柱島泊地備忘録   作:まちた

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六話 すり替え【提督side】

 夕立の先導で到着した柱島泊地の鎮守府は、俺の想像を超えてしっかりとした建物だった。

 あの野郎――名前知らないし、これでいいだろう――が言うに俺は左遷されたのだから、下手をすればあばら家が数軒並んだような杜撰さを極めた所かもしれないと身構えていたのに拍子抜けだ。

 

 いつだったかネットで見かけた呉だか舞鶴だかの赤レンガ倉庫のような造りの建造物は、流石鎮守府といったところ。漁船に乗り込んだ港とも呼べないあの場所とも違う。

 大淀の操縦により漁船は停泊し、先導していた夕立も海から重そうな音を立ててあがってくる。

 

 海から上がると、艤装をその場でガチャガチャと脱ぎ、地面へ下ろす。

 少女の細い腕では持てないだろうと思われるそれがひょいと地面に下ろされた時、ごとん、と恐ろしい音を立てた。

 夕立やべぇ……というか艦娘やべぇ……。

 

「提督、到着しました」

「したっぽい!」

 

「あぁ」

 

 漁船を降り、元気いっぱいになった夕立と大淀に労いを込めて笑みを浮かべておく。

 

 ――その笑みの裏では、期待よりも不安が俺を押しつぶそうとしているのだが。

 

 

 来たばかりの俺や大淀と違い、先立って配属されていたらしい夕立の案内のもと、鎮守府へと足を踏み入れた。

 正面玄関から長い廊下を歩くなか、挙動不審にならないようにと気をつけようとするも、どうしても気になって辺りに視線が飛んでしまう。

 これ、あれだ。アニメの艦これで出てきたみたいな鎮守府そっくりだ。

 

「この鎮守府には、夕立の他にもいっぱいいるっぽい! 言われた任務をこなして、提督さんを待つようにって言われたっぽい!」

 

「そうかそうか、それで任務って言ったんだなぁ」

 

 飯を食おうと言って泣かれた一件から多少心配していたが、夕立はいつのまにやら泣き止んで俺のよく知る夕立らしく振る舞うようになった。

 これこれぇ、俺が知ってる夕立はぽいぽい鳴くぽいぬじゃなきゃなぁ!

 

 全く意識せず、俺の隣を歩く夕立に手を伸ばして頭をぽんぽんと撫でておく。今後も頑張ってほしい。

 

「っ……あ、わ……提督さん、あの……」

 

「お、おぉ、すまん、つい」

 

「大丈夫、っぽい……」

 

 いかん。これは触って喋れるゲームなどではなく、現実だ。失念するな俺。

 ただでさえおっさんと年頃の娘が喋るなんて仕事でも嫌がりそうなものなのに、初対面のおっさんに撫でられることほど不快なことも無いだろう。気をつけなければ。

 

「……提督。あちらが執務室のようです」

 

「あ、はい」

 

 大淀が怒っているような、むっとした表情をして一室を指す。

 ごめんて。もう調子乗らないって。マジごめんて。

 

 そうして到着した一室の前。重厚な木製の扉がある。今日から、この先にある部屋が俺の職場となるわけだ。

 いや、職場は泊地の運営と管理なのだから、鎮守府全体が俺の職場なのか。まぁそれはいい。

 

 扉に手をかけ、そっと開く。

 ふわりと香る、新築独特の香り。

 

「……ふむ」

 

 部屋全体を見回すと、まさに艦これのホーム画面で何度も見たものと似た景色がある。

 ここではしゃいでは夕立と大淀に呆れられてしまいかねない。が、部屋の奥にあるデスクには座りたい。

 

 出来る限り落ち着いて、何も気にしてませんけど? という風を装う。

 ゆっくりとデスクに歩み寄り、木製のそれを手で撫でる。とても良い手触りで、質の良さが窺えるそれにため息が漏れてしまう。

 

 おっと、いかん。落ち着け。気にしていない、はしゃぐこともない。

 デスク正面から回り込み、革張りの椅子を引く。社長室とかでしか見たことのないやつだ。

 今日から俺の椅子かぁ……そうかぁ……。だめだ顔がニヤける。抑えろって俺ぇ!

 

 そして、意を決して椅子に腰を下ろし、ぎぃ、と音を立てながら前を向く。

 俺の目の前には大淀と夕立の姿。

 

「……」

 

 思わず目頭が熱くなる。なんて素晴らしい光景なんだ。

 表情を引き締めて二人に悟られないよう、ちょっと目が疲れたわぁ、という風に指で押さえた後、感動で涙がこぼれてしまわないように話題を変える。

 

 そういえば、この鎮守府は新築と見受ける。

 多少の汚れや雑然さは気にしない俺だが、匂いはいただけない。

 新築物件の独特な匂いも実はそんなに好きじゃない。

 

 俺は大淀に向かって「鎮守府の現状を把握したいが、まずは消臭できるものを頼む」と言った。

 

「は、はっ! ですが提督、その、早速ですが……よろしいのですか?」

 

 不安そうな顔をして俺を見る大淀。夕立は俺と大淀を交互に見て、同じく不安顔だ。

 よろしいも何も、職場が臭いの嫌だろう。そういうのは女性の方がもっと気にするんじゃないのか。

 

「このままでも良いと言うなら、無理にとは言わないが……」

 

 潔癖症でも無いしな。と流そうとした時、大淀はその場で首を横に小さく振ってから俺を見つめた。

 

「い、いえ、失礼しました。提督のお考えもありますでしょうから、すぐに集めてまいります」

 

「え? あ、あぁ」

 

 集めるって。消臭スプレーみたいなのがあれば一つでいいよ。

 しかし大淀も張り切っている様子だし、一番最初の仕事が職場の掃除というのも悪くは無いか。

 

「そこまで多くなくてもいいからな。夕立、大淀を手伝ってやってくれるか?」

 

 ちょっと感動に浸りたいんで一人にさせてほしいわけじゃない。

 違うぞ。

 

「そーんなご用事、夕立の手にかかればぽぽいのぽいっぽい!」

 

 かわいい。ぽいぬは正義か。

 

「夕立、提督に向かってそんな……!」

 

「気にするな。自然体でいればいい」

 

 大淀は少し気合が入りすぎている節がある。職場で上司に気を遣うのは必要最低限の常識だが、慇懃も度が過ぎれば無礼となるのだ。

 俺に対しては自然に接してくれたらいい。仕事と混同せずメリハリさえしっかりしていれば問題無いだろう。

 

「提督が、そう、おっしゃるのでしたら……」

 

 納得してくれたらしい。大淀は理解が早くて助かる。

 では、頼んだぞ。と俺が言うと、二人はすぐに部屋を出ていった。仕事が早いのも好感触である。

 

 しかし、夕立はあれでいいとして大淀はまだ少し堅いな……ああいうキャラだからと言われたらそれまでだが、もっとにこやかに出来ないものか。

 飯に誘っただけで泣かれるし――うん? 待てよ……?

 

 俺が飯に誘った時、泣くほど腹が減ってたのかと思ったが、夕立も泣きそうになってたな……。

 待て、いや、違う、ありえない……ありえて欲しくはない、が……。おっさんの俺と飯を食うのが、泣くほど嫌だった可能性も――。

 

 だめだ感動の涙が苦悩の涙に変わってしまう。やめやめ。想像やめ。

 

 と、その時。

 

 ジリリリリリン! ジリリリリリリン!

 

「おわっ!?」

 

 デスクの上に置いてある古めかしい黒電話のベルが鳴り響く。これ飾りじゃなかったのか。

 飾りなわけないか……いや、そうじゃない。出ねば。

 

 そっと手を伸ばして受話器を持ち上げる。耳に当て、静かに、かつ威厳のある提督らしい対応を――

 

「はい、お電話ありがとうございます! こちら柱島鎮守府でございます!」

 

 だめだ、仕事の癖が抜けねえ……!

 

『……海原くんかね』

 

 数秒の間を置いてしゃがれた声が聞こえる。

 俺の名前を知っている人物――そして鎮守府へ電話をかけられる人物は限られる。十中八九、軍の関係者だ。

 

「はい、私が海原です」

 

 先程と打って変わって警戒の色が滲んでしまう。

 受話口の向こう側のしゃがれ声は、短く、声を潜めて言った。

 

『ワシが知っている海原くんかね』

 

「……意味がわかりかねますが」

 

 ワシが知っている海原って何だ。俺は俺だよ。

 俺は、しゃがれ声が続けた言葉の意味を――理解出来なかった。

 

『くっく……ワシも歳をとった……ありえんと分かっておるのに、どうしても聞きたくなってしまってな。すまん、気にせんでくれ』

 

 いや気になるわ!

 

「気になるわ!」

 

 っておいバカ! おもっくそ口に出ちゃったよ!

 

 声の主はくつくつと笑って、話を続ける。

 

『今の状況もわかっておらんと思うが、手短に説明させてくれ。君は、海原では無いだろうが――元海軍大将の海原鎮として鎮守府を運営してもら――うん……? ま、待て、お前、さっきワシに海原と……』

 

 うーん、何だこいつは。イタズラ電話だろうか。いや、声の感じからして間違い電話かもしれない。

 ボケ老人の可能性も……いや、失礼すぎるな……。

 

「俺が海原鎮ですが……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 

『同名……? いや、しかし死亡したと……まさか……』

 

 死亡したよ。過労が原因でな! だから誰だよお前ェッ!

 

『天は我が身を、否、我が国を見放しておらなんだか……! ち、ちと話を聞いてくれ海原』

 

「ですから、あなたはどちら様なん――」

 

『ワシは海軍省元帥の井之上だ! いいから話を聞いてくれ、頼む!』

 

「元帥!?」

 

 やっべぇ、上司じゃん……突然、胃がぎゅってした……。

 

 井之上と名乗った元帥が切羽詰まったように言うものだから、俺は黙ってしまう。

 

『どこの誰とも知らん君にこのような事を頼むなど、海軍の長として情けない限りだが、どうか、聞いてくれ。海原鎮とは海軍省の大将だったのだが、海軍内の艦娘反対派によってあらゆる汚名を着せられ暗殺されたと情報が入っておったのだ。しかし横須賀で本人が見つかったと続報も入った。それが君だ。まさか同名とは思わんかったが……ワシは好機と君を海原と偽り、降格としてそこの柱島泊地へと異動させたのだ』

 

 艦娘反対派? 暗殺? ちょっと話が飛躍しすぎて分からないが……この世界に俺と同名が存在していたと。

 だからってどうして俺をそのまま柱島なんかに送るんだ。

 

『元帥の椅子に座るワシも既に飾り……それでも、一人の国民として、また一人の軍人としてこの国を救いたいと思っておる。使えるものは素人であろうが使ってやろうとな。で、して……君もよく知っているだろう、艦娘を』

 

「そ、そりゃ、まぁ……」

 

『君に戦争をさせようとは思わん。しかし、一時でいい、海原鎮として提督となり、各所から弾かれた艦娘の面倒を見てやってほしいのだ』

 

「そんな急に言われましても……井之上さんの知ってる海原さんと俺は、違う人で……」

 

『あぁ、そうだろう。君が横須賀で発見された後、異常がないか軍医とともに君を見た。君は痩せすぎだし、血色も悪い。似ても似つかんが、大将と言えど顔が広く知られているわけでもない』

 

「ぐっ……どうしてその時に起こさなかったんですか」

 

『君は覚えておらんようだが……意識のない君は、うなされるように言っていたのだ――出撃を、遠征を……とな。君は熱心なファンか、愛国者だろう』

 

 俺は死んだ後も艦これの心配してたのか。どうかしてやがる。いや俺の事か。

 しかし……井之上さんが言うように俺が鎮守府の運営をすることになっても、暗殺云々なんて聞いたら怖すぎて仕事にならないではないか。

 

『無闇に電子機器を使ってはやり取りが漏れかねない故に、古めかしいものばかりをそちらに詰め込んでいるが……どうか、老い先短いワシの頼みを、聞いてはくれんか』

 

 井之上さんの声に息が詰まった。俺はどうにもお人好しらしい。真偽が定かでない今、自分を心配するのならば疑ってかかるべきだというのに、疑いたくない気持ちのほうが大きかった。

 ポケットに突っ込まれたままの紅紙を取り出し、改めて文面を見る。別に内容が変わっているわけではないが、この紙切れ一枚を送るのに、きっと井之上さんは縋るような思いだったのだろう、と想像してしまう。

 

「……俺は、どうすれば」

 

 零れ出た言葉に、井之上さんはか細くもしっかりとした声で答えた。

 

『艦娘を救ってやってくれ。彼女らは、かつての英霊が現世に生まれ変わった姿にほかならん。幾人もの同型がいるが、その中でも君の下へ集まっている艦娘達は強く強く、海に平和を求めておる。運命のいたずらか、そんな彼女らは尽く艦娘反対派や心無い者の下に仕える事になり、傷ついてしまった――』

 

「その彼女たちを俺に癒せ、と?」

 

 昔は俺が癒やされるばかりだったのに、今度はその逆をしろと?

 

 井之上さんは『そうだ』と言い、続けてこう言った。

 

『ただし、彼女達に素人だとバレないように頼みたい。ただでさえ我々人類を救い、深海から現れた異形に対抗すべく尽力した彼女らからの信頼は地に落ちている。そんな中で今度は素人の下に配属されたと知れたら、どうなると思う』

 

「そりゃ、良くは無い……ですよね……?」

 

『反旗を翻し、我々は今度こそ絶滅するだろう』

 

「ひぇっ」

 

 深海棲艦に襲われてるこの世界がどうなってるのかさえ分からないのに、そこに艦娘が敵として増えたら何十億人いても確実に殲滅されてしまう。

 俺もなんとなくそう思う。ここに来た時に見た夕立の艤装の重さは持たずとも理解出来る。そんなものを軽々と振り回し、アニメやゲームのような砲撃をばらまかれるなんてたまったもんじゃない。

 

『君に悪いことばかりでは無い。鎮守府を運営しやすいよう、出来る限りの便宜を図る。ワシも改めて、頭を下げに行きたいと思う』

 

 ……ここまで言われては、反論さえする気力も無い。

 

「わかりました……善処します」

 

 そう返すと、井之上さんは本当に嬉しそうに『そうか、そうか』と何度も噛みしめるように言った。

 

 多少の事情は分かったのだ。詳しい諸々も後から調べればいい。状況はやばいが運良くもここは艦これの――艦娘のいる世界。軍人としては素人の俺だが、艦これの知識はあるのだ。やってやろうじゃないか。

 

『これからは中々連絡が取れなくなるかもしれん。視察と称して君に会いに行くのも準備がいる。ワシも反対派に睨まれているのでな……っと、い、いかん。すまんが切るぞ! 健闘を祈る、海原くん』

 

 井之上さんが慌てた様子で一方的に電話を切ったのと同時に、ノックの音。

 

 ぽかんと受話口を見つめてしまう俺だったが、何とか「どうぞ」と言う。

 

「失礼します。提督、準備が出来ました」

 

「お、おう?」

 

 準備が出来たならささっとスプレーしていいよ。と言いかけた矢先、大淀が何も持っていない事に気づく。

 

「では、こちらへ」

 

 どちらへ?

 大淀に促されるままに立ち上がり、その後ろへついていく。

 どこへ行く気なんだと思っていたら、長い廊下を抜け、執務室よりも大きな扉の前に到着する。

 扉の上には講堂の文字。

 

「総員を集めました」

 

 なにそれ!? 俺は消臭するものを集めろって言ったんだよ!

 どう聞き間違えて召集するやつが――あぁ一緒だわ。確かに聞き間違えるわこれ。

 

 って違う! 総員を集めただと!? 俺は井之上さんの話をしっかり整理すら出来てないんだぞ!

 

 そこでふと、井之上さんの言葉が頭を過ぎる。

 

「……大淀、ご苦労」

 

 俺が素人とバレてはだめなのだ――せっかく転生して提督になったと思えば、人類の命運が双肩にのしかかっている……!

 

 

 どうすんだ、俺ェッ!!




あっという間にUAが2000を突破しておりました……恐縮です……。

本日も読んでくださって、ありがとうございます!
誤字脱字の報告もありがとうございます!
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