アークエンジェルの営倉に続く通路
奥から聞こえてくる会話…というにはあまりに似つかわしくない怒号が響いてくるが、キラはそこに向かうのを堪えてフレイの帰りを待っていた
『なんでそん……カな事を……』
『バカなこ……イには分かんな……俺が、俺がどんな気……だったのか……』
『何よ……そんな事いきな……れても、分からないわ……』
『うるさ……!……っといてくれ……てけよ……』
『……! サイのバカッ!!』
最後の声だけが一際大きく通路に響く
少し時間が経てば、暗闇の奥から懐中電灯を持った赤髪の少女が怒り心頭の様子でズカズカと歩いてくる
正直今の状態のフレイに話しかけたくなかったが、気まずさ故に着いていけなかったキラは恐る恐るフレイに聞いた
「フレイ、その…サイはなんて…」
「知らないわよ!!訳分かんないままいきなり怒鳴ってきて!!どうせ私がモビルスーツを動かせてる事に嫉妬してるだけでしょ!?」
せっかく夜遅くに来たのにバカみたい!と怒りながらフレイは自室に向かって歩き出す。そんなフレイを見て、サイの事を聞くのは無理かなと考えながらキラも自分に割りあてられた部屋に戻るのだった
MSの整備の音が忙しなく響く
砂漠地帯での運用を想定した為か、レセップス内部の各設備には冷房装置が必ず設置されており、寒いとすら言える冷気もMSデッキで働く男達にとっては慰めにしかならなかった
MSにも変形できる巨大戦車とも言うべき陸戦砲撃用MS“ザウート”や砂漠で最大の力を発揮できる“バクゥ”、その他にも戦闘ヘリの“アジャイル”なども数多く配置されており、どれだけ今回の襲撃に力を入れているのかがダコスタにはいやでも理解出来た
「いやぁ、これを戦艦1つの奇襲に投入するっていうんだから壮観だねぇ」
状況の整理をしていたダコスタの背後からバルトフェルドが声をかける。手元の書類から目を離す
「隊長、もう仕事が終わったんですか?」
いつもならもっと時間をかけているはずの仕事をしているバルトフェルドが現れたことにそう問うと、バルトフェルドは普段通りの態度で言う
「サボり」
「……ハァ!?」
「ハッハッハ!冗談だって、ちゃんとやってきてる」
「心臓に悪い…」
二拍ほど置いてから叫んだ副官に向かってそう言うと、ダコスタは呆れたようにため息をつく
何せ普段から自室に籠ってはオリジナルブレンドのコーヒー作りに精を出す上官なのだ。そういう人ではないと分かっていても「この人なら有り得る」と思えてしまうのが始末に悪い
こんなコントみたいなやり取りは普通の指揮官と副官では決して出来はしない。2人の間に確かな信頼があり、プライベートでも繋がりがあると感じさせる一幕だ
「緊張は解けたかい?ダコスタくん」
「まぁ…先ほどよりはマシに」
バルトフェルドの視線の先には大量のMSとヘリ。これだけでもバルディーヤで保有していた兵器の半分はあるというのに、レセップスの周辺にはこれと同じ量のMSを保有している“ピートリー級”戦艦が
「ジブラルタルの連中もよくここまでの戦力を回してくれたもんだ。これだけのバクゥに留まらず戦艦も…大分渋ったんじゃないか?」
「例の“青い獣”の戦闘データが本国から流されてますからね。ジブラルタルも近くにある以上、他人事ではいられないのでしょう」
「『戦力は寄越すから何としてでも墜とせ』、と…使い勝手の荒い奴らだよ」
プラントの議会で話題となった“
そして危機感を抱いたザラ派閥はジブラルタルに圧を掛けた…何としてでも足付きと新型MSを墜とせ、という命令に形を変えて
「
「クルーゼか。あいつはきな臭いから僕は嫌いなんだけどね…奴に助けられるとは皮肉だよ」
ため息を吐きながらバルトフェルドは物足りなさそうに指先を弄る。ここにコーヒーカップがあれば2杯目に突入してたであろう
…キラ達を屋敷から返してまる1日が経過した
そのキラ達には尾行をつけており、途中で明けの砂漠と思わしき人間と合流したことで上手い具合に距離を離されたおかげで敵のアジトの確認までは出来なかった。いかにコーディネイターと言えど、無数にある峡谷やオアシス、工業地帯からノーヒントでアジトの場所を特定するなど出来はしなかった。地の利は向こうにある
しかし、そこに戦艦1つ隠せる場所という要素が加わると、驚くほど容易くアジトの特定ができた。何せあの大きさだ、完全に隠せるとなるとたった1つの巨大な岩山の峡谷しかない
そして前回の襲撃から間を置かずに隠れられた事を考えれば、土地勘が働く者の手引きがあったと想定でき、アークエンジェルを隠すことに利があるのはレジスタンス以外有り得なかった。同時にレジスタンスのアジトも付近にあるだろうとバルトフェルドは当たりを付けていた
「しかし隊長、本当に明日にするのですか?もう少し待てばディンやグゥルや例の奪取した新型を戦力に…」
「ダメだ。奴らはただ数や質があれば勝てるという敵では決してない」
副官の進言をバルトフェルドは切って捨てる
「連合の新型艦は
「普通ならば過剰ですが、敵には例の化け物がいるのですよ?」
「化け物みたいなモビルスーツとパイロットだろうとバッテリーには限りがある。丸一日動き続けられるならまだしも、どれだけ長く見積っても4時間が限界だ。そして先に艦を墜としてしまえば、ブルーもストライクも補給出来ず必ず力尽きる…そこが狙い目なのだよダコスタくん。我々の勝利条件は、いかに“G”を足止めしつつ“アークエンジェル”を手早く墜とすか…そこに掛かっている」
その説明に、絶対に喰らった獲物は逃がさないという虎めいた執念をダコスタは感じた。つくづく味方で良かったと心の中で痛感する
夕方にはバルディーヤを発つ。戦いの時に備えて、コーディネイターの戦士達は準備を怠らず、休息も十分に取った
「曹長、エンジンの状態と補給状況は?」
『補給は今日の
「そう…」
…そして、翌日の正午前の時間帯
ドオォォン!!
「え──?」
「敵襲!?」
戦いは…前触れもなく唐突に襲ってくる