ロドス・アイランド製薬会社。
鉱石病と呼ばれる不治の病に纏わるあれこれを医療や武力で解決する組織だ。あちこちでドンパチやってはいるが、清廉潔白な製薬会社なのだ。
そんなロドスは、各国から様々な人材を募集し、育成している。戦場に立つものもいれば、医療に携わるものもいたりする。
年齢も様々で、簡単な任務を任せられる十歳にも満たない子供から、還暦を過ぎた元軍人なんかまで。
ロドスに来る前はファッションデザイナーだったりホストだったり暗殺者だったり俳優だったりなんなら経歴不明な人もいたり。
国境、種族、年齢、職業、その他諸々も含めて幅広い人材を確保している。
で。
結局何が言いたいのかと問われれば、それだけの人間が集まるならば、それ相応に噂話なんかも出てくる、と言いたいのだと私は返す。
ここに綴るのは、そんな噂、ともすれば怪談・都市伝説の類いで、会社一つがてんやわんやする。というかしている。そんな話である。
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ロドス、会議室内。
そのテーブルを囲むのは、ロドス・アイランドを運営する上でトップに立つ三人。
一人は体躯に見合わぬ大きな服を着ているウサミミ少女、アーミヤ。若いながらにロドスのCEOを担っており、色々抱え込む少女である。
次に割と危なっかしい服装をしているつり目の女性、ケルシー。医療部門のトップであり、経験の浅いアーミヤに変わって交渉の場に出る事も多い。
最後に、全身黒ずくめで顔も見えない不審者、ドクター。天災研究、鉱石病研究、そしてそれらにおける神経学研究の第一人者……だったのだが、過去の記憶がスッポリ飛んでいる。今は主に戦場指揮でその頭脳を活かしている。
「……さて、時間を取らせて申し訳ない。だが、これはロドスの存続にすら関わりかねない案件だ」
ケルシーが神妙に口を開く。事態の重さを知る残りの二人は、何も言わずただケルシーを見るのみ。
「今回の議題は──
──『誰も知らないオペレーター』についてだ
誰も知らないオペレーター。
最近ロドスに混乱をもたらした、噂話の様なもの。
発端は戦場帰りのオペレーター、ブレイズの一言からだった。
『……一人少なくない?』
小隊を率いての戦闘が終了した彼女のこの一言。それに賛同したのは小隊の全員だったのだが、その一人足りないのは誰だったか、と問われれば、ブレイズを含めて皆首を傾げる始末。
この出来事から、しばしばロドスで『誰かがいた筈なのに、誰もその人物の事を覚えていない』と言う現象が多発している。
会議室に集まった三人も例外では無い。
ケルシーは誰かを診察していた、その結果もちゃんと残っている、なのにその人物を一切思い出せないという事が何度かある。どのような検査をしたのかも、さっぱり覚えていないと言う。
アーミヤは仕事終わり、訓練終わり、はたまた会議終わり等に差し入れを貰っている。しかし、そこでどんな話をしたのか、どんな人がそれをくれたのかが分からないのだ。差し入れの中身は直ぐに確認できるのに、である。
ドクターに至っては、作戦を指揮する時に何度もそのオペレーターの名前を呼び、指示を出しているのにも関わらず、作戦が終われば、指示したという事実は覚えているのに、どんな指示を出したかも含めて抜けている。
その作戦に参加したオペレーターも全員、時にはロボットすらいたと言うのに、そのオペレーターに助けられても誰も認知していなかったのだ。
「奴の手がかりはもはや記録しかない。作戦記録やカルテではしっかりとその存在を確認できるし、何よりロドスのオペレーターとして、かなり早い段階で採用されている。この日付はドクターがロドスに戻ってきた日付と一致するが、二人に心当たりは無いんだったな?」
「ああ、さっぱりだ。そもそも、彼は私の判断で採用したのか、それとも関わっていないのか、それらも全てさっぱりだ」
「オペレーターの登用はまず私を通してからドクターへ届けられます。でも、その日に人事部からの連絡は無かったと思います」
「…………ふむ」
と、こんな感じで。記録もあるしそれを閲覧する事もできるのだが、記憶に残る事が無い。
「何にせよ、オペレーター達の必要以上の混乱を避ける為にも、そしてロドスの機密保護の為にも、奴の確保は必要事項だ。ここまでの結論が前回の会議だったな」
ちなみにこの誰も知らないオペレーター対策会議は今回で二回目である。確保しなければならないとはなったが、確保する方法はどうしたものかと頭を悩ませ、結局お開きになったのだ。
「あれから一ヶ月経った訳だが……何か、案は浮かんだか」
「「……」」
沈黙が流れる。トップ3もお手上げ状態だ。
「……そもそも、何故我々が彼を認識できないか、だろうね」
「考えられるのは、マンティコアさんやイーサンさんの様なアーツの上位互換の能力を持つこと……ですか?」
「可能性は高い。だが、そうなると更に危険だ。何故だか分かるか? アーミヤ」
「ええっと……最低でも、記憶に作用するアーツを扱える程の能力者、だからですか?」
「そういう事だ。そんな強力なアーツを扱えるなら、並大抵の相手ではない」
「シルバーアッシュも認知出来ないステルス能力とかもう殆ど無理ゲーなんだよなぁ……」
と、三人が唸っている所に、ティーカップが置かれる。
『まあそう焦るなって。ほれ、お茶とお菓子用意したからそれ食ってゆっくり考えな』
「あ、ありがとうございます……」
『ククク、焦って捕り逃しちゃ世話ねえからな。つか、細かい事は気にせずゆっくり休めよたまにはよ。三人ともここ一ヶ月休み無しだろうが』
「う、む……そうは言ってもだな……」
「私達が休んでしまうと、立ちいかなくなる事も多いし……何時何が起こるかも分からないしね」
『やれやれ、もう少しロドスの仲間を信用してやれよ。誰か休んだ程度で崩れる程ヤワじゃ無いだろ……じゃ、俺はこれで』
「あ、うん。お茶ありがとね」
ドクターがそう言うと、ヒラヒラと手を振って、瞬間的にその場から消え去る人影。
「イタズラ好きが無ければ、非の打ち所が無いんだがな……」
「諦めた方がいい。私が何言っても聞かないからね、彼」
「この前印鑑がムースさんの所のネコちゃんのデザインにすり替えられていた時は驚きました。可愛かったので、譲って貰いましたけど」
「ああ、時々ネコちゃんの印があるのはそういう」
と、カップの中身を空にして、仕事を少し忘れて談笑していた三人だったが、驚いた様に顔を見合わせた。
「堂々と出て来たのか?」
「みたいだね。ここ鍵閉めてたよね?」
「はい。電子ロックのキーは私が今正に持っていますし、この一枚だけです」
「……まんまとしてやられたのか」
「誰も気づかなかったんだね、ここに入ってきた事。空間転移でも使えるのかな」
「尚更確保の難易度が上がりましたね……」
『ハァー……』
合わせてついた溜め息は、虚空に溶ける。色んな疲労が襲いかかってきたので、ここで会議も終わりとなった。
しかし、ふとドクターの零した、
「そういえば、何故私達は彼の確保に執着しているんだ?」
と言う言葉に、理由はハッキリしている筈なのに、二人は答えられなかった。
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ロドスの甲板にて、缶コーヒーを味わうドラコの青年がいた。鼻歌を歌っているのを見る限り、かなり上機嫌である。
しかし、彼の他にも何名かいるにも関わらず、誰も彼の事を気にしていない様子だ。それも、誰もいないかのように。彼が空気であるかのように。
「この調子だと、勝負は俺の勝ちになりそうだなぁ、なあ? ドクター」
この場にいない、自分の上司に話しかける。
「ヒントなら幾らでもやってんのに、捕まえられてねぇのはそっちの不手際だしなぁ?」
空になった缶を、源石の見える右手で握り潰し、ゴミ箱に捨てる。カコンという音が周囲の注目を集めるが、彼自身には目もくれず、ただ「またなのか」と何人かが話しているだけだ。
「さ、あと2週間だ。頑張って俺を見つけろよな」
ロドスの中へと戻る青年は、一人言を続ける。その声を正しく認識するものはいない。
「あの時から、アンタには期待してんだ。白兎を生かしたのもそう。だからさ」
「立派に捕まえて見せろよな」
彼は特殊オペレーター、アンノウン。ドクターの奪還作戦の時から彼を手伝い続けてきた、誰も知らない影の功労者にして。
様々な形で語られる、誰もが知る旅人である。
特殊オペレーター、アンノウン。
自由気ままな彼の生き様は、死地に向かおうとも変わらない。