砂漠の表面を白く照らす月光。光り輝く星々の下で、まるで伏せた獣の4本脚を持つような砂色の戦艦が静かに息を潜めていた
艦橋から短い赤髪が特徴の褐色の青年が双眼鏡で遠くを見つめる。その先には砂漠のど真ん中に佇む、長い前足のような形が特徴の白い戦艦があった…アークエンジェルだ
「噂の大天使とやらの様子はどうかね?ダコスタくん」
「動きは特にありません。降下して間もないのでしょうし、報告通りメインエンジンが大破してる事で動くに動けないと言った所でしょうか」
「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからなぁ。彼女は未だスヤスヤとおやすみか」
“マーチン・ダコスタ”は後ろから掛けられた声にそう返す。その背後にいたのは、これまた焼けた肌の男がいた。鋭い眼光には歴戦の軍人でなければ醸し出せない凄みがあり、ダコスタの口調からも人を動かす立場の人間であることが推測出来る
男は手に持ったカップに入っているコーヒーを啜る。そして目を見開く
「…む!!」
「ッ! どうしましたか!?」
男のただならぬ反応にダコスタが振り向く。視線の先にはカップの中身を真剣に見つめる男の姿があり…緊張が走る中、男は嬉しそうに破顔する
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね…こりゃぁいいなぁ」
「は、はぁ…」
…どうやら、ただ自分のブレンドしたコーヒーの出来に満足してただけらしい。いつもマイペースな司令官殿だとダコスタは内心ごちた
しかし、そんな呑気な雰囲気を保ちながらも、男は一切の慢心も油断もせず、部下達に指示を出す
「さて、威力偵察と行こうじゃあないか」
一方アークエンジェル格納庫では、ムウがサーシェス、マードックと一緒に2つの戦闘機を見ていた
「ほう…これがハルバートン提督の用意してくれた新型の戦闘機か」
「『スカイグラスパー』…最新鋭の戦闘機としてもそうですが、こいつの最大の特徴はストライカーパックを装備出来て、前線で戦うストライクにパックの換装とバッテリーの補給をさせる事が出来る点ですね」
「所謂戦える補給艇と言ったところか。さしずめ、それを操縦する俺は配達人ってか?」
呆れたような仕草で肩を竦めるムウ。ガンバレルがほぼ半壊状態であり、そもそも宇宙用の“メビウス・ゼロ”が地上では使えない以上、このスカイグラスパーがムウの新たな搭乗機となる
「それに加えて様々な物資にも融通を聞かせてくれたようですしね…」
「ハルバートン提督様々だな」
サーシェスは茶化すように言う。それを聞いていたムウは、1つの話題を口にする
「…なあゲイリー、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「地球降下の際にマリューに逆らったそうじゃないか…なんで坊主を見捨てようとした?」
おちゃらけた雰囲気から一点、ムウは厳しい視線でサーシェスに問い質す。ムウからしてみれば、あの時まだ民間人であったキラを見捨てたことが許せないらしい
それを聞いたサーシェスは一瞬考え込むも、その心を表情に出さないように努めながら、淡々と答える
「…言っとくが、あの時の判断を俺は間違ったと思っちゃいねえぜ」
「お前なぁ!!」
その何とも思ってなさそうな態度が癪に障ったムウはサーシェスの胸ぐらを掴もうとするが、寸前に手首を掴まれ阻止される
「ぐっ…!」
「ストライクを助ける為にこうしてアフリカ砂漠に落ちた訳だが、それだって幸運な方だ。もし険しい山岳地帯に落ちてみろ?着地すらままならず、全員お陀仏だぜ?」
そう、アークエンジェルが着地した地点はアフリカ砂漠のど真ん中。そしてアフリカ共同体という国家群は親プラント…つまりザフト軍が在中し、サーシェスの嫌な予感は見事に的中してしまったのだ
それでも先程サーシェスが言ったようにもし山岳地帯に落ちていれば、艦底をヤスリのように削られてから爆散して死ぬか、岩山部分に戦艦が剣山のように突き刺さってから死ぬか、そんな未来も十分有り得た
「それはッ」
最も、もしそうなってたとしても真っ先に脱出できるように、アークエンジェルに帰還してすぐにブルートのエネルギーを回復させていた訳だが
落ち着きを取り戻したムウの手首を離す。ムウはその場から去ろうとするサーシェスに向かって聞く
「お前は、一体何が目的なんだ…」
「ムウさんよ。目的なんて大層なもんはねえよ」
それに対してサーシェスは、飾らぬ本心を語る
「今も昔も、俺の生き甲斐は戦いだからな」
「うっ…」
瞼を薄らと開き、キラは目を覚ます。アークエンジェルのクルーに用意された部屋にあるベッドの上なのだと朧気な意識で理解する
服装はパイロットスーツではなく、ランニングシャツに長ズボンという簡素な物に変わっている。一体誰が着替えさせたのか、頭痛に苛まれながら起き上がると、傍から鈴を転がすような声が響く
「あら、目を覚ましたのですね」
「キラ、寝ボスケ、寝ボスケ」
「え…?」
長い桃色の髪に2つの三日月を合わせたような髪留め。一瞬誰か分からなかったが、回転し始めた頭がすぐに誰なのかを思い出させた
「ラクス・クライン…」
「はい、おはようございます、キラ様…いえ、今は夜ですわね」
不思議そうにクスクス笑う姿は非常に絵になる可憐さがあった。しかし、キラは自分の置かれていた状況を思い出してラクスに問い詰める
「アークエンジェル…!皆は!?皆は無事なの!?うっ…!」
「体を動かしてはいけませんキラ様。先程まで酷い熱だったのですから」
医師はキラの発熱を長時間高熱のコックピット内にいた事だと判断していた。だが実際は、アークエンジェル内の人間関係、肉体の酷使、自分自身を精神的に追い詰めている事によるストレスだということに誰もが気づけていない。キラ自身さえも
「フレイ…僕は…僕は、フレイを守らなくちゃいけないんだ…!」
「フレイ様を…?」
「フレイ」というワードにラクスが強い反応を示す。直後に頭に浮かんだのは自分を叩いたフレイが泣いている姿
目の前で起きたおぞましいまでの憎しみ合いを引き起こす原因を作った自分を非難するフレイの姿
医務室で叩かれたあの日から、ラクスの中には複雑な感情が渦巻いていた。そんな矢先にあの様な事が起こり、もはや自分でも何をどうしたいのか、考えれば考えるほど思考の海に溺れていくのだ
ビィー! ビィー! ビィー!
『第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!』
だが、現実はそんな迷いを置き去りにする
「警報…敵が来たのか…!」
その警報を聞いてキラは真っ先に動き出す。自分が衰弱してるにも関わらず、戦う為に部屋から出ようとする
「待ってください。あなたはついさっき起きたばかりなのですよ?」
そんなキラの自殺行為に等しい行動をラクスは止めようとする。それでもキラは行こうとするが、出入り口の前にラクスが立ち塞がる。強い視線がキラを射抜く
「いけません。あなたが傷つく事を誰も望んで…」
「どいてくれッ!」
「キャ!?」
ラクスはキラが優しい人間であることを短い期間だが理解し、だからこそハッキリを意思を告げれば止まってくれる、少なくとも迷いはするだろうと思っていた
しかし、明らかに正常ではない瞳をしたキラはラクスの体を無理やり押し出し、容易く廊下の外に出て行ってしまった
「僕が守る…!僕が…!」
「あ…」
走る背中がどんどん遠のいていき、やがてキラの姿は見えなくなった
ラクスは再び後悔の念に囚われる。今、無理やり体を掴みでもすればキラは止まったかもしれない。しかし、頭の中で力尽くはダメだという考えがキラに出し抜かれる要因となってしまった
力ではダメ、でも想いだけでも止まってくれない
「わたくし…どうすれば良かったのでしょう…」
『認メタクナーイ!』
その独白は、ハロ以外には届かなかった