柱島泊地備忘録   作:まちた

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九十二話 提督とは②【提督side】

 病室に響く大本営会議室のざわめきに、憲兵達も、長門も、曙や潮も顔を真っ青にしていた。まもるも顔真っ青です。これ俺が考えて言ったわけじゃないの知ってるだろお前らッ! とツッコミをいれたいところをぐっと堪えて、長門だか誰だかが用意してくれた新しい軍服の首元が苦しくて指をひっかけ、襟を直しながら話を続ける。

 

【以降は……どうか、お前の気持ちを伝えてやってほしい】

 

 打ち合わせがあったのはここまでで、各員の説得はきっとお前の言葉が必要になると井之上さんは言っていた。

 んでも、無理だよぉ……だって艦娘の面倒を見るのになんて言えばいいか分からないんだもの……。

 

『海原閣下、ご自身が何を言っているのか分かっているのですか!』

 

 軍人の一人がモニターの向こう側から初めて俺に向かって声を上げた。

 分かってるよ。ただでさえ百人近くの艦娘を抱えてるのに、これ以上抱えるって言ってるんだからとんでもねえ話だよな。俺だってそう思ってるよ。

 でも井之上さんが言ったんだもん!! そう言えってッ!!

 

 

「分かっている。ただでさえ私は自らに任された泊地に大勢を抱えている身だ。君らはこう言いたいのだろう――お前一人に何ができるのか、と」

 

『武力を占有するような発言はいくら閣下と言えど看過できませんな』

 

「武力を占有するなどという意図は一切無い。勘違いしないでいただきたいが、私の言う艦娘を引き受けるというのは職場環境の改善を前提としたものであり、方々の艦娘を私の手元に置いておくという意味では無い」

 

 武力占有――お堅い言い方だが、確かに視点を変えれば俺の言っている事はとんでもない事である。

 人類に仇なす深海棲艦に対抗できる唯一の存在たる艦娘を全てよこせ、と言っているように受け取られても仕方が無いし、俺だってあえてそれ自体を否定はしない。

 

 ……艦娘に囲まれて働きたいという意味ではない。

 いや、まあ、一部は、うーん、もう少し……結構、そういった意味が含まれているかもしれないが、それが主題でもなければ本質でもないと言いますか、ね。ほら。

 

「彼女らに囲まれて働くのも魅力的ではあるが」

 

 すみませんね、ちょっとまもるのお口が軽くなってるみたいで、へへ……。

 

『環境の改善? おかしなことを仰る。改善が必要なのは一部の心無い者達であり――』

 

 阿賀野に――艤装だが――噴き飛ばされてあっぱらぱーになりかけていた俺は、ある軍人の言葉にぴくりと反応して声を挟んだ。

 

「そこが問題なのだ」

 

『はい? 問題とは……心無い者達、のことでありましょうか』

 

「違う。それよりももっと根本的なものに問題がある」

 

 モニターには各々が顔を見合わせて訝しむ様子が映っており、正面の最奥に見える井之上さんは両手を組んで目だけを動かし、周囲の反応を見ていた。

 

「自分には関係無い……その意識が問題なのだ」

 

『それは……もちろん、我々海軍の是正すべき問題であると認識しておりますが、だからと言って艦娘を全て引き受けるなどと……』

 

「あえて言おう。これはこの国が抱える空気そのものが、この問題を引き起こしたと私は考えている」

 

 鎮痛剤が効いているはずなのに、じくじくと腹が痛み出した。

 痛みが思考を鈍らせる事はなかったが、しっかりと思考が回転している一方で、意識は別のところへ浮かんでいるような、無理に飲んだ酒で悪酔いでもしてしまった感覚がしていた。

 副作用なのか、吐き気もこみあげてくる。

 

「っ……ぅぐ……失礼」

 

 右手の拳で口元を押さえて数秒静止して、吐き気が弱まったのを見計らい、再び口を開く。

 

「――諸君らは、彼女らをうまく扱える自信があるか?」

 

 単純な問いに、誰も答えない。

 ならば、と俺はさらに言葉を紡ぐ。

 

「では言い換えよう。諸君らは部下を御する事が出来るか?」

 

 それなら、といくつかの声が上がった。

 

『自分の部下ですから――』

 

「ならば何故艦娘をうまく扱おうとせんのだ?」

 

『それは――艦娘が兵器であり、個々にブレが――』

 

「で、あろうな。理由はいくつもあるだろう」

 

 吐き気は俺の意識をさらに朦朧とさせ、腹の痛みによっての覚醒さえ阻んだ。

 俺は再び拳を口元に持ってきて、ぐ、と吐き気を堪える。

 働き過ぎなんだよぉ……俺もう、ダメかもしれない、じいちゃん……。

 

「提督……っ」

 

 傍にいた長門が俺の背をさすった。

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

 長門のお陰で治った。大丈夫です。(大丈夫ではない)

 

 吐き気や痛みによって無意識のうちにストレスがかかっていたのか、それに同調するように、どうして初対面の軍人に仕事の在り方を懇々と説かねばならんのだと怒りが形を作り出す。

 

『井之上元帥、失礼をお許しください』

 

 一人の軍人が井之上さんにそう前置いてから、カメラ越しに俺を見た。

 

『この場で言うべきではないことを承知で口にしますが、実のところ私は反対派に対して思う所はあれど、意見は分からんでもないと思っております。言葉無き兵器であれば丁寧に手入れし、いつでも使えるように、その通りの能力が発揮されるようにしていることでしょう。しかし艦娘は人の形をし、話し、あまつさえ人の心を思わせるような素振りを見せる。それらを御するとなれば、どれだけの負担であるか……大将閣下ならば、お分かりになりませんか』

 

 彼の言うことに反対意見は無い。そりゃあその通りだ。

 海の上を駆ける少女達が自分を駆逐艦だ戦艦だと言って砲撃戦をするのだから、アニメや映画ならばいざ知らず、現実となって目の前で繰り広げたあとに、ただいまと帰って来られたらどう声をかけていいものか考えてしまうのも無理はない。

 

 しかし言い換えれば――彼らは心のどこかで、艦娘という存在を理解し始めている事でもあると思えて、俺は強く伝えねばならないのだと吐き気を殺すように声を上げたのだった。

 意識は朦朧、というより、酩酊の方が近かったかもしれない。

 

「そうだ、それだ……その通りなのだ! 分かっているのだろう、諸君らも!」

 

『っ!?』

『閣下……!?』

 

「艦娘は兵器であり、兵器ではない! それを理解しているからこその劣悪な環境である! この国を見渡せばどこにでも転がっているような環境であるからこそ諸君らは気づかなかったのだ!」

 

 あっ、やばい吐く。だめだめ、耐えてまもる。吐いたらダメよ。

 大声を出してしまったおかげで喉元まで出かかったすっぱいような苦いようなものを呑み込み、拳でテーブルを叩く。

 がしゃん、とテーブルを叩いた衝撃で手元にいた妖精が飛んで俺の頭に着地。もっと着地場所考えろ! とんでもなく情けない絵面になってんぞ!

 

 あ、だめだ出る。出そう。うぷっ……。

 出てきちゃダメですぅ! と心の吹雪が必死である。

 

 俺はごくりと喉を鳴らしたあとに深く息を吸い込み、一息で言う。

 

「人間の命を部品として使えるのは、人間だけだ! 国や社会を守るためだと命を部品にして歯車を回して発展させる事を間違いだとは言わん。しかしそれは人ではなく、人間の所業だ! 我々は人間であると同時に、人だろう!? どうしてそれを忘れて国を守ることが出来ると思いあがれる!」

 

 どうしてか、俺はかつての職場の上司を思い浮かべながら熱く語っていた。

 ブラック、ダメ絶対、と。

 

「これは正義や悪などといった高尚な話では無い! 部下であると認識しているのならば態度を改め、上司らしく振舞え! 彼女ら部下に恥じぬように! 国民に恥じぬように! 命を預かる我々が命を部品にしてどうする! 一般の会社ですら命を軽んじるような場所はごまんとあるのに、唯一の存在である我々海軍がどうして軽んじることができようか! 我々が! 示さねばならんのだ! 人の在り方を! 未来へ残るやり方を!」

 

 ここまで言ってから、やっと収まりはじめた吐き気に安堵しつつ、額に浮かぶ汗を指で拭う。

 

「……取り乱して申し訳ない。しかし分かっていただきたいのは、兵器であれ、人であれ、我々の中にはそれを軽んじてしまう魔が潜んでいるという事だ。さらにはそれを正当化するために様々な理屈をこねくり回し、使い潰す知性がある。他の者へどう説明する? あれは仕方が無かった。いいや、これはこういうものだから。壊れたのだから取り替えた。作れるのだから乱暴に扱った。資源に限りがあれど、自分が使ったものはきっと別の誰かが補完するだろう。必ず……我々は、人のせいにする。私ならばこうした、普通はこうする、常識ではこうだ、と。そう言い始めたら、一体どこの誰が自分の潔白を証明し、環境を是正出来るというのだ」

 

『……』

 

 騒がしかったスピーカーは電源のコードでも抜けたのかと疑うくらいに静かだった。

 

「自分はしていないから。そう言って、自らだけは違うと主張し、目を背ける」

 

 ブラック企業に勤めていた俺だからこそ分かる。辞めたからこそ、分かる。

 劣悪な環境の改善を諦めたのだ。もうあれは是正出来ないと。

 

 さらにはその環境から逃げ出した。それが悪いとは今も思っていないが、必要なのは諦める前に是正を試みる事である。出来なかったのならば他の手段を考えねばならない。

 ……出来ない人達が集まって使い捨てられるからこそのブラックなんですけどもね。

 

 俺もまた、是正の方法を模索していたが、結局は分からず、命が無くなる前にと逃げ出したくちなのだから、どの面下げて生意気言っているんだと怒られてしまいかねない。

 しかも逃げ出したのに命が無くなってこの世界に来てるのだから説得力もへったくれもない。理屈はただの綺麗ごとで、必死さだけで訴えたって、軍人という超絶ブラックな立場を持つ彼らがそれを呑み込んでくれるなんて――。

 

『……閣下、ひとつ質問を』

 

「なんだ」

 

 難しい話はやめて欲しい。言い切っておいてなんだけども、あんまりに情けない事を必死に訴えていたのに気づいて今泣きそうだからさ。

 出来れば好きな艦娘と、好きな艦これBGMとかの話にしてほしい。

 

 ちなみに俺が好きな艦娘は――

 

『手始めに、何をお考えなのですか』

 

 あ、はい、すみません。環境是正の話でしたね。オッケーです。

 真正面から問われると、何から手をつけてよいのか分からないが……柱島に来た彼女らを基準に考えるなら……と、数秒の間を置いて俺は言う。

 

「……週休二日。ここから始める。無論、緊急時にはきちんと出動してもらうが」

 

『……はい?』

 

 あ、あれ? そういう話でしたよね? 違った? あ、あー! ごめんごめん、そうね、艦娘の環境改善だから、えーっと……そうだ、北上や大井達に頼んで実践してる事があるんですよぉ!

 建造されてすぐに海にぽーんと放り出すなんて危ないかもしれないし、練度だって低いと任務以前の問題だからさ、ね!

 

「週休二日はものの例えだ。環境の土台としてのな。艦娘を海軍の兵器として、かつ、我々の仲間として迎えるのであれば、艦娘に対する教育機関も必要になるだろう。彼女らは生まれた瞬間から意思を持ち、対話する事が出来る――即ち、知識を最初から持っているという事だ。ならば、その知識を現代においてどのように活かすべきかを我々が考えねばならん。諸君らが訓練し、勉学に励んできたように、彼女らを海で最強の艦にするには須く勉強させるべきだ。最小単位で言えば、海上戦闘の経験のある艦娘が、建造されたばかりの艦娘に対して、どのように戦えばよいか、など……現在で言えば、柱島泊地では軽巡洋艦北上、大井、練習巡洋艦の香取や鹿島が数の多い駆逐艦の教導にあたっている」

 

 モデルケースがあります! 大丈夫です! 適当に仕事してるわけじゃないんです! と示すことが出来れば、俺がブラック企業で使い潰された能無しであったとしても、多少は使える奴であると認識されて意見も通りやすくなるやもしれない。

 

 軍人達は小声で口々に何かを話しあっているようだったが、先ほどまで大音量で揺れていたせいかマイクが上手く音を拾ってくれなかったようで、スピーカーからは会話の内容が聞き取れなかった。否定的な内容だったらどうしよう……。

 

 井之上さんにお願いされたのだ……ここでくじけるなまもる……ッ!

 

「人にも時代にも、流れが存在している。戦況とてそうだ。流れを変えたいとは思わんか? 今がチャンスなのだ、この時こそが」

 

 仕事を取るのに必死で営業していたスキル――を、使い切ったあとの懇願がまさにこの状態である。仕事をください。商品を買ってください。最終的には目的を正直に伝えて頭を下げるのが営業の常である。

 

 ただしこの場において井之上さん以外の者もいるのに土下座なんて必殺技を放ってしまうと身体からいろんなものが出て来てしまいそうな上に、威厳スイッチもぶち壊れてしまうので、俺は握った拳から力を抜いて、人差し指を立てて言う。

 

「――諸君らが、この海軍を変えるのだ。井之上元帥や、私や、艦娘達とともに」

 

 もう会議はこれで終わっていいですか? さっきから、あの、スマホの方で大淀達が何か喋ってるみたいなんです。

 流石にそのままには伝えなかったが、俺も俺の仕事があるんで、すみません……という雰囲気を醸して言う。

 

「仕事が残っているのでな。先に進ませてもらうぞ」

 

 それじゃ、とパソコンに立ちあげられていた会議用のソフトを閉じようとしたとき、井之上さんに待ったをかけられる。

 

『海原、もう少しだけ待て』

 

 スマホからは相変わらず大淀達の会話がうっすらと聞こえてきていた。

 

 おそらくは金剛達が軽巡棲鬼と戦闘しているのであろうが、耳をすませば確かにヘイヘイヘェエエエエエイ! とハイテンションな金剛の声も聞こえてくる。可愛い。

 金剛型は四隻揃ってこそだよな! とは、アニメで彼女らが手作りの舞台に立って歌って踊っていたのを見たからで深い意味は無かったが、高性能かつ高火力な彼女らの事だ、連合艦隊も組んでいるので万が一があっても撤退は出来るだろう。詳しいところは、大淀からの正式な続報を待つしかない。

 

 会議の途中だったが、一度マイクをミュートにしてから、俺はスマホに向かって言う。

 

「大淀、聞こえるか」

 

《ザザーッ……こちら大淀、聞こえます提督》

 

「そちらの海域にどのような深海棲艦が出るか分からんが、もしも軽巡棲鬼以外で人の形をした深海棲艦が出現した場合は最大限の警戒を以て戦闘してほしい。これに確証は無いが、深海棲艦についてすべてが解明されているわけでもない今、軽巡棲鬼がどのような敵を呼び出すかも分からん。物資に余裕があり、なおかつ水上打撃部隊の損耗が少なければ、そのままトラック泊地より東へ向かって周辺に深海棲艦がいないか捜索をしてくれ。何も無ければそのまま帰還していい」

 

 軽巡棲鬼――艦隊これくしょんにおける中ボス的存在は基本的に多くの駆逐艦や軽巡洋艦、潜水艦を連れてくる。

 重ねて言うが、中ボスである。彼女はボスではないのだ。

 確実とは言えないまでも、ボスとして姫級と呼ばれる存在が出たって何らおかしくはない。故の忠告。

 

 大艦隊を組んだのは、勢いあまって、という所もあるが、俺の心配性が功を奏したとも言えよう。

 ゲームでは考えられない数の敵と戦っているというのだから、過保護もあながち間違っていなかったというわけだ。

 

 もう大淀だけでいいんじゃないかな……としょんぼりしてしまうくらいに素晴らしい働きを聞かされている身としては立つ瀬がない。しかし、自分を胸中で叱咤しつつ、俺が出来ることはなんでもやらねばならないし、知っている事はなんでも伝えねばならないと、ぼやける頭を必死に働かせて現実とゲームを擦り合わせた場合に考えられる危険性を伝えた。

 大艦隊だから撤退出来る――というのもまた、驕りに繋がる可能性がある。

 

 言葉こそしっかりしたものだったが、要は「気を付けてね!? ほんっとうに気を付けてね!? 何があっても逃げろよ!? 何もなかったらすぐに帰れよ!? いいな!? 艦娘がいないとかまもるの存在意義も価値も無くなるからな!?」ということである。情けなくてごめん。

 

 それからマイクのミュート機能を解除し、会議はまだ続くのか? と問う。

 

「それで、他に議題はありますか、井之上元帥」

 

『……いいや。無いとも』

 

「でしたら――」

 

『海原よ。作戦の進行具合を報告してくれんか』

 

「ひぇっ……」

 

 思わず変な声を上げてしまう俺は咳払いでそれを誤魔化す。

 井之上さん! 味方じゃん! 井之上さんは味方だったじゃん!

 何で唐突に俺を追い込んでくるんだよッ!! こんの……ッ!

 

 だめだボキャブラリーが貧弱すぎて悪口の引き出しがねえ!

 

 と、慌てている俺の頭上で、妖精がぺしぺしと軍帽を叩く。

 

『ちゃんとつたえてあげて』

 

 あっはい。

 妖精にすら諭されるまもる。これでも大将である。

 

「……失礼。現在、金剛型戦艦を主軸にした水上打撃部隊が深海棲艦の殲滅を行っています。相当数との戦闘になることを予想しておりましたので、水上打撃部隊の航空支援に空母機動部隊、さらには継続戦闘のため物資輸送部隊を編成して作戦を遂行しておりますが――特に、問題は無いかと」

 

『問題はない、か……それだけの大艦隊を動かしているのだから、問題が起きようはずもない、とも聞こえるな?』

 

 その通りですけど? とは言えない。怖い。

 しかしここでまもるの艦これ知識と言い訳スキルが発動する。

 

 井之上さん……俺の素性を知ってるんだから、あまり試すような真似をしないでくれ……! 別の意味でお腹痛くなるから……!

 

「かつての軍艦とは違います。今や彼女ら艦娘は、小柄でありながらも人知を超える戦力を有しており、司令塔さえあれば連帯することが可能なのです。見ていただきたいのは作戦の内容などではありません――彼女らの本当の強さです」

 

 主題である軽巡棲鬼など艦これにおいて周回するようなやべえ提督達の玩具だった。その一端に俺もいた。

 故に勝てる、などと油断するつもりは無いが、彼女らは深海棲艦に勝利するだろうという確信があった。練度、兵装、コンディション――全てにおいて縛りの無い世界ならば、きっと彼女らは――さらに輝くはずだと。

 

『しかしだな海原、西日本全体に警報が鳴ったくらいには国の一大事で――』

 

()()()()が一大事なのですか?」

 

 反射的に漏れた言葉に、あっ、と思うも、せっかく静まった会議室の映像が一瞬乱れるくらいにざわめいてしまう。

 井之上さんだけは、俺をいじめがいのある部下だと思っているのか、これは被害妄想だが……それくらいに瞳を輝かせてテーブルに手をついて身を乗り出しながら言う。

 

『お前は……か、彼女らは勝てるのか! 深海棲艦に!』

 

「当然です。彼女らは深海棲艦を倒せる存在なのですから、勝てねば嘘になりましょう」

 

 そういうもの、というあんまりな認識だが、それ以外に表現のしようがない。

 そこに指揮官である人間が多く集まっているのだから、一時的に撤退するようなことがあっても、覆せないくらいに負けるなんて俺は想像できないのだった。

 

「それに、艦娘を指揮する人間がここに多くいるではありませんか。ですから、私は言っているのです、流れを変えるのは今しかないと。誰も先頭に立たないのならば、私が立つ……それだけの話です」

 

 最初の話に引き戻して、じゃあ、俺はこういう結論だから! と押し付ける。

 社畜の最低な秘技――自分がそれするんで、他はよろしくお願いします――の呪言である。

 

 こうすることによって無駄な仕事を押し付けられる前に「俺はこの仕事やってるんだから、他はお前らがしろよな」と他の社員へ仕事を割り振れるという、社会人としてお前ギリギリだな、という技。

 視点を変えれば、自分がやるべき仕事と、他の者がやっても問題の無い仕事を判断しているだけなのだが、人の気質は難しいもので……俺や同期はそうする事で互いを削り合ってギリギリを生き抜いていた……互いに傷つけあっても、いい事なんてひとつもないのに……。

 

 いかん、悲しくなってきた。元気出せまもる。

 

『閣下のお考えは、分かりました』

 

 井之上さんに代わり別の軍人が声を発すると、全員がこちらを見た。

 

『――正式な決定には多少の時間が必要になりましょうが、私は閣下のお考えに従いましょう』

 

「そ、そう……か……」

 

 これ、納得してもらえたっぽい……? と恐る恐る言えば、他の者も同様に頷いていたのが見えた。

 

『体制の大幅な変更はメディアどころか国民の不安も煽るものですから、叩かれましょうな』

『官僚らから嫌な顔をされそうです。まったく、酷い仕事だ』

『しかし閣下だけを矢面に立たせて傷だらけにしようなどとは、海軍の名が廃ります』

『なに、協力体制を敷く陸軍の方にも矛先を向けてやればいい』

『はっはっは、それは名案かもしれませんぞ。どうでしょう元帥』

 

『一考の余地はあるな。的を分散させるのは、あながち悪い案ではない』

 

 ……違うよ? ねぇ、皆、あのね?

 人のせいにしちまえ! っていう意味じゃなくてね……?

 

『ふむ……まずは出頭命令が出ている楠木が戻って来るか否かでありますなあ』

『出頭命令無視となれば除籍の可能性が高まります。嫌疑如何によっては……』

『だが、南方から折り返しは無いのだろう。この状況下でなければ出頭命令に即時連絡が無いなど、ありえんことだぞ』

『やる事が山積みですな。楠木、八代……それから、舞鶴の方にも陸軍の法務部中将から出頭命令が出ているのでしたな』

『艦政本部の調査、楠木らの出頭、軍議。それから現在の作戦の完了を待って――軍部の体制変更……これは、数年がかりの大仕事になりましょう』

『これでは家内に叱られてしまいます。仕事にかまけるなと』

『男など、どうしようもない生き物ですからな。頭を下げるしかありますまい』

『で、ありましょうなあ』

 

 待って待って。和やかな雰囲気になるのやめて。まもるだけ話についていけてないから。

 しばらくは俺を置いてけぼりにした状態で軍議が続いた。俺? 黙ってたよ。ずっと。

 

 そんな時、隣でなにやらメモを取っていた長門が、とんとん、と俺の肩を叩いた。

 振り返れば、一枚の紙切れを渡される。そこにはずらずらと深海棲艦の名前が書いてあり――

 

「殲滅が完了したようだ」

 

「……そうか」

 

 ――マジかよ。これ以上、俺を置いてけぼりにするのやめろよ。

 俺は閉じられた軍議の扉をこじ開けるように、よろしいか、と低い声を出した。

 

「たった今、深海棲艦の撃滅が完了した報告が上がった」

 

『なっ……はい……?』

『まだ一日しか経っていないのですよ閣下! 本当に目標を撃沈したのかどうか――』

 

 ええい! うるさいうるさい! 艦娘が倒したって言ってるんだから倒したんだよ!

 なんて言っても信じてもらえるわけが無いのは百も承知。きっと大淀もそうなる事を予見していたに違いない。迅速に長門へ報告して、それを俺が受けて上席の井之上さんへ伝える。

 

 どう見ても完全にただの伝言役です。本当にありがとうございました。

 

「駆逐艦、イ級後期型三十二隻。ハ級十五隻。ニ級十三隻。軽巡洋艦、ホ級二十五隻。重巡洋艦、リ級八隻。潜水艦、カ級十隻。特殊個体、軽巡棲鬼と呼称しているものが、一隻。合計で百と四隻の撃沈が確認された」

 

『ひゃく……!?』

『な、う、嘘だろう、そんな数、大侵攻で一部沿岸に迫った数と、同等か……それ以上の……』

『すぐに各所へ連絡を回せ! 閣下の艦隊が撃滅したと!』

『警報レベルの引き下げを――』

『少し待て! まだ警戒は解くな! 残存勢力がいないとも限らん!』

『しかし百隻だぞ!? 百隻の深海棲艦を、ものの一日で……!』

 

『ふ、ふふ……』

 

 これでは完全に俺が仕事していないではないか! と、大淀達には申し訳ないが、最後の見回りくらいは俺が指示したんだと示すために言った。

 それと井之上さん笑ってるの見逃してねえからな。絶対に後で青葉にチクってやっからッ!!

 

「その他の拠点では対処しきれん可能性があるので、艦隊を周回させ、残存勢力の確認を急がせます」

 

 しかし、やはり俺がした仕事ではないために良心の呵責に苛まれてしまい、素直に付け加えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「諸君――これが、艦娘本来の能力だ」

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