柱島泊地備忘録   作:まちた

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八十二話 実検③【提督side・艦娘side(明石)】

 工廠に着くと神通が扉を叩く。鉄扉から鳴るけたたましい音に、中から「はいはいはいはい!」とまるで迷惑なセールスでも来たのかと思わせる明石の声が響き、何かを蹴り倒したような音や夕張が「ちょっと明石さぁん!」と咎める声。

 

 扉が開けば、桃色の髪が風に流れて扉の隙間から顔を出し、続いて明石の目がひょっこりと覗き込んだ。陽光に照らされた瞳が深緑から金色にうっすらと変わり、ぞろぞろと列を成してやってきた来客をぐるりと見た。

 

「神通さん? それに、どうしてここに阿賀野さんが……どうしたのよ、今は佐世保の――えぁっ!?」

 

 神通、阿賀野と視線が移動して、それから八代や山元が目に入って驚いた様子で半開きにしていた扉を開け放った。後方に俺を認めた明石はすぐさま半身を引き、工廠へと招き入れるように敬礼をしたのだった。

 後方から俺が「佐世保から来た阿賀野の様子を見てやって欲しい。体調が悪いようなのだ」と言えば、敬礼の恰好のまま目を見開き、はい、と短く返事した。

 別の鎮守府から責任者達がやってきている緊張があったのだろうが、仕事となれば切り替えの早い明石の頼もしさに安心感を覚えつつ、先に工廠へ足を踏み入れた神通に続けと山元達へ顎をしゃくった。

 

 工廠には昨日の訓練で減ったのであろう演習用の弾薬を補充していたのか、そこかしこに弾が入っている木箱が積み上げられており、工廠内には鉄と油の独特な香りが漂っていた。

 明石は工廠の隅にある作業台の横へぽつりと置かれた椅子まで神通達を案内すると、阿賀野に座るように指示してから夕張に工具箱を持ってくるように言いつけた。

 

「体調が悪いっていうのは、外傷的な意味……では無いのよね」

 

 阿賀野に問えば、座り込んで両腕を抱くようにして顔を伏せたままに彼女は頷いた。

 俺や山元達がいる手前でやりにくいであろうが、食堂で細工されないか心配された件もあるため八代の不躾な視線が艦娘達に向くのをぐっと堪え、腕組みをして成り行きを見守った。

 

 艦娘の事は知っているが、艤装の事は殆ど分からない。

 アニメでは海中にある機械が鎖で引っ張り出されて、出撃、と表示された足場に乗った艦娘に殆どぶつかるようにして装着されていたのを見たことがあるくらいだ。足元は確か、海外映画に出て来た鋼鉄のヒーローみたいな演出だった気がする。

 

 それが今や目の前で見られるのだから、不思議なものである。

 

 明石に「じゃあ、艤装をお願い」と促された阿賀野が、弱弱しい声で返事して目を閉じると――赤っぽい光の粒子がふわりと腰や足元に集まり――艤装が出現した。

 光が収まると同時に、阿賀野に艤装の重量がかかったようにぐらりと身体がよろける。

 

 明石も瞬時に艤装を出現させ、よくできたコスプレのようなクレーンを阿賀野の艤装へ引っ掛けて支える。瞬きの間に起きた出来事だった。

 艤装の装着もさることながら、明石はやはり工作艦なのだと実感が湧く。

 

 的確に艤装へ伸ばされたクレーンのワイヤーがぴんと張るのと、全員が阿賀野の具合が先ほどよりも明らかに悪くなってきているのに緊張するのは殆ど同時だったように思う。

 

「これ、は……阿賀野さん、ちょっと、艤装をおろすわね……? 夕張! 手伝って!」

 

「はいっ! ゆっくりー……はい、もう少し、はーい、オッケー! 阿賀野さんは椅子に座っててください」

 

 装着していた艤装が離れ、地面に置かれると、彼女はぐったりと椅子に座り込んだ。

 どこをどう見たら演習出来るように見えたんだ八代お前ェッ……!

 

 だがここで口を挟んでは、またどんな難癖をつけられるか分かったものではない。

 浮足立っている様子の神通を呼び寄せて「タオルか何か用意してやってくれ、すごい汗だ」と伝えると、すぐさま工廠を走り出て行った。それも数分で戻って来て、阿賀野に寄り添い、額どころか胸元まで滴るおびただしい汗を拭いていく。

 

「八代。これで演習が可能に見えたのか?」

 

 俺の問いに八代はだんまりで、明石が工具を取り出して艤装に手を伸ばすのをものすごい形相で睨みつけるばかり。

 

「八代! 聞いているのか!」

 

「っ!? は、はい、それは、もちろん。呉にいる時はこのようなこと……」

 

 その言葉を受け、山元に視線を向ければ、山元もこちらを見ており、頷いた。

 

「ならば呉を発ってから、具合が悪くなったということか」

 

 八代は声など聞こえていない様子で、再度、俺が大声を出そうと息を吸い込んだ直後、山元が代わりに答えた。

 

「口数こそ少なかったですが、疲れた様子もありませんでした。てんりゅうに乗ってこちらに向かう途中からでしょう。自分はてっきり緊張しているものだとばかり思っておりましたが――艤装の方に明らかな異常が――」

 

「――機関部、開きます」

 

 明石の声が割り込み、山元も俺もそちらに顔を向ける。

 工作艦ならではの腕か、驚くべき早業で阿賀野の艤装は既に半分ほど分解されていた。

 見慣れない棒状の工具を艤装の隙間に差し込んだ状態の明石は、俺をじっと見つめている。

 

 許可を出してほしいのだろう、と察して俺が口を開いたと同時に、八代の声が工廠に響いた。

 

「やめろ!」

「構わん、開けろ」

「……くそぉおおおっ!」

 

 明石は八代の声を無視して、艤装を開いた。

 

 ――その瞬間の出来事だった。

 

 どん、と全身が前方から押されたような衝撃と、一瞬だけ聞こえた轟音が俺を襲う。

 一瞬と言うのも、それこそ、衝撃と轟音の両方が俺に影響したその時から、音も、感覚も、全てが消えたように感じたからだ。

 

 目の前が真っ赤に染まり、ゆっくりと、いいや、恐らくは相当の速度で俺は後方に飛んだのだろう。

 そして、前面を襲った衝撃とは違う、だん、という背中を打つ硬い感触に、肺胞から空気が押し出されて強制的に呼吸を奪われる。

 

 音は無く、ただ全身に伝わる振動で、俺が無意識に「げほ」と咳き込んだような声を出したのだと知覚できているのは、いわゆる生命の危機という状態にあって、思考速度が経験したことのないほど高速化しているからなのだろうか、と考えた。

 しかし意識的に考えられたのもたったそれだけで、あとは、じんわりと冷たい感覚に覆われ、深く沈みこむように気を失ったのだった。

 

 

* * *

 

 

「閣下っ!!」

 

 私が分解していた艤装が爆発を起こした。それも、非常に局所的で、明らかに異常な範囲だった。

 艤装を分解していた私や、すぐそばで椅子に座っていた阿賀野、さらにはその横にいた神通は爆発の背後にいたために無傷だったが、炸裂した閃光と音に反応が遅れてしまい、提督が数メートル後方へ吹き飛んでいく途中で、爆発が起きたのだと認識できたのだった。

 

 八代少将や山元大佐も爆発に巻き込まれていたが、爆発に近かったものの、直線的に発生したそれは殆ど影響を及ぼさず、真っ白な軍服を焦がす程度だった。

 山元大佐が提督に走り寄る一方で、八代少将は服に燃え移った異質な()()()を必死に手で叩いて消火を試みていた。

 

 私は、その場で何が起こったのかを理解していながら動けず、夕張も神通も同じ様子だった。

 顔を見合わせ、飛んで行って地面に仰向けに倒れている提督を見て、何度も、え? とか、嘘、と声に出すばかり。

 起こったことは分かる、でも、どうして突然? 艤装は一見して異常は無かった。

 弾薬が積まれた場所には触るわけが無いし、燃料に引火するような要素だって無かった。

 

 艤装は大破こそしていなかったが、機関部を損傷。

 

 分解して清掃や修理するなんて日常になってきたところで、まさか失敗した?

 

 ぐるぐると巡る様々な考えを一刀両断するように、山元大佐の怒号が工廠を跳ねまわる。

 

「救護班はいるのか!? 早くしろ! 出血が酷いぞ!」

 

 じわりと地面に広がる赤色に、ああ、と息が漏れる。

 嘘、何で、急に爆発したのなら、私や夕張も巻き込まれてたはずなのに、なんで。

 

 艤装に何か爆薬でも仕込まれて――と、開いた機関部へ視線を落とせば、そこには、一枚の紙切れがあった。高温になる機関部に貼り付けられているにもかかわらず焦げた跡ひとつない、不気味な札だった。

 噂は本当だったのだと考えた時、さらに声量を上げた山元大佐の声に、全身がばねになったように跳ねて立ち上がる。

 

「立たんかァッ! 動けェッ! 閣下の艦娘だろうが! 動かんかァッ!」

 

「ぅ、あっ……! 緊急通信を……!」

 

 二度目の怒号に逸早く反応して行動を始めた神通は、金切声で叫び倒した。

 

「こちら工廠! こちら工廠! て、提督がっ……提督が爆発に巻き込まれましたっ!」

 

 阿賀野を見れば、外傷こそ無かったものの、突然の爆発に気を失ったようで、椅子にもたれた状態でぐったりとしたままだ。

 片腕に燃え移った炎をやっと消せた八代少将が、わなわなと震えながら懐から何かを取り出したのが見えた。

 

 状況に追いつけず、全員が硬直したが――山元大佐だけが提督に呼びかけ続けていた。

 身体を揺らさないようにしながらも、軍服を脱がしながら出血箇所を探して応急手当を試みているようだった。

 上着を脱捨ててワイシャツを乱暴に破り、提督の腹部へぐっと押し当てているのが見えた。

 

「くっ……ダメだ、止まらん……っ!」

 

 混乱極まる現場へ艦娘達が駆け付けたのは、神通が通信して間もなくの事だった。

 工廠から轟音が響けば当然だったが、駆け付けた艦娘達も、やはり、工廠内の光景を見て硬直してしまう。

 入口付近まで吹き飛ばされた提督の顔は私からは良く見えなかったが、入り口に大挙した艦娘の目に焼き付いたことだろう。

 

 不思議と叫び声は上がらなかった。多分、誰も上げられなかったのだ。現実が、あまりに唐突過ぎて。

 

 艦娘達をかき分けるようにして、大淀が姿を見せた。そして顔を真っ青にしながら山元大佐の横に滑り込んで提督を何度も呼んだ。

 

「て、提督っ!? 提督! 聞こえますか! 提督!」

 

「大淀、ダメだ、意識が戻らん。少し弱まったが出血が続いている。救護班はおらんのか!?」

 

「は、泊地には、私達と提督以外、だ、誰も……!」

 

「救急セットは!!」

 

「あ、あああります! すぐに持ってきます!」

 

 何度も腰を抜かしそうになりながら走り出した大淀と入れ替わって、あきつ丸が携帯電話を片手に怒鳴りながら現れた。

 

「どういう事でありますか元帥閣下! こちらも緊急事態で、工廠で事故が――……ぁ……え……?」

 

 あきつ丸の手から、かしゃん、と地面に落ちた携帯電話から、工廠に反響して、元帥閣下の声がよく聞こえた。

 

『あきつ丸、いいから聞かんか! 艦政本部での改装は――あきつ丸、聞いておるのか、おい、どうした』

 

「こ、れは……どういった、状況でありますか……」

 

 山元大佐はあきつ丸に「来い!」と言って呼び寄せ、言われるがままにやって来たあきつ丸の手を掴んで、真っ赤に染まる破けたワイシャツを押さえさせた。それから、地面に落ちた携帯電話を拾い上げて怒鳴る。

 

「元帥閣下でありますか! 山元大佐であります!」

 

 乱暴につかんだからか、オンフックになってしまった様子で、元帥の声がさらに大きく工廠へ響いた。

 

『山元か!? 何故お前があきつ丸の電話に……今、あきつ丸は呉におるのか!?』

 

「いえ、柱島泊地です! 事情を詳しく説明するのは後にさせていただきたい。現在、泊地にて佐世保鎮守府から視察に来ていた少将が連れて来た艦娘、阿賀野の艤装が爆発を起こし、海原閣下が巻き込まれて重体であります! ついては呉の病院へ緊急搬送したく思いますが、よろしいですね!?」

 

『視察だと!? そんな事、一言も……どうして八代がそっちにおるのだッ!? 艤装が爆発など……戦闘行為か、事故か!』

 

「事故であります! 泊地に所属している明石が阿賀野の艤装を検査するために機関部を開いたところ……急に、爆発を……」

 

『また、頭痛の種を……! 海原を死なせるわけにはいかん! お前も分かっておるだろうが、どんな手を使ってでも救えッ! お前の首が吊られなかった恩をここで返すんじゃ!』

 

「当然でありますとも――! 呉から訓練支援艦のてんりゅうを出していたのですが、それでは間に合わない可能性もあります! 松岡殿はお戻りになってますか!」

 

『広島から動いておらんはずだ、書類上の処理しか済ませておらん』

 

「僥倖ですな……では、憲兵に協力を要請しても!?」

 

『許可するッ! 呉の余力を全て割けッ!』

 

「了解!」

 

 通話を切るや否や、今度は脱ぎ捨てた上着から山元大佐個人のであろう携帯電話を取り出して操作し、電話をかけ始める。

 すぐに繋がった様子で、続け様に大佐は言った。今度は向こう側の声は聞こえなかった。

 

 大佐は通話しながら入口を塞ぐように押し寄せていた艦娘に、道を開けろというジェスチャーをする。

 

「――駐屯地か! 松岡殿を出してくれ! 呉の山元だ! 松岡隊長だ! だから! 呉鎮守府の! 山元! 早くせんか!」

 

 入口が開けると、電話を耳から離して「担架を用意しろ!」と怒鳴った。

 やっとのことで事態を呑み込めた様子の艦娘達。そこからは極めて迅速な行動で、医務室から救急セットを抱えて走って来た大淀があきつ丸と一緒になって止血をはじめ、幾人かは演習用弾薬を工廠の外へ運び出し、安全を確保する。空母や戦艦達は爆発を起こした艤装からこれ以上被害が広がらないようにと壁を作るようにして私や夕張を囲んだ。

 

 その輪の中には、八代少将も存在した。

 

「は、離れろ……俺から離れんか艦娘ども! 退け! 道をあけろ!」

 

 混乱収まらぬ様子ではあったが、その中で長門が声を上げた。

 

「申し訳ない八代少将。現場を保存せねばならん上に、また爆発しないとも限らない」

 

「ならば俺も離れねばなら――」

 

 ここで、私の中で膨れた感情が、ようやく言葉として口から出た。

 

「無理に決まってんでしょうが! これ、何よ! これはッ!」

 

 阿賀野の艤装へ手を突っ込み、それを引き剥がして突きつける。爆発で高温と化した機関部に手を入れるなど馬鹿な真似をして、私の手から焦げ臭い匂いが漂う。

 それは、何が書いてあるかも分からない一枚の札だった。多くの艤装や兵装を見て来た私は、陰陽型と呼ばれる兵装を何度も目にしてきた。それらはヒトガタと呼ばれる形をしていたり、長方形の札であったりしていたが、必ず、使用者に関連する《名》や《艤装名》が書き込まれているものだ。

 

 例を挙げれば、龍驤が使用する巻物型の飛行甲板などには航空式鬼神召喚法陣龍驤大符、とあったはずである。

 

 飛鷹や隼鷹なども似たような方式の兵装を使用しており、決して――墨をぶちまけて書いたような、恐ろしい見た目などしていない。

 

 手に持っているのも気持ち悪くおぞましい札を見て、八代少将はうめき声を上げながら私からそれを奪おうとする。

 反射的に、これは奪われてはならないものだと胸に抱いて身体を捩り、手を避けようとしたが――八代少将の両手は私に届く事なく――左右から、二航戦の飛龍と蒼龍に掴まれた。

 

「ぐぁっ……!? 離せ! く、離さんか艦娘風情がぁっ! 貴様ら兵器は知らんでも良いものだ! 将官に逆らうつもりか! それを寄越せェェッ!」

 

「艤装が爆発したのに、何でそれは燃えてないのよ」

 

 八代少将の言葉を無視して飛龍が言うと、それに続いて蒼龍が問うた。しかし、答えを求めているような素振りはなく、飛龍と掛け合う。

 

「もしかして、自爆装置だったりする? それとも提督を殺しに来たの? ねえ、教えてよ」

 

「自爆装置ならここらへん吹き飛ばさなきゃ意味ないでしょ。明らかじゃんこんなの」

 

「だったらおかしいよね。提督を殺すつもりだったならもっとやり方あったと思うんだけど」

 

「事故に見せかけて柱島の高練度艦を沈めるため……あわよくば、提督も、ってとこかな」

 

 二航戦の瞳からどんどんと光が失せていくのを目の当たりにした八代少将は怯みこそするが、唾を散らしながらも怒鳴り続けた。

 

「お、おお俺がそんな! 小賢しい真似するわけが……! 艤装の不調だ! それは……――!」

 

 工廠のあちこちで響く大声が、ぴたりと止んだ。あまりにも不自然に。

 その現象の一端が、山元大佐の電話に現れる。

 

「そうだ! 大将閣下を輸送するためには訓練支援艦などでは間に合わんのだ! そちらから多用途ヘリを――おい、松岡? 松岡殿! くそ、バッテリー……じゃ、ない……電波が……!?」

 

「は、はは……ははは! 流石だ! 流石だぞ! 貴様らも終わりだ! ははははは!」

 

 電子機器の異常――工廠の電灯が明滅し始め、地震の前触れの如く、ゆらりと揺れる地面。

 揺れが激しくなる事は無かったが、その代わりに――哨戒班からノイズの酷い通信が飛んできた。

 

《ザッ……ザリリッ……こちら……ザーッ……班! 聞こえま――か――ザザッ……!》

 

 提督の止血をしていた大淀がすぐさま通信制御に入った時、八代の狂ったような笑い声が不気味さを増したように感じたのだった。

 

《こちら第四艦隊哨戒班、吹雪です! 深海棲艦を確認しました! 繰り返します、深海棲艦を確認しました! あ、明らかに、おかしいです! 宿毛湾から通信も無いのに、急浮上して――! くっ……戦闘許可を!》

 

 哨戒班として出払っていたのは天龍と龍田、それに駆逐艦の吹雪、敷波の四隻だったはず。

 八代少将達を柱島に誘導してから、また出動していたのだったかと考えを巡らせていると、大淀の「許可します! 数は!?」という声に頭が真っ白になる。

 

《駆逐ハ級が四隻に、軽巡ホ級と重巡リ級が一隻――!》

 

 報告を聞くに対処出来ない相手ではないと全員が判断しかけただろう。

 しかしながらそれは早計であった。

 

《未確認の、人型深海棲艦も一隻確認――》

 

「未確認ですか!?」

 

《見たことありません、あんな――!》

 

 大淀が通信統制しているにもかかわらず、ノイズが生じる。

 深海棲艦が発生させる特有の妨害電波とでも言おうか、その音は艦娘全員の顔を顰めさせるに十分な威力を発揮したが、それ以上の――

 

【ザザッ……ザーッ……――ニドトフジョウデキナイ…シンカイヘ……ザッ……アッハハハハ……】

 

「ぐ、ぅ、かはっ……うぁああああああああッ!?」

 

「あ、阿賀野さん!?」

 

 ――混乱をもたらした。

 

 ノイズに混じる未確認の深海棲艦の()と思しきノイズが通信に混じった瞬間、気を失っていたはずの阿賀野の身体が弓なりにぴんとしなり、絶叫したのだ。

 

「深海棲艦を、呼び寄せたの、か……?」

 

 笑い声を上げ続ける八代を見つめながら呟いた長門の声に、八代が吐き捨てるように言った。

 

「は、はははっ! 貴様らではどうにも出来んぞ、欠陥ども! 退けっ! おら、起きろ艦娘! 呆けている場合か、このっ!」

 

 力が抜けたのか、二航戦に掴まれていた両腕を振って拘束から抜け出すと、椅子の上で苦しむ阿賀野に近寄り、胸倉を掴んで立たせようとする。

 ふらふらと立ち上がった阿賀野は、八代に向かってか、虚空に向かってか、何度も謝罪の言葉を紡ぎながら涙を流していた。

 

「ご、めんなさ……わた、私が、守れなかった、から……ごめ、なさ……」

 

「うるさいこのボロが! 艤装を装備しろ、出撃して深海棲艦どもを沈めてこい!」

 

 私は反射的に阿賀野の艤装の前に立ちはだかり、両腕を広げた。

 

「なっ何言ってんの! さっきの爆発で前部缶が損傷してんのよ!? 一目見たら分かるでしょ! こんなので航行出来るわけがないわ!」

 

「貴様、この俺に指図するつもりか! 兵器ならば壊れるその瞬間まで戦え!」

 

「もう殆ど壊れてんのよッ! こんなので海に出たらそれこそ沈められちゃうわ!」

 

「それならまだ稼働出来るだろうが! 沈められる前に沈めてしまえば問題にはならん、それだけの練度もある!」

 

「八代少将、あなた何を言って――!」

 

 不毛な言い合いに、阿賀野が割り込む。

 

「しゅ、つげき、します……私、戦えますから……今度こそ、守りますから……」

 

「は、はは! そうだ! お前を守って沈んだ駆逐艦どもに面目が立つまい! さあ艤装を装備して――」

 

 だん、と地面を蹴る音が聞こえた。

 なまじ、艦娘の身長は人と同じであるために、それを一足に飛び越える事は容易では無い。

 

 しかし、私のみならず、後ろで震えていた夕張や、戦艦、空母達の目の前に――まるで岩そのものが降りかかって来たような光景があった。

 

「深海棲艦どもを沈め――げはぁっ!?」

 

 それは鋼のような筋肉に覆われた上半身をむき出しにした山元大佐で、艦娘の壁を飛び越え、容赦のない膝蹴りを八代少将の顔面に叩き込んだと気づくのに、数秒は要したと思う。

 少将は地面に倒れ込んだ衝撃で口の中が切れたのか、膝蹴りの衝撃によって切れたのか定かではない出血に目を白黒させながら顔を上げ、山元大佐を見た。

 

「閣下に代わり、一時的に柱島泊地の指揮を執ります。八代少将は安全のため後方で待機していただきたいのですが、よろしいですかな」

 

 口調こそゆったりとしていたが、有無を言わせぬ恐ろしい形相だった。

 

「き、貴様も裏切るのか! 山元ォッ!」

 

「はい」

 

「はい、だとぉ……!?」

 

「閣下の御言葉をお借りして言わせていただくなら――仕事をせねばならんのです。国と、人と、艦娘を守るという仕事を」

 

「なっ……」

 

 指揮を執るが構わんな、と声を張り上げた山元大佐に、全員が返事した。

 

「未確認の深海棲艦の持つ戦力は未知数だ、今ある戦力を我武者羅にぶつけたところで何が起こるか分からん! 南方海域開放作戦に従事した第一艦隊を先遣隊とし、戦力の確認を急げ! 哨戒班のみではどこまで持つかわからんぞ!」

 

「「了解!」」

 

 壁を作っていた艦娘の中から、即座に扶桑と山城が走り出る。

 入口にいた重巡洋艦那智と駆逐艦夕立、綾波と合流し港へ駆け出した。

 

 私の近くにいた神通も駆け出そうとするが、山元大佐に「待て!」と止められる。

 

「私も行かなければ――!」

 

「分かっている! 那珂を連れて行ってもらえんか」

 

「え、那珂ちゃ……那珂さんですか!?」

 

「私を!?」

 

 混乱の中で山元大佐の後ろについてオロオロしっぱなしだった那珂は、急に名指しされたものだから目を見開いて神通と山元大佐を交互に見ながら「でも、でも……!」と怯えた様子。

 

「那珂、難しい事は考えんで良い……神通はお前の姉のような艦娘だろう。手を貸そうとは、思わんか。愚かな私に従えとは言わん、だから、姉の仲間を助けてやってくれ」

 

「大佐……」

 

 神通はきゅうっと目を細め、山元大佐を見つめた後、走り出した勢いのままに那珂の手を掴んだ。

 

「行きますよ! 那珂ちゃん!」

 

「は、はいぃっ!」

 

 第一艦隊に選定された六名と那珂が見えなくなり、今度はお前だ、と言わんばかりに、伏せたままの八代少将を見下ろす山元大佐。

 見下ろしたまま、私の名を呼び、彼は言った。

 

「明石殿、阿賀野の艤装はどのような状態だ」

 

「え、ぁ……機関部、六つある缶のうち、前部の四つが損傷……後部の二缶は辛うじて動くみたいですけど……整備しなきゃ、動かすのも危険、かと……」

 

「修理を頼む。閣下の泊地で艦娘が再起不能になったなどという汚名は決して許されん」

 

「……了解っ」

 

 私が作業のために振り返ると、夕張もやっとのことで持ち直したように工具を手に取った。

 私達に呼応したように工廠のいたるところから妖精達が手に手に工具や資源を持って現れた時、大佐が天井を仰いで驚愕の声を漏らす。

 

「わ、私に、話しかけているのか、お前達……?」

 

「え――?」

 

 誰からか声が出るも、急な出来事が連続し過ぎていて、対応は出来なかった。

 ただ、大佐が妖精に話しかけられたらしい、ということ――

 

「……明石殿! その札を! 早く!」

 

「は、はい! こちらです!」

 

「く、くそっ! 渡してなるものか――がはっ!?」

 

「黙っていろ鬱陶しい!」

 

 ――起き上がりかけた八代の背中を踏みつけ、私から札を受け取った大佐は、それを思い切り破った。

 すると、どさりと音がした。音の方を見れば、阿賀野が椅子に倒れ込んで、再び気を失っていた。

 

「大佐、今、妖精に話しかけられたって……」

 

 壁のうち、戦艦伊勢が問えば、大佐は手の中にある破った札を見つめながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、妖精に……――今のあなたなら助けられると、言われたのだ」


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