あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─【チラ裏版】 作:つきしまさん
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話の入れ替えは後日
インダストリアル7のメガラニカ秘密工場にメサイアと開発チームのクルーたちが帰還した。
地球に降りるはずだった荷物がジオン軍の襲撃によって奪われ、その進路をサイド5に進めたことで任務から外れ新たな辞令を受け取った者たちがいる。
アストナージ・メドッソは同期のイアンと送り届けた荷物を眺める。この二人も新たな仕事を与えられてここにいる。
MSメサイア01号機は無事だったが、もう一機のメサイアはジオンに捕獲され、あわや輸送艦も撃沈のピンチを迎えた。
ザクのバズーカは船のブリッジに威圧的に砲身を向けていた。
少しでも刺激すれば撃たれるという緊張感に包まれながら、幸いなことに無事命を拾った。しかし、生きた心地のないわずかな瞬間を過ごした。
ついこの間までは大学に通う一学生の身でしかなかった身だ。宇宙での戦闘行為にアストナージは心胆を寒からしめた。
同僚のイアンもアストナージと同じメカニックだ。ここでは新人の二人だが歳が近いからか馬が合う。
「どうにかこいつを送り届けることができたか……にしてもアナハイムの秘密工場か。冗談じゃなくそんなものが存在するなんてなぁ」
「連邦がジオンに対抗するのにモビルスーツを造ってる、なんて噂が現実だったってことさ。現にジオンはザクを完成させてたし、これからはモビルスーツが戦争の主役に出てくるのかねぇ」
イアンの台詞にアストナージは眉をしかめる。
ジオンのMSザク。実用化された機体が宇宙を飛び回るのを見た。
滑らかに動き、戦闘にも耐えるマシンを見て、メカニックとしての興味が湧きたつのも抑えられなかった。
「あいつらにはいいようにしてやられたけどな……」
「連邦だって黙っちゃいないさ。まあ公式には出てこないだろうけどな。なんせかっこ悪すぎるだろ。何もできずにモビルスーツを奪われましたとかさ」
「何もしなかったわけじゃねえだろ」
そう、何もしなかったわけではない。が、自分たちができたことは何もなかった。
そのもどかしさと無力感の中で鮮烈に事態を打開させたのはたった一人の少女だった。
「あんな女の子乗せてな。上は頭おかしいだろ。戦闘に出させるなんてさ。戻ってこれたのなんて奇跡だぜ。連中の捕虜にされたらどうなってたか」
メサイアのパイロットだという少女が地上用に調整されたメサイアで飛び出して整備班のクルーたちの肝を冷やした。
結果は機体を奪われ、ニムエも誘拐された。
歯がゆい思いで見ていたのは二人とも一緒だった。そのニムエをアナハイムのお嬢様が連れ戻したのだ。
ジオンの兵相手にどう交渉したらそうなるのか?
アストナージにもイアンにもまったく想像がつかない。
ゆえにあれはお嬢様が起こした奇跡的な現象でもあった。
「俺さ、この仕事は地球に降りたら、までのはずだったんだよなあ。あんな事件に巻き込まれなきゃこんなとこいないっしょ。口外禁止だしな」
「機密保持契約交わした時点で分かってるだろ? 軍隊なんてそんなものさ」
「このモビルスーツは連邦主体で開発されてないからアナハイムのだろ」
「そーかもな」
アナハイムが公開し製造しているMSの規格に一切当てはまらないプロトタイプの機体など最重要機密に分類するはずだ。
それを大学出の新人メカニックに扱わせるなどまずありえない。ありえないことだが現実に自分たちはここにいる。
運などではなくそれを指示した誰かの意図によってだ。
「……まだ誰か残ってるのか?」
再調整を施したメサイアを安置した後、照明は落とされ工場は最低限の明かりが灯っている。
アストナージが見上げた先にある部屋に煌々と明かりがついている。誰か残っているのが見えた。
「誰かいるみたいだな。俺は疲れたからもうあがるよ。シャワー浴びて酒飲んで寝るさ。お前も一杯やるか?」
「俺は酒は飲まないんだ。メカニックの勘が鈍る」
「お堅い奴だな。童貞小僧」
「童貞とか言うな。こいつを片付けたら上がるよ」
「じゃあ、また明日な」
「さっさと寝ちまえ」
イアンにそう返すとアストナージは残った道具の点検と片づけにかかっていた。
◆
クリス・マリアは冷たい鉄の構造体と工場に染みついたオイルの匂いを嗅いで工場の自室に引きこもった。
ここ数日の激動を胸にクリスは新たな設計図を広げる。
RX-78開発の現場は実に刺激的だった。
トレノフ・ミノフスキーの情熱と知識が閃きを生んだ。
モスク・ハンのマグネット理論が可能性を促進させ。
アナハイムの技術とテム・レイの指揮力が合わさって最高のMSを造り上げた。
これまでの成果の集大成がRX-78・ガンダムを完成させたのだ。
だが、帰還したクリスの頭にもうRX-78はなかった。新たなインスピレーションが設計図に命を吹き込む。
すでにサイド7で仮の設計図を組み上げてもいた。あれはプロトタイプでもない草案のようなものであったが、すでにラインに乗せられるものが出来上がっている。
可変型のMS──新たな挑戦への欲求がクリスを動かす。
「もうこんな時間か……」
没頭していた時間を確認し、自室として使う部屋から出れば、人気のない広大な鋼鉄の空間の先にメサイアがあった。
メサイアの足元でうずくまる少女。膝を抱えたニムエが帰る場所を失った子犬のようにいた。
無視してもよかったが声をかけなければいつまでもそこにいそうだった。
「ニムエ、一人かい?」
後姿のニムエが振り返り頷きが返った。それ以上の言葉はクリスから続かずに沈黙が下りる。
どうやら重症のようだとクリスはポケットに手を突っ込む。慰めるのは自分の役目ではない。
「ここは冷えるよ」
「別に寒くありません」
「うちのお嬢様は? 付いてなくていいのかい?」
出会った頃の二人はお嬢様と甲斐甲斐しい世話焼きのメイド、という関係で、リズエラに対して常に付き従う印象だった。
今は親密な友人としての顔を覗かせることが多くなったが、最大の転機はジオンによるメサイア強奪事件だろう。
わずか数日前のことだが、二人の間にはこれまでにない強い絆が見られるようになった。それは互いを大事に思う気持ちがより深く見られるようになったことだ。
それをクリスは好ましいと思う。彼女たちが側にいることはクリスにも影響を及ぼしている。
それは家族……と呼ぶには安易で簡単な言葉すぎる。その意味を表わす言葉もまた単純なように思えた。
「私だって一人でいたいときもあるんですよ……」
「ふうん? 傷心かい。言いたいことがあるなら相談に乗ろう」
「別にそういうのじゃありません」
「こう見えても聞き上手だ」
ガラにもないウソを言う。
膝にあごを乗せて、ニムエは引きこもるように両脚を抱く。拒絶する姿だがクリスは隣に立つ。
「気にしているのだろう? ジオンに捕虜にされたこと。むざむざとメサイアを取られて私傷ついてます」
「ぐさり……クリスは鬼畜ですね」
返るジト目をクリスは受け流す。
元来、ストレートにものを言う気質である。
それが開発チームでは衝突を生んだり議論になったりした。嫌われる、などと気にしたこともない。
常にクリスは前を見据えている。過ぎたことは前例として次に生かすのみだ。
「悔しくないですか? メサイア取られちゃって。クリスが一番悔しがると思ったんだけど」
唇を尖らせてニムエは息を吐く。冷たい空気が白い息を吐き出させる。
「悔しいか……ふむ?」
「そういう感情持ち合わせてないわけ?」
「合理的ではないからね」
あっそ、というニムエの視線が返る。
「私はね、政治とか軍に興味はないんだ。商売人でもない。アレがそういった輩の取引材料に使われたのであろうとして、相当の対価を支払うことになるだろう。だがそれを支払うのは私ではない。メサイアを利用する者たちの意図がどうあれ、兵器は兵器として使われることになる」
「私はメサイアが人殺しの道具になり下がるのは嫌です」
「君だってメサイアで戦って分かってるはずだ」
「それは……」
反論しようがない。月で、宇宙で。敵としてザクに対峙して理解した。否応もなく自分は殺戮のための兵器に乗っているのだと。
その力を握り行使することの意味も知った。紛れもなく自分は人殺しの当事者になりえるのだと。
「つまるところ私はただの技術屋で、求められるものがあれば造り、最高のものを送り出すだけだ。結果がどうあれ、あれは成果を出し続けたし。次に進む糧となっている」
「すかしてますね。このクール美女は……」
「愛着はあるが、戦争の道具に過ぎないことも理解している。技術とは人のために使われてこそだよ。メサイアはそうであってほしいう願望はある」
「ロマンチストなんですね」
「達成可能な言葉は理想では終わらない。その意志を持っている限りは実現の可能性はある」
馬鹿正直なまでにこの人は真面目にそう答えたのだろうと、ニムエは反論の言葉を探して止めた。
「はい、はい。クリスには口では勝てそうにありません。私、バカなので」
「君はリズに合わせる顔がないのだろう? あの子は気にしていたかい?」
「いいえ……何も、責められたりもしないし、いつも通りです」
つらくなって屋敷を飛び出して工場まで来てしまった。自分がしでかしたことに自分で罰を与えたくなって。
誰も自分に責任を押し付けようとしなかった。当主様も、ガエルも。リズエラも。
行く先を見失ってこんなところで一人ぼっちになっている。
「私って地球生まれです」
「ああ」
「宇宙に来たのだって子どもの頃で、この世界のことなんて何も知らなかったし、何も持っていなかった。ここが私が唯一いていい場所だったんです」
すべてを失ったアンジェカにニムエという名が与えられ、新たなコロニーへガエルと共に移った。
「ここにいるためにつらいことだってへっちゃらでした。私がいていい理由を作るにはモビルスーツに乗るのが一番の手段だったんです」
当主様とガエルが喜んでくれるなら何でもした。自分の場所を作るために。
「うん。君が大変な努力家なのは知っているよ」
「それが、あんなへまをして。メサイアを……取られちゃった……」
「それで君の居場所はなくなったりしたのかい?」
「いいえ……誰も私を責めません。当主様もガエルも何もなかったみたいに」
「ではいればいいさ。誰もここにいる権利を奪ったりはしない」
「それじゃダメなんです! 私はっ!!」
ニムエは吐き出した言葉にうつむく。見失った自分の場所を見つけられないままだ。
「私は君の悩みを解決する答えを持っていない。悩めばいいのさ。立ち止まっていいんだ。今は見えなくても道を見つけることはいつかはできる。前に歩み出すきっかけはいつだって側にあるんだ」
「クリスも悩む?」
「私?」
「そう」
見返すクリスの視線をニムエが受け止める。
「私は悩まない。道はすでにそこにある。コロニービルダーみたいに堅固に道を重ねて登っていくだけさ」
「出ましたよ究極超人思考~ いいね、クリスは」
あっさり返ってきた答えはクリスだね、という内容だ。ニムエの悩みなどクリスには鼻にも引っかからないのだろう。
「リズも悩むさ」
「え?」
「悩まない人はいない。彼女だって悩む。一番近くにいる君を頼っているさ」
「そんなこと……私の助けなんて必要ないくらい凄いし」
組んだ手の先に答えは見つからない。
握った携帯の着信が点滅する。リズエラの呼び出しコールをニムエは無視した。もう何度目かになる。
頼るばかりなのは私だ。いつだって彼女が私を引っ張っていた。粉々になりそうな気持を一つにしてくれた。
だから耐えられた。どんなに厳しい訓練でも。
リズは……あの人はどう思っているのだろう?
「あの時、彼女は君を助けに行った」
「うん」
「もし迷って君を見捨てていたら彼女はきっと後悔したことだろう。だが躊躇うことなく彼女は君を追って出た。失うことが怖いからだ。無条件に何かをなせる行為、彼女のその行動が答えさ」
「そうなのかな? 私……」
もやもやとした気持ちが焦点を結ぶ。
「じゃあ、ぶつけてみなよ。君の気持をね。ほら、迎えが来たようだよ」
「え?」
クリスの視線の先にリズエラの姿があった。
「何度も呼んだのに無視はダメです。メーです。ぶっぶーです」
頬を膨らませたリズエラがハロと一緒に降りてくる。
「クリス博士と何をしてるんです?」
「ニムエといいことしてた」
「はあ?」
「いいこと……まさか極上のスイーツをこっそりと?」
「いや、話をしていただけだよ。乙女の悩み相談は終わりだ」
「ちょっとクリス!」
慌てるニムエに笑みを込めた視線を向けてクリスは出口を指さす。
「もうこんなとこいないで行きなさい。私は行くよ」
「はーい」
二人が行く姿を見送ってクリスは振り返っていた。
「何、話してんだろーな?」
仕事終わりのアストナージはコンテナの端で座り込む。
帰ろうとしたのだが、気になっていた赤毛の少女と黒髪の美女が話し込むのを見て出るに出られずにいた。
二人の会話まではわからないから立ち聞きなどという行儀の悪いことはしていない。そう自分に言い訳する。
「にしても俺をここに呼んだやつは一体誰なんだろうな……」
まだ大学生だった時に接触してきたメール相手。その名はレディオス・ソープ。男だか女だかわからない相手にゲームをした。
そのゲームに参加した大学生たちは何人もいたが、アストナージは導き出した答えを送って寄こした。
その後、特に接触はなかったのだが、君は合格だ、という短い一文と共に送られてきた推薦状がアストナージの運命を変えた。
地球行のアナハイムの船に乗ることになったのはそれが元であった。
「レディオス・ソープ。いったい何者なんだ……」
「立ち聞きかい?」
「うわぁっ!?」
ふと響いた声にアストナージは浮かせた腰を落とした。
「いや、その聞いてたわけじゃないんだ……あんた」
この工場における開発責任者という肩書のクリス・マリア・ナガノは、アストナージにとっては一番上の上司という立場だ。
「君がアストナージ・メドッソ君だろ?」
「俺の名前知ってるんだ?」
「それはもちろん」
人事を握る本人だから名前くらい知っていて当然だが、こんな絶世の美女に名前を憶えられているというのは男冥利でもある。
「どうしてここに呼ばれたのかを知りたいかい?」
「あんたも立ち聞きしてたんじゃないか……」
「君を呼んだのは私だ。技術大学で特別試験を出題したのは私さ。それに君は見事合格した」
「え? 何言って……」
思い当たる節は一つしかない。
「ゲームで満点の回答を示したのは実は君一人ではなかった。いや、問題は点数ではない。どのようにその答えを導き出したのかということにかなり興味を惹かれたんだ」
「興味ってどんなだ?」
「私と同じ視点に立てる人間かどうかということ。同じものを見て同じことを考えることができるか」
「そんな理由であんなことしてたのか……どうやってそんなことができる?」
「フフ、おかしいかい。こんな小娘がどうやってか? 君とそう歳は変わらないけれどね。いろいろな伝手を使って私が求める人材を探していたのさ」
「ええ? なんだよ、それで俺?」
アストナージには意味が分からない。ゲーム感覚でやるようなことではない非常識さだ。
「ボクがレディオス・ソープだからだよ。アストナージ・メドッソ君、君を私の助手に迎えたいと思ってね」
「はあっ!?」
「私は冗談をあまり言わないんだが、最高の冗談だと思ってもらえたようだ」
驚くアストナージにクリスが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「わけわかんないが、俺はそんな御大層なもんじゃないぜ?」
「本来なら地球に着いたときに勧誘するつもりだったんだが、想定外の事件が起きたおかげで君らをここに運ぶことになってしまったけれどね」
「本気で勧誘するつもりだったのか……」
もちろんそのつもりだったとクリスが頷く。
「君に見せたいものがある」
「何だよ?」
「見ればわかる。私が君を選んだ理由もね」
クリスの声が熱を帯びる。誘うのは彼女の開発部屋である。広げた設計図は大海に広げたクリスの夢そのものだ。
秘密を明かし共有する仲間。それがクリスが必要とするものだ。己の夢を共に追える人材が彼だった。
「拒否権は」
「君次第だ。私にこれだけ言わせた男は君が初めてなんだぞ?」
まるで告白の言葉のようだ。照れもあってアストナージはうなじをかく。
「……わかったよ。けど過度に期待しないでくれよ。俺は大学出たばかりのルーキーなんだからさ」
「では来なさい。レディオス・ソープのすべてを見せよう」
「そのレディオス・ソープって名前は何なの?」
階段を上がるクリスの背に問いかける。
「私が子どもの頃から使ってるあだ名のようなものだよ」
そう応え、クリスが部屋の扉に手をかけ光の中にアストナージを導くのだった。
◆
ジオンの拠点であるソロモン要塞はサイド1にほど近い宙域に在る。今この時点においてソロモンは対外的には資源衛星として存在する。
元々ソロモンはアステロイドベルトから地球圏へ運ばれてきた小惑星だ。
その巨大な岩塊をくりぬき中には広大な空間が作られた。
資源物資採掘用の施設が取り付けられ、数多くのモビルワーカーが宇宙空間で作業を行っている。
それは連邦に対して見せている偽りの姿……今やソロモンはジオンの重要戦略拠点の一つとなっていた。
ジオン決起の時を迎えた今、資源衛星の仮面から軍事要塞としての顔を見せていた。
いまだ要塞としての完成は見ていないが、ソロモンはすでに戦時下にあった。
隠していた牙がついに剥かれ、内部には多くの戦艦が待機し、戦化粧を施されたザクの部隊が積み込まれている。
連邦への恭順も和平の道もない。ジオンの戦いは始まっていた。
宇宙攻撃軍の最高責任者であるドズルは最前線で指揮を執るべく最後の平穏な時間を妻と過ごした後にここに立つ。
年始を迎えれば開戦のみである。その忙しさの中で鹵獲したMSメサイアを見上げた。
「武人の佇まいか。これほどのものを完成させていたとは……にしても美しいな」
ドズルの先に鋼鉄の巨人が在る。ジオンがこれまで開発してきたMSとはまるで異なる機体。
一本角の白い鎧武者の美しさは目を瞠るものがある。
MS開発の指揮を執ったドズルが望んでやまなかったモビルスーツの完成型、といってもはばからない姿がそこにあった。
ラル隊が奪取したメサイア02号機。
ザクとは比べるべくもないほどの力を持つ死神。こいつが月でジオンが総力を挙げて作ったMSを叩き潰したのだ。
雪辱の後、己の進退をかけた「角突き鹵獲作戦」は成功し、手中にしたのはこれまでの常識を覆すほどのマシン。
鹵獲終了後、偽装輸送艦パーミッシュに乗り込んだジオニックのメカニックたちがメサイアの修理にかかり、問題なく起動するところまで数日でこぎ着けていた。
アナハイムの内部協力者というのが何者かは知らないが、すべては完璧なほどに状況を整えた。
問題はこいつを扱えるパイロットだ──
「救世主(メサイア)という名前だそうだ。兄者。俺は死神と呼びたいがね」
ドズルは背後の兄ギレンに呼びかける。
「コレを扱えそうな者はお前の部下にいるか。ドズルよ?」
「シャアを使う。やつが適任だ。こいつと戦って生き残った連中の中ではやつが一番だろう」
メサイアにザクを破壊されたものの、操縦技術ではシャアにかなう者はいない。運の強さも同様だ。
月で失った戦力以上の戦果を上げねばならない。これからの戦いは熾烈を極めるだろう。その戦列にこいつを投入する。
「暁の英雄か……いいだろう。開戦までに使い物にできるか?」
「急がせるが……しかし、開戦直後はいくらなんでも……」
ロールアウトしたばかりのザクでさえ調整に数カ月もかけたのだ。一週間……それどころか数日ですべての調整を終えることができるのか?
しかも、ジオニックの蓄積にはない未知のマシンだ。
だが、一つずつ解析してデータを検証し、それを転用していくには時間がなさすぎる。現在までに取ったデータを基にフィードバックを作っていく。
それがパイロットの身の安全を無視した実戦形式であってもだ。
「パイロットの安全確保だが……」
「パイロットなどいくら使いつぶしても構わん。戦において最前線に立つ者は消耗品だ。将兵一人一人にかまけている暇はない。甘さは捨てろ、ドズル」
「わかった。パイロットはスペアも用意する」
己の甘さを飲みこんでドズルは戦いの道具として眼前の一本角を見据える。
角突きはやつにしか扱えまい。もし失敗したとしても元より当てにしていた戦力ではなかった。
「それでいい」
弟の返事に酷薄な笑みを浮かべてギレンが応える。その目にはすでに戦場があった。
「兄者の速戦即決のプランか」
一か月前に兄が父デギンに語った連邦との開戦に向けた計画で語った言葉だ。
「ドズル、我々には時間はない。緒戦一か月でケリをつける。こいつをお前の言う死神に仕立て上げろ。救世主とやらが連邦に止めを刺すのだ」
兄の言葉にドズルはゴクリ、と唾を飲む。
生き残るのはジオンか連邦か。勝者だけが生き残ることができる。
ジオンに対し、圧倒的な国力差、戦力差を誇る連邦にジオンは電撃戦を仕掛ける。
その先陣にドズルは立つ。パイロットをいくら使いつぶそうと、それは些末なことでしかなかった。
「シャアを呼べっ!」
ギレンとの会見を終えたドズルはシャアを呼んだ。出頭したシャアが敬礼する。
「貴様にこいつが乗りこなせるか?」
「私にですか?」
メサイアはジオンの意匠を施され、その顔は鉄のマスクに覆われて本来とは異なる姿になっていた。
アナハイムのロゴマークなどは剥ぎ取られている。
「貴様が奴と対峙して一矢報いた度胸を買っている。格闘戦でこいつの性能は思い知ったのだろう?」
「元より一兵士としてのパイロットであります。どのような機体であろうと扱って見せましょう」
「自信家なことだ。こいつに乗って貴様の身がどうなろうと俺は関知せんぞ。死神を御せなければお前は死ぬことになる」
スペックだけならば既存のどのMSを遥かに凌駕する機体。加速するだけで生身の体はGに押しつぶされ物言わぬ死体となり果てるだろう。
MS用に開発させた新型スーツならば耐えられようか?
だがこいつのエンジンパワーはザクの四倍近く。まさに怪物だ。上がってきたデータにドズルは思わず震えたほどだ。
まっとうな訓練を受けたパイロットの損失を生みかねない、が、シャアならばどうか?
「元より覚悟の上です」
ドズルの脅しとも挑戦ともとれる言葉に対し、仮面の下から発せられるシャアの声に恐れも動揺もなかった。
「良かろう。こいつを貴様に任せる。いじっている暇はないが、色くらいは塗らせてやろう。希望の色はあるか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
その言葉にシャアは笑って返した。ドズルの望みはもうわかっている。
パイロットは使い捨ての駒に過ぎない。その駒に最高のマシンを与えようというのだ。
ならば使いこなしてみせよう。血塗られた復讐の道はここから始まるのだ。
それは赤い炎となって広がり散り戦場を焼き尽くすだろう。かつて自分を圧倒した機体を駆って──
「では暁に──」
そう返事を返したシャアの目がメサイアの一本角を捉え、仮面のレンズが光を放つのだった。
◆
宇宙の果てにあの人がいる──
自分のために用意されたアパートメントに不自由はなかった。部屋の主は一度も帰還せずに任務のために発った。
ララァは自らを映すガラスを眺め、華奢な指先がシャアと窓にその名を書いた。
彼からの便りはない。シャアはどのような任務なのかも語らないまま港で別れた。
ゆったりとした服は地上にいたときと変わらない。不自由はないようにと用意された服もあるが、着慣れたこの服でいる方が楽だった。
地球での貧しさと厳しさ。過酷な環境での思い出に良いものはなかった。
でもシャアと出会った。すべてを捨ててまで宇宙に来た。彼の導きが自分を救うものだと疑うことはなかった。
だがビジョンが、子どもの頃から見続けてきた奇跡が、彼を奪うものになるかもしれないと知った。
その運命を彼から守ることができるのは自分だけだから。
そう信じることが一歩を踏み出す勇気となった。
ララァ、笑ってごらん。君が笑うとある人を思い出す──
いつか、彼がそう言った。
鏡の前で表情を作る。笑顔は少し苦手かもしれない。
生まれ育った地球は笑っていられる世界ではなかった。
貧しい家庭に生まれた。
兄弟姉妹が何人もいたが貧困にあえぐ日々だった。
生き方を選ぶことはできなかった。
親が子を売り、子が親を売る。
生きるために、食べるために感情を殺さなければ生きられなかった世界。
でも、あの人となら、シャアと一緒なら笑っていられる世界を作れるのかもしれない。
それには覚悟が必要だ。どんな困難であろうと進んでいく覚悟だ。そんな覚悟、とうにできているはずだと思っていた。
呼び鈴が鳴る。普段、アパートメントに客人が来ることはない。
彼らはララァが呼んだのだ。
ドアを開けば数人のスーツ姿の男たちが立っていた。
「フラナガン研究所のものです。あなたがララァ・スンさんですね?」
「はい」
スーツ姿の男の問いにララァは頷いて見せる。
「私の力をあなた方の研究施設で見せました。私は合格ですか?」
その覚悟をしたから私は──
フラナガン研究所。
この時期はニュータイプ研究機関として発足していなかったが、フラナガン博士はすでにニュータイプに対する研究を進めていた。
キシリア・ザビがフラナガンを接収してフラナガン機関とするのは先の話となるが、この時期のフラナガン博士にとって行き詰っていたニュータイプ研究に光明を見出すこととなったのが一人の少女の登場によってだった。
ララァ・スン。
彼女は動き出す。
赤い彗星の運命と共に。
良かったらいいねを押してね!
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いいね!
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いいね、いいねー!
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とってもいいねー!
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すっごくいいねー!
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わんだふるいいねー!