「まさか、あなたがこんな物を拾ってくるとは思いもしませんでしたよ、ビアッジ大尉」
「そいつァ悪かったな、バジルールの姉ちゃん」
特に悪びれた風もなく口だけの謝罪するサーシェスの姿に、ナタルはため息を吐く
補給の最中にブルートの手の中に収まることになった緑色の救命ポッド…それは現在、アークエンジェルの格納庫に運び出され、マードックたち整備員がポッドを開けようと作業をしていた
サーシェスが救命ポッドを拾ってきたというのが余程珍しいと思ったのか、キラやムウ、マリューや学生組の面子など、多くの人間が救命ポッドの前に集まっていたのだ
「どういった風の吹き回しだ?お前さんは身内以外には相当ドライな奴だと思っていたんだがな」
少なくとも、アルテミスではガルシアを躊躇なく撃ち殺したのだ。ムウの中でのゲイリー評は「敵には欠けらも容赦せず」だ
「俺も普通なら無視して良かったんだがな。ストライクの坊主の話を聞く限り、強行偵察型のジンとデブリベルトで遭遇したんだとよ」
「強行偵察型だと?…確かに妙だな。仮にローラシア級がデブリ帯に網を張ってたのだとしても、わざわざ強行偵察型を出す必要がない」
強行偵察型ジンは、2つのレドーム(自然環境からアンテナを保護するドーム状の物体)を肩と背中に装備し、索敵能力を大きく向上させた偵察目的のMSだ
しかしその分、戦闘能力の低下が顕著なのだ。もしローラシア級がアークエンジェルを待ち伏せていたとするのならば、こちら側の戦力を考えて『G』を投入すべきだ。そもそも待ち伏せならば戦艦の索敵だけで十分なはずだ
「俺の予想が正しけりゃ、あの救命ポッドにはプラントの要人かその関係者が乗っている。ストライクの坊主が見つけたジンは、差し詰めプラント本国から送られた救出部隊といったところか」
「その根拠は?」
「俺の勘だ」
(ただし、戦争屋としての勘だがな…)
ムウの質問の答えに対してサーシェスは心の中でそう付け加える
そうこうと話をしている間に作業が終わったのか、保安部隊の何人かが銃を救命ポッドの扉に向かって構える。万が一、中にいるのがザフトの兵士だった場合に備えてだ
「開けますぜ」
マードックがそう言いながら救命ポッドと繋がったキーボードを叩く。電子音が鳴り、開いた扉の中から出てきたのは…
「ハロ、ハロ……ハロ、ラクス、ハロ……」
耳と思わしき部位をパタパタ動かして宙を浮く、ピンク色で球体のロボット…ハロであった
予想外の物体の登場にキラたちが唖然とする中、サーシェスだけがハロが口にした『名前』に気づく
(“ラクス”、だと?)
そして、ハロに続いて出てきた人物
「ありがとう。ご苦労様です」
桃色でウェーブのかかった長い髪、吸い込まれるような水色の瞳、幼さが残った優しげな美貌
キラの目の前で静止したその少女こそ、現プラント最高評議会議長“シーゲル・クライン”の一人娘にして、プラントで熱烈な人気を誇る───
『プラントの歌姫』“ラクス・クライン”だった
ブリッジの空いていた席に座っているムウが唸るように呟く
「まさか本当にプラント側の要人、それも“プラントの歌姫”として名高いラクス・クラインを拾ってきちまうとはなぁ」
「そう言うな。さすがの俺だって中に入ってんのが歌姫様だなんざ思っちゃいなかったんだからよ」
「まったく、問題ばかり増えて頭が痛くなってくる…」
軍帽を外して額に手を当てるナタル
事情聴取をした結果、元々ラクスはユニウスセブン追悼式典の準備のため民間船に乗って視察に赴いていたが、地球連合軍に遭遇し戦闘に発展。ラクスは緊急避難ポッドで脱出させられ漂流していたらしい
「それで、結局あの娘はどうするんだ?」
何かを考え込んでるマリューに向かってムウが聞く
「そうね…やっぱり月本部に連れて行くしかない……かしら」
「このまま真っ直ぐ月本部まで向かうならそれしかないだろ?」
「でも、プラント最高評議会議長の一人娘よ。軍本部に連れて行けば恐らく政治的に利用される事になる」
「そいつァ間違いねえだろうなぁ」
連合軍、それもコーディネイターが憎くて憎くて堪らないブルーコスモスからすれば、プラント最高評議会議長の一人娘などコーディネイターへの最高の釣り餌に他ならない。聞くも見るも耐え難い事を容易にすることだろう
「出来ればそんな目に遭わせたくはないんです。民間人の、それもあんな少女を」
「…随分お優しいこって……」
サーシェスは皮肉の意をたっぷり込めてそう言う。その蔑みを誰も気づかない
「だがよぉ、俺から言わせればそいつは無理な話ってもんだぜ。ただのプラントの民間人ならばともかく、ラクス・クラインの身柄はプラントの外交に対する切り札になり得る。連合やブルーコスモスの連中が、あの嬢ちゃんをただでプラントに帰すなんて容認するとは思えんがね…」
「それは……」
マリューも頭の中ではその事を理解しているのだろう、悩ましげな表情で俯く
それを見たムウは、空気を変えるために前から気になっていた事をサーシェスに聞く
「そういやゲイリー、ブルーコスモスで思い出したんだがな」
「なんだい?」
「お前さん、アズラエル財団傘下の企業でテストパイロットをしてたんだろ?ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルの下で働いてたにしては、コーディネイターへの偏見がないように見えるんだが?」
サーシェスが所属している(設定である)大西洋連邦は、反プラント・反コーディネイターの思想が軍人から市民、上層部から末端に至るまで強く根強いている。地球連合軍内では「コーディネイターは宇宙の化け物」という認識が散見しているから憎悪や嫌悪を隠す必要もない
それにしてはゲイリー・ビアッジという人物はプラントやコーディネイターを強く憎んでいるように見えない。だからこそムウはサーシェスの態度が気になっていたのだ
「それはアレだ。こんな言い方しかないが、俺はこと戦いに関しちゃあコーディネイターよりもずっと強いからな。俺からすりゃあナチュラルもコーディネイターも大して変わんねえってわけだ」
「大して変わんないねぇ…ま、あんだけ自由自在にモビルスーツを動かせるんだ。そう考えるのも無理はないか」
ムウは表面上はそう答えた。だが、内面ではサーシェスの返答に対して強い危機感を抱いていた
(ナチュラルもコーディネイターも変わらない?コーディネイターだって人間なんだぞ。まるで自分は人間を超えたみたいな言い方に聞こえるぜ、ゲイリー…)
今のところは問題がないように見える。だが、いつかその考えが増長して傲慢なものに変わっていけば…それは争いの元と化していくだろう
だが、ムウ・ラ・フラガは気づかない
アリー・アル・サーシェスが傲りや嫉みなどとはかけ離れた思想の元、戦いを繰り広げていることを、戦争を望んでいることを
まだ誰も気づかない
そしてその数時間後、アークエンジェルブリッジに地球連合軍第8艦隊から派遣されてきた先遣艦隊からの暗号通信が受信される