「そうして2人は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
そんな言葉で終わる、ちょっとした話。

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 初めての作品ですが、楽しんで読んで頂ければ幸いです


冥府の君に

□【死兵】 ノオ・ネイム

 

 

 

 <エンブリオ>、それは持ち主の行動や経験値、人格や願いなどに応じて独自の能力を獲得するシステムだ。どんどん突き進む奴の<エンブリオ>は武具に、寂しがり屋な奴の<エンブリオ>はモンスターに、ロールプレイが上手い奴の<エンブリオ>は乗り物に、という感じでそれはもう様々な進化をするらしい。

 そんな<エンブリオ>を俺も1週間前に受け取ったのだが、なかなか第0形態から孵化しない。武具にもモンスターにも乗り物にもならないし変化しないのだ。「1週間程度で焦りすぎ」と友人には言われたが全然焦りすぎてなどはいない。

 <エンブリオ>がどんな進化をするかによって今後どのジョブに就くか、どんな生活をするかが決まるのだから。例えば俺の<エンブリオ>が住みやすい小屋に進化したなら、俺はそこで何か物を作って穏やかな生活をするだろう。どんな攻撃も弾く無敵のバリアに進化したなら、俺は戦いの最前線で味方の盾になるだろう。

 そんな訳で<エンブリオ>が進化しない内からジョブに就いても、そのジョブと相性の悪い能力に進化をしたなら就いた意味がなくなってしまう。だから最初はどんな能力でも使えそうで、少しでも<エンブリオ>といる時間が増えそうな【死兵(デス・ソルジャー)】に就いたのだが、レベルを40まで上げたところで我慢の限界が来たのだ。【死兵(デス・ソルジャー)】はステータスが全然上がらないのでほぼ初期値で40までレベル上げをした俺を褒めて欲しい、と友人に言ったら「そこは普通にステータス上がるジョブ就いとけよ」と返された。解せぬ。

 

 そんなこんなで我慢の限界が来た俺は、新たな刺激を求めてドラグノマド行きの船に乗ったのであった。

 

「そろそろ<冥府の大穴>だ。結界も張られてるから大丈夫だとは思うが、一応【健常のカメオ】やるから装備しとけよ。ほれ」

「おー、ありがとう。……<冥府の大穴>って何?」

 

 友人から貰ったアクセサリーを装備しつつ疑問を返すと、友人はすぐに答えてくれた。

 

「<冥府の大穴>っていうのは【冥竜王 ドラグプルト】の巣穴の名前だ。近くを通ると低確率で【即死】をもらうから対策しないとデスペナルティになるんで注意な」

「危なくね? もうちょい安全そうなルートはなかったのか?」

「いや、他のモンスターも【即死】で死ぬから割と安全なルートなんだよここ。それにこのルート通った方が近いしな」

 

 ふーん、と相槌をしつつ<冥府の大穴>がありそうな場所へ目を向ける。そうすると<冥府の大穴>はすぐに見つかった。

 大穴というより崖とでも呼ぶべきと思える程に大きなその穴は、確かにボスモンスターがいそうな雰囲気である。

 

「【冥竜王 ドラグプルト】は神話級の<UBM>でさ、【即死】がとにかく厄介で<超級>の連中も倒せねーんだとよ。

 興味湧いてきたか?」

「……少しは」

 

 <超級>、それは<エンブリオ>を七回進化させた奴のことを指す言葉だ。大抵の連中は六回の進化で止まっていて七回も進化させた奴はごく少数だとか。そこまで行くと大都市も片手間に潰すことができるらしいが、【冥竜王 ドラグプルト】はそんな連中でも倒せないと友人は言う。

 そうやって大穴を眺めて話をしながら、ふと友人の方を見る。友人は何やら考え込んでいるようだ。

 ……何故だろう。とてつもなく嫌な予感がする。

 

「……よし! 会いに行くか!」

「会いに行くって、【冥竜王 ドラグプルト】に? 俺はまだ<エンブリオ>も孵化してない初心者だから真っ先に死ぬぞ?」

「一回くらいは死んだ方が<エンブリオ>にも良い経験になるさ」

 

 そう言いながら友人は俺の首を掴み持ち上げる。全く配慮がない持ち方をされた俺のHPはどんどん減っていく。

 

「おい待て、なにする気だ!?」

「だから、【冥竜王 ドラグプルト】にお前が会いに行くんだ、よ!」

 

 友人がその言葉を言い切るのと同じくらいに、俺は<冥府の大穴>へと向けて投げ飛ばされた―――!

 

「うおおおおお!!!」

 

 投げ飛ばされた衝撃で既に俺のHPは全てなくなっており、【死兵】のスキル、《ラスト・コマンド》が発動している。おのれ友人め。漫画やアニメみたいに命は落とさないようにしてあるとかではなく、マジでその場の思いつきで全力投球しやがった! 

 そんな友人の全力投球は、狙いそのものは正確だった様だ。このまま飛んでいたら丁度<冥府の大穴>の中央の辺りに落ちるだろうと予測できる軌道で、俺は綺麗な放物線を描きながら飛んでいく。

 そして、

 

「……っ!」

 

 ―――【冥竜王 ドラグプルト】を発見した。

 

 それは竜と聞いて思い浮かべる姿のどれとも違う。

 灰の如き衣を纏ったそれは人間の成人女性の姿をしていて、眠っている様だ。

 遠くからでも美しいと感じるそれは、何も知らずに見れば大穴に迷い込んだただの女性にさえ見えるだろう。静かに眠っている彼女が【即死】を放つ竜だとはとても思えない。

 しかし、頭上に浮かぶ【冥竜王 ドラグプルト】の文字がその存在が竜であることを証明する。

 そして、不意に【ドラグプルト】が目を覚まして、

 

 ――目があった。

 

 それから直ぐに、俺の肉体は死滅する。

 けれども、俺の心は恋をした。

 

 

□■【冥竜王 ドラグプルト】について

 

 それは先々期文明の崩壊後、人智を超えた存在によってモンスターに新たな法則が付与された頃。

 自然界全てに食料不足が起こる最中、その竜王は荒ぶっていた。

 他のモンスターを殺し、その肉を食うという当たり前のことが困難となったが故に。この争乱の中で、身に宿した新たな生命を守り切れるかどうかを恐れたが故に。

 

 それ故に、その竜王は荒ぶった。

 大量のモンスターを殺し、大量のリソースを集めた。集めたリソースを使い、現在では<冥府の大穴>と呼ばれる巣穴を作った。大勢のティアンを殺し、大量のリソースを集めた。集めたリソースを使い、新たなスキルを身に宿る生命に残した。全ては我が子を守る為に。

 それは、この争乱の中では大して珍しくもない光景だった。

 

 そして、あと1週間も経てば身に宿る子が産まれるだろうという頃。竜王の荒ぶりも漸く落ち着き始め、

 

 ――――身に宿る生命、自らの子によってその竜王は【即死】を与えられた。

 

 母に死を与えて生まれた子は、古代伝説級<UBM>と認定され、【冥竜王 ドラグプルト】の名を与えられた。皮肉にも母が荒ぶった要因を作り出した存在の仲間によって、ただ一つの名前を与えられた。

 

 【ドラグプルト】は哭いた。

 母が残したスキルによって母は死亡したが故に。母が残した<冥府の大穴>には、【ドラグプルト】の他に誰もいないが故に。寂しさが故に。

 静かな巣穴で、【ドラグプルト】は哭いていた。

 

 母が残したスキルの名は《冥界領域(タルタロス)》。

 【ドラグプルト】は<冥府の大穴>から出られなくなり、ステータスが大幅に低下する代わりに、<冥府の大穴>の中に侵入した者全てに【即死】を付与し、それが効かないものには他の呪怨系状態異常を付与するスキル。

 【ドラグプルト】にも解除できないこのスキルによって母は死に、子は生まれたと同時に古代伝説級の<UBM>となった。

 

 それからしばらくの間は、母が残した食料を食べて過ごし、偶に来るモンスターを【即死】させていた【ドラグプルト】だったが、しばらくして転機が訪れる。

 

 それは、食料不足の騒乱によってリソースが偏り、多数の強大なモンスターが生まれた結果起きた出来事。

 

 ある日、古代伝説級<UBM>が<冥府の大穴>へとティアンによって落とされた。

 それは、悪意によるものではない。侵入した者を全て殺すあの場所ならば、超級職【魔剣王】に就いた者も敵わない怪物を討伐できるのではないか。そういった希望と期待によるものだ。

 古代伝説級の<UBM>は【即死】に耐性を持っており、<冥府の大穴>に入っても死なない初めての相手として【ドラグプルト】を圧倒した。しかし、いくつも付与された他の呪怨系状態異常と【魔剣王】の援護攻撃によって戦いは有利に進む。

 【ドラグプルト】は初めての同格の相手との戦いに苦戦しながら、侵入者である<UBM>を倒したのだった。

 

 

「すまなかった。私たちの戦いに君を巻き込んでしまって」

 

 古代伝説級<UBM>に辛くも勝利を収めた【ドラグプルト】に待っていたのは、【魔剣王】からの謝罪だった。

 古代伝説級<UBM>の最後の攻撃、その余波によって致命傷を負った【魔剣王】は、戦いに巻き込んでしまった【冥竜王 ドラグプルト】へと言葉を送る為に<冥府の大穴>にやって来たのだ。

 

 【ドラグプルト】は目を丸くする。

 致命傷を負って余命僅かだとしても、最期に来る場所は此処ではないだろうと。【死兵】に就いたティアンなら確かに私に言葉を送ることもできるだろう、だがそれはお前の役目ではない筈だ、と。

 

「そしてありがとう。私たちを守ってくれて」

『……、』

 

 竜が言葉を失う。

 初めてだった。

 謝罪の言葉を送られることも、感謝の言葉を送られることも。

 怒るべきなのだろう。よくも私の巣穴に争いを持ち込んだな、と。よくも私の前にぬけぬけと姿を見せたな、と。

 

 だが、それよりも。

 他の誰かから言葉を送られたことが、感謝されたことが。とてもとても、嬉しかった。

 

 

 その後、<冥府の大穴>の近くに村ができた。

 それは、危険なモンスターは<冥府の大穴>に落とし討伐するという戦法が確立されたからだ。

 

 【ドラグプルト】はティアンと協力して脅威を取り除く。

 ティアンは、【死兵】に食料を持たせて<冥府の大穴>へと送り、感謝の気持ちを示した。

 自然界全てが食料不足に襲われる中、そんな関係を【ドラグプルト】は楽しんでいた。

 <冥府の大穴>に入っても【即死】によって死なないモンスターも多数存在したその戦いは【ドラグプルト】に取っても危険なものであった。だがそれ以上に、誰かから頼りにされる戦いは、ずっと独りだった竜にとってとても心地よいものであり、その後にある【死兵】との少しの会話は彼女にとってとても楽しいものであった。

 

 やがて、近くの村は街となり、【ドラグプルト】は古代伝説級から神話級となった。

 

 神話級へと至った【ドラグプルト】は<冥府の大穴>から出ることが可能となり、《冥界領域(タルタロス)》は自身の周囲、効果範囲内に入ったものへの【即死】付与へと進化し、他の呪怨系状態異常を与える効果は消失した。

 解除不可のスキルであることは変わらず、【死兵】に就いた者としか話ができないことも変わらなかったが、【ドラグプルト】は気にしなかった。

 神話級へと至ったことで<冥府の大穴>からは出れたのだ、この調子で戦いを続けてさらに力を高めれば解除も可能になるだろう。そう考えたのだ。

 

 やがて街が国となった頃、【ドラグプルト】はレベル100の壁を越える。

 

 今までにない力の高まり。

 【ドラグプルト】はそれに期待し、

 

 ――その力で国を滅ぼした。

 

 当然の結果だ。

 《冥界領域(タルタロス)》は母が争乱の中、子を生き残らせるためだけに作成したスキル。他の者に配慮する必要が何処にある。

 神話級へと至ったことで<冥府の大穴>から出ることができるようになったのも、呪怨系状態異常を付与する効果が消失したのも設計通り。

 神話級に至る頃には、<冥府の大穴>内に残した食料も尽きるだろうと考えたが故に。神話級にまで高められたリソースならば【即死】付与に特化させることで、それは格上にも通ずるものになるだろうと考えたが故に、そう作られた。

 

 そして、イレギュラーへと至ったことで、()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 過剰と思える程に高められた【即死】付与の効果は、アイテムや空気中の魔力、その者の魂や概念にまで及ぶ。外からの攻撃も威力を殺し、リソースそのものを殺すことで一切通さない究極の自動防御能力。

 【ドラグプルト】はその効果のために生きる為の最低限のリソースと非常用の僅かなリソースを除くほぼすべてのリソースを費やされる。解除できないそのスキルがある限り、下手に動いて体力を使えば【即死】の効果を維持するためのリソース不足で餓死しかねない異常な設計。

 それは、子に動く気を起こさせない為のもの。母は争乱の中、神話級の枠を超越する強大なモンスターが一方的に狩られる光景を見た。

 ()()の目に付いたら殺されると考えたが故に。イレギュラーにまで至ったなら、確実に()()に目をつけられるだろうと考えたが故に。それならせめて子を暴れさせずに、()()の機嫌を損なわない様に。母はそのスキルを作り上げた。

 ――全ては我が子を守る為に。

 

 そうして、【ドラグプルト】はレベル100を越えた瞬間に効果範囲の拡大と、それによる大量の死を認識し……次いで理解した。

 この()からは逃れられないのだと。

 

 抗おうとした。《冥界領域(タルタロス)》を解除しようとした。

 【即死】の範囲を半径10キロから半径5キロの範囲まで狭めてみせた。

 次に《人化の術》を使って自身の肉体を縮め、ほんの少しだけ効果範囲を狭めた。

 それが、限界だった。非常用に残されたリソースでは、それだけしかできなかった。

 

 やがて【ドラグプルト】は眠りについた。

 《冥界領域(タルタロス)》は他が生きることを許さず、子が死ぬことを許さないから。

 共に生きてきた国を滅ぼした竜と話をしようとする者はいないから。

 いつかもう一度、人と話すことができる日を夢見て。

 今はただ、眠りについた。

 

 

□【超走者】 ノオ・ネイム

 

 1週間経っても孵化しなかったエンブリオは、一度デスペナルティとなった後すぐに孵化した。

 それはきっと、俺が【冥竜王 ドラグプルト】に惚れたからだろうというのは、発現した銘と能力を見ればすぐに察しがついた。

 

 そのエンブリオの銘は【冥竜愛慕 ネルガル】。

 TYPE:アームズに分類され、その能力は()()1()()()()()()()()()

 それは、【即死】を放つ【ドラグプルト】と共にいるためだけの能力。

 

 ああ、俺は【冥竜王 ドラグプルト】が好きだ。

 最初に目があった瞬間からずっと好きだ。時が経つ程、その思いは強くなっていった。

 人が近づくと目を覚ます彼女は、モンスターが近づいた場合は眠り続けていることに気づいて、小さな疑問を抱いた。

 有名クランが彼女を討伐しようと幾度も攻撃をしても、【即死】によって全てを防ぐ強さに震えた。

 そのときに彼女が寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべていたのが意外で、ときめいた。

 

 ノオ・ネイムは【冥竜王 ドラグプルト】が好きだ。

 だから、彼女に逢って話をしてみたいと、そう思った。

 

 彼女が喋れるのかは分からない。喋れるとしても、話に応じてくれるかは分からない。話せたとしても、その結果嫌われるかもしれない。

 それでも、話をしたいと思う。

 

 その思いを抱いたら、もう迷いはなかった。

 俺のエンブリオ、【ネルガル】もそれに応えるように第七形態――<超級>と呼ばれる存在にまで進化してくれた。

 

 だから、逢いに行こう。

 誰も突破できない死の結界を突破して、話をするためだけに。

 冥府の君に、逢いに行こう。

 

 

 <冥府の大穴>に繋がる階段を降りていく。

 【ミスリルホーン・オーロックス】が落とす革でできた靴が、軽快に音を鳴らす。こつ、こつ、と。

 

 間もなく、<冥府の大穴>に入る。

 革靴が砂を踏み、先程までとは違う音を鳴らす。ざく、ざく、と。

 

 死の結界、Wikiによれば《冥界領域(タルタロス)》というスキル。

 それによって作られた静寂な世界を、《千里冥駕(せんりめいが)》によって打ち消し歩く。

 

 《冥界領域(タルタロス)》は【ドラグプルト】から半径5キロに入った者に【即死】を与える。

 《千里冥駕》は決定した対象からの、自身と自身の装備品への【即死】を無効化する。【即死】以外の状態異常は一切防御せず、【死呪宣告】という【即死】の互換である状態異常すら防御せずに、対象1体からの【即死】だけを防ぐ。

 

 《冥界領域(タルタロス)》によって放たれる【即死】は、【ドラグプルト】に近づくほど効力を増す。

 1キロの距離にまで近づけば、並の耐性など容易く貫通する死を、同じく決定した対象に近づくほど効力を増す《千里冥駕》によって防ぐ。

 

 【冥竜王 ドラグプルト】のリソースを【即死】に一点特化させた《冥界領域(タルタロス)》を、【冥竜愛慕 ネルガル】のリソースを即死無効に一点特化させた《千里冥駕》によってかき消して行く。

 

 そうして、彼女と100メテルほどの距離まで近づく。

 革靴が鳴らす音のペースが早くなる。ざく、ざく、から、ざくざく、へ。

 

 彼女から半径10メテル。それより内の範囲の【即死】は、世界を殺す。殺され、壊された空間は元に戻ろうとする。その際に生じる幾つもの歪みは、強度を問わずに巻き込んだ物体を引き千切る。それは【即死】とは違う世界のルールであるが故に、【ネルガル】では防げない。だから走る。

 《冥界領域(タルタロス)》は世界を殺し、殺された世界は幾つもの歪みを生み出しながら元に戻り、ある程度戻ったところで《冥界領域(タルタロス)》が再び世界を殺す。

 その繰り返しの中で歪みが存在しない僅かな瞬間を狙い、歪みに包まれた彼女の世界に向け走る。空間がある程度修復されてから、【即死】が世界を殺すまでの間。その100分の1秒にも満たない瞬間を狙って走る。

 

 走る。駆ける。

 超級職【超走者(オーヴァー・ランナー)】の奥義によって高められたAGIで、ただ駆ける。

 

 ――そして、彼女と目があった。

 

 【即死】によって殺され続ける空間の中で、静かに揺蕩う女性。

 彼女の目は、俺に期待してくれている様に見えて、速度を上げた。

 

 40、30、20。

 彼女と15メテルの距離にまで近づいたところで、跳ぶ。

 

「……ハッ!」

 

 口から出た声は出た瞬間に亡くなり、音を伝えることはない。それなりに大きな声を出したつもりだが、空気中の振動は起こらず、肉体の振動によって自身にのみ伝わる声は些か違和感があって。そのことに気をとられた俺を歪みが襲う。

 歪みに巻き込まれたアイテムボックスが引き千切れ、収納していたアイテムが――護身用に持っていた《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】が飛び出して、歪みによって爆発する。

 ――まずい。そう思った瞬間には既に爆発に巻き込まれ。

 

『…………!』

 

 爆発は【即死】によって歪みごと灰に変わり、そして再度発生した歪みによって灰は完全に消失する。

 その光景を横目に見ながら、なんとか体勢を整えて。――漸く、彼女の元へ辿り着いた。

 

『初めまして』

「……初めまして」

 

 空気すら無いこの空間で、幾つかのアクセサリーによって彼女と同じ場所に立つことと、【窒息】の防止と、彼女との会話を可能とする。

 俺が爆発に巻き込まれた瞬間、彼女が爆発を【即死】させて助け出してくれたのだろう。

 もう少し綺麗に来るつもりが、とんだドジをやらかしてしまって恥ずかしい。顔が熱くて堪らないが、彼女は挨拶をしてくれたのだ。少なくとも、会話はしてくれるのだろう。

 だから、口を開く。

 

「すみません、こんな入り方になってしまって。そして、俺を爆発から救ってくれてありがとうございます。

 ……えっと、【ドラグプルト】さん。俺と……ノオ・ネイムと、話をしませんか」

 

 緊張しながら出した言葉は拙いもの。

 それでも、【ドラグプルト】は自然と微笑みを浮かべて、口を開いた。

 

『ええ、喜んで』

 



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