柱島泊地備忘録   作:まちた

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七十九話 実験【艦娘side・大淀】

 神通を連れ、提督から渡されたリストにある艦娘がいる部屋を回ってしばらく。

 数名を伴って私達は工廠で作業を続ける明石と夕張のもとを訪れた。

 

 昨夜の訓練で起こった異常――仲間に向かって異常と表現するのも申し訳ないが、私にはそうとしか見えなかったのだ――を調査すべく、明石と夕張に神通の艤装を検査してもらっていたのだ。

 私も自分が使っているもの以外の艤装の知識はあるが、それは基本的な知識というもので、どの艤装にも当てはまるような構造上のもの。

 しかし昨夜の異常は私のみならず他の艦娘全員が知らないものだった。

 

 正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 提督に報告した結果、その現象が妖精の手によるものであったと判明したのは良い事だが、それでも不明な点はいくつもある。

 艦政本部にいる明石達の手による大規模改装は、耐久力の向上や機動力の向上を見込めるものだが、それだって多くの資源をつぎ込んで何日か、何週間、いずれにせよ時間を要するものだ。訓練中、長門が神通へ砲撃する前後という時間にしてたった数秒というラグと言っても過言では無い瞬間的な改装など、異常としか表現できないではないか。

 

 連日、夜に駆逐艦を連れだすというのも気が引けたので、とりあえずは軽巡以上の艦娘のみに絞って連れ出した今、ごちゃついた工廠のまんなかに無理矢理作ったようなスペースに神通の艤装を置いて弄りまわす明石へ声をかけた。

 

「どうですか。何か分かった事は」

 

 こめかみにペンを押し付けて頭痛に顔をしかめている私に対して、片手に持っていた工具をくるくると器用に回しながら腕を組み、唸り声を上げる明石。

 

「うーん……そうねえ。改装には、間違いないわ。構造自体に大きな変化は無いけれど、強度も機関効率も大違いね。神通さんの()()も、前までは無かったものでしょ?」

 

 工具を指示棒みたく使って神通の額を示した。

 それと同時に、工廠へやって来た多くの艦娘の姿に気づいた様子で、こんなに……? と声を漏らすのだった。

 

「気づいたら、つけてたみたいで……これで砲弾を防げたりするのでしょうか?」

 

「絶対にやめてください」

 

 神通が鉢金をこつこつと指で叩いて言うものだから反射的に止める私。

 演習用の砲弾とは言え、昨夜の光景は訓練に参加していた艦娘全員の心胆寒からしめるものだった。

 回避できなければ身体で受けるという事は乱戦になればしばしばあることだ。無いに越したことはないが、軌道を読んだ上で致命的なものにならないと判断できれば、下手に回避を試みて機関部をやられたり、主兵装を損壊させられたりするよりもよっぽど生還率は高い。

 

 だが、どこの誰が砲弾を下から手の平で打ち上げて跳ね飛ばすと想像しようか。

 

 ……するわけが無い。そもそも、出来るわけが無い。そう思っていた。

 彼女はその常識をあっさりと覆し、長門から放たれた砲弾を思い切り跳ねのけた。

 演習用の砲弾だったが直撃すれば中破は免れなかっただろう。神通にとってはアレが最善の手であったという。その後は、戦艦長門をして反応が遅れる速度で迫り――十四センチ単装砲を腹部に突きつけてから、砲弾の代わりに言葉を放った。

 

【――油断しましたね。次発装填済みです】

 

 ビッグセブンと言えどぴったりと腹部に単装砲を突きつけられては反撃のしようが無い。

 結局、その日の演習は長門が白旗を掲げたことによって終わりを告げた。

 

 長門は悔しいという気持ちよりも、混乱が勝った様子で、朝の演習も上の空のままだったらしいとは、陸奥曰く。

 

「私も曲りなりにも艦政本部に顔を出したことがあるから、改装に携わったりしたけど……これは、改だけれど、改の上をいくものね」

 

「それです明石! 提督が改二、と……」

 

 執務室に報告へ行った時の様子を話すと、明石は回していた工具を取り落として、は? と固まる。

 

「大淀、それ……本当に提督が言ってたの……?」

 

「え、えぇ。何か知っているんですね?」

 

「知ってるっていうか、うーん……! でも、あれって実戦投入は出来ないって頓挫した話だったし……!」

 

「どのような事でもいいですから、話してください。提督はここにいる以外にもさらに多くの艦娘が改二になるような口ぶりだったのですよ」

 

「待って待って! 私だっておかしいって言って転げまわりたいの我慢してるんだから! 他にも!?」

 

 明石は両手を突き出して私を止める。

 それから神通に手招きをすると、神通を手近にあった椅子に座らせてから鉢金をまじまじ見つめたり、周りをうろうろとしながら制服を見つめたりしたあと、神通が置いていった艤装を小突きながら言った。

 

「昔、艤装を大規模改装出来るんじゃないかって言った別の私がいてね。艦政本部じゃ兵装の他に艦娘の研究を進めていたから、井之上元帥の許可のもとで始まったのが【艤装改装計画】……ね。別の私の目論見通り、計画は成功したわ。全体的な性能の底上げだけじゃなく、装備出来る兵装が増えた艦娘もいた。今じゃ改になってる艦娘を探せばすぐ見つけられるくらい普及した手法なのは皆も知っての通り。駆逐艦や軽巡洋艦ならある程度の資源で改装は可能だけど、それでも結構な資源を消費するわ。戦艦や空母となればさらに……って感じね。探せば、神通さんの改装記録だっていくつかあると思う。私が覚えてる限りだと……搭載弾薬を増やせるのと、艤装に直接手を加えるから、鋼材がいくつか……二百か三百あれば事足りるくらいかしらね。改装すればその分、消費する燃料や弾薬も増えちゃうのは言うまでもないかしら」

 

「二百……それくらいなら――」

 

 口を挟んだ私だったが、全国にどれだけの神通がいるかもわからず、あ、と言葉が途切れてしまう。

 

「そ、全員を改装するのは現実的じゃない。だから、高練度の艦娘に絞ってるわけ。神通さんって確か練度は五十九だったっけ?」

 

「は、はい」

 

「大本営の直下である横須賀や舞鶴なら、改装は可能な練度ね。佐世保もやろうと思えばできると思うけれど……あえて改装するくらいなら、そのまま運用した方が安上がりっていう理由で改装しなかったのかな」

 

「私には、分かりかねますけど……前提督は、私が弱いと言っていたので……それで改装しなかったのかな、なんて……」

 

「この長門の砲弾を片手でカチ上げるような軽巡洋艦に弱いだと? その指揮官の目が疑われるな」

 

 嫌味でも皮肉でもなく、至極真面目な口調で言う長門。

 神通は顔を赤くして「すみません……夢中で……」と返したが、長門は薄く笑った。

 

「頼もしい仲間が弱いと言われているのが気に食わなかっただけだ。神通に向かって言っているわけではないさ」

 

「うぅ……」

 

 訓練で見せた、二水戦の魂の輝きが現れたような眼光は既に無く、ここにいる神通はいつもの引っ込み思案で受け身な少女だった。

 私はそれが信じられず、またペンをこめかみへ押し付けた。

 

「問題は、提督が言ってた【改二】よね……でも、私が知ってる話とは違うわ。それも眉唾な噂って感じだし」

 

「今はその情報が頼りです。お話しいただけますか」

 

 私が前のめりに問えば、明石は夕張に「バリ、ちょっとお茶お願い。あと椅子」と言って、ふうと息を吐き出した。

 夕張が持ってきた椅子にそれぞれが座ったあと、明石は確認をとるように言った。

 

 夜も更けて来た時間帯で、工廠の無機質な照明も相まってこれから怪談話でもされるような雰囲気だ。

 

「もう一度言っとくけど、これは噂。いいわね、噂よ。実際に見たことがあるわけでもないから、信用度は察してね」

 

「わかっています。それでも、聞くのと聞かないのでは訳が違いますから」

 

「はぁ。でも、うーん……私が知ってる話と神通さんの改二は全く違う感じだし……んー……!」

 

 話すと言っておきながら未だ迷いを見せる明石をジトリと睨めつけると、わざとらしく「ひぃー! やめてよもう!」と手の平を私へ向けて視界から消すような仕草をする。

 それから、ゆっくりと話し始める。連れて来た艦娘の誰かが息を呑むような音が工廠へ響く。

 

「――艤装の改装するって計画が成功した後に、さらに改良出来ないかって話が持ち上がるのは当たり前の話よね。艦政本部の明石達はあの手この手で艤装の改良を試みたらしいわ。鎮守府に既に所属している艦娘の艤装だけが建造できちゃう事があるでしょ? それを用いて、機関部を新品に入れ替えてみたり、同じ構造だからって艤装を解体(バラ)してバルジ化出来ないか試してみたり……結局、どれも上手くいかず、改装計画は成功したけれど、そのもう一歩先はダメだって話でおしまい。ここまでが、知ってる人は知ってる艤装の改装のお話ね」

 

「ぎ、艤装を解体って、それ、大丈夫クマ……?」

 

 提督に手渡されたリストに入っていた軽巡洋艦、球磨が恐る恐る問う。

 明石は片手を振って返答した。

 

「平気よ、ぜーんぜん。建造に使うカプセルあるじゃない、アレ」

 

 夕張が丁度お茶を持ってきたところで、それを受け取りながら、背後にある建造用ドックを指す。

 

「資源を投入してカプセルを閉じたあとは、妖精達が作業するわけだけど――その鎮守府だったり基地だったりに所属してる艦娘がそのまま出てきちゃったなんて例は一度も無いわ。その代わり、艤装が出てくるけれど……例外は、艦政本部にあるドックくらいじゃない? あそこは基本的に艦娘がそのまま生まれてくるから。一度、建造中にカプセルを開いたって話もあるわね」

 

「ひぇっ……!? な、なにが出てきたの……?」

 

 短く叫んだのは金剛型戦艦二番艦の比叡だ。この場には長門型戦艦の二人以外に、金剛型戦艦の四名も揃っており、この戦力で何を怖がることがあろうかと思ったのだが、これは私がずれているだけだろうと思う。

 比叡の横に並んだ戦艦榛名も怯えた表情をしていた。平気そうな顔をしているのは、金剛と、末妹にあたる四番艦の霧島だけだ。

 

「何も怖がる事なんてないデース! カプセルをオープンしたところで、作業中なら何も入っていないはずでショ?」

 

「お姉様の言う通りです。もしも別のものが出て来たのならば、データに残しているはずですから」

 

「――それについては、残ってんのよね、データ」

 

「うっ……!?」

 

 明石の言葉に霧島は眼鏡を指で押し上げる恰好で固まり、金剛も笑顔のまま停止。

 

「建造が終了するまで、妖精達はドックのカプセルが開けられないように警護というか、警備というか……近づかないようにするでしょ? その途中で手を加えることは出来ないか、なんて実験があったらしいわ。正式には、作業中なのを知らなかった海軍関係者が立ち入ったため緊急で中止したらしいけど――そんな適当な話、あるわけないでしょ」

 

「小さいですけど、バーナーみたいな道具を使っているのを見たことがありますし……作業中に近づかないようにするのは当然のように思いますが」

 

 私がそう言えば、明石は「それもそうね。でも、作業を中止したら、開けられそうじゃない?」と言う。

 

「作業を中止……言われてみれば、確かに……」

 

「ま、中止する意味なんて無いけれど。艦政本部で一度だけ作業を中止して中身を確認したデータが残ってるのは本当よ。カプセルを開けた中身は――真っ白な液体だったらしいわ。真っ白なのに、その液体の成分は完全に海水そのものだった、って」

 

「ひっ、ひぇぇ……!? なんですかそれぇ! 怖い話じゃなくて改装の話するんじゃないんですか!?」

 

「もちろん、改装の話に繋がってるわ。真っ白い海水の成分の中には、使用した資源が溶け込んでいたともデータが残ってるの。誰がカプセルを開いたのかは知らないけど、そのカプセルの中身である白い海水は検査後に戻されて、建造を再開したらしいの。すると、艦娘は生まれなかった……けれど、艤装だけ建造されたらしいわ。そのデータをもとに、建造中にカプセルを開いて、さらに資源を投入すれば強い艤装や艦娘が生まれるんじゃないかって――」

 

「マッドサイエンスじゃないですかぁ!」

 

 比叡の声が工廠に響く。

 

「……興味が無いと言えば、嘘になるわ。私も工作艦だからね。で、その結果だけど――残念ながら、普通の艤装が完成しただけっていう拍子抜けの結果だったみたい」

 

「ざ、残念ながらって……明石さん……」

 

 榛名の言葉に明石は冗談だと笑ったあと、本題である艤装の話に繋げた。

 

「さらに研究を進めるべきだって言って、艦政本部が深海棲艦をそっちのけで私達艦娘の事を調べ始めたのは、それからの話らしいの。普通の人間と違う生まれ方をする私達は、元々は白い海水から生まれる――そんなオカルトみたいな話を信じたのが、艦政本部の本部長ね」

 

「それは……」

 

「楠木少将よ」

 

 私の問いとも呼べぬ声にそう返した明石は、ここからが噂よ、と前置いた。

 

「艦娘の魂は海からやってくると考えた本部長は、海外の研究機関と連携してデータの交換を行ったらしいの。そこで深海棲艦の解剖データを手に入れて、艦娘との共通点を探り、さらに強くなれる方法は無いかと模索した――本部長は秘密裏にオカルト的な実験を続けた。そのうちの一つが――お(ふだ)を艤装内に仕込む、という方法よ」

 

「お札を仕込む……? というのは……艦内神社を模倣しようとした、ということでしょうか」

 

 榛名が首を傾げながら言った言葉に、私を含めた全員が、ああ、と声を漏らした。

 

「さぁねぇ。ま、噂に過ぎないし、仕込んだところで……と思ったんだけれど、南方海域からの大侵攻の際、それを施された艦娘がいくらかいたって話なのよ。ね? 信ぴょう性なんて無いでしょ?」

 

「施された艦娘がいた事と改装と、何の繋がりがあるんですか?」

 

 どうにも話に線を引けない私。明石の話が糸のだまのようになってしまって、頭が混乱しかけている。

 

「防衛にあたって大戦果を挙げた武勲艦は、艦政本部で改装を受けた艦娘ばかり……阿賀野さんも、その一人じゃなかったかしら」

 

「あ……で、でもですよ、その改装を受けたから改を超えて強くなったなど……」

 

「だぁから眉唾な話だって! ただ不思議なもんでね、その改装を受けた艦娘は特定の海域にしか出撃出来なくなるーなんて話も聞いたわ。なんでも、私達艦娘が沈没した場所だとさらに強くなるとか。未練を断ち切る、みたいな願掛けかもよ? 佐世保の阿賀野さんがどこに出撃してるかなんて知らないけどさ」

 

 ここで無言を貫いていた神通から、ぽつりと、肯定の声が上がった。

 

「阿賀野さんは、南方海域から北上する深海棲艦撃滅のため、トラック島へ何度も、出撃していました」

 

「……え」

 

「佐世保とトラック島を行き来していましたが、戦闘海域は、トラック北方の沖……彼女が、沈んだ場所であると、記憶しています」

 

「うそ、でしょ……?」

 

 神通が明石に顔を向けて「そ、その話の続きは――!」と言えば、気圧されながらも明石は話した。

 

「本部長は艦娘の研究に携わって長い人だから、改装の時にも立ち会う事は多かったって。それで、防衛にあたる多くの艦娘を改装する計画が持ち上がった時には、本部長も参加してたらしいの。そこで改装を受けた艦娘は、ただの改ではなく、札を仕込まれている――【特殊作戦改装】……特改(とっかい)って呼ばれてるらしいわ」

 

「なによ、それは……どういう……」

 

 陸奥が口元をおさえ、顔を白くして言う。

 明石は噂は噂だからと考えているのか、表情を変えないままだ。

 

「札を仕込まれた艦娘は、通常の改装とは比べ物にならない性能を発揮するって話よ。昨日の神通さんみたいにね。私が知ってるのは【特改】で、提督が話しているのは【改二】……変な話よね。本人に聞けばすぐに分かりそうなものだけど、本人達は分からないし、そんなのは知らないっていうんだから、それで眉唾ってことよ」

 

「変ではないか! 艤装に得体の知れない札を仕込むだけでそこまで強くなるなど――!」

 

「私達の出生を理解して言ってらっしゃいます? 長門さん」

 

「そっ……それは……!」

 

 白い海水から生まれ出る、人とは違う、限りなく人に近い存在――艦娘(わたしたち)

 

 明石は「私が知ってる話は、こんな感じ」と締めくくり、お茶を啜った。

 艦内神社と言えば、なんて場を繋ぐように言ったのは夕張だった。

 

()ですけど、私の中には夕張神社がありましたよ。それを疑似的に再現して、神頼み、じゃないですけど……そういった事をしようというのは、分からなくはありません。あの頃のように大きくはなれませんけど、強くなれるように、とか」

 

「それで強くなれたら世話ないでしょ。私達の仕事がなくなってもいいのバリぃ?」

 

「夕張です! それに、明石さんからそんな話、初めて聞きましたけど――」

 

「だって初めて話したもん」

 

「茶化さないでください! その、特定の海域にしか出撃出来なくなるっていうのは、何故なんですか?」

 

 夕張のもっともな疑問。それは夕張のみならず全員が気になるところだった。

 

「さぁ? お札っていうくらいだから、すごく偏見だけど……必勝祈願とか……もしくは封印、とか?」

 

「ふ、封印ってなんですか、封印って……」

 

 明石は軽く口にしたが、自分の言葉にぞっとした様子で湯呑から口を離して「ご、ごめん、私も思いついたから言っただけで……」と前言を撤回しようとする。

 

「……海域に、魂を縛り付けてる」

 

 夕張の言葉を補足するように言葉を発したのは、霧島だった。

 

「ひぇ! データにないんだから変な事言わないでよ霧島ぁ!」

「そ、そうよ霧島! やめてください!」

 

 比叡と榛名に咎められるも、霧島は冷静に返す。

 

「話の組み立てとしてはありえなくない、というだけの話です。建造途中のカプセルの中身は白い海水、過去に軍艦であった私達、繋がりが無いわけではありませんから。軍艦だったころの記憶だってうっすらとあります。おかしいのはそちらの方ではないですか。高速戦艦霧島はここだけにあらず、他の鎮守府にだって存在しています……まるで、分霊のように。ならば、その分霊の一部がお札によって海域に縛り付けられるという話も、オカルト的ではありますが、なくはないと、私はそう分析したまでです」

 

 霧島がすらすらと話した内容に、工廠の空気が冷たくなったような錯覚に陥る。

 

 その時、明石が急に立ち上がって湯呑を夕張に押し付けると、工具を手に持ち、置かれたままになっている神通の艤装に飛びついた。

 あまりの速さに誰も止める事は叶わず、神通もまた、自分の艤装であるにもかかわらず、ぽかんと見つめたまま固まっていた。

 

「も、もし、もしも提督がそんな事してるなら――!」

 

 がちゃがちゃと音を立てて艤装を分解しようとする明石に向かって、やっとのことで動いた口を開く私。

 

「……ま、待ってください! 神通さんは提督のいない海上で光を放って、それから今の姿になったのです! 決して提督が手を加えたわけでは――!」

 

 明石のあざやかな手捌きによってあっという間に艤装内部が露出させられるも、そこには――何もなかった。

 いや、機構がぎっしりと詰まってはいた。ただ、それ以外には何も見当たらなかっただけだ。

 

「あれ、なにも……無い……」

 

 私は立ち上がって明石を羽交い絞めにするように掴むと、ずるりと一歩下がる。

 

「落ち着いてください! 検査の時も分解したのなら中身を見ているはずでしょう!」

 

「そ、そう、そうね……ごめん、霧島さんの話を聞いてたら、なんか、怖くなっちゃって……」

 

「それは私も同じです。ですが、一見して通常の改装と変わらないけれど、能力の向上が認められたのでしょう? 問題はそこですよ! 妖精が手伝ったようであると提督も仰っていたと言ったじゃないですか!」

 

 焦り過ぎだ、と諫めて明石を落ち着けたのだが、疑問は解消されないままだった。

 妖精が手伝ったから通常の改よりも大幅に能力を向上できた上、普段から装着している艤装の一部たる制服にも変化をもたらした。それだけでは解決とは呼べないだろう。

 霧島の言葉だって飛躍しているのではないか、と私はさらに言う。

 

「分霊というのもおかしな話です! そもそも分霊とは、神を分けるという意味であって――」

 

 そして途端に、反論のために組み立てようとした言葉が瓦解した。

 

「……ワタシ達は、祀られてますネ」

 

 金剛の静かな言葉によって。

 

 では、この話が噂や仮定ではなく、本当なのだとしたら――未だ前線で戦い続けているという阿賀野は――特改を受けている可能性があり、故の強さを誇っているということ――?

 

 そうなると仮定で言うならトラック島から離れている柱島での戦闘など不可能なはずだ。

 佐世保の提督が視察のついでに演習でも、などと言うわけがない。

 

 一体、どういう……。

 

「……対深海棲艦撃滅でなければ、その制限の限りでは無いとしたら、どうでありましょう」

 

 がらん、と工廠の鉄扉を開いて入って来たのは、あきつ丸だった。

 開口一番に、先ほどまでの話を聞いていたように言った彼女は、こつ、こつ、と足音を立ててやってくると、真っ黒な軍帽のつばに指をかけた状態で、私の前で立ち止まる。

 

「閣下より大淀殿に伝言が。明日の演習は良い勉強になるから、皆で見学するように、と」

 

 私に答えを持ってきたと言わんばかりのあきつ丸の表情に、とうとう、話が繋がってしまった。

 

「明石の話が本当であるならば、練度八十という佐世保の阿賀野さんは大侵攻の防衛に際して少将の率いる艦政本部から特改を施されており、前線以外では戦闘が不可能……その代わり、捨て艦作戦に乗じて艦娘を犠牲にしながらも確実に練度を引き上げて来たと」

 

 脳内で整理しながら言う私に、あきつ丸が続ける。

 

「自分にはそのように聞こえましたな。失礼、盗み聞きをするつもりは無かったのでありますが……川内殿と共に閣下へ本日の報告を行った際に伝えてくれと頼まれましてな。川内殿も改装のリストに入っている、とも」

 

 あきつ丸の言葉に呼応するように、突如として上方向――工廠の天井からひらりと姿を現す川内。

 忍者のような登場に驚くどころか、全員が話を理解するので精一杯になっており、今にも頭を抱えそうな表情で固まっていた。

 

「よ、っと……。今の話じゃ、まるで少将の【特改】が邪道で、うちの神通が自分で手にした【改二】が正道……みたいに聞こえるけど? そこらへんどうよ、大淀」

 

 目を背けたい現実がいよいよ色濃くなって、私達に突きつけられる。

 

 佐世保からやって来るという軽巡洋艦阿賀野。それを連れる八代少将は――南方海域を開放した提督を、力によって圧し潰そうとしている……。

 改二に目覚めると提督が目を付けた神通は、その日のうちに、改二という――戦艦の砲弾を弾き飛ばすという――極致に達した。

 

 提督の言葉を思い返す。

 

【全ては神通が今まで積み上げてきた結果だ】

 

【こちらにあるリストの艦娘には、重点的な訓練を頼む】

 

 そうして、私は工廠に集まった艦娘を見まわした。

 

 言葉を発さず、じっと話を聞いていた空母達、そして、戦艦に重巡洋艦、軽巡洋艦。

 さらには、ここにいない駆逐艦が多数――それが、神通のように改、改二になる可能性を秘めている。

 

 全てを知っている提督は、佐世保からやってくる提督をなぜ受け入れ、演習を受けたのか。

 全員に、勉強になるから見学するように指示を出したのか――。

 

 私達に――全てを知る時が来たということ――?

 

 

 

 

 

 

 

「明日、午後の予定を全て変更し、佐世保からやってくる提督と、その艦娘……阿賀野さんをしっかりと見ておいてください。提督が私達を支えると仰ったように……私達も、提督から示される真実に向き合い、支える時が来たのかもしれません」

 

 私の言葉に、了解、と声が重なった。


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