「ちょっと!私は待機ってどういう事!?」
格納庫でフレイの怒鳴り声が響く。彼女の怒りを受けているマードックは耳に指を突っ込みながら説明する
「だから言ってんだろ!嬢ちゃんが使ってたジンは今ダルマなんだよ!銃を1発撃つことはおろか、自分で外に出ることも叶わねぇ…あんま文句ばっか言うとまた中尉殿の怒りを買うぜ?」
「うう!」
フレイの我侭っぷりの噂を聞いていたマードックの言葉にフレイは怯む。フレイもこれ以上文句を言えばモビルスーツにすら乗せて貰えないかもしれないという罰を想像したらしい
ちなみに現段階におけるアークエンジェル内の高い役職の人間の階級は、ハルバートン提督と合流した時点で1段昇格している。だからマードックのいう中尉殿とは、フレイが苦手意識を持っているナタル本人に他ならない
手足のもがれた自身のモビルスーツを見ながら、フレイは憎しみを発散出来ない現状に舌打ちした
一方ブリッジでは、艦長席に着いたマリューが状況確認を“ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世”に聞く。この度軍曹に昇格したCIC電子戦担当の軍人だ
「状況は?」
「第一波、ミサイル攻撃6発!イーゲルシュテルンにて迎撃!」
「砂丘の影からの攻撃で、発射位置特定できません!」
「第一戦闘配備発令!機関始動!フラガ少佐、ビアッジ少佐、ヤマト少尉は搭乗機にてスタンバイ!」
深夜だというのに、砂漠の夜は星と月明かりが砂地で反射してかなり見えやすい。有視界戦は問題なさそうだとマリューは判断する
「フラガ少佐とヤマト少尉は出られるか?」
ナタルが部下に問う。ムウは使える機体がメビウスではなく新型のスカイグラスパーの為、使いこなせるという意味で。キラは昏睡状態復帰後の戦闘から間も経ってない為、役に立つかという意味で
立つ立たないに関わらず行動するのが軍人というものだが、そもそもキラに与えられた階級は、軍の最重要機密であるストライクを民間人が動かしているという立場の悪さをどうにかする為にハルバートンが便宜を図った事で一時的に与えられた階級だ
ルールを重んじるナタルは強制徴兵する事は間違っていると考えている為、まだ返事を返していない彼は未だに民間人な訳だ。しかし、いつまでも民間人気分でいられては困るのも事実ではある
「アンチビーム爆雷装填!」
「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認!」
「ミサイル接近!」
「機影ロスト!」
「フレア弾散布!迎撃!」
考えている間も戦闘は続く。ヘリ相手ならまだどうにかなりそうね、とマリューが考える中、ミリアリアが担当する通信から声が響く
『敵はどこだ!?ストライク、発進する!』
「キラ!?待って、まだ…!」
『早くハッチを開けて!』
「まだ敵の位置も勢力も分かってないんだ。発進命令も出ていない!」
ナタルが叱責するが知ったことかとキラは言い返す
『何呑気なこと言ってるんだ!いいから早くハッチ開けろよ!僕が行ってやっつける!』
「…キラ…」
普段大人しい彼からは想像も出来ない荒々しさにミリアリアは呟く
「艦長!」
「言い様は気に入らないけど、出てもらう他ないわね。艦の方では小回りが効かないわ。ストライク、発進させて!」
マリューの許可が出たことを確認してから、ナタルはキラに指示を飛ばす
「ハッチ開放、ストライク発進!敵戦闘ヘリを排除せよ!重力に気を付けろよ!」
「カタパルト接続。APUオンライン。ランチャーストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリアー」
MSデッキからカタパルトに移されたストライクの右肩に複合兵装ユニット“コンボウェポンポッド”、背中に大型ビーム砲“アグニ”が装着される
「ストライク、発進どうぞ!」
最後の言葉をきっかけに、ランチャーストライクはカタパルトから飛び出した
「ぐぅ!?うううっ…!」
電磁力で急加速するリニアカタパルト。接続されたストライクに普段とは違う重力負荷が追加され、それが搭乗しているキラにも余すことなく伝わる
満天の星空の下に飛び出したストライクが砂漠の大地に着地する。しかし着地と同時にストライクの脚部が1/3ほど埋まり、ストライクの動きを阻害する
「砂に!?しかも足が…ふ、踏ん張れない!」
砂漠の砂地は乾燥し切っている為、想像以上にしっかり踏み締めることが出来る
しかし、それは歩く時に重心を変えられる人間や動物などの生き物だからこそ出来るわけで、最初から砂漠の移動を想定していない乗り物やMSでは砂地に足を取られる。ストライクの場合、コンクリートや土の地面を想定して脚を動かした為、地面に掛ける負荷が大きく砂地が歩きにくくなっているのだ
そうやって移動に四苦八苦している中、6機の青い影が姿を現す。4本の脚裏にある
その内の1機が砂漠の上を高速で滑り、背部ターレットに装着した“ 450mm2連装レールガン”を発射し、ストライクに当てる
「あぁ!!」
衝撃にキラは空気を吐き出す。更に追撃を仕掛けようと近付いてくるバクゥだが、アークエンジェルの110cm単装リニアカノン“バリアントMk.8”が側面から直撃したことにより失敗に終わる
自身の体たらくになんてザマだと怒りを抱きながらもキラはこの隙にキーボードを取り出し、ストライクのOSを変更しようと試みる。戦場でのOS変更は初起動時に経験済みだ、僕なら出来ると鼓舞させる
「接地圧が逃げるんなら、合わせりゃいいんだろ!逃げる圧力を想定し摩擦係数は砂の粒状性を…!」
その時だ。アークエンジェルの右足が開き、そこから蒼く染まっていくMSが射出される
「ブルート!?マズい!」
キラの言うように、砂の大地に着地したのはアリー・アル・サーシェスが駆るMS『ブルート』だ
しかし腰部には
ファングは現状無重力下でしか使用できない武装であり(そもそも低軌道会戦で全てのファングを破壊されているが)、地球に降下した時点でブルートはその特殊性を失われた機体になっていた(それでも『G』そのものが規格外の機体ではあるが)
その事を知らないキラは、まるでブルートが修理もロクにせずに飛び出してきたように見え、加えて砂漠の地形に合わせたOSを組んでいないブルートではまともに動けないと判断したのだ。足首を砂漠に埋めたブルートに向かって回線を繋ぐ
「ゲイリーさん!伏せて!」
そう警告しながら、ブルートに飛び掛かろうとするバクゥにアグニの照準を合わせるストライク
ズガァ!
…だが、キラの不安は杞憂に終わった
「な…!?」
『そおらッ!!』
見れば、バクゥは飛び掛かった姿勢のまま重斬刀で胴体を貫かれており、ブルートはそのまま重斬刀を勢いよく振り回し、突き刺さっていたバクゥを他のバクゥに放り投げる
ガギャァン!
『ぐわあ!?』
『わ、悪い!大じょ──』
ドォォン!
それ以上先の言葉を喋ることをザフト兵は出来なかった。追撃のビームハンドガンによってコックピットを焼かれ、永遠に意識が途絶えたからだ
『あばよ、犬ッコロ!!』
一連の流れを見ていた、特に最前線で戦っているキラやザフト兵は驚きを隠せなかった。ブルートの足が砂に埋まっている以上、明らかにMSが砂漠地帯に適応してないにも関わらず、砂上で動けるように作られたバクゥを一蹴する動きを見せたからだ
(ゲイリーさんのモビルスーツのOSは、砂漠の上でまともに動けるように最適化されていないのにどうして…!?)
確かにブルートは、砂漠地帯に適応したOSが組み込まれていないMSだから確実に動きにくくなる。しかし、パイロットであるサーシェスは傭兵であり戦争屋だ。戦いの娯楽を求めて多くの戦場を渡り歩いた。砂漠のような乾燥地帯も例外ではない
そして、サーシェスの超越した操縦技術を持ってすれば…砂漠でよどみなく動く人間の動きをMSで再現するなど造作もないことなのだ
キラが硬直している間にもブルートはバクゥめがけてビームを撃つ。しかしいくら動けると言っても普段よりは動きが鈍り、結果バクゥにはすんでのところで回避されてしまう
“400mm13連装ミサイルポッド”から放たれるミサイルをイーゲルシュテルンで迎撃しながらサーシェスは舌打ちする
『チッ、流石に動きは向こうが速いか…』
『奴らは動けん!近寄らずに攻撃しろ!』
高速移動しながら遠距離攻撃に徹するバクゥ3機。そうこうしている内に、ムウが乗ったスカイグラスパーが出撃。同時に南西の方角から砲撃が飛び、アークエンジェルに着弾する
「アークエンジェルッ!!」
その光景を見た瞬間、キラの脳裏に過ぎるのは爆散するモントゴメリの姿……
直後、キラの中で『
「やめろぉおおおおおっ!!」
組み換えている途中だった砂地適応OSを即座に組み上げ、ランチャーストライクは恐ろしい速度でバクゥを強襲する
『何!?』
「はぁぁぁぁぁ!!」
迫るストライクを見たバクゥのパイロットは冷静に距離を取りながらレールガンをストライクに向ける
だが、ストライクはそれよりも素早くアーマーシュナイダーを取り出し、バクゥの右脚に投擲して足を奪う。動きが鈍ったバクゥにコンボウェポンポッドから吐き出された“350mmガンランチャー”の2連装ミサイルランチャーが突き刺さり爆発する
『よくもアルをォ!!』
仲間の仇を討つべく、攻撃の隙を突いたバクゥが後ろからストライクに飛びつく
「ッ!」
その奇襲を察したキラは反射的に振り向いてアグニの銃口をバクゥの土手っ腹に打ち付ける。そしてトリガーが引かれ、悲鳴を上げる間もなくパイロットはコックピットごと光の中で溶けた
『バカな!?バクゥがこんなに容易く!?』
状況を見定めていた残ったバクゥに乗っているメイラムが驚愕の声を上げる。片や動けない中最低限の動きで、片や急に動きが良くなって、それぞれバクゥを2機ずつ瞬殺したのだ。コーディネイターとしての自信が崩れそうなほど恐ろしい現実だった
「あと1機ィィ!!」
そしてその恐怖が、ストライクというMSに乗り移ってメイラムに襲い掛かる
『うわあああああああ!!』
メイラムは後退しながら化け物に向かって背部ターレットのミサイルを撃ち込む。イーゲルシュテルンで迎撃しながら“120mm対艦バルカン砲”を撃つキラだが、バクゥの機体スピードは速く、照準が定まらない
そこでキラはアグニとウェポンポッドをパージし、アーマーシュナイダーを握ってバクゥを追う
デッドウェイトが無くなった事でストライクの走行速度が大きく上がり、バクゥの近距離まで追いつく
メイラムはもっと早く逃げる決断を
だが、もはやその『たられば』に意味はなくなった
ドォン!
『うあああああっ!』
詰められた距離から撃たれた頭部のバルカンが、メイラムのバクゥの左脚を破壊する。減速したことで距離が縮まったストライクのマニピュレーターがバクゥを掴み、砂埃を上げながら砂漠の上で滑る
やがて揺れが止まった時、メイラムのメインカメラが捉えたのは…こちらに超振動の刃を突き立てようと左腕を上げる、トリコロールカラーのMSの姿
『あ……悪魔……!!』
ズガン!
その言葉を最期に、メイラムは肉体が人型である事すらも忘れて死んだ
「ハッ……ハッ……ハッ……」
滝のような汗を流しながら、キラは小さく呼吸を繰り返す。頭の中にあったのは、接触回線で聞こえてきたメイラムの最期の言葉だった
「悪魔…僕が…悪魔…?」
アークエンジェルからの呼び掛けをも無視して、キラはそのワードを反芻する。シートにもたれ掛かりキラは呟く
「仕方ないじゃないか…皆、皆に死んで欲しくないから…だったら、だったら僕が戦うしかないじゃないか…」
目元を覆う腕の下から涙を零しながら呟く
「来なければ…殺さなくて良かったのに…」
キラは静かに泣いた。誰にも悟られないよう、嗚咽も漏らさず孤独に泣いた