佐からお電話は来ましたかな?』

 

「あきつ丸か……」

 

『お、おや……どうかされたので……?』

 

 そういえば、呉で残っている仕事があるかもしれんとあきつ丸達に押し付けて行かせたんだったか……。

 一度負のループに陥った思考はそうそう簡単に抜け出せるものでは無かったが、いらぬ心配をかけるくらいなら愚か者のままでいいんだと、俺は「何でもない。どうかしたか?」と平静を装った。

 

『何もないのなら、よろしいのでありますが……っと、そうであります。閣下が予測しておりました通り、深海棲艦の出現記録、撃沈報告からその殆どが南方海域からのものである、との見解書が見つかったであります』

 

「……ふむ」

 

 何の話だよぉ……俺の予測ってなんだよぉ……多分それ大淀の予測じゃないのか。

 しかし大淀は今しがた俺の八つ当たりによって泣かせてしまい、不在である。

 

 俺に出来る誠実な対応とは何か、と考えた時、答えはすぐに出た。

 

 適当な受け答えでその場を乗り切り、下の者へ迷惑をかけていた俺の上司とは違うんだとでも言わんばかりに、俺は愚者を演じるべくその場でペンと紙を取り出し、受話器を頬と肩に挟んで言う。

 

「それで」

 

『こちらを元帥閣下へ持ち込むのも一手でありますが、それでは海軍全体に問題が波及し、否が応でも戦力の分散が発生するやもしれません――先んじて少将の動きを監視し、見解書はこちらで確保しておいて手札としておくのが確実であると愚考するであります』

 

 言葉の通りにメモをとる。

 

「……分かった。ではその見解書はあきつ丸が戻り次第、私が手元に保管しておくとしよう。この話を大淀に伝えても構わんか?」

 

『え? それは、もちろんでありますが……何故自分にそれを問うので……?』

 

 ばっか! 俺のバッカ! この社畜! 無能! バーカ!

 ……だめだ自分で罵って自分で傷つく。

 

 大淀は恐らく仕事を進めるのに俺の名前がある方が体裁的に良いと判断して色々なことを進めてきたに違いない。あきつ丸は俺が無能であると知っていても、仕事自体は大淀とともに進めていると思っているのだろう。

 

 ただでさえ無能の社畜を隠して騙すような真似をして良心の呵責に苛まれていたのに、二重三重と騙さねばならないのは精神が壊れる……。

 

 けれども、そうせねば彼女の居場所も仕事も守れない。

 そうだね。なら艦娘を選ぶしかないね。

 自分の精神くらい捧げる捧げる。オッケー!

 

 と、俺は半ばヤケになりながら言葉を紡いだ。

 

「情報に齟齬が生じないように、とな。あきつ丸の働きを正しく大淀へ伝えなければ、仕事も上手くいかんだろう」

 

 騙しているが、嘘はついていない。

 仕事を他人に振って生き延びる俺のような社畜じゃなきゃこんな器用な真似できねえぞ!

 

『あ、あぁ、そういう……了解であります。大淀殿にお伝えください。それで、閣下』

 

「うむ」

 

 大淀が戻った時に渡そうとメモを引き出しにしまおうとしたとき、ぐっと息が詰まった。

 

『本当に……大丈夫でありますか……?』

 

「っ……何がだ?」

 

 怪しまれないようにと何度も胸中で唱える。

 

『いえ、なんだか……お疲れのようで……』

 

「睡眠時間をとれていないからかもしれん。今日の執務は殆ど終わっているのでな、早めに切り上げて休ませてもらえば問題無い。鎮守府の運営も、問題無しだ」

 

『あっはっは、鎮守府については心配しておりませんとも。閣下がおられるのですから。自分が心配しているのは閣下の御身体であります。どうか、ご無理をなさらぬよう――』

 

「ああ」

 

『他に追加の任務はありますか? まだ川内殿も自分も動けますので、ご随意に仰ってください』

 

「いや、十分だ。もしも追加で必要な仕事があれば帰って来てから大淀に訊いてくれるか? 問題があった場合は、私に言ってくれたらいい」

 

『っは、了解であります。では、これより一時帰還するであります!』

 

「気を付けて帰って来い。こちらには何時に着きそうだ?」

 

『そうでありますねぇ……今がヒトヒトフタマルでありますからぁ……ヒトゴーマルマルまでには帰還できるかと』

 

「分かった。昼食はそちらで済ませられるか? 戻ってから食べるか?」

 

『どうしたのでありますか閣下、そんな気遣っていただけるとは……』

 

「い、いや、食事は大事だからな。食事を抜いては仕事も満足に出来んだろう?」

 

『まぁ、そうでありますが……では、急いで帰還して柱島で食べるといたしましょう』

 

「……うむ」

 

 それでは、と言って電話が切れる。

 俺はしばらく、受話器から聞こえる、つーつーつー、という音を聞いていた。

 

 ぼうっとしたまま十数秒。溜息と共に受話器を戻し、また目元をおさえる。

 

『……まもる』

 

「うぉ……ああ、むつまる――じゃ、ない……」

 

『かがです!』

 

 デスクの上に、ミニ加賀が居た。いや、加賀の恰好をした妖精だ。

 

「すまん……今はちょっと、かまってやれる元気が無いんだ。飴か? それ以外のお菓子なら、伊良湖か間宮にでも頼んでくるが」

 

『ごめんね』

 

「……どうした、急に」

 

『ううん。ごめんねって、言わなきゃって』

 

「何に謝ってるんだ? 今度は何をやったんだ……ぬいぐるみでも大量に作ったのか? 資源は有限だから、あまり無駄遣いはしないよう――」

 

『――()()に呼んだのは、紛れもなく私達だからよ』

 

 突如として舌足らずで鈴のようであった妖精の声音が、本当の加賀のように、静謐で流暢なものになる。

 驚愕にのけぞりそうになったが、身体が――動かない。

 

「っ――!? ――!」

 

 声も出ず、座った格好のまま、俺は小さな加賀から視線を外せずにいた。

 金縛りというやつなのか、思考も身体も追い付かないだけなのかも分からない。

 

 それに、私達って言ったか?

 

『陸奥さんは提督なら大丈夫って言ってたけれど……でも提督、あれは無いわね。大淀さん、泣いていたじゃないの』

 

 頭を下げるどころか声も出ないので、俺は目だけで訴える。

 本意だが、不本意だったんだ。

 

 艦娘を守りたいのは嘘じゃない。けれど俺には力が無い。学も無ければ能力も無い。

 ただ働くことだけは出来る。だからなんだってやる、それだけは誰にも否定させない、と。

 

 大淀に言うことでも無かったかもしれないが。

 

『そうね。大淀さんに言う事では無かったわ。仕事だと言っているのだから、男なら黙って態度で示さなければ恰好悪いわよ、提督』

 

「……」

 

『私達だって、そう何度も助けてあげられません。提督をここに連れてくるだけで精一杯だったので……。提督なら悪い方向に転ばないって信じているから、どれだけすれ違っても笑って見守れるの。けど、泣かせないであげて。彼女達には――あなたしかいないのですから。私達のように』

 

「……!」

 

 あなたしかいない。その一言に全てが詰まっている。そして俺はそれを理解している。

 どうして――こんなにも簡単な事に気づかなかったんだ――?

 

 あらゆる鎮守府から集められた艦娘達。

 傷つき、疲弊しても、人々を守ろうと前を向き、俺を救い続けてくれた艦娘達。

 

 彼女らは、提督を失った艦娘達――。

 

『ふふ、本当にここまで話せるなんて。面白いものね、妖精というのは。しかし問題は、他の艦娘がいると意識が保てないし、覚えてもらえない――』

 

 加賀の姿をした妖精の言葉を遮るノックの音。

 

『――ここまでのようね。久しぶりに提督と話が出来て、嬉しかったわ』

 

「航空母艦、加賀です。入ってもよろしいでしょうか」

 

『あら、私が来たみたいですね。ここはゆずりたくありませんが……しかたありません』

 

 妖精の声は、また高く、鈴が鳴るようなものとなり。

 痺れた足にじんわりと血が巡るような感覚とともに、俺の身体が動くようになる。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 ――……って、そうだ。俺はあきつ丸の仕事を大淀に伝えるためにメモを……それで……。

 

 こんこん、とノックの音。

 

「提督――?」

 

「あ、あぁ、入れ」

 

「失礼します。すみません、お忙しかったかしら」

 

「いや、問題無い。少し集中していたものでな。どうかしたか?」

 

 今さっきまで加賀と話していたようなデジャヴを感じながら、デスクの上に置かれた書類を片付けるように手を動かした。

 そこには加賀と同じ格好の妖精がおり、俺を見ている。

 

 お前ら妖精はコスプレの種類が豊富だなほんと……。それでいつ現れたんだお前……。

 

「演習の報告書を。それと、先ほど大淀さんが走って出て行くのが見えましたが、何か緊急事態ですか?」

 

 うっ、と小さく声が漏れてしまったが、咳払いして俺は言った。

 

「……私のせいだ。加賀、今日は予定があるか?」

 

「午前の演習も終わりましたから、あとは昼食後に弓道場で個人的に訓練を行うくらいです」

 

「その、だな。大淀の様子を見てやって欲しいのだ。私が至らん間抜けが故に、大淀へ、八つ当たりをしてしまってな……これは命令では無い。断ってくれても構わん」

 

「提督が八つ当たり、ですか。大淀さんの様子を見に行けばよろしいのですね?」

 

「……頼めるか」

 

「わかりました。大淀さんに理由を訊いてもいいのでしょうか」

 

 加賀は、本当に、ゲームやアニメで見た加賀のまんまだった。

 毅然とした態度で上席であろうが、俺をも公平な目で見ようとしてくれている。

 

 八つ当たりをした、と正直に言っても、まずは大淀の話を聞かねば分からない、と考えているのが表情を見るだけで分かる。

 場違いにも、やはり俺の大好きな艦娘なのだと思って少しだけ心が救われた気になるのだった。

 

「ああ。それで私に言いたい事があるようであれば、また教えてくれるか」

 

「えぇ、わかりました。では、報告書はこちらに置いておきますね。失礼します」

 

 ツカツカと執務室から出て行く加賀の背中を見送り、一人となった瞬間――盛大に溜息を吐き出して、天井を仰ぎみる。

 

「はぁぁぁぁ……ままならんな、本当に」

 

『まもる!』

 

「……なんだぁ」

 

『お勉強してみよ!』

 

「えぇ? 何でいきなり勉強なんか……」

 

『いっぱいお勉強して、ちゃーんと、お仕事できるようにしよ!』

 

「出来る、かなぁ」

 

『わかりません』

 

 きっぱりと言った妖精に思わず「いやそこは出来るって言えよ!」と突っ込んでしまう俺。

 そもそも仕事出来るようにしよって、妖精にすら仕事になってないのバレてんじゃねえかよ……。

 

 他力本願しかしてこなかった俺が、いまさら勉強したところで出来る事なんて限られてるだろうが……。

 

『でも、まもるはいっぱい知ってるでしょ! 艦娘のこと!』

 

「そりゃ知ってるとも。妖精のお前にも負けんぞ」

 

『はー? わたしの方が知ってますけどー!』

 

「じゃあ加賀が焼き鳥って呼ばれるのを嫌がってる理由は?」

 

 丁度加賀が来たものだからと口にした瞬間、ぴゅん、と風を切るような音がして――ばちん! と鼻に鋭い痛みが走った。

 

「いったぁぁっ!?」

 

『せっけいがわるかっただけです』

 

「普通に答えろよ! 何で鼻にビンタなんて……いったたた……!」

 

『がいしゅういっしょくよ』

 

「……ちきしょぉ」

 

 妖精にすら殴られる始末。

 

 でも、どうしてか――鼻に残る痛みが、俺の背筋をぴんと伸ばした。

 

「勉強……だな。せめて、皆がどれだけ辛かったのか、受け止めなきゃな」

 

 なんたって、提督なんだからな、俺は。

 そうと決まれば、と俺を殴ってくれやがった――あっすみません睨まないでいただいて。

 

 俺に気合を入れてくださった素晴らしい妖精様に「記録を持ってきてくれ……ください」と情けない頼み方をして、百隻を超える艦娘達の記録を用意してもらった。

 加賀の恰好をした妖精が動き出したのを機に、執務室のいたるところから艦娘のコスプレをした妖精達が現れて、記録とは別にキャビネットへおさめられていたファイルを持ってくる。

 

『よみおわったらこっち!』

『よんでるとちゅうのものはこれに!』

『よむまえのものは、こっちにわけてね』

 

「……うむ。助かる」

 

 うーん、優秀。

 俺は軍帽の位置をなおし、少し腰を浮かせて座りなおす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っしゃあ! 気合入れるかぁ!」

 

『黙ってやって』

『うるさいよまもる』

『これがおわったらあやまりにいくんだよ』

 

「……ウィッス」

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