柱島泊地備忘録   作:まちた

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八十話 実検【提督side】

 現在時刻、マルサンサンマル。

 悲しいかな、社畜という生活を長年続けていた俺は、仕事があると意識した途端に予定時刻より早く目が覚めてしまう。

 

 今までと違うのは、艦娘がいるという職場環境と体調くらいなもので、仕事量自体はさして変わりない。

 

 ――が、今日こそ俺はやる。見せつけてやるのだ。社畜まもるは実は凄い男なのだと艦娘に知らしめ、この柱島泊地にて地位と権力を確固たるものにするのだ!

 

『おはようまもる! おふろにする? ごはんにする?』

 

「んぉ……お、おお……」

 

 妖精の声にのっそりと頭を動かす。

 

 さあ、身体を起こして身だしなみを整えろ俺。今日は呉の山元が佐世保の提督を連れて鎮守府を視察しに来る日である。事が始まる前に全てを終わらせておくことこそ、社畜の見せどころだろう!

 

『まだ眠そうだねえ』

『そうだねえ。まもる、まだ時間あるよ? ねる?』

『ねんねーん、ころーりー』

 

「んん……」

 

 ソファでうつぶせになった状態から顔を動かして壁掛け時計を見ると、俺は再び自分の腕に顔を埋めて深く呼吸を繰り返す。

 

「あと、三十分眠れ……る……」

 

 まあ、仕事はね、もう少しね、後でもいいかなって。

 休日をゆっくり過ごした延長みたいな時間を堪能したって――

 

「んぶぁっ!? い、いかんいかん! 起きる、起きるぞ!」

 

『わぁ!?』

 

 俺の頭上をくるくると飛び回っていた妖精達が一斉に散っていく。

 無理に身体を起こしたせいで血が巡らなかったのか頭がぐわんとした感覚に覆われるが、目を強く擦って完全に起き上がることで誤魔化し、机に置いていた軍帽を被って寝癖を隠してから上着のシワを伸ばすと同時に自らを起こすように数度叩いた。

 

 兵士とは起きぬけたその瞬間から戦えるもの。

 社畜とは起きぬけたその瞬間から仕事が出来るもの。

 

 ……違うね。そうだね。

 

 俺の脳は起き抜けから瞬時に覚醒して自分のやるべき仕事を整理し始める。

 

 昨晩は神通が改二になったという報告を受けたのだったか。この世界にも改二があるのだと分かり喜んで終われたらよかったのだが、大淀と妖精の様子から『大規模改装申請書』という書類を書かねばならなかったという事実を知ってショックを受け、そのままふて寝……じゃなかった。今日の朝一番に処理をしようと思って眠ったのだった。

 大淀が置いていった報告書も処理せねばならないし、今日の昼までにやることが多い……!

 

 佐世保から提督が視察に来る――運営は正常であるか、違反は無いかを確認するだけと言えば問題無さそうに思えるが、既に俺は一つ、落ち度がある……。

 

 机の上に置かれたままになった報告書とともに、一枚の申請書類を手に取る。

 

 内容は簡単なもので、大規模改装をする艦娘は誰か、予定している日はいつか、というもので、あとは責任者の署名が必要なだけのものだ。

 

 大淀が俺に呆れ顔をしていた原因はこれである。

 これは大本営、つまり俺の上席にあたる井之上さんに提出して許可を貰ってから改装を行わねばならなかったという事。

 

 ……うーん、これ。

 

「初回はセーフ、かな……?」

 

『なにが?』

 

「いや、何でもない。気にするな」

 

 思わず妖精に同意を求めてしまったが、先日の作戦で井之上さんには多大なる迷惑をかけているのだ。既に初回はセーフ理論は通用しないだろうと冷静な思考が俺を咎めるが、社畜な思考はそうは言っていない。セーフです! セーフ!

 

 ということで……と、独り言を漏らしつつ、俺は早速、引き出しからペンを取り出して立ったまま腰をかがめ――痛みが無いというのは素晴らしい――申請書に神通の名前と俺の名前を書き込み、申請日を訓練をした二日前にして書く。

 決して偽造では無い。違うぞ。これは、実は出そうと思ってたんだけど忘れてましたと、そういうていで――ていじゃない! 違う! 忘れてたんだ! そう、忘れてただけ! これでオッケー!

 

 ……井之上さんには事情を説明して土下座するしかない。

 

 忘れないうちに、と大規模改装申請書を用意した俺は、再び時計を見る。

 まだ四時前。戦いとは始まる前にどれだけ準備ができるかが重要である。

 

 視察が来るのは昼。その時間までに俺が出来るあらゆる接待コース……用意してみせるぜ……社畜の技をよォッ!

 

 キリッとした顔で俺は準備を進めるべく部屋を出――

 

『まもる!』

 

「なんだ」

 

『よだれのあとついてるよ』

 

「……うむ」

 

 ――妖精が持ってきたハンカチで口元を拭い、俺は執務室を出た。

 

 クソォッ……かっこ悪い……。

 

 

* * *

 

 

「昼に来るなら食事の用意か。後は、何が必要だぁ……?」

 

 ぶつぶつと独り言を漏らしながら入渠ドックへ向かっていると、いつもの如く、廊下で伊良湖と出会う。

 あれ、まだ四時前なんだが……?

 

「おはようございます提督」

 

「うむ、おはよう伊良湖」

 

「本日は視察があるのでしたよね? 私達に出来る事はありますか?」

 

 この有能っぷりよ……伊良湖……お前はいい嫁になるよほんっと……。

 朝から気持ちの悪いおっさんの微笑みが出てしまうが、いかん、と咳払いを一つ。

 

 伊良湖が不審なものを見る目を向けて来たのがショックだったので言い訳もひとつまみ。

 

「提督……?」

 

「す、すまない。仕事のことで頭がいっぱいになっていたのだが、伊良湖の顔を見たら全部忘れてしまってな。はは、我ながら情けない」

 

「な、何を言ってるんですか朝から! もうっ!」

 

 いらん事言いました。申し訳ございません。

 朝っぱらから一喝され、まもるしょんぼり。

 

 怒りゲージを溜めているのか、エプロンをもじもじと手で弄る伊良湖からゲージ消費必殺平手が飛んでくる前に話題を逸らす俺。怒られ慣れたものである。悲しい。

 

「そうだ、伊良湖。昼から佐世保の提督に付き添って、呉から山元も来るのだ。先に聞いておけば良かったのだが、人づてに聞いたもので聞きそびれてな……一応、二人、いや、阿賀野もいるから三人……山元が誰か秘書を連れてくる可能性もあるから、四人か……? うむ、そうだな、余分に四人分の食事も用意しておいてくれるか」

 

 俺の言葉に、伊良湖はハッとして顔を上げ、思い出したように「わ、わかりました!」と返事する。

 

「大淀さんから、午後の予定は演習の見学と聞いておりましたが、午前中は準備の時間にあてるということですね?」

 

「――うむ。理解が早くて助かる」

 

 この柱島泊地は俺以外全員が有能である。頼もしすぎる。

 

 視察――社畜の俺にとってそれは監査という方がしっくりとくるそれは、拠点の運営状況を見るだけと言えば単純明快なものだが、それによって是正すべき点を指摘される可能性があると言う事。それ即ち、正常ではないと判断されたという事。

 

 俺の今回の仕事は、一つの指摘も受けず佐世保の提督に気持ちよくお帰りいただき、井之上さんの憂いを無くし、ひいては山元に見せつけるのだ、まもるはすごいんだぞと……!

 

 役立たずを極めに極めて艦娘全員に迷惑をかけた上、上席の井之上さん、部下ながら先輩である山元と清水の前で土下座してしまった汚名を返上し、提督としての名誉を挽回するのだ!

 

 挽回する名誉が無い気がしないでもないが、重要なのはそこじゃないッ!

 

 俺がちゃんと働けるというところを見せるのが最重要なのだッ!!

 

 ぐっと拳を握りしめる俺。表情をこわばらせて俺を見る伊良湖。

 すみません、急におっさんが気合入れ始めたら怖いよね。そうね。

 

「風呂に入ったら、すぐに朝食を済ませ、午前中までに書類を片付ける。ばたつかせて申し訳ないが、着替えを頼めるか。何かあれば執務室にいる妖精に手伝ってもらってくれ」

 

「はい、伊良湖にお任せください!」

 

「期待している」

 

 威厳スイッチ、全開だァァッ!!

 

 

 

 ――と、思ってましたけど、やっぱ休みの次の日だからと自分に甘いまもるです。

 入渠ドックに来ると、頭と身体を洗うだけでさっさと上がっていた俺だが、今、湯船に浸かっている。

 サボってるんじゃないんです。ちょっとゆっくりしたかっただけなんです。

 

「つってもなぁ……佐世保の阿賀野と演習かぁ……」

 

 呉と演習する、と言っていたのに、先に佐世保からやってくる艦娘、阿賀野と演習することになったのは個人的に嬉しい反面、山元との約束を反故にするようで申し訳なかった。

 たったの数日とは言え濃密な時間を過ごした相手で、演習させてくれと頼んだのはこちら側なのだから、後ろめたいような気持ちも湧いてくるというものだ。

 濃密な時間というと語弊があるけども……ま、まあいい。

 

 そんな山元も一緒に来るのだ、もし山元が艦娘を連れて来たのなら阿賀野とあわせて演習するというのも面白いかもしれない。

 別に艦娘同士がかっこよく乱戦しているのを見てみたいという俗な考えが浮かんだわけでは無い。決して違う。

 

「那珂を連れてきたら、神通のかっこいいところも見せてあげられるんだが……」

 

 欲望が駄々洩れである。湯船に溶け込むくらいに駄々洩れですみません。

 しかしただ俺が見たいからという理由だけで考えているわけではない。日々、戦いという俺の想像とは百八十度違うであろう恐ろしい仕事をこなしている艦娘達のことだ。姉妹艦と一緒に仕事ができるならば、それに越した事はないのではないか? と思っているのだ。

 

 北上が、姉にあたる軽巡洋艦球磨と同じ部屋にしてほしいと頼んできたように、他の艦娘だって姉妹と一緒に居たいと思っているに違いない。

 ならば、呉の那珂に、こちらの川内と神通を引き合わせることも上司としての優しさではなかろうか。

 

 何か問題が起きそうだったら大淀に任せたらいいだろ。(他力本願)

 

「……ま、今だけ今だけ」

 

 ふぅ、とおっさん臭い溜息を吐き出して湯船に浸かっている姿、プライスレ――

 

『提督。おはようございます、大淀です』

 

「ンゴォッ……!? んんっ……お、大淀か、おはよう。どうした」

 

 突如ドックへ続く扉から聞こえて来た声にずるりと湯船に沈んでしまう俺。

 まだ四時前だろうが! 早いんだよお前はァッ!

 

『本日の予定ですが――』

 

 大淀の凛とした声に、俺の脳はフル回転。この声は、完全に仕事モードだ。

 下手に「今日はぁ、阿賀野との演習だけなんだけどぉ……那珂ちゃんがくるかもしれないから川内と神通と会わせてあげて一緒に遊べたらなって思ってぇ」などと言ってみろ、十センチ連装高角砲(砲架)を容赦なく「てーっ!」とされてしまう。

 

「午前中は改装についての申請書の処理を行う。午後はお前が予定を変更してくれたのだったな」

 

『は、はいっ』

 

「素早い判断だ。ありがとう大淀。午後は参加出来る艦娘を集め、演習の見学を行ってもらうだけだ。他の鎮守府に所属している艦娘がどれだけの力量であるかをしっかり見極め、今回のことを糧にしてほしい」

 

『――っは!』

 

 真面目だし堅いなぁ……そこが良いところなんだけど、もう少し、こう、さぁ……。テートクゥー! バーニングラーブ! とかさぁ。それは金剛か……。

 金剛にも言われた事無いんだけどさ……。

 

 だめだ、だめだ。今回ばかりは俺の身の振りひとつで鎮守府の印象が大きく変わる大事な日なのだから、真面目にしよう。

 ともあれ大淀に予定を把握していなかったんですか? このクズ! と言われずに済んだのは大きい。予定もそこまで難しい事が詰まっているわけでも無いから当然であるが、こうして周知しておけば間違いも減るというもの。

 

「先に執務室で待っていてくれ。すぐに向かう」

 

『了解!』

 

 俺の百倍くらい気合の入った大淀の返事の後、気配はすぐに遠ざかった。

 

「……仕事するかぁ」

 

 のっそりと立ち上がり、湯船から出る――前に、両手にお湯を救い上げ、そっと頭からかぶっておく。昨晩も神通が入渠していたらしい。

 別にこの行為に意味は無い。本当に。

 

 本当だぞッ!

 

 

* * *

 

 

 ――午前中に終われば御の字だな、と申請書類や決裁書類を片付け始めたが、案外すぐに終わってしまった。現在時刻はヒトヒトフタマル。

 演習の予定も変更して無くなったようで、午前中から不気味なほど静まり返った柱島泊地の執務室では、俺が手持無沙汰にペンを机にコツコツと当てる音だけが響いていた。

 

 心配事の一つだった大規模改装申請書の日付が二日前になっているのも、大淀が確認した際に「処理は二日前ですね、了解しました」とあっさりとした反応のみで、大方日付のずれというものが常態化しているのだろうと察した。

 実際にはそういった事はあってはならないものだが、今回の視察が終わったら俺自らが二度と杜撰な処理をしないようにしつつ周りに示していかねばならない。

 人の振り見て我が振り直せ……とは違うが、どれだけ情けない寝起きよだれ社畜であっても姿勢を見せていくことは非常に大切なことである。

 

「……さて」

 

 山元や清水から連絡が来ていない辺り、形としては抜き打ちの視察なのだろうと思い、時間は早いが抜かるわけにはいかんと立ち上がる。

 くっくっく……佐世保の提督さんよ、社畜をなめてもらっちゃ困るぜ……。

 

 こちとら上司のご機嫌伺いなんざ日常茶飯事だったんだからよぉ!!

 

 時間よりも早く出迎え、丁寧に対応して招き入れ、有能な艦娘達はきちんと仕事が出来るんですよ! と見せつけてやる。

 

「提督、もう行かれるのですか?」

 

「当然だろう。時間通りに行動する事は正しいことだが、それよりも前に余裕を持っておけばどのような問題が起きても対応が出来るというものだ」

 

「は、はいっ」

 

 おら大淀! ぽかんとしてないで行くんだよッ!

 とは口に出さず、なにやら普段とは違う色とりどりのバッジが付いた上着をしっかりと着こんで、俺は波止場へと向かった。

 

 驚くべきことに、その道すがらで俺を見かけた艦娘達が出迎えと気づいて殆どがついてきた。流石に有能過ぎてちょっと俺の立場が危うい気がするが、ここは甘えておけと無言で突き進む。今日も甘えてんのかまもる、みたいな顔を向ける妖精といくらかすれ違ったが無視しておいた。

 

 

 そうして波止場に到着する頃には、多くの艦娘が背後で直立不動となっており、先頭に立つ俺は後ろでに手を組んで海を見つめるという構図が完成していた。

 視察前に監視されている気分である。大丈夫だよちゃんと仕事はするって。

 海の向こうを見つめている俺に、大淀から声がかかった。

 

「提督。哨戒班からこちらに向かっている船を確認したと通信が入りました」

 

「ふむ。山元達だろう。すぐに護衛に入ってここまで案内するように伝えてくれ」

 

 哨戒班にまで甘やかされているまもるです。お前ら何でも出来るじゃん……。

 

「っは」

 

 ここで過保護な部下に気圧されるな、まもる!

 ちゃんと上司としての責務を果たして華麗に仕事をこなす姿を見せるんだろ! なぁッ!

 と、ここまで考え自分を鼓舞している時、ふと後ろを振り返った。

 思い出して振り返った、という方が正しいだろう。

 神通が目に入った時、俺は彼女に手招きをして横に呼んだ。

 

「あ、あの、何か」

 

「ここにいろ。佐世保の提督と言えば、お前の元上司だろう。思う所はあるかもしれんが、ここでしっかりと職務を遂行している姿を見せておけ」

 

 神通は戦線に立てる戦力では無いという理不尽な烙印を押され、この鎮守府にやってきた艦娘である。

 そんなわけがあるかと。お前は神通の強さを知らんのかと。

 

 華の二水戦の名を欲しいままに戦った彼女は、数多く存在する軍艦の中でもひときわ目を引くものだった。それは軍艦の知識――いわゆるミリタリー知識に乏しく、艦隊これくしょんの延長線上で調べて知っただけの俺でさえ驚くほどの戦果だった。

 かつての帝国海軍において最終局面に投入される最強の軍艦を取りそろえた第一艦隊を支援し、かつ、先陣を切る役目を担っていたという第二艦隊。

 その中でも、第二水雷戦隊と呼ばれた部隊は最新鋭の軍艦が揃っており、乗艦していた兵も屈強な者達ばかりだったという。

 

 酸素魚雷を携えて敵陣に突っ込んで奮戦する様は、まさに戦場の華だったとか。

 

 日本どころか世界中でも最強と謳われた精鋭集団をまとめ上げていた軍艦こそ、この軽巡洋艦神通である。

 

 そんな彼女が戦線に立つ能力が無いなど、目が腐っとるのかッ!?

 

 確かに常に内股で内向的な印象を受ける彼女だが、きっと戦場では――

 

「あ、あぅ、はい、えっと……でも、やっぱり、私……」

 

 ――ちょ、っと不安になってまいりましたね。

 俺は後ろに組んでいた手をほどき、隣にやってきた神通の頭をぽんと撫でた。

 

「記録でしか知らんが、上官に弱いと言われたのだろう。だが、そんな事はないと言っただろう? 南方での作戦を成功に導き、生きて帰った武勲艦なのだ。今更になって何を恐れる必要がある」

 

 艦これでも内気なキャラだったけど、戦闘じゃかっこよかったろ!

 もっと自信持てよ! こんな社畜でも頑張ってるんだからお前が頑張らなくてどうする! 頼むよぉっ!

 

「……が、頑張りま――」

 

「提督、見えました」

 

 神通が何かを言いかけた時、大淀が海を指さした。

 そちらを見れば、確かに小さな影が見えた。

 

 それは近づくにつれ、みるみると大きくなり――大淀と俺が柱島にきた時とは比べ物にならない程に巨大な船である事が分かった。

 

 艦これをプレイしているときに色々と調べた知識を探っていると、ああ、と合点がいく。

 くしくもそれを誘導するように連れて来たのは、同じ名前を冠する艦娘だった。

 

「おう! 連れて来たぜえ、提督!」

 

 訓練支援艦、くろべ型――てんりゅうである。

 現実の世界で、艦娘の軽巡洋艦天龍が、自分よりもはるかに大きな訓練支援艦てんりゅうを連れてくるという光景があまりにも感動的で、場違いにも感極まった俺は「……ふふ」と声を漏らしてしまうのだった。

 

 天龍は龍田に誘導を任せてから俺のもとまで来ると、俺と同じように感動した様子で言った。

 

「すっげぇな、今の艦ってよ! しかも俺と同じ名前だぜ!? ぐっとくるよなぁ……!」

 

「て、天龍さん……これから視察ですから……!」

 

 大淀が咎めるも、俺はまあまあと片手を振った。

 

「山元の計らいだろう。少将を漁船に乗せるわけにもいかんだろうからな。私は山元達を出迎えてくる」

 

「ああ、ここで待ってるぜ!」

 

「うむ」

 

 今日も天龍は元気はつらつで可愛い。これだけで仕事も頑張れるというものである。

 

 

 さて、ややこしいが、天龍が連れて来たてんりゅうが停泊したところで、乗降用のボーディングブリッジなどない港でどう降りてくるのだろう、と背の高いてんりゅうの側面に近づいて待っていると、がらがらと派手な音を立てて近づいてくる長門達に気づいた。

 

 戦艦長門に陸奥、金剛型戦艦の霧島と比叡が四人がかりで大きな搭乗口となる橋を()()()()()きたのである。俺は言葉を失ってそれを見つめていた。

 の、脳みそまで筋肉で出来てんのかお前らッ!? それ何キロあんだよ……。

 

 しかしこれで憂いも無くなったというもの。がちゃんと設置された橋の下で待っていると、ほどなくして現れたのは――小太りのおっさんだった。

 あっれ……山元みたいな筋肉だるまが来るものだと……。

 いや、失礼だな……筋肉の塊……も、変わらんな……そう、軍人らしい体格の良い男が現れるものだとばかり思っていたのだ。

 拍子抜けするその姿は、ある意味では偏見にもとづく上司っぽいものだった。

 その横には、まぶしいお腹をちらりと陽光に晒す軽巡洋艦、阿賀野の姿。

 

「ご苦労。下がっていいぞ艦娘」

 

 そして登場して開口一番に、長門達に向けて放った言葉がこれである。

 ……ま、まあな、ここまではな、うん。大丈夫、まもる、平気です。

 

 続いて現れた、さっきまで一緒だったろ、くらいの認識である山元は相も変わらず筋骨隆々で軍服はぱっつぱつ。安心である。何がとは言わない。

 

 山元はてんりゅうから降りる前に港の向こうに見える鎮守府へ向かって敬礼し、のそのそと降りて来た佐世保の提督――八代とは正反対なキビキビとした動きで降りると、長門達にも敬礼した。

 偉いぞ山元。艦娘のすばらしさを懇々と説いた甲斐があるというものだ。

 

 最後に降りて来たのは――軽巡洋艦、那珂である。

 予想が的中してくれてありがたい。神通にも面目が立つ。

 

 山元達とようやく顔を合わせた俺は、見様見真似の敬礼をしてみせた。

 

「柱島泊地を預かる海原鎮だ。以後、よろしく頼む」

 

 八代はじろりとした目つきで俺を上から下まで見た後にやっと敬礼した。

 

「佐世保鎮守府の八代元であります。本日は急にお伺いすることになって申し訳ない」

 

 海軍式の威圧的コミュニケーションは少将ともなると無くなるらしい。

 しかし威圧されないのなら好都合、と、山元への労いもそこそこに俺はそのまま柱島泊地の施設へ招くように身体を翻した。

 

「山元大佐もご苦労だった。さあ、お疲れのことだろうから、まずは食事でも」

 

 ここから、まもるの全力接待が始まるのだ……さぁ、ご機嫌を伺っていくぜぇ!

 

「佐世保で世話になったという神通にも挨拶をするように言ってある。顔を見てやってほしいが、構わんな?」

 

「っ……え、ええ、もちろんです。大将閣下の御役に立てる艦娘では無いかもしれませんが、如何様にも使ってやってください。練習の的くらいには役に立ちましょうから」

 

 港から拠点中枢へ続く道にずらりと並ぶ艦娘達を見て驚いた様子の八代だったが、口振りだけは上司らしいというか、厭味ったらしいものだった。

 左遷した艦娘のことは気にしてないってかぁ!?

 

 大丈夫。まだゲージ溜まってないから。癇癪ゲージ四分の一くらいだから。

 にこやかに、食事をしにいく道中、神通は頑張っているんだというアピールも忘れない俺。失敗は許されないのだッ……! 神通の名誉は俺が守るッ!

 

 まもるだけに。

 

 ごめん今の忘れて。

 

「ははは、練習の的になどせんとも。今回はそちらの阿賀野との演習と聞いて、ならば同じ鎮守府に所属していた艦娘の方がやりやすかろうと思って神通を選定したのだ。素晴らしい能力を持っていることを認識してもらえたら嬉しい限りだ。那珂も、神通の活躍を見れることだろう」

 

 那珂へ視線を向けると、緊張した面持ちで頷いている。

 そりゃあ、こんなおっさんどもが居たら緊張もするよな。

 

「こちらは前線で活躍している阿賀野を連れてまいりました。大将閣下の胸を借りるつもりです」

 

 八代の斜め後ろを歩く阿賀野をちらりと見たが、彼女は俯いたままだった。彼女も緊張しているのかもしれない。

 八代は八代で柱島の景色が物珍しいのか、はたまた迎えの艦娘達が気になるのか、キョロキョロと辺りをを見回して忙しなかった。

 

 山元は上司二人がいるからか、真っ青である。

 大丈夫だって俺とお前の仲だろうに、と声をかけてやりたいが、ぐっと我慢。

 

 胸を借りると言った八代には、上司らしくどんと構えて返す。

 

「安心しろ。神通はしっかりと訓練しておいた――失望はさせん」

 

 ごめんね神通。何だか俺の手柄みたいに言ってるけど許してね、あとで飛び蹴り一発くらいなら食らうから今だけ勘弁してね、と何度も胸中で謝り倒しておく。

 無言のままついてきていた大淀と神通だったが、俺の言葉に顔を上げて、神通は阿賀野と八代を交互に見た後に言った。

 

「本日は、よろしくお願いいたします」

 

 それから――

 

「おか、しい……こんなに……いや、でも――」

 

 後半部分は聞き取れなかったが、神通の表情は不安そうではなかったので良しとしておく。

 

「ところで大将閣下、食事とは……艦娘が作ったもので?」

 

「そうだが。何か嫌いなものでもあったか」

 

 くっそおおおおお早速失敗してらぁああああ! せめて山元に聞いておくんだった! 馬鹿! 俺の馬鹿ァッ!

 

「い、いえいえ、軍人たるもの、好き嫌いなどありません」

 

「そうか。ならば安心だ。間宮と伊良湖という艦娘が作ってくれているのだが、これがまた絶品なのだ……一口食べれば、天にも昇ると言うと大袈裟だが」

 

 ふふ、と笑ってしまいつつ言うと、八代は額に浮かぶ汗を拭いながら笑った。

 そこまで暑くもないが、もしや疲れているのだろうか。

 

「八代、大丈夫か?」

 

「っ、だ、大丈夫です。問題ありません」

 

 神通に向かって弱いと言ったお前がここでへたるな! 頑張って歩けそこまで遠くねえんだからよッ!

 

「どうした。足場が悪いわけでもあるまい」

 

「あ、足場……そ、そうですな。はは」

 

 石畳が途切れ、拠点中枢までは土ばかりの道になると、八代は途端に地面をじろじろと見つめながら俺と歩調を合わせて足跡をたどるように歩きはじめる。

 なんだこいつは、挙動不審な……。

 

 おい山元ォッ! こいつなんなんだよォッ!

 

 下ばかり向いて気づかない八代を放って歩きつつ顔だけ振り向いて山元を見ると、何故かジトっと睨まれる俺。

 

「やりすぎです閣下……!」

 

 声を潜めて言う山元に、ぽかんとしてしまう。

 何がだよッ!?

 

「なんの事だか分からんが」

 

 と正直に言い返すも、山元は額をおさえて溜息を吐き出すだけ。

 いやほんとに何ィッ!? 教えてってェッ!

 

 朝の決意はとうに崩れ去り、俺の【これでパーペキ! まもるの接待術!】の頓挫が見えて来た。やばい。

 

 八代お前、もっとしっかりしろ! 少将だろうが!

 

「下ばかり向いてどうした。何にぶつかるとも分からんぞ、前を向け」

 

「っ……!? は、はは、靴に汚れがついておりまして、気になっただけで……はは、は……」

 

 後で誰かに頼んで布でも何でも持ってきてもらうから安心しろってもぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

「靴の汚れか。安心しろ、すぐに気にならなくなる」

 

 頑張れまもる! この接待を成功させるのだ!

 八代は汗をとっとと拭いてくれ!

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