白の従者との交流
この次元のプラネテューヌには、女神補佐官という役職が存在する。
教会において教祖と対をなす、国のトップである守護女神を補佐する双璧であり。教祖が国政を司るなら、女神補佐官は軍事を司る、などと言われている。
主な業務は、女神の身の回りの世話、教育、鍛錬などを行うことである。また、プラネテューヌの衛兵や諜報員の戦闘指南を担っている。
そんなプラネテューヌ教会で、ある日のこと。
「ネプテューヌさん、今日こそ例の書類をルウィーまで持って行ってください!」
「えー、明日でいいじゃん」
「そう言ってからもう二週間経っているんでいますけど」
「じゃあもう二週間は大丈夫ってことだね!」
「なんでそうなるんですか!」
「この時期のルウィーはいつも以上に寒いんだもーん。暖かくなってからでいいじゃーん」
「何ヶ月先まで引き伸ばすつもりですか! このままじゃ外交問題に発展しちゃいますよ!」
いつものように仕事をサボるネプテューヌと、それを諌めるイストワール。
その二人の喧騒を聞きながらも、特に気にする様子は見せず、黙々と書類仕事をこなす男がいた。
「ギンガさんもネプテューヌさんに何か言ってください!」
「私ですか?」
急にイストワールに話を振られたこの男こそ、本作『紫の星を紡ぐ銀糸』の主人公、女神補佐官の『ギンガ』である。
身長は182㎝、外見年齢は二十歳程度。イストワールの金髪の真逆のような銀色の髪と星空のような青紫の瞳が特徴で、ネプテューヌ曰く「無駄に良い顔」な容姿。
人工生命体イストワールが製造される前から生きているほどの長寿であり、初代プラネテューヌの女神の代からプラネテューヌに仕え続けている。つまり、ただの人間ではなく、イストワールと同じく人工生命体で、イストワールと異なる点は、丁度20歳程度の頃に人間から半人半人工生命体に肉体を作り替え、ここ最近完全な人工生命体に生まれ変わったことである。
「……こほん、ネプテューヌ様、書類をルウィーに持っていくだけですよ? サッといってサッと帰って来ればすぐです」
「えー、めんどくさーい。ギンガ行ってよ」
「わかりました」
「返事早っ!」
この男ギンガは、女神ネプテューヌにこき使われることを喜びとする男。
女神の命令を遵守することが生き甲斐。つまるところ、狂信者である。
「女神を信じない人間は死ぬべきである」と思っていた以前よりだいぶマシにはなっているが、その狂信者ぶりは未だ健在。ネプテューヌに頼まれた雑用を喜んで受け入れるのだった。
「イストワール、私がルウィーに書類を持って行くことになりました。プラネテューヌの女神補佐官である私ならば、ネプテューヌ様の代理としての責務を全うできるはずです」
「またそうやってネプテューヌさんを甘やかす……まぁ、わかりました。では、お願いします」
「ギンガー、気をつけてねー」
「飛んでいく際は飛行機などにぶつからないように注意してくださいね」
「はい」
「いってらっしゃーい」
「いってきます」
ギンガは専用のプロセッサユニット『リミテッドパープル』を装備し、ルウィーの方向へ空を飛ぶ。
*
ルウィー教会。
「今日は吹雪が酷いわね」
読者をしながら、窓の外を見たブランが呟く。
(外に出れそうにもないし、読書日和ね)
すると、豪雪が吹き荒れる中、ふと光が煌めいた。
「……ん?」
その光は強さを増し、ルウィー教会に接近する。
「ブラン様ーーーーーーッ!」
「うぉぉおお⁉︎」
その光の正体であり、高速で飛行してきたギンガは、ブランの部屋の窓にペタリと張り付く。
驚きのあまり大声をあげるブラン。
ブランが窓を開けると、ギンガはブランに跪くように着地する。
「女神補佐官ギンガ、ネプテューヌ様の命を受け、ブラン様の元に参りました!」
「と、とんでもねえ参上の仕方をするんじゃねえ!」
「申し訳ありません。例の書類をお持ちしました」
「……ようやく持ってきたのね。あなた雪まみれだから、タオルを持ってこさせるわ」
「ありがとうございます」
ギンガは、ルウィー教会のメイドから渡されたタオルで頭を拭きながら、ブランの自室から女神の応接間へ向かう。
応接間へ到着し、書類の内容を照らし合わせながら色々と話し合う二人。
「……そういえばブラン様」
「なにかしら?」
「見慣れない子がいましたね。新人のメイド……にしては服装が違いましたし」
「あー、側近よ。名前は『クリスト』」
「クリストさん……ですか。側近? ルウィーの女神補佐官ってことですか?」
「それだとプラネテューヌの後追いしたみたいで癪に触るし、あくまで『側近』よ」
「そうですか。それにしても……彼女はかなりの逸材ですね」
「やはり、あなたには見ただけでわかったようね」
「あれほどの逸材を見たのはあいちゃんとコンパさんぶりですから、心が躍ってしまいました。連れて帰ってもよろしいでしょうか?」
ちなみに、プラネテューヌ諜報員であるアイエフに戦闘の基礎を叩き込んだのもギンガであり、アイエフはギンガのことを『師匠』と呼び慕っている。
「ダメに決まってるでしょ。それより、逸材って、アイエフはわかるけど……コンパも?」
「はい。コンパさんも逸材ですよ。もう少しあいちゃんのように性格が戦いに向いている気質なら……と口惜しい気持ちもありますが、それがコンパさんの魅力でもありますからね」
「ふーん。なら丁度いいわ。お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「クリストの稽古をつけてあげてくれない?」
「私が……ですか?」
「ええ。私やロムとラムと戦うより良い経験になると思うから」
「私は構いませんけど、クリストさんがどう言うでしょう?」
「私の命令ってことにしておけば断れないわ」
コンコン、と応接間のドアを叩く音が鳴る。
「ブラン様、お茶をお持ちしました」
そして、執務室の扉の向こうから、少女の声が聞こえた。
「噂をすれば、ね。入って」
「失礼します」
今入ってきたこの少女こそ『白の女神の新たな従者』の主人公、女神ブラン:ホワイトハートの側近『クリスト』である。
身長は145㎝程度。胸辺りまでの白の長髪のポニーテール、目の色は黒。
紺色の道着袴を着て、白い足袋と草履を履いている。そこにブランから貰った水色のケープを羽織り、白いポシェットを下げている。
所謂和装であり、洋風でモダンな雰囲気のルウィー教会では一際目を引く格好をしている。
「今日のお茶はベール様からいただいた紅茶になっています。ブラン様、どうぞ」
「ありがとう」
「お客様もどうぞ」
「ありがとうございます」
(……うっわ、すっごい良い顔。プラネテューヌの女神補佐官だっけ? それにさっきブラン様は「噂をすれば」とか言ってたな。私の話をしていたのかな? 緊張しちゃうな……)
守護女神の関係者の男性と接する機会はあまりなかったからか、珍しそうな目でギンガを見るクリスト。
(……ふむ、従者としての作法は叩き込まれているようですね。フィナンシェさんあたりが指導したのでしょう。あの服装……おそらくクリストさんはルウィー出身ではなく、辺境のあそこらへんの村辺りですかね?)
対するギンガも、クリストの身なりや立ち振る舞いを観察していた。
「……クリストさんと言いましたか」
「は、はい!」
急にギンガに声をかけられたクリストは上擦った声の返事となった。
「もう、クリスト。緊張しすぎよ。まぁ確かにこの男は顔"だけ"は無駄に良いから気持ちは少しわかるけど。クリスト、あなたこの後の予定は?」
「えーと……特にはないので鍛錬でもしようかと」
「そう、なら丁度良い。ギンガと手合わせをするといいわ」
「手合わせ……ですか?」
「彼、強いのよ。私たち女神ほどじゃないけど。だから、あなたにとって良い経験になるはずよ」
「は、はい………」
急な話ゆえに、クリストの返事はしどろもどろだった。
「書類の件は済んだし、じゃあ、後はお若いお二人に任せて」
「ちょ、なにお見合いみたいなこと言いだすんですかブラン様!」
「そうですよ。それに、私はブラン様よりも歳が上なので若くはありませんし」
(え、そうなの⁉︎ どうみても二十歳ぐらいなのに……)
「一度言ってみたかったのよ、この言葉」
そうして、ブランは執務室から去っていった。
何を喋れば良いか分からず、黙り込むクリスト。
「……握るのは剣、いや刀ですか?」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはギンガだった。
「はい、刀です。どうしてわかったんですか?」
「服装と、手ですかね。お茶を給仕してくれた時にふと見えた、手のマメのできかたが刀を握る人間のそれでしたし」
「あの一瞬でわかったんですね」
クリストは、自身の使う武器を見事に言い当てたギンガに興味が湧いてきた。
「あの、私からも質問したいんですけど、ブラン様より歳上と言っていましたが、プラネテューヌで女神様にどのくらい仕え続けてるんですか?」
「うーん……えーと……あー…………初代は何年前でしたっけ……? えーと…………」
(初代⁉︎ 初代ってプラネテューヌの初代守護女神ってことだよね? プラネテューヌの歴史は全然詳しくないけど、何千年生きてるのこの人⁉︎)
「あの! 軽い気持ちで聞いただけなので、そこまで深く考えなくていいですから!」
「あ、はい、ごめんなさい。そうだなぁ、私今何歳なんでしょう? 後でイストワールに聞きましょうかねぇ……」
(歳をとると自分の年齢をいちいち数えなくなるっていうけど……それって本当だったんだな……)
「……ブラン様に仕えるようになってから、どうですか?」
「えっと、すごく大変です」
「でしょうね」
「けど、楽しいです。最初は成行と勢いで側近にされたんですけど、いつのまにか自分にとっての心の拠り所になって、不思議な人ですよね、女神様って」
クリストの言葉を聞いて、ギンガは自身がまだ幼い頃にプラネテューヌの初代女神に拾われた時のことを思い出す。
思えば自分が女神補佐官になったのも、クリストと同じく成行と勢いだった。それがいつのまにか自身のアイデンティティになり、そして誇りになった。
ギンガはクリストに過去の自分を見ているようで、少し微笑ましい気分になった。
「……そうですね、不思議で、そして素敵な方々です。女神様は」
それから二人がたわいもない話をしていると。
「ギンガさん来てるんでしょー⁉︎」
勢いよく応接間のドアを開け、ロムとラムが入って来た。
「ギンガさん久しぶり……!」
「お久しぶりです。ロム様、ラム様」
(……わっ、すぐに屈んで目線をロム様とラム様に合わせた。プロだなぁ……)
「ギンガさん遊ぼー!」
「雪合戦、しよ?(わくわく)」
「外猛吹雪ですよ?」
「猛吹雪の中でやるから面白いのよ!」
「そうですか……しかし、お誘いは嬉しいのですが……私には他にやることがありますので……」
「えー! 遊んでくれないのー? あー! わかったー! ギンガさんは側近さんを口説こうとしてるんでしょー⁉︎」
「わぁ……!(どきどき)」
「口説っ……違いますよ!」
「そうですね。口説いています。あわよくばプラネテューヌに連れて帰ろうかな、と」
「ええっ⁉︎」
「冗談です」
「タチの悪い冗談はやめてくださいよ!」
「そうだよ! 側近さんにはもうフィナンシェさんがいるんだからー!」
「ちょ、ラム様⁉︎」
「ほぅ……フィナンシェさんと、ですか」
「二人はね、ラブラブなんだよ」
「ロム様も悪ノリしないでください!」
(うぅ、どうして私がこんなに恥ずかしい目に……! けど、ロム様とラム様にこんなに懐かれてるなら、悪い人じゃなさそうだな。いや、それは女神の従者だから当たり前か。それに、話す前はとっつきづらい雰囲気だと思ってたけど、話してみたら別にそうでもないし)
この男の人となりはわかった。
次は…………
「……あの、ギンガさん」
「なんでしょう?」
「そろそろ手合わせの方、お願いできますか?」
「……ふっ、勿論です」
刃で語り合いたい。クリストはそう思っていた。
*
ルウィー教会地下の修練場。
模擬戦用のゴム素材でできた武器を持ち、対峙するギンガとクリスト。
「準備はよろしいですか? クリストさん」
「はい!」
「側近さん頑張れー!」
「頑張れー……!」
(場所が場所な上に立場が立場なので、クリストさんばかり応援されていますね。正直羨ましい。アウェーの時のサッカー選手もこんな気分なのでしょうか?)
両手に模擬刀を携えるクリスト。
対するギンガは、片手でのみ模擬剣を握る。
「では、行きます!」
先に動いたのはクリストだった。
高いAGIを活かし、一気に間合いを詰める。
「……っ!」
しかし、刀の間合いに入る直前にその足を止める。
ギンガの異様な気配を感じ取ったからである。
(ただ剣を構えて立っているだけなのに……隙らしい隙がどこにもない……! 迂闊に突っ込めばカウンターでやられる!)
クリストの読みは正しかった。
ギンガは守護女神より弱い。それは紛れもない事実である。しかし、ギンガには本気の守護女神の修練相手となる程の強さがあることもまた事実。
クリストが迂闊な攻撃をしようものなら、下手をすれば反撃により勝負は決する。
(なら、一旦は距離を詰めずに戦おう……!)
「凍てつけ……『氷天凍地』!」
その声と共に、クリストは刀を地面に刺す。
すると、ギンガの足元から氷柱が出現した。
「……ほぅ」
しかし、氷柱が出現する直前に魔力を感知したギンガは、バックステップで氷柱を回避する。
(避けられた……! いや、避けたというより、先に動いたような……)
「少し、氷が邪魔ですね。『魔界粧・轟炎』」
ギンガは氷柱に対抗するように、魔法の火柱をぶつける。
(魔法まで使えるのかよこの人。しかも炎魔法、相性が悪い……!)
魔法のぶつけ合いだと分が悪いと判断したクリストは、刀の間合いに近づいていく。
(迂闊な攻めは悪手。だから、全力で技を叩き込む!)
「『飛燕氷牙』!」
抜刀の勢いから放たれる斬撃『飛燕氷牙』。
魔法を唱えるために剣を下げていたギンガの隙を逃さずに、その刃を振りかぶる。
「……『ギャラクティカエッジ』」
しかし、その斬撃は、ギンガの剣技『ギャラクティカエッジ』に相殺される。
(嘘……! 完全に先手は取った筈なのに! ていうかなに今の剣技……⁉︎ 斬撃が出るまでの予備動作が一切見えなかった……‼︎)
『ギャラクティカエッジ』はギンガが数千年もの間に極め続けた剣技の真髄。ゲイムギョウ界において最速で当たり判定が発生する技で、予備動作が見えないほど。
(そうか! この人の強さって女神様みたいに身体強いからってよりは、剣技の基礎を極めたような戦い方をすることなんだ……! だから、私にとってこの人から学べることが多いからって意味で、ブラン様は手合わせをしろって言ったんだ!)
その後、お互い技を出さずに刀と剣で斬り結ぶだけの時間続く。
(……ふむふむ。やはり……良い! ブラン様は良い従者をお持ちのようだ。これほどの原石に出会ったのは久しぶりなので、ついつい心が躍ってしまいます。しかし……)
だが、クリストの刀がギンガを捉えることはない。
「……足りませんね」
「足りない……?」
「クリストさんが本気を出していないわけではないんでしょうけど、おそらく何かまだありますよね? 例えば…………女神様の変身みたいなものとか」
「……‼︎」
(マジかよ……! 少し刃を交えただけで私の『氷魔覚醒』がバレるなんて……っ!)
「見せたくない理由があるのなら無理にとは言いません。けど、私はあなたの本気が見られないのは少し悲しいですね」
「いや、隠してるつもりはありませんでしたよ? けど、私が見せようとする前にバレると思ってなかったです……」
「ほぅ。では……!」
その声と共に強い足踏みで、ギンガはクリストに接近して剣を振るう。
「……本気を出したくならせてあげましょうか!」
「わわっ!」
先程よりも更に苛烈さを増すギンガの斬撃。
剣を一つしか持たないギンガに比べ、二刀流であるクリストの方が手数は多い筈なのに、クリストはギンガの剣の速さに追いつくだけで精一杯だった。
「ほらほら〜! 本気を見せなければこのまま決着ですよ〜‼︎」
「……くっ、このぉ……っ!」
ギンガはクリストの刀を弾き飛ばして距離を取り、わざと変身の隙を与える。
半分挑発のように見えるギンガの行動に対し、クリストはほんの少しだけ苛立ちを覚える。
「そんなに見たいのなら、お見せします! いでよ……氷晶の陣羽織!!」
クリストの魔力が氷塊に変わり、その氷塊は細かく弾ける。
弾けた氷の粒は舞い上がり、クリストの上半身を覆う。
覆われていた氷の粒は、水色の陣羽織へと姿を変える。
そして、湧き出る魔力に意識を向け、各部位に防具を生成していく。篭手、臑当、甲懸、兜、大袖と、甲冑を意識した装備を身にまとった。
「素晴らしい……!」
守護女神の変身とはまた違った、美しくも力強いクリストの変身を、ギンガは目を光らせながら眺めて呟いた。
クリストは更に四本の氷の刀を生成、自身の背後に浮遊させる。
そして、目を閉じて再び開くと、普段の黒い眼が女神ホワイトハートの髪の色のような水色へと変わっていた。
「これが私の変身『氷魔覚醒』です。ここからは、本気で行きます!」