あなたが私のマスターですか?─RE:I AM─【チラ裏版】   作:つきしまさん

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第3話

「レイ課長、RCX-76ラインの調整完了しました。ようやくこのモビルスーツ・プロジェクトも佳境ですね」

「ん? ああ、そうだな」

 

 テム・レイ課長はアナハイム社のガンキャノン開発主任だ。

 RCX-76はMBT(主力戦車)として開発が進められ、その実験機としての形が完成したばかりだ。

 ミノフスキー博士の一番弟子ともいえるレイ博士にとってこのプロジェクトは人型機動兵器の礎となるもので、同社のガンタンクに並ぶ軍事部門の主力製品となるはずだ。

 惜しむらくはMBTの枠内として扱われたので仕様に対する制約が多かったことくらいだろう。

 

「ガンキャノンのプロトタイプ実験が終われば、課長も次のプロジェクトに移られるのでしょう?」

「まあ、そうなるだろうな。モビルスーツ事業はおそらく拡大する。他社に後れを取るわけにはいかないからな。次のプロジェクトが進められるだろう」

「課長もモビルスーツ開発チームに参加なされるのでは?」

「どうかな? 私にお呼びがかかればだが……」

 

 そう言いながら遅めの午後のコーヒーを口にしてテムはモニタに移るガンキャノンを眺める。その隣に息子のアムロの写真がある。

 声をかけられるという自負はある。ガンキャノン開発を軌道に乗せ、次のバージョンもお披露目が可能なところまで来ていた。

 テスト機の開発が終わればこのチームを離れることになるだろう。

 今日は早めに帰ってアムロと久しぶりに食事をするのもいいだろう。父親らしいことをするのも久しぶりだ。

 

「課長、それ、何ですか?」

 

 テムの机にあるディスクを部下が目ざとく見つける。

 

「ああ、本社の友人が解析班にいるんだが興味深い映像があると言ってこっそり送ってきたんだ。社外秘だぞ」

「へえ、それはそれは……大丈夫、黙っておきますよ。こう見えても口は堅いんです」

 

 部下は口にチャックするしぐさをする。

 

「そうしてもらえると助かる。まあ社外秘と言っても大した映像でもあるまいよ」

「そうですね。ではお先に失礼します開発主任殿」

「気を付けて帰りなさい」 

 

 どうせ大したこともあるまい。部下にも言った通りテムは軽い気持ちでディスクの再生ボタンを押した。

 

●REC:

 

 画面に一人の女が映った。技術者定番の白衣姿だ。

 研究者らしい外見で化粧もナチュラルで大雑把な部分も見られるが当人は恐ろしいまでの美女だった。

 テムとしては初対面だが、彼女がクリスティン・マリア・ナガノであることは知っていた。

 アナハイムは男やもめの技術者が多い世帯であるので美人博士の存在は噂に上がる。

 十代で天才博士の名を得たという。確か兵器部門にいたはずだ。

 

「私はクリス・マリア・ナガノ博士。パナマ沖で見つかったというこのマシンの解析チームに参加して三日が経っている。このビデオは解析班の記録用メモリに保存され倉庫行きだ。きっと日の目を見ることはないだろう。このマシンも封印されブラックボックスとして扱われなかったことにされるのかもしれない。それはともかくだ。我々が解析したマシンがなんであるのか大雑把だが解説していきたい」

「マシン?」

 

 時間を気にしながらテムは映像が移動するのを見守る。送り主のメモではとんでもないものが見れるとだけあった。

 

「何だ、これは?」

 

 解体され、すべての装甲と電装部品を取り除かれたそれは人体の骨格標本のように横たわっている。 

 上からのカメラと横からのカメラが同期して映し出される。

 人型のモビルワーカー……いやモビルスーツに違いない。ジオンで開発されているというMSの存在はまだ噂の域を出ない範囲だが把握している。

 それがどのような性能を持つのか……連邦もアナハイム上層部も脅威と見ていないことも。

 

「このマシンの胸骨から腰までのものが人間の骨格を思わせるものであることが見て取れる。マシンの竜骨フレームがこれほどの太さを持つことは私たちの常識にないことは見ての通りだ。これまでに開発されてきた機動兵器でこれほど人体に近い構造のマシンは存在しないと言っていい」

 

 次にマシンの関節部。手、腕、腰、脚、足に至るまでの映像が流れる。

 思わず身を乗り出して細部を確認しようとするが解像度の問題で細部までは確認できなかった。

 

「ええい、カメラが遠すぎる」

 

「これらの関節部にこもった熱などを排出する機能も興味深いものがある。肩骨と鎖骨の間にある器官。あえて器官と呼ぶが、関節部にたまった熱を肩骨の下から排出する機能があるのが見て取れる」

 

 背中、排出機関らしい部分を映すが黒く煤けている。

 

「ボディの構造を見てほしい。肩甲骨に当たるフレームに両腕が釣り下がるようにある。片腕がないが、鎖骨、上腕部のパワーシリンダーとリンクし連動するようになっている。これは非常に人間に近い動きを可能にする構造だ。肩から背中にかけてある装甲は非常に硬く作業用のダイアドリルを砕くほどだ。これを破壊するのは不可能に近いだろう。それよりも強固なのが腰の骨盤だ。人間の骨盤とは異なるが機能的には同じと言っていい。実に重層で解体不可能な部分だ。脚部とはボール型のジョイントで繋がっていて非常にシンプルな構造と言える。脚部のデザインも非常にパワフルで美しい構造になっている」

 

「ミス・ナガノは脚フェチと見えるな」

 

 冷めたコーヒーをテムは口もとに運んで笑う。技術者にはありがちなこだわりだ。

 

「関節部を動かすためのパワーシリンダーの繊細さはまさに芸術的だ。パワーシリンダーは人間の筋肉と腱同様の働きをする。伸ばしたり走ったり、人同様の動きを可能とする。この膝部分にあるV型のシリンダーは膝やかかとを伸ばし、X型のシリンダーは相当の衝撃を吸収し、また躍動する関節から圧倒的なパワーを生み出すものだ。これらの駆動系シリンダーを動かすエネルギーはエンジンから賄われているものと推測する。関節個別事のモーターやギアは存在せずパワーシリンダー単体が駆動の主軸となっている」

 

「信じられん。まさに人体の動きを完全再現するために作られたマシンか……」

 

 次に映し出されたのは卵型のコクピットルームだ。頭部から外されてナンバーを振られ単独部位として扱われている。

 

「これは見ての通りコクピットであると思われる。とはいえ、通常の機動兵器で想像するものとはいささか趣向を別にする。このコクピットは多重構造で高圧ジェリーの中に浮いたような形になっていた。なっていた、というのもそのジェリーも分析に回してしまっているからだ」

 

 そこは不満だという顔でクリスはホワイトボードの前に立ちペンで図面を描き出す。

 

「ここにあるコクピットは中に浮いている部品だ。ここにマシンが得る情報が集まるが興味深いことに人間の頭蓋骨と大脳に近い設計だ。竜骨神経を通じて情報伝達の受信を行っている。文字通りここが頭脳となる場所だと言える。惜しむらくはその頭脳とは別にもう一つコクピットが胸部に存在した。おそらくこのマシンの操縦を知る上で最も重要な部分は欠損している」

 

 アンノウンのコクピットに丸が入る。

 パイロットの肉体の動きを直に伝え、反応速度に応じた行動をマシンが実現させると続き?マークが書かれる。

 

「ふむ……しかしそれ相応の反応速度がなければ兵器に対する対応は遅れるだけではないのか? よほどの訓練を積まなければ難しい気がするが……」 

 

 従来の機動兵器とコンセプトが違い過ぎる。そのような兵器をどのような目的で作ったのか?

 白兵戦にしても人間の身体能力で考えると現実的ではない。

 

「頭脳である頭部のコクピットとは別にもう一人の操縦者がいたはずなのだ。その一端でも知るべくあらゆる方法でマシンが起動できるか試したが不可能だった。このマシンに用いられる電装システムは見た目は私たちが知るものと非常に近いものがあるがまったく異なるエネルギーで動いていたのだ」

 

「まったく別のエネルギー? いったい何だ?」

 

「このマシンの心臓部。つまりエンジンがこれまでのモーター産業史に存在しない技術で作られているものだということは技術者であれば一目で見抜くだろう。もったいぶったがこれがそのエンジンだ!」

 

 無数のプラグが頂点に集中し硬い傘の金属に繋がっている。幾重にも重なる傘が殻のように球体上の核部分を覆ってた。

 

「これはなんだ? そう思うことだろう──」 

 

「これは……なんだ? エンジンだと? これがエンジンだというのか?」

 

 食い入るように映像を見ていたテムが立ち上がって机を叩く。誰もいないオフィスを見回してこぼれたコーヒーをふき取る。

 

「エンジンと考えるとこれだけの質量があるマシンを動かすには小さすぎるように見える。このエンジンの中核は何重もの堅固な装甲で覆われ守られている。この中心にある核のようなものが途方もないエネルギーを生み出していたのだ。我々の常識を凌駕するこのエンジンがどれほどのエネルギーを生み出すのか? 答えは逆算的に計算するしかない。このマシンのボディと質量に加え、竜骨の強度。機体にかけられたであろう負荷を分析し解析する──」

 

 クリスの説明を聞きながらテムはとっくに帰ると決めた時間を過ぎていたことに気が付く。

 

「もしこれを見る者がいるとすればだが、これはお伽話だ。科学者が見る夢物語として記憶に留めておくといい。そしていつの日かこのマシンの様な兵器を創り出す時が来るのかもしれない。科学の進歩と共にね……この一見ただの装甲に見える金属もただの金属ではない」

 

 クリスが下がり床に置かれたナンバーを振られたいくつもの装甲が映される。

 

「これが解体前のマシンの姿」

 

 ホワイトボードにモーターヘッドの骨格のシルエットが描かれ、取り外す前の装甲の絵が重ねて描かれる。

 

「絵心はあるな」

 

 テムが想像するMSの姿とはだいぶ異なる。張り出した肩の装甲の構造は、それがどんな意味を持っていたのかは想像しにくい。

 キュッとしまった腰の部分は装甲らしきものは見えないが相当な耐久力があることは理解できる。

 最初に見た竜骨の堅牢さからそれは明らかだ。

 腰元から伸びたスカートは腰回りを防護し女性のフォルムのようにも見えた。

 無骨なマシンだが美しい芸術品を思わせた。テムからすればまるで理屈に合わない姿だ。

 これは兵器と呼べるのだろうか? 誰が求めるのだろうか、と?

 

「さて一見ただの鉄板に見えるがこの金属は生きている。生きているというと語弊があるかもしれないな。これは三日前に撮った同じ装甲だ。並べて見てもらうとよくわかるだろう。傷ついた部分の比較を」

 

 現在の装甲の色、つやは明るく写真は煤けている。そして装甲についた傷は現在のものは薄く消えかかっていた。

 

「この装甲には全く細工はしていない。三日前からほぼ放置していたものだが、明らかに再生している。再生金属。元の形に戻ろうとする性質がある金属は一般的に知られているがまったく別のものだ。これは明らかに人体が傷を治すように復元し回復させている。ここまで来るともうSFと言っていいだろう」

 

 架空の科学小説、ドラマ、映画。一昔前の虚構は今では圧倒的に現実の技術が上回る世界ではSFという言葉は陳腐なという意味での呼び方でしかない。

 だがテム・レイ博士にとっては違った。彼は打ちのめされる。このビデオは紛れもない本物だと直感が告げている。

 友人がなぜこれを送ってきたのかの意図はわからないでもない。ビデオは終わりモニターはテムの顔を映した。

 

 テムはミノフスキー博士の弟子という強い自負を持ちながらも、現状の機動兵器の常識を超えるものを作ってはいなかった。 

 この私にガンキャノンで満足しろと? 

 自らの手でモビルスーツを造る──密かに胸の内に温めていたものがふつふつと熱を帯びて現実のものになろうとしている。

 これは何だ? 科学の躍進だ──

 オフィスを後にしてテムは暗い闇の向こうを見据え帰宅の途に就く。 

 

「父さん帰ったの? お帰り……」

「ただいま、アムロ」

 

 玄関の音に息子のアムロが階段から降りて下を覗く。いつも通りの遅い父親の帰宅だ。

 

「食事は済ませたか?」

「ああレトルトを食べたよ」

「ちゃんとバランスを考えて食べなさい」

「わかってるよ、父さん」

 

 食べるものに口を出されて迷惑とアムロは返す。父親らしいことなど口先ばかりが父という人だ。

 

「父さんは食べないの?」

 

 慌ただしく階段を上がって部屋に入るテムの背中に言葉を投げかける。

 

「まだ仕事がある」

 

 そう言って奥の部屋に入っていくのをアムロは階段上から見送るのだった。

 

「家でも仕事か……だから大人ってのは……」

 

 アムロは分解中の機械の整備に部屋に戻っていた。

 テムは部屋に入ると着替えもせずに鞄を放ると早速コンピューターを立ち上げる。サーバーたちが電子音を立てながら室内に光の列を作る。

 テムが所有するコンピューター群は家にいても仕事ができるように環境を整えてあった。

 新型RX計画。

 ガンキャノン開発の傍らでテムが内密に進めてきたモビルスーツの全容がそこにある。

 

「私は夢物語に留めるつもりはない──」

 

 モニターを睨むその目はあのディスクのせいで燃え上がっているのだった。 

 

 

 ──北米アナハイム本社。一人の若い女がコート姿で表に姿を現した。冷徹な美貌を持つ顔は目元を隠すバイザーで覆われている。

 警備の横を抜けて歩くさまは一流のモデルのようでもある。黒く長い髪は艶やかに腰まであったがよく手入れされて輝いている。

 

「ナガノ博士でいらっしゃいますね?」

 

 背の高いスーツ姿の男がクリスの進行前に立って声をかけた。バイザーで表情を映さない女の目線が男に投げかけられる。

 

「どちら様ですか?」

「マーサ・ビスト・カーバイン様が車でお待ちです」

 

 クリスの先に止まっている車がある、黒塗りの高級車はアナハイムの幹部用といったところだ。

 それは有無を言わさぬ命令であった。相手が誰であるのか知らぬでは通らない名前もある。

 むろん、クリスは彼女の名を知っている。が、その人物との接点はまるでなかった。会ったことさえないはずだ。

 兵器部門では開発部長に逆らって爪はじきにされ、開発チームを追い出されて田舎の資材課に飛ばされたクチだ。

 それが呼び戻され謎のマシンの解析チームに組み込まれた。すべての情報を口外しないという機密書類にサインさせられチームは解散となっている。

 それがビスト? ビスト一門に目を付けられるようなことをした覚えはない。

 それもアナハイムにおけるビスト代行人である彼女から直々に呼ばれるなどありえないことだ。

 壮大なクビ宣言というわけでもなさそうだ。

 クリスは逆らわずに歩きだす。一生乗るかわからないような高級車のドアが開き、同じく高級ブランドの服に身を包んだ女が座っている。

 広い後部座席に乗り込んでクリスはマーサ・ビスト・カーバインと向かい合う。

 

「あなたはアナハイムの研究員の中で最も若く、最も優秀な技術者と聞いているわ」

「どうでしょうか? 人に逆らって左遷されて物置でくすぶっていた女です。戻っては来ましたが、そのチームも解散したので今は社内のフリーランスですね」

 

 フリーランスと言ったが、資材課に帰れば物置場の管理者である。戻る場所といえばそこしかない状況だ。

 

「はっきりモノをいう性格ね。そういうところは好きよ、あなた」

 

 マーサの探るような目をクリスは無表情でかわす。バイザーを外し、自分を呼んだ意図が何なのかを尋ねることにする。

 

「では、何の用ですか? 私はご機嫌取りはしません。そういうことができる質ではない」

「私の周りにそういうのは溢れるほどいるから心配はいらないわ。私はあなたが欲しいのよ。新しく立ち上げるプロジェクトにね」

「プロジェクト?」

「ビストとアナハイムで進めるモビルスーツ開発計画……その責任者にあなたを雇います」

「モビルスーツと仰いましたか?」

「あなたのレポート読んだわ。素晴らしい観察眼の持ち主ね。そして柔軟に対応する能力を持っている。あなたを解析チームに入れたウォンの目に狂いはなかったわね」

 

 ウォン・リー。会長の腹心という人物。クリスはウォンが自分を解析チームに入れた当人だとは聞かされるまで知らなかった。 

 

「私を雇う? ビスト家がですか?」

「アナハイムからの正式な辞令の通達も出すわ。しかるべき立場で主任として開発チームを率いてもらいます。十分な施設と工場を提供もできる」

「私をチームに入れると決めた理由をお教え願いたい」

「気に入ったからよ。あなたは従来の古い考えを正し、新しい世界を切り開くことができる。男に逆らったからといってその道を潰すことはない。これからはそういう時代なの。あなたは若く、美しい女で、可能性を実現させる意思がある」

「買いかぶっておられるようです」

「いいえ、買いかぶってはいない。あなたはきっと引き受ける。連絡を待っているわ。三日以内に返事を頂戴」

 

 マーサが差し出したカードには連絡先が記してあった。それを受け取りクリスはバイザーを身に着ける。

 

「話は聞きました。では、失礼」

 

 短く告げてクリスは車を出る。微笑むマーサを後にしてドアが閉まる。そして車は走り出して夜の街に消えた。

 野心的な女だ。ほんのわずかな合間の会話でクリスはマーサの目に宿る野心めいたものを見た。

 

「可能性……モビルスーツか……」

 

 そう呟いてクリスは踵を返して歩きだす。

 宇宙世紀0076年初春──後にRX-78と呼ばれることになるモビルスーツの開発計画が初動を開始しようとしていた。




 

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