誰かが呼んでいる
真っ暗な闇の中で手を伸ばす。何もない。誰もいない。沼の中を泳ぎ回ってるように動きが鈍い
誰かが呼んでいる
僅かばかりの光も差し込まない。目を開けようとしても何故か
誰かが呼んでいる
人を殺した。同じコーディネイターを何人も殺した。友に武器を突きつけ、突きつけられ、それでも『僕』は先遣隊の人たちを、フレイのお父さんを助けることが…
急に体が上昇する感覚の中、そう言えば誰かが呼んでいるような感じを覚えたが、それを知覚するより早く意識が真っ白になり──
誰かが、助けを呼んでいる気がした
「う…」
誰もいない医務室の中で、昏睡状態だったはずのキラの意識が蘇る。目覚めたキラが最初に感じた事は違和感
「あれ、目が…何か巻いている?」
目を開こうとしても顔にしっかりと巻きついている何かのせいで瞼を開く事が出来ない。視界がない中キラは目元の包帯を手探りに触れ、シュルシュルと少しずつ解いていく
「うっ、眩しい…」
1週間近く光を通さなかった瞳が刺激されたキラは思わず目を細める。徐々に光に慣れながら目を開ければ、清潔感のある真っ白な部屋が映し出された
「医務室…?確か…僕はストライクに乗っていて」
瞬間、キラの脳裏に、爆散するモントゴメリとそれを掴もうとする自分の手が映った
「ッ…!そうだ…僕はフレイのお父さんを…皆を…ぼ、僕はッ……」
助けることが出来なかった。そう考えた時、医務室ごとベッドが大きく揺れ、その勢いでキラは床に放り出される
「うわあ!…い、今の揺れは……ま、まさか、まだ戦闘中なのか!?」
ただでさえ青白くなってる顔をさらに青ざめさせる。どれだけ寝ていたのか、その間にどれほどの攻撃を受けていたのか、皆は無事なのか
色々な考えが渦巻く中、頭の中でリフレインするのはジョージ・アルスターの言葉
『娘をよろしく頼むよ』
「くっ…!」
グラァッ
「うあっ!」
再び揺れるアークエンジェル。寝たきりで平衡感覚が弱まっていたキラは床に伏せ落ちるが、脚の震えを抑えながら医務室を出て、手すりを頼りに長い通路を歩く
「僕が…僕が守らなきゃ…!」
心にこびりついた
『クソッタレエェェェ!!』
漆黒の大海を掻き分けて突き進むガンバレルが火を吹く。4方向から、3方向から、2方向から、時には一点集中のビームや弾丸が赤い獲物に放たれるが、赤いガンダムはそれらを躱し切って悠然と橙色の魚群(メビウス・ゼロとガンバレル)に狙いを定める
「そこ!」
頭部バルカンがオレンジの装甲を抉り、貫き、タダの鉄クズに変える
『コイツ、ゼロの攻撃に慣れてるのか!?』
「この程度、あの青いモビルスーツに比べれば!」
後方で破壊されたガンバレルを尻目に、ムウは残り2機のガンバレルを側面に連結させる
ガンバレル2機のスラスターがメビウス本体を加速させるブースターと化し、MSを超える速度でイージスを翻弄すべく動き回る。全てはイージスに自身を狙わせる為に
『嬢ちゃん!姫さんを連れて今すぐ逃げろ!』
「逃がさん!!」
メビウス・ゼロの対MS戦に於ける定石。しかし今回相手するイージスとは相性が悪かった。アスランはイージスをすぐさま高速強襲形態に移行させるとメビウスを超えるスピードで追いかけ始めた
『チィ!』
これ以上速度を落とす訳にはいかないムウは反撃も出来ないまま、焦燥で汗を垂らしながらも必死にイージスから逃げ続ける。だが連合が誇る最新鋭機の性能は完全にメビウスを上回っている。付け加えれば操縦しているアスランのコーディネイターとしての技量もあって、イージスの力は大きく引き出されていた
前回のブルートとの戦いではスキュラを無闇矢鱈に撃った事で帰りのバッテリー残量が切れかけていた。その時の反省を生かして、アスランはMA形態のまま先端のビームサーベルを起動させて、メビウスに突撃する
ドォン!
『くっ!?なんて速さだ!』
イージスの一撃は回避が間に合わなかったメビウス左側のガンバレルを抉り飛ばす。メビウスの動きが更に鈍くなる
『俺も年貢の納め時か…!!』
メビウスの要であるガンバレルが次々と破壊され、それでいてイージスの動きには一切の油断がない。この状況では流石のムウも楽観的な考えは出来ず…
ダダダダダダダ!
「何!」
しかしその時、メビウスにトドメを刺そうとするイージスの宙域に弾丸のシャワーが降り掛かる。あまりに精度の低いその攻撃は、ジンの76mm重突撃機銃から吐き出されたものだ
『フラガ大尉、早く逃げて!』
『嬢ちゃん!?やめろッ!!こいつはお前なんかがどうにか出来る相手じゃない!!』
コーディネイターへの憎悪が根底にあるとはいえ、人の死を無視できるほど彼女は非情ではなかった
「そんな腕で、どうして出てくるッ!」
だが、避けた方が当たりそうなほどバラバラにばら撒かれた銃弾をイージスはあっさりすり抜けていきすれ違いざまに機銃ごとジンの右腕を切り飛ばす
『キャアアア!』
『アゥッ!?』
『!? ちょっと、アンタ!?』
背後から聞こえた悲鳴と硬い何かがぶつかる音。シートの後ろを見れば、ラクスが壁にもたれかかった状態で気絶していた
「警告する。ラクスを返せ。そうすればこれ以上の攻撃は行わないと約束しよう」
『く…何が約束よ!アンタ達コーディネイターの言葉を信じると思ってるの!?今の攻撃で、その大事なラクス・クラインが気絶してるのよ!』
「嘘をついてると言いたいのか?お前が…お前達がそれを言うのか!?」
『このォ!』
残った左手で重斬刀を握り攻撃してくるジンだが、あまりに遅く、精細さが欠けた攻撃だ。軽く半身になることで突きを躱し、カウンター気味に振るわれたビームサーベルが左腕をも奪う
「無駄だというのが分からないのか!!」
『ああっ!!』
「ラクスの事だってそうだ…お前達が余計なことをしなければ!」
ガギィ!
イージスのマニピュレーターが無力な灰色のモビルスーツの胸部の装甲を掴み、そのパワーで無理やり引き剥がす。両腕と片脚を喪失したジンで抵抗することは不可能だ
バキ バキ…バギンッ!
緑色の眼光がフレイを捉える
「さあ、ラクスを渡してもらおうか。抵抗するならば…!」
『ああ、ヒ、ィィッ』
ジンの剥き出しになったコックピットにイージスが手を伸ばす。嫌でも死の感覚を感じ取ってしまったフレイは目尻に涙を浮かべ、必死に助けを乞うた
『い、いや…!誰か…た、助けて!誰かぁ!!』
ドビュゥ!
「なっ!?」
その指先がコックピットを抉り出そうとしたその時、アークエンジェル方面から一筋の光がイージスに迫る
レバーとペダルを動かしてシールドで光…1発のビーム攻撃を防ぐ。ここで戦闘を行えばラクスが巻き添えになると判断したアスランはMSを動かしながら光が飛んできた先を見て、驚愕する
「あれはストライク!?…キラか!!」
視線の先から背部に高機動装備をつけたストライク、エールストライクガンダムが現れ、アスランが戦闘不能にしたジンに近寄る
『キラ…?』
ヘルメットの中で浮く涙粒、その奥でストライクが顔を覗かせる
ストライクの乱入には驚いたアスランだったが、彼はそれを逆にチャンスだと考えた。ここでキラを味方につければより確実にラクスを奪還することができ、同時に連合の新型MSを全て奪取することが出来る
背中を向けるストライクにイージスの回線を繋げる。映った映像には目元が暗かったが確かにキラと分かる顔が映っていた
「聞け、キラ!連合はお前を、コーディネイターを騙し、利用することしか考えていない!この状況が何よりの答えなはずだ!!」
しかし、アスランは気づいてなかった
『……みが……』
「……キラ?」
キラがどんな感情を抱いていたのか
『君が………』
『フレイを泣かせたのか!アスラァン!!』
キラが、どんな表情をしていたのか
ズバァ!
ガギャァァ!
「キラ!?」
振り向きざまに放たれたビームサーベル。その鋭い一撃を間一髪、対ビームシールドでガードしながらアスランは親友の豹変に困惑する
「キラ!どうしたキラ!何故攻撃を!?」
『ハァァァァァ!!』
先程のジンと比べて、あまりにも苛烈で躊躇がない突きを繰り出すストライク。回避が間に合わなければ、アスランはシートごと蒸発していただろう
「バカな…!?」
自身の横を通り抜けた桃光の刀剣を見て冷や汗を流す。それほど今の攻撃には怒りが、殺意が込められていた
モニターに映るキラ。目元には痛ましい火傷痕と切創痕があり、ハイライトを失った目から漏れ出る怒りをより強く増幅させアスランに感じ取らせていた
『よくもみんなを、フレイを!!親友だろうと、僕は君を許さない!!』
「落ち着けキラ!!俺とお前は互いに戦う理由などないはずだ!」
『君にはなくても僕には理由が…約束があるッ!』
ストライクの右手にサーベルを握らせながらキラは叫ぶ。直後、ブリッツのニコルから通信が届く
『アスラン、イザークが!!』
「何!?イザークに何が…ッチィィィ!!」
ニコルの焦る声に気を取られるアスランだが、その一瞬の隙すらも見逃さずストライクはイージスに斬り掛かる
バキィィ!
盾を構えて攻撃を往なすも、構えた事で硬直したタイミングを突いてストライクがシールドに蹴りを叩き込む。体勢が崩れた時を狙って薙がれたビームサーベルを、スラスターを限界まで吹かす事で上昇しギリギリ回避する
(強い!何より迷いがない!これが、これが本当にあのキラなのか!?)
『ムウさん、何してるんですか!早くフレイを!』
『あ…ああ、分かった!お前も無茶するなよキラ!』
唐突に現れたストライクが繰り広げるイージスとの激しいMS戦に唖然としていたムウだったが、キラに呼びかけられることで我を取り戻す
前回の戦闘でストライクにしたようにガンバレルのケーブルをフレイのジンに絡めてアークエンジェルまで加速する
「待て!ラクスを」
『行かせるか!!』
メビウス・ゼロを追おうとするイージスの前に、ストライクが立ち塞がる
「邪魔をするなキラ!!あのジンの中にはラクスも乗っている!!」
『ラクスが…?』
「ラクスの返還に応じたにも関わらず、先に銃を抜いてきたのは
ここぞとばかりにナチュラルひいては地球連合という組織を非難する
しかし、そのセリフを聞いたキラはむしろ逆上する
『民間人だって…?フレイのお父さんが乗っていた
「なんだと?」
『目の前で父親を殺されて…苦しくて、辛くて…!フレイは……フレイは今泣いてるんだぞッ!!』
「何を言っている!?」
ヴァイオレットカラー1色に染まった眼光がアスランを貫く
しかしアスランには、少なくとも士官学校を卒業してから1度も民間艇を撃ち墜とした心当たりなどなかった。それは自身が所属するクルーゼ隊も同様だ
『殺させない…!みんなも…フレイも…絶対に僕が守ってみせる!!』