年速36キロメートル   作:多手ててと

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11.深淵

貴樹は初めてパスポートを取った。これまで外国に出たことが無かったからだ。これさえあれば世界のどこにだって行けるという気になる。これだけで、自分の行動範囲が広がったような気分になるから不思議だ。今回はあくまで観光が名目、声をかけてくれたいろんな会社の人に会って見学して回るだけだ。当然、新宿のはずれにある部屋はそのままだ。

 

パスポートを手に入れて数日後、貴樹は初めて海外に出た。成田空港も。イミグレーションも。見るものすべてがわくわくする。これから知らないところに行くんだ。

 

これまで貴樹が行ったことがある最も遠いところは他ならぬ種子島だけど、今回の旅行でそれを大幅に更新する。寝ている間にも飛行機は海を渡り、目的地の空港に着く。そう、貴樹が寝てる間もずっと飛行機がとびつっ

 

 

日本なら国際空港には日本語以外に英語はもちろん中国語や韓国語の案内板があるはずだ。だが、この国では案内板は英語だけだ。それがとても新鮮に感じられる。

 

貴樹はバスで街へと向かい、予約した宿へ向かった。バスから見る景色も日本とは当たり前だか全然違う。こんなに当たり前のことで、自分の世界の狭さを思い知らされる。

 

初日は軽く街を観光した後はすぐに宿に帰って休んだ。2日目からはひたすら非公式の面談をこなす。シリコンバレーの大手から新鋭の会社まで、いろんな人たちと会話をかわす。コンピュータに対する技術の話。これからの業界の話。貴樹の将来についての話。多くの会話をいろんな立場の人たちと交わした。

 

貴樹がAKARIの設計者であり、コミッターであることは彼らにとって周知の事実だから、貴樹の能力についての問いかけに答えるのは難しくなかった。AKARIの設計や実装をどう考えたのか、どう苦労したのか。それらをありのままに答えれば良い。

 

だが、今後のロードマップを聞かれた時は焦った。なんとか自分のやりたいことを頭の中でまとめ、単語を探しながら、なんとか英語で答えることができた。次の会社を訪問する時までにはまとめておこう。

 

あるレストランでは、一部屋借り切った、技術者の勉強会に招かれ、そこで貴樹は簡単ではあるが講演も行った。みな熱心に聞いてくれたし、逆に貴重な提言ももらえた。

 

ある会社では貴樹を雇いたいとはっきり言われた。問題はいくつかある、既に貴樹が AKARI のメンテで契約を他者と結んでいたりすることもあるが、最大の要因はビザだ。

 

アメリカの就労ビザを取得するのは困難かつ時間がかかる。下手をすると年単位で日本にいたまま働くことになるだろう。日本に事務所がある会社ならまだよいが、それがなければ新宿の自宅で働くことになる。アメリカで働くとするならば、それはとても大きな問題だ。

 

そして別の日、最も楽しみにしている施設を貴樹は訪問した。アメリカ航空宇宙局、NASAの略称の方が知られているだろう。できることなら打ち上げセンターを訪問したかったが、ここはカルフォルニアで訪問先は研究所の一つ。それでも世界で最も宇宙に近い場所の一つと言っていいだろう。

 

NASAでは思っていたより多くの人に迎えられた。今回のアメリカ旅行はそろそろ終わりに近づいていたから、その分スムーズに受け答えができたと思う。面談が終わると貴樹はその中の一番偉そうな人物から話しかけられた。

 

「タカキ、私たちは君をここに招きたいと思っている。君にしてもらいたいのは AKARI の開発に専念してもらうことだ」

 

貴樹は驚いた。この場で採用が決まるとは思っていなかったし、それに仕事となると AKARI とはまた別の開発に携わると思っていたからだ。AKARI はオープンソースであって、その企業にだけ貢献するものではないからだ。

 

貴樹が怪訝そうな顔をしていたのに気が付いたのだろう。彼が話を続ける

 

「不思議に思うかな? 我々は営利企業ではない。この世界の未知を明らかにするのが私たちの使命だよ。宇宙だけじゃない。この地球にもまだまだ分からないことがある。AKARI はこの世界の深淵を覗くために、とても有用なツールだと我々は考えている。人口、食糧、温暖化、生命工学、災害、深海、もちろん宇宙もだ。それらの謎を私たちと一緒に解き明かすことに力を貸してもらえないかな」

 

貴樹は、自分が興奮していることに気が付いた。

 

「それにね、我々はこの国の政府機関なんだよ。だから普通の会社にできないことができる。就労ビザはもちろん、君が望むなら永住権だって短期間で用意することができる。だから、タカキ、君が真剣に考えてくれると嬉しい」

 

彼は立ち上がって貴樹に向かって手を伸ばしてきた。貴樹は興奮したまま彼の手を握った。

 

 

アメリカでの観光旅行を終えて、貴樹が帰国すると、メールが山のように来ていた。当然ながら取引先にはあらかじめ不在にすることは伝えていて、それを前提としたスケジュールを立てていたが、それでもメールは来ていた。

 

実際、アメリカでもメールを見ようと思えば見れたのだが、そんな余裕は無かった。

 

まずは一通り送り元とタイトルに目を通す。仕事関係のメールの中に、佐々木からのメールが混じっていることに気が付いた。そしてタイトルは「篠原さんの連絡先」 貴樹は真っ先にそのメールを開いた。幸い日付はつい最近だ。

 

メールの内容は佐々木らしく簡潔だった。大学時代の同窓生の篠原さんに偶然会った。その時貴樹と明里が知りあいだったことを知った。そして明里が貴樹に連絡を取りたがっている事、そしてその連絡先だけが書いてあった。

 

そして最後に一文、添えられていた。

 

「篠原さんは結婚していたそうよ」

 

やはり明里は結婚したんだな、ということと、それが過去形であることに貴樹は気が付いた。佐々木にまず礼を書いて、不在にしていたので礼が遅れたことを謝るメールを返す。

 

春に貴樹が書いた手紙はご両親が処分したのだろう。多分あの時はまだ明里は結婚していたのだろう。それから数ヶ月の間に、明里になにがあったのかは貴樹には解らない。

 

明里にどのようなメールを書けばいいのか、考えたがわからなかった。

だからただ会って話がしたいという簡単なメールだけをだした。




この時代は、現在のように空港などにWi-Fiが整備されていたりはしません。インターネットカフェはアメリカにも既にあったようですが、そんなに数が多いわけではないようです。シリコンバレーにはあっただろうけど。でもわざわざ行ってメールの設定するかというと、しないだろうなと思った次第です。

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