柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十八話 護【艦娘side・加賀】

「あら、加賀さん。これから弓道場ですか?」

 

 執務室から移動している最中、私は赤城さんに出会った。

 鎮守府中央棟から出てすぐの、艦娘寮へ移動する道すがらのこと。

 

「いいえ、提督に頼まれごとを」

 

「まぁ! 提督とお話し出来たんですね?」

 

 私が提督と話をしてみたい、というのを知っている赤城さんは私が提督と世間話でもしてきたと思っているようだったので、それは違うわ、と首を横に振った。

 

「演習報告書を提出した時に頼まれごとをしただけです。ところで赤城さん、大淀さんを見なかったかしら」

 

「大淀さんですか? いえ、見ていませんが……執務室にいなかったんです?」

 

「いなかったから頼まれたんです。その……赤城さん、ちょっと」

 

 他の艦娘にならば話さなかっただろうが、私とずっと一緒に居る赤城さんになら話しても大丈夫だろうと思い、耳打ちをする。

 

「提督が大淀さんに八つ当たりしてしまったから、様子を見てきてくれ、と……提督を深く知っているわけではありませんが、おかしいと思うの」

 

「八つ当たり……あの、提督が?」

 

「えぇ」

 

 あの提督、というのは私達の主観であって、私と同じく、赤城さんは提督を深く知っているわけではない。

 たった数日前に着任し、その後すぐに大規模作戦を立案、遂行して柱島鎮守府の地位を確固たるものにした人物――海原鎮という男が、八つ当たりなど考えづらい、と思ってしまうのは、私達艦娘とは似て非なる存在、人という種の行動傾向を曲がりなりにも知っているからだった。

 

 悲しいかな、私や赤城さんの所属していた前鎮守府で培われた処世術とも呼べるそれらは、一言で言うなれば、顔色を窺えばすぐに分かる、というどうしようもないものなのだけれど。

 

「何か事情がありそうですね。私もついて行きましょうか?」

 

「助かるわ。私一人では事情を聴くにも、誤解を与えてしまいかねないでしょうし」

 

「加賀さんは気張り過ぎよ。同じ鎮守府の仲間なんだから、それこそ、大淀さんは前の鎮守府から一緒だったでしょう? 私達二人の方が気楽かもしれません」

 

「……そうね。ありがとう、赤城さん」

 

「ふふっ、いえいえ」

 

 私と赤城さん、そして大淀さんの所属は、前から一緒だった。

 

 舞鶴鎮守府――太平洋に面する日本最大の拠点横須賀と対を成す、日本海を守護する要である鎮守府出身である私達は、日々、厳しい生活を送っていた。

 

 近海警備に空母や戦艦を駆り出し、たった数隻の駆逐艦相手に資源を無視した総攻撃を仕掛けて撃沈し続ける毎日。

 はじめこそ空母や戦艦揃いの艦隊は無傷で任務を遂行することが出来た。

 深海棲艦が攻撃をする前に艦載機で撃沈することもあれば、遠距離から戦艦の高火力で消し飛ばすこともあった。

 

 しかしそれは最初のうちだけ。

 次第に資源は枯渇し、入渠も、ましてや補給もままならない状態での出撃が増えてきて――最後には、大艦隊で棒立ちとなり、深海棲艦を追い払うなどという無謀極まる運用が常となった。

 

 大本営から配布される資源もカツカツの運用。

 それでも私達は海を、人を守らねばと必死になって戦った。

 

 大淀さんは幾度も提言したが、聞き入れてはもらえず。

 出撃など殆ど無く、あるとすれば突貫――そんな駆逐艦達の中で夕立さんさえ提言した。

 

 しかし提督は意見する艦娘に暴力をふるい、時に、戦果という甘い蜜をチラつかせ扇動した。

 

 曰く、愛国心が足りぬから威圧にもならない。

 曰く、お前達の貧しい心を敵に見抜かれている。

 曰く、気概があれば護国は成せる。敵から奪ってでも弾を撃て。

 

 そうして、疲弊した艦娘達は次第に心が壊れていった。

 

 前線に出ていた私や、赤城さんも。

 

 艦娘反対派である前提督ではあったが、故意に轟沈させ、微量の資源にして持ち帰るという事をしなかっただけマシだと言えるかもしれない。

 そういった事をマシだと思えるくらいには、私の認識が歪んでしまっているとも言える。

 

 けれど歪んだ認識であるが故に、八つ当たりされただけで大淀さんが冷静さを欠いて執務室を出て行った、などと考えられないのだった。

 

 私は赤城さんへ、その通りに言葉にして伝える。

 

「私達と同じような扱いを受けていた大淀さんが、提督に八つ当たりをされて部屋を飛び出すなど、あり得ると思いますか?」

 

「うーん……そうですねえ。あり得るかどうか、という話だけで言えば、あり得るかもしれません。大淀さんは私達とは違ってずっと提督の傍にいましたから、私達が耳にしていない話だってしていらっしゃるでしょうし、それに、ほら」

 

「……?」

 

 赤城さんが変な踊りのようなジェスチャーをするものだから、私は立ち止まってしまう。

 

「赤城さん、あの、その踊りは……」

 

「お、踊りじゃありません! 大淀さんは、提督に、これで、こうです!」

 

 両手の親指と人差し指で輪を作り、胸に当てて小首をかしげ、その後、人差し指を立てて頭に持ってくると、頬を膨らませて足踏み……これは、一体何の暗号――?

 

「……わかりません」

 

「もう! 大淀さんは提督に憧れを抱いていて、何が何でも役に立とうとしたんでしょう。提督は私達に無理をするなと言う人ですから、大淀さんが提督の仕事を手伝おうとしたとか、代わろうとしたとかで……提督が、これは私の仕事だー! とか、そういう可能性もある、ということです!」

 

「い、今のジェスチャーにそのような意味が……!」

 

 言葉にすると長いものを、赤城さんはたったの数秒に満たない動きだけで表現したというの――!?

 流石、一航戦赤城……私の想像だにしない暗号で表現を――

 

「暗号じゃないですからね」

 

「心を読まないでください赤城さん」

 

「加賀さんは分かりやすいんですよ」

 

 ふに、と頬を指でつつかれる私。

 ……こんな事をしている場合じゃなかったわ。

 

 私は赤城さんと共に大淀さんを探した。中央棟を練り歩き、食堂に顔を出し、昼食をとっている艦娘の中に大淀さんの姿は無いか見回すも、おらず。

 ならば訓練場ならと顔を出してみるのだが、昼食時であったためか、艦娘の姿さえ無かった。

 

 寮に戻っているのだろうか? と艦娘寮へ足を運び、軽巡と重巡の部屋が並ぶ廊下の前で出会った長良型軽巡洋艦三番艦、名取さんに大淀さんを見かけていないか訊くも、見ていないと言われてしまう。

 

「大淀さんがどうかしたんですか?」

 

「用があって探しているのだけど、執務室に居ないとのことでしたので」

 

「うーん……見てないですね。ごめんなさい。これからご飯前のランニングに出るので、私も探してみましょうか?」

 

 昼食前にランニング……?

 

「い、いえ、大丈夫です。ランニングもいいけれど、食事を忘れないようにしてくださいね」

 

「あはは、大丈夫ですよお! 鎮守府の周りを十周くらいするだけですから!」

 

 鎮守府の周りを十周? 相当な距離になると思うのだけれど……!?

 私がぽかんとしている横で、赤城さんが「呼び止めてすみませんでした。ランニング頑張ってくださいね」と言って私の手を引く。

 

「あ、赤城さん……私達も、発着艦訓練だけではなく、艤装を装着しない身体トレーニングが必要なのでしょうか……?」

 

「加賀さん、目的が変わっているわよ」

 

「っは……! す、すみません……鎮守府の周りを十周もするという衝撃に意識が……」

 

「ま、まぁ、長良型の皆さんは着任初日から食事時と就寝時以外は訓練し続けるようなストイックな人達ですから……」

 

 赤城さんの言う通り、長良型の軽巡洋艦は演習でも話題になるくらいに訓練の鬼である。息切れひとつせず長時間の訓練をこなせる理由が「艤装があるから」というとんでもないもので、彼女達は艤装を装着せず訓練することで得られる疲労感が非常に心地よいのだとか。

 

 あまりの衝撃に話が脱線してしまった……が、どこを探しても大淀さんは見つからなかった。

 

 昼食時間が終わり、午後の演習が始まったのが遠く聞こえる砲撃音で分かった。

 演習場にも顔を出してみようか、と赤城さんとそちらへ行くと――演習場が見渡せる岩場の陰に座り込む人影を見つけた。

 

「――ここにいたんですね、大淀さん」

 

 私が後ろから声をかけると、振り返った大淀さんは――目元を真っ赤にして、泣いていた。

 

「大淀さん、大丈夫ですか? そんなに泣いて……本当に提督が八つ当たりを……?」

 

 赤城さんの言葉に、大淀さんはギョッとして座り込んだままに「ちっ違います!」と驚いた。

 私は執務室に報告書を届けた際に探して欲しいと言われた事、八つ当たりをしてしまったから様子を見てきて欲しいと言われた事を伝え、隣にしゃがみ込む。

 大淀さんを挟むように逆隣へ赤城さんが座り込むと、いつだったか、こうして三人で並んで死んだような目で訓練をする艦娘達を眺めていたなと思い出すのだった。

 

「ここの艦娘は、一生懸命ですね」

 

「赤城さんもそう思いますか」

 

「えぇ、前に比べたら……本当に」

 

「……そうね」

 

 四角四面に頼まれごとだからと事情を聴くことも出来たが、私や赤城さん、鳳翔さんの事を考えて必死に動いてくれる大淀さんに冷たく思われたくなくて、あえて世間話を始めた赤城さんに同調し、しばし黙り込んだままの大淀さんを挟んで、声を交わす。

 

「前なんて、演習に使う弾が無駄だからって、動作訓練だけをずっとしてましたっけ。ちょっと前の事なのに……思い出したら、何だか面白くないですか?」

 

「赤城さんだけでしたね、笑いを堪えていたのは」

 

「真面目にやってましたよ! 本当に戦闘になった場合、動作訓練だけでも意味はありますから。でも、でもですよ? 加賀さんも私も、矢もつがえていない弓を持って、第一攻撃隊! 発艦します! びゅーん! びゅんびゅーん! って口で言うだけって……っくくく、ふふ、皆、もう冷静さを欠いて何時間も大真面目にやってるものですから、面白くって」

 

 ばっと立ち上がって弓を構えるような恰好をして子どものようにはしゃぐ赤城さんに、私も思わず頬が緩む。

 はたから見れば、異常だろう。

 戦場に立つための訓練であって、笑いごとではない。私達の一挙手一投足は人々の命と直結しているのだから、真摯に訓練を行わなければならない。

 

 それでも確かに、言われてみれば、と柱島鎮守府から少し離れたところで訓練をしている小さな影を眺める。

 

 砲雷撃戦を想定した演習に使われているのは殺傷力を限界まで低くしたハリボテのような弾薬だ。明石さんが開発したらしい。ペイント弾に似ているが、それよりも安価なのだとか。

 当たれば痛いし、一歩間違えれば怪我だってする。故に全員が真面目に訓練に取り組んでいた。

 

 提督の案で開発したと聞いていたが、訓練用の弾丸、という単純な案でここまで訓練が一変するなど考えてもみなかった。

 砲雷撃戦に使われる弾薬以外に、私達空母にも訓練機が配備された。

 

 弾薬こそ使わないが、制空権を争奪するために、実際に艦載機を発艦させられるというのは根本から感覚が違う。先の作戦での支援と訓練を比べても遜色無いほどだ。

 

 それ以外にも近海警備に空母を毎日海へ出して、航空支援を行うものだから、感覚はより研ぎ澄まされていく。

 

 艦娘を知り尽くしているかのような提督の采配。それに加えて、大淀さんの提督に対する信用と信頼に、私達はいつのまにかそれが当たり前のように感じていた。

 これこそが私達の本来あるべき姿なのだと。

 

 だから、提督が八つ当たりしたというのも、大淀さんの反応から事情は全く違うのだろうと察していた。

 

「夕立さんの、あれ、覚えていますか」

 

 私が問えば、赤城さんは「えっとぉ……?」と首をかしげていたが、私が「ぽいぽーい」と小声で言って片腕を伸ばすジェスチャーをすると、噴き出して笑った。

 

「ぶふっ……! 赤城さんと加賀さん、撃破っぽい! ってやつですね? 加賀さんったら、撃破されてません、って言って弓を構えてびゅんびゅん言い返して……」

 

「……ふふ。あの時はどうかしていたわ」

 

「いつの間にか、笑わなくなって……夕立ちゃんがぽいぽい言わなくなってしまって……それが、ここに来てまた、元気いっぱいになってくれましたね」

 

「えぇ。とても、良い事だわ」

 

「はい。とっても、素晴らしい事です」

 

 ふう、と一拍置き、赤城さんがぽつりと言う。

 

「夕立ちゃんを元気づける事が出来て、大淀さんが憧れるような人が八つ当たりをしたとあれば――私は一航戦としても、仲間としても、提督を詰めるしかありませんね」

 

 一瞬だけ固まってしまったが、赤城さんの視線を受け言いたい事が分かった私は、しゃがみ込んだ格好のまま膝を引き寄せるように腕を丸め、そうね、と言った。

 

「私と赤城さんの仲間を泣かせたのですから、相応の理由を問い詰めなければなりません。本当に八つ当たりだったのですか、と」

 

「――違うんです……わ、私が、勝手に……飛び出して、我慢、でき、なくっ……てっ……」

 

 ひく、ひく、と喉を鳴らして顔を伏せた大淀さんの肩を、赤城さんがそっと抱いた。

 

「私達の事も、鳳翔さんの事も、しっかりと事情を聴いてくださった大淀さんは――私達に事情を聞かせてくれないのですか?」

 

「……ひっぐ、ぐす」

 

「大丈夫です。私や加賀さんに協力できることがあれば、何だってしますから、遠慮せず」

 

「……うぅぅぅっ」

 

 何だってしますから、という言葉を聞いた瞬間、大淀さんはさらに泣き出してしまい、予想と反する反応だったのか赤城さんは困り顔で私を見た。

 私を見られても、と私も眉が下がってしまう。察するにも限界はある。

 

「何があったんですか、大淀さん」

 

 結局、私は単刀直入に聞くしか出来なかったのだった。

 

 大淀さんは私も赤城さんも見たことも無い、子どものようなしゃくりをあげながら話してくれた。

 話を聞きながら、赤城さんは優しい声音で頷く。

 

「て、ていっ……とくは、し、しぃ……ぐすっ、ぐす……」

 

「うん、うん」

 

「死ぬつもり、かも、しれないんですぅっ……!」

 

「「……え?」」

 

 

* * *

 

 

「ど、どういうことですか大淀さん、それ……?」

 

 赤城さんが唖然として問う。

 私の頭の中では、まとまらない考えがぐるぐると回っていた。

 

 死ぬ? それは、本当に、どういう……。

 

 奇策縦横の名将――たった数日でも理解させられる提督の手腕をもってしても、戦争という災禍にコールタールのようにへばりつく死は免れないと、そういうことだろうか。

 はたまた、そうせねばならない理由が?

 

 いいや、そんなはずはない。だって、彼の手腕を私達は知っている。

 

 難攻不落となってしまい、深海棲艦が徐々に勢力を増していくのを指をくわえて眺めることしか出来なかった海軍に活を入れ、南方海域を片手間に開放し、艦娘を救うような男に、死という概念は遠い存在であると思っていた。

 

 だが、大淀さんはそれを恐れ、子どものように泣きじゃくっている。

 

「し、執務、室でっ……あの人の、私達への、考えを、直接聞いたんです……信用、して、いるのか、と……ひぐっ……」

 

「えぇ、それで……?」

 

 黙って聞けばよいものを、私は無意識に先を促してしまう。

 

「けれど、提督は、私達の記録を見て、たくさん、傷、つい、ていると……うぅぅああああああっ! わぁぁああああんっ!」

 

「あ、あぁっ! 大淀さん、大丈夫よ、お、落ち着いて。大丈夫だから……!」

 

 冷静沈着、泰然自若。百戦錬磨の戦艦や空母をして物怖じせず前を向ける艦娘である彼女が、ここまで大泣きするなんて。

 私と赤城さんはもう冷静ではいられず、二人で大淀さんの背中をさすりながら、大丈夫、大丈夫、と何度も言い聞かせる。

 

 しかしそうすると、大淀さんは駄々っ子のようにいやいやと顔を両手で覆って首を横に振り、要領の得ない言葉の羅列を口から零すだけ。

 

「自分は、クソだと、違うのに、提督は違うのにっ……! 危害を加えられても、必ず、私達を、守り抜くと……でもっ、でもぉっ……!」

 

「大淀さん、私も加賀さんもここにいますから、ゆっくり、呼吸を整えて。大丈夫です……ほら、大丈夫……」

 

 赤城さんが背中から大淀さんを抱きしめる。

 あやすように、ぽん、ぽん、と頭を撫でること、しばらく。

 

「……ぐす」

 

 まだ泣き止んではいないが、大淀さんは少しだけ落ち着いた様子で話した。

 

「提督は、私達の記録を見ています……大変だったのだろうと、仰っていました。それで今朝、北上さんと大井さんに、練度の低い艦へ座学を行ってくれと任務を課しました。私はてっきり、練度の向上を図る、そのために行われるのだと、思っていたのです」

 

「座学、ですか……ふむぅ。それは確かに、練度の向上が見込めるかもしれませんねえ」

 

「そうですね。知識があれば、戦場での視野も広がるでしょう」

 

 提督の案は間違ってはいないように思える。

 私達は空母という性質上、常に戦場全体を見なければならないが、砲雷撃戦を主とする艦娘は目の前の事で手いっぱいになることもしばしばある。

 座学を行うことによって知識を得られたら、それだけ考えられる幅が広がり、ひいては余裕が生まれるということ。

 

 艦政本部から訓練校へ行く艦娘ならまだしも、鎮守府建造であったり、私達のように海上保護された艦娘にとっては願ってもないことだ。

 

「座学の様子を見に行った提督は……北上さんに、詰められた、ようで……それで、やはり自分は、信用されていないのだと、考えたのだと思います……そんな事は無いのに……そ、それ、でっ……うぅっ……提督は、これから、先、苦労をかけるだろう、と……この、座学を含め……私達だけでも、学び、運営が出来る、こと、で……うっ……うわぁぁああああん!」

 

「あ、あぁぁっ! せっかく落ち着いたのに……!」

 

 赤城さんと私は、また大淀さんを抱きしめ、必死に宥めた。

 大淀さんは長い間、泣き続けた。

 

 私達がどれだけ宥めても、絶望の未来が見えているかのように。

 

 いつのまにか海上から聞こえてきていた砲撃音は収まり、別の艦娘に入れ替わったのか、航行訓練が行われているようだった。

 遠い波間に粒のような影がすうっと移動しているのを横目に、大淀さんは震える手で眼鏡を外して目元を何度も何度も拭った。

 

「私の、悪い、想像なだけかもしれません。いいや、そうであって欲しい、です」

 

「そ、そうですよ! 大淀さんは深く考えられる人ですから、ね? ちょっと悪い方向に考えただけなんですよ!」

 

「……提督は私に、鎮守府を頼む、と……一日とは言え、運営権を渡しました」

 

「えと、それは、呉の朧さんと漣さんの……」

 

 赤城さんの言葉に、こっくりと頷く大淀さん。

 

「着任してすぐに作成された演習から、近海警備、日々の開発のルーティンワークは、この先でずっと通用するものです……それがあったため、私は迷うことなく、鎮守府の皆に指示を出し、作戦の通信統制に集中出来ました」

 

「……」

 

「それから……座学を行うと提案書を貰い、私はそれを、承諾したのです。全ての艦娘の練度が綺麗にまとめられ、どの艦娘から練度向上を行うべきか、一目で分かるものでした。提案書の通りに進められたら、この鎮守府は半年も経たないうちに横須賀や舞鶴と比べても遜色ない戦力となるでしょう」

 

 たったの半年で、そこまで引き上げる?

 もしも前提督が言ったのならば、鼻で笑っていただろう。そんなことが出来るのならばやってみろ、と。

 しかしあの人ならば、可能かもしれない、否、可能であると、思ってしまう。

 

「私達の権利が侵されず、目的を壊されないように、努力すると仰っていました……苦労をかけるなど、提督がいて、苦労なんてしていないのに……そ、そん、なの……まるで……この先、あの人がいなくなるみたいじゃないですかッ……!」

 

 突飛過ぎる――と、言いたかった。

 赤城さんも、きっと私と同じことを言おうとしたのだろう。

 

 口を半開きにして言葉が紡がれるその前に、大淀さんから告げられた事実の数々が、繋がってしまう。

 

「……それは、大淀さんが私達に話していない、作戦について、ですね」

 

 私の言葉にはある種の確信があった。

 流れるような作戦遂行の中にあった、予定調和のような違和感。

 

 敵と交戦し、艦娘を救い、南方を開放した困難極まる作戦が、あたかも通過点であるかのような拍子抜けする感覚。

 

 まだ、これには先がある。

 大淀さんが話していない、何かが。

 

 提督が死ぬかもしれないとまで言っているのだから、私は問わずにはいられず、大淀さんに顔を向けて言う。

 

「話して、くださいますね」

 

「……はい」

 

 それから、大淀さんから告げられたのは――呉で発覚した海軍の実態。反対派の攪乱に、南方を拠点とした深海棲艦の――開発――。

 それらを握っているのは、私達のみならず、海軍全体に影響を及ぼす――少将という存在――。

 

「な、何故、そのような重要事項を隠して……! 確かに機密事項にあたる大事件かもしれませんが、鎮守府の皆に隠して進める理由が分かりません!」

 

「深海棲艦を……なんて……」

 

 思わず声を荒げる私。

 赤城さんも動揺して声を上げたが、すぐに消沈。

 

「情報漏洩を恐れたのなら、それこそおかしい話です。艦娘を柱島から不用意に出さなければいいだけで……い、い、わけ……でも、無い、ですね……。情報を絞れば、それだけ、安全性は高まります……提督の行動は、理にかなっています……」

 

「しかし、それでは私達を信用していると言って、信用していない事になるではないですか!」

 

「……信用しているから、戦果を、あげているんです」

 

 大淀さんの声に、私達は黙り込む。

 

「多くの濡れ衣を着せられ、柱島に飛ばされた私達が南方海域の開放という大戦果を引っ提げていれば、その海域を掌握していた反対派はそう簡単に身動きが取れません。海軍の上層部全体も、私達を認めざるを得ないでしょう……その上で、私達がその情報を知らなければ、不用意に疑いを向けられることも、無い……」

 

 体温が、海風に奪われていく。

 

「もしも、反対派が深海棲艦の一部を生み出しているという情報が、私や、数名の艦娘から漏れたとしても、所属している大多数がそんなこと知らないと言ってしまえば、前の鎮守府での、鳳翔さんのように……踏みつぶされるどころか、気にもされないでしょう……提督は、立場を盾にしても、お前達を守ると、言ったのですから……」

 

 息が、出来ない。

 

 冷たい海底に沈んでいく感覚――

 

「私は、人々を守るために、戦っているんだと……でもっ……でも、提督はっ……そんな私達を、守るために、ひ、ひと、り、で……あ、ぁぁっ……!」

 

 ――光が、遠ざかるような錯覚。

 

「まだ、そうと決まったわけではないじゃないですか! 提督に訊きましょう! 例え怒られても、それこそ、提督に殴られたって、そんな事はさせられません! ね! ね!?」

 

 赤城さんが立ち上がった時、不思議そうな声が飛んでくる。

 

「おやおや、赤城殿に加賀殿、それに大淀殿まで、どうなさったの、で――お、大淀殿……!?」

 

「ちょちょちょ、どしたのさ!?」

 

 あきつ丸さんと、川内さんだった。

 いつの間に帰って来たのだろう、と思えば、日が既に少し傾きかけていたのに気づく。

 

「いや、あの……」

 

 事情を説明しようにも言葉を整理出来ない私に代わり、赤城さんがかいつまんだ説明をすると、あきつ丸さんと川内さんも、私と同じ顔色になった。

 

「……連絡をしたときに、閣下が大淀殿に伝えても良いかと問われたのは、そういう事でありましたか」

 

 大淀さんが涙に濡れた目を向ければ、あきつ丸さんは言った。

 

「反対派の動きを調査するのに、南方海域から深海棲艦がやってきていたのではないかという見解書が見つかったのであります。山元大佐の協力もあり、呉鎮守府に残っていた過去の資料を一から十まで漁ってきたわけでありますが……山元大佐も、例の件を頼む、と言われていたようで、最優先に手伝ってくれたのであります。先ほど、執務室にて見解書を渡してきたのでありますが……確かに、我々の記録を真剣に読んでおられましたな」

 

 続いて、川内さんが呟いた。

 

「王手まで持っていくのが私達の役目……少将との対峙は、戦争も海軍もひっくり返す、汚れ役……」

 

 私達の行動は、確かに被害を取り除き、未来の人々を救い、海軍の不正を正してきた。

 では、その先は――?

 

 私の胸中で生まれた問いに、あきつ丸さんの言葉が解となる。

 

 

 

 

 

 

 

「閣下は、戦果にもならない海軍の腐敗を取り除くため――相打ち覚悟、ということでありますか……!」




日常回……日常……?

日常です(断言)
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