柱島泊地備忘録   作:まちた

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八十一話 実検②【提督side】

 食事をすれば緊張もほぐれるだろう! ということで、柱島泊地の敷地に足を踏み入れてからもしきりに周りを気にする八代と無言の阿賀野、顔を青くしたままの山元に緊張でアイドル感を失った那珂ちゃんさんを連れて食堂へやってきたまもる一行。

 すでに食堂からは食欲をそそる良い香りが漂っており、入り口には伊良湖が立っていた。

 

「おぉ、伊良湖。準備は出来ているか?」

 

「はい、提督。八代少将、山元大佐、お初にお目にかかります。給糧艦の伊良湖と申します」

 

 ゆったりと、それでいて美しい所作を見せた彼女は、頭を下げてからそっと扉を開いた。

 扉の向こうにはずらりと並んだ椅子や長机は見当たらず、中央にクロスの敷かれた見慣れないテーブルがあった。それは良く見れば長机を二つくっつけた簡易的なものだったが、掃除が行き届いているのも相まってそこだけレストランのような光景だ。

 銀色のナイフやフォークがいくつも並び、これどれ使ったらいいの? 状態である。

 

「お、おぉ……このような……」

 

 山元が感嘆の声を上げ、八代は手の甲でしきりに汗を拭いながら言った。

 

「ここまでもてなされるとは思ってもおりませんでした。閣下の御心遣いに感謝します」

 

 残念ながら俺もここまでもてなしてくれるとは思ってませんでした。

 間宮と伊良湖が気を利かせてくれたのだろう。それもそうだ。食事を用意しておいてくれ、としか言っていないのだから。

 俺がきっちりと指示をしていれば良かったのだが、社畜の接待とは、やはり俗と言うか庶民じみているというか、せいぜいがお高めの店を予約してそこで必死にごまをするくらいのもの。本当の接待とはこういう事を言うのだぞと見せつけられているようで、この場で俺が頭を下げてしまいたくなる。給糧艦は伊達では無かった。すごい。

 

「私の用意したものではなく、給糧艦の二人が用意してくれたものだ。間宮も伊良湖も、ありがとう。ついでに悪いが、八代少将に何か拭くものを頼めるか。靴に汚れがついているとのことでな」

 

「靴、ですか……? 承知しました」

 

「い、いえいえ、気のせいでありました。失敬、緊張してしまいましてな」

 

「そうか」

 

 気のせいってなんだよ八代。お前大丈夫か。

 

 ここで八代に突っ込んだり、見栄を張っても仕方が無いので、間宮達には素直にお礼を言って、八代には空返事しておく。

 それから食堂に入り、用意された五つの席の下座――違う違う、一応自分が上司なのだから上座に座らねば、とテーブルをぐるりと回ってから座る。変な動きしてすみませんねほんと。

 俺が着席すると、順番に、八代、山元、それから阿賀野、那珂と着席し……あれ?

 

 ここで俺は神通の席が無い事に気づいた。おめーの席ねえじゃぁん!?

 

「提督、私はこちらに」

 

 入口を静かに閉めてから入って来た伊良湖に椅子を用意してくれと声をかける前に神通に耳打ちされ、先に食事を済ませたのかと察して頷いた。

 神通はそのまま俺の背後にある壁際に立つと、まるで置物のように不動となる。

 なんなら気配まで消えてるから本当にいるか不安になって振り返ってしまう。もちろん消えているわけもなく、壁際にちゃんと立っている。

 俺と目が合うと、視線だけで八代や阿賀野を見て、また俺を見つめる。

 

 はい、すみません、ちゃんと前を向いてます。

 

 小学生の頃だったか、授業参観に来た両親が気になって何度も後ろを振り返っては、顎をしゃくるようにして前を向けと示されていたのを思い出し、懐かしい気持ちになりつつ座りなおすよう身体を捩った。

 

 気を取り直して、上司らしく、それでいて気さくに、と口を開いた。

 

「このような場ではあるが、どうかマナーは気にしないで力を抜いて好きに食べてくれ」

 

 俺もマナーなんてそこまで知らないんで。

 

「っは。お気遣い、ありがとうございます」

 

 山元が座ったまま頭を下げ、八代は無言である。

 どうやって粗を探し出そうか、と考えているに違いない。

 仕事とは言え視察する側で上司の粗を探すような真似、俺ならしたくない。

 

 指摘している時は気持ち良いだろう。就業規則に従い、と大義名分があるからだ。こちらはそれを是正しろと言うだけで済む。しかし、そういった仕事であると割り切って行動をとれる人間などそういないとも知っている。指摘する側は気まずいし、部下から指摘される側――今回で言う俺なら、情けないやら悔しいやら腹が立つやらと様々な感情が渦巻いて泣き出すかもしれん。いや泣く。盛大に泣く。

 冗談はさておき、負の感情が巡ればその人物に抱く印象というものも変わってくるであろうという話である。清水曰く、八代が反対派であるという情報と長門達に向かって言った「ご苦労、艦娘」などと個として認識していない物言いで、既に印象はマイナスなのだ。さらに仕事が出来ていないじゃないかなどと指摘されようものなら、と考えてしまう俺の気持ちもおかしくはないじゃないか。

 

 はぁ、いかん。こういうネガティブな考えで頭をいっぱいにするから仕事がうまくいかんのだ俺は。今は食事を楽しみ、八代に艦娘の素晴らしさを説き、どうして艦娘に冷たいんだと聞いてその理由を互いに噛み砕いて仲を深め、あわよくば粗探しせずお帰りいただく――違うね、ちゃんと仕事しますね。

 

 上座からは厨房の様子がよく見えた。

 こちらを睨んでいる妖精達も見えた。すみませんでした。

 

「間宮、頼めるか」

 

 俺が言えば、間宮と伊良湖はこれまた美しい所作で料理を運んできた。

 今日のご飯は何かな、と軍帽を脱ぎながら待っていると――

 

「こちら、呉からいただいたお野菜をスモークサーモンで包んだファルシです」

 

「うむ?」

 

 なんて? 野菜をサーモンでバルジ? ごめんもう一回言ってもらえる?

 

 間宮達が持ってきた料理は、俺の想像しているものとは全く別物だった。

 一目で料理とは思えないほど綺麗に盛り付けられた野菜に、花びらのような薄切りの刺身……じゃないな、スモークサーモンって言ったっけ……が載せられた少量の料理。皿は恐らく呉の人達がくれたものなのか、いつも見ている金属製の食器ではなく、真っ白な陶器の皿だった。食べづらそうな平べったい皿である。

 

 お、おお落ち着けまもる大丈夫だマナーを気にするなって俺が言ったんだから何も気にせず自由に食べて部下である八代や山元にも気兼ねなく食べてもらえばいいんだでも待てよ那珂や阿賀野もいるし艦娘の前でこんな綺麗に盛り付けられた料理をぐしゃぐしゃにしてもいいのか? だめだ、ダメに決まってるだろとにかく俺から手を付けなきゃ皆食べづらいだろうし早くナイフでもフォークでもいいから手に持て俺――!

 

 コンマ秒の思考だったろう。俺が選んだのは――艦娘に恰好つける方でした。仕方が無いね、提督だからね。

 

 ここまで来たら持ち得る知識をフル動員だ! と、テレビだったかネットだったか、はたまたビジネス書で見ただけだったか、ぎこちないマナーを披露することに。

 

 いくつか並んだフォークの一番外側を手に取り、そのまま料理に手を伸ばし――

 

 あっだめだ怖い! これ崩すの怖い! 怒られない? 平気!?

 

「崩すのがもったいないほどに美しい盛り付けだな」

 

 フォークを手に硬直しているのも情けないからと場繋ぎに口にして笑うと、山元はぽかんとした顔で俺を見た。やめろ見るなテメェッ!

 八代を見れば、フォークも手に取らず俺をじっと見つめている。

 

「どうした。食べないのか?」

 

「っ、いえ、閣下の仰る通り、美しい盛り付けで、崩すのも、はは」

 

 何わろとんねん! 嫌味か!

 もうこうなったら崩してしまえ、食べるのだから仕方が無いとフォークをサーモンに刺して口に運ぶ。

 

「……うむ」

 

 人は美味しすぎると黙るものである。カニなどを食べる時が良い例だ。身をほじるのに必死になって黙っちゃう。

 高級料理を口にした経験がないわけじゃない俺ではあるが、その時は店の雰囲気や周りの人の方が気になって美味しさなど感じられる状態では無かった。だがここにきて間宮達の料理はどうだ。今まで食べた事のある食材であるにもかかわらず、スモークサーモンも野菜も絶品であった。周りの雰囲気など気にする余裕さえ失われるほどに完成されたものが、皿に載っている。

 

「閣下、本日の演習ですが――」

 

「仕事の話はあとでも良いだろう。今は、食事を楽しまんか」

 

 うるせえ八代! 食え! この上手い飯を食うんだ! 今しか食えんぞこんなの!

 

「っ……し、失礼、しました」

 

 量が少ないのが悔やまれる。なんと素晴らしい料理なんだこれは。

 ゆっくりと食べていたつもりだったが、あっという間になくなってしまうサーモンのなんとか。なんだっけ。

 

「間宮、これはスモークサーモンの、なんといったか」

 

 皿の上に残った野菜をフォークですくいあげながら問えば、間宮の声が静かに届いた。

 

「スモークサーモンのファルシです。詰め物のような料理の総称ですが、肉詰めよりも野菜と魚の方がさっぱりしているかな、と」

 

「ふむ……サーモンを入れ物に見立てたわけか。これは洒落ているな」

 

「お褒めいただき光栄です、提督」

 

 だってよ、と言わんばかりに顔を上げると、山元と那珂が美味しそうに料理を食べているのが見えた。美味いよな。すげえよな。もう語彙が無くなるよなこんなの。でもこれいつも食べてるわけじゃないけどな。茄子の辛子漬けとか食ってるもんいっつも。

 

 一方、八代は一口食べては呑み込むのに十数秒。

 恐る恐るもう一口含むと、視線だけ厨房へやりながら、咀嚼して、また数十秒して呑み込む。堪能したいのは分かるが堪能し過ぎじゃないかそれ。

 

 だが気持ちは分かる。美味いもの。

 

 八代の視線が間宮に移動すると、間宮はニッコリと微笑んだ。

 

「お口に合いますでしょうか?」

 

「あ、ああ。素晴らしい味だ」

 

「それはそれは……安心しました」

 

 ほっと胸をなでおろす間宮は、全員が食べ終わったのを見計らって今度はスープを持ってきた。完全にフルコースである。すげぇよ給糧艦……すげぇよ!

 

 ここまでされては視察に尻込みしている場合ではないと気合も入るというもの。

 俺は堂々とスプーンを手に取り、スープを堪能しながら肩の力を抜いていく。

 仕事の話は後でいいと言った手前だが、提督同士の共通の話題と言えば艦娘の事か、と俺は山元に話題のトスを回す。

 内容は仕事じみて聞こえるかもしれないが、艦娘達は元気にしてるか問う程度であればそこまで肩ひじ張らずに済むだろう。

 

 ちゃんと会話を繋げろよ山元、頼むぜ……!

 

「そう言えば山元、あれからみなはどうだ。曙には尻に敷かれている様子だったが」

 

「ご、ごほっ! ごほごほっ!? 閣下、なにも、ここでそのような……!」

 

「懸命に支えてくれる部下にせっつかれている上司というのも、おかしな話ではあるまい。それで、どうなのだ?」

 

「達者に過ごしております。元気過ぎるくらいで、士気も上々であります――閣下と比べられる自分の気持ちも察していただきたいところですが」

 

 ニヤリとして言う山元に惚れかける俺。お前ぇ……良い感じに雰囲気崩してくれるじゃないのぉ! やっぱ筋肉達磨は軍服の張りも違うぜ!

 那珂も少し緊張がほぐれた様子で、山元と俺を見て微笑む。

 

「はっはっは、士気も上々であるなら結構。我々のように狭い部屋に閉じこもって書類を相手に呻いているよりもはるかにマシだろう。なぁ?」

 

 ここで八代にトスを回す。ですねぇ! という相槌だけでも会話に参加している感じが出て和やかなムードになること請け合いの素晴らしい会話回しである。

 まもるは天才なのだ。ただの社畜じゃないんだぜ俺はよォッ!

 

「ぐっ……そ、そう、ですな、はは」

 

「どうした八代。やはり具合でも悪いのか……?」

 

 海に揺られてきたのだから、すぐに食事をさせるべきでは無かったのか、と今更になって冷静になり顔色を窺う。汗は噴き出ているし顔は真っ青である。

 こ、これ水か何か飲ませてほうがいいかな……。

 

「八代に水を頼めるか」

 

「は、はいっ」

 

 間宮が透明なコップに水を入れて持ってくると、八代はそれをしばし見つめたあと、ひったくるようにして受け取り、一気に飲み干した。

 やはりちょっと気持ちが悪かったのかもしれない。

 

「間宮、料理は少し待ってくれ。八代の気分が優れんようだ」

 

 給糧艦、こういったトラブルも想定していたか――!

 いつもの食事であれば一度に全て出てくるため、料理は冷めてしまうしテーブルの上に放置されている図というのも見た目によろしくない。

 間宮達が用意してくれたコース料理ならば、一品ずつ出てくるためテーブルの上もごちゃつかず、気分が良くなるまでの時間も繋ぎやすいときたものだ。なんて用意周到な……やっぱこれ俺いらない子ではないのか。

 

 じゃあ、気分が良くなるまでのんびり話して時間潰そう。

 なんならそのまま視察も終わろう。と俺は口を開いた。

 

「船に揺られて来たばかりであるというのに気が回らずにすまなかった。ここは暫く歓談といこうではないか」

 

「は、い……そう、ですな」

 

「無理に喋らずともよいからな。気分が良くなるまで楽にしていてくれ。横にならなくていいか?」

 

「いえ、け、結構……」

 

「そうか。承知した」

 

 じゃあ山元と喋ってるわ、と八代から視線を外す。

 

「ところで山元、仕事の話は後でと言った手前だが、那珂の練度は今いくつなのだ?」

 

 神通が改二になったばかりなので、恐らくは同程度か、と問えば、山元はスープを丁度飲み終わった様子で、スプーンを静かに置いて答えた。

 

「那珂の練度は現在四十五です」

 

「ふむ……であれば、改装の予定はそろそろ、といったところか?」

 

「改装でありますか? そうですな……予定を立てたい気持ちは山々ですが、大本営に申請して改装するとなれば、数日は掛かるので……」

 

 うーんどうして俺は自分で地雷を踏み抜きに行くのか。

 申請を通す前に改装しちゃったよ。妖精さん達がよ。

 

「申請書類を送付して呉で改装するという手は無いのか」

 

「無い手ではありませんが、技術者を呼ぶにも多少の時間がかかります故」

 

「技術者……?」

 

 俺が眉をひそめると、山元も俺を見て眉をひそめたが、ああ、と言葉を繋げた。

 

「艦政本部から呼び寄せると、という意味であります。支部から呼べばそこまで時間はかかりませんが、いくら呉鎮守府からの要請であれ鹿屋や岩川に駐屯している技術者は良い顔をしないでしょう」

 

「それはまた、どうしてだ」

 

「付きっきりでの作業となれば艦娘も必要となりましょう? 艦政本部なら常駐している艦娘が入れ替わることで長時間の作業にも耐えましょうが、出向の艦娘が付きそう形での作業となれば、まあ……。誰しも閣下のように精力的とは言えませんからな」

 

「あぁ、そういう」

 

 俺も精力的じゃないよ。大淀にせっつかれて働いてるだけだもの。

 

 明石や夕張のように工廠に詰めている艦娘が出張した上に何時間も作業となると、心労も計り知れないといったところか、と山元の言葉に納得して頷く。

 うちの明石はよだれ垂らしながら開発を頼み込むような艦娘なんだが……それは言い過ぎか。

 

 しかし、山元の鎮守府――呉にも妖精がいるはずだ。

 ならばそれに頼ればいいだろう、と俺は言った。

 

「お前のところにいる妖精に頼めばよかろう」

 

「妖精でありますか!? い、やぁぁ……意思の疎通が難しい相手でありますから……それに、改装を妖精に頼むというのも初耳でありますが……」

 

 山元がちらちらと八代を見る。

 

 確かに意思疎通は難しい相手だけども、金平糖あげてりゃ大体は頑張ってくれる有能な奴らだよ。悪戯してくるのは勘弁してほしいが。

 それに妖精に改装を頼むのが初耳というのが初耳だよ。

 

 艦娘の艤装に宿る妖精以外にも、兵装にだって妖精は存在している。明石や夕張、他の艦娘と比較しても妖精よりも艤装に詳しい存在はいないだろう。

 ゲームと現実の違いだろうか、と俺は問うた。

 

「改装を妖精に頼むのが、変か……。しかしだ山元、艦娘の……ほら、那珂の装備している兵装にも妖精というものは宿っているだろう。それに頼めば細かな作業もしてくれるであろうことは、考えられんか?」

 

「あわっ、わ、私ですか!?」

 

 ごめんね那珂ちゃん。君じゃなくて妖精ね。

 

「確かに、言われてみればそうでありますな――……しかし閣下、妖精が見える者は限られております。自分や清水であれば可能であるかもしれませんが、おいそれとどこの提督も改装しようとは思わんでしょう。燃費とて馬鹿になりません。艦政本部の者を一声で呼びつける事が出来る将官でなければ、とてもとても」

 

 再び八代をちらりと見る山元。なんなんだお前も。上司だから心配してるのか?

 

 それはさておき。

 

 ふーむ……艦これの頃ならば改装可能な練度になった途端にすぐに資源をぶん投げていたものだが、やはり現実となると難しい場面も出てくるらしい。

 八代が連れて来た阿賀野は聞くに練度八十。改装していてもおかしくなさそうだが、とそちらを見やる。

 

 阿賀野は、無表情のままじっとテーブルクロスを見つめていたが、俺の視線に気づいたのか顔を上げ、視線がぶつかり合った瞬間、びくりと肩を震わせてすぐに下を向く。

 あ、あがのん……それは酷くないか……やっぱ自分の提督じゃなきゃキモイと思っちゃうのか……?

 

 おい八代ォッ! お前ェッ!

 

「八代も、そう言った理由で阿賀野を改装しておらんのか」

 

 ちょっと助けてェッ!

 

 自然とまた声をかけてしまったが、俺の目には阿賀野は未改装に見える。

 もしかすると改装済みなのかもしれないが、ゲームの時と違ってカードのような背景は無い。それがあるならば金色の背景か虹色の背景で見分けられるのだが――厳しい。提督としての目を疑われてしまいかねない。

 俺の背後にいる神通や、山元の連れてきた那珂であれば改装されているかどうかの見分けはつきやすい。神通ならば鉢金、那珂であれば制服も違ってくる。

 現に神通と那珂の制服は全く異なったものであり、那珂は大人しい服装だが、神通はもう、脇の部分がぱっくりである。さらしが見えちゃう。

 だが見ない。まもるは紳士なのだ。じゃあどうしてさらしって知っているんだという質問は受け付けることが出来ない。

 

「か、改装はしております。前線を張っている艦娘ですから、練度も申し分ありません。兵器としては十二分な能力を持っておると自負しております」

 

 ここで気分が多少持ち直した様子の八代は背筋を伸ばして、隣に座る阿賀野の肩を叩いた。神通と同じく肩が露出しているため、阿賀野の肌が、八代の手でぱちんぱちんと音を立てた。

 くそ! セクハラだぞそれ! ちきしょうがッ! 触れるんじゃねえうらやまし――軍人たるもの女子に気安く触れるとは何事かァッ!

 

 別に妖精に睨まれている事に気づいたわけではない。

 

「練度は八十であったか? そこまで育て上げるのに苦労しただろうに、阿賀野もよく頑張ったものだ」

 

 疲労度無視の反復出撃を行えば届かない練度では無いが、現実として疲労している艦娘に鞭を打つような真似は出来ない。ともすれば、練度八十とは長い時間戦ってきたという証であるため、素晴らしいと思わずにはいられない。

 

 が、まもる、馬鹿ではありません。

 

 こちらに来た時の長門に対する対応、阿賀野への態度、他の面々が揃っている前で堂々とした兵器呼ばわり――さらには、山元が丁重に対応しているところを見るに、この男は間違いなく反対派だ。

 無論、ここで反対派がどうのと高尚な説教をたれるつもりは毛頭無い。

 

 しかし人の身を持ち感情を見せる彼女らを兵器として見ていたとしても、敬意を感じられない。

 

 阿賀野はずっと無言だし、練度からして無茶な運用を強いられてきた可能性は非常に高いと見た俺は、阿賀野へ問うた。

 

「阿賀野、正直に言ってかまわん――大丈夫か」

 

「ぇ……?」

 

「つらいのだろう。仕事だからと頑張っていたのかもしれんが、この後の演習も難しいようならば無理はしなくていい。しっかりと食事をして、少し休んで帰ってもいいのだぞ」

 

「閣下、演習の中止など――!」

 

 うるせえなおっさんがよぉ! ……俺もおっさんだったわ。

 八代の目論見は高練度の阿賀野と柱島の艦娘を戦わせ、力の差を見せつけ黙らせると、そういう浅いものだろう。清水も言っていたことだ。

 

 鬼の神通さんに噴き飛ばしてもらうのも一つの手だが、戦うのは俺でもなければ八代でも無い。阿賀野と神通なのだ。二人が万全の状態でなければ意味も無いだろう。

 

「中止したくなくば、阿賀野の体調くらいしっかり管理せんか。顔を真っ白にしてどこが万全に見えるのだお前は。神通、阿賀野を工廠へ連れて行って、明石に診てもらえ」

 

「っは」

 

「お、お待ちいただきたい閣下! 演習前にそちらの工廠で細工などされてはかないませんぞ!」

 

 がたんと立ち上がった八代に対して、売り言葉に買い言葉、俺はテーブルに拳を叩きつけながら怒鳴った。

 

「私が卑怯な真似をするとでも思っているのかッ!!」

 

「うぐっ……!?」

 

 そりゃあ俺はおっさんとは言えどここでは若輩のぺーぺー提督だ。だからといって艦娘に汚い手を使えと指示などするわけがないし、つらい思いをしてまでも仕事は投げたくないと頑張っている艦娘達に唾を吐くような真似はしない。

 俺の悪口はいい――わきゃねえだろうがッ!

 

 俺の悪口も艦娘の悪口も許さねえェッ! クズって呼んでくれよなッ!!

 

 八代も八代でボロボロの阿賀野を連れてきて勝てるとは思ってないだろう。そう思っていたとしたら本物の愚か者である。

 整備はしてきたが、それ以上に弄られては困る、というところか。

 

 現実である今、艦これでは存在しなかった独自のセッティングや具合といったものがあるのかもしれないのも否定できない俺は、目頭をおさえながら八代に言った。

 

「ならば同行すればよかろう。八代が見ている前で整備すれば、細工のしようもあるまい。山元、お前も来い」

 

「は、はっ……!」

 

 食事も途中だっていうのによ、と胸中でぶつくさと文句を垂れながら立ち上がり、軍帽を被る。

 食堂を出る際には、間宮達へ「すまんな、食事は後でしっかりもらうからな」と言っておいた。くそがよぉ……美味しい間宮飯、食い足りねえってのによぉ……これだから仕事ってやつは……。

 

 無意識に不機嫌な顔をしていたらしい俺を見た間宮は、先に食堂を出た八代達が見ていない事を確認してから小走りで寄って来ると、そっと手を握り……いや手を握られたんですけど!?

 

「提督……ご無理、なさらないでくださいね。私達がいますから」

 

「うっ……うむぅ……」

 

 情けない返事をする俺。優しすぎんかお前達……まもる泣いちゃうよこんなの……。

 

 よっしゃ! 間宮パワーも貰ったし正面対決してやるぜ! 正々堂々とな!

 俺は間宮に「世話をかける」と囁いた後、機敏な動きで振り返って八代達を追った。

 

 

 道すがら、神通に半ば支えられる格好で歩く阿賀野を見て、調子が悪かったんだろうという考えが確信に変わる。

 声を出すのもつらいのか、阿賀野と神通はこそこそと小声で会話をしていた。

 

「何を話している、艦娘!」

 

 八代が強く言うと、阿賀野は「な、なんでもありません! ごめんなさい! 気分が、悪くて……ごめんなさい……!」と必死になって謝罪し始める。

 もうここまでくると酷使されてきた事は明々白々。柱島にやってきた艦娘同様――弱いと吐き捨てられた神通同様の扱いを受けて来たに違いない。

 

「兵器の分際で気分が悪いなどと……生意気な……っ」

 

 八代の言葉を聞き逃したりはしなかった。

 

 心を壊してまで高練度にしなければならない程に逼迫した戦況であったのは分かる。大淀達が必死になって開放してくれた南方海域が如何に危険な場所であったかも理解しているつもりだ。前線で戦ってきた阿賀野も、そのような場所に立ち続けていたのだから、それを見て来たわけでもない俺がどうこうと言うことさえおこがましいことだろう。

 だが、俺の中にある理屈は極めて簡単なものだった。

 

 提督たるもの、艦娘とともにあれ。

 

 これに尽きる。共にブラウザ越しに海域を制覇してきた提督達は、どのような形であれ艦娘と戦ってきた。時に乱数に泣き、時に乱数に喜び、羅針盤を憎み、ダイソンをぶっ飛ばしてきた……。

 それは日々の積み重ねであり、艦娘達と築いてきた歴史そのものだ。

 

 八代は、その歴史に泥を塗るような真似をしている。

 艦娘に唾を吐きつけ、踏みにじるような真似をしているのだ。

 

 異常が見つかったらてめえ阿賀野に謝らせるからな、と怒りに満ちた俺は、それをそのまま言葉にしてしまうのだった。

 よろよろと歩く阿賀野があまりに不憫で、心配そうにそれを見つめる那珂や、険しい表情の神通が、俺の心を酷く惑わせた。

 

 前に山元を怒鳴りつけた時とは違う、低く掠れた、冷たい声が喉から這い出る。

 

 

 

 

 

 

「異常が見つかれば――分かっているな、八代」

 

「っぐ、ぅぅ……!」

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