柱島泊地備忘録   作:まちた

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九十話 戦③【艦娘side・空母機動部隊】

 空母機動部隊の取り仕切りを任されていた第三艦隊旗艦、空母赤城は混乱していた。

 軽巡棲鬼と呼称された未確認深海棲艦は、実力に申し分ない哨戒班に加えて、南方の開放に寄与した第一艦隊の面々を夜通し痛めつけるだけに飽き足らず夕立をも大破させる程の戦力を有していた。

 大艦隊を組んで反攻に転じたとは言えど、最終的な数で言えば圧倒的不利な戦況であったのだ。

 

 駆逐艦、イ級後期型三十二隻。ハ級十五隻。ニ級十三隻。

 軽巡洋艦、ホ級二十五隻。

 重巡洋艦、リ級八隻。

 潜水艦、カ級十隻。

 特殊個体――軽巡棲鬼、一隻。

 

 これは上空から艦載機で確認できた、水上打撃部隊が撃沈せしめた数である。

 

 水上打撃部隊が到着する前に撃沈された数は不明であるものの、同等か、以下は無いだろう。

 一航戦や二航戦、五航戦を教え子に持つさしもの鳳翔であれ、戦艦を連れているからとここまでの戦果を挙げようものなど、空母機動部隊の面々は想像だにしなかった。

 混乱の原因はこれにとどまらず、他にもあった。

 

 空母機動部隊は物資輸送部隊と共に作戦海域となったトラック泊地周辺に向けて、マクル・アイランズを壁として発艦場所を隠蔽し、さらにはホール諸島を抜けてトラック泊地へ近づくように航路を取った。

 これは連合艦隊旗艦である大淀の指示であったが、大淀から言わせれば「山元大佐はフィリピン海へ抜けて泊地に支援要請を、としか言ってませんが、提督はトラック泊地周辺と作戦海域を指定し、決戦支援を鹿屋基地と岩川基地へ要請していました。補給位置は、第一補給海域と第二補給海域として指定されたもので……これは一時的な補給線です。敵勢力が北上しないよう、監視を兼ねた防衛線でもあるのでしょう」との事だ。

 

 防衛線とはもっと長大な範囲を指定するものであると認識してしていたのは赤城だけではなく、加賀や、二航戦の飛龍、蒼龍も同様であった。

 例え一時的とはいえ、これではまるでトラック泊地そのものが危険海域に指定されているようなものである。

 あの男に限って管を以て天を窺うような真似はしないだろう、とは加賀の言葉だが、赤城はそれだけでは説明しきれない、記憶から呼び覚まされる本能からくるような危機を感じていた。

 

 まだ、終わっていないのではないか、と。

 

 赤城の言葉を受けて語ったのは飛龍だった。

 

「反攻作戦、とは言え……物資はまだまだ残ってますね。金剛さん達が贅沢に使った分を補給したって半分以上は余りますよ。残存勢力は認められないみたいですけど――大淀さんの言葉も、まだ帰還する感じじゃないですし」

 

 残存勢力の確認のために艦載機を飛ばしていたのは二航戦であり、水上打撃部隊の支援に多くの戦力を割いた一航戦よりもわずかな余裕があった。

 飛龍の言うように残存勢力は確認できず、艦載機が帰還してくるのを陽光に目を細めながら見つめていた。蒼龍も言葉こそ紡がなかったが同意のようで、んん、と唸るだけ。

 

 そこでふと、周囲を警戒していた伊勢が呟いた。

 

「――なんで()()()()なんて呼んだんだろうね。しかも、鬼って……。深海棲艦って呼び方をし始めたのが誰からだったかなんて覚えてないけどさ、それにほら、提督がずっと気にしてた空母も出てこなかったじゃん」

 

 大艦隊が作戦海域となったトラック泊地へ急行している最中、提督がずっと気にしていたことだった。

 

【全艦種に対応できる艦隊だが、決して油断するな。水上打撃部隊を先頭に進んでもらうが、空母機動部隊は必ず直掩機を出し続けるんだ。消耗はあるが、これは必要だと割り切って欲しい】

 

 そんな言葉を思い出し赤城の視線が鋭くなるも、加賀以外に気づく者はおらず、会話は進む。

 

「何で空母を気にしてたんだろう。軽巡棲鬼が呼び出してたのは駆逐艦とか軽巡洋艦で……あとは、潜水艦くらいでしょ?」

 

 伊勢の言葉に対して日向は腕を組んで言った。

 

「くらい、では収まらん数だったようだが。こちらも金剛型四隻を投入しているのだから当然たる結果、と言えよう」

 

「でもさ日向、金剛さん達が航路を開くって言って撃滅した数からして過剰戦力だよ? 提督が警戒し過ぎてただけじゃない?」

 

「過剰とも言い切れん。金剛達の連撃は、おいそれと真似できるものじゃないんだ……。まぁ、警戒し過ぎる程度が丁度良いというものだ。私達は空母を守るために編成された戦艦だが、こうして働かないでいるのが一番なんだからな」

 

 提督を疑っているわけではないにしろ、伊勢や日向の言に対して否定にたるものを持つ者もまた、この場にいない。

 空母は航空支援を行っただけ、戦艦伊勢や日向、第四艦隊の川内達は周囲の警戒を行っていただけ。近場に深海棲艦がいくらか湧きこそしたが、取るに足らない駆逐艦ばかりで、水上打撃部隊の激戦に比べれば児戯にも等しい一方的制圧だった。

 それらが警戒を緩める、といった新兵が如き油断は生まれなかったが、反面、勝利を収めたのに勇み足を踏んだ気持ちになってしまうのだった。

 

 第三艦隊の会話を聞きながら、赤城は大淀へ通信を試みる。

 

《こちら空母機動部隊赤城。大淀さん、聞こえますか》

 

《――ザザッ……こちら大淀、感度問題ありません。異変ですか?》

 

《いえ……大淀さんは、今どちらに?》

 

《現在は水上打撃部隊と合流し、マクル側の海域に展開中です――そちら側から物資補給部隊が到着次第、再補給して提督へ撃沈数の報告を行おうかと》

 

 物資補給部隊は空母機動部隊から離脱して安全の確保が出来た航路を進んでいる。

 水上打撃部隊も既に反転し、作戦海域から少し外れた位置に移動していた。

 残骸の残る場所で補給するのが物理的に危険であるが故だが、支援を要請しておいてこちらに一隻たりとも艦娘が寄越されなかったトラック泊地周辺に深海棲艦が潜んでいる事は確実であり、大部分を片付けられたのだから、一時的に離れて補給すべきであるとの判断であった。

 

《……なるほど、了解しました。それで、聞きたい事が――》

 

《ヘーイ赤城! 航空支援、助かったデース!》

 

《ちょ、ちょっと金剛さん、まだ作戦中ですよ! 小破とは言え傷ついているのですから、あまり動かないで――》

 

《Nonono! 感謝はすぐに伝えなきゃダメネ! 私達が思い切りBattle出来たのは、赤城達のお陰なんですからネ! それに、こんなものかすり傷デス! 金剛の美しさは健在ネー!》

 

《空母機動部隊の任務を全うしただけですよ。金剛さんも、お疲れ様です》

 

《んん……クールなんだから、赤城ったら。でも、感謝しているのは本当デス! 帰ったらお礼に間宮のディナーをごちそうするネ!》

 

《それ、金剛さんが作るわけじゃないんですから……》

 

 大淀の言葉を押し退ける金剛の底抜けに明るい声が通信を通して作戦に参加している全員に届き、少しの苦笑が含まれる声が漏れた。声音だけは明るく、赤城は言葉を返した。

 しかし赤城と加賀は無表情を貫いたまま、んん、と通信にも乗らず、周りにも聞こえないくらいに小さな声を漏らす。

 

「赤城さん、何か気になる事が?」

 

 加賀の声に、赤城は頷いた。

 

「提督が戦艦や空母がいないかと気になさっていた事もそうですが、軽巡棲鬼の言葉が、引っかかっていて」

 

「――その先には、ですか」

 

「……ええ」

 

 赤城は、自分が気にし過ぎているだけ、ナーバスになっているだけだと思いたかった。

 大淀の声を聞くに切羽詰まったような警戒の色も感じられず、自分の思考を妨げるのは危機感ばかりで明確な言葉としての形を成してはくれなかった。杞憂であればそれでいい、しかしその確証が欲しい。赤城の言いたい事は極めて単純ながら、口にすることが憚られるような気がして、通信に思考を乗せようにも、ううん、とおかしな呻きにしかならないのだった。

 

 軽巡棲鬼は沈没する寸前に「その先には」と、何かを言いかけていませんでしたか?

 それを警戒しても物資の消費が生じるようなことはありませんし、ここにとどまりませんか?

 なんでしたら、私が提督に意見具申してもいいですか?

 

 仮組された言葉は思考に浮かぶ数々の否定の言葉にあっけなく崩れ去る。

 

 軽巡棲鬼がどうして私達に向けてあのような言葉を放ったのか。わざわざ警告しますか? 敵なのに?

 ではここにとどまったと仮定して、何もなければ帰港する、と? 提督が目を覚ました今、中四国を中心にして民間に巻き起こっているであろう混乱を収めるには撃滅しましたと報告して戻る事が有効的では?

 空母機動部隊の旗艦である私が意見具申して、さらに警戒を強めて海域の周回を続けるべきだと言えば、自らの前言を覆すことに繋がってしまう。大艦隊の移動となれば資源の消費は少なくない。

 持ち帰れるのならば、そちらの方が良いに決まっているのだから。

 

 だが、提督に一考を委ねるべきだ。この逡巡の間こそがもったいないのではないか。

 

 かつての戦争を思い出すと聞き入れられる可能性は無いに等しいように思えるのだが、今は違う。時代も、状況も。

 

 赤城は口に溜まったねとついた唾をぐっと喉へ押し込むように舌を動かして、通信を発した。

 

《……大淀さん。軽巡棲鬼の言っていた、先があるような言葉が気になっておりまして――報告の後でもいいので、提督に警戒を続けられるよう、意見具申をしてもよろしいでしょうか》

 

《あ、っと……それについてですが、私も同じことを考えておりました》

 

《大淀さんも?》

 

 警戒したような口調でもなく、いつもの調子、いつもの声音である大淀が同じことを考えていたのに驚きを隠せない赤城は、ぽかんとして無意識に加賀を見た。加賀も眉をひそめている。

 

《はい。どうにも……本土で動きがあったようで》

 

 本土と、こちらでの警戒に繋がりが思いつかず赤城は黙り込む。

 軽巡棲鬼を呼び出した八代少将は既に憲兵隊によって拘束されており、阿賀野も柱島で休んでいるはずだ。明石は艤装の修理を行っているだろうし、他に問題が起きたのだとしたら……提督か、はたまた……新手の反対派が問題を起こしたか……。

 

《動き、とは……?》

 

《提督が、さらなる進軍を考えている様子なのです》

 

《進軍を――!?》

 

 大淀は自らに届いた通信の内容を説明した。

 

《トラック泊地周辺での作戦の際、丁度、金剛さん達が戦闘をしている最中に提督が仰っていたのですが……》

 

【そちらの海域にどのような深海棲艦が出るか分からんが、もしも軽巡棲鬼以外で人の形をした深海棲艦が出現した場合は最大限の警戒を以て戦闘してほしい。これに確証は無いが、深海棲艦についてすべてが解明されているわけでもない今、軽巡棲鬼がどのような敵を呼び出すかも分からん。物資に余裕があり、なおかつ水上打撃部隊の損耗が少なければ、そのままトラック泊地より東へ向かって周辺に深海棲艦がいないか捜索をしてくれ。何も無ければそのまま帰還していい】

 

 大淀から聞かされた言葉に、伊勢が通信しながら声を上げる。それほどに驚いた、とも見えた。

 

「何で今になって言うのさー!? もー! 皆に通信を繋いだままにしておけば良かったじゃん!」

 

 伊勢の言う通り、提督の指示は大淀を通して常に聞こえていた。

 先に言った内容は大淀以外聞いていない。

 ここに来て何故そう判断したのか分からずに憤る伊勢の気持ちも理解できる、という風に日向が「この大艦隊なのだから風通しは良くしておくべきだろう」と付け加えた。

 

 大淀は《不安を煽るべき場面では無かったと判断したのです》と言った後に《戦闘が終わらない限り、物資がどれだけ残るか、損耗がどれくらいになるかも分かりませんでしたから》と冷静に返す。

 

「うっ……で、でもぉ……!」

 

《考えてみてください。ここまでの大艦隊を編成して軽微な消費のみで軽巡棲鬼を撃破出来たのですから、これだけが目的であったとは思えません。提督は元々、トラック泊地にある拠点からの支援は期待していなかったとも受け取れます》

 

 機動部隊の面々は言葉無く頷いてしまう。

 大淀が言うように、支援をあてにしていれば、少なくとも空母機動部隊と水上打撃部隊のみで編成されていたはずだ。

 物資輸送部隊が編成され、作戦に随伴したということは、大淀の言葉と相違はないように思える。

 

 表面上だけとらえるならば、物資輸送部隊は連合艦隊の継続戦闘を可能にするため、ということ以外に、南方を攻略した第一艦隊と哨戒班、呉の補給部隊に向けられた帰還用の措置である。深く考えるまでもなく、遠洋であるトラック泊地から日本へ帰還しようものならば相応の消費が発生するのだから当然の采配だ。

 多くの深海棲艦と日をまたいでの戦闘を行った上に、金剛達が間に合ったから良かったものの、駆逐艦夕立は大破、それ以外は小破や中破で、無傷の艦娘など一人としていなかった。

 一刻も早く戦闘海域から離脱できなければ、今度こそ本当に沈んでしまうところだった。

 間一髪とはまさにこのことである。

 

 決して練度が低いとは言えない艦隊を壊滅に追いやったほどの戦力を撃滅するだけだったのか、と改めて問われると、大淀の言う通りのように想定できる事はいくつも浮かんでくるというもの。

 赤城は自分の感覚が的外れなものではなかったのだと思うと同時に、進軍――もとい、敵勢力の捜索に意欲を示した。

 

《では、補給部隊が到着したらすぐにでも――》

 

 赤城が言い切るよりも早く、大淀から物資補給部隊がやって来たと声が返ってきた。

 

《補給を開始します。これが終了次第、水上打撃部隊と空母機動部隊の隊列順序を変更し、空母機動部隊を先頭にトラック泊地東側の海域へ向かって航行を開始してください》

 

《――了解》

 

 そこから暫くは通信越しの会話が続いた。

 第四艦隊の面々の会話は、水上打撃部隊の戦闘に参加する隙が無かったのを嘆いていたり安心していたりと自由奔放そのもので、加賀が数度止めようと声を挟んだものの、会話が止まることはなかった。

 これもつかの間の休息だ。メリハリとしてこういう空気もありか、と加賀は溜息を吐くだけで、さらに強く止めようとはせず、赤城もぐるぐると巡っていた思考が落ち着いた様子で装備に不備は無いかと確認しながら、大淀からの指示を待っていた。

 

《あたしが呼ばれたからには敵の艦載機がぶんぶん飛んでくるもんだと思ってたのによー……結局、赤城さん達の発艦眺めてるだけで終わっちまったじゃねえか》

 

 摩耶の言葉に羽黒が《で、でもでも、私は、それで良かったような……》と弱気な相槌を打つ。

 

《にしてもだよ! せっかく活躍できるかもしれねぇって時に――》

 

《ひぅぅ!? ご、ごめんなさいごめんなさい!》

 

《なっ、なんだよ羽黒、別に怒ってるわけじゃないって!》

 

《ごめんなさいぃぃっ……!》

 

《摩耶さん、羽黒さんを泣かせて……》

 

《おぉい!? 陽炎までやめろよな!? 不知火もそんな目で見るんじゃねえよ!》

 

《これは摩耶さんの落ち度かと》

 

 重巡二人を呆れた目で見ているであろう駆逐艦陽炎や不知火、言葉が無くとも微妙な表情をしていそうな神風が目に浮かぶようであった。

 欠陥として集められただけの艦娘であるはずの全員は、いつのまにやらそんな陰鬱な空気を纏わなくなっている。

 

 そんな時、水上打撃部隊に属する第二艦隊の北上の声が聞こえて来た。

 

《あー……提督はさ、東って言ってたんだよね》

 

 大淀が返事をすると、北上は先の戦闘と、海上に残っているであろう深海棲艦の残骸を思い出しながら言う。

 

《金剛さん達と戦闘になった駆逐艦と軽巡は殆ど沈んでいってたけどさあ、潜水艦がいくらか変な感じというか、変な動きっていうか……》

 

 潜水艦? と誰もが首を捻った。撃沈したのならそのまま沈んだのでは、と。

 しかし北上が言いたいことは沈んだか否かでは無い様子で、じっと海の向こう側を見つめて言うのだった。

 

《なんか、さ……最初はアタシと大井っちの魚雷を回避するために動いてるのかなって思ってたんだけど――東に向かおうとしてたっぽいんだよね、どうしてかは、分からないんだけど》

 

 それを受けて、大井が続ける。

 

《そう言えば北上さん、私が声をかけた時に遠くを見ていらっしゃいましたが……》

 

 大井は言わずもがな、北上をよく見ている。北上しか見ていないかもしれない程だ。

 気にも留めていなかったが忘れてはいないという大井の言葉に頷きながら、北上はさらに続けたものの、途中で言葉が途切れてしまう。

 

《深海棲艦がどうやって出てくるのかーとか、全然分かんないし、アタシは難しいこととか考えらんないからさぁ、軽巡棲鬼? って奴が仲間を呼んだんだろうなってくらいに考えてたんだよね。多分、呼んだことは呼んだんだろうけど、微妙に違うような、何隻かはばらばらに動いてたし……んあー、ダメだ、なんて言えばいいのか分かんないや》

 

《全てが統制下にあるようには思えなかった……という事ですね、北上さん》

 

《そう! それだよー! 流石大井っちだねぇ》

 

《いえ、北上さんはもっと深く考えていらっしゃるでしょうから、私なんて足元にも……》

 

 大井が冗長に北上を褒め始めたあたりで大淀は反射的に通信を絞ったが、言い得て妙であると険しい表情となる。水上打撃部隊の補給を進めながらも、これは何かあるやもしれない、と見て赤城へ言った。

 

《東へ向かう前に、一度索敵を行いましょう》

 

《――ですね。了解しました。それでは偵察機を》

 

《はい、お願いします。こちらも補給を急ぎますので》

 

 

* * *

 

 

 話が噛み合えば行動は早いもので、一航戦の消耗を考慮して二航戦が偵察機を放った。

 経験に差はあれど腕に大きな差は無い。索敵を行うのにも二航戦は申し分ない艦娘である。

 

 二航戦はニ式艦上偵察機に搭乗する妖精と共鳴しながら、トラック泊地を過ぎた東の海域を広く見ていた。

 

「どうですか、飛龍さん」

 

 加賀の問いに、飛龍は虚空を見つめながら「んー」と唸る。

 

 虚空を見つめていながらも、飛龍の瞳は絶え間なく細かく動いており、共鳴している妖精がつぶさに確認しているであろうことが伝わってくる。

 上空から海を見下ろして索敵するというのは案外重労働なもので、艦隊単位のものであれば見落とすことは殆どないが、少ないものであると光の加減や海面の反射で見落とす可能性もある。それらを限りなくゼロに近づけるためには数度の往復が必要であるため、燃料の消費も馬鹿にならない。だからといって一往復しただけで終わるなどあり得るはずもなく、飛龍と蒼龍の放った艦載偵察機は海域の往復を続けた。

 

 すると、

 

「あれ……?」

 

 飛龍の声に続き、蒼龍も声を上げる。

 

「あれって海軍の艦艇、だよね? 一隻だけでこんな遠洋を航行って……?」

 

 索敵中は警戒態勢となっているのは無論のこと、飛龍達は既に大淀に通信を繋いでいたため、一隻のみの艦影を発見した時点で大淀に伝わっており、その大淀はすぐさま提督へと報告を上げる。

 

《――こちら連合艦隊旗艦、大淀》

 

《どうした》

 

 ざざ、とノイズが走った後に聞こえてくる提督の声の背後はバタバタと騒がしく、おおよそ、病室が作戦室と化しているのであろうと想像させた。

 

《トラック泊地東側の海域に海軍の艦艇を確認しました。種別は――》

 

 飛龍と蒼龍が同時に答えた。しかしその答えに対して大淀は提督へ向けて報告できず、え、と小さな声を漏らすだけとなる。

 

「艦番号が、見当たらないんだけど……護衛艦っぽいけど、主砲も副砲も、なーんにも、無い……」

「番号が抹消された艦艇って、あるの……?」

 

《え……》

 

《大淀? 何か問題でもあったか?》

 

《い、いえ……空母機動部隊に偵察機を出してもらっていたのですが、そこで発見された海軍と思しき艦艇に艦番号が見当たらないようで……》

 

《ふむ。少し待て》

 

 提督の声が遠ざかり、数分して戻ると――

 

《番号が抹消されている艦艇は今のところ海軍に存在しないそうだが、その艦は一隻のみか》

 

 大淀が飛龍達に問えば、一隻だけ、と返ってきたのでその通りに伝える。

 すると提督は息を吐きながら、再び、待て、と数十秒沈黙した。

 

 その間、飛龍と蒼龍は小さな違和感がどんどんと膨れ上がるのを感じていた。

 

 トラック泊地という拠点があるとは言え、未だ小規模の敵艦隊が不定期に湧く海域なのに、どうして友軍艦艇が一隻のみで遠洋を航行できようか、と。

 こうして言葉として頭に染み込めば、あまりにあり得ない状況に違和感は一気に形を作りだす。

 

「お、おかしいよねやっぱ、変だよね蒼龍? ね、ねぇ?」

 

「……」

 

「……蒼龍?」

 

「ま、待った……」

 

「どうしたのさ」

 

「甲板に、人がいる」

 

「海軍の人じゃないの? あっ、海軍の人なら所属を問い合わせれば――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「深海棲艦と一緒に、甲板にいる……っ!」

 

 通信から漏れだすホワイトノイズが、大きく響くほどの沈黙が全員を包んだ。

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