サーシェスがハルバートンを抹殺すべく動き出した同時刻、フレイ・アルスターはジンの中で目を細めていた
「もう!一体何が起きたって言うのよ!?」
「アスラン…!?大丈夫ですかっ、アスラン!!」
「ちょっと!?前に出てこないでよ!」
目の前で爆発に巻き込まれたイージスを見たラクスは、コックピットの背後から身を乗り出す
「邪魔だからッ下がってなさいっての!」
「キャ!」
それによりコックピットが狭くなり操縦が難しくなったフレイは鬱陶しそうにラクスを後ろに押し退ける
ボタンを押し、レバーを動かし、必死に姿勢制御を行いながら、フレイは出撃前にゲイリーとのやり取りを思い返す
『オイ嬢ちゃん、ちょっと話がある』
『何?』
『ザフトの連中は歌姫さんを取り返す事が目的だ。人質を返した途端にいきなり攻撃を仕掛けてくる可能性もある…分かるな?』
『ええ…』
『だからもし何か異常を感じたら、歌姫さんを連れてアークエンジェルに逃げろ。そうすれば少なくともお前さんが撃たれることはなくなるだろうよ』
『…あいつを人質にしろってことでしょ?』
『なんだ、分かってんじゃねえか。…いいか?何としても生き延びろよ。死んじまったら仇討ちも出来ねえんだからよ』
あの指示があったからこそ、メビウスがイージスに突っ込んだ時、即座にラクスを引っ張り込んでハッチを閉める事が出来たし、自爆も咄嗟に身を引いたおかげで機体の表面を軽く焦がす程度で済んだ
「本当に何なのよぉ!」
しかし、だからと言って今の状況が訳の分からないものであることも確かなのだ。ヒステリック気味にフレイは文句を言う
同じ頃、自爆による衝撃から復帰したアスランはイージスの体勢を素早く戻して、アークエンジェルに逃げようとするジンに目を向ける
あのジンの中にはラクスがいる。つまりジンを撃墜すればラクスも死ぬ事になる。場合によっては逃げるまでの人質としても利用されるだろう
「クソ!!連合め、始めからこのつもりだったのか!」
孤立したところを狙った不意打ち、そのままなし崩しで起こる戦闘、ラクスを抱えたまま帰還しようとするジン。攻撃が成功すればプラントとザフトに大きな痛手を与えられた事から、これらの出来事が全て仕組まれた事だというのは想像に難くない
アスランの中の連合ひいてはナチュラルへの不信感と嫌悪が増幅する
「ラクスを、ラクスを返せ!!」
フットペダルを強く踏み締めてイージスを前進させるアスラン…その前を、1機のジンが先んじて突っ切る
『よくもラクス様を!ラクス様の仇ぃー!!』
「ッ!?よせ、まだ中にはラクスがいる!!」
ラクスを殺されたと勘違いしている同胞に対して通信を送るが、そのジンのパイロットは…いや、ザフトの殆どのモビルスーツパイロットがナチュラルの非道を許すまじと激昂しているのだ。他者の声などロクに聞こえていない
ジンの機銃掃射をフレイは訓練通りに回避する
「動きが遅い…?しかも下手っぴね!全然当たってないわよ!」
デタラメな弾丸の雨を、ギリギリで躱しながらそう強がるフレイ
…フレイは知らない事だが、彼女がここ1週間近くやっていたシミュレーターの相手であるジン。それに使われていた戦闘データはブルート…つまりフレイは、アリー・アル・サーシェスの操作技術そのものがダイレクトに反映されたコンピューターと戦っていた事になる
無論、本気のサーシェスではMS初心者のフレイが勝てる見込みなど絶対にない。だからこそコンピューターレベルを最低にして訓練させていた訳だが、それでも最初は瞬殺されまくり、最終的にも致命傷を避ける事しか出来なかったあたり、サーシェスの隔絶した戦闘力の高さが分かる
しかし、いくら厳しい訓練で扱かれようと、フレイはこれが初の実戦なのだ。しかもシミュレーションでは結果的に回避行動しか行えていない。せいぜいマニュアルで機銃の撃ち方を覚えた程度だ
「クゥッ…しつっこい!!」
だから、しびれを切らして攻撃を行っても簡単に回避されるし
ダダダダダ!
ボォン!
「キャアアア!!」
無理やりな攻撃は敵の反撃を許すことに繋がる
「脚が…!?」
「やめろ!!もうやめろ!」
フレイのジンにトドメを刺そうとする味方機の肩をマニピュレーターで押さえ込むアスラン。イージスを振り切って攻撃を再開するジンだが、前方から飛び出してきたビームに穿たれる
「敵!?」
「嬢ちゃん!早く逃げろ!」
「フラガ大尉!」
見ればガンバレルを展開したメビウス・ゼロがフルスロットルで接近し、多方向からガンバレルの照準をイージスに向けている
「この程度!」
しかし、皮肉なことにブルートのファングでオールレンジ攻撃に慣れてしまっていたアスランにとってムウのガンバレルは緩慢で単調だった。余裕を持って射線から離れて、ビームライフルでガンバレルの1つを破壊する
「俺の攻撃をこうも容易く…!?」
「邪魔をするならば容赦はしないッ!」
あくまでジンを追い掛けながら、それでもエースパイロットのムウをあしらうように戦う
その様子を見ていた時、背後のラクスが急にフレイに話し掛けた
「フレイ様、ザフトと連合両方の回線を繋げてください。わたくしが両軍を止めてみせます」
「ハァ!?いきなり何よアンタ!」
「お願いします、フレイ様」
青空のように、はたまた海のように澄んだ水色の瞳がフレイを射抜く
「な、何なのよ…」
ラクスは決して強要はしていない。しかし、その真っ直ぐな目で見つめ続けられたフレイは、彼女から感じるオーラのようなものに押し負けて全回線を繋げた
ピッ ガ───…
「ザフト軍、連合軍、聞こえますか?わたくしはラクス・クラインです。双方、直ちに戦闘を中止してください」
『えっ…ラ、ラクス様』
『生きていたのか…』
『ラクス・クラインだと?』
無差別に繋げられた通信から困惑の声がノイズ混じりに聞こえてくる。ラクスは続けて呼びかける
「双方、武器をお納めください。先ほどまでザフトと連合は、少なくとも暴力を振るわず交渉をしていたはずです。果たして今、本当に戦う必要があるのでしょうか?これ以上の無益な殺し合いはやめてください」
『し、しかしッ』
「あなた方の大切な人たちを、これ以上悲しませないであげてください…」
すると飛び交っていた射線が次々と消え、今にも殺し合っていたザフトと連合が戦闘を止めたのだ。アスランは無意味な戦闘が終わった事実とそれを止めた婚約者の行動に微笑む。ムウもヘルメットの中で驚きながらホッと一息つく
しかしフレイは逆に、言い終えたラクスの表情を見て、言葉では形容できないほどの怖気を感じた
ラクスは本当に“悲しんでいる”のだ。老若男女、ナチュラルコーディネイター、敵味方問わず、その全員の家族の気持ちを汲んで悲しげな笑みを浮かべている。聖人みたいな、しかしあまりに人間味を感じないラクスを直視出来なかった
(気持ち悪いきもちわるいキモチワルイ!!)
コーディネイターは皆こんなイカれた奴ばかりなの!?そう思わずに居られなかった
「ありがとうございます…戦いをやめてくれて」
ドォォン!!
「えッ」
直後、ローラシア級が巨大な花火と化して爆発する
「何!?」
味方艦がやられた事実を1番先に自覚したアスランがある方向に見れば、そこにはビームハンドガンを爆散した戦艦に向けているMSが存在した
ラクスの行動によってギリギリ保たれるようになった均衡。それがMSのたった1回の攻撃によって、バランスが崩れ、
『地球軍め!性懲りも無くまたァ!』
『ラクス様の気持ちを踏み躙りやがって!!』
『あの女の口車に乗せられるなぁ!!』
『宇宙の化け物共め、殺してやる!』
フルオープンにしていた回線を通して、ナチュラルとコーディネイターの殺意がフレイの乗るジンに伝播し、収束する
『ナチュラルめ、死ね!!』
『コーディネイター共が、死ね!!』
『野蛮な猿が、死ね!!』
『宇宙の悪魔が、死ね!!』
『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』
狂気が、
「ヒィ!?」
「ッ…!?」
思わずフレイは回線を切る。そして震え始めた体を両腕で抱き締める
「な、なんなのよ…なんなのよアレ…!?」
今聞いたのが、自分が抱いている憎悪の成れの果てなのだと、その事実を信じたくないようにイヤイヤと首を振る。その横では、毅然としていた表情が崩れたラクスが通信を再度繋げようと試みる
ガシッ!
「ちょっとアンタ!自分が何してるのか分かってるの!?」
「離してくださいフレイ様。彼らを、彼らをもう1度止めなければ…!」
もう戯言はたくさんだ、とでも言わんばかりに掴んだ手首をより強く握り締め、嫌なくらい澄み切っている歌姫の目を睨んで叫ぶ
「『アレ』が聞こえなかったの!?そんな事をしても無駄だったから
「そんな、わたくし、そんなつもりは」
途切れ途切れにラクスが口を開くも、そこには浮世離れした様子でも、超然とした歌姫としてでもない、ただ己の失敗に動揺する少女の姿しかなかった
一方アスラン・ザラは怒りに打ち震えていた。目の前の泥沼の戦場が広がるきっかけを、悪意をもって引き起こした地球軍と1人の男に対して
「貴様ら…1度ならず2度…いいや、3度までも!」
アスランの脳裏に過ぎるのは母が帰らぬ人となったユニウスセブンの悲劇。相手の心を足蹴にするナチュラルの所業には吐き気すら覚えるほどだ
静止したはずの戦場を再び動かしたMS…ブルートをアスランは睨めつける
ブルートはフレイが乗るジンに近づきながら、その道中で逃げ惑うザフトMSを嬲るように破壊する
『ハッハァー!
『た、助けてくれ!!やめ──』
ドォン! ザザーッ…
通信越しに聞こえた命乞いが途切れる音。明らかに投降していたにも関わらず、あの忌々しいMSは楽しげにザフト兵を殺したのだ。その事実がアスランの怒りのボルテージを上げる
あの男を無視する事は出来ない。しかし、今ここでラクスを取り返せなければ、再び彼女を取り返すのは難しくなるだろう
「イザーク、ニコル、聞こえるか?」
『アスラン、大丈夫でしたか!?』
「俺は平気だ…今からラクスを取り返す。2人は青い『G』の足止めを頼みたい」
『足止めだと?貴様、随分と俺を低く見ているものだな!』
「奴は明らかに俺たちより格上だ。ディアッカもいない以上厳しい戦いになるだろう…頼む。奴を止めてくれ」
『…さっさと取り返してこい!さもなくば、俺の手で
『こっちは僕たちに任せて、アスランはラクスさんを』
「──済まない」
途切れる通信。ブルートに向かってデュエルとブリッツが加速し、眼前にはメビウス・ゼロがラクスを拐ったジンを逃がす為にこちらを向かってきている
「お前たちに……ラクスは渡さない!!」
胸の中で燃える正義の感情を原動力に、アスランはイージスを動かした