“砂漠の虎”アンドリュー・バルトフェルドは討ち死に、残存するザフト軍もバナディーヤまで引き上げた。多くの戦艦、MS、ヘリを破壊したことにより、今の虎の残党には反撃ましてや襲撃する戦力など残ってはいなかった
アークエンジェルもMSとパイロットこそ失わなかったが、決して無傷ではない。武装、装甲が少なからず破壊されたし、砲兵等の人員には怪我人も死人も出た
…何より、明けの砂漠は悲惨の一言に尽きた。半数以上の構成員が死亡、その殆どがアフリカの将来を支えるはずだった若者なのだ
戦いには勝った。しかし、この国の未来を考えると安易に勝利を喜べないサイーブたちであった
ノズルを閉めて、シャワーヘッドから飛び出す湯を止める
ティーンエイジャーの少女とは思えないほど整った体つきは扇情的に赤みを帯びており、紅潮した肌よりずっと鮮やかな赤髪から水滴が滴り落ちる
「何がイヤって、慣れてきちゃったのが1番イヤなのよねぇ…艦内じゃ風呂もリンスもないし」
バスタオルでゆっくり、優しく髪を拭きながらフレイは独りごちる。バナディーヤの“虎”の屋敷で入ったお風呂のフローラルな匂いはまだ覚えている
───敵の指揮官機のコックピットの中には、半身と泣き別れした男の焼けた遺体と…それを抱き締める、男か女かの区別もつかぬほど全身が黒焦げになっている遺体があった
それがバルトフェルドとアイシャの成れの果てだと泣きじゃくるキラから確認した時は衝撃的だったし、特にアイシャ(と思わしき)の亡骸を見た時は、初めてコーディネイターを殺した時ですら込み上げてこなかった吐き気が一気に襲ってきたほどだった
「…お礼くらい、言っとけば良かったかな…」
コーディネイターが嫌いなことは未だに変わらないし、特にパパを殺した
でも、バルトフェルドや、ラクスや、キラのようなコーディネイターもいるのだと思ってからは、その憎悪の決意が綻び始めてきていた
(ヤな女…)
内心、そう自嘲気味に呟きながらも軍服を身に包むと、フレイは部屋を出て、艦を出て、夜空の砂漠の砂を踏む
「フレイっ!」
篝火に人々の中から少女…ラクスが花を咲かせたような笑みを浮かべ、フレイに近づくと抱き締めた
「ちょっ、ちょっと…!」
「来てくれて嬉しいです、フレイ」
「分かったからっ離れなさいっての!」
戦闘訓練によって最近ついてきた筋力でもってラクスを無理やり引き剥がす
「あ……」
そうすると、名残惜しそうにした後、寂しそうに微笑むものだから後味が悪いったらありゃしなかった
「もう………何よその目」
ふと視線を感じて周囲を見てみると、アークエンジェルのクルーやカレッジの面子が微笑ましそうなものを見る目でこちらを見ていた。ジト目のフレイにミリアリアが揶揄うように言う
「べっつにぃ〜?ただ、随分懐かれちゃってるな〜って思っただけよ〜?」
…そう、砂漠の虎との戦いが終わってから、妙にラクスはフレイに擦り寄るようになっていた
先の戦いの最後の時に、フレイがラクス(とアークエンジェル)を守るという旨の発言が通信で聞かれていて、それをミリアリアがラクスに教えた結果…こうなってしまったのである
「ミリアリアが余計なこと言ったせいでしょ!?責任取りなさいよ!!」
「でも、今までのフレイならもっと嫌そうにするのに、今はあんまり拒絶しないじゃない」
「な…!」
「どういう心境の変化?」
「ッ…知らないっ!!」
その指摘が図星だったのか、フレイは拗ねたまま周囲に誰もいない岩場に座り込んだ。滲み出る怒気の凄まじさに、歌の準備を始めたラクスを除く全員が誰も近くに座ろうとしなかった
…今夜、この場に今日の戦いで生き残った者達が集まっていたのは、先の戦いで亡くなった者達への追悼の歌を歌いたいとラクスが提案したためであった
無論、厳しい戦闘を乗り越えた直後故、そんな暇はないとマリューやサイーブはやんわり断った。それに、ラクスをザフトの人間だと思っているレジスタンスの若者もわずかに居て「
『プラントの人間であるわたくしが、プラント以外の人間を弔ってはいけない理由があるのですか?…戦うことのできないわたくしに、意志のある戦いを止める権利はございません。ならばせめて、戦い終わった者たちが安らかに眠れるように尽力する…それが、戦えないわたくしができる、唯一の責務なのだと思っています』
その強い意志…カリスマともいうべきものに当てられ、多くの者がラクスに圧倒された。(正確には、興味なさげにしていた者が2名いたのだが、何事も起きなかったため除外する)
とにかく、観客が1人も居なくとも歌うと決めたラクスの意志は固く、プラントの民間人を保護しているという建前もある以上1人にすることも出来ず
ある者は護衛の為、ある者は疑心ゆえに監視する為、またある者は興味本位で…結果として、多くの人が砂漠と岩山をバックにしたステージに集まったのだった
「皆様、本日はわたくしの我儘に付き合って下さり、本当にありがとうございます」
雲のひとかけらもない、満天の星空を背にしてラクスは頭を下げる
「先の戦いで、敵味方問わず多くの命が失われました。…それは本当に悲しいことです…戦う力のないわたくしに出来ることは、歌で彼らの魂を慰めることくらいですが、その為に心を込めます。どうか、皆様も聞いてください」
そう言って歌い始めようとするラクスを見ながら、フレイはふと1人の男の子のことを思い返す
(そういえば…キラ。あの子、結局来なかったわね…)
バルトフェルドを討ち、慟哭の悲鳴をあげた少年。トール達の方で来るよう閉じこもった部屋まで呼び掛けに行ったが、ロクに返事もなく、疲れてるのだろうと思って無理に連れてこなかったらしいが…
『殺したくないのにぃぃー!!!』
(殺したくないなら…なんで戦うのよ…)
ヘリオポリスを脱出した直後とは状況が違う。今はビアッジ少佐もいるし、守りたいにしても、自分の心をそこまですり減らして戦うものなのだろうか
なんとなく気持ちが沈んだからか、夜空でも見渡して気分転換しようとした
すると、遠めで見えづらいが、アークエンジェル甲板にある安全柵にもたれ掛かる少年の姿を見つけた
「あの子…」
後ろから聞こえてくる歌姫の歌声に後ろ髪を引かれる気持ちになるが、結局好奇心が勝ったフレイはその場を後にした
──君はなんにも言わずに──
──冷たく 振りほどく──
「…………」
冷たい夜風が沁みる中、甲板からキラは僅かに見える光源を頼りに眼下の景色を眺めていた
空気と共に流れ込んでくる歌は砂漠の夜と…自分の心とは真反対に温かさを感じさせ、それがキラをより惨めにさせていた
「…ぼくは…」
コツン…
「!? 誰!?」
後ろから聞こえてきた足音にキラは反射的に振り返る。気づかれた少女は一瞬体を震わせて、その少女を見たキラは思わず名前を口にした
「カガリ…?」
「お前…」
そこにいたのはカガリ・ユラという名の少女だった。砂漠の寒さに慣れているのか、薄着のままゆっくりと傍まで近寄ってくる
「虎を倒した奴がこんな所で何やってんだよ、あそこに行かないのか?」
視線の先にはラクスの歌の虜になっている多くの観客がいる広場があった
「君こそ…どうしてここに?」
「……別に」
素っ気なく返すカガリ
カガリがここに来た理由は、広場にはとても行けそうになくて、でも歌の話が気になったから、歌が聞こえそうで誰もいない場所を探し彷っていたからだ
広場に行かなかった理由は……
「…キレイな歌だな…」
「うん…」
互いにセンチになっているのか、内向的なキラはともかく、活発で明るいカガリも静かに流れてくる歌声に耳を傾けていた
──いつか 誓う僕ら──
──この手で 築く未来は──
曲もサビに差し掛かった頃合いにカガリは口を開く
「…ジャハルは、機械弄りが好きだったんだ。ザフトは嫌いだけど、モビルスーツはいつか触ってみたいって言って、周りの奴らに怒られてた」
「え…?」
「ラムジはケバブが大好物で、でもヨーグルトソースを山みたいに掛けて食うから、私はいつもチリソース片手にあいつとケンカしてた。ムサの奴は勉強が凄い得意で、皆が分からない事を分かるまで丁寧に教えてくれた」
次から次へと出てくる名前に聞き覚えはなかった。でもそれを過去のように寂しげにカガリが語るということは…その者達は全て、あの戦いで死んだ者達なのだということをキラは理解した
「ナセルは歌が好きでッ、私達の国の歌のカセットとかもいくつか持っててッ…アフメドはザフトを憎んでいたけど、この歌なら好きになってくれたかもしれなかったッ…!」
「カガリ、君は…」
「私は!」
ポタ ポタ…
カガリは泣いていた。そこには勝利の女神と崇めたてられていた強気な戦士の姿はなく、ただ後悔に咽び泣く女の子だけが存在していた
「私が軽い考えで戦うなんて言ったから、アフメドも、皆も死んで…!」
「カガリ」
「なんだよ…私は泣いてないぞ!!」
腕で目元をゴシゴシと擦って涙も拭き取るカガリだが、次々と溢れ出る涙を止めることは出来ない
「泣いていいわけないだろ…!私のせいで皆死んで、あいつらはもう泣くことも出来ないのに…!だから、だから私はもっと…」
そう言って強がるカガリを見たキラは、えも知れぬ感情に唇を噛んで…気がついたら、カガリを優しく抱き締めていた
「ッ! あっ、えっ…!?お、おいっ…」
「いいんだよ、泣いて」
抵抗する少女を決して離さず、しかし傷つけないように抱き締めながら、キラは心から湧き出た言葉を伝える
「僕も…僕も、泣きたくて、戦いたくなくて、でもフレイのお父さんと約束したから、守る為にストライクに乗って…」
「フレイって…」
「カガリの戦いはもう終わったんだから…だから、もう泣いていいんだよ」
沁みるような気持ちが通じたのか、カガリは震え、ポロポロ目から雫を零す
「な、なんだよ…!あの時はあんなに怒ってたくせに、急に泣いていいとか、言ってることがめちゃくちゃじゃないか…っ!そんなこと言われたらっ、ううっ…うあああ…!!」
胸に顔を埋めて嗚咽を洩らすカガリの頭を、キラはそっと撫でる。同じ年頃の女の子が抱きついているのに落ち着いていられるのは、カガリを異性としてみてないというより…
(妹がいたら…こんな感じなのかな…)
──だけど いまは二人せつなく そらした瞳──
──出逢えることを 信じて──
きっとこの子が聞けば怒るだろう本音を胸の奥にしまって、キラはただただ流れる歌をBGMに、目の前の子供を慰め続けた
「なによ…それ……」
その様子を、覗き見ていた者にも気づかず
インフルって怖いですね。身をもって思い出しました