柱島泊地備忘録   作:まちた

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八十九話 戦②【艦娘side・水上打撃部隊】

 金剛型戦艦は――戦艦にあって、戦艦にあらず。

 

「比叡、榛名……霧島。テートクが用意してくれたパーティの場デス、ドレスをあまり汚さないようにネ」

 

「わっかりましたぁ! 気合、入れて、いきます!」

 

「榛名、頑張ります!」

 

「はい、金剛姉様。さて……どう出てくるかしら」

 

 彼女らは、速力は最大の防御という思想のもと建造された軍艦であった過去を持つ。潜水艦や航空機によって漸減された戦場に現れ、戦艦としての火力を存分に発揮して敵戦艦を打ち倒す――そういった想定で建造されるのが戦艦だ。

 しかし、実際のところ本来の意味での活躍の場は無く、様々なしがらみに加えて戦況と作戦が噛み合わず、戦艦として理想的な戦場というものに恵まれる機会は訪れなかった。航空機の活躍によって戦場は掻きまわされ、戦艦同士の砲撃戦というものも真正面から行われることなど殆どなく、金剛型の強みである速力が空母機動部隊と行動をともにできるものであるとして、便利に使われてきただけだった。

 改装に改装を重ね、使い勝手の良い速き戦艦となれど、金剛は()()としての意を求めた。強く、雄々しく、美しく、戦艦としての本懐を遂げたかった。

 

 兵力を投入するような場面で、旧型の軍艦であるにもかかわらず、とにかく使えるものはなんでも突っ込めという形で海を駆けた。海軍からしてみれば旧型でも性能はあり、失われても痛手とならない艦として積極的に投入された彼女らは最も活躍した戦艦と言われている。

 

 巡洋艦よりも小さな艦を圧倒し、戦艦を相手に取らず。

 速力を活かして巡洋艦と直接殴り合うことの無いように――改装を重ねられた後の金剛にとって、そんなものは犬の糞以下だと吐き捨てたくなるもの。

 相手など関係ない。私は、私達は逃げるために速さを得たのではなく、誰よりも先に敵へ立ち向かうための速さなのだ。

 

 私は戦艦だ。弱き者の盾となり、敵を貫く存在でありたい。

 力を活かし、速力を活かし、全てを薙ぎ払える存在でありたい。

 

 だからこそ、彼女らは燻っていた。

 

 本来、自分達は戦艦であり、艦隊決戦の場において活躍するべき存在だ。

 だが彼女らはただの戦艦ではない。

 高速、と名付けられたように、戦艦にはない速力を持つ。

 目覚めた時、自らの身が改装された艤装に包まれていると知って歓喜したのもつかの間だった。艦娘となってから、それらが活かされる機会など、とんとやってこなかったからだ。

 

 彼女らは燻っていた。

 

 当初、主砲には十二インチ五十口径連装砲塔五基の搭載を予定していたが、砲身にブレがあって命中率が下がってしまう事が明らかとなり、一基減らして十四インチ四十五口径連装砲塔四基の搭載となった。重量もさして変わらず、火力を確保することに成功したのである。副砲の搭載位置も後部艦橋を取り払う事で効率的稼働を可能とした。

 

 しかし、搭載数が減る、という事は単純な砲撃数に差異が出る事となる。

 艦娘となってからもそれらは艤装に現れており、戦艦としてはスリムな形となった。

 それらは彼女達に多くの不満をもたらした。

 

 故に、()()()()()

 

 彼女らは戦艦にあって、戦艦にあらず――過去に多く改装を経ている。

 元々は装甲巡洋艦として計画されていた彼女らは、船体延長や機関換装を施された結果、高速戦艦となったのである。

 

 海原鎮が彼女らをよこした戦場は、まるで彼女達が今まで出来なかった事を全てやって来いとでも言っているような、彼女達にしか出来ない要素を全て詰め込んだ場所であった。

 速力が無ければ突破出来ず、装甲が無ければ耐えられず、燃料を多く貯えられなければ継続戦闘など望むべくもない。

 さらには彼女達が存分に活躍できる編成がなされており、金剛型のみならず、軽空母鳳翔や、重巡洋艦足柄、第二艦隊には球磨型軽巡洋艦達や、駆逐艦島風、時雨といったあらゆる状況に対応しうるバランスが確立された水上打撃部隊――。

 惜しみなく戦力が投入された決戦の場で、戦うことができる。

 

 彼は知っている。私達の事をどこまでも、見ている。

 自分達の出来る事と出来ない事を分かっていて、それらを采配し、出撃させている。

 

 艦娘となって抒情的となった金剛は、立てていた中指をすっと下げると、今度は胸が痛むような仕草をした。両手で胸を押さえ、目を閉じた。

 

「……テートク」

 

 その感情の名を、彼女、また彼女らは知らない。

 だが一つ分かることがある。

 今までならば、兵器がそんな必要のないものを持つなと言われる部類のものである、と。

 

 彼ならば今の金剛を見てどう言うだろうか? と考え、かつて、一度だけ訪れた執務室で交わした会話を思い出していた。

 金剛は姉妹がバラバラにされないように、出撃しなくとも、離れることがないようにと歎願した事があったのだ。

 

『テートクゥ! 私達を引き取ってくれてThank youネ!』

 

『金剛か、おはよう。礼を言われるようなことは無いが……至らんことの多い私を、よろしく頼む』

 

『oh……そ、そんな事ないネ! それと、急にこんなことを言う、のは……おかしい事だって、分かってるんだけど……その』

 

『うむ? なんだ、私に出来ることであればいいのだが』

 

 ここまで言っておいて、礼儀がなっていなかったかと後悔するも、それより、自分達を離れ離れにしないでほしい――と頼む事で頭がいっぱいだった。

 口にするまで数十秒の逡巡があった。意を決して口を開こうとした時のこと、提督となった男は、先ほどまで鋭い目で書類を睨んでいたのに、目じりを下げ、自分を愛おしそうな表情で見た。もしかすると、勘違いで自意識過剰であっただけかもしれないが、金剛はその時確かに感じたのだ、自分の知らない感情を向けられている、と。

 

『きっとこれから、私はお前達、金剛型の()()にたくさん頼ることになるだろう。その前払いになるのだから、遠慮せずに言ってくれ』

 

『ぁ……』

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、戦場に立つ今と同じ感情と痛みが胸を襲った。

 耐えられないほどの痛みだった。頭の中にある全てが爆ぜ、混ざり、淡い色の塊となって瞳から溢れ出たのだった。

 

『こ、金剛ッ!? 何故泣くのだ! そんなに難しいことをお願いしようとしていたのか!? 確かに私に出来ることは多くないが、とりあえず言ってみてくれ、最大限の努力をするから……! あ、あー……泣かないでくれ、頼む……せっかくの美人が台無しだぞ、な……!?』

 

『No……It's OK……ぐすっ、え、えへへ……そ、そっか……テートクは、そういう、人なんデスネ……』

 

 兵器が涙を流す。それだけで憤慨する者達ばかりだったのに、彼はポケットをひっくり返しながらハンカチを探し、無いとなれば執務用の机に身体をぶつけながら立ち上がる狼狽っぷりで近づいてきて、軍服の袖で彼女の目元を優しく何度も拭った。

 大丈夫だと言っても溢れ続ける涙が止まった後は、提督にお礼を言って、なんでもない、あなたならば、きっと大丈夫なのだろうと伝えて部屋を出て、姉妹達にもそれを伝えた。

 比叡や榛名、霧島も、着任初日に壇上に立つ彼を見て思う所があった様子で、さらに金剛が涙を流すほどの相手であるのならばと信じた。

 

 金剛型戦艦――その長たる金剛が抒情的であるのならば、妹分たちもまた然り。

 こと、戦場においてそんな場面を思い出すほどに、彼女らの目は輝いていた。

 

 熱が上がらず、もやもやとした黒い煙だけが渦巻いていた彼女らが今、爆ぜようとしていた。

 

「ホーショー、様子は?」

 

 金剛が通信越しに第二艦隊と共にいる鳳翔へ声をかければ、空を飛びまわる艦載機の一つが後方へ戻って行くのが見えた。

 旧型であるのに、その動きはどの航空機よりも機敏で、あれが鳳翔の操るものであるのは誰の目にも明らかだった。

 

《ザーッ……――前方、未確認の深海棲艦まで、駆逐艦と軽巡洋艦、混在して七十から八十といったところです。まだ湧いてくるかもしれませんので、倍以上になる可能性も……金剛さん、本当に四人だけでよろしいのですか……? 大淀さんは、四名でもいいとは、言っていましたが……》

 

It's no big deal.(大した問題じゃないネ) デショ?」

 

 通信を統制している相手へと名も呼ばず同意を求めるように言えば、金剛と同じく、まるで気にしていないという風な声が帰って来る。

 

《ザザッ……こちら大淀。問題無しと見ています。鳳翔さん、敵深海棲艦の記録は完了していますか?》

 

《記録は出来ています。後で艦載機を明石さんに提出すればいいんですよね?》

 

《はい、よろしくお願いしますね。では金剛さん、漸減を任せます》

 

「OK」

 

 ぷつん、と通信が切れたのを聞き届け、金剛は周囲に蠢く深海棲艦を見た。

 

【艦娘――風情ガ――!】

 

 鼓膜に爪を立てて引っ掻くかのような痛みを伴う未確認深海棲艦――提督は、軽巡棲鬼と呼称していたか――の声に、金剛達は目を細めるだけ。

 

【数デ押セバ、勝テルト思ッタノカ――マダマダ、コチラガ有利ナノニ変ワリハナイノニナァッ……! ハハハハ!】

 

「Hmm……? おかしな事を言いますネェ。海藻でも耳に詰まってるノ?」

 

 金剛は相手を煽るように指で自分の耳をとんとん、と示した。

 

【コノッ……】

 

All’s fair in love and war.(愛と戦争は、いつだってフェアなのヨ)

 

【~~~ッ! シズメェエエエエ――ッ!!】

 

 ぞわ、と深海棲艦達が動いた。

 金剛が猛る。

 

「比叡、合わせて! テートクのハートを掴むのは、私達デース!」

 

「はいッ!」

 

 比叡が前方へ出た瞬間、金剛が後方へ滑り込む。前傾姿勢となった比叡の艤装がぎゃりりと音を立てて動いた。

 金剛は仁王立ちのまま両足に力を込めて声を張り上げた。それに続き、比叡も吼える。

 

「Burning Looove!」

「主砲、斉射、始め!」

 

 轟音が波を退け、二人を中心にして円状の波が巻き起こる。

 戦艦二隻の砲撃の威力ときたら、敵駆逐艦が紙切れのように噴き飛ばされるほど。

 

 だが、これが本領では無い。

 

「榛名、霧島! Let's roll!」

 

「主砲! 砲撃開始!」

「主砲、敵を追尾して! ……撃て!」

 

 金剛、比叡に続き、榛名と霧島が二人を挟むように移動し、瞬きも許さぬ間に連撃に加わる。

 通常の戦艦では在り得ない攻撃方法。この金剛型四姉妹をして、可能である唯一の砲撃。

 

 主砲を交互に使用することによる――四隻同時射撃。

 

「まだデス! そこに届くまでノックしてやるデースッ! Ding-dong!」

 

 連撃。

 

【グッ……!? オマエタチ、モット、モット前ニ出ロ! 私ヲ守レ!】

 

 連撃、連撃。

 

「ヘイヘイヘェエエエエエイッ! まだMain gunの温度は低いままネ!」

「お姉様、弾薬五パーセント消費です!」

「六……七……まだ、気合、足りませんね!」

「三十パーセント消費まで二十パーセント切りました!」

 

「All right! Battle fieldを広げますよ! 第二艦隊のために!」

 

【マ、マダダ……オマエタチヲ絶望デ、シズメテ――】

 

 連撃、連撃、連撃。

 

【間ニ、合ワナイ……!? フザケルナ!! 絶望ニ染メテ、艦娘ヲ、深海ヘ――絶望ノ水底ヘ――!】

 

「お姉様、十六パーセントを超えました! 残り、十四パーセントです!」

 

 榛名の声に金剛が「出し惜しみは無しデース!」と言葉を返した。

 すると、鉄の雨のように降り注いでいた砲弾が増える。

 

 軍艦ではなく、艦娘であるからこそ実現された機銃掃射もかくやという四人の連撃は――やはり、非常識と言わざるを得ないものだった。

 

「umbrellaは持ってますカー!? heavy rain showers(局所豪雨)に注意ネー!」

 

【コノ程度……耐エラレ――】

 

「――彼女達は、夜が明けるまで耐えましたよ」

 

【ッ――!】

 

 轟音で辺りが埋め尽くされているはずなのに、霧島の声は、はっきりと軽巡棲鬼の耳に届いた。

 たった四隻、されど四隻の集中連撃に、百に迫る深海棲艦と軽巡棲鬼は押されている。

 

 かたや百に迫る深海棲艦達の攻撃を、ボロボロになりながら耐え抜いた第一艦隊と哨戒班、補給艦隊の面々の表情を思い出し、軽巡棲鬼は奥歯が砕けるほどに噛みしめた。

 だが、これを耐えれば――と軽巡棲鬼はさらに深海棲艦を呼び寄せる。

 

 呼んだそばから沈められる。海面に顔を覗かせた瞬間に砲弾に直撃し、爆炎をあげながら沈んでいく。

 ならば潜水艦を呼ぶべきか? 馬鹿な、そんなものを呼んだところで、後方にはそれ以上の艦娘が控えている。軽巡棲鬼から余裕の表情は失せ、焦りが生まれ始めた。

 

「残り、十パーセントです!」

 

 比叡の声に、一瞬だけ軽巡棲鬼の目が見開かれる。

 これを耐えれば反撃の余地が――

 

「オーケイ……()()()()()()()は決戦用に残しておくネ」

 

【ハァ……ッ!?】

 

 今、艦娘達は、なんと言った?

 

 三十パーセントしか使っていない――?

 ここに来るまでに、道中でも接敵があったはずだ、と軽巡棲鬼は考えた。

 ただ恐怖をあおり絶望させるためだけに艦娘を追っていたわけではない軽巡棲鬼は、そこらに転がっている深海棲艦達とは比べるべくもない知能を持っている。言葉を介し、相手の感情を揺り動かせる知性がある。ならば戦略的なことを考慮する知恵だって持ち合わせている。

 

 フィリピン海から南下していく艦娘達を追跡しながら、彼女達を徐々に消耗させつつ、軽巡棲鬼は多くの深海棲艦を遠洋へばらまいてきた。

 彼女らとて愚かではない事を知っているからだ。

 どこかで必ず援軍が駆け付けるであろうことは予想していた。それらをも消耗させ、戦場に現れた時には彼女らを絶望に叩き落せるだけの数を用意して沈めてやろうと目論んでいた。

 

 それが、まだ弾薬を余しているだと?

 

 物資補給艦隊が来ていると言っていたか。しかし相当な数の艦娘だ。単純に多くの補給艦を用意していたとしても、給油にだって補充にだって時間は取られるはず。消耗した矢先に補給してやってきたのか? それにしては早過ぎる。

 ならばどうやってここまで来たのだ。

 

 ちらりと空を見やれば、航空機が見える。

 そうか、航空機で道中を片付けてきたのならば辻褄は合う。

 

 しかし、そう考えれば違う違和感が現れる。

 

 ――何故、艦載機が途切れなく攻撃を続けられるのだ?

 

 鋼鉄の雨の中で傍受した艦娘の通信がそれに対する答えとなる。

 

《こちら空母機動部隊、赤城。第一次攻撃隊を帰還させました。これより第二次攻撃隊の発艦を開始――》

 

《こちら大淀、空母機動部隊の皆さんは航空支援に間を置かないよう、補充を続けてください――物資補給艦隊の皆さん、残りの報告を》

 

《こちら補給艦隊、長良です! まだまだ残ってますよー! 消費率は二十パーセントと言ったところです!》

 

《了解しました。では第一艦隊と哨戒班が宿毛湾に戻れるように物資を分配し、残りを空母機動部隊へ充ててください。発艦位置を気取られないよう、海域の移動は絶え間なくお願いします》

 

《こちら暁! 了解よ! レディーに出来ないことは無いんだから!》

 

《……ふふ、頼もしい限りです。第六駆逐隊の小回りを活かして、周回をお願いしますね》

 

《ザザッ……ザー……私だ。問題は》

 

 低い声が通信に割り込んだ時、戦艦達からの砲撃がさらに激しさを増した気がした。

 

《はい、問題ありません提督――予定通り、金剛さんたちが道を切り開いています》

 

《ふむ……やはり金剛型は四隻揃ってこそだな。補給を決して切らすな。常に最大火力を発揮出来るようにして敵勢力を殲滅しろ。万が一、中破した者が出た場合はその場で即座に護衛艦を付け撤退するように。柱島に指示してすぐに追加の者を送り出せるよう、編成する》

 

《――っは!》

 

 艦娘が大艦隊を編成してきた理由が理解出来た瞬間、軽巡棲鬼の目に焦りとも怒りとも、絶望ともとれる複雑な色が宿る。

 ――単純な物量で潰そうとしていた自分とは違って、彼女らには司令塔がおり――その司令塔は、さらに上の司令塔を持っている。

 

 二分された管理体制のもと、海上に()()()()()()()()()()()()()持ち出してきやがった――!

 

 倒しても、倒しても、また新手が来てしまう――軽巡棲鬼の手法を、そっくりそのまま、さらには司令塔まで個別に用意して潰しにかかってきやがった――!

 

 それに気づいたところで、既に軽巡棲鬼が生み出した絶望へ続く多くの選択は潰えた。

 

 思考する間に、海上に立つのは、

 

「――だいぶ綺麗になりましたネ」

 

 ――戦艦四隻と、多くが残骸となり果てた深海棲艦と、軽巡棲鬼のみとなる。

 

 

* * *

 

 

 軽巡棲鬼にとっても、艦娘にとっても、経験したことのない戦いだった。

 

 苛烈極まる戦場において一度でも押してしまえば、なし崩し的に戦況は覆るということを忘れて一方的なものとなり、あとは時間の経過とともに終わりを迎えるのが殆どであった。

 ここにきて定石通りなのに、定石通りに進まない意味不明な状況に置かれた軽巡棲鬼は、なりふり構わずに突撃してきた軽巡洋艦の天龍のように猛り狂って深海棲艦を呼び出し続ける事しか出来なくなった。

 

 後方でニヤついていたのに、今や自らも砲撃戦に参加してどうにか砲撃を加えんと躍起になって叫ぶ。

 

【サセヌ……サセヌワ……ッ! シズメ、欠陥ドモメッ!】

 

 金剛、比叡、榛名、霧島の連撃は止んだが、軽巡棲鬼にとっての絶望はまだ終わらない。

 

 今まで以上に呼び出した深海棲艦に同じ連撃を加えてくれば、弾薬を打ち尽くして一度下がるしかなくなるだろうと目論んでいたところで、第二艦隊が追加で投入されたのだ。

 

 尽く、術中。

 

 水上艦だけでは圧し切れない、やり過ごせない。

 さらに潜水艦まで呼び寄せたが、軽巡棲鬼は投入された第二艦隊の編成に気づいて、愕然とする。

 

 軽巡洋艦――さらに、駆逐艦――打撃力のある戦艦を前に押し出して、あとから軽巡洋艦や駆逐艦を投入するなど、決戦における定石と真逆の行為に、どうしてここまではめられているのだと頭をかきむしった。

 

「うわ、潜水艦までいるっぽいじゃん。こりゃ私達が呼ばれるわけだねえ」

 

 戦場に不釣り合いなほどに軽い声。軽巡洋艦北上の言葉に、大井がイラつきを隠さない口調で言う。

 

「こんっな汚らわしい場所に北上さんを連れ出すなんて、あの男、帰ったら絶対に魚雷をぶち込んで――!」

 

「大井、口が悪いクマ……お姉ちゃんは悲しいクマァ……」

 

 球磨が眉尻を下げて嘆くような素振りを見せると、大井はわたわたと両手を振って「ちっ、違うんです! 魚雷を、ぶち込みあそばせてやるわあの糞男と言いたかっただけで……!」と言えば、多摩がのほほんとした雰囲気で言葉を返した。

 

「全然綺麗な言葉遣いじゃないにゃ。なんなら――ちゃーんと、生きて帰るつもりにゃ」

 

「多摩姉さんまで……! 私が言いたいのは! 北上さんをこんなきったないところに連れてくるような采配をした提督に腹が立つということで――!」

 

「でも、北上が傷つかないように大艦隊にしてくれたのかもしれんにゃ?」

 

「っ!? た、確かに……! でもそうすると、提督は北上さんを傷つけたくないという……まさか北上さんを狙って――!?」

 

「どんだけぶっ飛んだ理論で言ってんだクマ。いいから潜水艦沈めてこいクマ」

 

「むっ……い、言われなくても仕事はします! それじゃあ北上さん、一緒に……」

 

「んぁ? あ、あー、うん、そうだねえ。大井っちと一緒なら、魚雷も光るってもんだもんねー」

 

「北上さぁん……!」

 

 どうして、笑っている。先ほどまで絶望していた癖に、お前達はどこを見ている。

 軽巡棲鬼が怨嗟の言葉を吐き出そうとした時、航空機の攻撃に気づけず、弾丸が頭を掠めた。

 

 ばちん、と髪留めが切れ、ばさばさと髪の毛が落ちる。

 

【コ、ノ……艦娘メェエエエエェエェエェッ!】

 

 軽巡棲鬼が拳を握り、金剛達が到着した際に鳴らした汽笛よりも大きな声を上げた。

 するとそれに呼応した深海棲艦達の動きが早まり、第二艦隊へ襲い掛かる。

 だが、第二艦隊の面々に焦りの色は一切無かった。

 

 あるのは、必ずや打ち勝つという意志のみ。

 

 徹底的に撃滅へと絞られている無駄のない行動は、北上と大井の二人が交差しながら航行して互いに魚雷の航跡の上を走らないようにしている事からも分かるほど。

 さらには、球磨や多摩も水上艦の撃滅へ一役買っており、金剛達が討ち漏らした残りカスのような深海棲艦達へ確実にとどめをさしていく。

 

 まだ負けていない。私は無限に深海棲艦を呼び出せる。

 軽巡棲鬼の驕りが、さらなる悲劇を呼び寄せた。

 

【ッハハハ! ナラ……オマエタチガ、絶望スルマデ……何度デモ……――】

 

「直上、注意が疎かになっていますよ」

 

【ッ――ガハッ……!?】

 

 鳳翔は軽巡棲鬼が通信を傍受しているであろう事に気づいており、あえてそれを伝えず、静かに、矢を放つ瞬間を見逃さないよう息を殺して待っていた。

 頭上に飛ぶ多くの艦載機に交じっていた鳳翔の艦載機――熟練した妖精が搭乗する九九式艦上爆撃機が風を切って迫っており、それが放った攻撃によって視界が煙った。

 

 さらに、

 

「第一戦速、砲雷撃、用意! 撃てぇー!」

 

 飢えた狼が獲物を見つけたかのような猛攻を加えてくる。

 ただの重巡の攻撃など、軽巡棲鬼の装甲を貫けるわけがない。

 

 そのはずだった。

 

「十門の主砲は伊達じゃないのよッ!」

 

【ガ、ァ……クソッ――!】

 

 自分達の防御などまるで考慮していないかのような、攻撃に全て振り切った行動によって生み出される無慈悲な火力。これは重巡だけの攻撃では無い、と煙る視界に走る影を血眼になって追う。

 

 とらえた、と思ったところで、もう軽巡棲鬼になす術は無かった。

 

「おっそーい! 足柄さん、もっと速くー!」

 

「島風ちゃん、これでも私だって弾幕張ってるんだからね!?」

 

「僕が手伝うよっ」

 

「時雨ちゃん……! こっちに来て、あの深海棲艦に集中を!」

 

「了解!」

 

 回避に専念せねば確実に攻撃が当たる。かといって、回避しながら攻撃に一瞬でも意識を割けば航空機からの爆撃に遭う。

 回避一択にして相手の意識を逸らそうにも、さらにそれの意識を惑わせるように、海上を縦横無尽に駆け回る島風が現れる。

 

 足柄と時雨を放っておけば、軽巡棲鬼は攻撃を食らい続けてしまう。

 

 しかし金剛達を無視する事も出来ない。鳳翔や、後方から飛来し続ける航空機にも目を配らねばならない。

 

 軽巡棲鬼は呻いた。

 

 私の手の内にあると思っていた絶望が離れていく。

 

 こんなにも力強く、圧倒的で、どうしようもない希望で、海に溶けていく。

 

【ハ、ハ、ハ……! アッハハハハハハ! ナラ、ココデ……消エテ……!】

 

 沈んでたまるか。お前達が沈むのだ。絶望の水底へと。

 軽巡棲鬼の目に青い光が灯り、攻撃を食らう前提で、いや、既に多くの攻撃を食らいながらも、脚の側部にある六インチ連装速射砲を乱れ撃ちながら絶叫する。

 

【シズメ――シズメ――全テ、水底へ――!】

 

 怨念の込められた凶弾は自陣の深海棲艦をも貫き、艦娘達へ飛ぶ。

 そこで艦娘達の表情に、一瞬だけ恐怖が滲んだのを軽巡棲鬼は見逃さなかった。

 

 嗚呼、その表情が見たかった。

 

 しかしながらそれは本当に刹那の事だった。

 

 誰かに当たればいいとばら撒かれた凶弾の前に――またも、戦艦達が立ちふさがったのだ。

 

「金剛! 避けろクマッ!!」

 

 軽巡球磨の声に対して、金剛は結界によって暗くなっている空間を照らすようにニッと笑顔を見せた。そして――四隻は凶弾を真正面から受け止めた。

 

 轟音に続き、黒煙が巻き起こり、空へ昇っていく。

 

 一矢報いてやった――軽巡棲鬼がよろけながらおぞましい笑い声を漏らす。

 

【ヒヒッ……ヤッテヤッタ――】

 

 

 

「彼女達みたいに一日中じゃない。一瞬を耐えるだけ……It's a piece of cake.(簡単よネ)

 

 

 

【ッ……フ、ザケ――】

 

 黒煙が晴れた時、金剛型の四隻は小破していた。

 真正面から受け止めたのだから、当然のこと。それよりも小破で耐えている方がおかしいとさえ思える。

 これこそが、装甲巡洋艦から戦艦へと生まれかわった過去を持つ金剛型の強味であった。

 生半可な破れかぶれの砲撃など、取るに足らず。

 

 四隻の瞳は輝きを失っておらず、まだ、まっすぐに前を見ていた。

 

 ならばもっと――!

 

 それも、叶わず。

 

 怨念の全てを撃ち出してしまったかのように、連装速射砲が、かちん、と虚しい音を立てた。

 

【クソ……ガ……ッ!】

 

 艦娘達がゆらりと動き、全ての砲塔が、主砲が、軽巡棲鬼を捉えた。

 私の想いは、私の怨念はまだ尽きていない、まだ、この世界に恨みはある。

 

 まだ、まだ、まだ、まだ、いくつもの()()が浮かぶ。

 

 そうして、軽巡棲鬼は言った。

 まだ終わりではないのだと。私が消えようとも、この怨念はこの海の底に積もっているのだと。

 

 おぞましい声を上げたが、どうしてか軽巡棲鬼はそれを伝える瞬間に、自分の中に怨念とは違う別の何かが生まれたかのように感じた。

 

 お前達の進む先にはどれだけ恐ろしいものが待っているか、想像も出来ないだろう。

 

 進むのならば覚悟しろ、お前達の航路に安全など無い。

 

【ススムガ……イイサ……】

 

 私はここで沈む。怨念を全て撃ち切った。

 くそ、なんて気持ちなんだ。

 

【その、先には……!】

 

 なんて――清々しいんだ――。

 

 

 

 

 

「全砲門――Fire――!」

 

 

 

 

 

 金剛の勇ましい声が空を突き抜けた。

 それから、頂点から少し沈み始めた太陽が海上を照らしたのだった。




※史実とは異なる場合があります。

追:一部修正済みです。
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