柱島泊地備忘録   作:まちた

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八十八話 戦【艦娘side・トラック泊地近辺】

 あれからどれだけの時間が経ったのか。

 高く昇っていた日は沈み、長い夜を経て、また日が昇り始めた。

 白む空に目を細める余裕すらなく、今ある光景を一瞬でも逃せば凶弾に沈められてしまうかもしれないという苛烈極まる戦場を、艦娘達は駆け続けた。

 彼のもとで戦えるなら、何かが変わるかもしれないと思い続けて。

 

 それは青臭く、不確かな希望だった。

 

 山元大佐が指示したのであろう航空支援の往復があったために戦線はギリギリのところで維持され続けており、支援の途切れている間に砲撃戦を、支援が来れば離脱して補給を、という戦いを繰り広げていた。

 しかしそれらも往復に時間がかかるため、そう何度も期待はしていられない。

 

 今や航空支援も切れ、純粋に自分達の力だけが試される状況である。

 

 深海棲艦という存在と、自分達という存在が生まれてすぐの頃を思い出す。それほどに激しい戦場。

 かつての日本は我武者羅に戦っていた。艦娘も人を死なせてなるものかと己を省みず戦った。

 

 まるで、かの大戦と、あの大侵攻をなぞっているような戦い。

 

 何が端を発したのかさえ、すでに考えられなかった。とにかく、眼前の敵を打ち倒すしかない。

 

「龍田、射線を切れ! 龍田ァッ!」

 

「天龍さん下がって! 前に出過ぎよ!」

 

「駆逐どもの燃料があぶねえだろうが! オレを盾にして下げろ! おい龍田聞いてんのかッ! 駆逐を! 下げろッ!」

 

 山城の制止を振り切り、天龍が龍田に向かって怒号を飛ばしながら波間を埋め尽くす駆逐級の深海棲艦へ駆け出す。刀型の兵装は既に刃毀れしており、敵艦の装甲をバターのように削ぎ落す能力は失われていた。その代わりに天龍は艦娘ならではの膂力だけで相手を圧し切り、鋸の要領で敵駆逐艦の丸太よりも太い胴と思しき部分を傷つけていく。

 叩きつけ、切れ目のついたところにギザついた刃を立てて思い切り引けば、ぞり、と刀身を伝ってくる鉄と肉を混ぜたかのような感触が脳髄を震わせた。

 

「う、らぁぁあああッ!!」

 

【ォオオオァアアアアッ……――!】

 

「ハァッ……ハァッ……は、ははっ……こりゃ新記録だぜ……! なぁ……!」

 

「天龍ちゃん! 敷波ちゃんと吹雪ちゃんを下げたわ! 補給して戻っ――きゃぁああっ!」

 

「龍田ッ!」

 

「大丈夫……挟叉よ……!」

 

「び、びびらせんじゃねえよ……ほら、右舷接敵だ、こっちに来いッ!」

 

「ふふ、天龍ちゃんとこんなに本気で戦う事になるなんて、ねっ!」

 

 何度も砲撃戦を繰り返しているうちに鼻がやられたようで、海の匂いさえ感じられなくなった龍田だったが、天龍から漂う硝煙のつんとした刺激だけを頼りに追いすがり、薙刀を振るい、時に砲撃をし、敵を退け続けた。

 

 戦場は、地獄という表現以外に最適な言葉が見つからない様相である。

 哨戒班である龍田、天龍、吹雪、そして敷波は、未確認の人型深海棲艦を見事に翻弄し続けフィリピン海を抜けトラック泊地の付近まで誘導に成功した。

 トラック泊地からの援軍が来るかもしれない。あと少し、あと半日、いや一時間、半刻もすれば――無限に思える時間、そう考え続けて戦っていたが、トラック泊地からの援軍は影さえも見えなかった。

 

 それもそのはず。これだけの深海棲艦が湧き続けているのだから、簡単に泊地からここまでたどり着けるわけもない。援護に向かおうとしている艦隊があったとしても、同じように戦わざるを得ないのだろう。

 

 だが見捨てられたわけではない。

 

 黒く染まった結界内でもかすかに聞こえ続ける大淀の声が哨戒班の気力を辛うじて繋ぎ止めている状況だった。

 

 そうして、山元大佐の命令によって出撃した第一艦隊と補給艦隊が合流した頃には、既に夜も更けており、砲雷撃戦も落ち着きを見せた。

 ここまでで沈めた数は艦娘として生を受け、ここに来るまでよりも多く、間違いなく新記録。前人未踏――ならぬ、前()未踏の偉業だろうと確信に至るほど。しかしてそれでも足りぬと敵は湧き続けており、頭目たる深海棲艦の笑い声が海域に響き続け、その影は遠くなるばかりだった。

 

 闇に紛れて補給を済ませ、敵艦を探し出して砲雷撃戦。

 轟音と光に誘われてやって来た新たな敵と戦闘し、またその光に誘われた敵と――ずっとその繰り返しであった。まるで無間地獄。

 無傷で戦い続けることなど土台無理な話で、哨戒班、第一艦隊、さらには補給艦隊まで尽くが最低小破の損害を被っていた。高練度とは言わずとも、敵と戦ってきた経験の多い部類であるため小破で済んでいるとも言えようが、泊地への帰還など絶望的。

 だが航行は可能。だが砲撃戦は可能。だが雷撃戦は可能。

 

 誤魔化すように戦い続けて、朝を迎える前にまた闇夜に紛れて弾薬を補充し、空が白み始めた瞬間、まとまって撃破されないようにと散開して戦闘を再開する。

 

 戦っているうちに、各艦は深海棲艦から発される音だか声だかに耳を完全にやられてしまい、互いの声を通信で補い合うしかなくなっていた。

 考えるだけで伝わる、艦娘に許された素晴らしく便利な機能であるのに、冷静さはそこに回ることはなく、叫ぶと同時に思考として変換し通信を飛ばす形となってしまい、柱島泊地の大淀達へ届く声は凄惨な悲鳴となる。

 

《ザザッ……現在、水上打撃――を先頭――ザッ……ザー……は、先に爆――ザッ――ザザッ……急い――ザザッー……》

 

 互いの声が、通信を押し退ける。

 

「敷波ちゃん、弾薬の残りは――!」

 

「こっちは……持って五、六隻かな……アタシの腕なら七隻かもねッ」

 

 吹雪の問いに敷波が気丈に答えた。吹雪はすれ違いざまに笑いかけ、なら証明してみせてよね、という風に中距離まで迫っていた駆逐艦を砲撃した。それに続き敷波も逆方向から近づいて来ていた軽巡へ砲撃を繰り出し、中破へと追い込む。

 

「七隻は難しいんじゃないかなッ! 敷波ちゃん回避運動をッ!」

 

「はいよ――っとぉ!」

 

 敷波が中破させた軽巡へ吹雪の追撃が突き刺さり、撃沈。

 

 一戦につき数秒から数十秒という高速の戦闘に息をつく間は失せ、完全に日が昇った頃には空の暗さが結界によるものなのか、敵艦からのぼる黒煙によるものであるのか判別が困難になっていた。

 

「っ……へへ、アタシもちょーっとだけ疲れてきたかな……まだ、戦えるけどねッ!」

 

「五隻くらいは落としてもらわなきゃ困るよ? ふふ……あ、っと――次、来ます!」

 

「オッケー! 十九駆の意地の見せどころだねぇ!」

 

「じゃあ、私も特型駆逐艦の初期型として――やらなきゃね――!」

 

 強気な声。だが――

 

「退きなさい二人とも! 道を開くわ――主砲、てぇぇええッ!」

 

 ――吹雪と敷波は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 もう、助からない。これは無理だ。心の奥底でそんな気持ちが沸々と湧いていたのだ。

 

 轟音が鳴り響き、扶桑の砲撃が吹雪達の頭上を過ぎ、多くの敵を蹴散らすも、すぐに補充されるかのように深海から姿を現す。

 山城も扶桑に合わせ砲撃を叩き込むが、やはり、沈めた数と同じか、それ以上に湧き出す。

 

【フフ……アハハ……絶望シテイケ……終ワラナイ戦イヲ楽シメ……沈ム瞬間マデ……!】

 

 点のように小さく、遠くに見える深海棲艦からの声に、ギリリと歯噛みしていた那智が猛った。

 

「な、め、る……なぁあああああッ!」

 

 ごうん、と一際大きな砲撃音。那智から放たれた砲弾は放物線を描きながら遠くの深海棲艦へ飛来するも、着弾する直前に別の重巡級深海棲艦が割り込み、自らを盾に直撃を回避させた。

 怒りの込められた砲弾を受けた重巡級深海棲艦はあっという間に沈んだが、その背後から――

 

【アラァ……ザンネン、ネェ……? アーッハッハッハッハ……!】

 

「この――っ」

 

 那智の思考が怒りに染まりきった瞬間、そこを狙ったかのように真横から砲弾が飛んでくる。

 三百六十度、深海棲艦が見えない場所が無い。どこから撃たれるか分からない状況で冷静さを欠く事は死に直結すると分かっていたからこそ、吹雪も敷波も、天龍も龍田も、第一艦隊のみなもわざと気丈な言葉を吐き出し続けていた。そうして怒りから意識を逸らし続けていたのだ。

 

 だが那智は一瞬だけ、それに呑まれた。

 

「那智さん!」

 

 夕立と綾波が速力を活かして那智を突き飛ばし、回避させようと試みる。

 だが、遠く、届かない。

 沈む、だめだ、避けて、どうすれば、嗚呼、もう。

 

 二人の思考よりも速く――神通の一歩の踏み込みが凶弾へ届いた。

 

 過集中により完全に瞳孔が開いた状態の神通は存在が希薄で、言葉も、意識すらも全てが状況を打破する事の一点に絞られていた。故に深海棲艦達の視線を抜けられた。

 敵の凶弾へ迫るその速度は、常軌を逸していた。

 

 島風が見たら、きっと嫉妬するだろう。

 第一艦隊も、哨戒班も、飽和砲撃によって自らを守っていた補給艦隊や山元が派遣した軽巡那珂も同じ事を考えた。それくらいに、速く、鋭く――

 

「那珂ちゃん、これが――私達、川内型の戦い方です――常識など、捨てなさい――!」

 

「神通ちゃ――」

 

 ――非常識。

 

「ここ――ッ!」

 

 凶弾に対して真横から掌底を叩きつけ軌道を逸らす軽巡洋艦など、どこにいようものか。

 那智は、神通の名の通り神懸り的な紙一重の一撃に救われたことで冷静さを取り戻して謝罪の言葉を紡いだ。

 

「神通、すまない……助かった!」

 

「っ……問題、ありません……!」

 

 それと同じく、神通の腕が震えている事と、痛みをこらえているような表情に気づいた。

 

「……ちぃっ」

 

 心を乱し、和を乱し、連携を崩そうとする狡猾さを失わない深海棲艦達を睨みつけ、那智は砲雷撃戦を再開。

 

 終わらない。終わる気配が、ない。

 

 

 ふと、深海棲艦達の動きが変わる。道をあけるように動いた先には、あの未確認の深海棲艦。

 

【――怖イネェ……悲シイネェ……? ソウ言エバ……提督、大丈夫カシラァ……?】

 

「ッ――!!」

 

 何故知っている? そんな事にも気が回らない。

 ただのブラフである可能性への考慮も無い。

 

【援軍モ、モウ来ナイノカシラネェ……? アナタ達、提督ニ、見捨テラレチャッタノカモネェ……!】

 

 全艦の弾薬はまだ残っている。燃料も、航行に足る。継続戦闘は、もう少しだけならば可能だ。

 だが――補給艦隊から補給をすればの話。ここまで戦わせておいて、あの深海棲艦は動く気配を見せなかった。今になって突如として妙な動きを見せたのは――全員の戦意を完全に喪失させるためだった。

 

「何を、言って……提督さんは……」

 

 夕立の瞳が揺れ、綾波が声を聞くなと言おうとするも、間に合わず。

 

「提督さんは夕立達を、見捨ててなんか……」

 

【本当カシラァ……!? アッハ……アーッハッハッハッハ!】

 

「ッ!! 提督さんは皆を見捨てたりなんかしないっぽい――ッ!」

 

「夕立さん、待っ」

 

 夕立が吠え、駆けた。

 その時、未確認深海棲艦の脚部と思しき部分が、ばくん、と口を開き、砲身が姿を現す。

 火を噴いた。それは影のような砲弾を一直線に放った。

 

 ソロモンの悪夢とまで呼ばれた夕立の驚異的反射神経にかかれば、回避は不可能じゃなかった。

 しかし、長時間の戦闘行為によって身体にほんの少しの歪みが生じており、その歪みは――がくりと足から力を奪う。

 

【遅イ……ザンネェン……――】

 

「えっ……ぁ……」

 

「夕立さんッ!」

「夕立!」

 

 誰の声が夕立を呼んだのか判別すらつかぬ間に、爆炎が上がる。

 

「が、ぁう……げほっ……ぁ……」

 

 直撃。夕立は艤装を大破させ、その場にどしゃりと倒れ込んだ。

 海面に浮かぶだけの存在となった夕立にすぐさま駆けた綾波が、腕を掴んで引き上げ、離脱を試みる。

 

「夕立さん、立って! 私に寄りかかっていいですから、立って! お願い……ですから、立ってください……! 一度離れましょう……! は、はやく……!」

 

 綾波の震えた声に、夕立は「ぅ……ぁ……痛、いよぉ……」と涙を流しながら返答ともつかぬ声を上げた。

 

「夕立! くそ、龍田、援護に回るぞ!」

「はぁい! 扶桑さん、山城さん、お願いします!」

 

「殿は引き受けるわ、これでも戦艦――装甲で受けられます!」

「姉様、一度副砲で周りを牽制します!」

「えぇ、山城、お願いね……残弾で道を開くわ!」

 

 ぞろ、ぞろ、と距離を詰めてくる深海棲艦達。響き渡る笑い声。

 

 全艦娘が一時的に下がるべきだと判断して航路を開こうとするも、互いの通信すら認識できないほどに混乱が広がっていた。

 

「また数が増えて来てるぞ! 航空支援はまだかよ!?」

「那珂ちゃん、前に出ますよ、少しでも時間を稼ぎましょう!」

「神通ちゃん左舷に接敵! ここは引き受けるから、先に前へ!」

「ここはこの那智が受け持つ、補給艦隊は夕立と共に下がれ! 早く! はやぁく!」

 

 もうだめだ、仲間が沈む。私達はここで、終わる。

 

「最大戦速! 行け! 行けェェッ!」

 

 叫び過ぎて天龍の喉は枯れ、酷く醜い声となっていた。

 カラスの方がよっぽど聞こえが良いと思えるほどの声は全員の危機感をあおるのに十分で、疲労と絶望が精神を蝕んでいく。

 

 間違いなく、この戦いは歴史に残るものだろう。

 連合艦隊に補給艦隊まで追加されて、大規模作戦でも何でもない緊急出撃で一日以上も戦闘を継続しているのだ。寝る間も無く、ただ砲撃を繰り返し、ただ雷撃を繰り返し、海面には死が広がっている。

 

 数多の深海棲艦の死体を踏みつけ、血液なのか重油なのかも分からないどす黒いものと海水に塗れて、全身が悲鳴を上げても動き続けるのを映像に残したのならば、きっと教科書にでも使ってもらえるのではなかろうか。

 まあ、艦娘自体を好いていないような人もいるのだから、意味も無い考えかもしれないが。

 

 通信越しに互いの思考が混ざり合うような、全てが海の色に消えていくような恐ろしい感覚だけが、すんでのところで生命をかろうじて保っていた。

 

 この蜘蛛の糸よりも細いと思しきものが切れた時、全員、倒れ伏し、沈む。

 

《こちら大淀――ザザッ――現在――ザッ……ザー……泊地に向かっ――ザザッ……》

 

 大淀の声が聞こえるも、うまく通信を受信できず。

 それよりも航空支援はどうしたんだと誰かが怒鳴った。

 

 まだ来ない。いや、もう、来ないのかもしれない。

 

 一瞬だけ浮かんだ絶望を見逃さず、深海棲艦は恐ろしい声を上げた。

 

【アァアア……ゲッゲッゲ……オォオオオオアアア……】

【ォオオオォォォォオォォォオオォ……――】

 

「くそっ……くそっくそっくそっ! どうしてこんな……!」

 

 常に前を向いていた天龍が陰る。

 

「天龍、ちゃん……まだよ! 前を向くの! 私達が戦わなきゃ誰が戦うの!」

 

「わかってる……わかってんだよ、そんな事ぁ! でもっ……オレ達がいくら、戦っても、減りゃしねえ……ただ湧いて出たような深海棲艦でも、ねえんだろうが……!」

 

「それは……」

 

 黒く染まる思考を、誰も間違いとは言い切れなかった。

 ただ湧いただけのものではない。確かにこれは、意図的に湧いて出た深海棲艦だ。

 

 人々を脅かす存在を、どうして人為的に呼び出すのか理解が及ばない。

 

 守るべき人々がどうして死へ向かって歩むのか分からない。

 天龍の思考は、さらに鈍っていく。戦意が薄れていく。

 

「守らなきゃなんねえ……でも、守られる気もねえ奴らが呼び出したんだぞ、こいつらをッ……! どうしてオレは、こいつらと戦ってんだ……!」

 

 皮肉にも、戦闘こそが軍艦の、艦娘の華であると信じて疑わない天龍は、自分の奥底にある本質に気づくのだった。

 守りたいのだ。愛すべき人々を。愛されるべき人々を。なのに、その人々は一度自分を裏切った。

 

 さらには、本来ならば必要のない戦いに駆り出し、死を突きつけてきている。

 

「く、そぉっ……! あぁぁぁぁあああッ!」

 

「天龍ちゃん!」

 

 龍田を横切り、さらには殿であった扶桑と山城をも振り切って深海棲艦の群れへ突っ込んでいく天龍。

 それに気づいた全員が援護に砲撃を加えるも、それより速い速度で天龍は深海棲艦達を切りつけた。

 

 がこん、と艤装が死屍累々となった深海棲艦の残骸にぶつかって傷つくも、止まらない。

 

「……ぅ、うぁあああああああっ!」

 

「那珂ちゃん! 待って!」

 

 天龍のあまりに悲しい戦いぶりに、那珂が振り返って駆け出した。

 神通もそれを追いかけ、離脱しようとしていた艦隊は動きが鈍ってしまう。

 

「このっ! このぉっ! 皆から、離れてッ!」

 

 那珂の砲撃を食らっても、深海棲艦の波は止まらない。収まらない。

 一度狂った歯車は永遠に噛み合わなくなってしまう。すれ違い続けてしまう。

 

 いびつなままに動き続ければ――残る道は、崩壊のみ。

 

【アハハハハ! ソウ! ソウヨ! ソレデイイノ――モット、絶望シテイケ――!】

 

 赤く染まる空に、黒く濁る海に声が染みていく――。

 

 

* * *

 

 

 ぶううううん、と低い音が響き渡った。

 

「ッ……な、何だ……?」

 

 海面が影で埋め尽くされた。天龍が唖然と空を見上げる。

 続いて、炸裂音が連続し、離脱しようとしたがその場で立ち止まることとなった第一艦隊と哨戒班、補給艦隊の航路が強制的に開かれる。

 

 空を埋めているのは空母から発艦したであろう艦載機の群れで、仲間であると理解できるものだったが、鹿屋基地、岩川基地から来たものにしては数が少ない。

 

 那智は今しかないと声を張り上げた。

 

「全艦反転! 全艦反転だッ! 一時離脱を開始する! 補給艦隊、早く行け!」

 

「ぜ、全艦反転!」

 

 那智の言葉を聞いてハッとした那珂が理性を取り戻し復唱した事で、全員が敵に背を向けて離脱を始める。天龍は半ばヤケクソになりながら刀を振り、近場の深海棲艦を切りつけてから離脱を開始。

 

 深海棲艦達との距離が開いたのを見計らったように艦載機の群れが不規則な動きで多くの深海棲艦達を攻撃し始め、追手の数がどんどん減り始めた。

 

「岩川か? 鹿屋、にしても、この艦載機の動き……変だぞ……!」

 

 多くの敵と間近に戦ってきた天龍が背後に広がる頼もしくも恐ろしい光景を見つめて呟く。

 

 岩川から来たものも、鹿屋から来たものも、航空支援の際は編隊を組んでいた。

 規則正しい飛行で一直線に道を切り開くような爆撃だったのが、ここにきて不規則になるなど何があったのだと疑念を抱かせる。

 

 もしや資源に限界が見えてきたために各個撃破に切り替えたのか、とも考えた。

 

 しかし答えは違った。

 

 海の底から震わせるような叫喚が辺りに響き渡り、全艦隊の身体に直接音を叩きつけた。

 汽笛だ。これは、戦艦の汽笛だ。

 

 誰よりも先にいて、大破した夕立を逃さねばと動いていた駆逐艦の綾波の声が、通信を通して聞こえた。

 

「ぁ……あぁっ……! え、援軍、です……援軍が来ました……!」

 

 そして、陽気な声が怒りに染まっているのを聞いた。

 

「ヘェイ、お待たせしましタ! 水上打撃部隊のお出ましネー! 間に合った、みたいデスネ……!」

 

「金剛さん!!」

 

 援軍が組まれたのか? もしや山元大佐が――いや、違う――。

 天龍達の脳裏に否定の言葉が浮かんだのは、その水上打撃部隊よりも後方に影が伸びていたからだった。

 あのような()()()を動かせるバケモノを、天龍、ひいては柱島の艦娘は、知っている。

 

 声を聞いたわけでも無ければ、通信統制している大淀の声すら既に思考に入り込まないくらいに必死だったのに、たった一つの光景を見ただけで提督は生きているのだと確信させた。

 

【今更、来タノカ……? エェ……? シズメ――!】

 

 戦艦とは思えない速さで天龍達と入れ替わり戦場へ突っ込んでいく金剛に、誰かが「危ない」と言った。

 その言葉通り、金剛は深海棲艦から集中砲火を食らい、多くの挟叉が生み出した海水を被る。

 

【ハハ、ハハハハ! 逃ゲラレナイワヨォ……!】

 

 おぞましい声に、今まで戦っていた艦娘達の背にぞくりとした感覚が走る。

 しかし金剛の笑みは消えず。いや、笑みに――怒りを灯して、ぎらりとした歯を見せた。

 

ok……it's fine(そう、そう来るのネ)

 

 金剛が右手を上げると、ざざ、と波を切り裂いて、比叡、霧島、榛名が背後に追いつく。

 

「私達の仲間を泣かせたこと……後悔させてあげるネ」

 

 すっと右手が前に振られると――比叡と霧島が、どん、どん、と砲撃を放った。

 それらは扶桑と山城が屠ったほどの数を一挙に沈ませるに至るも、まだ、湧き続ける。

 

「霧島」

 

 金剛が名を呼べば、霧島は眼鏡を指で押し上げながら言った。

 

「比叡姉様との砲撃で撃沈した数、爆風に巻き込まれた数も合わせれば……殲滅は可能な範囲かと」

 

「比叡」

 

 次に名を呼ばれた比叡は、顎に手を当てて、うーん、と軽い声を上げながら言う。

 

「そうですねぇ……ティータイムにはちょぉっと間に合わないかもしれません。()()()()()()()()

 

「Hmm……榛名は、どう見るネ」

 

 榛名は金剛達の背後から前に出ると、警戒を強める周囲の深海棲艦を見て、一言。

 

「撃ち漏らしても片付けられそうなので、榛名は大丈夫です!」

 

「……フフ、なら、オッケーデース」

 

 金剛はさらに笑みを凶悪に歪ませ、怒りと理性の均衡を保つように拳を握りしめ、右手の中指を相手に向かって立てた。

 均衡を保とうにも――怒りに傾いているのだぞ、と見せつけるように。

 

 そこで天龍達に、やっとのことで大淀の通信がはっきりと届いた。

 

《水上打撃部隊、空母機動部隊、補給物資輸送部隊、現着しました。呉の補給部隊と合わせて海域の周回を開始します――全艦、行動を開始してください。現場の指揮は、連合艦隊旗艦、大淀が執ります》

 

 全てを塗りつぶす絶望を――圧倒的な()()()で覆す指揮がそこにあった。

 

 天龍達が唖然とする目の前で、夥しい数の深海棲艦(ぜつぼう)と、艦娘(きぼう)が相対する。

 

 欠陥と呼ばれた艦娘ばかりのはずなのに、天龍の目には、龍田や、戦い続けて来た哨戒班や第一艦隊、補給艦隊の目には、涙が浮かんでしまう。

 

 先頭を切って前に出た金剛達もまた、欠陥のはずなのに――美しく、気高く、義憤を纏って仁王立ちしていて――

 

「ンだよ……く、そ……おっせえんだよ……!」

 

 ――どうしようもなく、頼もしかった。

 

 欠陥として左遷された金剛型戦艦は――確かに、艦隊を組むことを前提に考えれば、個々としての能力は突出していると言えず、一隻、または二隻ずつの配置では力を思うように発揮できなかった。

 ただでさえ戦艦の燃費を考えれば多くを投入するなど考えられず、かといって一隻や二隻程度の敵艦にぶつける火力でも無く、使いどころが限られる存在。

 

 それらから導き出されるものは、極めて単純なものである。

 ただの一度もそれらが発揮された事は無いが――

 

 

 

 

 

 

Bring it on, mother fxxker(かかってきな、クソッタレども)

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()状況に、四隻が揃った時こそ――彼女らの本領が発揮されるのだ。


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