「よう、曹長殿」
「どうも、少佐殿」
アークエンジェル後部…メインエンジン付近に位置するブロック内にてサーシェスはマードックに顔を見せに来ていた
「どうだ、エンジンの方は?」
「やっぱ損傷具合が酷いですねえ。資材はあるから修理する事は出来るが、短く見積もってもあと5日程はかかりますぜ」
「5日か…ならバルトフェルドが仕掛けてくるとしたらその間だな」
「怖いこと言わねえでくだせぇよ」
ジェスチャーを交えながらおちゃらけてみせるマードックだが、その目は笑っていない
メインエンジンが半分以上損壊していれば、多少の移動はともかく長距離航海や戦闘に大きな支障が出ることはクルーの誰もが気づいていた。特にアークエンジェルの修理も担う整備班はいかに不味い状況かを嫌というほど理解している
「整備班以外は仕事が殆どねえから艦長を含めアークエンジェルクルー達は大体が休んでいる…羨ましいか?」
「冗談でしょう?俺達が働かなかったらそれこそこの
「全くだ」
ちなみにその大体の中に含まれないムウ・ラ・フラガは今、トイレ掃除をしている真っ最中だった
「しっかしあの嬢ちゃん、随分軽い処罰を受けたと聞きましたよ?」
「ま、事が事だからな」
マードックのいう「嬢ちゃん」とはフレイ・アルスターのことに他ならない
そう、フレイとラクスの壮絶な大ゲンカから数日。営倉から出されたフレイは軍法会議に呼ばれ裁判の末に判決を受けたが、その処罰の内容は厳重注意、反省文と始末書の提出というとてつもなく軽いものだった
これに大きな反対意見を出したのがナタルだ。民間人への暴行は最悪死罪にも至る重大な軍規違反である。最低でも曹長への階級降格の申請と1ヶ月の謹慎処分が妥当だと断固として譲らなかった
それでもフレイの処罰がそれより軽くなったのには当然理由がある…アリー・アル・サーシェスの綿密な根回しがあったからだ。
結果、フレイは重罰を回避。無罪放免まではマリューも許さなかった故に軽罰が与えられた。ナタルはこの判決に最後まで歯噛みしていたが、1番複雑な心境をしていたのがフレイ自身であった事はサーシェスを含めて誰もが気づかなかった
喋りながらも手の動きは一切止まらないマードックを尻目に、サーシェスはMSデッキにいるであろう子供を思い浮かべながら、つまらなさそうに呟く
「あいつらももうちょい遊びがいがありゃあ良かったんだがなぁ…」
幾数もの緑光が矢となってストライクに降り掛かる
対ビームシールドで命を削り取ろうとする
「メインカメラが!?早くサブに切り替えを!」
視界が途切れた事実にキラは手早く動き、ストライクの各部に備わっている予備のカメラに切り替える
時間にして2秒も掛からず、キラとストライクの能力を考えれば戦場でも十分復帰可能な対処だ
…もっとも、サブカメラに切り替えた途端映った、こちらに向かってビームサーベルを振りかぶる藍色のガンダムが敵でなければの話だったが
「あ」
ブツンッ!
咄嗟に操縦桿を握り締めてももう遅く、気がつけばモニターに砂嵐が流れ撃墜判定のアラートが鳴る…これでキラ・ヤマトは累計『26回』死んだ
「ッ……クソゥ!!」
ガツン!
悔しさのあまり拳をコンソールに叩きつける。モヤモヤした感覚だけが胸の中を満たし、決して晴れることのない事実に苛立ちだけが募る
事の発端は、フレイがMSに乗っている事実をムウから聞いた事だった。それを聞いたキラはサーシェスに直談判しに行ったが…
『どういうことですか!?何故フレイをモビルスーツにッ!』
『本人たっての希望だ。ストライクの坊主には関係の無いことだと俺は思うぜ?』
『アルテミスで言ってたじゃないですか!民間人を巻き込むなんて軍人のしちゃいけないことだって!』
『巻き込むって意味ならすでに軍はお前さん達を巻き込んでいるがな。…フレイの嬢ちゃんを説得するなんてバカな真似はやめとけよ?嬢ちゃんの親父さんを守れなかったお前が言ったところで逆効果になるだけだ』
『ッ……!あなたに僕の何が分かるんだ!?僕は、僕はあの子のお父さんと約束したんだ!僕がフレイを守るんだ…僕が…!!』
『なら守ってやりゃあいい』
『何…?』
『嬢ちゃんが出る幕もないくらい、お前さんがガンガン敵を倒せばいい。そうすりゃ嬢ちゃんを守れるだろ?…手伝ってやるぜ』
そう言われて渡されたのはサーシェスの戦闘データ。聞けばフレイもこれを元にMSの操縦訓練をしていると言う
ゲイリー・ビアッジに対してそれなりに好感度の高いキラだが、フレイを戦いに巻き込んだことと前回の戦闘で敵兵に悪魔と呼ばれたことに対する反骨心。そしてザフトのMSを墜とせている戦果と自分がコーディネイターであることから生まれた自惚れが、シミュレーター訓練の難易度をフレイの最低ランクとは真逆の最高ランク、しかもジンではなくブルートで行うという行動を起こさせていた
…そして今、その思い上がりは真正面からへし折られていた
「どうして…どうして勝てないんだ!?僕に、何が足りないって言うんだ!?」
スペック上ではストライクとブルートのパワーは同じ、しかも地上ではファングが使えない分ストライカーパックを装備できるストライクが大きく有利なはずなのだ
だが、どれだけ訓練を繰り返してもキラはブルートに傷ひとつつけられない。エールならば技量で押し負け、ソードならば狙撃で近づけず、ランチャーならば一気に距離を詰められて負け続けた
コーディネイターとしての高い反射神経能力も操作技術も、その全てが悉く上回られる。本当に彼はナチュラルなのか、実は周囲も隠してるだけでコーディネイターなのではと何度も考えたほどだ
「僕は…フレイを守れるのか…?」
不安で今にも押し潰されそうになるキラ。静寂がコックピット内を包む中…
コンコン
いきなり聞こえてきた音にビクッと肩を跳ね上がらせる
コンコン
再び聞こえてくる音。まるでノックのように場違いなその音は、この数日間でよく聞いた
ハッチを開いて、外から流れ込んでくる新鮮な空気を吸う。外に出て左を見てみれば、そこには伏せの姿勢で格納庫に鎮座する修復されたバクゥと…バクゥのハッチ付近にいる2人の少女の姿があった
「あーもうっ!!本っ当に動かしづらいわねこのモビルスーツ!でもホバー移動じゃどうしても動きが単純になって読まれるし…」
「お疲れ様ですフレイ。飲み物を持ってきました」
「…貰っておくわ…」
癇癪を起こしながら容器に入ったドリンクを飲むフレイと、彼女に飲み物を提供したラクスの2人だ
キラとて、フレイとラクスが掴み合いのケンカをした事は数日を通して知っている。それ以前にもコーディネイターである自分やラクスを露骨に嫌悪していたことも知っている
それだけに、どこかギクシャクしながらもラクスからの交流を受け入れているフレイの様子には誰もが驚きを隠せなかった。当然キラ自身もだ
しかしキラは驚愕の感情に加えて、どこか2人の関係性に対して羨望の気持ちを抱いているのを自覚していた
(…アスランは…今頃どうしているのだろうか…?生きているのだろうか…?)
低軌道会戦で再会したあの時
泣いていたフレイの姿に激昂して本気で
もう戻れないのだろうか?
月面都市コペルニクスで過ごした、親友とただ笑って過ごしていただけのあの頃には…
「キラ様」
「うわっ!?」
ラクスが話しかけてくる。感傷に浸っていたキラが驚いて声をあげると、ラクスは不思議そうに首を傾げる
「…どうかしたのですか?」
「い、いや…なんでもないよ。考え事をしていたんだ…」
そう言いながら、手渡された容器を手に取って冷え切った液体を喉に通す。フレイのどこか訝しげな視線に罪悪感を感じて顔を逸らすが、そんなキラを見てラクスは1つ勘違いをする
「やっぱり、フレイもキラ様も訓練に打ち込み過ぎです。街にでも出掛けて気晴らしをした方がいいと思います」
「ちょっと、アンタ何勝手に決めてるの。敵地にいるのにそんなのんきな事…」
「わたくしではなくてフラガ様が提案なさったことですわ」
『今の俺は見ておく事が出来ないから、ヒヨっ子共に何かあったら俺に伝えてくれよな』
『あ、これ俺が出した命令だから、あいつらが断ろうとしたらそう伝えといてくれ』
「…とおっしゃっておられましたわ」
「……あのオッサン」
きっとここにムウがいれば「オッサンじゃない!」と否定したことだろう。食い気味に
「ラミアス様達も日用品が足りなくなってきたから、許可を出す代わりに買い出しをしてほしいらしいです」
「それ、ただのパシリじゃない」
とは言え、日用品が足りなくなれば生活に支障が出ることになる。生活がままならなければ戦闘時にも問題が起きるかもしれない
フレイはラクスとキラの顔を交互に見ながら、小さくため息を吐いて
「分かったわよ…!行けばいいんでしょ!どうせ命令なら断れないし!」
優しく微笑むラクスに根負けしたフレイは、嫌々ながらも頷くのだった