あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─【チラ裏版】   作:つきしまさん

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間違えて正規版へ投稿して焦る(´・ω・`)

前に投稿した仮版は6000字ちょい

+12000字加えたのが仮投稿2バージョン

次も似たような感じです


第12話

「今、君は起きたばかり、少しづつ、少しづつ慣れていこう」

 

 電子ノイズに混ざる波長パターンは揺らぎを示した。その電気信号の波でしかないものに「意思」があった。   

 彼は自らの内のコクピットに座るリズエラに焦点を合わせた。顔を認識し全知覚でリズエラを【視た】。

 白いパイロットスーツ。AEのロゴが入った最新のデザインがリズエラの身を包む。

 見られていることを意識しながら、ノイズ交じりの波長が同調してリズエラは「彼」の言葉を聴いた。

 

(──マーマ?)

 

 それは人の世界における母という存在を覚えた意思が発する言葉であった。

 非常に高度な知性にも似たものがマシンの中で生まれたのはつい先日のことだ。

 その「言葉」を聞くことができる人間は現実世界に存在しない。

 大気に流れる微量な電子から、あらゆるデータを読み解くファティマがその電子波を感知し脳波を同調することで「言葉」として認識することができる。

 マシンはリズエラの意思を受けて覚醒する。彼はすぐに外の世界の情報を収集し始めた。

 搭載された教育コンピュータに蓄えられたデータはすべてリズエラが打ち込んだものだ。彼にとってリズエラは母であり、先生であった。

 

「──さあゆっくりと目を開いてみよう。私が見るものを君も見る」

 

 RX-78はその視界を外に向けて開いた。周囲の空気を振るわせる音が工場内に響き渡る。

 センサーとカメラが同期してメサイアと同じ全方位視界のコクピットに外の世界が映し出される。

 彼にとっては初めての外界だ。

 細身の体を座席に沈みこませてマシンと意識をシンクロさせることにリズエラは集中する。同期した教育コンピュータに次の指示を下す。

 

「解析──解析!」

 

 ハロ二号機が実験データ収集のため主座席脇に用意した端末席に設置されている。

 リズエラと同期したRX-78に伝達される脳波を読み取り、ブレイン回路をハロの記憶媒体に形成する。

 ハロは脳波コントロールの媒体であり増幅器でもあった。パイロットの指示を受け取り、その脳波を利用してマシンをコントロールする。

 複雑化するMSのコントロールを制御することだけをハロは考える。

 パイロットの微量な脳波にベクトルを持たせ、速やかな運動を可能とする。

 ハロがなければMS従来の操縦システムでコントロールすることになるが、反応速度が増した機体をより円滑に動かすには脳波コントロールは不可欠なものとなっている。

  

 人をはるかに超えた反応と入力速度を示すリズエラにハロは無用だが、連邦軍から選出されたテストパイロットが来るというのでデータ取りに協力している。

 普通の人が「彼」を動かすのは少し大変だ。パイロットたちは教育コンピュータとハロの助けを必要とする。

 

「歩く練習を始めよう。初めは仮想シミュレーター。空気の抵抗に重力があるよ」

 

 初めて地面に立つマシンは戸惑う。その意思が伝わってリズエラはバランス制御のプログラムに微量な調整を加えた。

 操縦とプログラムの変更を同時に行うのだ。

 

(わっ!? )

「平気、一歩ずつ歩こう」

 

 RX-78のメインカメラが仮想空間に連動して接続されている。リズエラの調整によってほぼ現実の稼働体験同様のデータを教育プログラムに転送中だ。

 そのデータを同時に見るのは博士チームである。

 

「同期は完璧ですね」

「立ち上がりが遅い」

 

 モスクの傍らでクリスが呟く。容赦がない、とモスクはRX-78のコクピットに座るリズエラのモニタを見る。

 

「出来上がったばかりのシステムと機体にお嬢ちゃんも手間取ってるんだろう」

「彼女ならもっとうまくやれます」

「うん、そうだな……」

 

 トレノフが差し出したコーヒーのカップをクリスが受け取る。

 RX-78は仮装甲のデータをまとい重量も増して完成に近い姿で大地に立つ。機体にかかる負荷も現実と同様の数値を示す。

 初めの一歩を歩き出し、急速に送り込まれる膨大なデータをハロがフル稼働で解析する。

 リズエラはハロのサポートをしながら、そのプログラムに変更を加え、ガンダムが可能な動きのすべてを再現し教育コンピュータに覚えこませていく。

 MSの動きを最適化する。その基準はリズエラではなく、人間のパイロットのフォーマットにしなければならない。

 テストパイロットのデータは連邦の技官から受け取っていた。「彼ら」の能力に合わせた基準で仕上げを行う。

 

 手順はメサイアの時と同じです。初めてメサイアが起動した頃は博士と私もノウハウがなかったから少し大変でした。

 今ではメサイアも立派なお兄さん。弟ができて喜んでる。インダストリアル7時代からこのシミュレータも進化しました。

 

 その進化を促したのもリズエラによるところが大きい。あらゆるマシンとの同調を示すファティマの能力がこの時代の未成熟な技術の発展を促すものとなる。

 それはシミュレータ用のマシンに留まらず、あらゆる分野に転じることができるものであった。

 三人の博士たちがテスト中のRX-78を見守る。                                                       

 仮想空間の中で動くRX-78にトレノフが指摘しモスクが相槌をうった。クリスはあまりにも滑らかな機動をする機体に真剣な眼差しを注ぐ。

 

「次は無重力」

(うんっ!)

 

 ──ム―バブルフレームの実験機体となったメサイアのデータを取り込んだ最新のデザインをテム・レイが描き出した。

 マーサ・ビストがインダストリアル7から手土産に持ち込んだ、メサイアのム―バブルフレームの祖組骨格がその基盤となっている。

 アナハイムの基礎技術外にあるム―バブルフレームの運用は、メサイア開発に携わった技術陣を連れてくることで技術的問題の解決にあたっていた。 

 脳波コントロール・システムはコクピット周りのみの配置だ。

 メサイアのシンクロナイズド・コントロール・システム(S・C・S)はフレームにまでサイコミュ伝達機能が施されているが、RX-78はよりシンプルに機体のみのコントロールに重点が置かれている。

 

 各駆動系の稼働伝達に特化されていて、モスク・ハン博士のマグネット・コーティングの技術理論を用いることで、脳波コントロールによる機体の摩擦係数をほぼゼロコンマの領域に高めることに成功していた。

 メサイアが抱えていた、脳波コントロールによる機体の限界値稼働の問題はここでクリアされることとなった。

 最大出力のフル稼働で機体のフレームが歪み損壊するリスクからメサイアには稼働リミッターが設置されている。

 RX-78にも段階的なリミッターが設けられているが、トレノフ・ミノフスキーが細やかな調整を加えることでパイロットの力量に応じた力に設定される。

 

 そのエンジンのパワーは、クリス・マリアのエーテリアル・キャタライザーによって従来のMSをはるかに上回る力を生み出している。

 連邦が所有する初めてのガンダムは宇宙最強に相応しいモビルスーツとなって送り出されることになるだろう。

 メサイアと異なる設計思想を持つ機体は、四人の博士によってバランス調整が施され、実験機一号にしてすでに完成系に近いものとなって生み出されようとしていた。

 RX-78の指揮を執るテム・レイは三人の博士がいるラボではなくハンガーで忙しく走り回っていた。

 

「ニムエ、メサイアとRX-78の同期は終わっているのか?」

『はい、終わっています、レイ主任』

「うん」

『そういえばテストパイロットの人たちが来るんですよね? どんな人たちですか?』

「優秀だよ。今日到着する予定だが……」

『歓迎会しましょう』

「歓迎か……そうだな。悪くない」

『これ終わったら準備しますね』

「頼む」

 

 RX-78との同調模擬テストのためメサイア二号機に乗るニムエとの通信を切り、テムはRX-78の図面と向き合うとため息をついた。

 新しいプランの計画書がすでに仕上がって目の前にある。アナハイムの上層部も知らない新たな設計図である。

 

「ナガノ博士には毎回驚かされる……これほどのものをどうやって……」

 

 自らがこれまで培ってきたものを他の誰かに出し抜かれたという衝撃は、若干一八の娘に抜かれたという妬みよりも驚きの方が勝ったといえよう。

 彼女だけではない。師と仰いだミノフスキー博士までがこの計画に加わることとなった。

 メサイアに使われた技術の片鱗でも我が身に身につけようと勉強の日々となった。ただ求めるがままにどん欲にその知識を頭脳に詰め込んだ。

 そしてテム自身もあのディスクの存在によって、この時代にはあり得なかった発想の産物をMSに組み込むことになった。

 マシンと繋がるもう一つの頭脳となる存在。ハロにその運命を委ねることとなる。

 

 ジオンが秘密裏に開発中のサイコミュ搭載型のMSは、機体の大型化からモビルアーマー(MA)と呼べる巨大なサイズとなって一年戦争半ばから登場することになるが、この時代の連邦にはその技術すら知られておらず、ましてアナハイムですら未知の領域だ。

 連邦とアナハイムがサイコミュ技術関連に手を付けるのは、ジオンの侵攻を受ける一年戦争最中のことで、ニュータイプの目覚めを受けたアムロ少年が白いガンダムに搭乗し、数々の軌跡を描いた後のことだ。

 

 それに先んじてMSサイズに脳波コントロールのシステムを組み込んだクリス・マリア・ナガノの知識と技術力はどこから得たものであろうか?

 別宇宙より飛来したモータヘッド・ブラッドテンプルの解析情報をすべて灰色の脳に収めた彼女だが、その中にサイコミュに至る技術の片鱗があったのか?

 従来のモノコック構造、フィールドモーターを遥かに上回る機体構造体とエンジンの開発、どれをとっても遥か先の技術であることを示す。

 

 この世界よりも技術力の進んだ世界から突然抜け出してきたかのような感覚と言えばいいか。   

 メサイアの姿もその形になるまでに開発の歴史があったはずだが、そこだけすっぽ抜けてここに存在する。

 まるで異世界から漂着したオーパーツだ──もしくは全く異次元の技術や知識を外の世界から託されたのか?

 現実的ではない、妄想ともいえる思考にテムは苦笑いする。

 だが現実にモーターヘッドは地球に飛来しアナハイムの秘密のベールに隠された。解体されたブラッドテンプルは今も極秘のシェルターで眠り続けているはずだ。

 アナハイムとビスト財団の力を注ぎ込むほどの価値があったことは確かだ。その大きすぎるほどの力を自分たちは扱おうとしている。

 

「戦争の抑止力となりえるか……それとも恐怖を振りまく存在となるのか……」

 

 核兵器のように──かつての兵器「核」が辿ったのは恐怖と地球汚染の道だ。それは今もなお現存し、人類を抹殺する道具として存在する。

 テムは不吉な考えを振り払って作業する工員に指示を下す。

 

『リズ、限界値まで』

「──了解」

 

 コクピットにクリスの指示が響き応えを返した。

 リズエラとRX-78は仮想空間の中だが、本物の機体は博士たちがいる部屋から見下ろせるハンガーデッキにある。

 建造途中にあるモビルスーツのフレームはむき出しで無骨な鋼鉄のボディを冷たい空間にさらしている。

 機体には第一装甲さえ取り付けられていない。標本の骨格のようなム―バブルフレームの外見をさらしRX-78「ガンダム」が横たわっている。

 その下で数多のむき出しのチューブが伸びている。そこにはガンダム・プロトタイプ01の調整に勤しむ人々の姿があった。

 リズエラも見慣れたインダストリアル7の開発チームの面々だ。中心となるコクピットの中でリズエラがRX-78に語り掛ける。

 

「最終テスト。メサイアをセットアップ」

 

 仮想空間にメサイアのデータが召喚されてもう一機のMSが対面に現れる。大昔の騎士のような甲冑装甲にも似た姿に彼の動揺を感じ取る。

 スマートな装甲に身を包むRX-78とメサイアとの対比が際立っている。それが大人と子どもが対峙するような臆病さを彼にもたらした。

 マシンがマシンに恐怖する。その感覚を共有するのはリズエラだけだ。他の誰もそんな言葉を真剣に聞く者はいない。

 長い付き合いのクリスやニムエでもその感覚は理解からは程遠いものだ。

 

「準備はいいかな? お兄ちゃんをやっつけよう!」

(怖い……)

 

 マシンから伝わってくるのはピリピリした怯えの意思だ。それをリズエラはなだめる。彼の自我は幼児にも等しい。

 マシンの「感情」は機体スペックに直接影響するものではないが、微弱なエンジン波動の変調を感じる。

 感覚でマシンの心を直接感じ取れるファティマにとって、「彼」を安定させることは自身の能力を安定させるのに必要なことだった。

 メサイアは完成されたマシンだが、彼はまだ生まれたばかりで不安定になりがちだ。

 

「ニムエ、RX-78のスタンバイ完了」

『了解、いつでも行けますよ』

「この子、メサイアに怯えてる」

『ふふん? じゃあ私が勝っちゃうかもしれないですねー』

「そうはならない。一五秒後に戦闘開始」

『はーい』

 

 ふとニムエへの対抗心が浮かび上がってリズエラは通信を切る

 

「対抗する手段と作戦がある。君は「彼」よりも動くことができる。パワーで考えない。思い切っていこう」

(どうする? どうするの?)

「それはね──」

 

 リズエラの言葉の後、両機は大地を蹴ってぶつかりあっていた。

 

 

 正午の日差しが定期的な影を町中に作り出す頃、開発地区に入り込んだエレカーから降りたのは連邦軍の制服を着た二人の士官たちだ。 

 彼らを出迎えたのは二人よりも高位の高級将官だ。思ってもいなかった歓迎に二人は即座に敬礼を返した。

 このような場所にいるのは違和感を覚えるような人物だが本物だった。

 

「貴官らを歓迎する。よく来た、ここが最前線だよ」

 

 そう言って口元を歪ませたゴップ将軍を前に二人は敬礼を崩さない。

 ジャブローのモグラとも暗喩される人物が辺境のサイド7にいる。

 地球連邦軍統合参謀本部議長という肩書を持つゴップがこの計画の事実上のトップということを示している。

 これから二人が就く任務の重要性を考えれば当然という考えにたどり着くのだった。

 

「来たまえ、案内しよう。君たちが乗るモビルスーツを見せよう」

「は……」

 

 二人は顔を合わせてゴップの後に続いた。

 厳重な警戒態勢と警備の厚さは通常の軍基地を上回るものだ。

 

「中尉、こりゃあアリ一匹侵入できそうもないな」

「そうですね」

 

 ささやく大尉に若い精悍な顔を向けて中尉は返す。

 通り過ぎた門の警備に立つ強面の兵士が油断なく見張っていた。

 

「ここからは重力がないぞ」

 

 施設の奥部に入り、出た回廊の壁際から見えるのは仮想起動実験中のRX-78だった。その下で多くの人々が動き回っている。

 

「これが新型のモビルスーツか……」

 

 初めて目にするMSを見下ろして中尉が口にする。連邦軍に配属されたガンキャノンとはまったく異なる機体がそこにあった。

 マグネットの靴底が金属音を立てる。無重力の空間から肉体を地面に繋ぎとめている。それはとても人を不安定にさせる感覚だ。

 

「RX-78。ガンダムが正式名称だ。ジオンのザクを遥かに超える力を持っている──」

 

 ゴップの説明を受けながら二人は身を乗り出すようにガンダムを眺めた。

 

「装甲もまだついてないのか?」

 

 手すりに手をついた大尉が見下ろす。中尉よりもニ、三歳上でひげも蓄えているので実際より五つは老けて見えた。

 

「ガンキャノンとは全然違うな。フレームの構築がまったく異なる。あれでザクよりも早く動けるのか?」

「ザクを撃退した機体をベースにしているそうですから、間違いなく最新ですよ」 

 

 メサイアに関する情報を大尉に返した中尉が通路の先から歩いてくる人物に注意を向けた。大尉も気が付いて顔を上げる。

 ヘルメットはかぶっていないがAEのロゴが入ったスーツを着ている。

 

「テム・レイ主任。彼がガンダム開発の責任者だ」

「あなたたちがケンプ中尉にヴェルツ大尉ですね」

 

 ゴップから紹介され、テムから差し出された手にケンプが反応してヴェルツも順番に握手を交わす。

 

「よろしく」

 

 軍人特有の力強い握手からテムは手を離す。

 

「連邦軍のエース二人にお越しいただき光栄です。RX-78の調整は万全の状態です」

「もう動けるのかね、アレは?」

「ええ。テスト調整さえ終わればじきに」

 

 ゴップが満足げに頷く。

 

「我々は共に戦闘機乗りですが、ガンキャノンでのシミュレーション訓練と実機訓練は地上で終えています。宇宙での実機体験はまだですがね。鉄騎中隊がやられてなけりゃ声はかからなかったかもしれん」

「自分は志願しました。ジオンのモビルスーツは脅威です」

「そうですか、私は月での戦いの現場にいました。戦死された方たちは無念なことでした」

 

 哀悼の言葉をテムが表す。

 

「ジオンのザクも見ました。ザクのデータを収集しての分析もしました」

「ケンプ中尉は技術士官でもある。役立ててほしいな。ヴェルツ大尉もだがね」

 

 ゴップがどうだ、という顔でテムを見る。それにテムは頷いて応える。

 

「希望通りの人材です。ご配慮感謝します、将軍」

「うん、紹介は済んだことだし、私はもう戻らねばならない。後は頼む。ジャブローに降りるのでね」

「お気をつけて」

 

 ゴップが役目は終わったと退場し、三人は見送った。

 実直なケンプに少し口が回るヴェルツ。案外悪くないコンビかもしれん。異なる性格のパイロットであることが望ましいと打診していた通りの人材だ。

 ハロとテストパイロットの相性と動作のデータを採集するのもテムの仕事の内である。

 

「ここにあるのはRX-78のプロトワンだけですが、プロトトゥーは組み上げラインを抜けて明日にでも動かせるようになるでしょう」

「プロトワンは動かせるのですか?」

 

 ケンプが問う。今の形でも動かせるのかという疑問である。

 

「ええ、今仮想シミュレーター実験が終わったところですが、そのデータを基に装甲を形成して取り付けます。プロトトゥのハンガーアップと同時に行いますので、お二人には搭乗テストを行ってもらいます」

 

 ケンプの問いにテムが返事を返しRX-78のコクピットに目を向ける。

 

「パイロットが乗っているのですか?」

「教育のためのパイロットが入っています」

「誰が乗っているんだ? おたくの技術員か?」

「いえ違います彼女は──」

「彼女?」

 

 テムが答えかけたところでRX-78のコクピットハッチが開いた。その挙動に三人の視線が集まる。

 その中から飛び出してきた球体が空中で弾みを止めた後、地面を弾みながらテムを認識して跳んだ。

 

「何だ?」

「わっ?」

 

 ケンプとヴェルツが思わず後ろに下がってハロを通す。

 

「ハロ!」

「おお、データの解析は完了したか?」

「した! した!」

 

 ハロを受け止めたテムにハロが返す。

 ふと風を感じてケンプは突然現れた存在に心を惹かれるのを感じる。それは柔らかい風となって三人の前に現れた。

 細身の白いパイロットスーツに身を包んだリズエラが重力のない通路を漂って二人の士官の間をすり抜ける。 

 風は香りを運んで殺風景だった世界が突然色づく。 

 ふわりとテム・レイの前でリズエラは着地してみせる。手には自分の紫のハロを抱える。

 

「リズエラがメサイアのパイロットです」

「初めましてリズエラ・カーバインです。連邦のテストパイロットの方々ですね」

 

 二人に向き直って挨拶するリズエラを呆気にとられた二人が迎えた。

 妖精のようだ──

 現実に存在する妖精のような少女に二人は一時言葉を失った。彼女から発せられた言葉さえも奇跡のようである。

 

「ウィリアム・ケンプです」

「エルヴィン・ヴェルツだ」

「ケンプ中尉とヴェルツ大尉」

 

 名乗りあう二人にリズエラは軽く会釈で返し、名前を呟く。紹介されずともすでに名前も顔も知っていた。

 話に聞いていたテストパイロットが来たからにはもう自分はお役御免である。

 

「新しいスーツはどうかね?」

「オールクリア。耐圧性は一二%上がってるけど、ガバガバ」

 

 とがった唇が不満の文字でテムをジト目で見る。テストついでに新しいスーツの試着をしたが評判は最悪と抗議する。

 

「うん、そうか? サイズは問題ないはずだが……」

 

 一般人類の体型を基本とするため通常規格のスーツはリズエラには適用できない。ファティマの体型は一般女性より遥かに華奢なのだ。

 

「シャワーを浴びたいデス。もー脱いでいいですか?」

 

 汗をかいて不快と眉を寄せるリズエラの横顔を男たちは眺める。そんな顔でさえも美しさに陰りはない。

 

「ああ、構わんよ」

「もう行きます」

「ああ、ありがとう。リズエラ」

 

 リズエラは軽く跳んで通路の向こう側に行くグリップを握った。

 

「レイ主任、彼女は……カーバイン家の?」

「会長のご養女です。まだ学生ですがアナハイムの開発事業に参加なされています」

「才色兼備、というやつですか?」

 

 扉の向こうにリズエラの姿が見えなくなるまでケンプとヴェルツが見送った。

 スーツ部屋にたどり着きようやくリズエラは少し機嫌を直した。

 スーツは脱いで放り出され、部屋と隣接したシャワールームに熱い飛沫が落ちて汗をかいた体を洗い流す。

 シャワー室を出たリズエラがハロを拾い上げる。

 

「ねえ、ハロ、出かけよう」

「出かける、出かける!」

「アムロに会いに行くの。みんなには内緒ね」

「内緒、内緒!」

 

 紫のハロがピコピコ目を光らせて返事を返すのだった。

 

 

「よし、開けるぞ」

 

 取り外したハロの外装が机に並ぶネジの隣に置かれた。机にはコンピュータのモニタに工具箱と所狭しといった状態だ。

 散らかる部屋は足の踏み場もない。気が付けばこの状態になってしまう。

 

「──やっぱりメモリが増設されてる。少し重くなったと思ったんだよね」

「体重気にする、失礼! 失礼!」

「気にするような体形じゃないだろ。まん丸だしさ」

 

 ハロがアムロの手の中で抗議する。「うるさい」と電源スイッチが切られハロが沈黙する。

 

「言うことまで生意気になってるし……こんなのスペック過剰だよ」

 

 開いたハロの複雑に絡み合ったコードは新たに埋め込まれたものだ。

 市販のハロはこんな作りではない。もっと単純化されていて安っぽい感じだ。買ってもらった当時、すでに解体して機能は把握している。

 それが今やおかしいくらいハイスペックだ。

 小型化された高性能なメモリ。

 増設された謎の回路。

 アムロでもよくわからない代物だ。

 

「父さんに渡すとどんどん魔改造されてくよな、お前……」

 

 子どものおもちゃにしては高価すぎる最新のものが取り付けられている。

  

「……ここ、ブラックボックスになってる。何だろうな?」

 

 コンピュータに繋げたハロのデータを照合しながら改造されている部分を解析しようとするが失敗する。

 

「こいつじゃ演算スペックが足りないのか……グレードアップするしかないけど、お金がなあ……」

 

 機械であればなんでも解析するのは子どもの頃からだ。技術屋のお父さんに似たのね、と小さい頃に母からよく言われた。

 その似ているという言葉は、母と父が離れる原因ともなったことを考えられるようになってからはつらい類似点ともなっていた。

 その共通点も親子関係の距離を縮めることにはならなかった。テムは自分の仕事で家庭をかえりみない。

 モニタに連動させたハロの図解が細部まで展開する。

 

「これがこうなって……脳波コントロールがここで繋がってるんだな……でも、何のための回路だろう? 別のシステムに繋がる大きな回路がある」

 

 アムロは知らずにテムのシステムの重要な部分に触れていたが、それが何かであることかを知る前に呼び鈴が鳴っていた。

 初めは気が付かなかったが三回鳴らされてようやく気が付いて立ち上がる。

 

「うん? 誰だ……」

 

 玄関の扉を開く。フラウ・ボゥかな? と予測していた人物ではなくアムロは言葉に詰まった。

 

「こんにちは」

 

 明るい栗色の髪は耳元までのショートカットにバイオレットの瞳の少女──その目と近い色合いの紫のハロを胸元に持つリズエラがいた。

 可憐にほっそりとした体に特徴的なマントを羽織った姿。服装からしても彼女は特別な存在のように思えた。

 事実、アナハイムの会長令嬢という立場は、彼女がこの世界では支配階級の位置にあることを現している。

 アナハイムのお姫様──そんな言葉も彼女にはぴったり当てはまるだろう。

 以前のモスクの歓迎会で一度会ったきりだ。それに相手は高校生。共通の会話などどう探していいのかもわからない。

 

「あの……えと、何ですか? 父もモスクさんも職場で」

「知ってる。君に会いに来た」

「え?」

 

 まっすぐにこちらを見て言う少女に戸惑いの声。アムロの戸惑いは引っ込み思案な態度となって内気な顔を覗かせた。

 彼女はフラウ・ボゥとはまた違う。どう扱っていいのかよくわからない。同級生の気安さが通じない。

 

「じゃあ……」

「君のハロ見せて」

「ハロ? いいけど……」

「入るね」

 

 アムロが言葉を選ぶ前にリズエラが家に入っていた。

 

「どうぞ、散らかってるけど」

 

 慌てながら何でもないと体裁を取り繕い、その横顔を眺める。

 近くで見ると知っている女の人の誰とも違う。

 端正に整った小さな顔、目の色はすみれ色? っていうのかな? すらりと伸びた手足、着ている服まで違う世界の人間みたいだ。

 

「ううん、片付いてる」

 

 リズエラが室内の様子を観察して感想を述べる。

 

「まあ、そうだね。モスクさんがだいたい片づけたんだけど……」

 

 家の中を完全な形にしたのはモスクの手柄だ。ああ見えて几帳面なタイプらしく、ごみの類はゴミ捨て場に残らず送られ、毎日掃除マシンが稼働できる状態になっている。

 アムロの自室は除いてだが。

 

「ハロ、おいで、お客様だよ」

「ハロっ! お客様っ! キュート! キュート!」

「うるさいっ! うるさい!」

 

 アムロのハロがリズエラのハロに電波を飛ばす。二機が交互に弾みながら転がっていくのを見送った。

 

「あなたのハロ、賢いですね」

「君のハロの方が賢い。脳波干渉にすごく過敏」

「え?」

「おいで」

 

 なぜ、そんなことを? と疑問を向ければ、リズエラの意識を向けたアムロのハロがくるりと一転してその手の中に納まった。

 まるで手品のように見えて、湧いてきた疑問が頭の中でこらがってアムロは混乱する。

 リズエラの指向性を持たせた脳波に反応したハロの動きであったが、他人から見れば手品の手管に見えただろう。

 

「今のどうやって?」

「うん……この子の回路、拡張されてる……あの子と同じくらい」

「あの子?」

 

 ハロ二号機のことを指しているがアムロにはわからないことだ。二人の情報知識には大きな隔たりがある。

 何か会話をしなければとアムロは台所に目を向ける。客人に相応しい振る舞いをすることで間を持たせようとする。

 

「……飲み物持ってくるよ。何かあるから」

「うん? アムロが飲みたいものが欲しい」

 

 顔を上げたリズエラが注文しアムロは頷いて答えた。奇妙な注文だと思ったが台所に向かう。

 冷蔵庫を開けてアムロは中身を確かめる。

 

「飲みたいものって言ってもなぁ」

 

 調子が狂う訪問者に落ち着こうとため息。飲みたいものは特にない。無難なのはオレンジジュースだろうと手を伸ばした。

 リビングでハロと向き合うリズエラを見る。ハロに語り掛けているようにも見える。

 

「機械と話してるのか?」

 

 アムロには理解しがたい女の子がそこにいる。

 

「飲み物持ってきたよ」

 

 飲み物を手に持っていくと不意にリズエラが立った。

 

「アムロ、表に行こう」

「外? 何しに?」

 

 突然の申し出、まだジュースにも手を付けていない。

 

「アムロの行きたいところでいいよ」

 

 アムロが持つコップを取り上げてリズエラが一口含む。

 上目遣いの目が合って、その仕草に目を奪われてアムロは言葉に詰まった。

 

「行きたいところって……別にないけど」

「好きなところはないの?」

「買い物ならなくはないかな……」

 

 マシンの部品を仕入れに行く予定はある。スペックの足らないマシンにメモリを増設するくらいしか用事は思いつかない。

 何にしても、とうてい女の子を誘っていくようなところではない。ジャンク屋通いを趣味にしてる子にも見えなかった。

 

「じゃあ、そこに行こう。アムロの好きなところも教えて」

「好きなところって言っても。何もないよ、このコロニー、まだ全然出来上がってないし……」

「ダメ?」

「出かけたいなら、いいよ。その代わり退屈でも知らないからね?」

「アムロといるから大丈夫」

 

 ドキッとするようなことを言う。そんなことを女の子に言われたことは今までない。その言葉にどんな意味があるのかなんて思いもよらない。

 

「そ、そう? じゃあ出かけよう」

「うん!」

 

 弾んで返る声は嬉しそうで初めてリズエラの笑顔を見たような気がした。とっつきにくさの仮面から無邪気さが転び出る。 

 

「これ、ヘルメット。サイズでかい?」

「うん……?」

 

 渡されたヘルメットをかぶってリズエラが返事をする。少しずれて明らかに合っていない。

 

「ここをしっかり止めて固定する……いいかな」

 

 アムロが手を伸ばしてきちんと固定する。

 

「ありがとう、アムロ」

「じゃあ、乗って」

 

 こそばゆい感覚を感じながらも、その感情はヘルメットの内にアムロはしまい込んだ。

 スクーターの後ろにリズエラが座りアムロの腰に腕を回す。

 

「しっかり掴まってて」

「うん」

 

 伝わってくる感覚と体温を感じて緊張で体が強張る。これほど近くに異性という存在を感じたのは初めてのことだ。

 近所からの視線を気にしながらもアムロはエンジンを吹かせて走り出す。

 

 

 クリスマスを迎える商店街のモール──

 冬という厳しい寒さの季節を体感することのないコロニーにおいても、一年の終わりに来る時節への感慨を求める人は多い。

 地球の聖人キリストの誕生日を祝うのは、宇宙に棄てられた人々が劣悪な環境で生きていくための希望を繋ぎとめる一つの縁(よすが)でもあった。

 人類が宇宙に進出して八〇年近い歳月の中、彼らの間で宗教的な意味は失われても、クリスマスを祝う家族の団欒は人々の営みに深く刻み込まれたものともなっている。

 積極的な移民政策時代の労苦が過去のものとなった世代でもこの行事は受け継がれている。

 フラウ・ボゥが荷物を抱えて商店を出たのは少し肌寒い時間になった頃だ。

 スクーターを置いた道端で買い忘れがなかったかと袋の中の品物を確かめる。 

 

「あ、フラウお姉ちゃんだっ! 何してるの?」

「ん?」

 

 馴染みのある小さな子の声に振り向く前に腰元に抱き着かれていた。

 しがみついたのは男の子と女の子だ。もう一人男の子がいるが、三歩下がった位置で二へラと笑った。

 

「レツ君、キッカちゃん、抱き着かない。荷物抱えてるんだから!」

「はぁーい」

 

 フラウからと二人が離れ三人組が並んだ。 

 褐色の肌に白い歯を対照的に見せるのはレツ・コ・ファン。

 元気いっぱいの金髪の女の子はキッカ・キタモト。

 少し大人しそうな黒髪の男の子はカツ・ハウィン。

 

 フラウと同じ区画に住む住民の子どもたちだ。家が密集した区画に住む人々は横の繋がりを大切にする。

 サイド7は新興コロニーで移住してきた人同士の繋がりはまだ浅いが、生来、コロニー暮らしをしてきた人々の集まりであることに変わりはない。

 宇宙に住む人々は、お互いの暮らしを支えるシステムを小さな団地の中に一つのコロニーとして構築した。

 フラウが小さな子どもたちの面倒を見るのは本人が世話好きだからというだけではない。

 フラウも幼い頃からコロニーで暮らしだ。世帯が集う団地の中で年上の世代のお兄さん、お姉さんが面倒を見てくれた。

 そうやって助け合う下町のシステムの中で生きてきたフラウからすれば、子どもたちの世話をするのはごく普通のことであったのだ。

 両親も助け合うことを信条とする人たちであることから、フラウの行動基盤の一部ともなっていた。

 子どもたちはまだランドセルを背負っている。まっすぐ帰らずにどこかで遊んでいたのだろう。

 

「みんなまた寄り道して、お母さんに怒られても知らないから」

「平気っ! フラウお姉ちゃんと遊んでたって言うもん」

「ねー」

 

 キッカとレツが示し合わせる。

 

「それ、ケーキの材料ですか?」

 

 マートの袋を見上げてカツが聞く。

 

「そうよ」

「でっかいケーキ作るの? こーんなにでっかいやつ」

 

 レツが手を広げて道の端から端に寄る。

 

「ばかね、そんなでっかいの作らないわよ」

「えー? バクバク食ってトンネル掘るんだよ。結婚式のケーキみたいなやつ」

 

 レツがキッカに説明するのは、結婚式の広告パンフレットにあるような巨大ケーキであろうかとフラウは想像する。

 

「そんなにでかくはないかな?」

「じゃあこんくらい?」

 

 今度は少々控えめにレツが手を広げるがそれでも大きい。

 

「普通のケーキのサイズだよ」

「お姉ちゃんね、彼氏に作るんだよぉ~」

「マジ? お姉ちゃん、彼氏いんの?」

「はぁっ!? 違います。彼氏なんていません!」

 

 キッカとレツのやり取りに思わず声が出て、しまったとフラウは口に手を当てる。

 

「かーれーし、かれしー。でっかいケーキ上げるんだー!」

「二人とも声がでかい」

 

 はしゃぐレツにキッカが一緒になる。

 

「あ、フラウお姉ちゃんの彼氏だ」

 

 カツの一言にフラウは思わず振り向く。

 

「だからぁ……アムロ?」

 

 向かいの車線、止まったスクーターに目を止める。 

 どことなくぼさっとした感じの印象があるアムロは遠目からでもすぐに判別できた。

 

「ほら、彼氏だ」

「誰かと一緒にいるよ?」

「あの人……」

 

 一人少女がいる。フラウは会ったことがある相手だと認識する。自分では到底太刀打ちできないお嬢様──

 

「大変だ、お姉ちゃんの彼氏、取られちゃうよ!」

「だから、彼氏じゃ……待ちなさい!」

 

 フラウが否定するも子どもたちは尾行作戦を開始するのだった。

 

 

 ショッピングモールの下の階を見下ろせるホール。下の通路を買い物客が行きかう。

 

「ありがとうございました」

「どうも」

 

 アムロはカードで支払いを済ませ店内の展示物を眺めるリズエラに目を向ける。

 こういう店に来たのは初めてだという。コロニーの電子部品何やらが集まる、いわばジャンク屋と呼ばれる店だ。

 目的のパーツは手に入った。

 

「何を見ているの?」

「これ、可愛い」

 

 リズエラが手に取ったのは何かのパーツだ。よく磨かれていて新品同様に光っている。

 

「ターボシャフト?」

「うん、可愛いから」

「可愛いんだ」

「部品としてよく機能するのが好き」

「そうなんだ」

 

 そう言ってリズエラは棚に戻す。

 

「買い物終わり?」

「まあね。リズエラ、さんは何か欲しいものあるの?」

「さん、はいらない」

 

 その呼びかけに不満があるとリズエラは目で抗議する。

 

「そお……リズエラ?」

「はい」

 

 アムロにそう返したリズエラの口元に微笑みが浮かんだ。

 

「おなか減ってたりは……」

 

 継ぐ言葉を探して出た台詞はさらにふさわしいとは思えないものだ。自分も特に食べたいものがあるわけではない。

 

「クレープ」

「え?」

「クレープ食べたい。あそこに売店がある」

「いいよ、クレープ食べようか」

「うん」

 

 頷くリズエラの横顔に嬉しそうだな、と見てアムロはクレープ屋へと足を向けた。

 

「展望台ってこうなってるんだな……」

「あそこに座ろう」

 

 リズエラが指さした先の空いた席に二人は座った。一面窓ガラスから街の風景が一望できた。

 夕暮れの色合いを再現した空が茜色の日差しを展望台の窓に投げかける。二人の影が床に伸びる。

 今いるのは商店モールの最上階、展望台がある一角だ。アムロ自身は初めて来る場所だった。高い所にあるのでGは0.8と地上よりも軽い。

 買い求めたクレープの包みがその手にある。リズエラが選んだものをアムロも注文した。

 

「美味しい」

「そうだね」

 

 甘ったるいクリームに果物を包んだクレープに口をつける。こんなの、母さんと行った遊園地以来かもしれない。

 

「アムエロのこと、教えて」

「教えるって……何を?」

「じゃあ、学校のこととか」

「つまらない話でしょ?」

「ううん」

 

 リズエラは本当に聞きたいのだ。アムロのことをすべてを──

 

「楽しいことない?」

「楽しいね……まあ、ないこともないかも?」

 

 初めは気乗りのしなかった話題も、聞き手があると、初めはぎこちなかった言葉もいったん話し始めると自分でも驚くほどの言葉が溢れ出した。

 学校のことを話した。

 退屈な先生の授業。

 はねっかえりのカイ・シデンのことや世話焼きのフラウ・ボゥのこと。

 

「お母さん、優しい人だったんだね」

「いい人か……そうだね」

 

 いつの間にか母のことを話していた。それも記憶の中で一番優しかった頃の母さんのことを。

 悪い思い出は深く胸の内に刻まれている。あれは母が家を出て行った日だ。

 家を出ていく母の後ろ姿。トランクケースに持ち物を詰めて二度と戻らぬことを知らないままボクは母さんを見送った。

 それはアムロの胸に深く落ちて苦みを伴った。その苦みは今も消えていない。

 ホールの時計がここに来てからずいぶん時が経ったことを示す。かれこれ一時間はいるだろう。そろそろここも締まるはずだ。

 

「君のことを話してよ」

「私?」

「学校のこととか、友だちのこととか? ボクは話したよ」

「うん」

「済まないが、お喋りはそこまでにしてもらいたい」

 

 割り込んできた男の声にアムロは顔を上げた。見知らぬ男がそこに立っていた。

 ウォン・リーが来ることを知っていたリズエラは立ち上がってまっすぐに彼を見た。

 

「誰、ですか?」

「マスター」

「マスター?」

 

 リズエラからこぼれ出たマスターという言葉。その響きはあまり良いものではない気がした。人を縛り付け隷属させる言葉だ。

 展望台にはもうリズエラとアムロ。スーツの男とその後ろからやってくる数人の男たちだけになっていた。

 先ほどまでちらほらと閑散とした展望台に人がいたはずだが今は誰もいなかった。

 

「今すぐ帰るんだリズエラ、お遊びは気が済んだか?」

 

 施設を抜けだしたリズエラの動きをウォンは追っていた。リズエラがどこにいようと追跡する装置を使っている。

 その装置を無効化することはリズエラには容易いことだ。本気で逃亡するのであれば機能を破壊している。

 ゆえにウォンからすれば施設を抜けだしたのもリズエラの気まぐれにすぎないことがわかっていた。

 だが、アムロからすれば高圧的で有無を言わさない大人の暴力のように感じた。

 後ろにいる男たちは屈強で力も強そうだ。その威圧感を感じて湧き出した感情は反感となってウォンを見返した。

 

「君が誰かは知っている。テム・レイ技術主任の息子さんだろう? 」

「父をご存じですか……」

「仕事の上でね」

 

 そんなことがあるのか? 父は技術畑でよく言えば一途な仕事人間だ。それがこんなマフィアみたいな連中と仕事をするはずがない。

 高級スーツのウォンはともかく、二人組の用心棒はいかにもな外見をしている。

 

「今は帰りません」

「何?」

 

 思わぬ反抗の言葉にウォンは驚きの目をリズエラに向けた。これまでウォンの言葉に真っ向から反抗したことはなかった。

 インダストリアル7を出てから予想外のことがリズエラに起きている。サイド7に留まった経緯もそうだ。

 マーサに直訴して予定まで変えさせた。

 

「私の言葉が聞けないというのか?」

 

 ウォンは注意深い目をリズエラに注ぎ、命令を無視する対象への対処を考える。

 

「イヤだって言ってるじゃないですか。彼女は自分の意思でここにいるんです。帰りたければ自分で帰るでしょう?」

「アムロ・レイ君、彼女の時間を無駄にすることはアナハイムの損失を意味する。こちらの事情を理解してもらいたいね」

「大人の事情なんて知りませんよ。リズエラが何だっていうんです。彼女は高校生でしょう?」

 

 彼女が普通ではない、特別な人間だということはアムロもわかっていた。だが今は大人の勝手に逆らう意思がそう言わせていた。

 

「わきまえなさい。彼女は立場ある人間だということはわかるね? 会長のお嬢さんは私たちの保護下に置いているのだ。それが一番安全だからだよ」

「だからって大の大人が無理やり連れて行くんですか、横暴ですよ」

「生意気だが、道理だ。私は非常に丁寧にお願いしてるんだがね」

 

 力尽くの対処は最も愚策だ。そのことをウォンはよく理解している。リズエラが未知の行動をしている以上は。

 

「まだ……帰りたくありません」

「聞き分けなさい。どうしたというんだ? 何があった?」

 

 窺い見るウォンの問いには答えず、目を伏せたリズエラがアムロの手を握った。アムロはその手を握り返す。

 アムロとリズエラの目が合った。彼女が何を望んでいるのかを知る。

 そして理解した。走れ、走れアムロっ! と。その衝動はアムロにもわからない。理由なんてわからなかった。

 

「リズ、走るよ」

 

 囁いたその言葉にヴァイオレットの瞳が揺らいで応えた。次の瞬間二人は走り出す。

 

「待てっ!」

 

 ウォンが叫び即座に男たちが二人を追う。

 

「対象が移動を開始。外に出たら追跡を優先しろ」

                                                                                                                                                                    

 外に待機させた車両に連絡し、追おうとしたウォンだが足を引っ張る感覚によろける。

 その足元にしがみつくのは子どもだった。モールに入ったアムロたちを尾行していたちびっ子三人組である。

 

「おい、こいつ悪い奴だぞ!」 

 

 レツがウォンのズボンを引き下ろそうと腰のベルトにぶら下がり。

 

「お姉ちゃんの彼氏いじめてたっ!」

 

 キッカが反対側にしがみつく。 

 

「悪い奴だー」

 

 カツが正面からウォンを指差し溶けたアイスのカップでスーツにシミを作る。

 

「何だ? お前たちはっ! 離さんか!」

「イヤだっ!」

「きゃあっ!?」

 

 バランスを崩した体勢から立ち上がってウォンがレツとキッカを引きはがす。

 

「悪い奴」

「親はいったいどこにいるっ!」

「はわ!」

 

 ウォンの剣幕に子どもたちが縮み上がり近くに潜んでいたフラウ・ボゥが立ち上がる。

 

「えと……そのう……ごめんなさいっ!」

 

 フラウはウォンに向けて思いきり頭を下げるのだった。

 

 

 二人を追う男たちがエスカレーターを駆け下りてエントランスに飛び出る。

 男たちの足は速い。アムロの足では直に追いつかれる。リズエラは対処の手を繰り出す。

 

「止まってっ!」

 

 リズエラが急に立ち止まって体を回転させる。それに返事をする間もなく、突如吹いた突風がアムロの足を浮かせて尻もちをついた。

 手刀の形を作ってリズエラは空気を叩きつけるように後方に放った。見えない衝撃が到達し男二人の足元を浮かせ、遅れてきた風に吹き飛ばされる。

 その時間、一秒にも満たない、わずかゼロコンマ秒の出来事だ。

 起き上がったアムロは痛みの声を上げる男たちが転がるのを見た。なぜ? どうしてそうなったのか不明だった。

 

「何?」

「怪我はさせてない。あそこから出ましょう」 

「でもそこは……」

 

 リズエラが指さす先にはモールの外に通じる業務用出入り口がある。関係者以外立ち入りできないし、電子認証がいるはずだ。

 

「大丈夫通れる。時間がない」

「待て……」

 

 立ち上がった男たちが二人に向かって突進してくる。

 再びアムロとリズエラが走り重い扉の前につく。電子操作の盤に手を当てリズエラは操作する。同時に建物内のマップデータも読み取った。                              

 

「開いた!?」

 

 疑問に思う間もなく扉の隙間を抜けてすぐに閉めた。扉が閉まると同時に電子ロックが落ちる。

 同時に男たちが扉に取りついて操作盤のキーを押すが反応はない。リズエラによって外部からの干渉を受け付けないようロックされていた。

 あまりにも都合の良いタイミングで、まるで魔法のような瞬間だ。

 

「ロックされた? 何をしたの?」

「行きましょう」

 

 戸惑うアムロの向こう側で男たちが扉を叩く。このモールの建物構造を把握するリズエラが先導して従業員出入り口の最後の扉を抜けて表に出た。

 外はすっかり暗くなっていて肌に感じる空気も冷たかった。

 

「行こう、リズ」

 

 冷たい風を頬に感じながらアムロはスクーターを拾った。あの男たちがいつ現れるかわからない。この場をすぐに離れたかった。

 特に行く当てはない。逃亡して安全に隠れられるような場所を考えたが時間も遅い。

 町中をうろついて誰かに見つかる危険よりも、まず家に帰ることを優先した。相談に乗ってくれる大人が必要だ。

 父さんは……あてにはできない。モスクさんの方が頼りになる。アムロはそう判断する。

 

「それでいい?」

「うん、アムロの言うとおりにする」

「なんで逃げてるの?」

 

 彼女の立場ならあの人たちを従わせられるだろう。なのになんで自分といたがるのかがわからない。

 わからないことだらけだ。今日起こったできごと全部。

 

「光……だから」

「え?」

「あなたが私の……」

 

 その言葉の意味を聞く前に見慣れた街路に入り、ほっとする間もつかの間、見慣れない車両と二人を出迎えるように立つ男たち。その先頭にウォンがいた。

 家の扉が開いて背の高いモスクが姿を現し、アムロを見て手を挙げた。

 直前でアムロはスクーターを止めた。もう逃げる場所なんてない。

 

「どうする、リズ?」

「もう逃げない」

「わかったよ……」

 

 スクーターからリズエラが下りてヘルメットを脱いでアムロに返した。男たちのいる方へ歩くリズエラにアムロは声を上げた。

 

「また会える?」

「その時が来れば」

 

 リズエラは振り向いてそう答えるのだった。紫のハロがその後ろから続いた。

 

「怪我はないか? 大変だったな」

 

 モスクの大きな手がアムロの肩を軽く叩く。

 黒塗りの車の戸が閉まり、ガラス越しにリズエラの顔を最後に見た。走り去った車の残影をいつまでも記憶にとどめて。

 

「腹減ってるだろ? 最高のローストビーフを焼いたよ、すぐ食うか?」

「後で頂きます……」

 

 モスクに促されるままアムロは明るい家の中に入っていた。

 

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