柱島泊地備忘録   作:まちた

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六十九話 始動【提督side】

「これ、は……本気で、書いてるのか……?」

 

 コスプレ妖精加賀バージョンに殴ら――活を入れていただいてしばらく。

 読み込めば読み込むほどに、恐ろしい文字の羅列が俺の脳を揺さぶった。

 

 ――処分。

 

 柱島に所属している艦娘の記録の殆どに、そういった文字が並んでいた。

 仲間を失った、と片付けるにしては不自然極まる記録は、素人社畜の俺の目から見ても明らか。

 傷ついた――と井之上元帥が言っていたのは、心であるとか、精神的なものの比喩だとばかり思っていた。

 ()()()()()()()()。これが、正しい認識であったのだ。

 

 大淀型軽巡洋艦一番艦――大淀。

 鎮守府近海にて展開された哨戒作戦における攻撃的指示により、第一艦隊の一部を損失。当該作戦目標である深海棲艦の撃滅に失敗。

 他、舞鶴鎮守府貯蔵の資源を無断で使用、私的に開発を行い、故意に資源を損失させる等、命令違反多数。

 解体処分申請後、却下。運営に支障の出ないよう一時的異動処分の後、正式辞令を待つ。

 

 同鎮守府所属、正規空母、赤城型一番艦、加賀型一番艦、命令違反により処分。

 

 同鎮守府所属、白露型駆逐艦四番艦、夕立、命令違反及び当該鎮守府の提督に対する暴言、勤務態度の悪化により処分。

 

「あり得るのか……? 大淀達が……いや、そんな、馬鹿な話が……」

 

 疲労によって充血しているであろう俺の目が持つ熱が、顔中に広がっていく。

 かつてブラック企業で書類を処理していた時よりも速く、手が、目が、体中が情報を頭に叩き込まんとして動き、初めこそゆっくりと書類を運んでいた妖精達は、次第に俺についていくので精一杯なくらいに忙しなく飛び回った。

 

 視界の端をぴゅんぴゅんと飛び回る妖精の影すらも意識することなく、嘘だ、いやまさか、そんな言葉を漏らして資料を読み込んだ。

 

 鹿屋基地所属、鳳翔型軽空母一番艦、戦意維持困難のため異動処分。

 当該鎮守府にて○月○日○時頃に発生した深海棲艦の襲撃における出動拒否、及び聴取での虚偽。

 菅谷啓介中佐の死亡に関する証言の虚偽。精神に異常の疑いあり。

 

「鳳翔は、中佐に、生きろって言われたって……本人が……清水も先輩から手紙預かったって、言ってたろ……?」

 

 大湊警備府付、北方警備支部所属、工作艦明石。

 支部運営の酒保にて横領の疑いあり。

 警備支部運営における必要資源の私的使用、ならびに、支部長命令の開発の拒否。

 

「開発の拒否って、いやいや、開発したくて、しょうがなくって、俺にしがみつくような奴だろうが、明石は――!」

 

 俺が資料を読み込んでいる途中、呉からあきつ丸達が帰って来たのだが、俺はそれどころではなく、見解書とやらを受け取った後は早々に「今日は休んでいい」とだけ伝えて、またそれに没頭した。

 そうして数時間は経過したが、結局、俺が全ての資料を頭に叩き込んで、太陽が沈んだ後も、大淀は執務室に戻ってこなかった。

 

 

* * *

 

 

 八つ当たりしてしまったという事実は、きっと艦娘全体に知れ渡っているだろう。

 食事をする気にはなれなかったので、今日はこのまま寝てしまおうかと資料を抱えた変な恰好のまま椅子の上で脱力して、ぼうっと壁を眺めていた。

 

 俺が今、何をすべきか。

 

 俺がこれから、どうすべきか。

 

 頭では理解していた。気持ち的には簡単に済ませられるが、いざ行動となると難しい。すまなかった、という謝罪をするべきである。分かっている。そんな事は。

 

 しかし秘書艦を買って出た大淀が執務室を飛び出してから、長い時間が過ぎて、もう夜だ。

 情けない俺は、大淀に謝るよりも、八つ当たりした分、彼女か、はたまた、彼女とその仲間達に同じだけ罵倒された方がいいのではないかと本気で考えていた。

 

 それも、恐らくは資料を読んでしまったからだと思う。

 

 彼女らの任務に対するひたむきな姿勢を知っているものだから、あの資料に書いてある事こそが嘘である。

 でなければ井之上さんが支えろなどと言うだろうか?

 

 そんな彼女達に対して、俺は、自分の事だけを考え、彼女達と一緒に仕事をしたいのだという欲を優先して子どものように怒鳴り散らした。

 申し訳なさで、死んでしまいそうになる。

 

『……まもる。今日はもう、やすむ?』

 

 妖精のうちの一人が目の前に飛んできて、まっすぐな目で俺を見つめて言う。

 今度は鈴谷のコスプレか。気楽なもんだな。

 

 ……何が気楽か。妖精に対してまで、何を考えているんだ俺は。

 

 負の思考というのは、重い腰と違って持ち上げる事が難しい。動作でどうこう出来るものではないという意味と、もう一つ――根本の解決が求められるからだ。

 

 するとやはり、謝罪する、という結論に戻ってくるのであった。

 

「謝ってから休んでも遅くないだろう。なにせまだ十九時になったばっかりだ。それに、大淀を泣かせたまま休めるはずもなかろう」

 

『そっか』

 

「……うむ。俺が悪い。だから、謝る」

 

『うん』

 

「謝った上で――仕事をさせてくれと、お願いする」

 

『うんうん』

 

「それでもダメだと言われたら……」

 

『言われたら?』

 

「……土下座でも何でもするさ」

 

『かっこわる』

 

「っは、なんとでも言え」

 

 冷たい物言いの妖精だったが、その表情は優しいものだった。

 

『んじゃあ、とつげきいたしましょー!』

 

「――うむ!」

 

 俺は気合を入れて立ち上がり、軍帽をしっかりと被った。

 

 資料を乱雑に机の上に置くと、妖精達がぴーちくぱーちく文句を言っていたが、それどころじゃないんだと言えば『まもるは! もう! もう!』と言いながらもファイリングし始めてくれたのだった。

 

 そして、執務室を出て、今にも地面へ沈んでしまいそうなくらい重たい足を気力で前へ、前へと持ち上げて進む。目的地は、この時間であらば多くの艦娘が集まっているであろう、食堂。

 

 会社へ向かう時よりも辛い時間だった。

 上司に罵倒されようが、あっつあつのコーヒーをかけられようが、ああそう、で済ますことのできる擦り切れた精神が、ここにきてまるで新品に入れ替わったとでも言わんばかりにピリピリと頭を焼いた。

 これから、自分の人生でもあった艦娘に罵倒されるかもしれない。

 冗談抜きにして暴力を振るわれるかもしれない。そう考えただけで足がすくむ。

 

 だが傷ついているのは俺じゃない。彼女達だ。

 

 過酷な仕事に従事していたというのに、訳の分からない濡れ衣で名誉を汚され、働きさえ否定された彼女達が、誰よりも深く傷ついているのだ。

 

 新たにやって来た鎮守府で、また海を守りたいと俺に頭を下げた大淀を泣かせたのは――傷つけたのは、間違いなく、俺なのだ。

 

 俺が働き続けられるかどうかなど、もとより大淀の知ったところではないというのに、漠然とした不安をどうして部下にぶつけることができようか。

 傷ついた彼女たちが、同じ上司という立場の俺に不信感を抱くことに疑問が生まれようか? あるわけが無い。

 

 当たり前を、当たり前でなくしたのは、俺自身じゃないか。

 

 前職で失敗した時の、ああ、申し訳ないなという自責の念よりも濃い苦汁の原液か、単なるストレスから逆流する胃液か分からないものが俺の喉にせりあがって不快感をもたらす。

 

 それでも進まねばならない。彼女達の背を追い続けるのだ、俺は。

 

 食堂に近づくにつれ、艦娘の声が聞こえてきて、さらに胸が苦しくなる。

 そして、扉の前に来ると、俺は深呼吸をして、がらりと開いた。

 

 初めて柱島で彼女達と対面した、講堂の扉よりも、重たかった。

 

「失礼する。大淀はいるか」

 

 喧噪が――ぴたりと止んだ。一瞬にして静寂が俺を襲う。

 あれだけ憧れていた存在だというのに、艦娘達の視線が突き刺さり、俺はその場で気絶してしまいそうだった。

 

「何や司令官。話にでも来たんかいな」

 

 静寂の中から、龍驤の声。そちらに視線を向けると、龍驤は酷く不機嫌そうな表情で俺を睨んでいた。

 話はやはり、知れ渡っているらしい。

 

 艦娘に囲まれるようにして、食堂の中央の席に、大淀が座っていた。

 

 顔は伏せられていて、表情は窺えない。

 

「……そうだ。大淀に、話があってきた」

 

「大淀にぃ? っは、おっかしいやっちゃのぉ……ウチらに、の間違いやろ? あぁ?」

 

 龍驤の声が鼓膜を破る鋭さを持っているのではないかと錯覚してしまう。

 何をするにも、全身が痛んだ。

 

 ここで逃げ出しても良かったのかもしれない。

 

 だが、前職から逃げ出した俺は――艦娘からは、逃げたくなかったのだ。

 

「そう……だな。お前達にも、話さねばならん」

 

 覚悟を決めろ――海原鎮――。

 

「言い訳は後だ。大淀――すまない。全て、私が悪かった。本当に、すまない」

 

「……」

 

 誰からも声は上がらない。

 俺は言葉を紡ぎ続ける。素直に。正直に。

 

「私はお前達の事ならば何でも知っていると思い込んでいた。だが、記録を全て見て――ただ、表面上の事しか理解していなかったのだと痛感した。お前達にはお前達の苦しみがあって、お前達の歩んできた道があることなど、当たり前のことなのに、私はそれを見ようともしなかった。私が出来ることをする、それこそが私がここにいる唯一の理由なのだと、必死になっていた」

 

「……っ」

 

「私は最初から最後まで、独りよがりだった。呉での仕事も、柱島での仕事も、こうしておけば問題無いと、取り繕うような事ばかりしていた。こうすることでお前達といられるのなら、ほんの少しでも縋れる場所があるのなら……そうして、目的を見失っていた」

 

 大淀からだろうか、それとも別の場所からか、鼻をすする音が聞こえた。

 それもそうだ。こんなおっさんが必死になって女の子たちの前で言い訳をこねくりまわし、それでも仕事がしたいと懇願しようとしているのだから、情けなくなるのも無理はない。

 

 信用されていないと? 大淀の問いに、答えは出ている。

 

 信用していないのは、俺であった、と。

 

 俺を信用していないのなら、まず、鎮守府に俺が着任した時点で仕事をさせるわけが無い。それがどうだ。妖精にひっぱたかれ、大淀には出し抜かれ、どんな形であれ仕事を貰えていたじゃないか。

 

「私の仕事は、必死になって逃げる事ではないんだ。違う……違ったんだ……――私に、課せられた任務は――お前達を、支えることなんだ」

 

 俺と彼女らはずっと――すれ違っていたんだ。

 

「――私は、お前達の提督でありたい。これまでも、これからも、私が死ぬまでずっとだ! 要領も悪く、杜撰な仕事も多い私のことだ。どれだけ必死に頑張ったとしても、お前達には想像を絶する苦労をかけることになるだろう。しかし、それでも……」

 

 目深に被った軍帽を脱ぎ、俺は深く、頭を下げた。

 

「……お前達を支えようとする私を、支えては、くれないだろうか」

 

 体感で数時間は頭を下げていた気がする。

 実際はたったの数秒だ。

 

 俺が言っていることは無茶苦茶だ。支えなければならないのに、支えてくれ、などと。だがこれが、俺の誠心誠意の謝罪であった。

 声はなく、息遣いだけが支配する食堂で、頭をあげられず、俺は祈るように言った。

 

「どうか、お前達の傍に、いさせてくれ」

 

 それから、ゆっくりと頭をあげようとした時。ガタン、とか、ガツン、という乱暴な音が響いて――俺の身体が、後方へ強く飛ばされた。

 

 最初は、殴り飛ばされたのだと思った。

 倒れてはいけない。これ以上情けない姿を見せてはならない、と踏ん張った時に、胸元に大淀の頭が見えて、思考が止まる。

 

「お、ぁ……?」

 

「うっ……ぐっぅ……――」

 

「大淀……?」

 

「うわぁぁああああああああんっ! あぁぁああああっ! て、てい、とく……うわぁぁあぁぁんっ!」

 

 大淀の人の目を憚らない大泣きっぷりに狼狽さえ出来ず、ただ、俺は胸中で方々へ謝罪した。

 

 遠い世にいる提督の諸先輩方、井之上元帥、山元、清水、松岡……ごめん。

 俺の柱島での物語は、ここで終わりを迎え――オブゥッ!?

 

「司令官、ほんっま、お前ぇ! 泣かせてから言うくらいなら最初から言えやぁ! こんボケェッ! オォイッ! ぐすっ……!」

 

「提督ぅ……! なんでも、話してくれていいんでち! ゴーヤ達だって、いっぱいお手伝いするでち! だからぁぁ! うわぁぁあん!」

 

 龍驤やゴーヤの他、大勢の艦娘が俺の腕に、腰にしがみ付いて泣きわめいていた。

 ゴーヤにおいてはもう、それはもう、すごい、ちょっとお前それすっごい鼻水ついてるが。ちょっと。

 

 目を白黒させながら状況を把握できないでいる俺。そんな俺を大勢で囲む艦娘。

 

 新しい包囲殲滅作戦かな? 違うね、落ち着こうね俺。

 

 続いて、混乱している俺の耳に届くのは、長門の声だった。

 

「……提督よ。言っただろう。私はあなたとともにあると。どんな任務であれ、この長門がついているとも」

 

「長門……」

 

「あら、長門だけじゃないわよ? お姉さんの仕事だって見てみたくない? ね、提督」

 

「陸奥……!」

 

 艦娘は、素晴らしい。

 社畜の俺にこうまで真摯に向き合い、仕事を手伝うと言ってくれる心強い存在に、ああ、俺はなんてことを……。

 

 口々に「手伝う」と言ってくれる艦娘に、俺はもう胸がいっぱいになり、セクハラになるかも、なんて考えてはいたが、ちょっとくらいはね、まあ、ね。

 

 と言い訳にもならないことを考えつつ、胸元で泣き続ける大淀の頭をそっと撫でた。

 

「私が不甲斐ないばかりに、また泣かせてしまったな」

 

「いえっ……いいえっ……いいんです……私、だってっ……提督が、どれだけ苦しんでいたか、悩んでいたのか、分からなく、てっ……ぐすっ……」

 

「お前達よりも苦しんでなど……――いいや、そうだな。みな、仕事でいっぱいいっぱいになっていたんだ。それでいい。だが、お前達がいるのだ……私も、全力で戦える」

 

 百人以上の艦娘が手伝ってくれるのだから、出来ない仕事とかあるわけがない。

 今なら漫画みたいに積まれた書類を突きつけられたって五秒で消し去ってやるぜ!!

 

「……明日からも、私は提督でいても、いいのか?」

 

 改めて問えば、大淀はゆっくりとした動作で俺から離れ、その他も同調するように一歩下がり――真剣な眼差しで、敬礼した。

 

 大袈裟な艦娘達め……だが、これでいいんだ!

 

 俺も最大の敬意を以て、艦娘達に敬礼した。

 

 

* * *

 

 

 あくる日。俺は謝罪もあって艦娘達に囲まれて食事をするのがどうにも気まずく、しかし逃げ出さないと決めたものだから手早く食事を済ませてから「今日は早めに休ませてもらう。明日から、頼むぞ」と言い残して、柱島に来て初めて、早めに就寝した。

 

 意識が沈む少し前に時計を見た時はまだニ十ニ時にもなっていなかったため、翌朝の四時には感じたことのない爽快感と共に目が覚めた。

 

 全身がむず痒いような感覚が残っていたが、今日から心機一転だ! と俺は執務室のソファから跳ねるように――あっ、だめだ座り仕事ばっかだから腰が無理……。

 

 そっと身体を起こし、よれた上着を脱いで虚空へ呼びかける。

 

「誰かいるか」

 

 すると、ふわふわと妖精が一人、デスクの方から飛んできた。

 むつまるである。

 

『おあよ……』

 

「どうした、元気がないぞむつまるぅ! 今日も元気に仕事だ! っふふ、その前に風呂に入るが! 身だしなみは大事だからな――!」

 

『あー、ふく、あたらしいふくね……』

 

「うむ! 頼む!」

 

『むにゃ……うるさいなあ……あ、ちゃんとごめんなさいしてきたの?』

 

「うむ!!」

 

『うるさい』

 

「……謝ってきました。サーセン」

 

 やはりむつまる、厳しい。

 朝っぱらからハイテンションですみませんね。

 

 しかしハイテンションにもなるってものだ。自分の情けなさを呑み込み、認めた上で、愛する艦娘達に仕事を手伝ってくれとお願いしたら、やっと認めたかとばかりに泣いて快諾されたのだから。人生で一番幸せな日と言っても過言ではないだろう。

 

 今日から始まるのだ、海原鎮提督の、イチャラブ柱島鎮守府物語が――!

 

 決裁書類にまごつく俺に、大淀が「あらあら提督、ここはこうするんですよ。ふふ、連合艦隊旗艦の、この大淀が手伝ってあげましょう」とか言って優しくペンを取り、隣で優しく教えてくれ――時には、演習のルーティンを変えた方が良いのか悩む俺に、那智が「貴様の采配は悪くない。だが、勝利を手にするためにはこうした方が良いだろう……っふ、この那智に任せておけ」と恰好良く手伝ってくれたりしちゃうかもしれないのだ! フッフゥーウ!

 

 いやー、遠い世にいる提督諸君、すまんな! まもる、甘えちゃいます!

 

『……じゃ、頑張ってね』

 

「お、おぉ。うむ……?」

 

 俺からあふれ出る幸せオーラにやられてしまったのか、まだ眠そうなむつまるは新しい軍服とタオルを俺に手渡すと、再びデスクへ戻り――引き出しの中に入っていく。

 新しいタイプの猫型ロボットみたいな住処だなそこ。

 

 それはさておき。

 

 執務室を出た俺は、意気揚々と入渠ドックへ向かう。

 道中で伊良湖に会う可能性は高い。この時間から既に仕込みを開始しているというのだから、ここは挨拶がてらに感謝を伝えるのもいいな、と考えながら歩み続ける。

 

 そして、廊下の向こうから伊良湖が歩いてきたのが見えた時、調子に乗って控えめながらも片手をあげて挨拶してみちゃう俺。

 

「おはよう伊良湖。今日も早いな」

 

「おはようございます提督。あら、今日は着替えをご用意していらっしゃるのですね」

 

「仕込みの邪魔をしては悪いからな。いつも、助かっているぞ」

 

「ふふ、いえいえ。朝食はどうなさいますか?」

 

「もちろん、いただこう。今日のメニューはなんだ?」

 

「今日はめかぶひじきに、筑前煮……あとは、駆逐艦の子達が食べてみたいと言っていた、ミートボールを」

 

 うーん、何だろう、給食感。

 いやいや悪いわけではない! なにせ艦娘が作ってくれる食事なのだ。

 それはもう完全食と言ってよいだろう。

 

 普通に栄養を考えてくれてそうだしな!

 

「ふむ、美味そうだ。では、風呂から上がったら直行せねばなるまい」

 

「もう、提督ったらお上手ですね」

 

「ふふ、本当のことを言ったまでだ。では、またあとでな」

 

「はい、また後で」

 

 あぁー! これこれ! 艦これ!

 こういうの求めてたんだよ俺はぁ……!

 

 おっさんどもと狭い部屋の中で訳の分からん小難しい専門用語がやかましく飛び交うような仕事ではなく、こういった艦娘と接し、幸福を感じるような日常を求めていたのだよ!

 

 だがまもる、油断してはいけない。

 

 彼女達は、深く傷ついてきたのだ。それを念頭に置いて真面目に仕事に取り組むんだ。

 遠慮して腫れもの扱いをするようなことも、傷つける要因になるかもしれない。だから、俺は俺らしく、社畜魂バッチバチで働くぜ!

 

 ただし艦娘に手伝ってもらいながらな! フゥハハハァー!

 

 そうして俺は足取り軽く入渠ドックへ行き、服を脱いでさっさと身体を洗おうと洗い場へ。

 鼻歌交じりにシャワーで頭を濡らした直後の事だった。

 

 

 

 『総員おこーし! 総員おこーし!』

 

 

 

 鎮守府が震えるような大音量に、素っ裸のままひっくり返る俺。

 

「なぁっ!? なんっ、えっ!? 総員起こし!?」

 

 まだ四時だったよな!? と記憶を掘り起こす。

 俺の社畜ボディに内蔵されている時計はきっかり四時に俺を目覚めさせたはずだ。壁に掛けられた時計でもそれは確認済みである。

 

 では今日に限って何か特別なことが予定されていたかと考えても、ルーティンはいつも通りのはずで、艦娘達は少なくともまだ一時間は寝ているはずだった。

 

 何が起きているのか把握する前に、鎮守府のいたるところに備え付けられているスピーカーから大淀の雷鳴のような声が炸裂し続ける。

 

『本日の演習組、第一艦隊は訓練場へ! その他、近海哨戒部隊はただちに出撃準備を整え、マルヨンフタマルまでに港へ集合!』

 

「えっ……」

 

 何が、起こってんだ、これ……?

 

 訳も分からず、俺は身体を手早くどころか超特急で洗い流し、頭も適当に洗ってばたばたと入渠ドックから走り出た。

 軍服を着て、脱衣所のドアを開けると――たかだか数分しか経っていないというのに、大勢の艦娘がキビキビと行動を始めており――。

 

「あっ、司令官! おはようございます!」

 

 丁度通りかかった長良に「ど、どうしたこんなに早くから!?」と聞けば、やる気に満ちた表情で、むんっ、と胸元で拳を握りしめて言った。

 

「大淀さんからお話聞きました! 司令官のお仕事、全力でやってみせますよ!」

 

 可愛い。

 

 っじゃねえ!

 

「わ、私の仕事をやるとは……その、演習や遠征のルーティンは作ってあるだろう? それに従ってくれたら問題は――」

 

「ダメです!」

 

 えっ!? 俺の不眠不休の努力の結晶なんだがダメでしたか!?

 

「あれでは……司令官のお仕事は出来るかもしれませんが、私達のお仕事はできません! ですよね?」

 

 う、うーん、確かにあれは、とりあえずこれさえしておけば問題無いだろう、という程度の感覚で作成されたものではあるが……。

 他の鎮守府ではあれの倍以上の事をしているのが普通であるということか?

 

「あれはみなに負担にならないようにと組んだものであってだな……」

 

「でも、司令官には負担になってるんですよね……?」

 

 う、上目遣いで見るな長良ァッ!

 健康的な小麦色の肌と浴衣が実はすごく似合う艦娘ランキング堂々の一位の上目遣いの破壊力を朝から発揮するんじゃないよォッ!

 

 可愛いことを自覚しろテメェッ……!

 

「負担など、仕事にはついてまわる当然のことだ。私は――」

 

「昨日、手伝ってくれって、言ってくださったから……あ、あの、えっと……」

 

 んんんんんんん! よし分かった、うん、オッケー!

 俺も急いで朝食を済ませて執務室行きます! オッケーです!

 

「そっ! そうだな! 私が言ったことだったな! いいや、すまない、お前達を心配するあまり、余計な気遣いを……」

 

「し、心配だなんて、えへへ……大丈夫です! この長良、全力で走りきりますから!」

 

「う、うむ……頼もしい、限りだ……」

 

 では! と元気よく敬礼した後に走り去っていく長良の背中を見ながら、俺は冷や汗をかいていた。

 

 

 

 

 

 

「……何が起こってるんだ」

 

 おかしいな。前の職場みたいな匂いする。

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