柱島泊地備忘録   作:まちた

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七十三話 指導③【提督side】

 誰だァッ! 艦娘と甘々な日常を送りながらのんびり左団扇で鎮守府運営出来ると思ってた大馬鹿者はァッ!?

 

 はい。空母の雰囲気にすら負けた大将のまもるです。

 

 弓道場で情けない弓矢の腕前を披露して逃げ出した俺は、大淀に内心で笑われてるのだろうか、などという被害妄想に襲われながら弓道場から一刻でも早く離れねばと早歩きしていた。

 

 怖いよ。皆の視線が怖いし痛かったよ。

 無理じゃん普通に考えてさあ! 素人だぞこっちゃあよぉッ!

 

 なーにが「一度、見せていただけませんか。提督のお力を」だッ!

 俺の力が見たいというのならば執務室に来い! 死にそうな顔で書類と格闘してっからよッ!

 お艦と赤城め……くそぉ……可愛かった……。正座もちょこんとしてた……。

 

 って、そうじゃねェッ!

 

 文句たらたらの胸中であるが、艦娘が如何に難しい訓練をこなしているか、という勉強になったのは言うまでもない。

 鳳翔率いる空母達の弓を構える姿は美しく恰好良かったし、それについては文句無しである。

 それに、実際に弓を触って分かった事が一つある。

 

 ――飛ばないのだ。それも、全然。

 三十メートルあるかないか程度の距離に設置された的を狙ったつもりが、その付近にすら届かず途中で落ちるくらいに矢も重かった。空母達の弓が鳴らすような音もなく、ぴょんって。ぴひょんって。やる気のない卯月みたいな飛び方してたよ。

 

 それは卯月に失礼か……。

 

 空母達は弓での発艦を海上で行っているという事実に、アニメや漫画では知れなかった努力を現場で感じられた。

 葛城も汗びっしょりだったので心配してしまったものの、あれだけ至難の訓練なのだから集中して汗が浮かぶのも分からんでもない。

 

 ともかく、それだけ難しい訓練を真面目にこなしている、ということである。

 本当にお疲れ様です空母の皆様……大人しく執務室に戻ってお仕事します……。

 今度からご飯いっぱい食べても怒らないようにするね……。

 

 歩みを進める事、数分程した頃だろうか、弓道場とは違う別の建物の傍を通り過ぎた時、その中から艦娘の声が聞こえた。

 

『はぁぁっ……!』

 

 これは、綾波の声だろうか?

 

 気合を入れるような声の次に、畳と肌が擦れるような音――そして――どたん! という大きな音。

 ちらりと見てみれば、建物の入り口には木製看板があり、しっかりと武道場と記されているのが目に入った。

 

 弓道のみならず格闘技までやってるのか艦娘は……本当に超人じゃねえか……。

 

 すると、俺がチラチラと武道場を見ていたのが気になったのか、大淀の声。

 

「現在は軽巡と重巡の方達が訓練なさっているかと思います。見て行かれますか?」

 

 いやいいよ。弓道場で恥かいたの見てただろう大淀。恥の上塗りを強制するな。

 

「いや、私が行っても邪魔になるだけだ。練習はしているようだから、問題は無い」

 

 と返答し、さっさと離れようとしたのだが、大淀はさらに「よろしいのですか?」と言葉を紡ぐ。

 よろしいも何も、武道場に行って艦娘が格闘訓練してるのを見学したところで、少しは恰好良いと思うかもしれないが、それよりも痛そうという思いが先行してしまいそうだ。

 一昔前にテレビでやっていた総合格闘技でドカスカと殴り合っていたのを見るだけでしかめっ面してしまいチャンネルを変更したくらいだ。それに前職で殴られ罵倒される事には慣れているが、人のそれを見るのには慣れていない。

 

 格闘訓練を目にしたらきっと「ひぃん」とか情けない声が出てしまうだろう。

 

 ちょっとまもる的にはNGです……。

 

「……邪魔になるかもしれんだろう」

 

 察してくれ大淀……百歩譲って見回りは続けようじゃないか。な?

 それで手を打ってくれ。艦娘が殴り合うとかもう恐怖しかない。

 

「提督が見学しても問題無いか、聞いてきますが……? もちろん、邪魔になるようであれば遠慮なく言うようにと伝えます」

 

 んんん! 強情な軽巡洋艦めッ! 可愛さがあれば何でも許してもらえると思うな!

 お前は俺の部下だろうが! なら俺の言うことを聞けッ! あぁんッ!?

 

「うむ……しかし、弓道場でも、邪魔になったであろうからな……」

 

 などと考えるも、本当に邪魔になったら困るだろうと言葉に出てしまうのであった。

 俺の仕事を支えてくれる艦娘達の本来の仕事は、ああいった訓練であったりするのだから、ここで俺が顔を出して「チィーッス! やってるー?」と鈴谷みたいな雰囲気を醸しながら入ろうものなら鬼の綾波に腕の一本くらい持っていかれてもおかしくない。

 これでも、仕事はできますよね……提督……? などと言われて腕をもっていかれようが俺は頷く。必ずだ。

 

 だからさっさと戻るぞ大淀ォッ! 怖いからァッ!

 

 と大淀を見ると、俺が見回ると言い始めたにもかかわらず戻ろうとするので自分のスケジュールに不安でも覚えたのか、子どものようにしょんぼりと顔を伏せてしまう。

 や、やめ……やめろよぉ、そういうの、ずるいだろぉ……。

 

「そ、そんな顔をするな。決して大淀の予定に問題は無いだろうと思っているからこそ、みなには私の事を気にせず訓練をして欲しいだけなのだ」

 

 結局、正直に白状するしかなかった。

 それでも仕事はしてほしいのか、大淀の「……はいぃ」という可愛らしすぎるしょんぼり声に心が折れる俺。一撃必殺であった。

 

「……わかった。一応見に行くとしよう。ほら、だからそんな顔をするな」

 

 手のひらくるっくるである。仕方無いね、提督だもの。まもる。

 大淀が後ろでぶつぶつとふてくされていたものの、ちゃんと仕事はするから! と示すためにさっさと武道場へ向かい、扉を開く俺。

 

 数分か十数分か見学して、問題が無いようであれば執務室に戻ればいいだけの話なのだ。何を気張る必要がある! 行くのだ、まもる!

 

 艦娘達の格闘技も、悪くないかもしれないじゃないか、な!

 

「失礼する。訓練の様子を――」

 

「提督、あぶな――きゃぁっ!?」

 

 俺の目の前に、外からも聞こえていた声の主、綾波がいた。

 否、正確には、飛んできた。それも背中を向けた状態で。

 

 海原鎮、無能の社畜であろうが艦これプレイヤー。そして今は提督。

 愛する艦娘の背中だけで誰であるかを見分けるのは容易である。

 

 特に数の多い駆逐艦が似たような制服で、似たような髪型で、声がどれだけ近くとも、俺は決して間違えたりはしない。

 

 故に俺は背中を見ただけで綾波であると判断し――って危なぁぁああああいッ!!?

 

 俺はとっさに両手を広げ、腕以外から力を抜く。

 

 社畜の技――脱力受け――!

 

 格好つけているが、上司に物を投げつけられることの多かった我が社の社員ならば大体が会得している技術である。

 マグカップであったり、ただの書類であったり、ペンであったり、電話であったり、あらゆるものを投げられてきた俺にとって人が飛んでくるなど初めての経験だった。

 そもそも人が飛んでくる経験なんてしている奴はいないだろうが。

 

 自分に何か投げられた場合、どうすれば怪我をせず、かつ、投げられたものを傷つけずに受け止められるか――先にも言った通り、脱力が重要となる。

 

 反射的に身を固めると、マグカップであったりした場合、単純に硬いので痛い。

 それが書類であった場合、くしゃくしゃにしてしまいかねないため、あえて当たって折り目がつかないように優しくキャッチする。先方に渡す書類だったりする場合もあるのだ。

 そして、それ以外――電話であったり、小さめの機械、パソコンであったりする場合も同様。跳ねのけたりすれば壊れるので、結局のところ、回避するという選択肢は無いのである。

 

 両手を広げて綾波の背を受け――腹部に肘がクリーンヒット――そのまま痛みに身体を折り曲げ、無様に吹き飛ぶ俺。

 その上、身体はどうしても踏ん張ろうと反射してしまう。しかしここで踏ん張っては綾波のキュートかつ鋭利な肘が俺の鳩尾をさらにえぐり、朝に食べた筑前煮とめかぶひじきがスプラッシュしてしまいかねない。

 

 強硬手段だ、と踏ん張りかけた足をあえて蹴り、さらに飛ぶと――中途半端に開いていた扉に両肩がヒット。綾波、綾波の肘、扉、最後に腰と背中、五点着地ならぬ五連撃をモロに食らいながらダウン。

 

 一秒か二秒か、今日も空はあんなに青いのに……と玄関の外まで吹き飛んだ俺が仰向けになって綾波を抱き止めたところに、妖精達がちらりと登場。

 

『かんかんかーん!』

『けーおー!』

 

 うるっせぇよッ!

 っは! そんな場合じゃない!

 

「っ……綾波! 怪我は無いか!?」

 

「て、提督っ、あ、あのっ、すみ、すみま、ませ……!」

 

 綾波はくるりと身体を半回転させて起き上がると、ぺこぺこと頭を下げる。

 いや君吹き飛んでたが……綾波の方が大丈夫なのか……?

 

 そして、武道場にいたのであろう艦娘達が玄関までやってきて、俺に手を伸ばしてくれる。

 

「だ、大丈夫ですか司令官さん!?」

 

 鳥海が小走りでやってきて、黒くぴっちりとした手袋に包まれた手を伸ばす。

 

「おいおい、気を付けろって提督」

 

 その横から摩耶が同じような手袋をした手を伸ばして笑う。

 

「摩耶! 気を付けようが無いでしょう、今のは!」

 

「ここは武道場だぜぇ? 何が起こるか分かんねえんだから、気ぃ張って入るだろ」

 

「なっ……もう!」

 

 いつもならばこういったやり取りに不埒な事を考えるところだが――ああいや、違う違う。アレだ、別のね、関係のない事を、考えるところだが、とそういうね。

 

 鳥海と摩耶の後ろにうっすらと見えるステルス妖精達に睨まれる俺。即座に心の中で否定。伝わっているかは知らん。

 お前らはどうしてこういう俺が情けない場面に限って新技のように色々な要素を見せつけてくるんだよ。俺はそれにどう反応したらいいんだよ。

 

「驚いたわぁ、急に入ってくるからぁ。大丈夫ですかぁ?」

 

「今のナイスキャッチだったな、提督!」

 

 龍田と天龍もいた様子で、同じく手を伸ばしてくれる。

 そんなに手を伸ばされても全員分握ってあげられないから、ごめんね……。

 

 と、しょうもない事を心配する俺をよそに、全員が俺の腕を掴んで引き起こしてくれるのであった。

 大淀は俺の背に砂でもついてしまったのか、ぱんぱんと払ってくれている。

 

 うーん、介護かな……。

 

 驚きはしたが黙ったままでは逆に心配をかけてしまう、と、節々に痛みが走るのを無表情で耐えながら言った。

 

「う、うむ。綾波に怪我が無いのならば、それでいい。しかし、どうして飛んでいたのだ……いつもこのような訓練をしているのか……?」

 

 そうだよ。どうして飛んでたんだよ。艦娘は海を駆けるもので、飛ぶものではないだろうが!

 空まで飛んだらそれはもう違うヒーローか何かだよ!

 

 俺の問いに誰かが口を開く前に、武道場の奥から水飲み鳥みたく頭を下げながら現れる軽巡洋艦、神通。

 まさか……お、お前が綾波を……?

 

 華の二水戦――その名は提督であれば一度は耳にした事があるだろう。

 正式名称、第二水雷戦隊。大戦時、最前線で活躍していた艦隊の名前である。

 強力な兵装を装備した各艦に乗る兵士も屈強な者が揃っていたというその艦隊は、切り込み部隊として花形と呼ばれていたのだとか。その初代――開戦時――旗艦が、今しがた、腰折れるよそれ、と言いたくなるくらいに深く頭を下げ続けている神通である。

 

「も、問題は無い」

 

 問題は無いというか、問題しか無くて問題じゃなくなってるというか。

 

「それで、いつもこのような訓練をしているのか? どうなんだ?」

 

 いくら艦娘であれ少女が吹き飛ぶような過酷な訓練をしているなら、大怪我してしまうじゃないか、と問う。すると驚くべきことに、全員が不思議そうな顔で肯定を示した。

 うっそだろ、オイ……危ないって……。

 

 無論、戦場を駆ける彼女らに対して口にするなど愚かであると理解しているが、訓練でまで大怪我してしまったらそれこそ本末転倒である。

 怪我をしたら、治療している間は訓練など出来ないし、何より修復が可能であっても鎮守府の懐が痛む。鎮守府の懐が二割、俺の心が八割くらいの割合で痛むからやめて欲しい。

 

 思わず盛大に溜息をついてしまうも、俺が訓練に対して口を挟める余地など無いのも事実。

 ならばせめて怪我だけはしないように言いつけておこう、と静かに「怪我をしないように」と告げると、何故か鳥海が反論するように言った。

 

「白兵戦における訓練に、怪我をするな、と?」

 

「当たり前だろう……?」

 

 格闘技の経験など無いが、突き指をしたり、柔道であれば何度も地面に叩きつけられるから耳の形が変わったりなんていう話くらいは聞く。競技ならばまだしも、これは戦闘を想定した訓練であろうことも分かっている。しかし、怪我をしないようにするのだって訓練じゃないのかと素人の俺は思ってしまうのだった。

 

「訓練に多少の怪我はつきものかもしれんが、あんなに投げ飛ばされては軽い怪我では済まないぞ」

 

 そうだろう? と同意を求めるのだが、鳥海はさらに不思議そうな顔をする。

 

「実戦を想定して、仰られていますか……?」

 

 鳥海、お、お前……それは流石に、俺を馬鹿にし過ぎではないか……。

 実践を想定せず訓練するなんていうのは、もう訓練ではないじゃないか。

 

「あ、当たり前だ。実戦を想定して行うのが訓練だろう?」

 

 そう言った途端、全員が黙り込む。

 おかしな事は言っていないと思うが!? と周囲を見回すも、やはり誰も口を開かなかった。

 

 考えられる理由は二つ。艦娘、または格闘経験者でなければ分からない理屈や感覚があり、それに反する素人意見を頭ごなしに言う上司の俺に納得は出来ないが、俺を立てて反論しない。

 もう一つは――単純に怪我することは当たり前なのだから無茶を言うなというもの。

 

 どちらにせよやっぱり俺が居ても邪魔なんじゃん! なんだよなんだよ! ちきしょう!

 

 でもまあ、怪我をした時にすぐに入渠出来るようにしておくのも俺の仕事であるのは否めない。

 艦娘達が任務や戦場以外で怪我をしてしまうのは心が痛むところだが、ここはぐっと我慢して執務室に戻ろうじゃないか。綾波が吹き飛んできたのも見れたしな。もう、ね。

 

 いいだろ大淀! 逃げていいだろうッ!?

 

「やはり私がいては邪魔だろう。執務室へ戻る」

 

 戻るぞ大淀、と視線を送った時、背中を叩くような神通の声。

 

「お、お待ちください提督!」

 

 ひぇ。

 ……あぶねぇ! もう少しで本当に声が出るところだったぞ! もっと優しく「提督?」って語尾にハートがつくような呼び方してください! オネシャス!

 

 何でもないように振り返る俺。

 

「どうした」

 

「提督は、このような訓練は、したことが……?」

 

 単純な質問である。もちろんそんな訓練経験は無い。

 学生時代に打ち込んだものは何かと問われても部活やサークル活動です! とも答えられない程度にはインドア派だったのだ。強いて言うなら昼寝が好きだったよ。何も考えなくていいからな。 

 

「……無いが」

 

 正直に答えたところ、神通はさらに問う。

 

「では、訓練無しで、戦闘を?」

 

 うん……? 待て。どうして戦闘した事があるみたいになっているんだ?

 食堂でも話しただろう、と、俺はきちんと否定した。

 

「……訓練も戦闘もしたことなど無い。私をなんだと思ってるんだ。仕事しか出来ん男だと言っただろう」

 

 自分で言ってて悲しいが、まもるに出来る事は書類仕事くらいだよ。

 俺の返答を聞いた神通は、そこでどうしてか頭を下げた。

 

「提督、先ほどの無礼に並び、無理を承知でお願いします」

 

「どうした神通、何故頭を下げ――」

 

 俺に出来る事なら何でもするよ。書類とか。お茶汲みとか。土下座でもいいぞ。

 

「どうか私と、一戦を」

 

 ごめんそれは無理だわ。

 心の中で即答してしまうも、声に出ず。慌ててからからになった口を開く。

 

「……無理だ」

 

「何故ですっ! 提督は、私達を支え、私達は提督を支えるために、訓練を――!」

 

 何故ってこっちが聞きたいよ!? 何で俺と戦闘訓練したがってんだ神通!

 俺はお前達を支える、お前達は俺を支える、それは違いない。

 

 けど訓練に俺を巻き込むのは違うだろッ! 死ぬ死ぬ死ぬゥ! 無理ですゥッ!

 

「それは分かっている。私自身が頼んだ事なのだ、感謝もしている。しかし訓練となると私は役に立てんのだ……分かってくれ。きっと相手にならん」

 

 今にも震えそうな声を振り絞って言ったのが悪かったのか、神通が聞き返してくる。

 

「い、今、なんと……?」

 

「相手にならんと言ったのだ。時間の無駄だ。お前達を邪魔しに来たわけでは無く、私は大淀が早めたスケジュールに問題が無いか確認したいだけなのだ」

 

 そして問題はありませんでした! オッケー! 解散です!

 

「私が、あい、てに……ならないと、仰いましたか……提督……?」

 

 ()()相手にならないのではない。()()相手にならないのである。

 

「神通さん、落ち着いてください! きっとそういう意味では――!」

 

 しかし神通の反応は何よりも速かった。きっと島風が見たら泣いて敗北を認める。それくらいに速かった。

 

「御免ッ――!」

 

 まるで侍が如き猛りに続き、俺の目には冗談みたいな光景が広がった。

 川内と同じ目立つオレンジ色の制服が、しゅん、と風を切って視界から失せたのだ。

 

 その次に、俺の前に立っていた綾波が消えた。いや、横に吹き飛んだ。

 あっ、と思う前に、天龍、摩耶が地面に叩きつけられていた。ここまで瞬きもしていない。鳥海に至っては勝手に転んだように見えた。

 

 そうして、後ろから龍田が裾の短い制服がめくれてしまうのもいとわずに綺麗な足を伸ばすのが見えたと思ったら――視界がオレンジ一色となる。ここでやっと、神通が俺に向かって跳躍したのだと気づいた。

 

 俺が()()()()起こった事を理解出来たのは、神通が飛んだということだけ。

 

 どうして飛んだのかと疑問が生まれる前に、綾波を受け止めた時のように、瞬間的に神通が怪我をしてしまうと判断して一歩前へ。

 

 落ちてくる人間を受け止めると、人はどうなるか。

 落ちてくる位置が高ければ高い程、大怪我を負うことになるだろう。だが、自分の頭上程度ならば、怪我をせずに済む可能性は十分にある。

 

 例えるなら、高い位置にあるものを取ろうとして、落ちてきたときなどだ。

 危ない! と受け止める事は容易だろう。

 

 ただし――腰は逝く。

 

「あっ……ぶない! 何をしている神通!?」

 

 と怒声を上げたのがトドメとなり、俺の腰から鳴っちゃいけない音が。

 ぴしぃ、とか、ぴきぃ、という感触が全身に走った。

 

 神通が何やら驚いていたが、一番驚いてるのは俺である。マジで何やってんだお前はッ!

 

 危険な訓練をするなと言った矢先にこんな真似をするとは、と怒りに染まるも、怒ろうとする前に抱きとめた神通がもぞもぞ動くため、俺の腰に追加ダメージ発生。

 危ないだろうが、と怒鳴ったため、さらに追加ダメージ発生。

 

 んぐぅぅぅぉおおおあああああッ! や、やめんかぁぁぁああ神通ぅうううッ!

 

「くっ……!」

 

 と、捕まった女騎士みたいな声が漏れてしまうも、まずは怪我が無いかだけでもと床におろした神通を見る。

 

「神通、怪我は無いか!? お前、どうして突然……!」

 

「一戦を――!」

 

 飛び掛かって奇襲が失敗したにもかかわらず、まだ戦闘続行の意思を見せる神通。

 

 バーサーカーかな?

 

 神通は確かに華の二水戦を率いた屈強な艦娘だ。だが俺の知っている艦これの神通は引っ込み思案だったはずだ。かつての激戦がトラウマになってしまい、受け身になってしまったという話だって聞いたことがあった。

 三度の飯より夜戦が大好き! という長女の川内や、解体――じゃなかった。艦隊のアイドルゥ! 那っ珂ちゃんだよぉ! と元気いっぱいの三女に挟まれた苦労人。そんな俺の中にあったイメージが音を立てて崩れ去っていく。

 

 やべぇくらい怖い娘じゃぁん……勘弁してよぉ……!

 

 運よく受け止められたが、それは俺の腰と引き換えに、だ。

 艦娘達にはじゃれあい程度なのかもしれないが俺にとっては生死にかかわる。

 

「遊びではないんだ! 怪我をしないようにと言っただろう!」

 

 もう怪我したけどな俺が! 腰が痛いよすごく! 責任取って可愛く自己紹介しろ! ウラァッ!

 艦娘に怪我をしてほしくない、かつ腰に走る激痛に耐えていた俺から出た怒声は武道場に反響してより大きく響いた。

 

 それに驚いてしまったのか、全員が固まり――神通は、静かに謝罪する。

 

「申し訳、あり、ま……せ、ん……」

 

 もう二度とするなよ。今度は本気で俺の腰が死ぬからな。いいなッ!?

 と言う前に。

 

「う、くぅぅっ……」

 

 座り込んだ神通がしとしとと泣き始めてしまったでは無いか。

 な、なんっ……どうしてよッ! 突然飛び掛かって来て泣くとか情緒不安定過ぎるだろうが!

 

 いや待て怪我か!? 怪我したのか!?

 

「やはり怪我をしたのか!? どこだ!? どこが痛む!?」

 

 そう問いながら神通の肩や腕をぽんぽんと触ってみるが、痛むような素振りは見せない。

 

「ち、ちが、うぅぅっ……ぐすっぐすっ……負け、わた、し、負け……」

 

 勝敗で泣いてるのか神通ッ……どこまでお前は戦闘狂なんだッ……!

 

 いかに前の鎮守府で傷ついたとは言えこれは流石に許容できかねる、と俺はしっかりと言い聞かせるべく神通の頭に手を置いて言った。

 

「落ち着け、泣いてもいいから、とにかく呼吸を落ち着けるのだ」

 

 どれだけ大変な思いをしてここまでやって来たのか、知っている。

 前の鎮守府で神通は前線で戦い続けていたらしい。それも、捨て艦と呼ばれる作戦に従事する駆逐艦と共に、だ。北上や大井がそうであったように、軽巡洋艦という打撃力のある艦娘を守る盾にしていたのだろう。

 ゲームでもそういった戦法は耳にした事があるが、それを実際に行うと、艦娘はこうまで心が壊れてしまうものなのか。

 

 神通は駆逐艦を守り通してきた。恐らく、そんな彼女は常に強さを求めているのだろう。

 ここに居る仲間を守れるように、と。

 

「……神通。お前がどのような気持ちであるか、分かると言ったら嘘になる。だが、物事には順序というものがあるのだ」

 

 強くなりたいのは否定しない。艦娘が強ければ、例え危険な任務があったとしても、生還する確率は高まる。

 提督としても、俺個人としても、艦娘には無事でいて欲しいし、強い艦娘が仲間であることは提督である俺にとっては心強いことなのだから否定するはずもない。

 

 しかし俺が言うように、物事には、順序が存在する。

 

 故に、誰彼構わず手合わせしてはいけないし、無能上司だからといって飛び掛かってはいけない。

 

 バーサーカーが故の戦闘意欲なのかもしれないが、それを抑える努力もしなきゃいけないし、何より俺の腰は労わるべきである。ただでさえ事務仕事で座りっぱなしなのだから、普段から持続ダメージが入り続けているのだ。そこに直接的打撃を与えようものなら現実的に再起不能になってもおかしくないんだぞ!

 

 ひっくひっくと喉を鳴らす神通を宥めようと撫でながら、どう説明したものかと言葉を途切れ途切れに伝える。

 

「……強くなり、勝利するために強い者と戦う事は間違ってはいないだろう。だがその相手は、私ではない」

 

「提督……」

 

 激しく動いたためか、神通の前髪は乱れ、頬に流れた涙に髪が張り付いている。

 それを指でちょいちょいと直しながら継ぐ言葉を考えつつ、腰の痛みにしかめっ面をしてしまわないようにと平静を保つ。俺は一体何をしているんだ。

 

「仲間と手合わせするのも良かろう。だがな神通、私はお前が強い事を知っている。優劣をつけるつもりは無いが、決して、お前は弱くなどない。ならば、誰と戦うべきかは、考えずとも分かるだろう」

 

 俺じゃなくて、近海警備に出て、駆逐イ級とか見つけたら懲らしめてやってくださいよ……。

 

 あっだめだ痛みが酷くなってきた。

 

 俺は腰を刺激しないようそっと立ち上がり、大淀に「執務室へ戻るぞ」とだけ短く言って背を向ける。

 

「あ、あのっ」

 

 もうやめて神通! 俺の腰のライフは無いの! ゼロなの!

 

「……なんだ」

 

 涙に歪んだ神通の声が問う。

 

「どう、すれば……私は、もっと……強くなれ、ますか……」

 

「――そうだな」

 

 ……んんんんん分かんないよそんな事ぉぉああ! 書類に強くなる方法でもいいですかッ!?

 徐々に痛みが激しくなってくる腰に手の甲を当てて支えながら、額に浮かんでくる脂汗を軍帽を深く被ることで隠す。

 

「よく見る事だ。必ず、間違いがある。一つか、二つか、どのようなものであれ、必ず存在する。それをどうすれば思い通りに出来るか、最小限の労力で済ませられるかを考え、動くのだ。指先一つで、どうとでもなるものだぞ」

 

 そうすれば確認漏れはなくなると思います! 以上です!

 

「最小限の、労力で……」

 

 神通の呟きを聞き届ける前に、俺は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 んぁぁぁあああ痛ぁああああいッ!! 腰が痛ぁぁああいッ!!

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