柱島泊地備忘録   作:まちた

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艦これの春イベントが始まりましたね。
提督の皆様におかれましては攻略にご無理なされぬよう、お気を付けください。


七十八話 完調【提督side】

 昨晩は寝ている途中に大淀から連絡が来て目が覚めてしまい、再び寝るぞと横になって意識が飛んで少ししたあたりで今度は川内と神通から連絡が来て、寝入りはあまりよくなかった。

 記憶は確かでは無いが、夜間訓練を行いたいという許可をもらうために大淀が連絡をしてきて、その訓練中に川内が神通に声をかけてやれだの言っていたのだったか。

 

 あとは、佐世保鎮守府の提督が視察をしたがっていて柱島に来るとか……清水が言っていた気がする。

 

 ぼんやりとした頭を起こし、窓から差し込む陽光の暖かさに目を細めながらぐっと伸びをすると、ぱきぱきと体中の関節が音を立てた。

 あっ、と思い出して腰に触れてみると、昨日貼ったはずの湿布は無く、その代わり――身体が軽く感じる。社会人になってからとんと感じた事の無かった身軽さに笑みを浮かべながら、寝返りの途中で落としたのであろう軍帽を床から拾い、ソファに寝転がったまま応接用テーブルの上に投げて、寝返りをうつ。

 

 今日は休みだ。どれだけ自堕落に過ごしたって大丈夫な日である。

 

 なんて素晴らしい――世界は愛に満ちている――!

 

 今日に限っては難しい事など考えなくて良いし、大淀に任せているから安心である。その上、明後日……いや、もう明日か。明日の重要事項である佐世保鎮守府からの来客に至っては演習の申し出も受けてスケジュール調整もばっちり。演習に参加する艦娘も選定済み。憂いが無いという心情がここまで精神に影響を与えるとは、と覚醒途中の頭に朝日の爽快感を染み込ませて、鼻息を鳴らした。大淀様々だ。

 

「マルキュウマルナナ……っふ、たっぷり寝てもまだそんな時間か」

 

 時間の読みも午前九時だの、朝九時だのと言わずにマルキュウ――と口にするあたり、短い期間で自分も随分と変わったものだと考え、よっこら、という掛け声とともに身体を起こした。

 もうひと眠りしても良いのだが、長く眠り過ぎると頭痛が酷くなる。

 

 過去に働いていた会社で奇跡のように降ってわいた休日を睡眠に費やして丸々一日を過ごしたことがあるが、あれはよろしくない。長く眠る事によって体内の調子も狂うとネットでも言ってたしな。起きよう。

 

 くしゃくしゃになってしまった軍服の上着を脱ぎ、ワイシャツだけになると、寝癖のついた髪を手で撫でつけながら部屋を見回す。

 寝て起きただけなのだから何も変わっているはずもないのだが、こうして日に照らされたシックな執務室を見回す提督という姿もまた味のある――

 

『こらぁ! まもる!』

 

「ひぇ」

 

 声に驚いて仕事机の方を見ると、そこには【!えらはをうといぺんこ】と書かれた横断幕を掲げる妖精達。おもちゃみたいな拡声器を手に怒鳴っているのは、むつまるだった。

 

『やくそくだったでしょ! こんぺいとう! みんなのぶん! むつまるのも!』

 

「ま、まぁまぁ、待たんか。起きたばかりだからもう少しだけ。後で伊良湖に貰ってくるから――」

 

『だめ! いま!』

 

「……どうしてもか?」

 

『腰治してあげたのにわがまま言うのぉ!?』

 

「あっ、はい、そう、はい。そうね。今すぐ貰ってこような。そうだな」

 

『きびきびはたらけまもるー!』

『そうだそうだー!』

『しごとしろー!』

『くっきーもほしいです』

『おちゃもほしいね』

 

「今日は休みだよ! それと要求を増やすな! ったく……」

 

 そうか、腰を治してくれたのは妖精達だったな。

 口では言い合うものの、俺は横断幕を掲げる妖精達の方へ歩み寄ってそれを指でひょいとつまんで取り上げた後、手のひらでまとめて妖精達の頭をぐりぐりと撫でた。

 

「助かった。おかげでよく眠れたぞ」

 

『ぉ……え、えへへぇ……』

『むっ、むつまる! だめ! そんなチョロい妖精じゃないでしょ!』

『っは! そうだよまもる! わたしたちはそんなチョロくない!』

 

「お前達がいるから、俺は頑張れるんだぞ」

 

『……ほんとぉ?』

『そう言われると、がんばるしかないですねぇ』

『いっぱいたすけてあげなきゃね!』

『わたしたちも、まもるがいるからがんばれるんだよ!』

 

 っふ、チョロい奴らめ。お前らは今日からチョロ妖精と呼んでやる。

 

 ところで、もう時間も時間だし朝食は終わっているだろうか、と再び時計を見る。今から行けばギリギリ食べられるか……?

 

 昨夜からたっぷり寝たおかげで身体が調子を取り戻したのか、結構な空腹だった。

 最後に来た川内の連絡が二十三時あたりだったから、そこから寝たとしても九時間以上も深く眠っていたのだから空腹にもなるというものだ。

 朝風呂としゃれこみたいところだが、休日なのだし今日くらいは順番が前後してもいいか、と半ば適当に、軍帽も制服の上着も置いたままに俺は執務室を出た。

 

 

* * *

 

 

「あら、提督――って、酷い顔ですよ……!?」

 

 食堂に入ると、艦娘の姿はすでになく、厨房へ続く窓口に食べ終わったあとのものであろう食器がいくつも重なっていて、間宮と伊良湖は忙しそうに洗い物をしていた。

 いやいや、それよりもだ。

 

 朝から酷くない間宮? あれ? おっかしいな、ごめん、今までかなり仕事頑張って来たつもりだけど、やっぱりただの社畜では頑張りが足りませんでしたか?

 

 出会って早々に間宮と伊良湖に唖然とした顔を向けられた俺の心は大破寸前である。

 人が気分よく起きたってのによぉッ! てめえらはァッ!

 

「と、とにかく朝食を……伊良湖ちゃん、これ持っていってさしあげて!」

 

「は、はいっ!」

 

 席についた俺の前に置かれる朝食。今日は茄子の辛子漬けと麦飯、それに芋の入った味噌汁らしい。伊良湖が簡単に教えてくれたが、茄子の辛子漬けというものを初めて聞いた俺は、ふんふん、と空返事して箸を手に取った。

 

「あの……提督……大丈夫、ですか? 顔色が……」

 

「うむ? ああ、問題無いが、どうしてだ?」

 

「いえ……」

 

 いえ、じゃなくてなんだよ! 寝起きのおっさんはそんなに顔を真っ青にするくらいに気持ちが悪いってか!? 傷つくだろうがぁ……。

 ハイテンションに返して元気なことをアピールするのも一つの手かと考えたが、さらにドン引きされるであろうことなど手に取るように分かるので、俺はいつも通りにこびへつらう事にしておいた。

 言い方は悪く聞こえるかもしれない。しかし空元気で接したり下手に取り繕うよりも、お互いに気持ちの良い言葉を使う方が無難というものである。

 

 人はこれを社交辞令と呼びます。しかして嘘は言わない。まもるは正直者なのだ。

 

「いつだって、お前達の事を考えれば元気も湧いてくるというものだ」

 

「……今日は、お休みなのですよね」

 

 渾身の社交辞令は華麗に無視である。流石艦娘、甘くない。

 

「ああ。大淀に無理を言ってしまったのだが、今日はな。昨日はもうダメかと思ったが。ははっ」

 

「……」

 

 大人がなす術もなく号泣するくらいの激痛だったのだ。ダメだと思ったのは嘘ではない。大淀に泣きながら休ませてくれとお願いするレベルが如何に情けな……じゃない、如何に危険であったかを、味噌汁をすすりながら言う。

 

「どうして私は生きているのかと自問自答するくらいの激痛だった。人は生きながらにして痛みを抱えるものだが、ああいうのは勘弁願いたいところだな」

 

 なにせ避けようのない事故みたいなものだ。重いものを持ち上げたり、普段と変わらない生活をしていても腰を痛める可能性はどこにだって潜んでいる。恐ろしいことだぜこれは……。

 

 間宮達だって艦娘全員の食事を作っているのだから、重労働だろう。厨房をちらりと見れば、間宮が大きなしゃもじを片手にもって俺を見つめていた。

 わかっているとも。そのしゃもじこそが間宮の武器……どれだけ辛くとも、重くとも、それを使ってみなの身体を考え、かき混ぜているのだろう……めっちゃ腕痛くなりそうである。

 そもそも下ごしらえする時点で大量の食材を運んでいるのであろうから、腰もきつそうだが。

 

「お前達も頑張っているのだから、私が弱音を吐くわけにはいかんのだが……どうしても、甘えてしまう。私の悪い癖だ」

 

「嘘吐き……っ」

 

「えっ」

 

 お盆を持って俺の横に立っていた伊良湖の声に、思わず顔を上げる。

 そこには目にいっぱいの涙を溜めた伊良湖の顔があった。

 

「どうした! す、すまん、私がまた何か変な事を――」

 

「甘えてくださらない癖に……一人で抱え込んでいらっしゃる癖にっ! わ、私達は、そんなに頼りないですか……!?」

 

「エェッ!?」

 

 仕事は抱え込んでますけどぉ!? それも殆ど大淀やお前達に振ってますけどぉ!?

 待って待って、カームダウンね伊良湖……。

 

 先ずお前は何で泣いてるんだ突然。甘えてくれない、一人で抱え込んでいる、言葉通りに受け取ればこれに対して怒っている事は分かる。だがしかし、俺は甘えっぱなしだし抱え込んでいる事と言っても今は何もない。全部大淀に投げちゃったから。

 

 しかし、甘えないから怒られるとは……俺はどれだけ無能の極みにいると思われているんだ……しかも言い返す言葉も浮かばねえ……。切ない。

 

「……甘えているから、ここに来ているのだ」

 

 よくわからない事を口走る俺。飯くらい自分で何とかしろ! の世界に生きて来た俺にとって他人である間宮達が当たり前のように食事を用意してくれている環境は甘い以外に例えられない。

 そもそもにおいて、人が当然のように食事を作ってくれる環境などありはしないのだから、甘やかされてると言ってもおかしくないだろう。あっても実家くらいだ。

 甘やかし……そうだなぁ、甘やかされてるなあ俺……と自分で考えておいて自分でダメージを食らうというしょうもない現象を起こしてしまうも、ことん、と味噌汁を置いて、漬物を食べながら言った。

 

「ここに来ればお前達がいる。例え仕事であっても、俺に声をかける誰かがいる。今の二人のようにな。それがどれだけありがたい事であるのか……分かっているとも。しかし、そうだな、伊良湖には悪いが、抱え込む、という事については……私にはよくわからんのだ。不器用であるから、お前達にはそう見えているだけかもしれん」

 

 ここまで言ったところで、間宮がしゃもじを置いて厨房から出てきて、俺の座っている席までやってくると、失礼しますと一言言ってから腰をおろした。

 伊良湖も間宮に倣うようにして、俺を挟んで空席へ座る。

 

「――大淀さんから、伺いました。提督の痛みを」

 

「……そうか」

 

 間宮の言葉に気まずくなり、俺は食事を再開することで意識を逸らした。

 そうか……大淀、言ったんだな、腰痛の事……。

 

 そりゃあ仕事を休むくらい痛かったからお願いしたのだし、それを周知するのはおかしな話じゃないが、俺はもう情けないというか恥ずかしいというか……ただの腰痛で休んですみません……次の日には元気になってて、すみません……。

 仮病ではないんです! 本当です! と言いたいが、ここで言うとさらに仮病のように思われそうで、口を開けなかった。

 

「私達では、やはりお力にはなれませんか」

 

 えっ……ただの腰痛で……?

 整体の知識があるという意味なのか、整体師でも紹介してくれるのだろうか、と麦飯をつつきながら考えたものの、柱島に整体など見たこともなかったため、恐らくは前者であろうと仮定して言う。

 

「そういう方面に関して、知っているのか」

 

「……これでも、艦娘ですからね」

 

 間宮が愁いを帯びた表情で笑った。

 そうか、艦娘といえば艤装を装着して長い時間航海しているものだから、やはり身体に関しては素人の俺より知識があってもおかしくはない……。

 

「痛みが出た時は――どうすればいい」

 

 単刀直入に問う俺。

 

「簡単に払拭できるものではありません……私も、伊良湖ちゃんも、きっとみんなも、どこかで痛みを抱えています」

 

「……それは、そうだろうな」

 

 何なら俺よりも重労働なのだから異論はございません。

 

「そういう時、私は料理をするんです。伊良湖ちゃんと一緒に、ご飯を作ったり、お菓子を作ったり」

 

「――うん?」

 

 えっ、痛いのに働くの……? マジ……?

 

「美味しい、美味しいって言って食べてくれる皆を見ていると、何だか心がじんわりと温まって……頑張ろうって思えるんです」

 

「間宮、それは、お前――……」

 

 めっちゃブラック思考じゃねえかよォォオオオッ!

 良くないぞ、それ! ブラックは心を壊す! それは壊れている一歩手前だ!

 

 だが考えろまもる。本当にブラックであるのかどうかを見極める事は極めて重要だ。ブラック扱いをして業務体系を変更することで社員の態度は軟化したが、業績が落ちたという企業は腐るほど見て来た……。俺は井之上さんにこの鎮守府を任された責任者だ、業務効率が落ちて「お前には任せられんわ! バーカ!」と言われたら腰痛で泣いた時よりも泣く。泣いてもう一度土下座する。

 

 しかし一方で、仕事に打ち込む事で不調を誤魔化して効率を維持し続けるのが良いことであるわけがないという認識もある。俺がそうであったように、間宮や伊良湖がもしも体調が悪いのに誤魔化して料理を続けているのであれば、それは俺にとっても、鎮守府にとっても良くない事だ。

 

 俺を挟んで座る間宮と伊良湖の顔を交互に見た後に、俺は深く息を吐き出してから茶碗を置いて、茶を啜った。

 

「……今は、私の事を棚に上げて言わせてほしい」

 

 お前もやろがい! と言われたら黙るしかなくなるのでね。ごめんね。

 

「提督……?」

「棚に上げて、とは……」

 

 伊良湖と間宮の両方から視線を向けられてちょっとだけ恥ずかしくなりうつむく俺。美人に挟まれて見つめられたら誰だってこうなる。まもるもこうなる。

 

 咳払いを一つしてから、俺はゆっくりと考えながら言葉を紡いだ。

 

「んんっ……痛みを完全に消し去る事は、難しいだろう。慢性的なものであればあるほど、それは消えない傷となる。だが、今ある傷の痛みを消せるのならば、それに越したことはないと私は考える。これは治らないと割り切っていても、生き方一つでどうとでもなったりするのだ」

 

 座りっぱなしにならないとか。普段から少し運動するとか。

 疲れたらきちんとやすむとか。食生活に気をつけるとかな。

 

「間宮も伊良湖も、つらければ遠慮なく私に言ってくれ。出来る事であれば何だってするから、決して無理はしないで欲しい。山元や清水、それに井之上元帥だって力を貸してくれるはずだ」

 

 話を混ぜ返した癖に、ただ繰り返しの言葉になってしまった……ごめんね二人とも……まもる、そこまで賢くないから……。

 しかしこうして普段から何でも言えよと伝えておかねば、このブラック臭さは抜けないだろうという心からでた言葉だ。

 

「提督は、どう痛みを消すおつもりなのですか」

 

 間宮の問いには、簡単な答えを返した。

 

「――お前達に任せて寝ることだ」

 

「……えっ」

 

 伊良湖の面食らったような声に、心の中で「な? クズだろ?」と開き直りつつ、表情は変えないまま、目を伏せるにとどまる俺。

 大淀が腰痛で休んでると周知したので俺は無敵の人である。

 

「大淀は頼りになるし、あきつ丸や川内も細かなことに気が付く。ここに来れば間宮達が作った美味しい食事にありつける上に、通りすがっただけで声をかけてくれる艦娘に溢れているこの場所は……私にとっての、安心できる場所なのだ」

 

「提督、それは――」

 

 間宮が、目を見開いて俺を見る。

 

「でなければ、痛みで泣くことも無いし、休ませてくれなど言わんとも」

 

 これが私の正直な気持ちだ、と言葉を締めくくった後に、いくらなんでも正直に言い過ぎだろうと自己嫌悪で険しい顔になってしまう。

 だが間宮と伊良湖はひょこん、と身体を傾けて俺の顔を覗き込んだあと、顔を見合わせて微笑みあった。

 

 ごめんて。笑わなくてもいいじゃんかよ。マジで腰痛かったんだからお前達に任せたんだって正直に言ったんだから気を遣え。いくら無能の社畜だって感情はあるんだぞ。ここで泣いてやろうか? あん!?

 

「提督なりに、甘えてくださっている、と……?」

 

 伊良湖の言葉に、ふい、と顔を逸らしてしまう。

 

「甘えてくださった結果が、その状態、ですか……」

 

 顔を逸らした先にいた間宮からも顔を逸らすため、最終的に下を向く俺。

 

 や、やめろやめろ! 俺をいじめるな! 本当に悪かったと思ってるよ休ませてもらって! でも俺がいなきゃまずいのは明日なんだから、今日くらいはいいだろうが! 右も左も分からん状態で巻き込まれて、井之上さんにお願いされたし艦娘もいるしと思って頑張ったんだから休日の一日や二日くらいあったっていいだろうがよォッ! うわぁああっはっはぁぁあああん!

 

 心のまもる、大号泣。

 

「ね、寝起きは悪くなかったぞ」

 

 ぼそぼそとよくわからない言い訳をかます俺。追い詰められ過ぎである。

 

「窓から、暖かい陽が差していてな、妖精達も元気な様子で……そ、そうだ、伊良湖、妖精達に頼まれていたのだが、金平糖は用意できるか? 出来れば、クッキーか、そういった菓子もあれば用意してほしい」

 

「暖かい陽が差していてって、ふ、ふふふっ、もう、提督ったら」

 

 伊良湖お前、また笑うじゃん……朝ごはん食べに来ただけなのに……話題も逸らしたのに……。

 心はバキバキ。でも艦娘が居ればノープロブレムです。

 

「笑ってくれるな。これでも正直に話した方なんだ……それで、用意はしてもらえるか?」

 

 もういいもん! ご飯食べたら執務室戻ってふて寝してやるからな!

 だが金平糖とクッキーは貰っていくぞ。ふて寝しようとしてもそれが無かったら妖精達に今度こそ腰を折られてしまうかもしれん。

 

「分かりました。すぐに用意しておきますから……その前に、お顔を洗ってきてください。目のくまも酷いんですから」

 

 伊良湖の言葉に間宮も同調する。

 

「本当ですよ、もうっ! 驚いたんですからね? 甘えるのは構いませんが、心配はかけないでください!」

 

 朝からめっちゃ怒られるじゃん……もう今度から休むとか言わないでおこう……。

 

「……うむ」

 

 そうして俺は気まずい朝食を済ませた後、演習で誰もいない入渠ドックで入浴を済ませてから食堂へ戻ってお菓子を手に入れ、執務室へと戻ったのだった。

 

 

* * *

 

 

 その日は、妖精達にお菓子を渡した後、大淀が様子を見に来た以外は何もなく昼を過ごした。

 昼に食堂で会った艦娘達も元気はつらつ、俺とは大違いの気力だった。

 

 演習で使った燃料が多かったように思うが、大淀が言っていた夜間演習で使ったのだったか、と問えば「明日の演習に向けて訓練したいと仰った神通さんに、皆さんが付き合った形でして……」と困った顔で説明してくれた。

 

 大淀はどうにも俺が燃料や鋼材を大量に使った事を怒るかもしれないと見ていたようだが、訓練に使うのに多かろうが怒ったりなどするはずもない。

 それどころか、入渠まできちんと行ったというのだから誉めるべきだと思い「きちんと入渠したのだな。えらいぞ」と言った。

 

 訓練と入渠に資源を使う事が悪いわけが無いので感覚的には変な感じがしたのだが、大淀達の記録を全て見た今ではこうすべきであると思ったのだ。

 

 彼女達は無茶な作戦のあとに長い期間入渠できずに放置されていた実態がある。

 

 ゲームの艦これでは入渠待ちのために数隻を放置したまま就寝した事があるものの、そわそわして落ち着いて眠れなかったものである。

 今では彼女達は自分の意思で入渠して傷を治してくれるのだ。資源? どうぞどうぞ、使ってください。足りなくなったら山元か清水に言います。それでもだめなら井之上さんにお願いするんで。(他人任せ)

 

 まぁ、ゴーヤ達、潜水艦組が遠征して資源を持ち帰ってくれているから、しばらくすれば貯まるものでもある。心配はいらない。

 

「それと、提督……お休みなのにお伝えするのも、と迷ったのですが……」

 

「なにか問題でもあったか?」

 

 そうして夕食も済ませ、執務室でのんびりと茶を飲みながら艦娘達の記録を眺めつつ――茶を片手に読み込むものではないのは承知している――演習や開発で問題は無かった、と報告している大淀の言葉に顔を上げないまま声だけを返す。

 

「明日の演習に指名した軽巡洋艦、神通さんに関しまして……その、確認いただきたい事が……彼女をお呼びしてもよろしいですか?」

 

「ふむ。構わないが。怪我ではないな?」

 

「それは、はい。問題ありません。――神通さん、こちらへ」

 

「うむ?」

 

「しっ……失礼、します」

 

 どうやら既に外で待機していたらしい神通がノックの後に入室してきた。

 もじもじと何故か恥ずかしそうにしている神通は、何も言わないままだ。

 

「神通、昨晩の訓練の時に川内から連絡があったのは覚えているが……問題は無かったか?」

 

 そう問えば、神通はちらりと上目遣いで俺を見た後に、はい、と消え入りそうな声で答えて下を向いた。

 

「そ、そうか……? なら、いいが……で、大淀、確認したい事とはなんだ」

 

 変わりなくね? と顔を向けるも、大淀は俺と神通を交互に見つめるだけ。

 え、えぇ……何だよ一体……実は前髪を数センチ切ったんですとか言われても分からんぞ俺は……。

 

 と、ここで、俺は気づいた。

 

 ここに来たばかりの時に見た神通と、今の神通には違いがある、と。

 

「神通、お前、その鉢金……」

 

「昨夜の訓練中、神通さんの艤装に変化が生じた様子で……艦政本部で艤装に手を加える大規模改装に似た事象が、人の手にもよらず起こっ――」

 

「改二か!」

 

 大淀が喋っている途中にもかかわらず、がたんと立ち上がって資料を机に投げ、神通に駆け寄ってしまう俺。

 そうか……川内が連絡してきたのは、練度が上がりかけていたからか……!

 

「改二!? 何ですかそれ!」

 

「大淀、お前は改装を知らんのか……? 艦娘は、一定の練度に達したら大規模改装が可能になって飛躍的に強さが向上するという特性を持っているだろう」

 

「そ、それは艦政本部にて艤装を改装する場合の話ですよね!? 柱島で言うなら、明石や夕張さんでなければ艤装に手を加えることなんて……でも、違うんです提督! 神通さんの艤装は一人でに……!」

 

 興奮気味かつ狼狽しながら言うものだから、俺は首をかしげてしまう。

 

「む……確かに、独りでにとなると、妙な話だな……」

 

「そもそも改二とはどういう……艦娘の大規模改装は、改と呼ぶはずで……」

 

「そうだな。艦娘は改装を経て改と呼ばれる存在になるものだ。だがその先だってあるだろう。なぁ?」

 

 机の上でのんきにクッキーを食べてやがる……いらっしゃる妖精に言えば、あ、と思い出したように妖精が言った。

 

『きのうのよるも、おしごとしました! じんつうさんもがんばってました!』

 

「……なんだ、そういうことか」

 

 最初から言え! 大淀様が困ってらっしゃるだろうが!

 

「提督、妖精は、なんと……?」

 

「妖精が手伝ったとのことだ」

 

 と言えば、何故か額をおさえ、一歩ほど後ろへふらりと下がる大淀。

 神通は目を輝かせて妖精と俺を見る。

 

「昨夜の事を、み、見ていてくれたのですか、提督……!」

 

 えっ、ごめん神通、寝てたよ。思いっきり熟睡してた。

 しかし目を太陽のようにきらめかせて言われては見ていない、とは口に出来ないへたれな俺は、しかし嘘も言いたくは無かったため、曖昧に答えた。

 

「――知っているとも。神通が懸命に頑張っている事を、私が知らないはずも無いだろう。妖精が手伝ったのも、改二になれたのも、全ては神通が今まで積み上げてきた結果だ」

 

 そういうと、神通は嬉しそうに両手をぎゅうっと胸の前で握りしめ、はい、と呟いた。可愛い。流石、華の二水戦である。

 確認したい事はこれだけか? と大淀に訊くと、神通とは真逆の困惑した声音で、はい、と返って来た。

 

「うむ。ならば問題は無いようだな。私もこれで、一安心だ。ああ、っと、そうだ……前にまとめておいたものがあるな……大淀、こちらにあるリストの艦娘には、重点的な訓練を頼む。神通のように改二になれるかもしれん」

 

「他にもですか!? う、ぅぅん……!」

 

 主に妖精が手伝ってくれたらの話だが。

 デスクの引き出しから資料を取り出すと、大淀の前まで歩いて行って手渡す。

 資源が多く減っていたのは、妖精が手伝って大規模改装したからかと納得出来てさらに一安心である。俺がいなくてもこの鎮守府は回るのだ。

 

 ……いいやそれは悲しいな。

 

「明日からは私もきちんと改装に立ち会えるようにするから、大淀はそのリストにある艦娘に声をかけるだけかけておいてくれ。……神通も、よく頑張ったな」

 

 大淀に資料を手渡したついでに、神通の頭をなんとなしに撫でてしまったが、すぐに手を引っ込める俺。調子に乗ってたら今度こそ地面に叩きつけられる可能性がある。すみませんでした。

 

「ぁ……て、提督! 私、もっともっと、頑張りますから……ですから……!」

 

「ああ、期待しているぞ」

 

「明日の演習も、その……」

 

「うむうむ、見ているとも」

 

「はい!」

 

 うーん、この可愛さよ。見てみろ大淀、神通の可愛さが天井知らずだぜ、と顔を向けたが、大淀は今にも爆発してしまいそうなくらい不機嫌そうな顔をしていた。

 これは完全にやっちまったやつである。

 

「おごっ……お、大淀も、そのリストに入っているのだが……」

 

 怖すぎて噛んでしまった。

 

「私もですか!? なんで、こんな重要な事を……も、もう……ああ……」

 

 えっ……大規模改装って、どこの鎮守府でもしてるんじゃないの……?

 だって改はあるって言ってたじゃん……?

 

 俺が二の句を継ぐ前に、大淀は神通の腕を掴んで言った。

 

「神通さん、と、とにかく急いでこのリストに載っている艦娘のもとまでご同行を。明日の演習以降、何が起こるか分かりませんから」

 

「は、はいっ、では、提督、ま、また明日! 見ていてくださいね!」

 

「あ、あぁ……」

 

「報告書は置いておきますので、明日に処理をお願いします。失礼しますっ」

 

「わかった……――何だったんだ、急に」

 

 あっという間に部屋から出て行った二人を見送った格好のまましばらく立ち尽くしていた俺だが、振り返った時、妖精がぴらぴらと紙切れを俺に示しているのに気づくのと同時に理解した。

 

『まもる。おしごと』

 

「大規模、改装、申請、書……?」

 

『これ書いてね』

 

「え、あっ……待っ……あぁぁぁぁッ――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 仕事がまた増えたようです。まもる、明日からも働きます。

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