直立姿勢のブルートの足元で部下たちに指示を飛ばすマードック。その傍には軍服を着込んだサーシェスの姿もあった
「どうにかなんねぇのか?マードックの旦那」
「無茶言わねえでくだせえよ大尉。ブルートのファングは特殊な技術を使用したビーム兵器。環境が整っているならまだしも、俺たちゃあヘリオポリスからここまで2回の補給しかしてねえんですぜ。しかも片や中途半端に、片やデブリからの補給…整備ならまだしも、一から『製造』しろってのは無理ってもんだ」
「そうかい…クソッタレ、
「ファング無しじゃ性能はデュエル以下だってのによ」とボヤくサーシェスをマードックは珍しいものでも見る目で見ていた
短い期間だが、サーシェスは超越したパイロット技術を持っている。そのサーシェスが愚痴を言うなど、よほどファングを失うのは死活問題なのだろう
「イージスに3機やられたって聞きましたぜ。もう1機はどこで?」
「ストライクの坊主とムウの援護に飛ばした奴が壊れたんだよ」
「まあ、確かにあんな乱戦じゃあ墜とされても無理ないんじゃないですかね?それでもまだ2機残っているんなら、大尉ならどうにか出来ると思いますがね」
「簡単に言ってくれるぜ」
肩を竦めてそう言うサーシェスだが、それはマードック…というより整備班全員が言ってやりたいセリフだった
「大体、3機のジンを鹵獲して来たと思ったら「1機予備として使えるように修理しといてくれ」なんて注文してきた大尉のせいでもあるんですよ。オマケに重斬刀も見といてくれなんて、俺らを過労死させるつもりですかい?」
「
「どうですかねぇ…」
もっとも、ジンの修理に関してはそこまで苦でもない。3機とも全部が綺麗にコックピットだけを破壊されているのだ。それ以外の箇所が新品同然ならば、コックピットブロックだけを取り除いて修理すれば済む話だ
「ストライクの坊主が動けない以上、用意するに超したことはないと思うぜ?」
サーシェスは口先だけでそう言うと、手をひらひらと後ろに振りながらMSデッキを後にした
第8艦隊との合流はもう目の前だった
自室に閉じこもっていた少女…フレイが廊下を歩く
目元は赤く腫れ上がり、毎日入るように心掛けてるシャワーも入っていないのか濃い赤髪がところどころ跳ね、ボサボサになっている。唯一の肉親の死はそれほどフレイの心から生きる気力を奪っていた
もし、帰投してきたキラに怒りをぶつけられれば、逆に憎しみを源に気力が湧いたかもしれない。しかし、あんな死にかけた状態のキラにそんな事をしてしまえば、余計自分が惨めな気持ちになる気がしてとても出来なかった
(キラ…)
ふと、あの子は生きているのか?と気になったフレイは、おぼつかない足取りで医務室に向かう。途中で何人か人とすれ違ったが、フレイにとってはどうでも良かった
やがて目的地に辿り着いたフレイは医務室に入る。すると中にはベッドの上で顔の殆どを包帯で巻かれた入院着を身に纏った少年と、その少年の傍で椅子に座る少女の姿があった
「あら?あなたは確かフレイ様…あなたもキラ様のお見舞いに?」
『ハロハロ、お見舞い、ハロハロ』
「アンタ…何してんのよ…」
そこにはラクスがいた。少女の傍ではピンク色の丸っこいロボットがコロコロ転がっている。何故か本来この医務室で仕事をしている医者は見当たらなかった
彼女が所持するハロは高度なハッキング能力を有しており、それで軟禁状態の身であるにも関わらず、ラクスは度々艦の中を自由に動くことがあるのだ
「わたくし、キラ様が大怪我をしたと聞いて居てもたってもいられず、こうして看病をしているのです」
そう言うラクスの近くの机の上には、濡れタオルと思わしき物が折り畳まれた状態で積み重なっている。どうやらキラの体を拭いているらしい
…こうしてコーディネイターの少女と対峙していると、心の奥底でドス黒い何かがふつふつと湧き上がってきた。キラがこうして倒れているのも、私のパパが死んだのも、全部プラントのせいだというのにこの女は…!!
「…フレイ様?」
フレイの様子がおかしい事に気づくのもつかの間
バシィ!
「キャッ!」
直後、顔に伝わる衝撃と共にラクスは椅子から倒れ落ちる。同時にヒリヒリと痛む左頬
フレイに顔を引っぱたかれたのだ。今まで誰にも、お父様にもぶたれたことがないのに。ラクスにとってそれは初めて振るわれる暴力だった
グイ
「何いい子ちゃんぶってんのよアンタ!!」
「うぅ…」
「アンタたちコーディネイターが居なければ、こんな戦争に巻き込まれなかったのに…パパも死ななかったのに!!」
胸ぐらを掴んで怒声を上げるフレイ。普段からコーディネイターに対して抱いていた嫌悪感、積もりに積もったそれは父親が死んだことで限界に達し…憎しみに変わった怒りはプラントの歌姫に向けられた
プシュゥ
その時、医務室の扉が開く。険しい顔つきのムウがいた
「何やってんだ嬢ちゃんッ!!」
喧騒を聞いて駆けつけたらしいムウがフレイの腕を掴んで、ラクスから無理やり引き剥がす
「ケホッ、ケホッ」
「離して!」
「そいつは出来ない相談だ。彼女はシーゲル・クラインの娘とはいえ、アークエンジェルで保護した民間人だぞ。その彼女に暴行を加えるなど…」
「さっきの戦いで人質にしておいて今更何よ!」
「! それは……」
それを突かれては痛いと言わんばかりにムウは押し黙る
もっとも、最初にラクスを人質にするように提案したのはフレイなのだが、そんな事も頭の中から忘却するほど感情的になった彼女は、溜め込んだ感情を一気に吐き出す
「こいつの父親はニュートロンジャマーを地球にばらまいて、10億人もの人間を殺した奴なのよ!?カレッジの授業で教えられて、みーんな知ってるわよ!そんな奴の子供なのに、自分は関係ないって顔しながら歌を歌ったり、追悼式典に参加したり…バカみたい!!」
吐き捨てるようにフレイは言い、再びラクスに憎悪の目を向けながら叫んだ
「この人殺しの娘!!返してッ!!パパを返してッ!!」
「………ッ」
飾り気のない怨嗟の言葉が、ナイフのようにラクスの心をズタズタに引き裂き、傷つける。唇をかみ締めて俯くラクスに、フレイは絞り出すように呟く
「パパを返してよぉ…!」
ポタ ポタ
薄いグレーの瞳から溢れた雫が床にこぼれ落ちる
全ての怒りを吐き出せば、心の底に残っているのは哀しみと憎しみだけだ。そして、父を失ったという事実を再び実感してしまったフレイは、涙を流したまま医務室から走って逃げ出した
「あ、おい嬢ちゃん!!」
思わずムウは追いかけようとしたが、殴られたラクスを放っておくわけにもいかなかった為、膝をついて視線を低くしてから床にへたり込むラクスに謝罪する
「本当に済まなかった歌姫さん。こっちの不手際で怪我を負わせてしまって──」
「わたくし…」
ムウの言葉を遮って、ポツリポツリとラクスは言葉をこぼす
「この艦の皆さんには本当に良くしてもらって…だから話し合えば、仲良くなれるのだと思っていました…」
「………」
「わたくし、フレイ様のことを…何も、分かっていなかったのですね…」
憎しみを初めてぶつけられて意気消沈するラクスの姿に、何も言えなくムウだった
「うっ、うう…ひくっ…パパァ…ママァ…」
一方、逃げ出したフレイは自室に戻らず、誰もいない艦の通路の真ん中で幼子のように泣きじゃくっていた
慰めてくれるパパも、抱き締めてくれるママもいなく、本当にこの世でひとりぼっちになってしまった現実に、フレイは心のどん底まで哀しみに明け暮れ…
「泣き声が聞こえてくると思ったら…なんで泣いてんだい?アルスターの嬢ちゃん」
「……?」
声の方に振り返る。そこには困った表情で頭の後ろを掻くゲイリー・ビアッジ大尉がいた
「ひょっとして、親父さんが亡くなったことが悲しいのか?」
偉そうな態度を感じさせないゲイリーの優しげな言葉に、フレイは小さく頷く
「そうか…悲しいよな。大切なパパをコーディネイターの奴らに殺されて…おかげで嬢ちゃんは天涯孤独、頼れるものは何もない」
「なんで…パパが死ななくちゃいけなかったの…?」
悪いことなんて何もしてないのに。ただコーディネイターという悪い奴らを地球から追い出そうとしていただけで、1人も殺していないのに
「でも、このまま何も出来ず野垂れ死んじまったら、嬢ちゃんのパパとママも安心できない。なら、強くならなくちゃあな」
「強くなる…?」
「そうさ、お前さんの大事なパパを殺したコーディネイター共を1人残らず皆殺しにしてやるほど強くなるのさ。そうすれば嬢ちゃんのパパとママも安心して天国で見守ってくれるさ」
コーディネイターを自らの手で皆殺しにする。パパを殺した憎いコーディネイターを1人残らず。弱り切ったフレイの心にとってその提案は素敵な響きに満ちていたが、即座に否定する
「無理よ…だって私、ナチュラルだもの…」
コーディネイターはMSという、コーディネイターにしか使えない兵器で戦ってくる。ただのナチュラルで学生でしかない自分に勝てるわけがないのだ
しかしゲイリーは肩を手を当てて、どこか安らぎすら感じる声でフレイに言う
「安心しな、俺が嬢ちゃんにモビルスーツの戦い方ってやつを教えてやるよ。いや、モビルスーツだけじゃない。体の動かし方、格闘術、武器の扱い…全てを嬢ちゃんに教えてやる。そうすればコーディネイターなんぞ容易く殺すことが出来る」
「本当…本当に、コーディネイターを殺せるの?」
「もちろんだ」
力強く肯定するゲイリー
「けどな、教える以上俺はお前に容赦する気はねえ。はっきり言って地獄の日々が始まるだろうな。そんな辛い思いをしてまで人殺しを覚える覚悟がお前さんにはあるか?」
「それは…」
「今ならまだ引き返せるぜ?パパの仇を諦めて普通に生きるか、俺と一緒にコーディネイターを殺すか…どうする?」
突きつけられる選択
一瞬迷いが生じるが、フレイの脳裏に死ぬ直前のジョージの顔が思い浮かぶ
パパを殺された。コーディネイターに奪われた。そう考えると、心の底に残った憎悪がメラメラと燃え上がり、強い意志となって彼女の背中を後押しする
「……やるわ」
「ほう?」
「やってやるわ!パパを殺したコーディネイターを、私の手で全員殺してやる!!」
そこにはさっきまでメソメソ泣き崩れていた少女の姿はない。復讐の炎で自らの身を焦がす女がいた
「だから、教えて!!」
「…いいだろう。そこまでの覚悟があるなら文句はねえ」
そんなフレイの決意を見て、笑う
「これからよろしく頼むぜ?フレイの嬢ちゃん」
黒い炎に大量の薪をくべながら、アリー・アル・サーシェスは邪悪に笑う