種芽吹く世界を戦争屋は駆る   作:ジャギィ

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交渉

アークエンジェルの居住区ブロックにある一室。清潔感がしっかり保たれているその部屋のベッドに、ラクス・クラインは座っていた

 

しかし、その表情はいつもの儚げで優しい笑みを浮かべておらず、何かに悩んでいる様子だった

 

「ラクス、ドウシタ?ドウシタ?」

「ピンクちゃん…」

「ゲンキナイ、ラクス、ゲンキダセ」

「心配しないで…わたくしは大丈夫ですから…」

 

そうは言うものの、明らかに空元気から出てきた言葉でしか無かった

 

ラクスの頭の中に過ぎるのは、自分を初めて殴った赤髪の少女がボロボロと涙を流す姿

 

面と向かって憎しみをぶつけられたことも、人殺しの娘と罵られたことも、目の前で泣かれたことも、どれもがラクスにとって衝撃の体験でしかなかった

 

コンコン

 

そんな時、突如ドアをノックする音が響き、ラクスはドアの方に顔を向ける

 

『失礼する』

 

続けて扉越しに聞こえてくる声。アークエンジェル内では聞いたことのない声だと思いながらも、不安な自分を微塵も感じさせない「ラクス・クライン」としての声で来訪者に答える

 

「どうぞ」

 

プシュゥ

 

そうして入ってきたのは、決して只者では発することの出来ない雰囲気と威厳を醸し出す地球連合の軍人、ハルバートン提督だった。ホフマンの姿はない

 

ハルバートンは静かに部屋の中に入ると、軍帽を脱いでラクスに挨拶をする。ラクスもベッドから立つと小さく頭を下げる

 

「初めまして、ラクス・クライン嬢。私は地球連合軍第8艦隊司令官を務めるデュエイン・ハルバートンと言う者だ」

「初めまして、ハルバートン様。ラクス・クラインと申します」

「うむ。君は気品があり、礼儀正しいな。家族に愛され、大切に育てられてきたのだと分かる」

「ありがとうございます」

 

誰もが魅了されそうな笑みを浮かべながら、ラクスはハルバートンの質問や談笑に答える

 

「時にラクス嬢」

 

すると、会話の途中にハルバートンが問う

 

「何か辛いことはあったのではないかね?」

「え…?」

 

急にそのようなことを言われ、唖然とするラクスだが、すぐに『普段』の調子を取り戻して聞き返す

 

「辛いこと…何故、そのような事をお聞きになるのでしょうか?」

「君が何か悩んでいるように見えた」

 

しかし、返す言葉で核心を突かれたラクスは思わず息を呑んだ

 

「これでも君の倍以上は長生きしているのだ、人を見る目はある方だと自負している。…君が何に悩んでいるのかを問うことはしない。しかし1つだけお節介を言わせてもらうとするのならば、君はまだ子供だ。周りの人間が求める『ラクス・クライン』で居続ける必要はない。君は君の気持ちに正直に生きなさい」

「……っ…」

 

驚きを隠せなかった。プラントの誰もが、何より父が望み、その為に演じ続けた“プラントの歌姫”という偽りの仮面を、この地球軍の軍人は僅かな時間で見破ったのだ

 

何より、周囲の人間から注がれる期待であったり好奇であったり(よこしま)であったり、あるいは憎しみの込められた視線とはまた違う、父やアスランのような心配する優しい目を目の前の人物はするのだ

 

コーディネイターである自分を憎むことが普通なはずのナチュラルの軍人が、である

 

ピピピピピッ

 

「むっ…すまない、失礼する」

 

音の発信源はハルバートンのポケットの通信機からだ。ラクスに断りを入れてから背を向け、通信機を耳に当てる

 

「私だ………何ッ!ザフトの艦隊が近くまで……通信を……?」

 

すると、ふとハルバートンはラクスの方を見る。何故こちらを見るのか、理由が分からず首を傾げていたが…

 

「ラクス・クラインの身柄を要求している、だと…?」

 

他でもないハルバートンの口から、その理由が明かされたのだった

 

 

 

アイツ(ラクス)をザフトに返すぅ!?」

 

そう叫び声を上げるのはブリッジまで呼び出されたフレイ。その出で立ちは地球連合軍の軍服を身に包んでおり、彼女が正式に地球連合軍に入隊したのだと理解できる

 

ちなみにフレイの階級は准尉である。入隊したばかりのフレイにはまず有り得ない階級だが、地球連合軍にとってMSパイロットというのは、シミュレーションでまともに動かせるだけでも本当に貴重な存在なのだ。そして約1週間近く、フレイはサーシェスのスパルタ訓練の一環でジンのシミュレーションを何度も何度も繰り返していたフレイは、その最低限の基準を()()()()()()()と判断されたのだ

 

閑話休題(それはさておき)

 

「ええ、2時間ほど前にメネラオスから連絡が来たわ。低軌道上にナスカ級1隻とローラシア級3隻のザフト艦隊が現れたらしいわ。でも4隻共MSを展開せずに静止、メネラオスに量子通信を送ってきた」

「その内容が『一時的な停戦協定を受け入れる代わりに、地球連合軍で保護しているラクス・クラインをザフトに引き渡すこと』らしい」

「何よそれ…じゃなくて、何ですかそれ。要するにただの脅迫じゃない…ですかッ」

 

慣れない敬語を使って言葉遣いを修正しながらフレイは言う。化け物みたいな奴らの癖にやる事も汚いのか、などと侮蔑し切った感情がありありと伝わってくる

 

「これに対して軍の上層部は「交渉に応じる必要なし。直ちにコーディネイター共を殲滅せよ」と指示したらしいけど、ハルバートン提督、凄い剣幕だったわ。「兵士の死を数字でしか見ていないバカな連中」って憤ってたもの…結果として提督は交渉を受け入れた。向こうは条件として『モビルスーツ同士の受け渡し』を提示してきたらしいわ…だから貴方が呼ばれたのよ」

 

ブリッジ内のクルーの視線がフレイに集まる。ここまで言われれば、どういうつもりで呼び出されたのか分からないフレイではない

 

「もしかして、その交渉を私が!?」

「その通りだアルスター准尉」

「どうして私が!?相手はプラントのコーディネイターよ!交渉なんて出任せ、絶対に攻撃してくるに決まってるわ!私じゃなくてあの人…ビアッジ大尉にすればいいじゃない!!」

 

ザフトのコーディネイターを殺せ、という命令だったらどれだけやりやすかったか。それがよりにもよってパパを殺したザフトと停戦協定の交渉など、フレイの中の真っ黒な感情が許さなかった

 

ふとフレイは気づく。そういえば肝心のゲイリー・ビアッジが何故かこの場にはいないのだ。そう考えていると、ムウがその疑問に答える

 

「ソイツは無理な相談だ。アルテミスの時といい、お前さんの件といい、ゲイリーは独断行動を起こす危険が高い。もしザフトの引き渡し人を挑発したり逆にアイツから攻撃を仕掛けてみろ。ザフトに俺たちを攻撃する口実を与えかねないんだぜ。そうなれば俺たちだけじゃない、第8艦隊全ての人間に危険が及ぶ。だから、作戦内容自体伝えてはいるが、今ゲイリーはこの場に呼んでいないんだ」

「でも…!」

 

ガッ

 

それでも尚引き下がらずにいると、急にナタルがフレイに近づき、その胸ぐらを掴み上げた

 

「ぐう…!?」

「少尉!」

「いい加減にしろ准尉。これは「命令」だ。お前がどんな理由で軍に入ったのかを今更問い質す気はないが、軍人となった以上命令は遵守しろ。それと、上官に対する口の利き方も気をつけろ」

 

そう言い切ると、掴んでいた胸ぐらをナタルは手放す。フレイは床に座り込みながら、強制的に止められていた呼吸を再開する

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

「おい、大丈夫か嬢ちゃん?」

「だ…ゲホッ!…大丈夫…です…」

 

呼吸を整えながら返事をするフレイ

 

「バジルール少尉、やり過ぎよ!」

「そうは思いません。軍は託児所でなければカレッジでもないのです。子供の駄々に付き合う余裕など今の我々にはないのですから」

「誰が…子供なもんですか…!!」

 

どこまでも合理的で冷たい言葉は、フレイの琴線に尽く触れた

 

「分かりました…やりますよ!アイツをザフトの連中に渡せばいいんでしょ!?」

 

どう見てもナタルに対する反骨心のようなもので動いているが、ワガママを言われるよりはマシだと判断すると、ムウはマリューに内容を聞く

 

「引き渡しの期日は?」

「2月13日、10:30(ヒトマル・サンマル)よ」

「明日の朝か…しかも時間がないな。今アークエンジェルは補給の真っ最中だってのに」

 

腕時計を確認してみれば20時47分…つまり今から約14時間後の計算になる

 

「仕方ないわね…整備班には補給を急いでもらって!万が一に備えて避難民は脱出ポッドでアークエンジェルから離脱の準備を。その他の各員は14時間後の作戦に備えて十分な休息をとってちょうだい。特にアルスター准尉とフラガ大尉、ビアッジ大尉には出撃してもらうことになるから念入りにね」

「分かりました」

「オーライ」

 

その言葉を皮切りに、それぞれの人員がブリッジから出ていく。そして廊下に出たフレイにムウが話しかける

 

「ちょっといいか?」

「…なんですか?」

「さっきの作戦内容、フレイのお嬢ちゃんが不安になるのも不満になるのもよく分かる。でもまあ、安心しな!いざって時は俺とゲイリーが守ってやる!自分の出来ることを精一杯やればいいさ」

 

ムウは励ましの言葉を投げかけるが、フレイにはイマイチ効果がなかったらしく

 

「……ありがとうございます」

 

端的にそれだけ言うと、フレイはムウを置いて先に進んでしまった

 

「…まったく…子供が生き急いだってロクな事にならないってのによ…」

 

ムウは頭の後ろをかきながら呟くのだった

 

 

 

「……よう大将!かれこれ1ヶ月ぶりだな」

 

「安心しろっての。ガンダムはストライクを除いて奪られちまった後だったが、アークエンジェルを含めて無事…あん?『ガンダム』ってのは(なに)だって?『G』に搭載されてたOSの頭文字で出来た名前だ。『G』なんて硬っ苦しい名前よか余っ程良いぜ」

 

「話を戻すぜ。アンタから頼まれた仕事は順調に終わらせている。ガンダムとアークエンジェルも低軌道上で連合艦隊と合流したし、その艦隊も第8艦隊と来たもんだ。良いタイミングで来てくれたもんだぜ…ああ、問題ねえよ」

 

「それとだ大将、実は面白い拾いもんを2つ手に入れてな…1つはラクス・クライン。プラントのお姫様だ」

 

「もう1つの方はフレイ・アルスター…そう、例のアルスター外務次官殿の一人娘さ。嬢ちゃんはどうもパパの仇討ちがしたいようでな、俺自ら直々に鍛え上げている」

 

「オイオイ、これでも俺は優しくしてる方だぜ?少なくとも…敵もろとも道連れにするように洗脳するよか、ずっと優しいとは思うがね」

 

「とにかく、あのガキどもと同じように嬢ちゃんの分のガンダムも用意してくれ。あぁ、あとは…」

 

「『連中』への通信の手配もな」

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