#イデア版ワンドロワンライ 参加。使用お題:「腕まくり」「保健室」。
いつもの人外シュラウド兄が健康診断を受ける話。友情出演:ジャミル・バイパー※ワンデイライティング※ツイステ受動喫煙

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インクブルー・ブラッド

 ナイトレイブンカレッジには人間や各種の獣人に加え、人魚や妖精に至るまで様々の種族が生徒として在籍している。おまけに特定魔法薬剤調合者(主としてポムフィオーレ寮)だとか魔法・非魔法複合放射線取扱者(通称白手帳、殆どがイグニハイド寮)だとか、ある種の健康診断を義務づけるような資格の保有者も決して少なくない。

 結果として、ナイトレイブンカレッジで毎年行われる健康診断には人間・獣人・変身薬服用者(人魚)・変身魔法使用者(妖精)×全生徒共通項目のみ・追加項目あり、と大枠でも八パターンの健康診断が存在している。

 

───***───

 

 身長と体重、血圧、聴診(ついでに眼部と手爪の状態確認)、歯科、胸部X線(少数種族のみ腹部の魔力波共鳴像診断が追加)、尿検試料の提出。全生徒共通の項目が流石にさくさくと終わり、特定魔法行使資格者向け追加検査項目に並んだところで、イデア・シュラウドは思わぬ人物を目にした。

 

「……れ、ジャミル氏?なんでこっち?」

 自分のすぐ後ろに並んだ青年、ジャミル・バイパーが昨年追加検査を行わなかったことをイデアは知っている。オーバーブロットしたと聞いて、以前の体内魔澱(ブロット)濃度なり内在魔力圧なりの測定記録がないかちょっと調べたからだ。

 

 黒曜石の髪に尖晶石の瞳、《砂漠の魔術師》の熟慮の精神に基づくスカラビア寮の副寮長は、イデアの疑問に軽く頷いた。

「ああ。オーバーブロット経験者は魔力特性も測るように、と」

「あー、B/O(ブロット/オド)比の経過観察込み?そらお疲れさん。検査項目めっちゃ増えたでしょ」

 手間も含めれば通常から二倍くらいにはなる魔力関係の追加項目を思い出しつつイデアがそう言うと、ジャミルも手元の検査表を眺めながら首肯した。

「まあ面倒でないとは言いませんが……アズールが単純計算でも倍だと思うと気が紛れるので。全くいい気味だ」

「まあまあそう言わないであげて」

 イデアは流石に部活の後輩が哀れになった。アズール・アーシェングロットは人魚、それも例の少ない頭足類の原種人魚(オクトピット)なので、人間体と人魚体での検査それぞれに加えて少数種族用の追加検査まで課されるらしい。追加項目のない去年でさえ、翌日の部活でもまだ疲れ果てたという表情を隠さないままだったのだ。資格取得に伴ってのことならばまだしも、オーバーブロットを起こした所為で検査項目が更に増えるとは。

 

「イデア先輩は去年からこっちですか」

 アズールの話などしたくもない、とばかりのジャミルが水を向ける。研究に必要な諸々の資格のために追加項目(主に血液検査)を義務づけられているイデアだが、まあこの出不精のことであるから必要でないなら最低限の検査で済ませて帰りたいのだろうことは想像に難くない。

「去年って言うかまあ初年度から、放射線・RI取扱者(白手帳)とか危険物取扱資格とか、うん。誤魔化せなくなったから……」

 実際のところ、検査項目全てをイグニハイド寮内で賄うことは、技師や医師・看護師の資格者がいないことに目を瞑れば容易である。とはいえ嘆きの島ならばともかく、ナイトレイブンカレッジ内でその辺りを無資格決行するのは問題があるため、資格取得による代替単位を失う訳にもいかない今日のイデアは大人しく(※当社比)部屋を出てきている。

 

「……ていうかジャミル氏も魔法薬系で追加項目ないの?」

 ジャミル・バイパーは生業上、十三歳(ティーン)になる前から特定魔法薬剤調合者である(NRC二年現在でⅡ類B(発火危険物(一部))、Ⅳ類A(医療用劇毒薬)、Ⅴ類A(処方箋医薬物))。とはいえ特定魔法薬剤調合者に義務づけられた血液検査は五年に一度と魔導放射線取扱者に比べればずっと少なく、毎年必要な検査はついでのように済むものだけだ。

「魔法薬は目視で済むものが多いんです。眼と手(の状態確認)とかは内科の聴診と一緒にやります」

「じゃあヴィル氏は何だったんだろ。まあいいや」

 検査の列に並ぶイデアは昨年同じ列に見かけたスーパーモデルの存在を一瞬だけ思い出して、すぐにどうでもいいと思い直した。

 

 

 人魚や妖精、あるいは古式呪文技能試験の二級以上や召喚術士認定資格Ⅱ類A(降霊術・交神術・その他の巫術)に合格した者には、魔力特性検診の一環として魔力波による視聴覚検査が実施される。その中に混ざったジャミル・バイパーは、検査中ずっと心中に蟠るものがあるのを抑えることが完全にはできなかった。

「何も聞こえなかったんですが……」

 ジャミルの耳にも目にも、検査機の不具合をいっそ疑いたくなるくらいに、何も映らなかった。周りは、イデアも含めて大凡が、なにがしかの反応を見せていたものだからジャミルは、これは誰か自分を担いで笑いものにされているのではないかという気さえした。今ジャミルの眼前にいる炎髪の先輩の性格の悪いのは、もう保証するまでも無い話であるし。

 

「それが正常だから。あでも古代呪文語やるなら慣らしといた方がいいのか?」

 ジャミルの訴えに、イデアは然もありなんと頷いた。人間や獣人は、魔力に対する受容器官を持たないものが圧倒的に多い。どこぞの河川の生き神だと言われれば納得できてしまうカリム・アル=アジーム(イデアはあの「涸れない恵み(オアシス・メイカー)」が魔法の上、奇跡の域に到達しているのではないかと疑っている)や、いにしえの魔力言語を息をするように扱ってみせるレオナ・キングスカラー(夕焼けの草原の王家(キングスカラー)七大君主(グレートセブン)の傍系、もっと言えば七大英雄(マーベラスセブン)の直系である)は例外中の例外だ。

「正常?」

 ジャミルの疑念の声に応えてか、イデアは薄らと笑った。それに込められたのが自嘲と呼ばれる感情であること、ジャミル・バイパーはきちんと気がついて、それから、富の主人の末裔(シュラウド)のことに深入りするつもりの毛頭ない彼はそれを、全く見なかったことにした。

 

「人間の体は普通、魔力の交信をダイレクトに受け取るようにはできてないよ。カリム氏とかレオナ氏は例外」

 骸布の子(イデア)自身に至っては、厳密に言えば種族:人間でさえない。魔力言語を音声言語と同等に扱える「人間」には、まず間違いなくどこかでより濃い神秘の血が混ざっている。

 

 レオナ・キングスカラーの名が上がったのは、ジャミルからすれば少し不思議に思えた。熱砂の国の獣人は夕焼けの草原や輝石の国のそれより、少しだけ妖精種に近い部分がある。

「分かるとね、人魚と妖精とついでにゴーストの内緒話が盗み聞きできる」

 狭義の古代呪文語、単なる古語ではなく魔力(マナ)を震わして言語とするそれは現代共通語よりも強力な術式の行使を可能にする。現代魔法解析学の産物よりもずっと曖昧で感覚的な魔法──たとえば魅了・洗脳だとか──を、可能にする。その魔力言語にもこの先輩は、単なる言語以上の感覚を抱いていないようだった。

「便利ですね」

「ちょっと色々鋭敏になりすぎるきらいもあるけどね」

 そう言って僅かに笑うイデアの琥珀金に映るものを、ジャミル・バイパーは知らない。知りようもない。霊魂(ゴースト)よりも薄いもの、余人が呪いと呼ぶ原始的な魔法の破片になり損ねたもの、ジャミルの尖晶石(スピネル)には映らないもの。ただそれらが、いつか悲嘆と憎悪の青に流れ着くのだろうことだけは、砂漠に生まれた男(ジャミル・バイパー)にも分かるような気がした。

 

 

「うわ、物々しい」

 魔澱(ブロット)/魔力(オド)比と常態魔力圧の検査機械が二つ並んだ部屋に入って、ジャミルの第一声がこれだった。それ自体は誰も否定ができないので、作業中のブロット診療技師も手は止めないままに「そうだろうなあ」と思った。

「それはそう。ほんとにそう」

 身につけているマジカルペンや魔法石は全て出すようにと言われ、大人しく、私物の魔法石も含めて専用の籠に入れる。イデアがペンダントを外すと、担当の技師が僅かに動揺を見せた。単に大きな魔法石だったから等ではないだろう。単一の容量はともかく、隣のジャミルとてサブの魔法石を四つ五つと(さっき靴の中からも出さなかったか?)取り出している。彼が驚愕したのはその汚染度だろうなとイデアは思う。確かに驚くのも道理だけれど、仕方がないだろう。もう七年も前のことなのに、たった一度ユニーク魔法(オルト)に使ったきりの魔法石は、今でも半分以上真っ黒なままだった。

 

 人の背丈ほどのキャスター付きの棚にも見える本体と、それに繋がれた小さな水槽かタンクに二つの血圧測定器が合体したような測定器。袖をまくった両腕を計測器に通すと、魔導線の繋がったシールのようなものがそれぞれに三つも四つもべたべた貼られた。ジジ、とホワイトノイズに似た起動音と共に、腕を輪切りに横切って魔法陣が三つずつ起動する。透明だったタンクの中身が、じわりと色づいた。

 

 イデアの水槽の色は、彼が頭上に掲げる焔の青によく似ていた。ジャミルは、自分の魔力に反応する水槽の中身を、遠く遠い砂漠の夜、その空で仄光る星の橙色であると感じた。

 

 その遙かなソラの橙色に、黝が混ざるのを見てジャミルは、思いっきり顔を歪めた。検査でなければ立ち上がってその場を離れたかも知れない。

「うわ……これ、あの、」

 次いでジャミルは、説明を求めて少なくとも三度目だという隣りの男に目を向けた。

「濁るのはふつ、いやでもB/O比で魔力色ベース濃色通り越して黒くなるの相当だよ。ほんと養生して」

 自分のことをすっかり棚に上げて、イデアはそう言った。イデア・シュラウドが()()()()()でなければ、人よりもずっとブロットの蓄積に強い存在でなければ、イデアはとうに地下へ沈んでいたことだろう。だから、まあ、イデアのことはいいのだ。けれどジャミル・バイパーは、この冬にあと一歩で死んでしまうところだったから。

 

「いやイデア先輩も相当ですけど」

 隣りの水槽は殆ど黒に近かった。彼の弟の胸元の火よりも、とある取引先が好んで使うブルーブラックのインクにむしろ似ている。自分の三倍はブロットが溜まっているのではないかとジャミルは背中に寒気が走るのを感じて、イデアが抱えるインクブルー(ブロット)の総量を考えるのは止めにした。

「拙者は……まあ理由分かってるんで」

「そういう問題ですか」

「オルト周りで使いっぱの魔法があるんだよね。なんで減らしようがないと言いますか」

「……」

 どう答えろというのだろう。死にたくないのなら、あるいは人として死にたいのなら、最良の選択肢が「なにもしない」であったことを、この天才が分からないわけもないのに。

 

「そんな深刻にならんでも……はい次常態魔力圧ね」

「懐かしいな。実家で何度か測ったんですよね」

 思考を散らして切り替えるのは得意だ。そうでなければやっていけなかったから。

 ジャミル・バイパーの魔力量は、人間としては驚くくらいに多い。妖精には及ばなくとも、下手な人魚に打ち勝てるくらいの魔力をジャミルは持っている。その分、余程気を遣っていなければ周囲に影響する魔力も大きくなる。毒味役として立ち位置が定まる前は、魔力の少ない子供や老人と触れ合うことのない配置を検討されたこともあった。

「ああ、ジャミル氏魔力量多いもんね」

 そう言って頷くイデアにも、きっとそういう経験があるのだろうとジャミルは思った。普段は相当抑えてるようだが、(総量よりもむしろ特性の面でだが)人外のものまで含めてもイデアは、ジャミルが知る中で十指に入る魔力の持ち主だった。

 

「メーター違いません?」

 技師がわざわざイデア側の計測器を取り替えたのを見て、ジャミルは首を傾げた。ジャミルの側のメーターは外枠がオレンジ色で、イデア用に今持ってこられた白の他に部屋を見渡せば緑のメーターが置かれていた。

「『妖精族用』って書いてあるね……拙者魔力量自体はそんなじゃ、あっはい」

 イデアの訴えを丸ごと無視して、技師はさくさく計測を進めた。メーター取り替えの手間の分早く終わったジャミルは、魔法石を回収してすぐに部屋の外に出された。それなのに待機列が進まないことにもう一度首を傾げ──次の瞬間、嫌が応にも納得させられた。

 

 憎悪、殺気、痛苦と恐慌、悲しみと、それから毒に倒れた死者の気配。一瞬で「ジャミル・バイパー」から「アジームの毒味係」「カリムの護衛」に引き戻され、歩き出すことさえままならない。ゆっくりと振り返り、当然のように閉じたままの扉にマジカルペンを向ける。同じ様な反応示したのはジャミルだけではなかった。

 気配は、ほんの数秒も経たずに収まった。「常態」とは、魔力を意図して抑えることのない状態と定義されている。つまり()()が、イデア・シュラウドにとっての自然な魔力発露なのだろう。

 

 地獄の炎は、青いのだという。事ここに至れば、魔力の多寡などは問題ではなかった。あらゆる生物が本能的に忌避する、凍り付くような奈落の冷炎。覆い(シュラウド)の内側。

 

「……本当に人間なんだよな?あの人」

 深々とフードを被って部屋から出てきた彼の背中に誰かが落としたその呟きに、ジャミル・バイパーは何も言い返せなかった。先に行っててもよかったのに、というイデアになるたけ普段通りに返事をするだけで、一杯一杯だった。

 

 

 一つ前の魔力計測に時間が掛かるからか、採血の部屋には誰も並んでいなかった。三つ並んだ椅子の、扉側から二つに並んで腰掛けて、片腕を出す。

「ジャミル氏の腕いいな……健康……」

 琥珀金がジャミルの褐色の腕をじっと眺めてそう言った。ジャミルも別にもの凄く体格が良いわけではないが、イデアの「ゴーストよりはマシ」な蒼白の肌とは比べものにならないのは、ただの事実だった。

「……そうですね。イデア先輩から採血する看護師には同情します」

 骨と皮と僅かばかりの肉。肌色が悪すぎて静脈の青が浮いて見えないなんてこと、服毒で生死の境を彷徨っている人間以外で見るとは思わなかった。

「拙者の所為?」

「オルトの言う通りに健康的な生活を送れば幾らかはマシになるのでは」

 難しい顔で黙り込んだ後、左腕を出すようイデアに告げた看護師を憐れむような目で見ながら、ジャミルはこのことはオルト・シュラウドに報告しようと決めた。そこで「嫌な予感がする」とばかりに目を瞑って見せた兄の方がなんと言おうとも、だ。

「聞きたくないでござるそんな正論」

 

 成分分析と魔力解析で二つ分のアンプルが、ジャミルの方では殆ど埋まった頃になってようやくイデアの腕に針が埋められた。血の流れるチューブを見たジャミルは流石に鼻白んだし、イデアの方はと言うと気分が悪くなるのがわかりきっていたので初めから目を瞑っていた。

「……イデア先輩」

 生白い右腕の針から伸びるチューブの、紺碧と呼ぶには黒の強い、静脈血を彩度明度そのまま青色にしたような色から、ジャミルは目を離せなかった。

「なんでしょ」

「アズールの奴とお揃いですか?腹立つんですが」

「どっちに」

「タコの奴ですよそりゃ」

「んっふふ。この青別にヘモシアニンじゃないから安心してくだされ」

 わざと茶化してやれば、琥珀金は明るく瞬いて笑った。青の出が遅くなるたび、看護師の指示で何度も手を開閉していたが、それでもアンプルが二つ埋まるより早く二の腕の結索が解かれる。一体どれだけ血圧が低いんだ、とジャミルは呆れたし、どうもイデア本人も呆れているように思えた。これもオルトに報告しておこう。どうせ本人は言わないだろうから。

 

 バーコードラベルの向こうに、青い液体が透ける。インドア派・夜型の擬人化のような人、それもそれなりという言葉では言い表せない血筋(なにせ二家しかない確定した七大君主(グレートセブン)直系の片割れだ)なので語源からしても間違っていないのだが、それにしたところで物理的に青い血はやりすぎだろう。それならそうでせめて、もっと明るい青であってくれとも思う。

 偶然だろうとそう信じたいが、そうするにはそれはあまりに、ほんの数分前見たばかりの黝に似すぎていた。たとえば鮮やかな炎色のブルー・ブラッドに、ブロットの原液が混ざればこうなるだろう。ぼたり、とインクが落ちる幻聴がする。臙脂のマジカルペンは綺麗なままだった。

 

 

「はー、終わった終わった。部屋戻ろ」

 疲れ切ったと言わんばかりの背中に、ジャミル・バイパーは慌てて声を掛けた。

「あ、待ってくださいイデア先輩」

 別段何か用事があるではないが、今日の夜にあの鋭い銀の短剣のような死の気配を思い出さない自信がなかった。恐怖の必要がないことを、この分からず屋の体に教えておきたい。それと、次は動けるように。

「え、何」

「スカラビアまで行って戻る間待っていてくださる場合」

「はい」

「伸びるアイスが進呈されます。ついでにイグニハイド連れて行ってくださいカリムは一日実家に帰ってるので」

「……もしかして」

「外部の医師に採血なんてさせられません」

 お抱えの医者にだって一服盛られかけたことがあるし、なによりカリムの肉体は万全の健康体というわけではない。幼少期から度重なる服毒によって蝕まれた体は、素直に健康診断などさせたらあちこち引っ掛かって面倒なことになるに違いないのだ。

「理解理解。それなら布教したいDVDもあることですし勿論構いませんぞ」

 その地下の冷金の両眼が何を見たのか、ジャミルは知らない。本当にただ熱砂風アイスクリーム(ドンドゥルマ)に惹かれただけかもしれない。それでいいのだろうと、ジャミルは思う。ジャミルがジャミル・バイパーでなくて、イデアがイデア・シュラウドでなくて、それでも情熱(パッション)さえ不変であれば変わらない関係性であれば、なおいいと。



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